ねえ悟能
私ね…なりたいものがあるの…






揺れる白いシーツの波の中、こうやってあなたと
二人きりで浮かんでいるのが好き
誰が来てももう離れないように、離さないように
手をつないで指をからめて…ずっとこのままで

ベッドが胎盤になって、白いシーツは羊水で
呼吸も鼓動もふたりひとつに合わせて目を閉じれば
もう一度最初の時に戻れるのかなぁ

前に悟能が見せてくれた、卵の化石
あんなふうに、二人孵ることなく永遠に時を止めて
石になってもいいなって思うの

おかしいでしょう?

あなたを私から自由にしたくて
同じくらい私に束縛したいの
独占欲っていうのかな、こういうって

欲張りよね…すっごく
あなたを全部私で埋めてしまいたいだなんて
あなたが大好きだからかな
時々不安になるの


どこにも行かないでね
私をひとりにしないでね


笑わないで聞いてくれる?
私ね、あなたの「すべて」になりたいの

あなたの姉で妹で…恋人で奥さんで
それから母親になってあなたを産んで
あなたに愛される子供になりたかったの

やっぱり…変よね

でもね、私本当にそうなりたかったの








そう……なりたかったの…








温かい優しい夢から覚めれば、そこは冷たい牢の床
軋む体を無理やりひねって、差し込む光へ視線を向ければ
小さな窓の外に青い空が見える
その空を行くのは、二羽のつがいの鳥…





──ご・の・う──


大切な人の名をそっと口の中で呼ぶ
声に出さずに呼んでみる

あの日あの時のまま、ふたりひとつに
なれたらよかったのにね…
あの、孵ることのない卵のように

でも割れてしまったから
夢の卵は割れてしまったから





もう夢は紡げない





ここにあるのは醜い現実
犯されて、望まない命を腹に宿した女がいるだけ


どうすればよかったのかしら
悟能、あなたと出会わなければよかったの?
あなたと愛し合わなければよかったの?
そんなこと、かけらほども望んではいないのに




私は…私はただ…あなたの「すべて」になりたかった
それだけだったのに……




もし…もしもこれでもう全てが終わりになるのなら…
あなたとふたり紡いだ夢も、重ねた愛も…なにもかもが
消えてしまうしかないのなら

消えてしまう前に刻んでしまいたい
最後に残った私のかけらで、あなたの中に消えない傷を

これが夢の卵から孵ってしまった…醜い私

孵ることなど望んでいなかったのに

……ごめんね、悟能

ごめんね

私、あなたの中に残りたいの
あなたを蝕む傷となっても…痛みとなってでも
残っていたいの

あなたを私から自由にしたい
でも同じくらい私に束縛したい


愛してるわ、悟能
あなたを私のすべてで守りたい


愛してるわ、悟能
あなたを傷つけてしまいたいくらい





激しく降り注ぐ雨が、城内に響く幾多の苦鳴や怨嗟の声を全てかき消す
暗い地下牢の中、鉄格子越しに抱きあうは夢の卵から孵ってしまった
生き物ただふたり


女は微笑む───泣きながら美しく微笑む
男は狂う────人であることすら捨てて


互いに互いの存在しか見えない生き物は、夢の終わりを怖れるあまり
きしむ痛みと失う恐怖のままに己が身を食む
残りたいと…とどまりたいという願いを悲鳴のように上げながら






愛してる…悟能














     
何度も何度も書き直して、ようやくこれだけの形になりました。
愛する人の目の前で己の命を絶つ、という行為の裏にある彼女の
想いってどんなものなんでしょうね?
難しいけど、時々ふとこの事について考えてしまいます。
峰倉先生は「執念の聖母」という表現を用いてましたが、この
場合の執念っていうのは、悟能の中に自分を残したかったという
事なんでしょうか?
忘れられてしまうくらいなら、愛する人に消えないほどの痛みを
刻みつけたまま死んでしまいかったのでしょうか?
そう考えると、さすが悟能の双子の姉という気もしますが。
ただ、それ程までに「愛執」を持てる事、持つ相手がいる事は
ある意味幸せな事なのかもしれないなぁとふと思います。
   
   
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