-3- 「なかなか・・・手強いですね」 カラクリ人形達は決して強いといったわけではなかったが、何せ数が多かった。 八戒の気孔は多人数相手に非常に有効だが、これだけ連続して繰り出しすとなると流石に本人の 息が続かない。 流れる汗を拭い、上がる息を整えながら、次の攻撃に備えるのが精一杯だった。 病み上がりで、体力が十分でない悟浄は、既にかなり前から息が上がっている。 肩の包帯が赤い。傷が開いてしまっているようだ。 このまま体力に限界のない敵と戦いつづけるのは圧倒的に不利だ。 残りの人形は約30体。ここで一気にカタをつけねば勝算はない。 八戒は疲れた身体を叱咤して最後の反撃を試みる。 悟浄も八戒の意図を察したのか、負傷した肩を押さえながら錫杖を構えなおして臨戦体制に入る。 仮にここを突破したとしても、おそらくゲート内にはまだ沢山の人形が控えているはずだ。 傷を負った悟浄と無事に下界へ逃げ切れる勝算は少ない。それでも― (何もやらないよりは、マシですよね) ギリギリまで諦めない、勝気を失わなければどこかに勝てるチャンスが生じる。 それは、これまでの旅で得た教訓だ。 八戒は、軽く眼を閉じて、取り囲む人形たちの配置を慎重に伺いながら静かに気を溜めた。 身体が、熱い。 ガウンッ。 その緊張を破ったのは、一発の銃声だった。 同時に、八戒のすぐ側にいた人形たちが音をたてて飛び上がる。 とつぜん開けた視界に映ったのは、黄金の髪をなびかせて悠然と銃を構える三蔵の姿だった。 「フン、ざまぁねぇな。お前ら、たかが一年足らずの天界生活で鈍(なま)ってんじゃねぇよ」 「――三蔵!?」 続いて複数の破壊音とともに、二人を取り囲んでいた人形たちが更に一斉に飛び上がる。 「おっ待たせ――っ♪」 「――悟空!?」 「――お前ら・・・・何で!?」 肩の傷を押さえて、まだ息の上がったままの悟浄がようやく声を絞り出した。 「フン。俺たちもそろそろ天界での生活に飽きたんでな。たまたま、偶然だ。」 「はっ・・・そりゃまー・・・ステキなぐーぜんですコト」 「悟空・・・貴方は良いんですか?」 「えっ?そりゃまーここも美味いもんいっぱいあるし、キレイでいートコロだけどさ。でも下界 の方がなんか全然面白そーじゃん?」 「ま、おサルちゃんは、三蔵が行くところなら、ドコでも付いて行くんだろーケドな」 「サルってゆーなサルって!いーだろ別にっ」 「おいっ、くだらん事をほざいてねぇで、さっさと片付けるぞ、悟空!」 「分かってるよっ。八戒、ここは俺らに任せて、早く悟浄を看てやってよ」 「ええ。頼みます」 八戒が再び気孔で悟浄の開いた傷を塞いでいるうちに、悟空と三蔵はあっさりと人形たちを片付 けてしまった。 身体が、熱い。でも、心地いい。 二人の加勢のおかげで、ほどなくして四人は無事に橋を渡ってゲート内に辿り着いた。 「ここからは任せて下さい、この日のために、入念にシュミレーションさせて頂きましたから」 言いながら八戒が手際よく入り口のキーを解除し、扉を開ける。 「シュミレーションっていつのまに。・・・・お前ってやっぱ、こえーわ」 「相変わらず用意周到なやつだな」 「やっぱすっげーよ、八戒っ!」 「いやぁ三人三様の感想、ありがとうございます」 八戒はにっこりと笑顔で応えた。 「ただ、ひとつ最後の難関があります」 「難関?」 愛用のS&Wで警備の人形たちを破壊しながら、三蔵が眉を寄せる。 四人は急ぎ足で塔の最奥にあるゲートに向かっていた。 「――ええ。ここのシステムは警備は、ほとんど先ほどの人形達が当たってるんですが、監視係 として一人だけ本物の天界人が交代で駐在してるんです。一応その方には快く眠っていただく予 定ですが・・・やっかいな人物にあたらなければいいんですが・・・・」 「――よう、三蔵。元気そうだな♪」 「・・・あんたか」 眉間のシワを一割増しにして、チッと三蔵が舌打ちをする。 ゲートへと続く最後の扉の前に観世音菩薩が貫禄のある笑みを浮かべてひとり悠然と立っていた。 「悪いが先を急いでいる。そこをどいてもらおう」 「嫌だ。といったら?」 「無理やりにでも通させてもらう」 三蔵が、ちゃき、と銃口を観世音菩薩にむけた。 「相変わらずだな、お前も」 観世音菩薩が、心底嬉しそうにくつくつと笑った。 「どくのか、どかないのか、ハッキリしてもらおう」 三蔵の眉間のシワが更に一割アップする。 埒があかないと踏んだ八戒が、一歩前に出た。 「お願いします、観世音菩薩。どうかそこを通して頂けませんか。貴方なら分かっているでしょ う。――ここの空気は僕らに合っていないことを」 「・・・万物を発き(ひらき)明らかにして皆善なるものと成す――か」 「え・・・?」 観世音菩薩がゆっくりと顔を上げて笑った。 「――行きな、お前らの望むままに生きるがいいさ」 流れるような動作でひらりと一歩下がると、その先はゲートの先へと進む通路が開かれていた。 「観世音菩薩・・・」 「それと――餞別だ。こいつも連れて行くがいい」 菩薩が後方から何かを手放すと同時に、真っ白い塊がまっすぐに八戒の懐に飛び込んできた。 「キュ――ッッv」 「・・・・ジープ!?」 「そいつも、お前さん達と行きたいんだとよ。さっきからお前らのところに行こうと暴れてうる せーったら」 「・・・・・ダメですよ、ジープ。ここに残れば、貴方は”八部天龍”として天界での地位を約 束されているんですから・・・!」 「キュキュッ」 ジープは必死で小さな首を横に振った。 「本当に・・・僕らに付いて来ちゃってもいいんですか?」 「キュ――ッv」 今度は勢いよく縦に首を振る。 相変わらず表現力の豊かな竜だと、思わず残りの三人はその光景を見守っていた。 「ジープ!」 「キュキューッ!」 再会を喜ぶ二人(?)に観世音菩薩が呑気にコメントを入れる。 「おーお、実に感動的な光景だねぇ。」 頷きながら、意味ありげにちらりと悟浄に視線を送る。 「・・なぁ?」 「何で俺に振るんだよ」 「いや、お前さんがやけに不機嫌そーなツラしてると思ったんでな」 「別に、不機嫌なツラなんかしてねーよッ」 「そりゃー、悪かったな」 「何が言いたいんだてめー・・・」 そのとき、四人が通ってきた通路の奥から金属を打つような大勢の足音が聞こえてきた。 「何だ!?」 「げっ、あいつら――!」 一番視力の良い悟空が、真っ先にこちらに向かって走ってくる大量の人形たちの姿を確認する。 「だ〜〜っ。また奴らかよ、一体どんだけ大量にいやがるんだ」 「ゴキブリみたいですねぇ」 「親近感わくだろ、悟浄」 「うるせー!」 「・・・その昔、部下にあまり危険な任務をさせたくないって考えた軍人がいてな。そいつが趣 味で作ったモンが実用化されたんだよ。低コストで実によく働くんで、今は改良を重ねて大量に 量産されてるのさ」 「機能はともかくとして、あのデザインは最悪じゃねーか?」 「きっと、ちょっとヘンな趣味の方が作ったんでしょーね」 「確かに変人だったな」 ぼそりと、観世音菩薩が付け加えた。 そうこうしている間に人形たちはどんどんとその数を増して押し寄せてくる。 「―ちっ、無駄口たたいてねぇで、行くぞ!」 三蔵の言葉を合図にゲートへの通路に向かって悟空と悟浄が走り出す。 それに続く八戒とジープに観世音菩薩が独り言のように声を掛けた。 「ああ、言い忘れたが、そいつには、ちょっと小細工がしてある。俺からの餞別だ」 「・・・観世音菩薩・・?」 「何してる八戒ッ、急げ!」 「達者でな」 観世音菩薩の最後の言葉を背に、四人は奥のゲートへと急いだ。 最後の通路を抜けるとそこには広陵としたフロアが広がっていた。 広く無機質なフロアの先には青く澄んだ空が広がっており、ここから飛び立てば、下界に降りる ことができる。 最後に走り込んできた八戒が、呼吸を整えようとして、言葉を飲み込んだ。 「・・・・バカな・・・・」 「? どーしたんだよ八戒ッ」 「ここには下界に降りるための飛竜がいつも常駐しているハズなんです。 あれが無ければ下界には・・・」 「何だと!?」 「・・・っちくしょう、観世音菩薩のやつ、何が”達者でな”だ!」 「ここまで来て、どーすんだよ」 「・・・っ」 言葉に詰まってしまった八戒の肩から、ふわりとジープが飛び上がった。 「キュキュ――ッ」 「ジープ?」 ジープは何かを訴えるように四人の頭上をぐるりと旋回すると、やがてその体から幾本ものまば ゆい閃光を放った。周囲が一斉に、白く淡い光に包み込まれる。 思わず目を覆ってしまった四人の前で、それは大きく成長し、やがて巨大な光の塊となった。 そして――。 「なっ・・・!?」 まばゆい閃光の中に一匹の巨大な飛竜が姿を表した。 「・・・まさか・・・ジープ?」 「す・・・すっげーっ」 「・・・マジ?」 ![]() 少し呆然としながら歩み寄る八戒に、真っ白い飛竜は嬉しそうに頬を摺り寄せた。 その体を八戒が優しく撫でてやる。 「ジープ、僕ら四人を乗せて、下界に降りることができますか?」 「キュv」 返事のかわりに、ひときわ高く声をあげると、高々と大きくその翼を広げる。 そのまま勢いよく翼を下ろすと、ふわりとその体が宙に浮いた。 「皆さん、急いでジープに乗ってくださいっ!」 八戒に続いて、悟浄と悟空が、ジープの背に飛び乗る。 追って来た人形達を抑えるために、フロアの出口に結界を張っていた三蔵が出遅れた。 「――っ三蔵っ!」 最後の真言を唱えて、走り出すが、間に合わない。 そのとき、悟浄の隣にいた悟空が勢いよくジープから飛び降りると、両手で三蔵を抱え、助走を つけて高々とジャンプして、再びふわりとジープの上に戻ってきた。 あまりに見事なフォームに思わず悟浄と八戒が拍手で迎える。 「お見事です。悟空」 「あーもう運動したらハラ減ったー―ッ」 さっそく恒例の空腹を訴えるところが、変わっていなくて、思わず悟浄と八戒は笑ってしまった。 「はいはい。非常食に肉まんを作って来ましたから、地上に着いたら食べましょうね」 「マジ?、やっりーい♪」 「それにしても、お猿ちゃんたら、三蔵サマを”お姫様抱っこ”とは、やるじゃん?」 「何か言ったか?」 ちゃき。と後頭部に冷たいモノを感じて、悟浄が無言で両手を上げる。 「もともと力持ちでしたけど、身長も伸びましたからねー悟空。もう少しで僕も越されちゃいそ うですね」 悟空の身長は旅の終わりの頃から伸びつづけ、今は八戒や悟浄と並ぶほどの背丈に成長していた。 「ははっ、これで一番チビなのは、さんぞ――」 ガゥン、ガゥン、ガゥン、ガゥン。 「キュ―――ッッ?!」 「――っをわッッ」 突然の発砲に、ジープが驚いて身体を捻らせた。 危うく振り落とされそうになる身体を四人は必死で支える。 「――こんのクソ坊主ッッ、時と場所を考えて発砲しやがれッ!!」 「うるせぇッ、元凶はキサマだろーが!」 「ちょっと皆さん、冷ー静ーにー。これ以上暴れるとジープが・・・」 再び派手な発砲音が上がった。 ・・・飛竜の形を保っていられなくなりますよー。 八戒が最後のセリフを口にする前に、あっという間にジープは元の姿に戻ってしまった。 当然の結果として、一同は敢え無く空中に投げ出される。 「やれやれ、またこのパターンですか〜〜」 「ちょっと待てッ、この高さだぞ!? 死ぬッ今度こそ絶対死ぬ―――ッッ」 「ヤだよ、俺まだ、八戒の肉まん食ってねーよッ」 「このッッ――バカ共がッ!!」 四人四様のセリフを吐きながら、一行は吸い込まれるように真ッさかさまに地上へ落ちて行った。 「観世音菩薩さま・・・!!」 八戒たちの逃亡の連絡を受けた担当の天界人たちが、慌ててゲートに駆けつけてきた。 「彼らを・・・逃がされたのですか!?」 「逃がしたんじゃない。見送っただけさ」 「しかし、それでは・・・・!!」 「いいんだよ。見たろ?あいつらは、こんなちっぽけな鳥かごの世界に閉じ込めておけるような 輩じゃないのさ」 「菩薩・・・よろしかったんですか?、金蝉さま・・・いえ三蔵さまが天界に戻って来られるの をとても楽しみにされていたように思っていたのですが・・・」 後方に控えていた二郎神が、すこし遠慮深げに観世音菩薩に声をかける。 「いいんだよ。檻の中で尻尾を垂らしたアイツらなんざ、見たくねーからな。」 「しかしそれでは菩薩が・・・」 「俺か? 俺は・・・これからも変わらずに変わっていくアイツらを、――見守っているさ」 「いやー、死ぬかと思いましたv」 「だーかーらー。フツー死ぬって」 あの後、地上に向かって真っ直ぐに落ちていった四人だが、落下先が森だったため、樹木や下草 がクッションとなって奇跡的に地面への激突を免れた。 が、最終的に転がり落ちた先は超流れの激しい川だった。 そのまま勢いよく流され、更にその先の滝から落下してまた流された。そして―― なぜか四人とも無事にここに至る。 「なんかすげーよ、俺たち」 普通、死ぬだろう。なぜだ。 「あはは。わざわざ天界人に転生しなくても、僕ら不死身なのかもしれませんねぇ」 八戒が呑気にコメントをつけた。まあ、全員無事だったからどーでもいいか。 「でさぁ、とりあえず飛び出して来たはいーけど、これからどーすんの?」 「そうですねぇ・・・特にあても無いですし、また、四人で旅でもしましょうか?」 「じゃーさ。ずーっと西ばっか向かってたから、今度は東に行こーぜっ」 「相変わらず単純だねー、お猿ちゃんは」 「うるせぇよッ、んじゃ悟浄はどっか行くアテあんのかよッ」 「いーやー?、ま、東でもいーんでない?」 「三蔵はどうです?」 かつては、沈む夕日に向かって長い旅をしてきた。 今度は、朝日に―昇る太陽に向かって行く。 誰かに指図されたものではなく、自分達の意思で行く旅。 悪くない。 「――フン、好きにしろ」 「決っまりーいッ。んじゃ、東に向けて、出発しんこ――っ♪」 「――あ、見てください、陽が・・・昇りますよ」 八戒の声とともに、地平線に一筋のまばゆい光の亀裂が入り、やがてそれを押し広げるように紅 い光の塊が顔を出した。 間もなくそれは大きな丸い形となり、四人の顔を明るくそして紅く照らし出す。 「うわぁ・・・三蔵っ、すげェなっ」 「ウマそうとかゆーなよ、猿」 「言わねーよっ」 周囲が一面に紅く染まる。 「朝日も、案外紅いものだったんですね」 「紅は血の色だけじゃない・・・か」 「どうしました、悟浄?」 「いーや?、なーんでもね。んじゃそろそろ出発しますか♪」 「賛成――ッ、早くどっかの町に行ってメシ食おーぜっ。俺もうハラ減って動けねーよ」 「ヤレヤレ、お猿ちゃんの胃袋は、ホンッと相変わらずだねぇ」 「静かにしろ、バカ猿ッ」 「これ以上でかくなると、三蔵サマに嫌われっぞー?」 「身長の話はやめろと言っているだろーが!」 「―っをわっ、三蔵、ちょっと待て、こんなトコロで撃つ気かよ」 「うるせぇッ、今度こそ確実にあの世に送ってやる」 「うわっ、悟浄こっちに来んなよ、俺も撃たれるだろッ!!」 「安心しろ、まとめて始末してやる」 「えっ!?ちょっと待てよ、三蔵―――ッッ!!」 「あははは。いやぁ、今日も平和ですねぇ」 早朝のまばゆいばかりの光の中、車上の喧騒とともに、四人を乗せたジープが軽快に東へ向かう。 やがてその影は地平線いっぱいの紅い陽の光の中に消えていった。 物語は――まだ、終わらない。 *END* |