ホイチョイ、バブル残党の行方



 ホイチョイ・プロダクションズひさびさのヒット作となった『東京いい店やれる店』(小学館)が、あちこちからクレームをつけられていると雑誌などで報じられている。そりゃあそうだ、ちょっと前までメディアに乗って鼻高々になっていた料理屋などを、女の子の大股びらきマーク(連れてくれば女の子を口説き落とせるというマーク)でランクづけしたというのだから、反発が起きるのは当然というもの。「イメージが壊された」と怒る店もあるだろう。そのあまり小学館系の雑誌記者を立入禁止にした店もあるらしいし。
 けれど、いまさらなんでとっくに滅びたはずのデートマニュアル的な発想をもう一度ひっぱりだしてきて、こんな本を作るのか、違和感を覚えた向きも多かったことだろう。常識的なら、あまりにもあからさまで恥ずかし過ぎて、かえって載ってる店にいくのはやめようと思うよ。それが狙いだとしたら大成功だけれど。
 ところで、このホイチョイ・プロダクションズって何者なんだろう?週刊スピリッツ連載の『見栄講座』のヒットを皮切りに、『極楽スキー』を刊行、その勢いに乗って『私をスキーに連れてって』『彼女が水着に着替えたら』『波の数だけ抱きしめて』といった話題の映画を次々生み出し、またテレビでも小山薫堂と組んで『カノッサの屈辱』『テレビブックメーカー』といった伝説の番組を送り出して深夜枠の黄金期を築いた。まさにバブル時代の申し子として、大学のコマーシャル研究会やプロデュース同好会(まだあるのかよ、そんなもん)なんかで神様と崇め奉られている彼等である。
 彼等、もともとは私立成蹊学園で小学校3年から大学まで遊び仲間だった9人の同級生集団なんだそうだ。この坊っちゃん集団が社会に出てそれぞれ就職したものの、飽き足らずに「クリエイティブな仕事をしよう」と結成したのがその始まり。代表は馬場康夫、週刊スピリッツ連載『きまぐれコンセプト』でも原作者として登場している彼は、祖父が日立製作所創始者の一人だということが自慢だそうだ。
 まさに華麗なる足取りのようだけれど、でも、その正体たるやどうかといえば、こうした輝ける経歴とはまるで裏腹であるようだ。代表、馬場康夫は小心、虚言癖で名の知れた人物だし、もともとこの成蹊学園の同級生達も、単なるマニアックな映画好きの集団だったと言われている。『私をスキーに連れてって』から一連の映画はその意味で彼等の念願達成でもあったようだ。
 彼等がいかに自らを誇示してみせようと、その中身は学生ノリのプロデュースごっこ集団でしかない。彼等が出発する足掛かりとなった週刊スピリッツ連載の『見栄講座』では、馬場達が自ら何通も称賛の手紙を(なんと同一の筆跡で)編集部に送っていたという涙ぐましい話が残っているし、こうした連載記事に、いい加減だとのクレームがついたことも何度もある。映画『私をスキーに連れてって』も、収益をフジテレビと小学館に返上する約束で制作の了承を得たと言われている。つまり、ホイチョイ・プロダクションがやっていることは業界ごっこ、いわば彼等が見つけたスポットや、やったことのあるデートのやりかた、見聞きしたことがらやらをそのまま記事にしたりしているに過ぎない。マーケティングされた情報や取材された現代の風俗や業界の動向とは何の関係もないのだ。
 業界通を気取り、時代の最先端を体現しているかのような彼等のすました姿勢の裏に、都会に憧れ、業界を夢見てカッコをつけようとする田舎モンの気取りがつい透けて見えてきてしまわないか。だいたい、業界を鼻にかけて語り、情報の新しさを競い、恋愛をたらたら自慢するやつに限って業界からはじかれ、情報を知らず、ろくな恋をしたことがない。すでに確固として得ているものならば、必死に語って誰かに認めてもらう必要などないからだ。その姿は何だか恥ずかしくもあり、かえって自分を反省させられてしまうよ。また、それで成功するならば、うらやましくもあるものだけれどね。


もどる