「ああ、可愛いですね。」 にこにこと嬉しそうに笑いながら八戒は腰をかがめると、物陰から こちらを伺っている子猫に向かって手を差し出し、チッチッと軽く 舌を鳴らす。 子猫は少し戸惑っていたが、誘われるままゆっくりと八戒へ近づく。 「猫ナンパして、ど〜すンの?」 「女性を手当たり次第口説くよりも、健全だと思いますけど。」 荷物持ちに借りだされた悟浄が手持ちぶさたにそう言えば、 猫を撫でる手を止めもせずに八戒がそう応える。 「手当たり次第じゃねえよ。俺、美人さんしかキョーミねえもん。」 「誰も悟浄の事だって言っていませんけど。」 「……さいですか。」 悟浄はため息と共にうなだれる。口で八戒に敵う自信は全くない。 沈黙は金なり。ここは黙っていたほうが身のためだ。 横目でちらりと八戒を見ると、悟浄は新しい煙草を口にくわえる。 ――八戒は、どうやら可愛いものに弱いらしい。―― 彼と共に暮らし初めてからここ半年、悟浄の出した結論はこうだった。 八戒はかなり警戒心が強いらしく、めったにそれを解くことはない。 しかし、たいがいの者はそれに気付くことなく、あの完ぺきなまでの 柔和な笑みに誤魔化されているようだが。 そんな八戒が作り笑いをしない相手も、確かにいるにはいた。 それは例えば犬や猫、鳥といった小動物か、または十歳くらいまでの 子供に限られていたが。 たぶんそれは、裏表のない対象だからということなのだろう。 八戒は、よくも悪くも相手が考えている事を無意識に探りとろうとする。 そんな事をいちいちやっていたら疲れるだけだろうと思いはするが、 すっかり習い性となっている八戒に言っても無駄なだけだ。 まあそれはともかく、そういった子供や動物はそんな八戒にあっという 間になつく。 裏表がないぶん、ストレートに八戒の持つ優しさを感じ取るのだ。 ――まっ、あの猿が懐いてるくらいだからなぁ。―― ぷはあっと悟浄は煙草の煙を吐き出しながら、そう心の中で呟く。 あの猿、とはもちろん悟空の事である。 懐っこい性格では確かにあるが、人慣れしてしていないというべきか、 野生生物そのままというか、実は結構警戒心が強い。 まあ、あんな排他的な寺院で暮らしていれば、嫌でもそうなるだろうと 思いはするが。 その悟空が、あっという間に八戒に懐いたのだ。 それは…まあ良しとしても、すっかり餌付けされたのか三日と空けずに わざわざ寺院から彼らの住む家にまで通ってくる。 そして根こそぎ食い尽くしては帰って行くのだ。 イナゴの大群に襲われた畑には、何も残らないと聞いたことがあるが、 きっとこういう感じなのだろうと悟浄は思う。 ただ悟空が頻繁に遊びに来るのは、八戒の手料理だけが目的ではない 事など悟浄には解っていた。 ――甘えたいんだろうさ。あの小猿ちゃんは。―― 悟空にとって三蔵は絶対的な存在だ。 それは、生涯きっと変わることはないだろう。 だからこそ、あの三蔵からはもらえないものを八戒に求めているのだ。 それは優しく撫でてくれる手であったり、温かい微笑みであったり。 いわゆる「母性」に近いものを悟空は八戒に求め、八戒はそれを 惜しみなく悟空に与えている。 三蔵とは別の意味で、悟空にとって八戒は大事な存在なのだろう。 そして八戒も、そうやって懐く悟空の無邪気さに救われているようだ。 それは充分解っているが、なんとなく面白くない気もする。 だからつい、悟空が家に来るたびにからかってしまうのだが。 「煙草、気をつけてください。悟浄。」 「あ?」 ぼんやりと考え込んでいた悟浄は、八戒の指摘を受け手元を見る。 「おっと。」 もう少しで指を焼きそうなほど短くなった煙草に気付き、何気なく 投げ捨てようとして…八戒の鋭い視線を感じて止める。 内心ため息をつきながら、胸ポケットから携帯用灰皿を取り出し中に 押し込めば、よく出来ましたと言わんばかりに八戒がにこりと笑う。 「…ところで、何をぼんやりしてたんですか?」 「ん?ああ。」 八戒に尋ねられ、悟浄は少し考えニヤリと笑みを浮かべて言う。 「八戒ってば可愛いもの好きなんだな〜って思ってさ。」 「それは、そうですけど…。」 可愛いと感じれば、好ましいと思うのは当たり前じゃないかと思いつつ 悟浄のニヤニヤ笑いの意味が読めない八戒は、ただ小首を傾げる。 「な〜んか、それって母性本能ってヤツかなっと。」 「…僕は男なんですから、父性本能って言ってほしいですけど。」 少しむっとして八戒がそう言い直すと、その反応に気を良くした悟浄が さらにからかうような口調で言う。 「おと〜さんっていうより、おか〜さんって感じっしょ?八戒は。」 「………そうですか?」 そう言いながらにっこりと笑みを浮かべる八戒を見て、悟浄はしまったと 思ったがもう遅かった。 「僕、確かに可愛いもの好きですよ。」 極上の笑みの裏側にある毒を感じながら、悟浄は次の攻撃に備えてつい 反射的に身をすくませる。 「ですから、悟浄の事もちゃんと好きです。安心して下さいね。」 「はあ?」 八戒の言霊爆弾が破裂するまでに、数秒かかったようだ。 「…それってどういう意味だよっ!」 「言葉通りです。」 「このクールでニヒルで二枚目な悟浄様のどこが可愛いんだよ!」 「充分可愛いですよ、悟浄。」 「はっかいさぁ〜〜ん。」 悟浄は情けなさそうな声で、ゆっくりと歩き出した八戒の名を呼ぶが、 きれいにかわされてしまう。 「早く帰りましょう。急がないと日が暮れますよ。」 「あの〜もしもしぃ、聞いてます?」 「聞いてますよ、ちゃんと。だから帰りましょう。」 がっくりと肩を落とした悟浄のその姿が、あまりにもおかしくて思わず 八戒はくすくすと笑い出してしまった。 そんな彼の笑顔に、まあそれでもいいかと諦めてしまう自分に気付き、 なんだかなぁと悟浄は複雑な心境に陥ってしまった。 結局のところ、悟浄が悟空に感じている「面白くない」という感情が 「嫉妬」というものだと言う事に気付くのは、まだ先の話だった。 *END* |
サイトオープン記念として秋津えみ様から小説をいただき、 そのお礼に差し上げた小説です。 オープンしたてで、うちの作品数が少ないのでアップしました。 「八戒さんの真理を探りつつ、かわしたつもりが投げ飛ばされ…」 えみ様からこんな感想をいただき、爆笑しましたので引用。(^^;) しかしうちの二人、いつラブラブになるんだろう。謎。 |