旅の途中、立ち寄った店で、三蔵一行はいつものように夕食を摂っていた。 出されたものを次々と胃袋に収めていく悟空、それに負けじと箸を動かす悟浄 。 食べ物を口に入れつつ口ゲンカをしている二人を器用だなあ、とのほほんと見守る八戒。 我関せずという表情をしながら、それでも自分の取り分はしっかりと確保している三蔵。 その時、ふと何かを見つけたように、碧の瞳が丸テーブルの右隣に座る金眼の少年の顔を 覗き込んだ。 「悟空、ついてますよ?」 ![]() 「悟空、ついてますよ?」 いきなり碧の綺麗な瞳を向けられて言われたことについていけず、一瞬悟空の動きが止ま った。しかし、今は大事な食事の時間だ。 八戒の突然の台詞も気になるが、今はそれどころではない。 せわしく食べ物を口の中に押し込みながら、金色の瞳だけ左側に座る青年に向けた。 「なにが?」 器用だけど、やっぱり行儀は躾けた方が良いのだろうか?と心の中で思いながら、幾分眉 尻を下げて八戒が自分の頬を指さした。 「ここに。ご飯粒」 それから、人と話をするときは口の中の物を飲み込んでからのほうが良いかもしれません ね。と一言付け加えるのも忘れない。 言われてみれば確かに、悟空の左頬に白いものが見える。 悟空の右隣にいた三蔵には陰になっていたため、悟空の向かいに座る悟浄は気付いてはい たがそれが何であるかを認識しなかったため、それまで誰も指摘しなかったのだ。 「え?どこ?」 左頬に白い米粒をつけてきょとんとしている悟空は、彼には申し訳ないが、実年齢より幼 く見えて微笑ましい。 微笑みながら、ほらここですよと、八戒の細い指が先程と同じ場所を示す。 しかし、指摘された方は、中々見つけられないものである。 八戒と同じところを擦っているつもりなのだが、探しているものが指先に当たらない。 だんだんイライラしてきた。そして更に違う場所を擦ってしまう。悪循環である。 「仕方ないですねぇ・・・、ちょっと失礼します」 そう言って、八戒が少しばかり腰を浮かした。 そして。 ![]() 「──────!!」 ついうっかり、伏せた時の睫の長さや 傾けられた首筋の色の白さに目を奪わ れた所為で、反応が遅れた。 そして、八戒の唇が悟空の頬から離れ た時に、ようやく目の前で起こった ことが何であったか頭が受け入れて しまった。 いっそのこと、あのまま現実を受け入 れなければ良かったのに・・・。 「何しやがる!バカザル!」 「・・・・・・・・・・・・・。」 一瞬の間の後、まず我に返った悟浄が 叫んだ。 この場合、悟空を責めるのはお門違い なのでは?というツッコミは誰からも 入らなかった。 一方濡れ衣を着せられたはずの悟空は零れ落ちんばかりに金色の瞳を見開いたかと思うと、 カクリと糸の切れた操り人形のように、俯いて動かなくなってしまった。 我関せずを決め込んでいたはずの三蔵の眉間にさえも、普段よりも深い皺が刻み込まれて いる。今ここで魚拓ならぬ眉間拓を取ったら素晴らしい作品が出来上がりそうだ。 ただ一人、普段と変わらないのは騒ぎの発端になったはずの八戒だった。 ようやく、悟浄から抗議が上がった。 ![]() 「いけませんでしたか?どうせ口に入るものだから と思ったんですが・・・。」 普段なら、泣く子も黙る凄味を効かせられるはずの 悟浄だったが、今の表情は「怒っている」というより 「いじけている」と表現する方が正しい。 そんな母親を取られた子供のようなブーイングが 八戒に通用するはずもない。 やっぱりこんな風に取ってあげたら、悟空が子供 扱いされたと気を悪くしますかねぇ?と笑顔のまま まったく見当違いの反省をしている。 悟浄と三蔵の疲れは先程より倍増された。 ぐったりと食卓に懐いてしまった悟浄の腕が大皿を 引っ掛け、その拍子に、まだ皿の上に残っていた チャーハンがパラパラとテーブルにこぼれた。 何やっているんですかとたしなめながらも、八戒が布巾を借りに調理場に向かって歩いて 行った。 八戒のスラリとしたシルエットを見送りながら、未だ眉間の皺が取れない三蔵が呟いた。 「天然だな」 「アレばっかりはどーしよーもねーよ。・・・・・。オイ悟空、もうそろそろ戻って来い」 降参と言わんばかりに、長い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら、悟浄が向かいの席で魂 を飛ばしたままの少年に声をかけた。それには答えず、悟空の口からは独り言がこぼれた。 「・・・・・。柔らかかった〜」 「・・・・・オイ・・・・・、悟空?」 「八戒の唇って綺麗な色だなぁ、触ったらどんな感じなんだろう?って思ってたけど、実 際に触ったらすっげーやわらけーの・・・。マシュマロみたい・・・」 先程の感触を確かめるように左手を上げて頬に触れる。 顔を上げた悟空の顔は悟浄の髪の色にも負けないほど紅潮していた。耳たぶまであかい。 ![]() てるな!」 悟空とは別の理由でこれまた顔に血を昇らせた悟浄 が叫んだ。 やはりここでも、悟空だってとりあえず被害者だ と、フォローしてくれる者はいなかった。 悟浄は、今にも錫丈を召還させそうな勢いだ。 このままでは、狭い店内を壊してしまうと思われ たその時。 ガウン!ガウン! 「いい加減にしろ、そんなに騒ぎたければあっち の世界でやりやがれ!」 表面上冷静(?)に三蔵が仲裁に入った。 しかし、S&Wを構える右手がやり場のない怒りに震えている。 それに気付くほど落ち着いて状況を判断できる人物はここにはいなかったが。 「すいません、遅くなりました。・・・悟浄、店の中で錫丈なんか振り回したら、他の皆さん のご迷惑になるでしょう?三蔵も拳銃なんて無闇に出すものではないですよ?」 食後の運動なら、外でやってくださいねv ようやく、布巾を借りてテーブルに戻って来た八戒が、険悪な空気に気付いているのかい ないのか、のほほんとたしなめる。 トドメを喰らった悟浄が、泣きたい思いで再びテーブルに突っ伏す姿を窓の外で赤い二つ の小さな光が映していた。。 ──八戒さんのアレがどうにかならないと、いつか血の雨が降りそうだ・・・。── 散歩から戻って、一部始終を眺めていたジープの「キュ〜」という鳴き声が、星の降り注 ぐ夜空に空しく響いた。 それからしばらく、悟浄の食事が以前より下手になったとか、ならないとか・・・。 「今度こぼさず上手に食べられたら、悟褒美にキャンディーでもあげましょうか」 買出しに出た時に徳用キャンディーの袋を手に取りながら呟いているのを、荷物持ちでつ いて来ていた悟空が耳にした。 八戒の中では、一種の「後退」、すなわち「赤ちゃん返り」のようなものと、認識されて いるようだ。 ──合掌── *END* |