瞳女王様に歴史あり。自叙伝。
***自叙伝/INDEX******************
■第一章:瞳のアマチュア時代
■第二章:女王様修業中(M女と女王様の両方をこなしていた頃)
■第三章:姓名授受
■第四章:方向性の決定〜個性、そして正統派との分岐点
■第五章:幼少時代〜子供心に焼き付いている出来事
■第六章:幼少時代〜子供心に焼き付いている出来事:2
■第七章:新大久保というところ
■第八章:私にとって女装とは?人形愛と女装について
■第九章:下着女装
■第十章:癒し(NEW!)
********************************
当時おつき合いをしていた男性は、今考えるとM男性だった。仮に彼をAとしておこう。Aは、自分のことをSとMとに分けるとすれば自分はSだと言っていた。でも、私の中の覚醒されていないSの資質を無意識にくすぐる彼は正真正銘のM男性だった。朝であろうが、昼間だろうが夜中だろうが、私は彼とのデート中に、強制的に性器を露出させるように命じた。「や、やめてください」彼が嫌がれば嫌がる程に、例えそこが公園だろうが、エレベーターの中であろうが、どこであろうが命令をした。 ある日曜日の朝。飯田橋のオフィス街。ビルとビルの谷間で、ちょこんと腰掛け大きく何度も足を組み換えながらいたずらに視線をもてあそんでは、時々、ヒールで踏み付けた。そう、Aは足フェチだった。とにかく足が好きなのだ。太陽の下で無理矢理性器を露出させ足で踏み付けた。すると、彼は嬉しい涙を沢山あふれさせた。昼間、公園の木陰で背後を気にしながらスリルに溺れてひとりHさせたこともあった。通販で買ったリモコンバイブをつけて、食事中や電車の中でスイッチを入れたり切ったりしてヒヤヒヤした顔色の悪い彼を横目で見て楽しんだ。 私達、おつき合いはしていたけれど、いつの頃からかこんなことをし始めて、こんなことばかりしていたから当然Hも一切させなかった。しかも奉仕すら自由にはさせなかった。気が付いたらS女とM男の関係になっていた。
▲自叙伝INDEXに戻る
第一章:瞳のアマチュア時代
22〜23歳の頃、野外プレイにはまっていた。なんだかとっても興奮して、いろんな所でプレイをしていた。今では、安全第一、周囲の視線を気にして、通報されないようにと自分自信ある程度の枠をもうけてプレイをしているが、当時の私は違っていた。今の私は自分自身にいろんな規制をかけてしまうから屋外調教は好ましくない。多分きっと、当時の私の方がこのジャンルには、何も考えていない分たけていただろう。
今まで、S&Mプレイや、アマチュア時代のライトなSMプレイで女王様は何度かこなした事はある。でも、本格的にMプレイをするのは、この日が初めてだった。とっても体が緊張していた。私は、本当に出来るのだろうか?自信なんてこれっぽっちもなかった。当時の私にはそんな余裕すらなかった。なぜなら、SMプレーに喜びや楽しみを100パーセント理解できる程には、まだまだ自分自身成長していなかったからだ。 生まれて初めてのプロとしてのMプレイ。相手のM男性は30代前半〜40代の色白で小太りの小柄な男性だった。そして女装が趣味だという。店長は言った。「女性として扱えば大丈夫だから。」「可愛がってあげればいいから。」今でこそ私には女装者の気持ちなら痛い程理解できるが、まだその頃は理解できなかった。今となっては女装プレイは3度のご飯よりも大好きだ。だけど当時の私は、まだ未熟だったゆえに、右も左も分からないまま調教を進めた。今考えると、あの日の彼には申し訳なく思っている。そう、あの日の調教シーンは、ごっそり頭の中から不思議と抜け落ちている。とにかく夢中だったから、よく覚えていない。覚えているのは、鏡の前でうっとりしながら乳首を責めたてられている彼の姿。プレイの前後の会話。何故だか肝心な部分があまり思い出せない。でもなんだかとってもドキドキしたけれど、楽しかったような記憶がうっすら残っている。 彼とは握手して別れた。彼が手を差しのべてくれたからだ。なんて初々しい女王様だろうと思ったに違いない。そして彼は女装について語ってくれた。とっても楽しそうに語ってくれた。そんな彼の話が私もとても楽しかったし、この日を境になんだか女装プレイに興味が湧いてきた。Mプレイという響きでさえ十分に変態な意味を含んでいるのに、女装が加わることによって究極の変態プレイになると思った。 私には全てがカルチャーショックだった。そして、こんなジャンルがあることもこの日初めて知ったのだった。あれからもう3年が経とうとしている。今の私なら、きっと彼をもっともっとみだらに調教できるに違いない。そして、もっともっと沢山、彼の性癖について話を聞きながら理解して、より充実した時間を彼に与えてあげられるに違いない。あの日を振り返ると随分成長したものだなぁと自分でも驚いてしまうのだ。
▲自叙伝INDEXに戻る
第二章:女王様修業中(M女と女王様を両方こなしていた頃)
1996年の冬の出来事。忘れもしないあの日、今思うと今日の私のルーツに繋がる因果な出来事だった。それは、まるでなにかの伏線のように感じられる出来事なのだ。Mプレイ。本当にプロとして女王様として、奴隷の前に立つのは初めてだった。
9.1.この日運命的な出会いをする。 そして、何度か連絡をとりつづけ、ようやく1998.9.8.に、命名を受けた。 私の名前は、華岡 瞳。 いろんな想いが込められている。
▲自叙伝INDEXに戻る
第三章:姓名授受
華岡 瞳・・・・・私には、もともと名字がなかった。
名字がついたのは、1998.9.8.。
初めての取材もこの日行われた。
ひょんなことで知り合った街角の占い師。彼女に命名を依頼したところ、なんと日本で大変権威のあるHという(仮名)神社などに暦を納めたりしている先生のお弟子さんだった。彼女は真剣に考えてから、H先生に相談してきちんとつけてあげると言ってくれた。
頑張れば自然に周りの力で浮上して、成功するというありがたい名前を頂いた。
私の中にこだわりがあり、優雅の流れをついだ名前になった。(雑誌にでている人は名字があり、必ず名前の中に華、、翔、花に関する語を含まなくてはいけないというもの)
その名に恥じない女王様として、日々努力し、歩き始める。
初心を忘れることなく、過去の実績を大切にして、再び甦るために。
もともとSMビデオは、研修のときに見た、大昔のもの1本だけ。恵子女王様という方が一度に2人の奴隷を調教しているという内容のものだった。恵子女王様が魔法使いみたいな独特の口調で話すのが、やけに印象に残っている。私にはとてもではないけれど、似合いそうにはなく、まねのできない口調だった。 「渚さん、私もこういうふうにしゃべったほうがよいですか? すると渚さんはこう答えてくださった。 「ビデオとか見ないで自分でやったほうがいいと思うわよ。 のちにこの言葉は私に大きな影響を与えてくれた。 その事実に今ごろになって気づき、驚いている。 確かに紋切り型の女王様は多い。みんなおんなじ口調で、おんなじテンポで、おんなじセリフ、正統派路線なのかもしれないが、個性に乏しい。もしも、あの時、渚さんが逆のことを私にアドバイスしていたら、今の私は存在していない。きっと自分の魂が入っていない、いわゆる台詞のような言葉をみんなに浴びせていたかもしれない。 あれから2年以上経っている。いまだにふと、自分の個性に悩んでしまうこともたまにはあるけれど、飛翔 渚さんが私に与えてくれた言葉のひとつひとつが今の私の女王様としてのカラーを導きだしてくれた。その事実は間違いないと断言できる。彼女の言葉のすべてが宝物だったと改めて気がついた。いつも壁にぶち当たると、いろんなことを教えていただいた。私にとって渚さんは、今でも尊敬してやまない唯一の女王様だと思う。これからもきっと、今までの言葉のひとつひとつが私にいろんなことを教えてくれるだろう。それはきっと心のどこかで無意識のうちに働きかけてくれるのだと思った。 これからも、自分の言葉を大切にしていきたい。たとえ、それは間違っていると思われたとしても、それが私、華岡 瞳なのだから。
▲自叙伝INDEXに戻る
第四章:方向性の決定〜個性、そして正統派との分岐点
本格的に女王様としてのスタートをきった、1997年4月。この日は私にとって、自分の方向性を見極めるための大きな意味を含んでいた。それに気づいたのは、ごく最近のことである。
女王様はみんなこんなふうにお話するのですか?
口調がむずかしそうで私には無理かもしれません。」
自分で考えて、感じたことを自分のことばで話せばいいのよ。
そのほうがいいと思うわよ。」
「はい。」
ただ誤解してはいけないのは、正統派でも本当に自分の個性になっている女王様も当然いるわけなので、そういう人を批判はしていないし、してはいけない。むしろオリジナルキャラクターの私としては、自分にない個性としてうらやましく思うときもある。
〜捕らえられたお侍さんが、後ろ手に縛られている。町中、引き回されているのだ。〜 〜取り調べをされている男が、縛りあげられて、竹刀のようなもので、何度も打ちのめされている。〜 〜口を割らせるために、何度も何度も、水責めをされている男がいる。〜 〜百叩きの刑で、ばしばしと背中を傷だらけにして打たれて、ゆがんだ苦痛の表情。〜 いろんなものが、鮮明に脳裏をかすめた。そう、どうやら、潜在意識の中に、擦り込まれていたらしい。SMプレイはその人の感性が大きな影響を与えるが、私は子供の頃から、少しずつ、このセンスに当たる部分を、育んでいたようだ。時代劇だけではなく、特撮ヒーローものも影響を与えた。よく、30代のM男性達が、仮面ライダーの改造シーンを見て、身体にビビッと電流が走ったという話を教えてくれることがある。私もそのシーンが大好きなのだが、その中で、もっと好きなのは、仲間が捕まって十字架に張り付けられて、身動きできなくてじたばたしているシーンだ。 見ていると、ぞくぞくしてくる。 断片的に思い出しても、やはり、子供の頃から、そういう気質が作られていき、今の私の基盤のひとつとなっているようだ。再放送で見た、キャンディ.キャンディ。イライザといういじわるな少女がいて、主人公をいじめるシーンも、口調がたまらなかった。シンデレラの姉達のいじわるも、ぞくぞくする要素が含まれている。 こうして考えてみると、女王様になるための全てが、自然と身についたようだ。なんだかとても、不思議に感じた。子供の頃の出来事がこんなに関係があるとは驚いた。
▲自叙伝INDEXに戻る
第五章:幼少時代から子供心に焼き付いている出来事
夕方になると、テレビのチャンネルは、いつも時代劇の再放送と決まっていた。祖父と祖母の影響で、いつも一緒になってそれらを見ていた。もちろん、見る時間は、夕方とは限らない。今と違って、あの頃は、夜8時位になると、やたら時代劇が多かったような記憶があり、それら全てをだいたい見ていた。水戸黄門、大江戸捜査網、大岡越前、伝七捕物帳、などなど、挙げるときりがない位、いろんなものを、沢山見ていた。ところが、ある時から、ぞくっと背中に何かが走るみたいな、妖しい感じを覚えるようになった。
興奮してしまう。
女王様になってから、初めてそのことを自覚して、素直に自分自身で、受け止めることができるようになった。赤い色が似合うこと。それは、子供の頃からよく言われていたこと。あんなに、嫌いな色だったのに、いつの間にか好きな色の一つになっている。そして、今では、私のイメージカラーになっている。なんだか、不思議な気がした。 こうなることが、昔から決まっていたのしれない。
▲自叙伝INDEXに戻る
第六章:幼少時代から子供心に焼き付いている出来事:2
子供の頃、赤色が大嫌いだった。
母から、おまえは赤が似合うのよとよく言われていたけれど、今考えるとさすが母、娘に一番よく似合う色をよく分かっていた。いろんな方から、瞳様は赤がとてもお似合いですと、よく言われることが多い。
うまく言えないけれど、おおげさかもしれないけれど、それを運命と考えると、不思議な気がした。私は、赤いコスチュームが似合う女王様。これからも、きっと赤いコスチュームに愛着を感じ続けるだろう。
中でも、駅前付近での目撃は多くて、大きい鞄を肩に担いでお店に帰る姿や、ampmでお買い物をしている姿、ファミリーレストランのビルディ、デニーズで食事をとっている姿、そして、新大久保の駅前で、お客様を見送る姿などが多かった。 みんな、気付いていても、そっと見守ってくれていたんだね。なんだか、暖かい気持ちが心に染みてきた。 ...外国人売春婦が立ち並んでいたり、いろんな人種が集まっていたりする。なんだか、初めて来た人は、この町を恐がるけれど、昔に比べると、大型ディスカウントショップが出来たということもあり、家族連れの多い町に変わりつつある町だ。無国籍地帯のような、ある種、独特な町だけれど、どこか、懐かしくて、特別な場所に思ってしまう。この町で華岡 瞳は、女王様として育ってきたのだ。 ...この町の人達からのメールを読むたびに、心が切なく揺れてしまい、涙がこぼれそうになってしまう。 嬉しい出来事も、悲しい出来事も、全て。 これからも、初心を忘れることなく、常に正面を見つめて、毎日が勉強、そんな新鮮な気持ちで頑張り続けよう。改めて、そんな思いを、しっかりと心に刻みつけた。新大久保は、私にとって、故郷のようなところ ....母胎の中の羊水のようなところ... ...シモンさんの作品を間近で見るのは、これが初めて。 今にも動き出しそうだった。ところで、私は、よく、女装プレイの時に、瞳さんにとって、究極の女装はどんなことですか?ということを聞かれることが多い。そんな時、私は、綺麗にお化粧をして、綺麗なドレスを着せて、大きくて綺麗な人形ケースに入れて、お部屋に飾って、じっと動かさないで、人形として、ひたすら鑑賞するというのが究極の楽しみ方だと、いつかやってみたいものだと答えていた。 ...この展覧会は、まさにその理想にとても近くて、おおーっとため息がこぼれそうだった。 すごく興奮した。 ...シモンさんの女装写真も多く展示されていた。 ...中学生の頃に見た時から、ずっと憧れていたシモンさんの人形が、今の私に、多かれ少なかれ、確実に影響を与えていたのかもしれない。うまく言えないけれど、今、こうして女装プレイが好きなのは、急に、大人になってから好きになったわけではなくて、潜在的に刷り込まれていた部分が覚醒したからかもしれない。もっと奥深い理由も、潜在意識の中にあるのかもしれないけれど、無意識の影響力に気づいたことにより、ますます女装にはまりそう、そう思った。
▲自叙伝INDEXに戻る
第七章:新大久保というところ
フリーになってから、私宛のみんなからのメールに、新大久保に関係のある方からのものが、目立つようになってきた。
新大久保に勤務している会社員の方、新大久保の学生さん、新大久保の住民の方などなど。内容は、どれも皆、なぜか似ていて、今までに、瞳さんを見かけたことがあります、でも、もうここにはいないのかと思うと、寂しい気がします、最後に見た瞳さんは、とても疲れた背中をしていて、なんだかとても気になっていました、フリーになっても頑張ってくださいというものだった。
...新大久保は、私にとって、いわゆる故郷みたいなところになるのだと思う。
...私のSM人生の半分以上は、この町で過ごしてきた。
新大久保は、決して環境のよい場所ではないのかもしれないが、私にとっては、様々な思い出のいっぱい詰まった大事な宝箱みたいなところで、良い意味でも、悪い意味でも、本当にいろんな思いが、ぎっしりと詰まった、大切な場所なのだ。
...この町が好き。
...この町がいつも私を見守ってくれていた。
...メールを送ってくださった、新大久保の町の人達の、暖かい眼差し。今、この町を離れ、ひしひしと感じている。町の人達からの励ましの手紙は、今の私をもっともっと、強くしてくれるはず。
今、頭の中を、いろんな思い出が、ものすごい速さで、頭の中をすり抜けていった。
走馬灯のように。
頭の中を...。
風切るように、ものすごい速さで、思い出の全てがすり抜けていった...。
▲自叙伝INDEXに戻る
第八章:私にとって女装とは?人形愛と女装について
2000年9月23日(水)。
四谷シモンさんの人形展に行った。彼の人形を初めて知ったのは、中学生の時だったと思う。シモンさんの人形は、とても美しく、独特のエロティシズムを漂わせていて、とても憧れていた。いつか、本物を見てみたいと、ずっと思っていた。
...彼の人形はとてもリアルで、まるで生きているみたいだった。
...今にも動き出しそうな少女の人形が、一体、一体、綺麗なショーケースに飾られていた。
これよ、これ!この感じ!
そう思った。
それを見たとき、頭の中で、何かが一本に繋がった気がした。
新たな発見をした気がした。
頭では理解できたつもりでも、どこか、深層心理のもっと深いところまでを理解できなくて、自分としては、この手の調教を楽しいと思った事が、正直言って、今まで一度もなかったのであった。これと、似たようなケースで、例えば、男の子なのに、むりやり女装させられるという内容の調教、男性として扱われたいけれど、セーラー服だけはどうしても着ていたいといった内容の調教。 どれもこれも、私にとっては、趣味趣向に合わず、ただ理解出来ないままに調教をし、自分としては100点満点をあげる事が出来ない内容なのに、M男性は満足しているといった、自分自身が、消化不良の調教の日々の連続だった。とは言っても、下着女装者に当たる確立が、今までほとんどなかった(私の周りの女装者の方々は、いわゆる完全女装者が9割を占めているので。)ので、研究する機会、前向きに考えながら、より一層、理解を深めるといった機会が、今まで非常に少なかったからかもしれない。免疫ではないが、下着女装者への経験の少なさゆえの悩みであり、それゆえに、女装というものは奥が深いものだなと、毎回、思い知らされるのだった。 ある日の事、私の元へ、卓生は訪れた。 下着を選んでいると、卓生は、ポツリポツリと、己の性癖について、語り始めた。下着をドキドキしながら買いに出かけた事、いろいろ当たっているうちに、女性用の下着を堂々と買うことが出来る場所を見つけたこと、真夏の暑い日に、ワイシャツの下にはいつも、ブラジャーを身に着けていたということ、周囲にばれやしないかとひやひやしながら、それでもブラジャーを着けることを止められなかったこと、ブラジャーを装着中、少しずつ胸にお肉が集まり始めて、AカップからBカップになってしまったこと、それが妙に恥ずかしいような、嬉しいような、不思議な感じがして、自意識の中で、他人の視線が自分の胸元ばかりみているような気がしてしまうということ、人前で、上半身裸になるということへの抵抗感、通気性が悪くて蒸れて痒くなる陰部、それでもやめられない、女性用綿パンティなどなど。 最初はポツリポツリと始まった、卓生の会話が、いつのまにか、止まらない機関銃のように…。 …ニュースでいろんな事件(女装関係)を見るたびに、その時の心理状態を分析してしまう、変な癖もついてしまった。まだまだ勉強しなくてはならない課題もいっぱいあるのかもしれないが、女装という事を、理解してしまった以上、どうしても、分析してしまう。おかしいかもしれないが、女装ということに関係した生活をしているせいか、他人事にはとても考えられなくなってしまうのだ。 女装して学校に通う男の子の事も、つい先日、TVで見た。その子と、自分の周りの女装者がオーバーラップする部分を見つけて、うん、うん、分かる、分かると思ってしまうのも、女装SM愛好家としての、私の性なのかもしれない。(注意 私は女性だが。)これからも、もっともっといろんな経験を重ねていって、自分自身も、一緒に、楽しくプレイをしていく事が出来る自信が湧いてきた。 もっと、楽しくなるぞ!!
▲自叙伝INDEXに戻る
第九章:下着女装
卓生(仮名)がやって来た。
彼は、いわゆる下着女装が好きなM男性である。
実を言うと、私は、つい最近まで、どうも下着女装者は、あまり好きになる事が出来なかった。なぜなら、その心理状態を、どうしても理解する事が出来なかったからだ。女性用の下着を身につけることを好み、男性としていじめられることが好きということ。
大量に、女性用下着を持参して…、瞳さんに、自分の着る下着を選んで欲しいと言う。透け透けのTバックや、ひもパンティ、股割れパンティなどなど。よくもまあ、こんなに集めたなと思うくらいに、その種類も色も、豊富であった。
「ええ、ええ。なるほどね。そうなの。」
…初めはあまり興味の湧かない会話だった。
なのに、気がついた時に、私は、いつしか、その会話内容に、非常に深い興味を覚え、もっと聞いてみたいと思うようになった。そして、調教…。
まずは、身体検査から始まった。
ワイシャツの上から、ブラジャーの紐をなぞった。
「なによ、これ!」
「は、いえ、その」
「これは何なの?」
「いえ、あの、その…。」
「言えないのね?そう。じゃあ、これから、身体検査を始めるわ。とりあえず、ネクタイを外して、上半身、裸になりなさい。」
「承知しました。」
「何をぐずぐずしているの?早くワイシャツのボタンを外しなさい。」
「あ、はい。」
「中にもシャツを着ているのね。シャツも脱ぎなさい。」
「あ、でも。恥ずかしいので。」
「何を言っているの?これから身体検査を始めるのよ。早く脱ぎなさい。」
「あ、はい。」
男の身体に、ピンクの可愛らしいブラジャーが…。
「何よ。これ。」
「ブ、ブラです。」
「見れば分かるわよ。そんなこと。どうして、貴方、男のくせに、こんなもの身に
着けてるの?」
「あ、いえ、その。えーっと。」
…スコーン!!
あ!分かった!!
…女王様をしていると、必ずある時期に突然、スコーンと頭の中が貫けて、今まで理解できなかった事が、ある突然、驚くほどに、理解出来る時がある。まさに、その瞬間だった。雷にでも打たれたように…閃いた。その瞬間、私の言葉は全て、魂を含み、言霊のように、深く、重く、そして、感情の篭った、言葉になった。
そうか。
そうなのだ。
完全女装とは、確かに形態は違うけれど、確かに接点があり、女性の身に着けるものを、身に着けることへの喜びは変わらない。そうか、そういうことなのだ。その瞬間、私の女装への理解は完璧を増した。
そう感じた。
どんなケースでも、簡単に人の心を癒せたら、それこそ、魔法使いだと思う。中には、重症の方もいて、この場合、一気に直そうとは考えないで、長期に渡る治療期間が必要になってくる。勃起障害の原因が、複雑であればあるほど、心の傷を癒すのは、大変な事なのだ。 今日も一人、そんな男性が私の元を訪れた。 私は、彼に伝えた。 こんなこと誰にも話せない、心の中に閉じ込めていればいるほど、その傷は、更に深みを増して、自分の存在感について、世の中の全ての出来事さえも空虚に感じてしまうことがある。私は本日最後の調教だったという事もあり、時間の許す限り、彼に付き添って、会話をした。彼は、今までの理不尽な出来事を、ぽつりぽつりと、私に打ち明けてくれた。 ! 今の彼には、優しい思いやりが必要だ。時間をかけて、治していきたい。残念ながら、原因が複雑すぎて、初回で、勃起は出来たものの、射精までは、ケア出来なかった。(途中でカウンセリングに変更したため。)そして、朝が来る前に、私は、ホテルを後にした。帰りが遅いので心配していた佐藤さん(WILLのスタッフ)は、寝ないでずっと、私の帰りを待っていた。 瞳さんに、もしものことがあったらと、彼は非常に心配していた。 佐藤さんは、何度も、おおー、といった感じで、ため息を漏らした。 私にどれほどの事が出来るかは、分からないけれど、会えてよかったと思ってもらえるような時間を過ごせたらいいなと思う。みんなの心を癒してあげたい、そして、みんなが幸せな気持ちになってくれたなら、私は、私の存在の意味があると思う。 女王様というお仕事は、そういう意味で、少しは、社会貢献を出来ているのかもしれないと思う。女王様というお仕事は、とても奥が深いものだなと、ますますやりがいを感じた。複雑な世の中だから、癒しを求めている人達は、まだまだ大勢いるだろう。これからも、みんなの私でありたいと思う。
▲自叙伝INDEXに戻る
第十章:癒し
最近、私の元へ、勃起障害で悩んでいる方が、大勢訪れる。
SMをひとつのきっかけに、男性機能を回復させたいという理由で、私の元へ訪れるのだが、ほとんどの場合、多くのストレスを抱え、蓄積疲労や、様々なプレッシャーが、その根底にある場合が多い。しかし、これらの場合は、その原因が、明確なため、意外と、カウンセリングの上、SMプレイを経験すると、その日の内に、身体の機能を取り戻せたりする。そして、回復後の嬉しそうな顔を見ている私も、自分の事のように嬉しくなってしまうのだ。
初めて会った瞬間に、なにか、重いものを感じた。調教をしていくうちに、彼は、多分、何か苦しんでいると悟った。トランス状態の中で、巧みに、彼の心の紐を解いていった。女装愛好家である彼は、ひょっとして自分は、性同一障害かもしれないと言う。身体がもう長い間、感じるということを忘れてしまった、感覚がないのだという。
今の、貴方に必要なものは、SMプレイではなく、心のケアだよと。貴方の場合は、性同一障害のそれとは、違うと思うよと。少しずつ、重い口を開き始めた彼に、私は悟った。性的暴力の被害者だという事を。私は、彼をベッドに寝かせた。布団を身体にかけながら、彼の手を指の腹で触った。私の予感は的中していた。残念だが、世の中には、成人漫画の世界に出てきそうな、酷い出来事が実際にあるのだ。
彼が、私の手を握った。
そして、にっこりと微笑んだ。
私もその手をじんわりと握り返した。
「やっと手が握れたね。さっきまで、こわばっていたから。もう安心だね。少し、
落ち着いたみたいでよかった。」
私たちは、見つめあった。
実は、こんなことがあったのでと、簡単に概要だけ話して、心配しなくて大丈夫だよと、彼に告げた。 「わー、優しいー。俺もあんまり、人に優しくされた事ないから、そういう話聞くと、ホロッときちゃいますね。いい人だー。瞳さんは、やっぱり。そんな時、布団をかけてもらったら、俺だって感激しますよ。嬉しかったと思うな。その人。」