「…これ、なに?」 「赤ん坊…みたいですね。」 押し付けるようにして悟空から手渡された包みを開けた二人は、それだけ 言うと互いに絶句する。 包みの中身は、生まれたての赤ん坊が素っ裸で入っているという、なんと コメントしていいか困るだけのシロモノだった。 詳しい事を聞き出そうとしても、八戒の手の中にこの包みを押し込むなり 逃げるようにして走り去った悟空はもういない。 「どうみてもそうとしか見えねぇけど、さぁ。」 「ええ。」 八戒はそっとその赤ん坊の頬に手をそえると、ひんやりとした感触だけが 伝わってくる。そう、体温がないのだ。 死体でも運んできたのかと一瞬思ったが、触った感触が何か違う。 「でもこれ生き物じゃないみたいですよ。」 ひっくり返したり、持ち上げたりと一通り八戒が確かめた後そう言うと、 悟浄がため息まじりに言う。 「じゃ、なんだこれは。」 「なん…なんでしょうね?」 訳の解らない、いやそれ以上に不気味だと言っていいシロモノに、悟浄も 八戒も戸惑いを隠せない。 「あ、ここに手紙がありますよ。」 「手紙?」 包み紙の側から、確かに手紙らしきものがあった。 それを丁寧に広げた八戒の肩越しに、悟浄もそれを読む。 手紙にはこう短い文面がしたためられていた。 『これは人参果という果物だ 喰えば長生きする 好きにしろ』 「…はぁ?」 「ちょっと…これは…。」 互いに短い感想を漏らした後、また絶句する。 一応これが何なのか、どうするものなのかだけははっきりした。 ただ、はっきりすればそれで全て解決したという訳ではない。 「くだもの…ねぇ。」 「外側はどうみても赤ん坊ですよね、これ。」 ため息をつくのに飽きた悟浄は煙草をひとつ口にくわえ、八戒はもう一度 手紙の文面をざっと確かめてから、テーブルの上に置いた。 「…これ、どうします?」 「どうしますって…食べてみるか?」 とりあえず前向きな意見を悟浄は提案してみるが、八戒は困ったような苦 笑を浮かべて言う。 「僕、これ切り分ける勇気、ないですけど。」 「俺にも…ないな。」 食べるためには、大ざっぱに分けてふたつの方法がある。 ひとつは丸のままかじる方法。 もうひとつは食べやすいように切り分ける方法。 いくら果物だとはいえ、見た目どう見ても人間の赤ん坊のこれを丸かじり する気も、まして包丁で切り分けるという勇気はどうも持てそうにない。 八戒は、ついこれを丸かじりする悟浄を想像してしまう。 ……このぷくぷくとした手に歯を立てて食いちぎり、うまそうに咀嚼する 悟浄のその姿は……。 寒い。異様に寒い。思わず身震いしてしまう。 一方悟浄は、これを包丁で切り分ける八戒を想像していた。 ……楽しそうに鼻歌を唄いながら、包丁で赤子の手や足を慣れた手つきで 解体していくその姿は……。 怖い。怖すぎる。というより一種似合いそうでそれがもっと怖い。 「…なにか、想像しましたね。」 「お前もな。」 「あははは…。」 互いに互いの姿を連想した事は何となく解るが、その想像を口にする気は 双方ともなかった。 「ちょっと…これは…。」 「どうしようもないよな。」 苦笑で誤魔化そうとする八戒の言いたい言葉を、悟浄が煙草の煙と共に代 わりに吐きだしてやる。 だいたいなんでまたこんなシロモノを、三蔵は自分たちに送り付けてきた というのだろうか。 まあ、わざわざ聞かなくても想像はつくが。 「悟空も…食べられなかったみたいですね、さすがに。」 「…だな。脳みそ胃袋の猿も、食えないもんはあるってか。」 食欲魔神の悟空でさえ、さすがにこれを食べる事が出来なかったからこそ こうして目の前にあるのだろう。 まあこれをうまそうに食べる悟空の姿というのも、寒いものがあるが。 「好意…はありがたいんですけど。」 「好意?悪意の間違いだろ。」 困ったような声で八戒が言うと、悟浄がきっぱりとそれを否定する。 食べる気がないのなら、捨てるなりなんなりすればいいものを、わざわざ こうやって送り付けてくる、というあたり、嫌がらせとしか言い様がない ではないか。 「で、どうする?」 「そうですね…ここで腐るのも嫌ですから、とりあえず冷蔵庫の中 にでも入れておきます。」 そういってラップを手にした八戒の肩に、悟浄の手がふいに置かれる。 ずっしりと重たいその手に振り返れば、頭を抱えた悟浄の姿があった。 「ちょっと、待て八戒。」 「何です?悟浄。」 「冷蔵庫の中にさ、そいつで包んだこれがあるっていうの、 想像してみてくんない?」 言われて瞬時に八戒はその光景を脳裏に浮かべる。 扉を開けると、薄暗い照明に照らされて浮かび上がるのは、ラップでぐる ぐる巻きにされた赤子のシルエット…。 そしてその側には、肉やら野菜やらビールが彩りよく添えられ…。 「……うわぁ…。」 「だろ。」 八戒は小さく呟いたまま言葉を失ってしまった。 食事の支度をするたびに、そんな怪奇な小部屋を見なければならない八戒 の肩をぽんぽんと慰めるように叩き、悟浄が苦い笑みを浮かべる。 「ねえ、悟浄。」 「ん?」 いまだサムイ想像の中から戻ってきていない口調で、八戒が悟浄を呼ぶ。 「これ、食べる気…ないですよね?」 「…お前は食べる気あんの?」 あえてその質問には答えず、悟浄は逆にそう八戒に尋ねると、即座に答え が返ってきた。 「絶対イヤです。」 「だろ。」 ふうう、と大きなため息と共に悟浄は煙草の煙を吐き出す。 なんでまた、こんな面倒な目にあわなければならないのか。 文句を言いたくても、相手は今ここにはいない。 「食べないで冷蔵庫にしまっておいたら、どうなると思います?」 「………腐る、な。」 「腐った果物って、見たことありますか悟浄。」 「ただの果物なら…あるぜ。」 そう言いながら、想像したくもないものを想像してしまう。 だいたい、イヤなものほど鮮明に映像が浮かぶものだ。 今回もその例に漏れず…。 冷蔵庫の黄色い照明に照らされて浮かび上がる赤子の体には黒や白、緑と いった色とりどりのカビに覆われていて…。 包んだラップの底は、染みだした肌色の体液で膨らんでいて…。 微かに臭ってくるだろう腐臭さえも、何故かリアルに想像できてしまった 悟浄は、げんなりと首を垂れるしかない。 八戒も、そんな悟浄に半ば同情の視線を送りながらため息をつく。 「どう、しましょう。」 「この際、庭にでも埋めるしか手はないと思うぜ。」 「そう…ですよね。それが一番ですよね。」 悟浄の提案に、八戒がまるで自分に言い聞かせるかのように頷く。 いつもの八戒なら、食べ物を粗末にして…とか説教しそうな悟浄の提案で あったが、冷蔵庫の中が死体安置所になる、というこの現実はどうしても 回避したいようだ。 悟浄にとっても、死体…本当は果物なのだが…と一緒に冷えたビールを飲 まされるのはごめんこうむりたい。 「僕、スコップ取ってきます。」 「おう。」 そう言って、ため息とともに部屋を出ていった八戒の後ろ姿を見送った後 なにか思いついたのか、ごそごそと悟浄はあたりを見渡し始めた。 「こんな感じでしょうか。」 「ん?いーんでない。」 庭の片隅に穴を掘って、例の赤ん坊型果物を埋めた八戒が、手に付いた土 を払い落としながら、背後の悟浄に声をかける。 「でもさぁ。」 「なんですか?」 「こいつがもとで立派な樹になってさ、 わさわさ山のように実ったら…どうする?」 「…嫌な想像しますね、悟浄。」 嫌そうな顔でそう言う悟浄に、八戒が頭痛を抑えるような声で応える。 そしてすぐににっこり微笑みながら言う。 「もしそうなったら、僕、実家に帰りますから。」 「実家って…三蔵のトコかい!」 あまりにもあまりな返答に、がっくりと肩を落としながら悟浄が呟く。 そして、その格好のままポケットからごそごそとなにやら取り出し、盛り 土の上にぽんと刺した。 「それ、なんで……。」 なんですかと尋ねようとした八戒は、木切れに書かれた文字を反射的に読 むなり、最後まで言葉を続けることなく絶句した。 その木切れには 『人参果の墓』 とマジックでご丁寧にも書いてあったからだ。 「……ご…じょう……。」 あなたっていう人は…。今度は八戒ががっくりと脱力してしまった。 ニヤニヤと笑いながら、悟浄は銜えていた煙草のフィルターの側を同じく 盛り土に差し込む。線香代わりという事らしい。 「なむ〜。」 とどめとばかりに両手をすり合わせる悟浄に対し、もう八戒には何も言う 気力は残っていなかった。 数日後、どこかの野良犬が掘りだした人参果の腕を銜えたまま長安の街を 徘徊したらしく、すわ猟奇殺人かと大騒ぎになった。 その騒ぎの最中、悟浄も八戒も口を固く閉ざしたままでいた事は言うまで もなかった。 *END* |
電車の中で、うつらうつらしているときに思いついたネタ。 当然意味なんかないし、状況説明もできない。 単に、こんなアヤシイもの彼らには食べられないだろうなぁ と思って、会話がなんとなく浮かんでひとりで笑ったので、 じゃ書いちゃおうかなっと。 そんだけの理由で出来た話です。笑えた?(^^;) |