「…ん、っは…あっ」
身のうちから全てを引きずり出しそうな悟浄の動きに声があがった。下肢から全身を
這いまわる快楽に頭も体も痺れる。
「…八戒」
名を囁く顔が近づく。残る力無い理性で痛くない程度に髪を引いて口づけることでご
まかした。
口にしたい音を飲み込んで、きつい律動に追い上げられる。
低い視力と生理的な涙でぼやける視界にカーテンの隙間からの光。
月が。形を捉えることもできないけれど。
闇に強く輝く月。




存在感なく浮かぶ青白い月。
空の洗濯籠を足下に見上げる。
ここ最近にはない穏やかな青い空にぽっかりと。眼鏡越しにも目を細める太陽の眩し
さとはあまりにも対照的。昨晩赤い波間から見たものとも全くの別物。
影を生むこともなく佇むその様があまりに儚くて哀れで。
首が痛むことも忘れて馬鹿みたく眺め続けた。

感情を鼻で笑い飛ばしていた頃、刹那的に始まった僕らの体の関係。
今は僕に自分を露呈する鏡となった。
当然のように夜な夜なに繰り返されるベットでの行為が、あれほどまでに自分の弱さ
を、汚さを、悟浄への欲を平気な顔で晒しているのに。
悟浄はただただ残酷な優しさで気づかない振りをする。
いつからかベットで悟浄の名を呼べなくなった自分に。
悟浄の一挙一動に表情を張り付けるようになった自分に。




「さっき何見てたの」
欠けた言葉を推測しようとすると、すぐに「庭にいたとき」と付け加えられた。
「月を見てたんですよ」
寝起きでテーブルに突っ伏す悟浄。煙草をたぐり寄せる手に灰皿とコーヒーを差し出す。
「月って、今昼じゃん」
「月は昼夜問わずありますよ。夜は太陽の光を受けて光って見えるんです」
音を立ててついた火が空気を歪ませた。
「自力で、光れねーの?」
「…そういう星は限られているんですよ」
貴方のように。
こんな一言にもいつから苦々しく思うようになったのか。絡む視線に聞こえて心拍数
が上がっていく。
苦笑気味に告げると悟浄は「ふーん」とだけ返してもう興味を失ったようだった。
長い睫に伏せられる目。ゆらゆらと煙を立ち上げる煙草の先にともる熱。舐めるよう
に銜える口元。テーブルに泳ぐ髪。
ちらつく赤。そこかしこに。惹きつけられる赤い光。
空のカップを持ってキッチンに向かう。
蛇口から流れ出す水で喉の乾きに気がついた。そう、傍にいるといつもそう。
でも、このまま満ちることがなくても離れるなんてそれこそ不可能で。

シンクから顔を上げても今、庭とは反対側のこの窓からは見えない。

ただここにあるだけの僕の想いは月のように。

貴方という光を受けて輝くことができるのですか。
それとも淡い夢のように消えるしかないのですか。










*END*












《赤猫さまのコメント》

一応言葉は6つ使ってみました。
月をメインに煙草、影、眼鏡、夢、水です。
短い上に薄暗い話ですがご笑納ください。
皆様の華々しい作品の引き立て役にでも是非。



最初読み始めた時は、いちゃちゃでラブラブな話しかと思ってたんですが
読み終わればどことなくせつないお話でした。
自分にまだ自信がないから臆病になって、八戒は悟浄ときちんと向き合う
ことが出来ないのかなぁと。
ああでも、きっとおの二人は幸せになるのよね!と言い聞かせております。
ね、そうですよね!赤猫さま!(懇願)



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《言の葉あそび》