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「廃屋」平塚白鴉(文芸山脈同人)
   蒸し暑い夏の夜。山田の提案で、俺達は心霊スポットに出かけることになった。メンバーは山田とその彼女の幸美。あとひとりは幸美の友達の美知枝だ。心霊スポットに行く、といっても誰も幽霊なんて期待していない。何せ全員が霊感ゼロ。単にそういう雰囲気の場所で、ちょっと刺激を求めていたにすぎない。
 町から車で40分走った山の中。県道から車一台がなんとか入れそうな、舗装されていない道へ入っていく。この先に目的の廃屋がある。この家はもともと、都会の金持ちが夏場避暑を兼ね、趣味の山菜採りをする時に利用するため、所有していたという。その主が、ある日暴漢に襲われ、一緒に連れてきていた娘もろとも惨殺にあったという噂だ。しかも暴漢により金品が盗まれた形跡が無かったことから、個人的に恨みがあるものの犯行だろうと警察は絞り込んで捜査をした。が、結局事件は迷宮入りになったそうだ。これもまぁ噂なので、実際はどうかは分からない。
 そんな噂話を交え、気持ちも十分に昂まったところで、ちょうど例の廃屋の前についた。家は平屋。辺りは一切の手入れがされていないため、雑草が胸の高さまで生い茂っていた。この道を更に進めばまた県道につながるため、道路自体に草は生えていない。車を停め、それぞれ懐中電灯を手にして外に出る。皆で家を眺めると、山田が嫌なことを言い出した。
「生温かい風だな。こういう時って幽霊が出やすいんだぜ」
 美知枝が「ひっ」と小さな声を上げる。別に生温かい風なんて吹いていない。むしろ涼しいくらいだ。山田はわざと皆と驚かそうとして言ったのだ。
「もう、すでにそこにいるかもな」
 俺はその不気味な景観にビビリながらも、あまり雰囲気が沈まないように軽口を叩いた。
「じゃ、そろそろはじめようか。キモダメシ」
 山田はコピーした家の見取り図をそれぞれ配った。この廃屋は結構有名で、インターネットでも調べることができる。親切に家の部屋割りの図面が公開されており、山田はこれをプリントアウトして人数分コピーし用意していたのだ。
「何よ、そのキモダメシって」
 幸美が眉間にしわを寄せて、山田を見る。山田はにやにやしてポケットからピカチューの貯金箱を取り出した。
「ひとりずつ家に入って、一番奥にある部屋のここ、神棚にピカチューを置いてくるんだよ。一人目が置き、二人目が取って戻ってくる。交互に全員で行うわけさ。まぁ定番だね」
 幸美は口では「いやよ、そんなの。恐いでしょ」なんて言っていたが、やる気満々なのが見ていて分かった。美知枝も平気なのか、平然とことの成り行きを見守っている。俺は正直薄気味悪く、できる事なら勘弁して欲しかったが、女の子がびびってないのに弱音は吐けないと思い、飽くまでへらへら平気を装っていた。

 結局キモダメシは決行されることになった。じゃんけんで決めた順番はこうだ。山田、美知枝、俺、幸美。
「そいじゃ、一発目、行ってくっから」
 山田は雑草を掻き分け、家の中へ入っていった。「うひゃ、おっかねー」という声が聞こえてきた。半分眠くなってきた意識を、うるさいくらいの虫の音が現実感を俺に持たせてくれた。
「山田、怖くないのかな」
 美知枝がか細い声で言った。
「あいつ馬鹿だから」
 幸美は笑いながら言う。美知枝はじっと下を向いたまま、無言で待っていた。少し力んでいるのか、肩が上がっている。こんな薄気味悪い家にひとりで入ること考えると、緊張するのも無理は無い。
 5分ほどして山田は帰ってきた。
「いや、おっかなかった。すげーぜ。惨殺の話ってまじだな。まだ血の痕とか残ってやんの。中はここに先に訪れた馬鹿どものせいでかなり荒らされてた。これは当たりだったかも知れないな」
 山田はがはははは、と笑いながら美知枝とバトンタッチした。
「ピカチューの中には1500円貯金してんだから、絶対持って帰って来てくれよ」
 美知枝は俯きながら、消え入るように家に入っていった。
「なんで1500円入れてきたの?」
 幸美の問いに、山田は笑いながらこう答えた。
「帰りに吉野家寄って、皆で飯食おうと思ってね。その資金だよ」
 俺は正直笑えなかった。山田の陽気さを真似て大声で笑えれば良かったが、どうも顔がひきるつ。嫌な予感が胸中に溢れ、気持ちがどうも沈んでいく。さきほど美知枝が家に入っていくとき、どうも不自然な感じがした。どうして、何に違和感を覚えたのか分からないが、俺は必至で気のせいだと思うことにした。思うことにするのだが、実際はそんな気持ちを凌駕する嫌な予感が俺をどこまでも不安に陥れる。
「は、は、は」
 笑ってみた。うまく笑えなかった。
「はやく俺の番、来ないかな」
 精一杯虚勢をはる。正直、もうすぐに帰りたい。このままこの場所にいるのはいけない気がする。

――15分が経った。
「遅いな」
 山田が言う。しかし俺達は、これが遅いという次元で片付けられる話じゃないことを、無言の内に了解していた。自然、こういう台詞が出てくる。
「ちょっとさ、皆で様子見に行ったほうがいいんじゃないかな」
 山田の提案に静かに頷き、賛同した。
 3人で草を掻き分け、家へ入る。玄関のガラスの引き戸は半分壊れていて、玄関口のコンクリートの隙間からは雑草が生えていた。入り口の壁には嫌な落書きがあった。明らかに赤マジックで悪戯書きしたものだった。『たすけて』。こういうスポットは俺達を含め、沢山の馬鹿が訪れる。後から訪れる輩を、ちょっと怖がらせようとして書かれたものだろう。そう、理性的に考えるものの、実際に薄暗がりの中で目にすると、それはそれで不気味なものだ。
 玄関は意外と広く、3人が悠に立っていられるくらいのスペースだ。そこから幅の広い廊下が望める。廊下の右手には2つ部屋へ通じるドアが並んでいる。ひとつは洋間へのドア、開き戸だ。もうひとつは和室へ通じる破れた障子の引き戸。引き戸のひとつは完全に破壊され、懐中電灯の光が和室の入り口へ、丸く侵入していた。和室の真向かいには台所に通じる引き戸が奥にあり、廊下の終わりには、広い居間へ隔たり無く続いている。
「美知枝さん、何処」
 山田が大声で彼女を呼んだ。しかし彼女の返事は無い。そんなに広い家ではない。山田の声で十分家の中一杯に聞こえている筈だ。
「……ちょっと、美知枝本当にまずいことになってるんじゃないの?」
「おい、まじでそんなこと思ってる? 幽霊がいるってお前思ってるの?」
 山田は何も感じないのだろうか。俺の背筋はずっと寒気が走っている。こと家に入ってからは、完全に空気が違っているのを感じている。幽霊が本当にいるのか、霊感ゼロと思っていた俺にはさっぱり分からないが、本能的にやばいということは分かる。
「もしかしたら幽霊じゃないかも知れないわよ。どこかの変体が家に入っていて、美知枝が通ったところを後ろから襲って口封じしているのかも知れないわ。もしそんな奴がいるとすれば、邪魔な私達へも危害を加えようとしてるかもしれないわね。あまり可能性としては考えられないけど、実際に美知枝が帰ってこないし、返事もないんだから、そういう想像もできなくはないんじゃない?」
 山田は少し考えて言った。
「確かにな。あとは彼女が俺達を脅かそうとして、わざとこういう演出をしているかも、……なんて考えられるよな」
 ふいに幸美がその場で蹲った。がくがくと肩を震わせ、両手で耳を塞いでいる。そして小さな声で何やらぼそぼそと、しきりに呟きいている。
「おい、幸美。大丈夫か!」
 山田は彼女を抱きしめ、必至で彼女に呼びかけた。俺の背筋を、また悪寒がびゅんと走った。
「おい、どうしたんだよ幸美。まずいな、美知枝さんも探さないといけないけど、このままほっとくわけにもいかないし。……とりあえず幸美、車まで送ってくからそこで待っててくれ。俺はその後で美知枝さんを探しにくる」
 山田はそう言って、必死に幸美を立たせようとする。足に力が入らないのか、だらりと足を投げ出し、首を横に振って幸美は抗う。
「おい、俺一人にするのか? まじでそれは怖いよ。一緒にいこうよ。頼むよ」
 俺は半分泣き出しそうになって言った。もう虚勢を張るとか、そういう次元じゃなかった。まるでテレビの心霊特集だ。目の前で人が行方不明。次に突然しゃがみ込む女の子。背筋に走る嫌な悪寒。幽霊じゃなくたって、この状況を一人きりにされるなんてまっぴら御免だ。しかし山田は俺を無視し、幸美を力任せに担ぐと外へと行ってしまった。
 俺は一人残されたが、このまま山田について行くのもおかしい気がする。それならば早く美知枝を探し出し、こんなところから去るのが一番の解決だろう。怖い、しかしだからと言ってここで逃げるのは情けないことだ。俺は精一杯の勇気を振り絞り、一人で美知枝を探すことにした。恐怖を振り払うように「美知枝さん!」と大声で呼びながら、俺は廊下に上がりこんだ。

 ぎしぎしと音を発てる廊下を進み、居間の前まで来た。おそるおそる懐中電灯で中を照らすが人の気配は無い。俺はゆっくりと部屋の中へ入る。この居間にある神棚に、山田はピカチューを置いている筈だ。俺は懐中電灯でゆっくりとそれを探した。神棚を照らすと、そこに生首が映った。俺はとっさに目を瞑る。がくがくとひざが震えた。神棚の下までだらりと下がった髪の毛が思い出される。その表情は美知枝の顔に似ているように思われた。違う、違う、と自分に言い聞かせ、ゆっくりと目を開けると、そこにはピカチューがあるだけだった。俺は唾を飲み込んで、おそるおそるピカチューを手に取った。ジャラリ、と中に入っている硬貨が音を発てた。ピカチューがここにあるということは、美知枝はここに来ていないのだろうか? どこか余計な部屋に入り、そこで何かしらがあり、気絶しているのかも知れない。俺は論理性の欠けた理性を必至に奮い起こし、恐怖に耐えた。もうすぐにでも駆け出して車に戻りたい気持ち堪え、俺は他の部屋も調べる事にした。
 ぴちゃり、ぴちゃり。廊下に出ようとすると音がした。居間の隣の部屋から聞こえてくるようだ。俺は山田が持っていた地図の内容を頭に浮かべ、そこがトイレであることを思い出した。その奥は風呂場だ。あまり大きな家でないのが幸いし、見取り図はすっかり覚えていたようだ。この廃屋にまだ水道が通っているなんて考えられないが、トイレか風呂場に美知枝がいるかも知れない。俺は居間を出、台所の引き戸を開けた。台所からは、風呂とトイレに繋がっている。台所は広く、床には食器類が割られ、散乱していた。真ん中にある大きなテーブルの上には、見覚えのあるバッグが置いてあった。美知枝が肩に掛けていたやつだ。中に入る時に、彼女がバッグを持ってきてたのかどうかは覚えていないが、万一彼女の物なら持っていかないといけないだろう。俺はおそるおそるテーブルに近づき、バッグを手に取ろうとした。すると冷たい液体が、びちゃりと頭に掛かった。俺は手でそれに触れ、手のひらを懐中電灯で照らしてみた。赤い液体だった。瞬間、ふと上を向きそこにあるものを照らしてみた。そこにあったのは紐で硬く結び、ぶら下げられた女性の腕だった。ぴちゃり、もう1滴血が垂れた。
「うわぁぁぁぁあ」
 俺は叫び、バッグを握りしめた。そのまま駆け出そうとしたが、視界の隅に妙なものが映った。さきほど腕に見えたのは雑巾だった。雑巾をびちょびちょに濡らし、天井から紐で吊るしていたのだ。少しだけ、俺は冷静になった。もしかしたら美知枝さんは俺をからかっているのかも知れない。怖い怖いと想像しているから、ピカチューが顔に見えたり、雑巾が腕に見えたのかも知れない。そう思うと少し気が楽になった。
「分かったよ、もういいよ美知枝さん。そろそろ終わりにしてさ、帰りましょうよ」
 俺は気持ちが大胆になり、そのまま風呂場のドアを開け、中を調べた。いない。隣のトイレも調べる。いない。俺はそのまま和室に行ってみた。和室も見渡すが、人の気配はない。となると、あと残っている部屋は洋間だけだ。俺が洋間の開き戸に手を掛けた時、ふいにある考えが頭をよぎった。
――もし、ここにいなければ、一体美知枝は何処にいるのだ?
 俺の心臓はまた恐怖に支配された。ここまで調べ、中途半端のまま車には戻れない。とりあえずこの最後の部屋を調べれば、一段落する。いないならいないで、今度は山田と交代して調べてもらおう。いればそれに越したことはない。
 俺は手に力を込めてドアを開いた。懐中電灯で部屋を照らすが、他の部屋同様、荒らされたあとが目につくだけだ。じわりと胸の中を虫が這い上がる感触を覚えた。じゃ、一体美知枝は何処に行ったんだ? 俺はすぐに家を出ようと、振り返る。すると目の前には右腕と頭の無い、首から下が血塗れの女性が立っていた。
『さびしい』
 冷たい、心が縛られるような声が、耳元で囁かれた。

 俺は目を瞑り、ありったけの声を張り上げて叫んだ。そして開け放してあった玄関めがけ、全力で走った。足に力が入らないが、必死でなんとか車に辿り着く。途中、腕が雑草のエッジで切れたのか、鋭い痛みが走った。
 車の中では山田が運転席にいて、助手席には俯いた幸美の姿があった。後部座席には、美知枝が青い顔をして座っていた。俺は急いで車に乗り込み、不気味に思いながら美知枝の顔を見た。彼女は陰鬱な表情で俯いたまま、俺を無視した。俺は無言のまま、バッグを彼女の横に置いた。
 車は発進した。皆それぞれ、お互いに気になることがいろいろあったが、誰も何も言い出せなかった。誰かが何か言葉を発することで、現実にはありえない超自然的なことに、俺達は囚われてしまうかも知れない。そんな恐怖心が、俺達の胸中にあったのだろう。誰も何も言わず、車はただひたすら町へ向けて走り続けた。

      *

 山田と幸美は部屋でのんびり寛いでいた。山田は雑誌の恐怖特集を見ていた。先日きもだめしをするため、友人達と行った廃屋がある。その廃屋の記事が雑誌に紹介されているのを発見し、山田は面白半分で読んでいた。そこにはその廃屋にまつわる噂と、そこで恐怖体験をした若者達の体験談が掲載されている。山田ははじめニヤニヤしながら読んでいたが、その顔から笑顔がさーっと消えていった。それに勘づいた幸美は「どうしたの?」と声をかけた。
「実はさ、ここに前皆でいった廃屋の話が出てるんだけどさ。どうやら俺達のことらしいんだ」
 山田はそれを幸美に渡した。幸美はそれに目を通し、ぱたりと雑誌の頁を閉じた。
「どうやら、私達のことみたいね」
 今年の夏、蒸し暑い夜に、山田と幸美と美知枝はきもだめしをしようと、近所で有名な心霊スポット、廃屋へ赴いた。そこで一人ずつ家に入り、ピカチューの貯金箱を置いて、次の人は持って戻ってくるというルールを定め、まず山田が家に入った。次に美知枝が家に入るが、時間が経っても出てこず、心配して山田と幸美は廃屋の中へ探しに行った。しかし幸美は廃屋に入るなり悪寒に襲われ、仕方なく山田は幸美を連れて車に戻る。すると、車の中では美知枝が後部座席に座り待っていた。山田はどうして美知枝がそこにいるのか訊くことが出来ず、3人とも無言のまま、車を走らせ町へ帰った。
 その後、幸美は美知枝に、あの時どうしたのか聞いたことが一度だけある。美知枝は「戻ってきたけど皆いなかった。怖いから車に乗って待っていた」とだけ言った。それからは特に変わりなく、平凡な毎日が続いていた。
 ……平凡な毎日が続いていた筈だった。しかし山田はこの雑誌の記事を読み、恐怖に囚われた。考えれば考えるほど体が震えてくる。幸美もそれは同様だった。もしも一人でこれを見つけたのなら、山田や幸美の精神は平常に保てたかどうかは定かではない。山田は幸美に、声を絞り出すようにこう言った。
「この記事の主観で語っているこの男、これは一体誰なんだよ」

       了
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