…何度も死ぬ夢を見る。 夢の中の俺は、敵の強大な力の前に成すすべもなく 五体を裂かれ、紅蓮の炎に生きながら焼き焦がされる。 敵に一撃も加える事も適わず、指一本動かせないままに…。 激しい怒りと、自分に対する強い苛立ちを覚えながらに死んでいく。 俺の目に最後にうつるのは、いつでも悲しげな表情を浮かべて たたずむ弟の姿だった…。 何を言わず、先に逝く俺を責める訳でもなくただ深い哀の色で じっと俺を見つめる。 俺は…こいつにこんな表情をさせたかった訳ではない。 俺は…ただ弟に笑っていて欲しかった。 「瞬。」 弟の名を呼び、伸ばそうとする指先に力が入らず、そのまま 地面に落ちる。 暗くなる視界と共に俺は大きく息を吐いた。 …そしていつもと同じように目が覚めた…。 だがいつもと違うのは、目を覚ました一輝の枕元に、目に涙を いっぱいに溜めた瞬が座っていたという事だった。 「兄さん…目が覚めたんだね…。」 兄の視線を感じてか、瞬が安心したようにほっと溜め息をついて 小さく微笑む。 「何故、瞬お前がここにいる?」 一輝がそう問うが、瞬はそれに答えようとせず、冷たいタオルで 兄の額に浮かんだ汗を丹念に拭う。 「兄さんが…苦しそうだったから…。」 やっと瞬が消え入りそうな声で答える。 一輝は苦笑して、なおもタオルで汗を拭おうとする弟の手を静かに 制して起き上がる。 「うなされていたか?」 こくり、と首を縦にふり、見上げるように瞬が尋ねる。 「水…飲む?」 「ああ。」 一輝がそう答えると、瞬はサイドボードに置かれた水差しをとる。 微かにガラスどうしがふれあう音と澄んだ水の音をさせ、おずおず と瞬がコップを差し出す。 それを受け取りぐいと飲み干すと、始めて喉がひどく乾いている ことに気づく。 「おかわり、いる?」 「いや…もういい。」 先程から、こちらを向こうとしない弟の腕を掴むと、無理矢理自分 の方を向かせる。 「何を拗ねている?」 「べ、別に拗ねてなんか…」 「なら、どうして泣く。」 先程から今にも溢れ落ちそうだったまつげの先につっと触れると、 とたんに大きな水滴が瞬の頬を流れ落ちる。 カッと瞬の両頬が赤く染まり、兄の腕をふりほどく。 「兄さんなんか嫌いだっ。」 「いきなりどうした?」 駄々をこねる子供のように、口を尖らし言う瞬の顔はひどく幼い。 ついそれが面白くてからかい口調になる。 「だって…だって…。」 続く言葉が無いのか、代わりに涙が雄弁にその感情を語る。 とうとう俯いてしまった弟の頭を引き寄せると、瞬は振り返るなり 一輝の首に腕を回しすがりついてきた。 「兄さんが何も言ってくれないから…。いつだって兄さんは 僕の考えている事なんかすぐに解ってしまうのに、僕には 兄さんが何を思っている事が全然解らない。どんなに 兄さんが傷ついても…!」 肩を震わせ、涙に掠れながらも言葉を繋げて懸命に告げようとする 弟の背中を静かに摩る。 「言ってくれないと…解らないよ…。」 「…そうだな。」 小さく笑ってそう言うと、一輝は瞬の腕を外そうとする。 が、びくりと瞬は体を震わせ、離されまいとするかのように両の 腕に力を込める。 「いやだ。」 「このままでずっといるつもりか?」 一輝が軽く揶揄するように言うと、小さく瞬が答える。 「泣き顔見られるの…いやだ。」 「俺は…いつもお前を泣かせてばかりいるな…。」 少し自虐的な兄の口調に、驚いて瞬が身を起こし一輝の顔を見る。 その泣き顔が先程見た夢の中の弟の姿と重なり、再び口許に苦笑が 浮かんでしまう。 一輝は、弟の頬についた涙の跡をそっと指先で拭うと言う。 「瞬、気が付いていないのか?お前にいつも救われて いるのは俺のほうだぞ。」 思わぬ兄の言葉に、瞬が大きく目を開く。 「お前は何も出来ないといったな。だが俺を修羅の闇から 引き上げてくれたのは誰でもない瞬、お前だぞ。」 優しく瞬の体を持ち上げると、自分の膝の上に向かい合うように して座らせる。 「ただ憎むことしか出来なかった俺を信じてくれたのはお前だ。」 違うといわんばかりに、瞬が強く首を横にふり、言う。 「違うよ兄さん。僕は兄さんだったから…ただ…それだけ…。」 自分の気持ちを兄に伝える言葉が見つからず、もどかしそうな 表情で瞬が言う。 「いい子に育ったな。」 あまりにも真剣な顔で訴える瞬に、一輝がぽんっとその背中を叩くと からかわれたと思ったのか、猛然と瞬が抗議する。 「も〜うっ!また子供扱いするっっ!」 「いたって真面目だぞ。俺は。」 「にっ兄さん…僕をからかってるでしょう!」 くくっとくぐもった笑い声をあげると、一輝はまだ怒っている瞬の 耳に何事かささやく。 枕を投げつけようとしていた瞬の腕がとたんにぴたりと止まり、 兄の顔をまじまじと見て、次にぽろぽろと再び涙が溢れる。 「怒ったり、泣いたり…。忙しい奴だな。」 「し、しかたがないじゃないか。兄さんの前だと僕の涙線 緩みっぱなしになるんだから。でも…兄さんが悪いんだ。 あんな事急に言うから…。」 ぷうと頬を膨らませて瞬が非難がましげにいう。 「解ったから、もう寝ろ。」 「……ここで寝てもいい?」 「ああ。」 心底嬉しそうに笑うと、そそくさと一輝のベッドの中に潜りこむ。 「兄さんも寝よう。」 先程までの半ベソはどこにいったのか、子供のように瞬がはしゃぐ。 苦笑を浮かべて一輝も横になる。 「こうして兄さんと一緒に寝るの久し振りだな。」 「そうだな。あの頃は特にまだお前がこんなに小さくて、 ぴいぴいよく泣いてた。」 「…昔の話でしょ…!」 「昔の話かな。」 からかい口調の一輝に、瞬がもぞもぞとシーツに顔を埋める。 「あ、そうだ…。」 よいしょと上半身だけ起こして、兄の額にキスをする。 「兄さんが昔してくれたおまじない。もう悪い夢を見ないよ。」 「そうか、なら…。」 軽く一輝が笑って弟の顎を掴むと軽く口付けた。 あまりに唐突な事だったので、きょとんと瞬が瞳を見開たまま 触れられた自分の唇を押さえる。 ついで、首から上が真っ赤にゆであがった。 「返礼だ。」 にやり、と一輝が笑った。 大騒ぎしたあげくに、やっと寝付いた弟の顔を見やる。 眠りを無心に貪る姿がまだ幼い。一輝は顔にかかった髪を指先で 払ってやりながら、先程瞬に耳打ちした言葉をもう一度繰り返す。 「瞬…お前がいるから俺は強くなれる…。」 その兄の囁きが夢の中まで届いたのか、眠っている瞬の口許が かすかにほころんだ。 *END* |
さて、今回のイメージソングも谷山浩子の曲です。 「あたしの恋人」って曲ですの。聞いてみてね〜。 しかし…砂を吐くような極甘。(-.-;) |