文・秋津えみ様
「……あれ?」 八戒が不思議そうな声で歩みを止めた。 「どした?」 隣を歩いていた悟浄がその視線の先に顔を向ける。 そこにはこぢんまりとした喫茶店があり、どうやら本日開店らしく、今日の日付を象った 大きめのアレンジフラワーが店先を飾っていた。 「へぇ…新しい茶店か」 酒は置いてんのかな、と煙草を咥える悟浄は、そのまま歩き出そうとして、まだその店を 眺めている八戒に苦笑する。 「……寄ってくか?」 「え?」 驚いたように振り返る碧の瞳に、悟浄は軽く片瞳を瞑って見せた。 「入ってみたいんだろ?」 顎で件の店を示し、悟浄は微笑う。 「……いいんですか?」 「別に、急いでるわけじゃなし、いんじゃねぇの?」 「……三蔵に、怒られちゃいますかね」 旅の途中で寄った街。必要な物を買い出しに出た二人だったが、些しくらい遅くなった ところで、宿も落ち合う食堂も決めてある。問題はないだろう。 それだけを一瞬で計算し、八戒は悟浄が最も好む笑顔で隣に立つ男を見た。 「いーんじゃねぇの?勝手に怒らせとけって」 クックッと笑い、悟浄はさっさと歩き出す。 その後に付いて、八戒は心が暖まる想いで前を行く背中を凝視めた。 「いらっしゃいませ」 見渡す店内はダークブラウンを基調にした、落ち着いた雰囲気のあるインテリア。 座り心地の好い椅子。 加えて、にこやかに迎えてくれる女性は清楚な感じの美人、と来れば、悟浄も心なしか 楽しそうに見える。 窓際の一番奥を選んで腰を降ろし、二人は互いの瞳にそれぞれ相手を映し、微笑み合う。 「いい雰囲気のお店ですね」 「そーだな」 「でも、あなたは、あの女性が一番気になるんじゃないですか?」 クスクスと笑いながらオーダーを取りに来てくれた女性を視線で指して八戒が言う。 「んー、そーだなぁ…そこそこ美人だけど、1人で来てれば、って条件付きだな」 「1人で…?」 訝しげな八戒に、悟浄はその顔を覗き込むように身を乗り出して囁く。 「目の前にこーんな美人がいるんだぜ?なんで他を見なきゃなんねぇよ」 そのセリフに、八戒は数回瞬きをして、それから吹き出した。 「あなた、それって、引用方法が間違ってますよ。僕は男ですからね。…美人はないでしょう?」 「美しいヒトって書いて美人なんだから、間違ってねぇだろーが」 笑われたことが甚く気に障ったのか、悟浄はムスッとして言い返す。 その様子が子供のようで、八戒の頬が弛む。 「じゃあ、喜んでその賛辞を受けることにしますよ。…ありがとうございます、悟浄」 「そーそー。そうやって最初っから素直に微笑っとけばいーの」 満足げに大きく頷き、悟浄は煙草に火を点けた。 程なくコーヒーが二つ運ばれ、八戒は『そこそこ美人』のウェイトレスに尋ねる。 「こちら、夜はお酒も戴けるんですか?」 「はい。7時以降でしたら些しお出ししますよ」 ニッコリと笑う彼女に礼を述べ、八戒は悟浄に向き直った。 「ねぇ、悟浄……」 右手を伸ばし、カップに添えられた悟浄の手首に長く綺麗な指を乗せる。 「夕食を済ませたら、また、ここに来ませんか?」 指に挟んでいた煙草を口唇に置き、悟浄は触れている指に自分の手を重ねた。 「なーんで?」 「だって、今日はあなたのお誕生日でしょう?プレゼントなんて準備できなかったから、 食後にオトナの時間をプレゼントしようかと思って…」 途端に悟浄の口唇端が楽しそうに上がる。 「いーねぇ。オトナの時間v 俺としちゃあメインディッシュは、八戒、お前をオーダー するけど?」 予想されたこととはいえ、その戯けたような言い方は、八戒の苦笑を誘う。 「それは……全然構いませんが」 「よし、リザーブな」 「はいはい……それで、メインの前のアペリティフ(食前酒)はどうします?」 「……お前さ」 悟浄の眉が八戒の心を探るように寄せられた。 「ヤケにこの店に拘るな?」 「だって………」 八戒の笑顔がとても優しいものになった。 「だって、このお店も今日がお誕生日なんですよ?…あなたのお誕生日を祝うのに、 これ以上のお店はないでしょ?」 「八戒……」 悟浄の紅い瞳が驚いたように見開かれ、やがて優しく煌る。 指が絡み合い、互いの体温が均等になる。 「……サンキュ」 それに応えるように微笑み、八戒は重ねられている悟浄の手を握った。 指が絡み合い、互いの体温が均等になる。 「ヤベ…」 小さく呟き、悟浄の視線が宙を彷徨う。 「どうしました?」 「んー……キスしたくなった」 小声で白状する悟浄に、八戒は微笑顔で言う。 「……こうしたらいいでしょ」 メニューを開き、二人でそれを覗き込む振りをして軽く接吻けあった。 そして、顔を見合わせてクスクスと笑い出す。 「さぁすが、知能犯だな」 「そう言う悟浄は、確信犯ですよね」 僕がここで拒まないことを知ってたんでしょう、と言い、そろそろ行きましょうか、 と伝票を掴む。 そーだな、と立ち上がった悟浄の紅瞳に、カウンター近くで驚いたような表情で 自分たちを凝視めるウェイトレスが映った。 (……見られちゃったわけ、ね) 苦笑して、片目を瞑ってみせると、一瞬後、彼女は破顔した。 悪いねぇ…。先にこっちの『美人』と出逢っちゃったのよ、俺。 「悟浄?」 どうしたんですか、という八戒の声に悟浄はぬけぬけという。 「やっぱ、お前がサイッコーの美人だって再確認してたトコ」 「……やっぱり、どこか間違ってる気がするんですけど」 首を傾げながら、八戒はポケットから財布を取り出し、小銭を出す。 「おい、カード使わねぇのかよ?」 コーヒーの2杯くらい、三仏神も大目に見てくれるだろう、と言う悟浄に、 店を出た八戒は些し照れたように言った。 「今日、あなたと過ごす時間に使うお金くらいは、自分で出したいんです」 それくらいの蓄えはあるんですよ、と笑い、悟浄をノックアウトする。 「……お前って、やっぱ、サイコー♪」 「今頃認識するなんて、遅すぎます」 「再認識ってヤツさ」 ホントですかね?と苦笑する八戒の隣を歩きながら、悟浄はほんのりとした幸せに酔う。 誕生日って、ホントに楽しみでしょーがねぇよな…。 19歳で八戒と出逢い、20歳で迎えた誕生日。 3年前のそれが、悟浄にとって生まれて初めて『誰か』に祝って貰った誕生日だった。 自分でさえ厭っていた誕生日を『誰か』に祝って貰えることが、こんなに嬉しいことだ なんて、悟浄は知らなかった。 「……あの店」 「はい?」 「あの店さ…毎年、開店何周年ってのをできるといいな」 「………そうですね」 優しい表情で微笑う悟浄が嬉しくて、八戒も穏やかに微笑う。 「悟浄」 「ん?」 「お誕生日、おめでとうございます」 凝視める碧瞳をじっと見返し、悟浄はニヤリ、と笑った。 「そーゆーセリフは、ベッドの中で聞くのが一番嬉しいんだけどな」 「………」 ムッとしたように口唇を曲げ、八戒は何も言わずに歩き出した。 「お、おい!」 慌てて肩を掴み、しまった、と思う悟浄に、八戒はクルリ、と振り向いて言い放った。 「僕は、あなたをお礼も言えないヒトに育てた覚えはありませんよ、悟浄」 「…………育てた……?」 「そうでしょう?ご飯を食べさせて、身の回りのお世話をして、ずっと一緒にいて。 …これって、動物を『育てる』のと同じだと思いますよ」 そのまま踵を返す八戒に、悟浄はガックリと肩を落とす。 「………俺って、動物と一緒かよ…」 「悟浄!」 ちょっと先で呼ぶ声がする。 「さっさとしてください。早く買い物を終わらせないと、オトナの時間はやって来ませんよ」 顔を上げると可笑しそうに微笑う八戒がいた。 「………敵わねぇよ…ったくな」 薄く笑って、悟浄はゆっくりと歩き出した。 終 |
《秋津のたわごと》 結花さんの小説を読むためにいらしたミナサマ、申し訳ありません(苦笑) ちょっとしたご縁でコチラに寄稿させていただくことになりました 甘口なバーモ●トカレーといったカンジの話ですね(^_^;) コチラのサイトオープンと、悟浄ちゃんのお誕生日とを掛けてみたんですが… いかがなもんでしょーかね? また、機会があれば、寄稿させていただきたいな、と思います どうもありがとうございました♪ |