等しい感覚、等しくない感覚。
それでも求めるものは同じ・・・・・。







「あ・・・」
腕の中、綺麗に微笑んでいた八戒が急に軽く目を見開き声をあげた。
「ナニ?」
「いえ、大した事じゃないんですけど・・・・」
そうやって言葉を濁し、再び綺麗な微笑を間近で披露してくれるけど、それが八戒なりに不意に
自身のあげた声の事を誤魔化そうとしているんだって事はたとえ俺でなくてもすぐにわかるだろう。
「気になんじゃん」
八戒の首の下へと伸ばしていた左腕を軽く折り曲げ、隣り合っていた顔を更に近づけると
八戒はどこか申し訳なさそうに苦笑いを浮かべてくる。
「ホントに、大した事じゃないんですよ・・・・?」
「良いから言えって」


多分、八戒にしてみれば俺に伝えるまでも無い些細な事だってのは紛れも無い真実なんだろう。
けれど、八戒がそうやって思ってるからって全部を見逃していたらキリが無い。
第一、俺の腕の中にこうやって居るのに明らかに他の事に一瞬だけとは言え八戒の意識が
奪われた事が気に入らなかった。
これが、俗に言う独占欲だって事は良くわかってる。
どうせなら他の事になんか目もくれずに俺だけを見て欲しいってのは単なる我侭なんだって事も。
がんじがらめにしたいとは思わないけれど、俺の腕の中に居る時くらい他の事なんか気にして
欲しくない。
(って、やっぱガキの独占欲じゃねぇか・・・・)
間近に居る八戒に気付かれるから溜息を口から零す事は無かったけれど、自分の陳腐な考えに
心の中で嘲笑が漏れる。
それすらも表情に現れたら敏い八戒には勘付かれるだろう、と俺は自分の内を隠すために八戒
への問いかけを含めた視線を綺麗な翠色に光る双眸へと送り続けた。


「外・・・・」
中々口を割らない八戒を見つめ続けていた時間はどれくらいだっただろうか。
視線を逸らす事無く見つめ返し、無言のうちに逃れられないと悟ったのか、八戒は、ほぅ、と
一つ溜息をつきただ一言呟く様に言葉を漏らした。
「外?」
八戒の言葉に鸚鵡返しのように疑問形へと変えて眉間にかすかな皺を寄せると、八戒は話す気
になったのかゆっくりとその頤をカーテンの閉められた小さな窓へと向けた。
それにつられて視線を八戒の頭の向こうに見える窓へと向けたけれど、そこには闇色の中でポ
ツリと存在するカーテンが見えるだけ。

「外に何かあるわけ?」
「別に・・・・ただ、雨が降ってきたなぁって」

淡々と述べる八戒が雨の匂いを感じ取っていたと知って、俺は役に立たない視界を閉じ、他の
感覚を呼び起こす。
すると、なるほど、微かにポタポタと雫の音が窓の外から聞えてきて、古い窓の隙間から入り
込んだのか水の匂いが少しだけ鼻腔に届いてきた。

「相変わらず敏感だな」
「そ・・・・う、です・・・か?」

感心から零れ落ちた俺の呟きは八戒には別の意味に捉えられたらしく、その口調が戸惑ったも
のへと変化する。
「ワリ、別に深い意味があるわけじゃ・・・・」
「わかってますよ」
慌てて違うんだ、と言おうとした言葉は再び俺のほうへと振り返りしっかりと抱き付いてきた
八戒によって遮られてしまう。
きっと、コイツは俺に余計な気を使わせたと誤解しているに違いない。

・・・・・・・そんなわけじゃ決して無いのに。

「音、聞きたくない?」
音から逃れでもしているんだろうか?
胸に顔を埋めたまま動かない八戒へ小さな声で囁くと、えっ、という小さな囁きが返って来る。
何を聞かれたのかわからないといった表情がまた余計な事を聞いちまったのかと心を微かに掻
き乱したけれど、直後の綻ぶ様にゆっくりと向けられた笑顔に別の意味で鼓動が高まった。
「八戒?」
零れた笑顔は消え去る事は無く、八戒の表情を彩り、耐え切れ無いといった感じでクスクスと
笑い声まで零れてくる。
「は〜っかい?」
「すっ、すみません・・・」
「・・・・・ナンカ、すっげぇバカにされた気分」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか」
「あるって」
「ないですよ」
「い〜や、ある」
「ないですってば」


いつまでも続きそうな掛け合いが心地良い。
くだらなくても何でも良い。
今コイツが笑っているには違いないんだから。


「で、何が気になるわけ?八戒さんは」
未だ微かに笑いつづける八戒の額へ自分の額をコツンとぶつけ瞳を覗き込むと、やれやれとい
う声が聞こえてきそうな雰囲気で瞼の中へと翠が一度消え再び戻ってくる。
その瞳はどこかココではない何かに意識が吸い取られている様だった。
「残念だなぁ・・・と思って」
遠くを見たまま呟いた声はまたもや俺の中に微かなしこりを飢えつけ、そして新たな疑問を生
じさせるに十分なもの。
「当分、出発できない事が・・・・・・とか?」
さっきから聞えている雨音は衰えるどころか徐々にその存在を確かなものだと伝えるかのよう
に激しくなってきている。
もし、明日中に雨が止んだとしてもぬかるんだデコボコ道は明後日までに戻る事は無いだろう。
「違いますよ、三蔵じゃあるまいし」
「まぁ、そりゃぁなぁ」

ナビゲーションと運転手という役割を一人でこなす八戒は、傍から見れば旅を勧めることに対
して意欲的に見える事もある。
けれど、だからと言ってそれを優先事項にいつも据えているとは限らない。

「第一、当分出発できないなら好都合じゃないですか」
「ナンで?」
「・・・・買い出し予定の明日、寝坊しても怒られないでしょう?」
ね?、と小首を傾げた八戒の視線に俺の思考は絡め取られる。

・・・・・・まったく、なんでこいつはこうもこっちのツボを見事に刺激してくれるんだろう。

無意識にしろ、意識的にしろ、ここまで俺の気持ちを左右する奴は他には居ない。
良くも悪くも惚れた相手には弱いって事なんだろう。


「ねぇ、悟浄。この街に来るまでの景色、覚えてます?」
決して秘め事を囁いているわけでもないのに、内緒話の様にそうやって聞いてくる八戒に俺は
昼間の光景を思い出していた。
「景色?・・・・・あぁ」
不意に残念とはそういうことかと納得した俺の脳裏に浮かんだのは、舗装されているとは到底
考えにくい道を頭上から覆っていた木々達の鮮やかな色彩。
「多分、この感じだと明日には結構落ちちゃってるでしょうね」
既に強くなった事が明白な外の音に耳を澄まして八戒が呟く。
本当に至極残念だといった色合いの含む声に、昼間の時点で既に緋絨毯になりかけていた地面
が鮮やかに思い浮かんでくる。
「ま〜な、けど、そんなもんだろ?紅葉なんて」
季節柄、紅い衣を纏った木々は本降りとなった今夜の雨の仕業で濡れた衣を地面に叩き落され
ているだろう。
「そうなんですけど・・・・ね」
おそらく、俺と同じような光景が脳裏に浮かんだんだろう。
八戒の表情の陰りは更に深みを増し、軽い溜息までついてきた。
「ナニがそんなに不満なわけ?」
「不満そうな顔、してました?」
「そりゃあもう、おもいっきり。つまんねぇ〜ってオーラが出まくってんぞ」
「あはは、わかりやすくて良いじゃないですか」
しまったなぁ、そんなにつまらなそうでした?と笑って返す八戒は昼間の運転中に鮮やかな紅
葉を目の当たりにした時そこまで感嘆している様には見えなかった。


どちらかといえば目に見えて感動してたのはバカ猿の方だ。
凄い凄いを連発し、はしゃぐ悟空のお陰で、やけに機嫌の悪かった三蔵の怒りの矛先が後部座
席に向けられ、あやうく服を傷つけられる所だったくらいなんだから。
そんな中で八戒はただずっと笑い続け、この紅葉も今だけだから、と三蔵と悟空の両方を窘め
ていた。
そう、今だけだと口にしていたのに何故ここまで残念がるんだろう?


「で、何でそんなに残念がってんの?」
再度同じ疑問をぶつけると、八戒は苦笑し、ようやく答えを持ち出してくる。
「・・・・もうちょっと、ゆっくり見たかったなぁって。出来ることなら貴方と二人で」
「俺と?」
「えぇ、のんびりするなんて事、ここ最近無かったでしょう?」
「あぁ・・・」


確かに、最近どころか旅に出てからゆっくり何かをするなんて事は数えるほどしかしていない。
以前の二人で暮らしていた時と比べれば雲泥の差だと言ってもおかしくないくらいに、ゆっく
りと時が過ぎて行く感覚とは無縁続きの日々。


「だから、どうせこの街には明日までは留まる予定だったんですし、二人で紅葉でも見に行け
たら良かったかなぁって」
「しょうがねぇだろ、こればっかりは。でも、お前が紅葉を見に行こうだなんて考えてるとは
思いもしなかったわ」
ふと、俺の言葉に八戒は反射的に俺の腰に回していた手をずらし、するり、と俺の頬に掛かる
一房の髪に触れてくる。
仕草自体にドキリとさせられつつも、自覚させられるその色彩。

「紅い色は好きですから・・・・・」

歌う様に囁くその声にどうしてなんて疑問はこれっぽっちも湧いてこない。
言葉の裏に隠された八戒の思いは痛いほど伝わってくる・・・伝わってくるけれど・・・・・。
「ワリィな、こんな紅しか目の前に無くて」
それでも、自分ではどうしてもあの鮮やかな“キレイ”としか表現できない色づいた木々の葉
に比べ、醜い色という思いが先立ってしまう。



卑屈な考えに陥るのはいつだって過去が引き起こす。
醜い色だと言われ続け、それが自分でもさも当たり前の事だと受けとめていたあの頃。
血の色に見えたといわれて、俺だけじゃなかったと安堵させられたあの日。
そして、キレイだと言われ、この色が好きだと言われ、何故か救われたような気がしたのは、
きっとそうやって言ってくれたのが他の誰でもない、八戒だったから。



「同じである筈じゃないですか」
白く細い指先に紅い糸を絡ませるかのように俺の髪を巻きつけ、零れ落ちた髪の先へと愛しい
物を撫でる様に八戒の口元が寄せられる。
「比べ物にならないくらい綺麗な色なのに、比べてどうするんですか?」
「はっかっ・・・」
いい加減にしないと怒りますよ、と添えられた言葉に二の句が告げなくなる。
髪の先へと口付けたまま呟く八戒の声色に、嘘はひとかけらも存在しない。
呆然と、ただ呆然とさせられてしまった俺へと、八戒は更に言葉を続けた。
「どちらも自然が作り出した色には違いないですけれど、こっちの方が断然綺麗ですよ」
綺麗、という言葉を連発するよりも、まず、八戒が俺の色を自然の色だと表現した事が嬉しく
てたまらない。

「じゃあ、もっと見てろよ」
囁いて 髪に触れたままだった口元を上げさせこれ以上無いほど接近する。
「言われなくても・・・んっ」
見る、という囁きをキスで攫い深く八戒を味わうと、一度は離されていた俺の背中へと回って
いた八戒の両腕が再び元の場所へと戻ってきた。
「近くでゆっくりたっぷり見せてやるからさ・・・・のんびりしようぜ」
宣言と共に離した唇を、首筋の紅い痕が残る上へと寄せ同じ個所を軽く吸うと、ビクン、と八
戒の身体が跳ね、徐々に朱色へと白い身体は染まって行く。

・・・・・・そう、まるで鮮やかな紅葉が一晩で出来あがるみたいに。

「んっ、さっきも、堪能したの・・・・にぃ・・・」
「じゃあ、今度は俺に堪能させて?」
密着したからだの合間に手を這わすと、既に互いに屹立は頭を擡げ始めていた。
「あ・・・はぁ・・・もっ、ずるっ・・」
「じゃあ、止める?」
片手で握り込んだ互いの欲望の証を軽く擦り合わせば、八戒の口元から漏れるのは甘い吐息。
ワザとその手を止めて顔を覗き込むと潤んだ眼が睨みつけてくるが、それすらも俺を煽るだけ。
「っ・・はぁ、・・・それこそ、ずるい、・・・です、よ・・?」
「イヤ?」
「だったら・・・・許してません・・」
だから、と続いた言葉は互いに近づいたキスの中に消え、俺はゆっくりとした時の流れに身を
任せるために、目の前に広がる朱へと手を伸ばした・・・・。



流れる時の感覚がいつも同じであることを願って――――――。





*END*







八戒の視線も思考も、すべて自分で埋めてしまいたいと思う
悟浄の思いが愛しくてせつないです。
そんな思いを向けられる八戒もまた、いつでも悟浄の事を
想っているんですね。きれいなお話ありがとうございます。
《結花》


蒼寵さまのサイト 《UNCIVILIZED REGION》



《言の葉あそび》