第1話 魚を捕ろう

ズボンの裾を膝まで折りあげた八戒が、ちゃぷ…という軽い水音と共に川の
中へ入ると、静かに中央付近まで歩いていく。
そして数メートル先の下流で、同じような格好をした悟空に声をかける。
 「悟空、準備はいいですか〜?」
 「うん、いつでもいいよ!」
元気よく手を振りながら返事をする悟空の声に小さく笑うと、今度は逆に数
メートル上流の岩場に立っている悟浄に向かって合図をする。
 「悟浄。お願いします。」
 「んじゃ、いくぜ!」
そう言うなり、悟浄は手にした錫杖の鎖部分を勢いよく水面に叩きつける。
   
バシャン!
   
激しい水音があたりに響き渡ると、八戒はゆっくりと呼吸をする。
そして右手の平を水面に当てた。
 「…はっ!」
短い呼吸音と共に八戒の右手が光ったとたん、ふいに大量の魚がびちびちと
狂ったように水面を飛び跳ね始めた。
 「悟空!」
 「よおおっし!」
八戒が声をかけるまでもなく、悟空は腕をまくり上げ、勇ましいかけ声と
共に水をかき分けるような動作をする。
悟空の手が水面を払うたびに、魚が銀色の鱗で光を弾きながら宙を舞い、
岸辺へと落ちていく。
 「悟空熊バージョン…だな。ありゃ。」
遠目にその光景を見ながら、悟浄は呆れたように呟く。
素晴らしいスピードでみるみるうちに魚が山盛りになっていくのを見て、
八戒が苦笑しながら言う。
 「悟空、それくらいでいいですよ。
  あんまり取りすぎるのもよくないですから。」
 「じゃあ、これで最後!」
そう言いながら、水の中からひときわ大きな魚を抱きかかえるようにして
持ち上げると、悟空が満面の笑顔を浮かべる。
 「うわぁ、大きいですね。」
 「な、うまそうだろ?」
その大きさに八戒が思わずそう感想を漏らすと、悟空が得意げな顔をする。
他の魚と比べても、ゆうに数倍はあるだろう。
 「それ、ここの主だったりしてな。」
 「ありえそうですね。」
岩場を渡りながらやってきた悟浄がそう感想を漏らせば、八戒も頷く。
しかし、その大きさでも悟空の腹を満たしきらないだろう。
そう思えば、何となく笑えてくる。
 「思ったよりうまく行きましたね。」
 「大漁、大漁!」
口許に浮かぶ笑みを誤魔化すようにしてそう言えば、何も知らない悟空が
ガッツポーズをしながら岸へと向かう。
どんなに悟空の運動能力が優れているとはいえ、これほど簡単に手づかみ
できるほど魚はにぶくない。
つまり、悟浄が魚を下流の方へ追い込み、八戒が気を水面に当てて一種の
ショック状態にして、動きの鈍ったところを下流で待ちかまえている悟空が
捕まえる、という作戦だった。
結果として普通に釣りをするよりも、かなり効率のよい方法のようだ。
 「しかしよく思いついたなぁ、こんな方法。」
 「以前何かの本に、書いてあったのを応用したんです。」
半ば呆れ、残り半ばで感心しながら悟浄がそう言えば、岸辺に立つ彼の方へ
向かって八戒が歩きながら答える。
 「見様見まね、てやつか。」
 「まあ、そんなところです。」
どことなく嫌そうな声で呟く悟浄に、悟空とふたりで岸辺に打ち上げられた
魚を集め、ついた泥を洗い落としながら八戒はさらりと言ってのける。
 「…なんかお前って出来ないことないんじゃないのか?」
二人の仕事を手伝いもせず、悟浄は一仕事あとの一服と言わんばかりの態度
で煙草を口にくわえる。
 「ありますよ。空飛ぶ事もできないし、水中で呼吸も出来ませんし。」
 「それも、お前ならなんかどうにか出来そうな気がする。」
 「そうですか?」
 「…試すなよ。」
手を止めて少し考え込む八戒に、悟浄がそう言って釘をさす。
世間一般で普通「できそうにない」とされる事が、八戒の場合あっさりと
できてしまいそうで、そっちの方が余計に怖いと思わずにいられない。
もしそうなったら、間違いなくこいつは「怖いものなし」になると思いつつ
 「あ、今もそうか。」
とひとりしみじみ悟浄は納得してしまった。


*第1話 魚を捕ろう END*


八戒の特技に「ラーニング」という項目はつけるべきだと思う今日この頃。
ちなみに「ラーニング」というのは、某RPGゲームの技の一つで、相手の技
を「一発で見て覚え、使ってしまう」技のこと。
彼の前ではむやみやたらに技を使わないようにしないと、絶対覚えられそう
ですよね。やっぱり無敵だ、八戒って。


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