洗濯物を干しおえ、何気なく悟浄の部屋の前を横切ろうとした八戒は、ふと足 を止めるとその扉を見つめる。 「……?」 微かだがうめき声のようなものが聞こえた気がした。 この時間なら、まだ部屋の住人は眠っているはずだが何かあったのだろうか。 八戒は少し迷ったのち、音を立てないよう部屋の中へ入る。 相変わらず片づけきらない悟浄の部屋は、雑誌や服がいくつか床に散らばって いたが、今の八戒にはそんな事はどうでもよかった。 それらを無視して、さして広くもない部屋の奥へと足を運ぶ。 そこにはベッドがあり、そのベッドの上には長い手足を持て余しているかのよう に投げ出した格好で悟浄が眠っていた。 その寝顔を観察するように見つめ、特に異常はない事が解ると、八戒はほっと ひとつ安堵の息を吐く。 ただ、夢にうなされているのか、少し眉根を寄せて苦しそうな顔で眠っているの が気になり、八戒はそっとその肩に手を当て揺さぶってみる。 「悟浄…悟浄?」 声をかけながら何度か揺すると、悟浄がふいに目を開ける。 が、寝起きのせいか、その目の焦点が自分をまだ完全には捉えてはいない。 くすりと小さく笑って、八戒は驚かさないように柔らかい声で話しかける。 「大丈夫ですか?うなされていましたよ?」 「…はっかい?」 「はい。」 まだ頭の一部が眠っているのか、どこかぼんやりとした顔の悟浄に名を呼ばれ 反射的に八戒はそう返事をする。 「八…戒。」 名前を味わうかのように口の中でそう呟きながら、悟浄の手がゆっくりと伸び 八戒の腕に触れた。 とたん強い力で引っ張られ、八戒は無抵抗のまま悟浄の上に倒れ込む。 「うわ!」 そのままぐるんと視界が一回転した後、八戒は自分の体が悟浄の腕にしっかりと 拘束されている事に気付く。 「ご、悟浄?」 焦った声で八戒はそう問いかけたが、返事はなかった。 首を傾けそっとその顔を覗けば、目を閉じた悟浄の顔が視界に入る。 それが狸寝入りでない事は、規則正しい寝息で解る。 どうやら意図した上での行為ではなく、単に寝ぼけていたのだろう。 「…僕は抱き枕の代わりですか?」 ため息混じりに八戒は呆れた声で呟いてみるが、どうやらそれくらいでは起き そうにないようだ。 自分の胸に、顔を押し当てるようにして熟睡しているその顔はとても穏やかだっ たので、まあいいかと思ってしまう。 どのみちこんなにしっかりと抱き締められていては、ふりほどくのも一苦労だ し、第一そこまでして逃れる理由もない。 拘束から逃れた右手で、悟浄の顔にかかった紅の髪をそっと直すと、そこには 無防備な寝顔がある。 誇り高い獣に似た瞳と、いつも口許に浮かべる不敵な笑み。 そのふたつがない今の表情は、いつもよりもどこか幼さが出ている。 なんとなく可愛いなぁと思ったが、それを耳にすれば絶対ふてくされるだろう とさらに思いつつも、その姿を想像すればまたおかしい。 「大きな子供みたいですねぇ…。」 絞りすぎて吐息になってしまった声で、八戒は優しくそう囁く。 「悟浄…子守歌でも歌ってあげましょうか?」 自分で自分の言葉にくすくすと笑いながら、八戒はその寝顔を堪能する。 こんな風に無防備な寝顔をさらしてくれるのは、自分の時だけだと知っている から、ただ嬉しい。 「もう眠っているのだから、今更子守歌など必要ないですか。」 声に出さないよう小さく笑うと、八戒は指先で悟浄の髪を優しく撫で続ける。 滑らかな手触りが心地よくて癖になりそうだと思う。 そして、一房持ち上げそっと唇で触れる。 ひいやりとした感覚を楽しみながら、こんな時間も案外悪くないと思い、そん な自分にただ苦笑するしかなかった。 半分目覚めかけた悟浄は、ふと自分が誰かを抱きしめたままだということに気 付き、はて、と内心首を傾げる。 夕べは酒場で賭金としてせしめた極上の酒を、遅くまで八戒とふたりで延々と 飲み続けていたことまでは覚えている。 かなりの量を飲んだ後、さすがに酔って眠くなったのでお開きとなり、そのまま 自分のベッドへダイブした筈だ。 別に過去にこんな目覚めがなかった訳ではないし、もちろん今ここにいる相手が 誰かなど確かめるまでもない。 ただこうなるまでのいきさつに覚えがない事だけに、不思議だっただけだ。 「あ、起きたんですか。」 「…う。」 柔らかな、だがどこか笑いを含んだ声で呼びかけられ、悟浄は小さな呻き声で 返事ともとれない返事をする。 顔を上げようとして…この状況がいささか不本意である事に気付く。 そう、自分が彼を抱き締めているのはいい。 だが位置が少し気に入らない。 相手の胸に顔を埋めるような位置は、自分ではない筈だ。 これではまるで、母親に抱かれて眠る子供のようではないか。 「…悟浄?」 「えーっと、その…。」 ついつい考え込んでしまった悟浄に、いぶかしげな声音で八戒が名前を呼ぶ。 反射的に顔を上げ、笑みを浮かべて自分を見つめるその顔に思わず見惚れる。 コイビトが腕の中にいて、その笑顔を目覚めて一番最初に目にする事が出来る というのは、これ以上ないくらい嬉しい。 …そう、この位置関係でなければ。 「この状況がどうしてかって事でしょう?」 「う…。」 悟浄が何に拘っているのか、 なんとなく察した八戒はぷっと吹きだしながら 簡単にこの状況に至るまでを説明する。 「悟浄が寝ぼけて、起こしに来た僕を抱き枕代わりにしているって事です。」 「あー、そりゃどうも。」 「いえ、まあいいんですけどね。起きたのなら食事にしませんか?」 もうこんな時間ですし。 そう言いながら腕の中から抜け出そうと身じろぎをした八戒は、ぐっとさらに 強い力で拘束されてしまう。 「悟浄?」 「抱き枕から枕をひいたコトしよ。」 八戒の胸に顎を載せ、にやりと悪童のような笑みで悟浄が言う。 一瞬、素直に頭の中で言葉の引き算をしてしまった八戒は、その意図する事に 気付き、思わず赤くなってしまう。 「…あの、こんな昼の日中から…ですか?」 「俺にとっては朝だけどな。」 そういう問題ではないと言おうとした八戒だが、ふいにびくんと身を震わせ 次の瞬間、悟浄を軽くにらむ。 八戒の体を抱きしめたままの悟浄の手が、その背中を撫でたからだ。 「なっ?せっかくだし…しよ?」 「どこが折角なんですか!」 抗議しようとした八戒の口を自分のそれで塞ぎ、悟浄はゆっくりと甘やかな その唇や舌を味わう。 決して激しくはないが、確実に体の中の熾火を燃え上がらせるキスに、知らず 知らずのうちに八戒も応えるように動きを追う。 「あっ…ふ…。」 「キモチイイ?」 長いキスからようやく解放され、八戒は大きく息を吐く。 ふいに耳元でそう意地悪げに囁かれれば、とたん八戒は睨み付けようとする。 が、妙に嬉しそうな顔で見つめられ、なんだかこうやって怒る事さえも馬鹿馬鹿 しくなってくる。 「僕に拒否権はないんですね?」 「そ〜そっ、今のお前は俺の枕だから抵抗しないよーに。」 ひとつため息をついて諦め顔になった八戒に、してやったりという顔で悟浄が 笑って言う。 「じゃあ本当に、なんにもしませんよ?」 「いいぜ。俺がたぁ〜っぷりサービスするからさ。」 そう言いながら、悟浄は八戒の頬や額にじゃれるような軽いキスを繰り返す。 本当に大きな子供みたいだと思いながら、でも子供はこんな事はしないか…と 苦笑を浮かべる。 「…なんだかそれも怖いですね。」 「枕は口答えしない。」 「枕には普通こんな事しないでしょう?」 「細かいことはい〜の。口塞ぐぞ。」 塞ぐぞと言いながら、既に悟浄は八戒の唇を己の口で塞いでしまう。 悟浄のペースでいいように流されている…という実感はあったが、こうやって キスをするのも抱き締められるのも心地よいのは事実で。 「あとでしっかり働いてもらいますね。」 「おっけ〜。」 最後にひとつ八戒はため息をつくと、その首にゆっくりと腕を絡めながら そう言えば、悟浄はにやりと笑顔で応えた。 *END* |
2500カウントゲットされたコーモリさまからのリクエスト。 お題は「悟浄×八戒。悟浄が無理やり八戒を…。」で、無理なら ラブラブな話という事でした。 その結果がこの話になってしましましたが…こんなバカップルな 話でも許してもらえます?コーモリさん!? しかしなんというか…ボールがあったらこいつらの家の窓ガラスを ぶち割って逃げたいと思う今日この頃…。 |