うかつだった。 崩れやすいもろい地質だからこそ、ジープでなく徒歩にしたはずなのに。 「こうなってしまったんだ、今更言ってもしょうがないっしょ」 「ですが」 「とりあえず、整理しよう」 言い募る八戒に悟浄はきつめの口調で言い放つ。 「・・・・・・はい」 八戒は、素直にうなずいた。 ことのおこりは、ジープがぎりぎり通られる道が、妖怪たちの襲撃によって狭められたこ とにある。 大量に湧いて来る雑魚妖怪たち。 一掃しようと八戒が気孔を放つ。 ぴしっ。 あっという間に足もとにひびが入り、ずずっとすべり落ちる。 悟浄が錫上を近くの木に巻きつけ、八戒の体を抱え、ふりこの要領で残った大地へと降り 立つ。 「三蔵?悟空?」 舞い散る砂埃で三蔵と悟空の声は返らず、姿は探し出せなかった。 地図と変わり果てた大地を見比べながら、八戒は旅の道連れを探す。 「暗くなるから、このあたりで野宿だな」 捜索は八戒に任せ、悟浄はあたりを見渡す。 嫌な雲行きを発見。 「お、いいもんみっけ。いくぞ八戒」 三蔵が落ちたらしい方角と地図を見比べ、悟浄の声に反応しない八戒。 「はーっかい、八戒。ったく。ほら、行くぞ」 八戒の腕を引っ張る。 「え、あ、はい」 思ったより素直に悟浄の後を付いてくる。 「着いたぞ」 悟浄が見つけたのは、少し山を登った粗末な山小屋。 猟師が立てたらしい、一時休憩所のようで雨風はしのげる。 すぐ火をおこし、八戒をその近くに座らせた。 「気にすんな、三蔵には猿がついているんだし、そう易々と殺られる生臭坊主じゃないの は知ってるだろ」 三蔵は人間だから、油断とかしていると危険だが、鬼畜坊主の三蔵に限って油断なんかす るわけがない。 それほどに信頼している。 でなくば、こんな旅の道連れにするわけがない。 それでも、自分の攻撃がなければこのような結果にならなかったかもしれないと八戒は自 分を責める。 そんな八戒を悟浄は砂を噛むような気持ちで見つめる。 空腹では、考えもロクな方向に行かないので、悟浄は街で買ってきた簡易食糧を温め始め た。その間もずっと八戒は地図を見つめている。 うつむいた顔は、前髪の影で右目は見えないし、眼鏡が冷たく光って八戒の心の壁のよう で悟浄は切なくなった。 「八戒」 湯気の立つスープを手に握らせる。 「あ、ありがとうございます、すみません」 上の空の返事。 「八戒」 「はい?」 「襲うぞ」 こんな時には、こんな返事が返ることを期待して悟浄は言ってみた。 「なに言ってんですか」 予想通りの答えにほっとしつつも、綺麗に笑わないで欲しいと思った。 でも、あの時みたいに自虐行為に走らないだけましかとも思う。 気づいているかわからないが、降り出した雨におそらく同じように雨が苦手な三蔵に思い を馳せることができるだけ、心が強くなったとも思う。 傷だらけの八戒を拾いたてのころは大変だった。 雨の夜、新聞などで殺人事件を目にすると刃物を見つけ出し、その雪のように白い肌を傷 つける。 赤い血が肌を染め扇情的に美しかったが、悟浄は無理に刃物をもぎ取ったりはせず、言葉 で落ち着かせてから、手当てを始める。 それは幼き頃、兄が興奮した義母をなだめているのと同じ方法。 「これはこれで、役に立ってんだよな」 苦い思い出が蘇ってくる。 仮に神というものがいるのなら、八戒に出会うからこそ、あんな体験を自分にさせたのか と問うてみたい悟浄だった。 静かな食事の時。 八戒が作る料理とは雲泥の差だが、腹に収める最低限の栄養素が入っている簡易食料は、 こういう時に便利だ。 味など分からない時、無理に詰め込む食事。 「ほら、風邪を引くからこれ掛けとけ」 毛布を取り出し、八戒に手渡す。 「あ、雨降ってんですね」 なるべく音をたてて物を取り出したり、はぜる音がする火の近くに座らせた苦労がこの瞬 間水泡と化した。 「朝には止むだろ」 「悟浄、すみません。心配させてしまいました」 「?」 八戒と会話が噛み合わない。 「え、えーとっ?」 悟浄の言う通り毛布を体に巻きつけた八戒が近寄ってくる。 「八戒?」 「本当に貴方は優しい人ですね」 つんっと八戒の白く細い指が悟浄の形のよい額を突付いた。 「何?」 「そんな貴方が側にいるから、僕は安心してしまうのですよ」 「八戒?」 ころんと悟浄の腕の中に転がり込んだ八戒の体。 細いその体をしっかり受け止める、逞しい悟浄の胸板。 「悟浄がいつも僕を見ててくれるから、安心して三蔵や悟空の心配ができるんです。 わかってます?」 緋牡丹も色あせる鮮やかな微笑。 「騙してたのか?それともいつ気がついた」 「騙すなんて人聞きの悪い。僕が推理小説やクロスワードパズルを解いているとき、覚え ていないのですか?悟浄の声など聞こえないほど集中していたこと」 「あっ、・・・う」 八戒の集中力は、凄くて一つのことに熱中してしまうと、なんの音も耳に入らなくなって しまう。 「少し過去に気持ちが飛んでしまいましたが、それからは悟浄がずっと傍にいてくれたか ら無事に帰ってこられました」 珍しく饒舌な八戒。 「オレの理性が限界なんですけど」 「遠慮なんてするから、雨が降るんですよ。それに最近ご無沙汰でしたし」 すりっと体を押し付けてくる八戒は、それはもういい匂いがして。 「悟浄がこんな体にしたんですよ、責任とってくださいね」 「責任?!」 悟浄の膝を割り、ベルトに手をかける。 「八戒さん?」 じじっとかすかな音が静かな部屋に響いて、飛び出てきた悟浄を八戒の赤く薄い唇がくわ えた。 「くっ」 八戒の言葉通りご無沙汰だったそれは、与えられた熱と優しく吸われる感覚にどくんと脈 打つ。 八戒の指が添えられ、桃色の柔らかい舌が自分の雄に絡みつくさまを見せ付けられた。 悟浄は、八戒の体をひっくり返し思うまま蹂躙したい気持ちを押さえつけ、八戒の毛布の 下、上着の裾から手を差し込み下肢へと手を伸ばした。 汗ばんで、そして歓喜の涙で濡れた八戒を手中に収め、やんわりと愛撫を始める。 八戒の口は、大きく息をしながらけなげに悟浄を快楽の頂点へと誘う。 「あ、」 悟浄の太い指がつつましやかな八戒の蕾へと伸びた。 入り口は硬く、けれども中へと侵入を果たせば甘やかに悟浄を迎え入れるそこ。 傷つけないよう、そして明日に響かないよう、念入りに悟浄は八戒の中をかき混ぜてゆく。 「ん、んく」 八戒の指がまとわり付く悟浄の雄に途切れ途切れの八戒の感応の吐息が吹きかかる。 「八戒」 呼びかける悟浄の声にとろんと欲情の熱さに溶けた潤んだ翠の瞳が答える。 「は、っ」 くるんと悟浄の指がいたずらを仕掛ける。 体を起こしかけた八戒の上体が崩れ落ちた。 それを見かけは細い悟浄の腕一本で支える。 見上げれば、月の光に輝く赤い髪と瞳。 神々しくも、神秘的な色を纏う悟浄に八戒は眩しさを感じる。 悟浄の腕の支えを借りながら、八戒を待つ、八戒をこの世に繋ぎとめる楔の上に移動する。 雨音も三蔵も悟空も忘れるこのひと時。 この世に悟浄と二人だけしかいらない、八戒にとって夢心地の一瞬。 「んん、・・・・あぁ」 悟浄がかき混ぜ、ほぐれたそこは抵抗なく悟浄の熱を受け入れてゆく。 着衣の乱れはほとんどなく、熱と皮膚感覚だけで繋がっていることを実感する。 「八戒」 毛布ごと強く抱きしめてくれる悟浄。 「ご、悟浄」 甘い声で八戒に呼ばれる。 お互いしか見えない、至福のとき。 「あ、・・・・ん、・・・・んっ」 一つのゴールを目指し、体をぶつけ合う。 きゅうっと八戒が悟浄を締め上げ、悟浄は狭くなる八戒の中をものともせず硬くそそり立 ち突き上げる。 「あぁっ」 同時に絶頂というゴールを駆け抜けた。 「今、何時です?」 「ん?起こした?悪い・・・」 お互いの下腹部を濡らし、呼吸が元に戻る頃、二人は眠っていた。 そして先に目が覚めたのは悟浄だった。 時計を確かめ、煙草に火をつけてのセリフだった。 「明け方、3時だな」 「そうですか、もう一眠りできますね」 「あぁ、ゆっくりおやすみ。とその前にこれ、いる?」 「欲しいです」 手を伸ばし、水筒をとり悟浄は八戒に渡す。 八戒の声が掠れているのに気づいたからだろう。 昨夜のことが、ふいに思い出される。 崖下へ落ちて、離れ離れにならなくてよかったと思う。 そうなのだ。 三蔵と悟空が砂埃に巻き込まれたとき、無意識に確認したのは悟浄の姿だった。 悟浄の腕が腰をさらった時は、心底安堵した。 きっと、悟浄と離れ離れになっていれば、今頃寝不足で怒られていただろう。 悟浄に拾われてから、ずっと同じ部屋にいる時、雨の夜は悟浄の匂いに包まれて眠った。 ライナスの毛布ではないが、八戒にとっては安心感の塊。 もっと欲求を表に出してもいいのに、悟浄は相手を思いやりすぎて歯がゆい思いを八戒は 抱く。悟浄が八戒の心の壁を感じるように、八戒もまた悟浄の心の傷を感じる。 ポーカーフェイスの悟浄だが、その力強い光を宿す極上の紅玉の瞳は雄弁で。 ぽつりと呟かれる言葉が、胸にしみる。 冗談めかして紡がれる、夜の誘いを八戒は断らない。 愛情を確かめる手段は体の繋がりだけではないけれど、これでしか伝えられないものもあ ると八戒は悟浄に教えてもらったのだ。 「もう、大丈夫ですから、悟浄も眠ってください」 「ん、八戒の寝顔を見てからな」 ウインクをよこす悟浄。 「はい」 お休みのキスを交わし、明日を生き抜くための体力と夢を実現するための英気を養うため に眠る。 「年寄りは朝が早いからなぁ、目覚ましはきっと・・・」 悟浄の呟きに、笑みを浮かべて八戒はまどろみに身を任せる。 「いつまで寝ている、永久に起きられないようにしてやろうか」 地を這う機嫌とどこまでも通る三蔵の声。 ちゃきっ。 拳銃のセイフティを外す音。 「うわぁっ、三ちゃんたら、過激な起こし方」 ガウンッ。 「三蔵、腹減ったぁ!」 「やかましいっ」 ガウンッ。 いつものように騒がしい一日が始まる。 *END* |
《真浜ゆりさまのコメント》 キーワード全部、制覇いたしました。 強者の仲間入り?(←締め切りを破っていて何を) コメントは・・・(滝汗)。 58話でネックは拳銃でした。これを入れようと考えた話は、裏要素濃度が 高かったのでボツにしました。拳銃に関する某マンガの影響が高かった模様。 きゃ〜きゃ〜!八戒が誘い受け!と妙なトコロで萌える私はどういったもんで しょうか。いやまあそれはほっといて。 悟浄がそばにいてくれるから、八戒は安心して微笑んでいられるんですね。 悟浄が八戒を労り、八戒が悟浄を癒す。 そんな繋がりだからこそ、こうやって旅ができるんだと思いました。 |