紅、が。 血の色ではなくなったのは、何時からだっただろう。 ![]() 窓ガラスを叩くパタパタという音に、コーヒーを淹れていた八戒が顔を上げる。 「雨、ですね……。」 「何か不都合でもあんの?」 その八戒の呟きがあまりに残念そうだったので、思わず悟浄が聞き返す。 八戒は湯気の立つコーヒーを悟浄の前に差し出すと、自分も隣のソファーに座った。 「…紅葉が、」 「紅葉?」 「折角の紅葉、散っちゃうじゃないですか。」 そう言うと八戒は、窓の向こうを見つめる。 「紅葉なんて、この辺あったっけ?」 「裏手の山にあるモミジ、すごく綺麗なんですよ。知りません?」 言われてみれば、もうそんな時期なのかもしれない。 昼間殆ど活動しない悟浄には、あまり馴染みがないのは確かだけれど。 「あー……てかお前って、そんな紅葉好きだったっけ?」 もう幾度か一緒にこの時期を過ごしているが、特に紅葉狩りに行くなどという事は無かった筈。 いつの間に、そんなに気に掛ける存在になったのか。 「昔はあまり好きじゃなかったんですけどね……」 そう呟くと、八戒は目の前にある「紅」に目を留めた。 (…多分、この人の所為でしょうね。) 紅く色づいた葉を見る度に思い出す、なんて。 紅いのは「血」の色だけだと思っていたから、昔はあまり好きではなかった。 嫌でも、あの時の事を彷彿とさせるから。 けれど何時からか、綺麗だと思うようになっていた。 それは、きっと。 「………ナニ?」 いきなり黙り込んで自分を見つめてくる八戒に、悟浄は少し戸惑い気味に声を掛けた。 その声に思考を止められ、ふと我に返った八戒が何度か瞬きをする。 「…え?あ、……何でもないです。」 その場を取り繕うように、悟浄の前に置かれた冷めたコーヒーに手を伸ばした。 「冷めちゃったんで、温かいの淹れてきますね。」 そう言って立ち上がろうとした八戒の腕を、不意に悟浄が掴んで引き寄せる。 「…っ!…」 気が付くと、八戒の身体は悟浄の腕の中にすっぽりと収まっていた。 「な、何ですか、いきなり…?」 「俺ってそんなにイイオトコ?」 にやりと上がる唇に、一瞬ドキリとする。 何時まで経っても、この顔には心が鷲掴みにされてどうも慣れない。 「そんなに見つめられたら、我慢出来なくなっちゃうでしょーが。」 言いながら、八戒の頬に手を添えた。 「……そういう意味で見てたんじゃないんですけどね。」 「じゃ、どういう意味?」 聞き返されて、八戒は答えに窮する。 そんな困っている八戒の頬へ、悟浄はしめたとばかりに唇を落とした。 「…ま、そういう事でいいんじゃねぇ?」 微笑む悟浄に、観念したとばかりに八戒が小さく溜め息をつく。 「分かりました。そういう事にしといて下さい。」 渋々といった八戒の表情が気に入らないのか、悟浄が少しむっとする。 「そんな顔すんなって。」 その唇へ啄ばむ様に口付けると、八戒はもう一度、今度は大きく溜め息をついた。 そしてふわりと微笑みかけると、悟浄も満足そうに笑う。 「すみません。」 そう言うと、悟浄の唇がもう一度八戒のそれに触れる。 今度はしっかりと、八戒はその口付けを受け止めた。 来年は、一緒にあの「紅」を見に行こう。 きっと。 とてもとても、綺麗だろうから。 *END* |