こいつの考えているコトは時々解らない。 解らない事があるのは、これはもうお互い様という奴で。 欠片なりとも解りあえるかどうかは、その時々の運とタイミング次第。 当たるも八卦、当たらぬも八卦。 それでも毎日、飽きもせず東からオヒサマは昇り西へと沈んでいく。 世の中きっとそんなもん。 そんなもんだと思っておこう。 思っておかないとやってられるか。 と…いうわけでこれも日々日常。 「──で…ですね、ちょっと可愛いなぁ〜って思って、つい買っちゃったんです。」 賭場で当たりまくり、一晩にして大金を稼いで意気揚々と帰ってきた俺を出迎えたのは、 それこそ機関銃のような八戒のトークだった。 扉を開けて「タダイマ」も言い終わらないうちのカウンター攻撃に全身撃ち抜かれ、さす がの俺もノックアウトされかかった。 「…あのな、八戒。」 「はい?」 ようやくひと息ついた八戒の言葉攻撃に、俺はくらくらしながらもようやくそれだけ呟く と自然と視線はその足下へといってしまう。 「ね、可愛いでしょう?」 俺の視線に気づいたのか、にこにこと誇らしげに自分の足を軽く持ち上げて、わざわざ見 せてくれるその笑みは最上級。 もちろんこれは確実に天然だ。作為はない。 作為がなかったらイイのか?という問題が、今まさに例題のように目の前に示されている 気がして俺はゲンナリとした。 「…可愛くないですか?」 思ったような反応を返せなかった俺に、八戒はちょっと困ったような声で尋ねてくる。 たのむから、小首を傾げて上目遣いで人の顔をのぞき込むのはヤメロ。 この場で押し倒したくなるから。 ええもう大マジですとも。 押し倒してそういった行為になだれ込んでしまえる自信は、結構ある。 伊達に場数はこなしていないし、八戒の弱いトコロだって余すとこなく知っている。 最初はたぶん絶対嫌がる八戒をソノ気にさせるテクも充分。 だから問題なのは、そういうコトになった後の方だ。 恥ずかしさと、きちんと話を聞かなかった事の怒りが突き抜ける八戒の怖さは…ちょっと 想像したくない。我が身に起こる事ならなおいっそう。 おまけに機嫌が直るまで、おあずけ食らうのは必至…とくればそれこそ地獄の苦しみ。 そういった状況に陥らないために、ただでさえ俺のなけなしの理性総動員して耐えている のに、これはないだろうと思わず世をはかなみたくなってしまう。 天然っていうものが如何にやっかいか。 日々身にしみながらも耐えてる俺って愛だよなぁ…とどこか遠くで感じながら、目の前で 俺の返事を待つ八戒の妙に真剣な顔に向かって言う。 「…カワイイ…うん。」 「よかった。」 俺の答えに安心したように息をつき、嬉しそうに八戒が笑う。 うん可愛いと思う。ただし話題のそれじゃなくてお前が。 そんな俺の心の声は想い人には届くことなく。 「大の男が…って、呆れられたらどうしよかと思っちゃいました。」 ご機嫌な様子で八戒は自分の足下を見つめる。 そこには新品のスリッパ。 ただしごく一般的なものではなくって…いわゆるアニマルスリッパ。 誰が考えたか知らないが、ぬいぐるみとスリッパの中間のようなシロモノ。 淡いピンク色のスリッパの足先は子豚の頭部となっているようで、お披露目といわんばか りに八戒が爪先を上げたせいで、つぶらな瞳と俺はご対面していた。 その黒ボタンの瞳から、翡翠色の瞳に俺は視線を移し、しみじみと思う。 目の前にいるのは大の男だっていうのに、本来こういうモノが似合うはずの可愛い10代 のお嬢さんが顔負けしそうっつ〜のもどうよ? そんな事をつらつら考えている俺の上に、爆弾が降ってくる。 それもメガトン級の言霊爆弾。 「ああ、悟浄のも買ってきたんですよ。」 「はい?」 思わぬ八戒の発言に、声が少し裏返ったのはご愛嬌だとしといてくれ。 ごそごそと側にあった紙袋から、八戒はなにやら取り出して俺の目の前にそれを置く。 それを視界に納めながら、ただただ絶句してしまう。 「…あーっ…っと、その…これ、俺に?」 「ええ。可愛いでしょう。」 「ソウネ…。」 ようやく引きつった笑みで八戒に礼を言いながらも、内心少し安堵していた。 確かにアニマルスリッパでいわゆる可愛い系なシロモノではあったが、俺にと選んでくれ たそれは緑色の靴型で。 足先には八戒のようなぬいぐるみの頭部ではなく、黄色い爪らしき円すいが三本ついてい るだけだった。 ああこれならなんとか…と思いつつ、いやそれは違うだろうとひとりボケツッコミ。 形がなんであれ、こういう乙女チックなものを大の男が履くことが問題であって…。 と、心の中で俺のプライドが、拳を振り上げ声を大にして熱演しているが、結局出てきた 言葉は以下の通り。 「これ怪獣の足?」 「だそうです。あったかいですよほら。」 チョキチョキと値札を切り取り、軽く埃を叩き落とした八戒が跪くと、怪獣スリッパを俺 の前にご丁寧にも並べてくれる。 「……。」 それが履いてくれと言ってる事など、わざわざ確認しなくても解る。 目の前の現実から逃避しようと、無意識のうちにそんな事を考えている俺の全身から冷や 汗が出ているだろう事も解る。 誰が想像するだろう。 先程まで賭場でどんな際どい勝負にも打ち勝ち、麗しき女性達を大勢側にはべらせ、その 場にいた男達を二重に悔しがらせていた俺が、今の俺と同一人物だと。 喧嘩売ってくる奴は口元に笑みを浮かべたまま、完膚無きまでに叩きのめしていた俺が、 自宅で同居(同棲?)中の野郎と二人で、ぺたぺた可愛らしいアニマルスリッパで歩き回 っている姿が同じであると。 「…あ〜結構ぬく〜。(-_-)」 「でしょう?(^_^)」 コーヒー入れますね…と笑顔で告げ、機嫌の良さそのままにぺたぺたと可愛くも軽やかな 音を立てながら子豚と一緒に八戒が歩く。 なんだかんだと起こる割に、結局はこの極上の笑顔の前になんかどうでもいいや…と思っ てしまう俺は、きっと終わっているんだろう。きっと。 そんな事を改めて再認識しながら、俺はがっくりと肩を落とす。 そして、ぺたんぺたん…とこれまた履き主の今の心境のまま、どこか引きずるような音を 響かせながら俺は八戒の後に続いた。 *END* |
単に私がアニマルスリッパ(ちなみにクマさん)を嬉しげに買ったのが 元ネタ。こういうことしそうなの、天蓬かな〜?とか思ったんですが、 天然具合からして八戒に決定。 しかし子豚さんのスリッパどっかにないかなぁ。ちょっと欲しい。 ところで、こういう悟浄ってアリですか?と悟浄ファンであるLUNAさん にお伺いしたところ、GOサインとともに小話がやってきました。 いやぁ…人にふってみるもんだなぁ。もうけ。(笑) |