このまま、カレに摂りこまれれば良かったのに。 半分しかない僕は脆過ぎて。 ひとつきりでコノ空の中渡っていくことなんか出来ない。 僕の半分。 半分の僕。 もう決して見つからない半分。 間に合わせの半分で誤魔化してる。 それは僕の視界にも似ている。 ![]() ふと気付く空模様 グレイに沈む景色に少しだけ歩を早めた。 陽光を遮る小さな氷の大きなカタマリ。 臨界点ギリギリの、それはジキに。 同居人の狂気を呼び覚ます。 あめのひは、喪くした右瞳で世界を視ている。 キレイな硝子玉で逢魔時のぼやけた街角に幻だけを視ている。 その中に俺はいるのか? 飽和を越えた氷が溶ける。 ぽつぽつとナニかに沁みていく。 世界をグレイに染めてしまうまで。 俺は俺を探す。 まぼろしの世界で。 『八戒』 声をかけて見つめる先。 カレは呼びかけに決して振り返ることはないけれど。 水気を含んだタオルを引き抜き、 蒼いラインの煙草を点す。 俺は俺をカタチヅクル。 確かに俺が俺でいること。 納得づくで教えたいから。 ヒトがイチバン理解しやすいカタチで。 そう、触れて。 掌を併せて 膚を併せて 唇を併せて 緩やかな触覚で、胎児のように身を護るカレをゆっくりと目覚めさせる。 ひくり。 俺の好きなカレの指が引き攣れたようにふるえる。 はなが芽吹くように。 ふかい接吻けで呼気を乱す。 呼吸を忘れたその咽喉の機能を促すように。 俺の好きなカレの睫が引き攣れたようにふるえる。 伸びゆく茎先のように。 顎先を俺の白い歯で掠ってみる。 仄かな産毛を感じる。 呼吸をはじめた咽喉に舌を這わす。 まだ、音は立てないように。 俺の好きなカレの瞼が引き攣れたようにふるえる。 鎖骨まで辿る頃には眦にうっすらと水が溜まっている。 夜露に濡れる若葉のように。 そのころにはもう俺のなかの強暴なまでのねつを、感じている。 それは少し焦燥感、に似ている。 早く。 正体のわからないナニかに急かされて俺はカレの膚に歯を立てた。 びくり。と奉げ持つ前腕の筋組織が痙攣る。 「…はっ…」 はっきりとした呼吸音。 大きく吸い込んだ酸素を吐き出す音。 生きている、音。 生命活動の再開を確信して俺は紅い目を細めた。 ヒトにしては発達しすぎた感のある俺の糸斬歯がカレの表皮に埋没する。 ぎりぎりと俺は顎に力を篭めた。 カレの表皮、ごく薄い脂肪層、決して細くはない男性の骨組に届かせたくて。 ぷつり。 臨界を迎えた彼の皮膚の悲鳴。 「……ぁあっ…」 咽喉から迸るカレの呼吸が声にかわる瞬間。 口腔に広がるのは、えもいわれぬ甘露。 「イっ…」 掴んでいた腕を解放すると俺はまた別の場所に歯を立てる。 「…くぅっ」 呻いた。 おそらくは、まだ無意識に、だ。 いつのまにか、湿り気を感じるほどに濡れた肌。 驚くほど体温の上がったカレがいる。 アツイ。 俺も、カレも。 また、歯を立てた。 「イ…た…っ…」 ああ、こえが。 言葉を紡ぎ始めた咽喉に俺は唇を寄せた。 一際強く歯を埋めこませる。 「…ぃイっ!」 痛い?嫌? 俺はそんな言葉が聴きたいんじゃない。 顎を伝う熱。 ねっとりと生命の脈動を伝えてくる媒体。 噛み締める皮膚から生まれ出るあか。 「……っと…」 乱れっぱなしの呼吸の間に掠れきった言葉が混ざる。 まるであの時の声みたいだ。 「…っと、ヒドく…」 違う。 「もっと…イタく……」 違う。 「ねぇ…酷く…シテ…」 喰らい尽くしてやる。 だから。 子供みたいに泣きながら訴えろ。 俺の望みを言え。 さぁ、早く。 「…ごじょ…悟浄っ!」 …お願い、だから…… どこからか搾り出すみたいに俺の名前を叫んでカレはまた気を失った。 唇に手を添えてみて感じるのは、 少し荒いけれど、正常な呼吸。 上気した頬。 虐めてごめんな? 堰を切ったように溢れつづける涙を指先で拭う。 乾いて痕跡を残す眦は唇で。 腕、咽、脚、腹、背。痩せた肢体に散り咲いた俺の歯型。 謝罪を込めてもう一度辿る、今度は柔らかに吸い上げて。 固まりかけた血も一緒に嘗めて癒すよ。 ようやく開いた俺だけのハナを。 「悟浄っっっっ!」 仮令。 「アナタ僕が意識失ってるのをいい事に何てことっっっ!」 それがカレの逆鱗に触れる事であっても。 「こっ…こんなとこにまで…キスマー…ク……」 後悔はしない。 「この痕が消えるまで絶対にシませんからねっっ!」 …多分。 *END* |