ふと目覚めた八戒が、カーテンをめくり窓の外を見ればまだ薄暗かった。
枕元の時計を見れば午前六時を示している。
 「ピ…?」
八戒が動いたせいか、すぐ隣で寝ていたジープが少し眠そうな声で鳴く。
 「おはよう、ジープ。」
首を持ち上げ主人の顔を覗き込むジープに、八戒は微笑みかけながら優しく
撫でてやると、気持ち良さそうに紅い実のような目を閉じる。
三日野宿が続いたあとでの宿のベッドはとても心地よく、久しぶりに熟睡
できた気がする。
運良く個室も四つとれたので、部屋割りにもめることもなかったし。
軽くベッドの中で伸びをすると、八戒は起き上がり身支度を始める。
 「ジープはもう少し寝ていてもいいんですよ?」
着替え始めた八戒につられるようにして、翼を伸ばしたり閉じたりして朝の
準備運動をするジープに優しく言う。
 「ピッ!」
ジープは否定するかのように一声短く鳴くと、軽く羽ばたいて舞い上がり
そのまま八戒の肩に乗った。
 「じゃあ、一緒に朝の散歩に行きましょうか。」
 「ピィ。」
くすくすと笑いながらそう問い掛けると、甘えるようにジープはその長い首
を八戒の頬にすりすりとすり付けた。
      
      
      
音を立てないようにそっと宿の中庭に出ると、とたんひいやりとした空気が
むき出しの手や顔の皮膚をちくちくと刺激する。
 「さすがにこの時期になると空気が冷たいですね。」
そう言いながら、八戒は空を見上げるとその顔にうっすらと嬉しそうな笑み
を浮かべる。
 「ああ、でも望みのものは見れそうですよ。」
まだ夜が明けていない空は暗く、藍色一色の世界だった。
 「ピ…。」
ぱさりとジープが軽く羽を動かして、とある方向へ首を向ける。
八戒もそれに習うようにしてジープの視線の先を追う。
ふいに遥か向こうの山々の間が、ゆっくりと紅みを帯びていく。
地表の全てのラインを紅でたどりながら、紅は空の藍を紫に変え始める。
そして…金色の光が夜空を切り裂いていく。
 「いつみても…奇麗ですね。」
ほうと自然のおりなす美しさを堪能しながら八戒が呟く。
朝日が昇るこの瞬間が、八戒は好きだった。
暗い闇夜を切り裂く太陽の光。
紅と金と紫の三色で世界が満たされるこの光景は、一日のうちで一番魅せら
れる瞬間だった。
それはまるで彼らの瞳を思わせる色で。
自分の中に、ゆっくりと強さが満たされていく気がする。
そんな自分の思いにくすりと笑うと、八戒は軽く伸びをした。
 「今日も一日、がんばってくださいねジープ。」
 「ピッ!」
肩にとまったままのジープの首をそっと撫でると、それに応えるかのように
ジープが力強く鳴く。
 「…さあ、そろそろ三蔵が起きる頃ですね。」
二番目に起きてくるのは、朝早い寺での習慣が身に付いている三蔵だ。
それに続いて悟浄が起きてくるが、たまに空腹に堪え兼ねた悟空が先に起き
てくる時もある。
いつもの光景を思い浮かべながら、コーヒーでも準備しようかと八戒が踵を
返すと、そこには三蔵の姿があった。
 「あれ?三蔵、今朝は特に早いですね。」
 「何を見ていた。」
宿の壁に背中をもたせ掛け、仏頂面のまま三蔵は懐から煙草をとりだすと、
口に銜える。
問われて、八戒は軽く微笑みながら言う。
 「朝日です。僕、この瞬間が好きなんです。」
そう答えると、八戒は朝日が昇りつつある空に視線を移してさらに微笑む。
 「ほら、奇麗でしょう。」
三蔵は未だ不機嫌そうにカチリと煙草に火をつける。
僅かに前かがみになった三蔵の金の髪が、朝日をはじき返して輝きを増す。
彼の心の強さをそのまま現したような、黄金の光。
悟空だけでなく、自分もそして悟浄もきっと魅かれている…光。
それをまぶしそうにぼんやりと眺めていると、その視線に気付いた三蔵が
訝しげに眉をしかめる。
 「何呆けてやがる。」
 「いえ、朝日が奇麗だなぁと…。」
どこ見て言ってやがる、と言う視線でねめ付けられるが、八戒は全く動じる
ことなく、ふいにぽんと何か思い出したように胸の前で手を打つ。
 「…ああ、そういえば。」
 「何だ。」
 「誕生日、おめでとうございます三蔵。」
確か今日でしたよね、とにこにこ嬉しそうに八戒が言う。
三蔵は煙草の煙と一緒に吐き捨てるように答える。
 「…悟空か。」
 「ええ、誕生日って何するんだって聞かれましたので。」
短い、問い掛けというよりも断定と言った口調で三蔵が悟空の名前を口にする
と、聡い八戒は彼の言わんことを察して答えた。
 「ふん、くだらんな。」
 「そうですか?」
きっとそう言うだろうと思っていた八戒はくすりと笑うと、不機嫌そうに三蔵
が眉をしかめる。
これ以上機嫌を損ねないようにと、八戒は笑みを引っ込めて言う。
 「祝ってもらえると嬉しいですよ、やっぱり。」
 「ガキじゃあるまいし。」
けっと吐きだすように三蔵が言う。
最高僧という肩書きにそぐわない下品な態度だが、不思議にこの人には似合
っていると八戒は思わずにはいられない。
 「いいじゃないですか。365日のうちの、たった一日の『特別』
  なんですから。」
 「…ふん。」
相変わらずこの会話には積極的になろうとはしない三蔵の態度に、心の中で
八戒はただ苦笑する。
三蔵も八戒も誕生日と決められた日は確かにあった。
ただ二人とも、それが生まれた日という訳ではないだけで。
そのせいもあるのだろうが、八戒自身、自分の誕生日を祝って欲しいと思った
ことも、誰かの誕生日を祝いたいと思ったこともなかった。
今一緒に旅を続ける、この三人に出会うまでは。
だからこそ八戒は、皆の誕生日を祝いたかった。
  ――彼らの為に、そして自分の為に。――
自分をこの世界につなぎとめてくれた、大切な人たちに感謝したいから。
今彼らがここにいることを共に喜びたいから。
 「今日の料理は期待して下さいね。僕腕を振るいますから。」
 「…それは楽しみだな。」
にこにこと心底嬉しそうにそう言えば、三蔵が投げやりな口調で応える。
既にまともに返事をするのも面倒といった風情だ。
それでも否定されなかっただけ、よしとすべきなのだろう。
 「ああそうだ。何か欲しいものとかあります?
  やっぱり誕生日にはプレゼントって相場が決まってますし。」
そういえばと八戒が思いついたように言う。
 「でも三蔵って何が欲しいのか解らなくって。」
視線で尋ねてくる八戒に対し、三蔵は煙草を地面に落とし踏み消しながらその
顔を横目でちらりと見て言う。
 「何でもいいんだな。」
確認するように聞いてくる三蔵の態度に、却って八戒は少し警戒してしまう。
先程までの流れからすれば、当然「いらん」とか言うだろうと思っていた
からなのだが。
 「…ええ、まあ。」
 「じゃあ、朝飯食ったら寝ろ。倒れられたら迷惑だ。」
素直に八戒がそう頷けば、三蔵がそう言い捨てる。
そして話はこれで終わりだというように、戸口へと足を向けた。
一瞬、三蔵の言葉の意味がわからず、 面食らったように八戒は目を瞬かせて
いたが、やがてゆっくりと苦笑を浮かべる。
 「…バレました?」
 「ふん。」
実は数日前から、少し体が重く感じていたのだ。
たぶんここ数日続いた野宿と戦闘のせいで、疲労がなかなか抜けないのだと
解ってはいた。
ただ、特に病気というわけでもないので、大したことはないだろうと思って
いたところだったのだ。
もちろん、誰にも気付かれないようにしていたつもりだったのだが…。
 「ありがとうございます。」
 「けっ。」
立ち去る三蔵の背中に八戒がそう礼を言うが、そんな吐き捨てるような音
だけ残して振り返りもしなかった。
  ――あれって、やっぱり照れてるんでしょうね。――
他人には一切無関心な態度を取っているくせに、時としてこんな風に鋭すぎ
るくらい的確に隠し事を暴かれてしまう。
でもそれは、ちゃんと自分たちを見ていてくれているのだと思えば、なんと
なくくすぐったいような気持ちになる。
 「でも、これはプレゼントにはならないんですけどねぇ。」
さてどうしましょうか?とくすりと笑うと、宿の階段を馴染みのある声が
ふたつ降りてくるのが聞こえる。
どうやら今日は、悟浄も悟空も起こしに行かなくてもすみそうだ。
 「さて、朝食でもいただきましょうか。」
素直には喜ばないであろう三蔵の誕生日をいかにして祝うか。
ひと通り頭の中で思い巡らせながら大きく伸びをすると、八戒は食堂に
向かって歩き出した。
     
     
*END*
     
   


2000カウントゲットされた無月邑岐さまからのリクエスト。
お題は「三蔵と八戒で、三蔵の誕生日の話」という事でしたが
…どないなもんでしょ無月さま?クリアできてます?(^^;)
誕生日のパーティーなんて三蔵さま嫌がりそうだし。
とりあえず朝一番まっさきに八戒におめでとうを言わせたと
いうところで…だめ?(どきどき)
   
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