ゆっくりと倒れ込んでいく身体。血は温かいと良く言うけれど、血の抜けた身体など冷たい塊
以外の何物でも無い気がする。
そんな事が頭を駆け巡っている八戒の背後と前方より何やら会話が聞こえるが、悟浄の為と言
う大義名分を背負った役目は果たしたし、二人の三蔵の会話など自分とは関係無いだろうと言
う気持ちが大きい為か上手く耳に入って来ない。
いや、入って来るけれどその会話は『言葉』としてではなく『音』としてしか捉えていないと
言った方が正しいのだろうか?
何やら低い声と息も絶え絶えの声は八戒にとってはどうでも良い『音』だった。
     
・・・・・・とりあえず、止血だけでも。
     
鈍痛の走る個所に手を当て、薄れそうになる意識を集中させる。
身体中の流れと言う流れが掌に集中する感覚。
自ら進んで傷ついたような真似をしておきながらバカな事をしているなぁ、などと重いながら
も軽い傷程度になった所で手を外すとタイミングを見計らっていたかのようにグイッと自分の
身体が持ち上げられた。
「………悟浄」
先程の戦闘で自分と同等か、否、応急処置をした自分よりも深い傷を負っているはずなのに、
そんな事を微塵も感じさせない強い力で支えてくれる暖かさが心地良い。
「何バカやってんだよ、八戒」
ついさっきまで周りの事など単なる雑音としか捕らえていなかったはずの自分の聴覚は悟浄の
言葉を鮮明に脳裏に突きつけてくる。
肩を支えられている態勢の為か身近に聞こえいつもよりも直接脳に染み渡ってくるような悟浄
の囁きは八戒の想像どうり怒りとやるせなさを含んだ『声』だった。
「あはは、怒ってます?」
『八戒』を怒ってるわけじゃないのは解っている。怒っているのだろうがこんな行動を出た八
戒を見て『悟浄自身』を責めて怒っていると言った方が正しいのかもしれない。
わかっている…・・けど、止められなかった。
止めを三蔵が刺すのも解りきっていたがチャンスを逃して再び悟浄へとあの子供が魔手を延ば
すのを見たくなかった。
「当たり前だろ」
怒っているか?その問いに対して悟浄は絞り出すような声で肯定の意思を伝えてくれる。
「お前が傷ついて俺が平静で居られると思ってたワケ?」
悟浄が何を思っているか解ってる。
いくら、あのお子様が自分達4人の共通の敵となったとは言え種を撒いたのは悟浄に他ならな
い。
その種が育った結果が八戒のこの行動だと悟浄は自分自身を責めているのだろう。
     
だからこそ傍に居てくれるのが嬉しい。
だからこそ支えてくれているのが嬉しい。
こんなにも自分のことを考えていてくれる唯一無二の存在が……愛しい。
     
「そんな事思ってませんけどね。でも、僕も同じだってコト、忘れないで下さい」
八戒の中は悟浄中心で物事が進んでいると言う事を目の前の傷ついたような表情をする愛しい
男はわかっているのだろうか?
悟浄が傷つけられてなりふりなど構っていられなかった。
自分だけのものである悟浄の綺麗な身体を傷つけた存在に泡を吹かせてやる事が出来るなら手
段などどうでも良かった。
そっと悟浄の傷へと気を送ろうと手を伸ばす。
すると、気を集中させていた手は遮るように捕まえられて次の瞬間には向かい合うように抱き
締められていた。
「こんなもん、舐めときゃ治るって」
八戒の手を掴んだ自分の手の甲をぺろりと舐めあげいつもの独特の笑顔が目の前に広がった。
その姿にしばし見惚れた自分に苦笑が漏れる。
「タフ……ですねぇ」
折角治してあげようと思ったのに、と表面上は拗ねたような表情を浮かべても心の奥底では自
分の体力を気遣って傷の治癒をかわした悟浄に対して底知れぬ感情が沸き起こってくるのを八
戒は感じていた。
「そんな事、お前が一番良く知ってるだろ?」
捕まれたままの手のひらが舐め上げられる。それを皮切りに悟浄は八戒の塞がりかけた傷口へ
と舌を伸ばした。
「ちょっ、悟浄!」
与えられる感触は愛撫と同等の意味を持ち八戒を煽り始める。
悟浄としてはそれが目的だったのだろう、頬を染め悟浄の頭を抑えこむ八戒の表情に酷く満足
しているようで、それが余計に八戒の情欲を掻き立てていた。
「やっぱ鉄臭い味すんだな、お前の血も」
堕ちそうになる身体と思考をどうにか理性で封じ込めて悟浄の頭を外させれば、まだ乾ききっ
ていない紅い雫を舐める舌先が目に映る。
「何バカな事言ってるんですか」
まるで、自分の血が本来あるべきものではないかのようなその言葉。
人間とはまるで違う事はわかりきっている。
半人半妖の悟浄とは違うものが体内に流れていると言われたようで、傍に居てはならない存在
のような気がしていたたまれなくなる。
憎むつもりは無い、それでも悟浄に否定されるのならば体内を流れるこの液体を全て流しきり
たい、そんな思いが一瞬にして駆け巡る。
いつもの笑みを浮かべたつもりでもそんな八戒の奥深く住みつきそうになる考えに気付いたの
か、悟浄はにやりと淫猥な笑みを浮かべて八戒の闇を払拭した。
「八戒はどこもかしこも甘いからなぁ、血も甘いかと思ったんだよ」
そんな悟浄の言葉に呆ける、がすぐに意味を理解して治まりかけていた熱は再び頭を擡げる。
圧し掛かる様に広がりかけていた闇は一瞬にして払拭され、残るのは甘い疼き。
悟浄には敵わない、それとともに悟浄にこれほどまでに左右される自分自身に、八戒は言いよ
うも無い幸福感を味わっていた。
「………お菓子ですか、僕は」
いつもの調子を取り戻した笑顔で悟浄へと微笑みかける。
その表情は目の前で支えつづける男にしか向けない笑顔。
それを良く知っている悟浄は緩んでいた腕に再び力を込め今にもその場に崩れそうになる八戒
を抱きなおした。
「デザートにするつもりは無いけどな」
どうせならメインだろ、こんな美味いモン他には無いし?
そう続ける悟浄の手は既に悪戯を仕掛け始め、舌先は傷を治癒すると言う名目で好き勝手に移
動し始めている。
ここが何処か安全な場所ならば喜んでその行為を受け入れるのだが、目の前には決着をつけた
三蔵とつけられた自称カミサマと、そしてそのすぐ傍には悟空が居る。
決着がついた事で崩れ始めたこの場所では流石に理性が勝ってくるのは当たり前の事で。
「ちょっと、ダメですってば今は」
そう嗜めて甘い痛みに疼く身体を少し離せば、離さないと言わんばかりに腕の拘束はキツクな
る。
「わかってるって、んじゃ、後でゆっくりな?」
寄り掛かるのを拒否しようとする八戒を濃厚なキスで封じ込め、悟浄は八戒を支えたまま逃げ
出そうと躍起になる他の二人へと続くように走り出す。
「……わかりました。無事にベッドへ行きましょうね」
「お前、それを言うなら『無事に脱出しましょう』だろ」
貧血を起こしながら妖艶に微笑む恋人へと悟浄は脱力し、そして、八戒はと言えば支えてくれ
る腕に思う存分甘える事を先に見て、落ちてくる瓦礫に立ち向かって行った。
   
   
   
   
   
   

   
蒼寵さんからのコメント

いつものように三蔵と悟空を無視した悟浄と八戒(笑)
今回は一応カミサマも倒れているので計3人を無視して何故かラブラブしてて
ちょっと当てられました。
書いた本人が予想もつかない程に二人の世界になってしまって実はびっくりして
いたり・・・・。
原作の場面、11月号の八戒が倒れたところから脱出しようとする直前までを書
かせてもらったのですが、当初思い込んでいた「八戒が三蔵に撃ちぬかれた説
(謎)」が見事に12月号でしてやられましたので、敢えて今回は言明致しませ
んでした。
それでも、三蔵に絶対打ち抜かれていると思い込んでるんですけど。
三蔵を庇った八戒の姿に何処からとも無く聞こえてきた38説、私的にはそう見
えなかったのであんまり気にしてなかったんですけど、これも一重に58場面の
多さに狂喜していたせいでしょう(笑)
とりあえず、周りを無視した二人が少しでも見えていたら幸いですv
   
   
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