MOON SONG
     


     
 「かんぱーい!」
 「かんぱーい!」
今日は九月九日。瞬の誕生日。
さっそく沙織さんがパーティーと称してご馳走づくめをしてくれた。
主役の瞬もみんなに祝われて、にこにこ嬉しそうに笑っていた。
でも、なんか…へんだった。妙にはしゃぎすぎてる。
 「せ〜え〜やっ!」
そんな事を俺はぼんやりと感じながら、サンドイッチを口に押し
込んだとたん…なっなんだ!?
突然、後ろからがばっと瞬が抱き付いてきた。
 「首締めるなっ瞬!」
 「きょ〜おはいっしょに寝よ〜ねぇ。」
妙に楽しそうにすりよってくる瞬の口から、独特の甘い匂いが俺の
鼻をくすぐる。瞬…酒くさいぞ。
氷河の奴、面白がってかぱかぱ瞬に酒飲ましたな!
 「ねーぇ、せぇやぁー。」
 「瞬…お前酔ってるだろう。」
露骨に顔をしかめてやっても、全然効き目がない。
くすくすと瞬は笑いながら、俺の肩に額をスリスリとすりつける。
髪が頬や首にあたってくすぐったい。
 「あついいっ!はなれろよぉ〜。」
 「い・や。」
 「しゅん〜!」
 「だめ〜。だって星矢の後ろ頭、にーさんにとっても
  似てるもん。離れてあげなーい。」
 「どこが似てんだよっ!」
ぶっ。氷河が、飲んでた水割りを吹き出しそうになってむせてる。
…小宇宙押さえろよ。グラスの中身こおってんぜ。
 「ひょ〜がああ〜!笑うなっ!」
怒鳴っておいて、横目でちらりと紫龍を見る。
…こいつも笑ってやがんな…。
俺と目があったとたん、露骨にそらしやがった。
隠しきれずに口許がひきつってる。
あいかわらず瞬は、ごろごろと俺の背中にじゃれついたままだ。
なんか、がっくり気が抜けた。
 「…俺、もう寝るっ!瞬いこーぜ!」
 「ん。紫龍、今日はせーや借りるねェー!」
 「ああ。おやすみ。」
 「俺はレンタル商品じゃない!勝手に貸し借りすんな!」
そう叫ぶ俺の声は、あっさりと無視された。
     
     
寝ると宣言したのはいいけれど、瞬は俺の背中にびっとりと張り
付いたまま離れようとず、結局そのまま二階の瞬の部屋まで
俺が背負っていくはめになった。
 「瞬!ほらっついたぞ。」
 「ん〜。星矢も一緒にねようねっ。」
 「わっ!しゅ、しゅん〜。」
部屋についたとたん、瞬がぐいぐいと俺を引きずってそのまま
二人してベットに転がり込む。
 「…ってェー!瞬の馬鹿力っ!鼻打った…。」
強打した鼻をさすりながら、俺は起き上がる。
瞬はといえば俺の隣でころんと横になったまま、何がおかしい
のか、まだクスクスと笑い続けている。
俺は溜め息をついて、あぐらをかいて座り直すと瞬を見下ろす。
 「…お前…今日変だぞ。なんかあったのかよ?」
そう尋ねると瞬は笑うのを止め、不思議そうな顔で俺を見る。
 「…変…?」
 「うん。ぜーったい変だっ!」
 「そうかなあ…」
断言する俺の言葉に、瞬はちょっと考えるように小首を傾げたが、
すぐにまたにこにこ笑いながら言う。
 「ねぇ星矢。いつまでもみんな…このままだといいのにね。」
うつぶせになったまま、瞬は子供のようにパタパタと軽く足を
ぱたつかせる。
 「紫龍がいて、氷河がいて、星矢や兄さんがいて…。
  みんな、みんなこのままずーっといっしょにいられると
  いいのにね…。」
そこまで言うと、ふいに瞬は枕をきゅっと抱き込み顔を埋める。
 「星矢…。なくしたくないものが増えるって、とても怖い事
  なんだね。聖闘士になる前はひとつしかなかったのに。」
 「…その“ひとつ”って…どうせ一輝のことだろ?」
俺が茶化すと、にっこりと瞬が満面の笑みを浮かべて答える。
 「うん!」
 「ちぇーっ!」
なーんか馬鹿馬鹿しくなって、ごろんと瞬の横に転がった。
両足を真上に伸ばして、ぶらぶらとしばらくそうしていると、
瞬がつぶやくように喋り出した。
 「平和とか正義とか…なんだろうね。僕たちが戦う事で、
  本当にみんなが幸せになれるのかなぁ…。」
ばふんっ。足をふとんの上に放り出して俺。
 「そんな事、俺にも解らないさ。」
そう答える俺を、瞬が半分顔をこっちに向けて見つめる。
 「だけど、何にもしないで理屈ばっかごねてるより、なんか
  自分で信じてる事やってた方がずっといいと思うぜ。
  それがいいか、悪いかなんて結果が出てからでも考えりゃ
  いいんじゃないかなぁ…。」
がばっとおもいっきり反動をつけて起き上がる。
 「あ〜!やっぱ俺こーゆーの苦手っ!うだうだ考えるより
  さっさと動いてる方がよっぽど性にあってる!」
俺はいらいらしてきて髪を乱暴にかきむしる。
瞬は小さく笑みを浮かべながら、ころんとあおむけになり言う。
 「でも、星矢のそういうとこ僕大好きだよ。
  いつだって迷わず、まっすぐに進んでいくから。」
 「さんきゅー。でも、それって実は一言ですむんだぜ。
  『単細胞』ってね!」
俺が大げさに両肩をすくめて見せると、ふふっと瞬が笑った。
 「俺も瞬のそーゆーとこ好きだぜ。」
 「そおいうとこ…って?」
 「そおっ!そーゆーとこっ。」
 「…ごまかしたね…。」
ぷうっと不満げに頬を膨らませる瞬に、鼻を掌でこすりながら
俺がにやりと笑って言う。
 「だけどよお。あーんまり考えすぎるとハゲになるって
  聞いたことがあるぞ。」
 「…ハゲ…。」
うーんっと瞬が眉根を寄せてうなる。
一瞬ののち、もろいたずらっこーっていう瞳をして俺に言った。
 「じゃあさっ、はやいとこ紫龍に教えてあげなきゃ。
  いっちばーん危ないと思うよぉ。」
 「いえてるー!はげた紫龍なんて…なんて…。」
二人で思わず顔を見合わせて…。
      
 ぶっ!くっ!ぶくくくっ!
      
げらげら二人とも、のたうちまわって笑いころげた。
 「やっ、だめだよぉ!想像しちゃ悪い…ひっく…よお〜!」
 「げほっごほっ…そーゆー瞬だって…想像して…
  あっ、はっ…たったえれねぇ〜!」
笑うだけ笑って、息も絶え絶えになっていい加減腹筋がひきつり
だした頃に、疲れ果てて俺達は二人ともベットにつっぷす。
少しかすれた小さな声で、瞬が話す。
 「あのね…。ときどきあまりに“違い”すぎて頭も体もついて
  いけなくなる時があるんだ…。特にこんな時に…。」
 「…言ってることが、よく解らないんだけど?」
困ったように俺がそう聞き返すと、瞬はくすりと小さく微笑む。
何となく、今本当に言いたかった事を言おうとしているのだろう
と感じ、俺は黙って瞬を見つめる。
 「こんなふうに皆で笑いあって、食卓かこんで…。
  誰かの誕生日には、ケーキとシャンペンで祝えるのと、
  生きるか死ぬかのぎりぎりの線で…戦っている時…と。
  どっちも僕たちには本当の事なのに…何て言うのかな、
  うん、すごく…違和感を感じる。」
瞬がひどく悲しそうな声でつぶやく。
  「…戦いなんて、なければいいのにね…。」
簡単に頷くことが出来なくて、俺は黙ってうつむく。
たぶん…今までの戦いで、いちばん傷ついているのは瞬なのだ。
 「いつか、きっと戦わなくてもいい日がくると思う。
  じゃないと…やってられねえよな…。」
 「そうだね…。きっとくるよね。」
 「ああ。きっと、さ。」
 「星矢が言うなら確かだね…。」
 「当たり前さっ。俺はペガサス星矢なんだからな。」
 「くす。変な自信。」
     
     
瞬は『辛くはない』といった。
多分嘘じゃないと思う。瞬は嘘をつかないから。
だけど、瞬も知らない『瞬』を本当に解ってやれるのは、あいつ
しかいないんだということを知ってる。
そして、あいつ・一輝の事を命がけで信じてやれるのも、瞬ただ
一人なんだということも知ってる。
…なんだか、ひどくうらやましい気がした。
 「いいなあ…男の兄弟ってよぉ…。
  俺小さい頃、兄貴が欲しかったんだよなぁ…。」
 「いるじゃない。目の前に。」
 「…たった三カ月もちがわないじゃないかよ。」
 「でも、僕の方が年上だよ。」
 「…ちぇっ!」
しばらくの沈黙のあと、柔らかい寝息が俺の肩にかかる。
酒が入ってたせいかな。寝るのが早い。
俺も眠い目をこすりながら思う。
今一番瞬に近いのは、一輝じゃなく俺なんだからな。
俺は、瞬の一番の友達なんだからな。
      
…ふあぁ…。眠い。おやすみ…。
     
     
*END*
     
     


フロッピーの整理してたら、懐かしい作品が出てきたので
アップしてみました。
初期作品といってもいいくらい古い話なので、今読み直せば
ずいぶんと台詞の言い回しや表現とかが違ってきているなぁ
としみじみ思いました。
ちなみにタイトルは谷山浩子さんの曲から。
      
      

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