晧々と大きく輝く月が、ベランダの上から闇を追い出している。
その光に魅かれるように、白いレースのカーテンの端を掴むと、
ざっと勢いよく瞬が左右に大きく開ける。
まるでそれを待っていたかのように、夜風がその緑の髪を梳かし
ながら部屋の中に流れ込んでいく。
 …空には猫の目の様な月…。
 「兄さん、月が綺麗だよ。」
うっとりと青く光る月から目を離さず、瞬がいう。
一輝は。そんな弟の姿を不機嫌そうに一瞥すると、再び読んでいた 
書物に視線を戻す。
 「瞬。」
 「なに?兄さん。」
 「いいかげんにして窓を閉めろ。」
不思議そうな顔で瞬が振り向と、彼の翠の髪の幾筋かが風に舞う
ようにふわりと浮かぶ。
糸のようなそれは、まるで植物の蔦のように命を持ち、己の意志
で動いているかのように錯覚してしまう。
 「なぜ?綺麗な月だよ。」
 「…気が狂うぞ。」
意外な事を聞いた、と言いたげに目を大きく見開く。
それからくすくすと口元を押さえるようにして笑い出す。
 「今日は満月じゃないよ。」
 「それでも、だ。」
兄の強い調子の言葉に、渋々といった顔でカーテンを再び閉めよう
とするが、何を思いついたのか今以上に大きく開け放つ。
残された部屋のすみまでが、月の光に全てさらけ出されてしまう。
 「瞬。」
たしなめる一輝の言葉も聞こえないふりをして、子供のように
悪戯っぽく笑うと、白いレースの布に自分の体を纏いつかせる。
月明りを全身に浴びているせいか、瞬の体が淡い燐光を放っている 
ような気になる。
一輝は軽く溜め息をついて立ち上がり、窓に歩み寄った。
有無を言わさず閉めようとする兄の腕に、くすくすと笑いながら
瞬がしがみついて邪魔をする。
見上げる弟の唇が、薄く左右に笑うかたちに開かれる。
 「…狂えばいい。僕も兄さんも。」
兄の両の二の腕に自分の手を置き、かかとを浮かすと戯れるかの
ようにをそっと唇を重ねた。
一輝は黙って好きなようにさせる。
兄が応えてくれないのが不満なのか、重ねた唇を名残惜しそうに
放すと耳元に囁く。
 「満月まで、まだずいぶん間があるのに…ね。」
…この上、月が満ちればどうなってしまうのだろうか。
暗にその事をほのめかしながら、再び兄の唇に自分の唇を重ねる。
 「痛っ…!」
反射的に押さえた瞬の唇から、血が珠のように浮かびあがり、
つっと赤い筋細い筋を作りながら伝い落ちる。
それを掌で乱暴に拭いながら瞬が鋭く睨むと、自分の肩に置かれて
いた兄の手をとり、その小指の腹にくっと歯を立てる。
今度は一輝の方が、顔をしかめる番だった。
指の上で、ゆっくりと大きくなっていく紅いルビーのような血を
猫がミルクを嘗めるように舌先ですくってはなめとっていく。
一輝は苦い笑みを口許に浮かべると、ただ無心にその行為に集中
している弟の顎を、ぐっと掴み持ち上げ、まるで血で赤く紅を
ひいたような唇を荒々しく貪る。
 「…血の味がするな…。」
 「兄さんと僕の、ね。」
互いの唇が離れても、瞬は一輝から目をそらさず言う。
 「己の心と書いて忌まわしいと読むそうです。
  …それもまた面白いかもしれませんね。」
 「なぜだ?」
 「兄さんと離れているときは、ただ会いたかった。
  他には何もいらないからって。それがかなうと、
  兄さんの声を一日中聞いていたいと思いました。
  それから手に触れたいと思い、次に抱き締めてほしいと
  思いました。でも今は…」
それだけ言うと、すっと兄の目から自分の視線をそらす。
一輝は再び、瞬の顎を掴むと口付ける。
 「今は…どうした。」
一輝の声に誘われるように瞬が途切れた言葉をつなぐ。
 「今は…兄さんがほしい。」
 「………。」
 「これが…たぶん“乞い”なのだと思います。」
薄い笑みを口許に浮かべると、瞬は一輝の首にからみつくように 
両腕をまわした。
     
 「くっ…。」
かすかにあえぐような声を、くいしばった歯の間からもらす。
大きくのけぞった首すじも、浅く喘ぐ胸もすべて月の光に蒼く
浮かびあがる。その身を喰われながらも、ときおりきつく閉じた
瞼をこじ開け、自分を屠ふる者の姿を捜そうとする。
その瞳は月の光を写すのか、ぬらりと不可思議な色の光沢を放ち、 
一輝を誘う。
…腕の中にいる者の、ひとつひとつを確かめるごとまるで、
“月”そのものを抱いているような錯覚さえ起きる。
一輝はその激情のまま、荒々しく獲物を屠る。
喰われている生き物は、それでもまだ満たされぬと言うように、
二本の白い腕を兄の背中に蔦のように延ばし、その存在をすべて
からめとろうとする。
 「に…さ…。」
兄の名を呼ぶために薄く開かれた唇を、無言で封じる。
 「狂って…るね。兄さん…も…僕…も…。」
 「ああ。」
途切れ途切れに言葉をつなぐ瞬に、一輝は短く答える。
いや。まだ狂ってはいないのかもしれない。
互いに互いを喰らいつくすまでは…。
     
  いくど 唇をあわせ
  いくど 肌をかさね
  いくど 一つにとけあおうとも
  この“飢え”だけは決して満たされはしないだろう。
  …“恋”は“乞い”になりやがて“狂い”になる…。
  それでも止められないのは己の心。
      
それも一興。一輝は不敵な笑みを浮かべて月を見上げた。
     
     
*END*
     
     


やおいです〜;;いや〜ん。恥ずかし〜;(///)
(恥ずかしいなら、載せるな;)
血が出るほど噛むなら、唇より指の方が被害はでかい。
たぶんだけど。しかし、兄弟で噛みあうなんて…
ある意味、不毛かも。
      
      
【MOON】【NOVEL】