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「お彼岸結婚」暢永イチロー
 本日は良妻賢母教育で名高い、この大学の、こうしたりっぱな学生さんたちを前にしての講演ということで、私、たいへん緊張しています。実は恥ずかしがりなものですから、講演を依頼され、一度はお断り致しました。ですが、こうした未だ未だ珍しい、幽霊を夫にもつ女というものを世の女性方に知らしめるのも、私のような稀な境遇にあるものにとっての務めではと思い直し、浅学若輩の身ながらもこうして出向いた訳で御座います。
 さて、向こうにあった看板には、
『来たる! 幽霊の奥様……お彼岸結婚を語る』
 などと書かれていましたが、「お彼岸結婚」だなんて、近頃は幽霊との結婚にも随分お洒落な言い方があるんですね。私の若い頃はよく友人に「霊婚」などとからかわれたものですが、こうして今日、お招き頂いたことといい、10年前とは隔世の感があります。
 皆様にあってはすでにご存知の方も多いと思いますが、幽霊とは何ぞやと申せば、それは肉体なしに居られる者ということかと存じます。保健所の方の説明ですと、人は気絶状態になるとその魂が飛び出すそうです。主人の場合は私と出合う随分前に死に、そのときそのまま天と地の中間、つまり中有と申すそうですが、そこに行き着き49日間留まったそうです。でも生前の因業の深さか、そこで過ごすべき期間が過ぎても彼は次の生が得られませんでした。そこで諦めた末、はぐれ霊として地上に降り、何度となく人との生活を重ねた末、私というものを見初め、今に至りました。
 皆様からしたら幽霊と一緒になるだなんて風変わりと映るでしょうね。大体彼の財産にしてもお棺に詰められていた六文銭だけでしたし……。
 私たちはお見合い結婚でした。当時高望みばかりしていた私ですが、これでは婚期を逃すとばかりに老い先短い両親がさっさと決めてしまったのです。
 あの頃のエピソードが思い出されます。
 それは何度目かのデートのときでした。私たちはいいなづけということで胸を張ってホテルに行き、早々にお互い服を脱ぎ合いました。でもそれは私にとって愛情の交歓ばかりを目的とはしませんでした。実は、
『いよいよ幽霊の足を確かめられる』
 そんな好奇心でいっぱいだったのです。
 幽霊に足がないとは話には聞いていましたが果して本当だろうか。これまでのデートではこの人の足の甲はどうなってるの? 脛はあるの? そんなことは思いましたが、聞き出せるわけもなく、靴やズボンの上からポカンと眺めるのがせいぜいでした。
 さて彼が脱ぎ始めました。手がズボンに掛かりました。そしてするする下し、まだ足先まで数10センチ残したところで……。
「あっ……」
 私は声をもらしました。
 なんと彼はベルトの辺りを掴んだ両手をすっと熟れた様子で前に持っていったのです。つまり普通の人ならズボンが足底までいって初めてそれを引き抜くわけですが、彼は奇術師のように中途で難なく足から抜いたのでした。
 私は見惚れました。世に超人や天才と呼ばれる人も間々あるでしょうが、人との違いをこれほど鮮やかに示す者は他にないでしょう。
 足がベールを脱ぎました。それは脛が途中でちょん切れていて、まるで合成写真のようなシャープな断面を持つものでした。見惚れる私のために、そんな姿で彼は浮いたり、立ったり、移動したりをしてくれました。
 その後キスの段となりましたが、その冷やしうどんみたいなニュッとした冷たさといったら!
 彼の舌が私の唇を舐めまわし、そして徐々に歯の間を縫って押し入り、粘膜まで入り込み……這いまわりました。何てぬるぬるして冷たいんでしょう!
 それに幽霊らしい体臭。それはお香の匂いそのもの――お焼香のときに炊く、ちょっと焦げ臭い煙の匂い――でしたが、その香りが私の動物的な本能をヒクヒク刺激するのでした。
 こうした幽霊の珍しい性質など、今にすればアバタもエクボですが、当時の私を蕩かせたことは言うまでもありません。

 こうして結婚したわけですが、新婚時代とはやはり楽しいものです。幽霊の日常を目の当たりにする面白さというものもあるし、世間並みに新婚の楽しさを味わったものでした。
 例えば初めて階段を上るところを見たときの感動。足もないのにどうやるのかと疑問をもって見ていると、すーっと直線的に、まるでスベリ台でも滑るみたいにあれよあれよという間に器用に上ります。その早いこと、早いこと。余りの見事さにしばらく見惚れたものでした。
 また例えば風邪を引くと、彼はワガママになります。こうした精神面の変化の他にも、幽霊特有の症状をあらわすのですが、それについては順に語りたいと思います。
 さて、ワガママな彼はある食べ物をねだります。それはご霊前に添えるような、お椀に箸を突き刺したご飯と、その傍にそえた水の入ったコップでした。病気になると、望郷の思いが募るようでした。私はそのコップをスプーンを使ってちーんと叩いて上げるのですが、すると彼は食欲を取り戻し、嬉々として食べるのでした。そういう彼の姿が当時の私にはとても可愛いらしい、エキゾチックなものと映り、思わず私もそんな食べ方を真似たものでした。
 逆のマイナス面ですが、今ではすっかり馴れたとはいえ、当初はおやっと思うことがいろいろありました。
 例えば確かに見た目に彼は若いし、美形でした。でも生れ育った時代が違うせいか、私からしたら付いていけないところがありました。それは昭和30年代風というのか、外見の若さに似ず、その感覚がとても古いことです。テレビは嫌いだと言いすぐ消してしまい、昔自分が武道館で見たという、力道山とシャープ兄弟の試合を懇々と話してくれたりします。またカラオケへいけば三橋美智也や東海林太郎しか歌いませんし、一流レストランへ行っても尻手ぬぐいのままウエイトレスに「ヘイ、ネーちゃん」って調子なんです。
 またこんなことでも困りました。幽霊というものは意識の集中なくしては成り立たないデリケートな性格のものでして、ちょっとした気の弛みがその存在自体にほつれを生じさせるものなのです。ある日のレストランでのことでした。
 彼は風邪気味でした。食欲がなさそうにパスタをすくうフォークを所在なげに見つめていました。ところで風邪といっても幽霊のひく風邪は肉体をもつ私たちと違い精神的なものでして、多分想像妊娠と同じ理屈と思います。そこで私はかまわず食べていたのですが……。漸く食べ終り顔をあげたときです。
 我が目を疑いました。彼の顎の辺りが溶けているのです。バターのように溶けだしてテーブルに滴を垂らし、白いテーブルクロスの上が黒ずんだ水たまりになっていました。続いて身体の出っ張ったところ、柔らかいところを中心に派手に溶け出しました。目も鼻も耳も溶け、肉の裂けた穴から灰褐色の骸骨が覗いていました。
 そればかりでありません。気がつけば美しかった茶髪は手箒の房に変わっているし、ピアスだった耳の黄金色は青い合成樹脂の洗濯バサミに、そして洋服は新聞紙に摩り替わっていました。
「あ、あなた……」
 絶句する私を見て、自身の変わりように気づいた夫は気張った様子に身体を強ばらせました。するとフィルムを逆戻ししたみたいに元のイデタチにさっと戻るのでした。……
 それから……あと交友関係ですが。
 新婚当時はよく幽霊仲間を家につれてきたものでした。でも皆さん主人と同じに無口で暗い方なので往生させられました。皆一言の会話もなしに遠い目をして何やら経文のようなものを唸ってるのです。でもいつでも私が眉をひそめていたものですから、時期に皆さん遠慮なさるようになりましたが。

 ときに皆様方は疑問に持たれてないでしょうか?
 そうです、子供はどうする気か? です。幽霊に遺伝子の持ち合わせがない以上、子づくりができないのでは? とご案じでないでしょうか。
 でも心配御無用。これについても保健所から説明をうけています。
 一般に、誕生を待つ者は49日の中有を経過した後、あらたな生命を始めるために地上に呼ばれるわけですが、その切っ掛けが必ずしも遺伝子による呼びかけである必要がないのだそうです。事情が許すなら霊の方から直接働きかけることもできるのだそうです。キリスト教の聖母マリアの処女懐胎もその良い例でしょう。
 考えてみればそうですよね、精子、卵子がなければ人は生れないときっちり限定してしまったなら、最初の男女はどこから出てきたの? ってことになりますものね。
 とはいえ、日々の努力あってこそ活かされるチャンスと思います。ですから毎日が大切と私たち夫婦は……。
 え――、これは脱線でした。

 さてこのようにして夢のような日々がすぎたのですが、結婚3年目になって嫌なことが起こりました。それは夫の浮気でした。
 その当時は夫の夜の誘いを拒否することが多くなっていました。
 熱が冷めてきたのでしょう。新婚当初は四六時中、夫と面と向かっていることが気疲れに思うほど意識もしてました。それに私が夢中だったとき、彼のひんやりした幽体は私の火照りを適度に冷やしてくれるものでした。でもその頃には空気のように無関心になっていたのです。心の火が消えると、彼の肌はただ冷たいだけで、私の身体を心底冷え込ませるものになっていました。
 その頃の私の倦怠感はこんな感じでした。
 ある日、夫は昼寝していました。それを見て顔をしかめました。身体がバターみたいに崩れ、目も当てられないことになっていたのです。
 私は力の抜ける思いで見下ろしました。
 しゃれこうべ姿で寝穢く眠る夫、結婚してなければ知る由もなかった、彼の心底くつろぐ姿。これを見ていると、こんなはずじゃなかったと人生に幻滅しますし、ああ、私もいつかこうなるのか、などと世の儚さを感じもするし、また普通の男が亭主だったら良かったのになどと考えることもあったりで、年も取ろうというものです。
 真上に立って夫を覗けば、すでに歯茎は溶けきり、異様に長い歯がフォークの切っ先みたいな二股になって、上下の口蓋に付いていました。それに肺もない空っぽのアバラの底が透けています。頭皮もぱさぱさに干からびたのが垢のように落ち、髪も抜け、床に散っています。こんな姿でも尚、かいていられる鼾が不思議な感じです。
 私は夫に幻滅しているのか、それとも人生そのものにか……。とにかく力が抜ける思いでした。……
 ……………………。
 夫も変わりました。新婚当初の夫は仕事に向うとき、不器用ながらも笑顔を見せてくれたものです。でもその頃になると、余り笑わなくなっていました。やがて気がつくと「いってくるよ」の挨拶もなくなっていました。勿論、私の側も同じように冷たい態度で応じましたが。こうしたことに呼応するように彼はお洒落になりました。オーデコロンを塗ってみたり、服装に凝ってみたり。
 浮気かな? とも思いました。
 何とはなしに、そう思えました。でも所詮、私たちは同じ屋根のうちと言いながらも人間と幽霊の関係じゃないか、越えられない溝があるのじゃないかとも思ってしまい、無関心というのか、ウヤムヤのままだったのです。
 そんなある晩、帰宅した夫がそわそわしていました。
 再三申し上げるように幽霊は意識の集中なくしては身も心もバラバラになるデリケートなものですが、この時の夫は落ちつきがないし、鞄をさげた左手が多少震えるのはよしとして、右手が変形していたのです。
「あなた、その孫の手はなんですか? さあ、私の目を見て答えてください」
 片手が木製の孫の手になっていたのです。それに気づいた夫は益々動揺し、髪が箒のふさに変わり、顔も溶けだしました。
 私は断固として問いただしました。
 しかし驚いたことに夫はあっさり白状しました。
 相手は同じ職場で賄いをする女でした。年は私より上だといいます。
 どうして……と思うのですが、決定的だったのはその女が夫のように幽霊だったことでした。
 私は貧しいながらも一生懸命だった、これまでの日々を思い返しました。喜怒哀楽の数々が思い浮かびました。そして自分でも不思議でしたが、そのとき常に彼を信じていたことに今更のように気づくのでした。
 それなのに……。
 この三年間はなんだったのでしょう。
 夫婦は二世の契りと申しますが、私たちの場合は特別なのでしょうか。こちらからしたら二世であっても、幽霊として人間の女房と何度も死別し、月日をかさね、それでいて少しも若さを失わずにここまで来た、そんな夫です。それは誠に薄い縁であり、ゼロ世の契りとでも言えるかしれません。
『裏切られたんだわ』
 私は目の前が真っ白になり、目につくものを手当たりしだいに投げました。
 夫はとうにガイコツ姿で、土下座する彼にそれが当たると、乾いた音をたてました。でも悔しいことに、彼がまったく平気なのを知っていました。トラックに轢かれても平然としている夫ですから。
 正座して骨に皿や包丁を食い込ませたまま、夫が謝りました。
「済まない。二度としないから。どうか後生だ」
「許すものですか。……騙しただなんて、何ヶ月も、何ヶ月も」
 彼を見下ろしました。幽霊なんて最低! その骨姿が憎くてたまりません。
 彼の同族を思う里心も理解できなくはありません。それに私だって冷めかけていたのだから悪かったとも思います。でも理屈じゃなく、許せないものは許せないのです。
「幽霊なんて最低だわ! ……その、オバちゃん女の家だろうと何だろうと、さっさと行くがいいわ!」
 ――と、そのときです。俄かに風音が高まりました。いつの間に開いたものか、窓のレースのカーテンが激しく揺れています。笛ともトンビとも、はたまた車のブレーキともつかない微かな音が部屋に流れてきました。仄かに、覚えのないお香が嗅がれました。すると、
「オバちゃん女だと!?」
 甲高い声です。カーテンに気を取られていた反対側に目をやると、うっすらほの暗い壁際に足のない女が佇んでいました。恨めしそうな目です。
「オバちゃん女だと!?……そっちこそ、この冷感症女が!」
 お世辞にも美人とはいえない顔の乗った、でっぷりした身体を牡丹か何かの写実的なプリント模様のある、趣味の悪いワンピースに包んでいました。口のききかたから何からして、住む世界の違う女という感じでした。
 こんな女にひっかかったの? あの人が私を差し置いて選んだのがこんなのだったの?
 私は情けなくなり、怒るよりも何よりも涙が溢れました。
 女は夫の周りを飛んだり、その中を通ったりしています。私に見せ付けているのかも知れません。そして嘲るように、
「悔しかったら、あんたも幽霊になったら?……ふん、その根性もない癖に」
 私が死を選んだのは、それは愛や憎しみのためではなく、妻としての誇りというか、妻が妻であるためにはこれしかないと思えたからかもしれません。彼のことは余り眼中になかった気がします。
 私は窓に向かって駈け出しました。早く、早く、と駈けました。何もかも抜かれて堪るものかと。後ろから迫ってくる、肯んじ難い良識にも、命の大切さにも、それに死の恐怖にも負けられないという勢いでした。
 もうすぐ窓でした。カーテンが気持ち良さそうにそよいでいます。後は飛び込むだけ。
 気がつくと何もない宙に仰向けでした。ビルが刻々と背丈を増していました。そこは人も何もない、強い風切り音の他は何もない寂寞とした世界でした。
 地面までは7つの部屋の窓の前を通過するはずです。そのとき誰かと対面するのかしら? そうしたらどんな挨拶が必要かしら? などと付かぬことを思っていましたが、すると背中に、足に、何かが纏いつく感触がありました。枯れ枝のようなぱさぱさした感触。それは見ずとも知れた昼夜寝食を共にしてきた夫のものでした。ガイコツの夫が落ちていく私を庇ってくれているのです。
「あ、あなた……」
「……」
 彼は無言でした。でも一心に何事か、念じている様子です。
 私は彼の指先を見つめました。するとガイコツに肉が生え、血管が巡り、見る見る皮膚を纏っていくところでした。
 少しでも衝撃を和らげようと、彼が考えついたのに違いありません。
 地面が私たちに迫っていました。あと僅かです。
「あ、あなたー……」

 気がつくと、倒れた私の横に無惨な腹ばいを晒す夫がありました。
 頭は割れ、腹は破れ、地面に割れたスイカのような汁を溢れさせ、その中に大量の臓物が白く浮いています。手足はへんな角度に曲がっていました。
「あ、あなた、あなたってば!」
 飛び出した目が薄笑いを浮かべるように見えるのは、血に染まったその白い歯のせいでしょうか。
 彼に覆い被さりました。そして「あなた、あなた」と叫びながら、身体を揺すりました。普段は神経質で血をみると卒倒しかねない私でしたが、このときは服に体液が染みるのも平気でした。腸や脳みそが触れるのも気にしませんでした。滑稽にもこのとき私は彼が「本当に死んだ」と思ったのです。
 ですがやがて動物の擬死のように手足を痙攣させたかと思うと、飛び散った内臓も血もフィルムの逆まわしのように元の位置に収まり、肌もふさがり、元気に立ち上がりました。やっぱり頼もしい人だ、と思いました。
「痛かったでしょ?」
「ああ。でも君を失う痛さに比べたらこんなものは……」
「本当にごめん」
「何を言うんだよ、俺こそだよ……」
 彼の瞳に涙が溢れていました。
「もう死ぬなんて考えないでくれよ。寂しくなっちゃうから」
 私の目にも涙が溢れました。拭いもせず彼を見上げました。そして彼がつづけました。
「俺はさあ、人間のお前に惚れたんだよ。誇りをもって人間している、そんなお前が好きさ」
「あ、あなたったら……」
 彼の首に両手をからませました。
「愛してるよ」
「私も」
 私たちはよよと泣き崩れました。
 今にして思うのでした。どんな困難があろうと、結局私たち夫婦は一つだったことを。例えそれぞれの違った生活習慣、文化を持ちよったことから起こる摩擦が生じようとも、また夫婦間が冷めて言葉に詰まるようになったにしても、互いを思いやる心がある限り、私たちは別れられないのです。
 それが愛と呼べなくても、恋と呼べなくても、です。
 不倫相手の女幽霊も、今や清らかな涙を流していました。手前味噌ながらも、その涙の理由を言わせてもらうなら、私の決意の潔さと、翻意をうながした夫の、自己犠牲も厭わぬ振る舞いを前にし、唯々背筋を正された、ということでしょうか。夫の口調を使うなら、まさに烈婦烈夫、鬼神をして哭かしむるといった心境だったと思います。やがて確信をぐらつかされたように、女幽霊はその影を薄くし、そして夢魔のごとく消え去りました。

 あの事件から7年、スイート10ということで、こうして私はこんな大きなダイヤモンドを身につけ、ここに立たせて頂いてる訳です。この間、私も変わりましたが夫も変わりました。但し、私が変わったのは肌の色艶とかですが、夫が変わったのは夫として、男としてでした。
 主人は当初、幽霊であることの社会的地位の低さが災いし、まともな職にありつけず、転職を繰り返していました。そういう訳で結婚当初、家計は火の車だったのです。ですが人間に流行り廃りはないと申しますが、幽霊もこの点では同じでした。今では夫はどこからも引っ張りダコの有能なビジネスマンです。
 それは不況と暴力団新法のお陰でした。バブル崩壊と共に不良債権の回収ということが国家的命題となった訳ですが、夫の幽霊としての合法的脅し能力が高く買われたのです。つまり何兆という借金を踏み倒そうという債務者の枕元に夜毎繰りだすのですが、これが当たりにあたって……。
 ヤー筋の「殺すぞ! 金返せ!」はいけなくても、幽霊が化けて出る分には法律に触れないそうです。そこでこうして今はハッピーな生活をさせて頂いているという訳です。
 長々とお付き合いいただき、有り難う御座いました。皆様のなかにも幽霊男性とのお付き合いに悩む方、またこれから付合ってみようという方があると存じますが、ご参考になったなら光栄でございます。

(おわり)

 
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