悟浄と喧嘩を―――しました。 近来稀にみる、大喧嘩をしました。 本当に、売り言葉、買い言葉ってあるんですねえ。 よく、あんなに言えたもんです。 延々と、続くキャッチボールみたいでした。 双方、手を挙げる事だけがなかったのが、奇跡ですね。 (…けど、2人で取っ組み合ったら、本当にあの家、破壊しちゃいますよね。) 原因は…、積み重ねなんです。 小さな事をひとつひとつ、論っていたら、2人して止まらなくなっちゃって…。 例えば、銀行に小銭を貯めたら、利息が付いて嬉しいのに。 そう思えない、悟浄の悪癖の多さ。 いっくら言っても、直してくれない。 直そうとしない。直す気がない。 うーーーっ。 確かに、僕は口煩いです。 自分でも、分かっています。 だから、3つに1つは、言うのを我慢しているのに。 悟浄だって、いい大人なのだから。 同い歳の僕にあれこれ言われるのは、嫌だろうと思うから。 でも。 だからと言って、あんなにあからさまに、鬱とおしがるなんて。 …しなくたって、いいじゃないですか。 悟浄は、精悍な顔立ちをしているから。 怒って目がつり上がると、かなり迫力が出て恐くなります。 普通の一般の方だったら、裸足で逃げ出す事でしょう。 でも、僕は平気ですね。 生憎と、そんな柔な神経じゃないんです。 悟浄曰く、ワイヤーロープ並みの無神経さ、だそうですから。 上着を羽織って、鍵を掛けて、外へと出掛けました。 悟浄は喧嘩の後、直ぐに飛び出しています。 別に、悟浄を追う訳ではありません。 何となく、家に籠もっているのが嫌で。 外の空気を吸いに、気分転換に、出掛けたくなったんです。 それに。 やっぱり。 一人でいると、さっきの喧嘩を反芻してしまって。 むかっ腹が、立ってくるんです。 悪いのは、悟浄です。悟浄、なんです。 そして、僕も………悪いんです。 2人して、ムキになって。 黄色信号を無視して、赤信号を突っ切って…。 2人して、馬鹿です。馬鹿、です。 …分かってはいるけど、それを直ぐに認める程。 まだ、頭は冷えていなくて…。 この、自分でも持て余してしまう、性格。 今更、変えられる位だったら、苦労はしてません。 簡単にいく程、甘いもんじゃないんです。 …厄介、ですよねぇ。 自分の事なのに、コントロールが出来ないのって。 ま、仕方ないです。これが、僕ですから。 ふうーーーっと、これみよがしに、盛大に溜息を付いて。 僕は、歩き出しました。 ふらふらとした散歩と称して、頭に昇った血を下げる為に。 季節は、秋が深まっている時なので。 涼しくて、過ごしやすいです。 朝晩冷えるけど、僕は結構大丈夫。 逆に、悟浄の方が大変です。 薄着のまんまで、寒いの連発ですから。 ちゃんと、着込めばいいのに。 何を意地張るんだか。 これで、風邪引いたら、大馬鹿ですよ。 風邪引いたら、大馬鹿レッテル貼ってあげましょうね。 仕方無い人だなあ…って、僕もかなり仕方なくなっています。 悟浄の事が、頭にしがみついて消えてくれません。 しっかりと、根をおろしていて。 もう、すり込み状態になっているんですね、きっと。 全く…もう…。 図書館で、読みたかった新刊が入荷されていて。 運良く、ゲット出来ました。 それを持って、馴染みの喫茶店で。 紅茶を飲みながら、読み耽っていました。 文字を追って、頭の中をストーリィで埋めて。 美味しい紅茶とマスターお薦めのケーキで。 時間を過ごしました。 問題の先送りだって、分かっているんですけどね。 でも、そうしていなきゃ、いられない時ってあるんです。 答えは分かっているのに、動けない。 動きたくないんじゃないんです。 失いたくない。 無くしたくない。決して。 だから、その分。 慎重になって、臆病になる。 僕は――悟浄が――好き、だから。 窓が、雨粒に叩かれました。 ああ、雨が降ってきたんですね。 本を半分まで読んだところで、顔を上げて気が付きました。 パタンと本を閉じて、ぼんやりと外を見ました。 今日、どうしようかと。 悟空の顔を見に来たを理由にして、三蔵のところにでも泊めて貰おう…かと。 えっ。 僕は、ガタンと音をたてて、立ち上がりました。 「マスター、お勘定、ここに置きますねっ。」 「まだ、雨が降ってるよ、八戒さん。」 「いいんです。ご馳走さまでしたっ。」 バタバタッと、外へと飛び出す。 雨は霧雨で、視界が霞むけど。 絶対に、見間違える事のない――紅が。 僕の目に、飛び込んでくる。 通りを挟んだ向こう側に、立っている。 ポケットに、手を突っ込んで、僕を見ている。 「悟浄…。」 僕は、走り出しました。 心が、動いてしようがない。 止められない。止めたくない。 そのまま、抱き付いて。 悟浄の肩へと、顔を埋めてしまう。 ひんやりとした、悟浄の髪の感触が頬にあたるのが…。 「…ごめん、八戒。」 「僕も…ごめんなさい、悟浄。」 言葉が、スルリと出てくる。 優しい気持ちが、広がっていく。 悟浄の顔が見たくて、僕は顔を上げました。 叱られた子供よりも、しょんぼりとしている、情けない顔。 でも、きっと。 僕も同じ位、情けない顔になっている筈。 こんなに傍に居たい人なんて、どこにも、いない。 こんなに離れたくない人なんて、もう、いない。 ゆっくりと、唇を重ねて。 小さな小さな、kissをする。 雨のにおいと、紅の色彩に――包まれながら。 悟浄の 誕生日だから だから きっと 晴れ… *END* |