「キノコと魚だけじゃ、なんかサミシイなぁ。」 「そうです…ねぇ。とはいっても…。」 悟空にそう言われて、困ったように八戒があたりを見渡す。 「肉〜!肉欲しいなぁ、俺。」 「肉ですか…って、さっきから何してるんです?悟浄。」 がさごそと小川の脇の草むらをかき分けていた悟浄が、あったあったと言い ながら身を起こすなり悟空に向かって何かを投げる。 「ほれ、悟空。」 「え?…うわぁ!」 投げ渡されたものを反射的に受け取った悟空は、その物体を見るなり慌てて 投げ出した。 「ウシガエル…ですかこれ?」 「そっ俗に言う食用ガエル。うまいぜ?鳥のササミみたいでさ。」 八戒が地面にはいつくばる物体を見ながらそう言えば、悟浄は無造作にそれを つかむと改めて悟空に渡す。 「こ、これくえんのぉ?」 「うまいって言ったろうが。」 悟空は渡されたウシガエルを興味半分、残り半分こわごわといった顔つきで しみじみと眺める。 さすがの悟空も、うまい食べ物だと言われても素直に喜べないようだ。 「で…その手に持ってるものは…。」 「ハンザキ。」 どこか警戒するような八戒の視線に、悟浄は左手に下げていた物体を目の高さ まで持ち上げ、あっさりと言う。 それは30センチはありそうな大きなトカゲだった。 「ハンザキ?えーっと、確か山椒魚でしたよね。」 「そっ。半分に裂いても生きているくらい生命力が強いらしいぜ。」 頭の中で悟浄の口にした言葉を変換しながら八戒が言えば、悟浄は尻尾を つかんだままぶらぶらと山椒魚を軽く揺らす。 「…あの、まさかそれも…?」 「これがバツグンにうまいんだぜ。」 なんとなく嫌な予感がして八戒がおそるおそるといった口調で尋ねれば、 こともなげに悟浄が答える。 瞬間、八戒の口許が微妙に引きつり、悟空は驚きに目を丸くする。 「これも、食えるのか?」 「ああ。こいつをたき火の中に生きたまま放り込むとな、こう全身から 白い泡みたいなもんがぶくぶくと出るんだぜ。」 「げー、なんか気持ち悪い。」 悟浄の説明に、深く考えることなくすぐさま悟空はそう答える。 が、八戒はといえば、ついその様を鮮明に想像してしまっていた。 燃えさかるたき火の上で、生きたまま放り込まれた山椒魚が、炎の熱で焼かれ ながら全身からジュウジュウと白い泡を吹き出し、断末魔にもがく姿を。 なんとなく熱や臭いまで想像してしまい、すうっと背筋が寒くなるのを感じる が、顔には出さないようにする。 「泡が出なくなったら、川の中で塩を使って擦り洗いをすれば、 皮がきれいに剥げてピンクの肉が出てくるんだぜ。」 「ピンク色かぁ。ハムみたいだな。」 なおも続く悟浄の説明に、悟空はあっけらかんと笑って応える。 が、これもまた想像してしまった八戒の背筋には、ぞわぞわと寒気のような ものがひっきりなしに走っていく。 「で、そのあとどうするんだ?」 興味津々といった顔つきで悟空が尋ねれば、悟浄はどこか楽しそうな顔つきで 詳しく続きを説明する。 「あとは、それを食べやすい大きさに切って、軽くもう一度火にあぶって タタキみたいにして食えばいい。」 「肉のタタキかぁ。」 今にも生つばを飲み込みそうな顔つきで悟空が呟く。 対照的に八戒の笑顔がどんどん固まっていくが、背後に立たれているせいか 説明を続ける悟浄はそんな八戒の変化に気付かない。 「これがな、絶品なんだぜ?ほのかに肉から山椒の香りがするもんで、 山椒魚っていうらしいしな。」 「うわあ、なんか…うまそう。」 「だろ?」 わくわくと言った顔つきで悟空が言えば、得意そうに悟浄が胸を張る。 ──ピンク色の…肉?── 全身ピンク色をした山椒魚を連想して、どうして「うまそう」なのだろうか。 ましてそれを切って食べる? 八戒には理解しがたい世界がそこにはあった。 ついには頭の中で、悟浄と悟空がピンクの山椒魚を丸のまま囓っている姿が コミカルに描かれてしまう。 ついでに、そんな二人の背後で妙に愛らしい姿でダンスするピンクの山椒魚の 集団までもが現れる始末で。 それをどうしても笑えないのは、八戒の思考が今や強制停止状態になっていた からだ。 「ピンク色の両生類…それってウーパールーパーみたいな感じ なんでしょうか。」 「ああ、似てるかもな〜って、どうした?八戒。」 微かに引きつっている八戒の表情にめざとく気付いた悟浄が、訝しげな表情で 尋ねてくる。 が、八戒はそれを誤魔化すように笑うと言う。 「あの、ぼ、僕はそれ…いいです。」 「いいって…うまいんだぜ、マジで。」 「あ、でも僕は魚だけで…。」 十分ですからと言おうとしたが、それは悟浄によって遮られてしまう。 じっと真剣な視線で見つめながら、悟浄がゆっくりと名を呼ぶ。 「八戒。」 「はい?」 「好き嫌いはよくねえよな?」 うっ、と八戒は思わず言葉を飲む。 基本的なマナーというか躾に関わる、しごく真っ当な言葉だけに反論し辛い。 それでもなんとか八戒は逃れようとあがく。 「で、でも…。」 「俺がうまいっていうの、信じられない?」 「そういう訳じゃ…。」 「心配しなくても俺がちゃんと調理してやるから、食えよな。」 世間一般で言う食べ物ではないから好き嫌いのうちに入らない、とか、 とりあえず他の食糧で十分間に合うからわざわざ殺生をしなくても…など、 言い訳する台詞がいくつか頭の中で浮かんでは消えていった。 が、悟浄にそこまで言われてしまえば、八戒に逆らえるはずもなかった。 「……はい…。」 「よろしい。」 子供のような仕草でこくりと頷いた八戒に、悟浄が満足そうな笑みを浮かべる。 「じゃ、そういうことで。」 というなり、悟浄は小川の中に持っていた山椒魚を放り投げた。 「えー?食うんじゃなかったのか?」 「もうちょっとでかくなった方がうまいんだよ。」 なぜか残念そうに言う悟空に、悟浄はポケットから煙草を取り出し口に銜え ながら言う。 「それに秋から冬にかけての方が、脂がのってるしな。」 「そっかぁ。」 悟浄が両手を頭の後ろで組みながら言えば、悟空も納得したのかそれ以上は 追求しない。 「悟浄…あの…。」 「今度、もっとでかいの見つけてやるから期待してな。」 少し戸惑いながら八戒が名前を呼べば、首だけ振り返って悟浄がにやりと 笑いながら言う。 「おう!」 「それまでには、覚悟決めておきます。」 悟空が腕を振り上げながら応じ、くすりと笑って八戒もそう応えた。 *第4話 好き嫌いをなくそう END* |
ハンザキの話は実話。バイト先のおいちゃんが懇切丁寧に説明してくれたけど 想像した私はただ背筋が寒かっただけでした。 にしても「山椒魚って保護動物じゃ…。」と私が尋ねたところおいちゃんは 「あれは動物じゃなくて食い物。」 と言い切ってくれました。いいんか、それで? にしても、こういう悟浄ってカイショウがあるっていうのかしら? |