ガタゴト揺れるジープは、相も変わらず西へ進んでいた。
   何もない荒野を、ただただ西へ―――
   変哲のない景色。
   ぷっつり途絶えた襲撃。
   4人は(運転手以外)何することなく、ポカーンと腑抜けのような顔を晒していた。
   なんにもない。
   何も無い。
   そんな道程。



   「それじゃあ、シリトリ、しませんか?」

   休息をとるなら水場に限るが、一向にそれらしいオアシスも人里も見えず、寝不足気味の
   八戒は、このままでは単調すぎて眠気をきたし事故ル(=キレる)と判断。
   安易だが、実に眠気覚ましに効果的な頭脳ゲームを唐突に提案した。
   「シリトリィィ〜?」
   「だってカードも麻雀も、僕、手が離せませんし。まさか僕だけ仲間外れとか、言います?」
   ハンドルを握り、前を向いたまま八戒はニッコリ笑った。
   「シリトリって、え〜っと、」
   「あー?シリトリ知んねえーのか、小猿チャン?」
   「うっせー!知ってるよシリトリだろ!しーりーとーり!りんご!!」
   「この、バカザル!煽られてんじゃねえっ!」
   「はい『エロ河童』v」
   「ぱ。‥‥『灰皿』」
   「ラーメ‥ッ」
   八戒が三蔵の言葉尻からゲームを始めれば、悟浄が続けて、さらに続こうとした悟空が早く
   も「ラーメン」と終わりかける。が―――
   「ららららららーぁラッキョウ!」」
   「お〜お♪」
   やっとでた言葉に悟浄が拍手を贈り、八戒もにこやかに笑って三蔵を見遣り、次を促した。

   「‥‥‥( ̄へ ̄〆 」

   腕を組んだまま固く目を閉じ、こめかみには『ピキリ』と青筋が浮かび上がって‥‥
   「しょうがないですねえ。じゃあ続けますよ?―――『浮気者』」
   柔らかい口調から瞬時に厳しいものに替えて続けた八戒の言葉に、悟浄はビクンッと身体
   を震わせる。
   ―――なんだか、八戒の言葉にはトゲがある。
   それも自分(悟浄)にしか見えない、伝わらない『トゲ』だ。
   「の‥の、の、‥のじゅ‥く‥‥」
   「クリームソーダ!」
   「『だ』は、『た』でもOKですよね?じゃあ『短気』」
   「キッスv」
   トゲを感じたのは思い過ごしか‥と、「俺は気は長い方だしv」なんて勝手に思ってる、
   実は短気な悟浄は軽やかに言葉を続けた。
   「すすすすすいか!!」
   後部席から身を乗り出し懸命に応える悟空に微笑を浮かべ‥しかし声音は低く―――
   「甲斐性無し」
   淡々と告げた八戒の言葉は、悟浄のハートを容赦なく、グッサリ抉った。
   つまり、『甲斐性無し』の、自覚あり。なのだろう。
   「し、し、し、し、し、」
   (シェーカー、焼酎、シェリー、シースルー、シュールレアリズム、試行錯誤、
    死して屍拾う者無し?!)
   正に「支離滅裂」な言葉が悟浄の頭をぐるぐる回る。
   「5−、4−、」
   そんな悟浄が可笑しいのか、悟空は楽し気にカウントダウンを始めた。
   「しししっ」
   (心臓破り、新興宗教、新婚さん○らっしゃ〜い♪、じゃなくって!)
   「「さぁーん、にーぃ、」」
   楽し気な声は何時の間にか二重奏で――悟浄はさらに焦って、焦った挙句―――
   「シックスナイン!!」
   「アウトーー!!『ん』だ、『ん』がついたもんねー!!」
   「それ以前に教育的指導で退場です」



   ガタゴト揺れるジープの上、
   「バババババロア!」
   「雨宿り」
   シリトリは、まだまだまーだ、続いていた。
   「シリトリ」なんて子供の遊びか、大人の睦言にしかならないと思っていた悟浄は、紫煙
   をドーナツ型にして吐き出しながら助手席の三蔵に視線を送った。
   どうやら三蔵も同じようなことを思っているらしい。
   「リンゴ飴!」
   「面食い」
   如何にも悟空らしい食べ物路線で、かれこれもう小一時間、博識な八戒に立ち向かうなど、
   ある意味、感心してしまう。
   「石焼芋!」
   「猛獣」
   「烏龍茶!」
   「ヤキモチ」
   「チラシ寿司!」
   「触覚」
   「クリームシチュー!」
   「シチュー?『ゆ』でもいいですか?」
   思わぬ八戒の「待った」に、悟空は「おう!」と頷いた。
   「余裕だね〜、食べ物博士」
   茶化す悟浄にすら、悟空は「えっへん」と胸を張る。
   なんにせよ、あの八戒と知識を争っているのだ。
   食べ物ばかりとはいえ、いわゆる頭脳ゲームにただ一人八戒に立ち向かう、自分はスゴイ!
   悟空の頭の中には、優勝した自分が今まで述べた全メニューを食すシーンが満載だ。
   「ではお言葉に甘えて。『誘惑』」
   「くくく串カツ!」
   「艶」
   「焼きソバ!」
   「バンダナ」
   「納豆巻き!」
   「キザ」
   「ザ!?」
   「『さ』でもいいですよ」
   余裕とはこうである。
   そんな言葉が背景に浮かんでいそうな余裕な笑顔の八戒に、悟空の白昼夢は一気に現実へ
   引き戻された。
   「ざ!」
   ここまでくれば、意地もある。意地でも「ざ」のつく言葉を!と考えるも‥‥
   (座布団、座禅、ザボン?!)
   思いつく言葉は「ん」のつくものばかり。
   「5?」
   「よーん」
   カウントダウンを始める八戒と悟浄に、さらに焦りは増す。
   「3、」
   (―――さんっ、)
   「さんぞーっっ」


   「‥ぷっv」
   「ぎゃはははっっ、さ、さんぞーサマったら、サルの餌と同格〜っっ」
   「〜〜〜っ、こンの、バカザル!!」
   スッパーンッッ
   「いってーーっ(>o<)」
   自信満々で答えたのに。
   ハリセンで力一杯叩かれた頭を抱え、悟空は涙目で三蔵を見上げた。
   「何すんだよ!オレ、オレ‥!」

   「一生懸命頑張ってるのに」なんて、なんて似合わない言葉だろう―――


   「うるさい」

   三蔵ではなく、柔らかい八戒の言。
   「‥『三蔵』、『うるさい』、ホラ、次はお前の番だぞ」
   ニヤニヤ笑う悟浄が、いつもなら癪に障るのに。
   フン、と一息ついただけで席に戻る三蔵が、いつもなら気になってしょうがないのに‥‥
   「‥い、イカ焼き!」
   「嫌い」
   「インドカレー!」
   「恋愛」
   「イクラ!」
   「乱酔」
   「飯蛸!!」
   「心憎い」
   「いぃい!?」
   食べ物路線にも底はある。
   しかし八戒は淡々と、そして間髪入れず「い」で終わる言葉で応えていく。
   八戒ならではの頭脳戦に、どうやら本気モード突入と感じ取った戦線離脱組は、ここまで
   の悟空の健闘ぶりに胸の内で賞讃するのだった。
   「い!いいい鰯!」
   「じれったい」
   しかし、その八戒の一献一句にトゲを感じる悟浄はどんどんブルーな気分になり、三蔵は
   疎まし気な表情を険しいものへと変えていくのだった。
   その間も、無邪気に、そして単純に、無い知識を総動員している悟空の思考回路は正にシ
   ョート寸前。
   「いいいいいいいっっ」


   「聞いてると痒くなんねー?」
   こそっと三蔵に呟くも、三蔵は悟浄の言い分など聞く耳持たず。
   ムスリとしたま、青筋を額に増産し続けている。
   「いいいいいいいっっっ!!」
   「降参ですか?悟空」
   負けず嫌いなのは、育った環境が影響するのだろうか。
    (粋、イナセ、イカサマ、ん〜と‥色男♪)
    (庵、生き様、一汁一菜、一殺多生‥‥)
   傍観するだけの悟浄と三蔵も、ついつい何時の間にか「い」で始まる言葉を考えてしまっ
   ていた。

   「い、無花果!」
   「―――紅」
   「いいいいいーーーー!?」

   「い、い、い、」
   「降参ですか、悟空v」
   先程と同じ問いかけなのに、心なしか‥いや、絶対。八戒の言葉には勝ち誇った色がある。

   「イジメッコ!!」

   今の心情を露に切り返せば、
   「恋煩い」
   容赦のない‥全く以って大人気無い八戒の口撃に、太刀打ちなどできるはずもない。
   それでも―――
   「いいいいい、イジワルーーーー!!」

   「ル・ビ・ィv」

   「〜〜〜〜っっ」
   悟空はジープの上で地団駄を踏み‥‥
   「陰険!八戒は陰険の、『陰険』!!」
   とうとう禁句を口にした。
   「あっはっはっ♪悟空の負―け。『ん』がつきましたから、僕の勝ちですねv」
   「いー、いーっ、いいいいーー!!」
   「『ルビー』ですから『び』でも『ひ』でも『ぴ』でも良かったんですけどねえ〜」
   それでも、悟空は
   「い、い、い、いーっ」
   と、歯を剥き出しに食いしばって拳を振り上げている。
   韻が違えば猿が人間を威嚇する様そのもので‥‥
   「いい加減にしろ‥っ」
   「さんぞ〜っっ」
   ほとほと呆れたとばかりに三蔵が一喝するも、悟空は瞳をうるうると潤ませ、悔しさに顔
   が歪んだ。
   「オレ、オレ‥‥!」
   「頑張りましたよね、悟空。僕、つい、本気になっちゃいましたv」
   「ホント。大人気ねー‥」
   「―――さて、最下位の悟浄には何をしてもらいましょうかねえ」
   「はいいい?!」
   思わぬ勝利者からの王様発言に、最下位・悟浄は後部座席でずっこけた。
   「あれ?こんなに頑張ったのに、勝利者賞は無しですかあv」
   ねえ?と優しく微笑む八戒に、
   「三蔵だってビリッケツじゃねーか!俺ばっかりに要求するな!」

   「―――却下( ̄_ ̄〆)」

   怒りのオーラで双肩の経文すら揺れている。
   おっかなびっくり、悟浄の腰が引ける。
   そしてイジイジと座席の上で小さく丸まり、吸いかけの煙草を携帯灰皿にジリジリ押し付
   けた。
   「じゃあ、オレ、今日は三蔵と同室な!一緒に寝ていいだろ?!」
   「〜〜っ、却下だと言ってるだろうが!!」
   「じゃあ僕はシングルで。あ、もちろんジープは一緒ですよv」
   『ぴ♪』
   「なんでよ!?」
   「まあ、宿に泊まれれば。ですけどv」


   ガタゴト揺れて、ジープは夕陽に向かって進む。
   自戒と妄執を繰り返し、殺戮に明け暮れ‥‥それでも狂おしくも愛しいヒトと共に過ごす
   時間が、一時でもいいから長く続くように―――


   三蔵に食い下がる悟空を横目に、悟浄は前のシートに顔を寄せた。
   「なあ八戒ぃ、さっきの冗談だよなあ?」
   「『朝帰り』」
   「リカちゃん。あ!」
   「―――ホント、どうしてこんなおバカに惚れたんでしょうかねえ?僕」
   「く、『くびれ』」
   「レッド」
   「賭場」
   「ハイライトv」
   「とまと!」
   「ど素人」
   「と!」

   儚い望みも、人の夢とならないように祈りながら‥‥

   「とほほほほ‥‥」


   今夜も共にあらんことを。





*END*







悟空相手に、大人げない八戒がかなりツボでした。(笑)
そんな八戒に振り回されっぱなしの悟浄が可愛そうで哀れです。
とはいえしりとりの最中に出ていた言葉を見ながら、もしかして
なにか八戒を怒らせるようなコトをしたのかも…と深読みしたの
は私だと白状しますです。(^^;)《結花》


影村 雅さまのサイト 《無罪也。》



《言の葉あそび》