ザザ…ザザザ…
風が、闇に包まれた森の木々の葉を揺らしながら抜けていく。
その風に髪を乱されながら、八戒は背中を近くにあった樹にもたせ掛ける。
 「今回は…しつこいですね…。」
少し上がり気味の息を整えながら八戒は呟く。
汗ばんで額に張り付く前髪を、乱暴に手ですくい上げる。
この森に入ったとたん、いつものように大勢の刺客の襲撃を受けた。
これもまたいつものように、四人はそれぞれ自分の担当分を決めると、
さっさと片づけに入った。
ただいつもと少し違ったのは、今までのただ数を集めただけの雑魚とは違い
統率が取れていたこと、そして視界の利かない闇と、この森の存在だった。
気がつけば四人ともバラバラに引き離されていた。
もともと連携で戦闘を行っていた訳ではないので、それによって起きる弊害は
ないが、やはり皆の様子は気になる。
簡単に殺されるような者たちではない事は解っているが、それと心配する気持
ちとはまた別物だ。
 「どこかの軍隊あがりか…傭兵って感じでしょうか。」
ふう、とため息をつきながら八戒は今置かれている状況を確認する。
この闇と樹を利用して、敵は付かず離れず狙ってくる。
ざっと感じた気配を数えただけでも五、六人は自分の周辺にいるようだ。
戦闘開始してから、ここに至るまでに三人ほど片づけた。
となると、自分担当分としてはあと多く見積もっても四、五人くらいと考え
たほうがよいだろう。
 「やっかいですね。」
隻眼のせいか、あまり夜目は利かない。
長時間の、それも夜間の戦闘は、自分にとって不利だ。
こういうときは、自分の目を抉り取ったことをほんの少し後悔するが、今更
そんな事を考えても仕方がない。
大きく深呼吸を繰り返すと、八戒は体内の「気」を探る。
あまりたくさんの「気」は残っていないようだ。
三蔵の銃や、悟浄の錫杖、悟空の如意棒といった武器とは違い、八戒の
「気孔」は本来は怪我や病気などで弱った体の治癒力を上げるものだ。
それを攻撃や防御といった戦闘に使えるようにしたのは、八戒の精神力の強さ
と応用力の高さのお陰なのだ。
一見、無尽蔵に見える「気」の攻撃だが、物質として既に存在する銃の弾丸
なとどは違い、その時の使う者の状態によってその量と質は激しく変動する。
ここ連日飽きもせずに繰り返す戦闘と、隻眼での運転による疲れ。
きわめつけは、この一週間近く続く野宿で体が休まる暇がない。
お陰で、あたり構わず気を放てるほどの体力が残っていない。
「気力」を使い果たせば当然「体力」も減る。
夜明けと共にまた出発しなければならないのだから、余力は残しておかないと
居眠り運転しかねない。
 「…仕方ない、か…。」
あまり気乗りのしない顔つきと声音で、八戒は先程倒した敵から奪った得物を
ちらりと見る。その右手には、青竜刀が握られていた。
接近戦を余儀なくされる今、こういった武器で戦うほうが早いし体力の消耗も
少ない。特にこんな遮へい物のある森の中では。
 「あんまり使いたくないんですけどね。」
以前こんな刀ひとつで犯した己の罪を思い出してしまうから、武器はできれば
手にしたくはなかった。
が、今を生き残る為にはそんなトラウマなど捨ててしまったほうがいい。
すうっと目を細めると、右手に意識を集中させる。
すると手にした刀がうっすらと青白い光を帯びはじめたではないか。
八戒の「気」が、刀全体を覆ったためだ。
こうする事によって、より刀は殺傷能力を高めることになる。
「気」を武器としてのエネルギーの塊に凝縮するよりも、こうやって刀など
を覆ったほうが楽ではある。
 「…こんな、ものでしょうか…。」
八戒はそう呟くと、ふいに視線を左右に鋭く走らせ、ゆっくりと体を樹から
離した。浅くゆっくりと呼吸をしながら、肩の力を抜く。
カサ…という微かな葉擦れの音がした瞬間、八戒は前に一歩大きく踏みだすと
ヒュン!という空気を裂く音と共に、青竜刀を左上から右下に振り下ろす。
そしてその勢いのまま体を素早く反転させると、後方の影に対して真直ぐに
刀を突き出した。
鮮やかな刀さばきの音に、ドサっという鈍い音がふたつ続けざまに重なる。
月明かりに照らされた音の主たちは、ひとりは胴を袈裟懸けに斬られ、
もうひとりは喉を突かれて絶命していた。
軽く振って血を振り落としたその刀は、依然として青白い光を帯びている。
 「…さて。」
たった今自分が殺した敵には一瞥もくれず、八戒は足を向ける。
ジープの置いてある場所、すなわち仲間と落ち合う場所へと。
     
     
     
走りながら、続けざまに何人か斬り捨てた。
刀を振るたびに、月光が刃の上で硬質な光を放ちながら踊る。
 「……!」
前方に人の気配を感じ、反射的に刀を持つ手を振り下ろした瞬間、八戒は
大きく目を見開く。
そして慌てて全身で止めた刃の先には、見知った顔があった。
 「よっ。」
 「悟浄!」
八戒の刀がその頬すれすれにあるにも関わらず、悟浄は呑気に笑うと軽く
手を上げ挨拶する。
 「頼みますから、せめて防御してくれませんか?」
 「する必要ないっしょ。」
とりあえずその首を斬り落とさずにすんだ安堵感から、大きく八戒はため息を
つくと、悟浄にやや非難がましい視線を送る。
が、一歩間違えば殺されかねなかった悟浄はといえば、平然とした顔のまま
懐から煙草を取り出し、口に銜える。
 「今も危なかったじゃないですか。」
 「ん?俺、八戒信用してるから。」
信用するしないの問題ではないと思いながらも、何を言ってもかわされそうな
悟浄の態度に、ただため息をついてしまう。
恐らく振り下ろされる刀の速度と、八戒の反射神経とを瞬時に計算して大丈夫
だと判断したのだろうことは解るが、世の中間違いやミスもたくさんある。
胴と首が離れてから計算ミスに気付いても遅いのだ。
そんな八戒の脱力感など気にしないというかのように、シュボっという小気味
いい音とともに煙草に火をつけた悟浄は、うまそうな顔でぷかりと煙を吐き出
しながら言う。
 「…珍しいな。」
 「え?」
悟浄の唐突な台詞の意味が解らず八戒は小首を傾げるが、その視線が自分の手
にある事に気付いて苦笑する。
 「八戒が得物を持つなんて珍しいと思ってさ。」
 「ああ、これですか。」
面白いものを見た、という目つきで見つめられ、八戒は仕方がないというよう
に大きく肩を竦めて見せる。
 「持ちたくて持ってる訳じゃないんですけどね。」
そう八戒が口にした瞬間悟浄は素早く身を屈め、その両肩に手を置いて八戒は
地面を蹴り上げ、倒立するようにしてジャンプする。
 「ぐわっ!」
八戒が先程までいた足下を、悟浄の鎖鎌が孤を描きながら飛ぶ。
何かが裂ける鈍い音と共に影は崩れ落ちる。
 「げ…!?」
悟浄の頭上を飛び越えながらトンボをきると、八戒が悟浄の背後の影を
刀で切り払う。
八戒が着地する音と、悟浄が鎖鎌を引き戻した音とがきれいに重なる。
 「ね。こういう状態だから仕方ないんですよ。」
 「そりゃ、そーだ。」
背中合わせになったまま、八戒が解ったでしょう?という視線で悟浄を見ると
悟浄は、納得したという顔で笑いながら煙草をくゆらせる。
 「でも、とりあえず…。」
 「あらかた片づいたみたいだな。」
八戒の言葉を追って、悟浄が煙とともに言う。
 「戻りましょうか。」
 「ああ、さすがに眠いしなぁ。」
わざと大欠伸をして悟浄が言うと、八戒はくすくすと笑う。
 「明日の昼までには次の街に着きますよ。」
 「お、それはそれは。ようやくふかふかベッドでおネムできるってか。」
嬉しい情報に、悟浄の顔もほころぶ。
口に出すことは決してないが、悟浄とて疲労は溜っているはずだ。
一週間ぶりの街であり、宿だ。どんなに質素だろうが野宿と比べれば
格段の違いがある。
食糧や薬の買い出しもあわせて二、三日はゆっくりしたい。
 「ええ。本当に久しぶりにまともな食事もとれそうですし。」
 「小猿ちゃんが聞いたら大喜びしそうだな。」
野宿がどれだけ続くか解らないうちは、どうしても抑えがちになる食事の
量と質に、悟空が毎回しょんぼりとしているのを思い出し、八戒は思わず
小さく吹き出してしまう。
 「そうですね。」
 「だろ?」
くすくすと笑う八戒に、悟浄もニヤニヤと笑う。
ふと足を止めると、八戒は悟浄の右肩付近に視線を向ける。
 「ん?どした?」
 「怪我、してるみたいですね。」
八戒の指摘に、初めて気付いたように悟浄は自分の二の腕を見る。
確かに、なにか鋭いものがかすったような跡があった。
 「これ?ただのかすり傷だって。」
 「そうみたいですけど、あとでちゃんと消毒しましょうね。」
 「…も、気の済むよ〜にして頂戴。」
有無を言わさない八戒の態度に、悟浄は軽く肩を竦めて見せる。
おどけたような悟浄の仕草に、また八戒が笑う。
そして、手にした青竜刀を無造作に投げ捨てる。
 「戻りましょう。きっと待ちくたびれていますよ。」
 「そうだな。もういー加減疲れてンのに鉛玉くらいたくないし。」
そう言って、二人並んで歩き出した。
微かに触れる腕から伝わる、互いの体温を感じ取りながら。


*END*






バトル、好きなんです。特にこういう協力戦が。
互いのことを信頼していないとダメだし、その上相手がどう
動くか、どう戦うのかを瞬時に理解できないと出来ないし。
格好良い戦闘シーン書きたいなぁ。でも難しいのよね。(-.-;)
   
中国武術はめっちゃ格好良いの!もう痺れるくらいに。
映像もいいけど、間近で演武する様を見るとすごい迫力です。
思わず「ああ、こんなふうに悟浄や悟空は戦うのね〜。」
とか妄想してしまいます。(笑)
ま、そういう理由でうちの八戒は武器扱えます。(単純明快)
でも、いくブチ切れていたとしても、ある程度の武術の心得が
なければ、村人はともかく妖怪千人は無理だと思うので。
でも、もともと単に護身用としての武術だったんだろうなぁ。


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