その71

「みらのこれくしょん?」

「うわ」
「どしちゃったの、あの人」
楽屋に入ってきた剛と慎吾は顔を見合わせた。
「はよ、どし、・・・・・・たの・・・?」
続けて入ってきた吾郎も、二人の背中にぶつかりそうになって立ち止まり、中を見て戸惑ったような顔をする。
独特の足音がして、姿を現わした木村も硬直した。
「中居・・・?」

「んーー?」

部屋の中、中居はソファに座っていた。
足を組み、なんとなくポーズを決めているのだが。

「それ、何・・・?」
「何が?」
声もちょっと気取っている。
「だから、それ、その、手の・・・って言うか・・・」
「手?手がどした?」

中居の手には。
着ぐるみの手がはめられていた。もこもこした毛皮の手が。
「あ、足も」
「足ぃ?」
中居は足を組みなおしたが、その足元も、着ぐるみの足が。
「何、解っちゃったぁ?」
「わ、解ったって」
「これさぁ、ミラノコレクションなんだよねぇ」
「「「「ミラノコレクション〜〜〜!!!!????」」」」
「え、おめぇら、知らないのぉ〜、ミラノだって!」

「何?何いってんの?」
「どしちゃったの!あの人!」
4人はがっ!と円陣を組み、口々に言い合った。
「ミラノって、あいつがミラノって柄か!?」
「みらのこれくしょんっとかってマンガがあったような・・・」
「何言ってんだよ!稲垣吾郎!」
4人がわーわー騒いでも、中居正広は自信満々だ。自信満々でポーズを決めている。
「何が、あの人にあの自信を与えてんの!」

その疑問は、その日の夜判明した。
ケーブルテレビで流れていたファッションチャンネル。ミラノ秋冬コレクションで、毛皮を使っているデザイナーがいて、手袋や、ブーツが毛皮だったのだが。

「・・・あれは違うよね」
「違うな」
中居は、スタジオの中を、着ぐるみの手と足をつけたまま、得意満面で歩いている。
「あれも、何かと思ったんだよ」
後ろ髪に、アライグマの尻尾みたいなのもついていて、それも、別のデザイナーが使っていたものだった。

「あの歩き方も・・・」
おまえが人の歩き方について注文をつけるな!な稲垣吾郎が、中居の歩き方を見て首を振る。
歩き方は、リズミカルにきびきびっ。そして、ぴたっ!とポーズを決めて止まる。
「あっ、ごめんっ、なんか昨日さー、ファッションショーなんか見ちゃったもんだから♪」
「あーゆー歩き方、確かにしてるけど・・・」
「なんで急に・・・」

きびっきびっ!
しゃきっ!
着ぐるみの手と足を身につけてモデルウォークをし続ける中居正広と見つめ続けるSMAP一同だった。

(いや、ほんとにそんなコレクションがあったもので・・・(笑))

その72

「サーカス−プロローグ−」

そのサーカスで、木村拓哉は、象使いをしていた。
「おはよう」
彼は、象を愛している。毎朝起きると同時に象の様子を見るために象の檻に向かった彼は、ちょうど起きたばかりの象に挨拶をした。
そのサーカスには、大小取り混ぜて8頭の象がおり、象も、彼を愛していた。
「なんだ、今日は早起きだな」
一番小さな、そしてイタズラな小象が起きていたので、その象一家の檻に木村は入る。おっとりとしたけれど力の強い父親象。象的に言えば、相当な美人である母親象。その一人息子である小象は、非常にやんちゃだった。
「今日も頑張ろうな」
よしよしと体を叩くと、しなやかな鼻が木村の頭に触れる。
「ん?何、何?」
甘えているのとはまた違う繊細な触れ方に、木村は小象を見上げる。小象の小さな目は、イタズラする時のようにキラキラとしていた。
「あ、なんだよ、何した?」
こら、と、鼻を軽く叩き、確認しようとしていると、母親象の鼻も木村の頭に触れる。
「え?何?どうかした??」
母親象はイタズラをするようなタイプではなく、どうしたんだろうと自分の頭に触ると。
「あ、寝癖っ?」
起きたての後頭部には寝癖がついていて、ぴこっと尻尾のように跳ねていたのだ。
「解ったよ!シャワー浴びてくればいんだろ?もー。ダッシュで準備してくるからなっ!」
あ、もういっちゃう!もっと遊ぼう!と思ったらしい小象の取った行動は。

「あれ、木村くん、おは、よ?」
サーカスの人気ピエロ、香取慎吾は首を傾げた。
「ダメだよ、シャワーは、服脱いで浴びなくっちゃ」
「・・・ふ。そうだよな・・・」
シャワーなんかここで浴びたらいいじゃないかー!僕が手伝ってあげるよぅー!と、小象鼻シャワーを受け、全身いい具合に濡れた木村は、サーカスのテントの中に戻ってきている。
「あ、寝癖」
イリュージョニストの稲垣吾郎が、ティーカップ片手に静かに木村の後ろを通過していく。
「そんで、寝癖は直ってねぇんだよ!」
「あっ、びっくりしたっ!」
朝食は、それぞれに準備をすることになっていたので、きっちりしたコンチネンタルな朝食を用意して、テーブルに運ぼうとしていた草g剛がトレイを落としそうになって慌てている。
もちろん、その程度で落とすはずはない。彼は雑技の名手だ。額に2mの棒を立て、その上にトレイを置いても運べるだろう。
「うー・・・・・・・・・・・」
最後によろよろと現れたのは、団長兼、空中ブランコの花形、中居正広だ。こめかみを押さえながら登場。
「飲みすぎた・・・・・・・・・・・・」
定位置の椅子に座って、ぐったりとテーブルにもたれている。
「飯ー・・・じゃなくってぇー・・・えっとぉー・・・・・・」
低い声で呟きながら、中居の目は、団員たちをじーっと眺め。濡れネズミの木村の上で止まった。
「あ」
目が合ってしまった。
なんで、先に着替えに行ってなかったんだ!俺のバカ!
木村がそう思ってももう遅い。
「こゆ時はぁ〜・・・、おかゆとかが、いい、と、思うぅ〜・・・・・・・・?」
「そうだろうねぇ」
吾郎が賛同し、剛も慎吾も頷いた。
「梅干とかね、そういうのがいいんじゃないの?」
「そぉ、かぁ〜〜・・・?」
朝食はそれぞれに準備する、というルールを決めたのは中居だったのに、中居は料理ができない。そのため、毎朝なんとなく誰かが準備するようになっていた。
今朝のターゲットが木村だっただけで、濡れねずみの木村は、ともかく着替えてから二日酔いに効く朝食準備にかかる。

このサーカスは、小規模ながら人気の高いサーカスで、今日も大入り満員だ。
可愛い象たちの芸を披露をしている木村の笑顔に、女性客はうっとりと見惚れる。もちろん、象たちの、芸は、今日も輝いている。
その華やかなスポットライトの中、木村の心には、小さな染みがあった。
全方向から当たる光で、影なんて消えてしまいそうなものだが、それでも消えない、小さな、黒い、染み。

「うひゃー!象さんってすっごい賢いんだぁ〜!でも、みんな安心して!僕だって、ちゃんと木村くんに調教してもらうからねぇ〜!あぁん♪」
ピエロの格好をして狂言回しをしている慎吾に、しゃきっ!と取り出したムチを当て、慎吾が大げさにもだえる間も、それは消えない。
吾郎の華麗なイリュージョンも、剛の奇跡的な雑技も、そして、翼が生えているとしか見えない、中居の空中ブランコさえも。

その夜。
象の檻に、赤いリボンが結ばれた。

<つづく>

(いやね、木村の映画について教えてくれたTYさんが、そうかなってメールを下さって。それがあんまりにも!面白かったものだから!つい!)

その73

「サーカス1」

ショーで疲れている象たちを労わり、食事をさせた木村は、そのリボンを見つけ、じっとそれを見つめる。
優しくもあり、強くもある木村の目が、暗い翳りを帯びていた。
何度かためらい、そのリボンを外す。赤いリボンには、小さく、人名が書かれていた。
一度は閉めた檻をあけ、それぞれにくつろいでいた象たちに近寄る。小象はまだ動き足りないと、木村に近寄ってきた。ぱたぱたと動く耳をかいてやりながら、思わず小さくため息を零す。
しかし、小さく首を振った。
ここで、自分が黄昏てどうするというんだ。
しゃんと頭を上げて前を見ると、仲睦まじく母親象と寄り添っていた父親象が木村を見ていた。
小さな目は、落ちついた光を浮かべている。自分の父親に見られているような気持ちで、木村は一度、しっかりと頷いた。
「明日、な・・・」
おやすみと呟いて、木村は象たちの檻から離れる。
ふと見上げると、夜空を引っかいたような、消えそうに細い月が浮かんでいた。
明日は、新月だ。

「剛さぁ、それって、象と一緒にやったりはできねーの?」
中居の声に、両手で包丁を持ち、その上に水平に皿を置いて、Y字バランスをとっていた剛が、器用に体の向きを変える。
「象?」
象と聞いては聞き捨てならないのは、もちろん木村。
「象とどうすんの」
「んー、背中に乗ったりとか?」
「落ちたら危ないだろ!包丁とか刺さるかもしれないし」
「・・・木村くん、落ちたら僕だって危ないんだって・・・」
「だって、剛の包丁ってホンモンじゃないんだろ?」
「本物だよー!」
「うっそだぁ」
「本当だよ」
衣装のマントにアイロンをかけ終わった吾郎が、やれやれと首を回しながらやってきた。手にしているのは、小ぶりな林檎だ。
「剛」
「え?あ、うん」
Y字バランスはそのままに、剛は右手に持っていた、包丁と皿を口にくわえた。開いた手で皿を取りスタンバイすると、吾郎がその林檎を投げ。

「いでっ」

「あ」

「よくそんな投げ方できるよな」
呆れかえったように中居が言い、剛の腹を腹筋を直撃した林檎を拾い上げる。
「いったいなぁ〜・・・」
足も、包丁も下ろして、剛が吾郎を睨む。吾郎は、あぁ、ごめん、と微笑むばかりだ。
「何するつもりだったんだよ」
「いや、その包丁で切ってもらおうかと思って」
前髪に触れながら、ふふと微笑む吾郎に悪いことをしたという気持ちは一切ない。
「林檎なんてさぁ〜、別に切らなくてもさぁ〜」
中居の手からとった林檎を、一気に。
「うわ」
「芸だ、芸だ!」
中居が手を叩いて喜ぶが、林檎を丸ごと一個口に入れられる人間というのは、やはり、結構珍しい。
「象と一緒に、これはいいかも」
木村が言う。
「え?」
「象が林檎をとって、慎吾に食わせる」
「あ、いいじゃん。なんか可愛いし。あの子がいいな、一番ちっちゃい子。やる?」
慎吾の方に振り向いた中居は、林檎を喉に詰まらせて死にそうになっている彼を目撃した。
「・・・これは、やめとくかな」
「えっとじゃあ、象が林檎を投げて、剛がくわえた包丁で受けとめる」
「ま、いくら象でも、吾郎より下手なピッチングはできないだろうしな」
うんうん。
木村と中居は深くうなずいた。
「何を言ってるんだよ、失礼な」
どこからともなく、もう一つの林檎を取り出した吾郎は、剛の包丁を受け取って、うさぎ林檎をさくさくと作っていく。
その包丁を、すっとどこかに消してしまい、代わりに取り出したプレートに美しく並べた。
「食べる?」
「あ、おまえさぁ」
そのウサギ林檎を、一口で食べてしまった中居は、吾郎を何度も指差す。
「あれやれ、あれ」
「何。熟年夫婦じゃあるまいし、『あれ』じゃ解らないでしょ」
「やだなー、おまえと『熟年』って言葉。なんかエロいもん」
二つ目も口にいれながら、あれだよなぁ、あれ、と中居は他の人間に同意を求めた。
「あれって・・・」
「なんだっけ、ほら。こいつがやってるヤツ!」
「・・・もしかしてと思うけど・・・・・・・イリュージョン・・・・・・・?」
「それ!手品じゃねぇし、なんだっけって思ってたんだよなっ!」
答えた木村も、聞いていた剛も、吾郎も、なぜそれが解らなくなるよ!と思いっきり脱力した。
「吾郎がイリュージョンで何をするってぇ?」
「え、あ、イリュージョンって、消すじゃん。色々。エッフェル塔とか。だから、とりあえず象とか消したらいいんじゃないかなって」
「象、ねぇ」
「それは一番でかいやつな。でかいやつ。あれ消すの。ま、でかいつったら、慎吾もでかいけど」
カカカと笑う中居だったが。

「・・・ねぇ。もういい加減誰か、慎吾助けた方がいいんじゃない・・・?」

その剛の言葉が、薄れ行く意識の中、最後に慎吾が聞いた言葉になった。

団長の中居の提案による、象と人間とのコラボレーションだが、やはり、理想的には一番人気の小象を使いたいところだ。ただ、落ちつきがあるとはとても言えない性格の彼に、地道な芸を教えていくのには時間がかかる。
「太郎」
小象の名前は太郎と言った。ちなみに父親象が巌、母親象が優子。他の象にも、日本の名前がつけられている。
名前を呼ばれた太郎は、気持ち的にはとことこと、客観的には、のしのしと駆けよってきた。
「今度、新しい芸を覚えような。あのお兄ちゃんと一緒だよ」
どの?と首を傾げる太郎に、木村は教えてやった。指でさして。

「・・・太郎?」
えぇ〜・・・あの、お兄ちゃん〜・・・?
太郎はちょっと泣きそうになった。あのお兄ちゃんは、なんだか、ちょっと恐いのだ。
そのお兄ちゃんとは、アイロンかけたてのマントを身につけ、シルクハットなんてどうかしらとフィッティング中の稲垣吾郎だった。

新月の夜は、星だけが見える。
しん、と静まりかえったサーカスの敷地を、木村は気配を消して歩いていた。
象の檻を開ける。
出てくるのは、静かなお父さんこと、巌。
「いくか」
木村は、ひらりと、巌の背中に飛び乗った。木村は身軽だ。雑技もできるかもしれない。
巌は、木村を乗せ、静かに歩き出した。
暗闇の中へ。

<つづく>

その74

「サーカス2」

その男は、当然のことながら悪人だった。
どのくらい悪人かをここで語ると、ちょっとブルーな気持ちになってしまいそうな悪人だった。
今日も今日とて、美しき乙女を絶望のどん底に叩きこみ、つつましくも朗らかだった一家を引き裂いた悪人は、機嫌よく夜の街を歩いている。
悪人は、夜の街が好きだ。
彼の目には、ネオンライトが宝石の輝きに見えるのかもしれない。
巨大なビルは、富の象徴だ。
いつかは、自分も、あの巨大なビルのトップに。
そんなことを思っていた彼の前に、ビル?と思えるような巨大な何かが立ちふさがった。
そして聞こえてくるアルハンブラの思い出。
せつないギターのメロディーが、夜の裏町に(余談だが、今、ウラマチと入力したら有楽町と変換された・・・そうとも読めるか・・・!)響き渡る。
「な、なんだぁ?」
男は、その音の元を探した。
その音は、頭上から聞こえてくる。
「あっ」
男は、今、自分は夢の中にいるのだと確信した。
ありえない。
夜の街に、いるはずがない。
月のない暗い夜でも、夜の街はネオンで騒がしい。赤や、青や、オレンジのまたたく光を浴びている、この大きなものが、象、であるはずがない。
まして、その象の上に、人間が立っているなんて、そんなことありえない。
しかし、男の目は、それが捉えたものを、できるだけ正確に脳に伝えようとしていた。目が捉えたものは次のようなものだ。
目の前にいるのは確かに象で、象の上には、男が立っている。
マフラーがなびいている。
ギターを弾いている。
『アルハンブラの思い出』を弾いている。
その哀愁を帯びたギターの音色は、一転、激しいものに変わった。
ディープ・パープル、スモーク・オン・ザ・ウォーター。

一体何が起こっているのだ・・・。

夜の街を歩いていたら、象が出てきて、その象の上でギターを弾いている男がいる。
そんなことを、現実として受けとめることは、男にはできなかった。
彼は、現実的な悪人だった。
だから、彼は、そうか、これは飲みすぎて眠ってしまった俺の夢なんだなと思いならが、その象が巨大な足を持ち上げて、それが自分の上に落ちてくるのをゆっくりと見ていた。

「ふぅ・・・」
ギターをかき鳴らしていた木村は、ようやく息をついた。
巌も、あれ、今、何が?という顔をしている。
巌には、今、自分が悪人を踏み潰してしまったという記憶はない。木村のギターによって、巌は操られてしまうのだ。
木村は、『そう』いった、象使いだった。
「さ、巌・・・」
巌は、木村を乗せたまま、歩き出す。
木村は巌の背に座り、また彼らを辛い目に合わせてしまったことに胸をいためていた。

象の檻につけられる赤いリボンが殺しの依頼で、それによち、木村は巌たちを使い、依頼を果たす。
愛する象たちに、こんな過酷な運命を与えてしまったことを、木村は後悔している。
どうして、自分は象使いになんかなってしまったのか・・・。

「太郎・・・」
サーカスに帰ってきたのは、深夜。
太郎は、早寝早起きのよい子なのに、その太郎が優子とともに起きていた。
「太郎」
巌から降り、檻を開けると、太郎は、いつもと違う表情を見せた。

お兄ちゃん。僕、知ってるんだよ。
太郎・・・。
僕はまだちびっこだけど、いつか、お父さんみたいに大きくなるから。

太郎の、小さな目がキリリとしていた。

そしたら、お兄ちゃんと一緒に・・・!
太郎・・・っ!

ひしっ!
抱き合う木村と太郎。優子は辛そうな表情を見せたけれど、でも、これが、彼らの宿命なのだ。
人が人を裁く。
それが果たして、どういった意味を持つことなのか。
正しいことではない。けれど、他の方法を、木村と、象たちは持っていなかった。

「さ、明日もステージがあるんだぞ。もう寝な」

優しく言って、木村は檻を出た。
テントの中は、しん、と静かで、仲間たちが眠っていることを現わしていた。
彼らにも言えない秘密だった。
木村は孤独な殺し屋だった。様式美としてのマフラーをそっとしまい、メイクしたままになっていたベッドに入る。
眠りは、まだまだ訪れそうもなかった。

<つづく>

その75

「こっそり晩御飯」

「あー、疲れた」
長者番付タレント部門6位であっても、恐ろしいほどの庶民派、中居正広はマンションに帰ってきた。
いつものように鍵を開け、いつものようにドアノブに手をかけ。

「ん?」
「やあお帰り」
「んん?」
中居は、一度ドアを出て部屋番号を確かめた。
「俺の部屋じゃん!」
「そうだよ。だからお帰りって言ってるんだろ?」
「その人の部屋でおまえ何やってんだよ!」
玄関に立っていた稲垣吾郎を怒鳴りつけると、部屋の中からバタバタとうるさい足音がした。
「おっかりなさぁ〜い」
「なんだよっ!」
慎吾ママは、狭い廊下で見ると、異常な圧迫感がある。
「パパが帰ってきましたよぉ〜!」
慎吾ママの声で顔を出すのは、もちろん剛と木村で、見てみれば、全員エプロンをしている。

レェスの。

そして、レェスのエプロンが4人揃って、「パパお帰りなさぁ〜い!」と声を合わせる。

「帰る」
「待って待って!」
がしっと中居の腕をつかんだのは、4人の中でも、慎吾ママに匹敵するかなりゴージャスなレェスのエプロンを身につけた木村。
「パパったら、ここがパパのおうちじゃないのっ!」
「なんだよぅ〜!」
辞めろ辞めろ!と腕を振り回していると、もう片方の腕も慎吾ママに取られる。
「さ、パパ、お風呂にする?それともお食事?」
「お酒もあるよ」
「もー、吾郎ママなんで、普通なんだよー!ねぇ、拓哉ママぁ」
「そうよねぇ〜、慎吾ママ。さ、パパ、洗濯したてのジャージも用意してあるからっ♪」
両腕をつかまれて、引きずり込まれた中居は、部屋の様子を見て、激しい脱力を感じた。
「・・・俺は、リフォーム男爵を呼んだ覚えはねぇ・・・」
やけに収納家具が増えているし、壁になんか吊るされていたりする。
「いや、収納美人が来たんだよ。ね」
「だからっ!剛ママも普通じゃん!普通じゃんっ!」
「え、だって」
「てゆーか!来たのか!菅野が!」
「来たのよ」
「だったら、なんでいねぇのよ、今!」
「だって、ねぇ♪」
慎吾ママは、拓哉ママに目配せする。
「そうよ、パパ。夜は、パパと、ママの、時間じゃなぁい♪」
『パパと』との時、鼻の頭を、ちょん、ちょん、と突つかれ、やめんかぁ!と指を払い落とす。

「俺は疲れてんだよ!さっさと休ませろっ!」

しかしそのドスの聞いた恫喝は、ママたちの脳を素通りしていくばかりだった。
「はぁ〜い!じゃあ、やっぱり先にお風呂ね!」
「やめろぉ〜!」
よってたかって着ていた服を引き剥がされ、ユニットバスに放り込まれる。
「しょ、しょうぶ湯!」
「やっぱりね、5月はしょうぶ湯でしょ?パパ」
「勝負に勝たないと!」
相変わらずノリノリの慎吾ママ、拓哉ママが得意満面で言い、ばん!とドアを閉める。

一人って、いいな・・・。

そう中居が思った時。

「「「「おせな、お流ししまぁ〜す!」」」」
「やーめーろぉーーーー!!!!!」

強姦って、こんな感じ・・・?
ぴっかぴかに磨かれた中居の、心の涙が一粒、しょうぶ湯の水面に、小さな波紋を作った。

「お疲れ様っ!」
まさか、下着まで着せるつもりじゃねぇだろうな!とビクビクと風呂場を出たのだが、さすがにママたちもそこまでするつもりはなかったようで、着なれたジャージの上下に着替えて部屋に入ると、ママたちは、こたつの回りに待機していた。
吾郎ママ、剛ママも、ピカピカの笑顔だったが、その頬になんとなく殴られたような跡が見うけられた。
やる気がないと鉄拳制裁を受けたのかもしれない。
「さ、パパっ!」
そう言われると、ちょっと無理矢理な笑顔の吾郎ママが、グラスを渡してきて、剛ママが、とりあえずね、とりあえず、とビールをついでくれる。
「パパ、今日はお鍋よぉ〜。パパお好きでしょ〜?」
慎吾ママの声に、黙って頷いて端をとった。さっと、拓哉ママが小鉢を取り、取り分けてくれた。
「どぉぞ」
食事そのものは、穏やかに進んだ。
ただ、段々、ママたちが、違うママたちに変わっていった。
「パパぁ、私たちもいただいていいぃ〜?」
「あ?勝手にすりゃいいじゃん」
「きゃぁ〜!いただきますぅ〜♪」
「ちょっと待て!そんなグラスうちにあったか!?」
お店のおねえちゃんが使うような、小ぶりのグラスにビールをついでは、ショットグラスのようにかぱっ!かぱっ!とママたちはビールをあけていく。

「あらっ!」

乱れに乱れた食事会のさなか、拓哉ママが時計を見て声をあげる。
「大変!パパ、もう寝なくっちゃ!」
「へっ!?」
まだ時間は11時前。寝なきゃいけないような時間では全然ない。
「ほんとだわぁ〜」
吾郎ママが、さっさと中居が持っていた焼酎のグラスを取り上げ、剛ママがテーブルを片付けていく。
「早くっ、早くっ!パパ明日もお仕事なのにっ!」
こたつまでが片付けられ、部屋に布団が敷き詰められていく。
「俺、ベッドがあるよ!」
「5人も入らないでしょっ!」
「えぇーーー!!」
布団をしきつめた慎吾ママは、一気にエプロンを取る。
はっ、と気づくと、他の3人も、さっとエプロンを取り。

「ぎゃーーーーー!!!!やめろぅーーーーーーーーー!!!!!!!!」

ネグリジェ、姿になった。
ネグリジェ。透け気味。
「んも、パパったら照れちゃってぇ〜♪」
また木村に、ちょんと頬を突つかれて、やめれーー!!と手を叩き落とし、ごしごしと頬をこする。
「帰れ!てゆーか死んでくれ!おまえら!」
「ま、失礼しちゃーう」
慎吾ママはぷぅっと膨れながら、まっさきにしきつめた布団に入った。
「ほらほら、パパも早くっ」
吾郎ママは、そうはいっても力が強い。逃げようとする中居の腕をつかんで、布団に引きずり込む。
「やみてくれぃーーーーーー・・・・・・・・!!」
「あっ」
5人で布団に入り、ようやく中居の視界からネグリジェが消えた。
そんな、早く意識を失いたいという中、木村の声がする。

「ね、パパ」
がばっと起きあがった木村は、その無駄に逞しい体をネグリジェ、透け気味、ピンク、に包んでいる。
「忘れてた!おやすみチュッチュ!」
「ぐーーぐーーーぐがーごぉーーーー」
「寝たフリしてもだめよー!パパーー!!」
「「「そうよ、パパぁ〜!!」」」
「うーんむにゃむにゃ〜!!!」

神様。
やっぱり、食事くらい自分で作ります。
帰ったらごはんがあったら嬉しいなんて、ぬるいことゆってごめんなさい。
無理矢理、はんこのように後頭部をつかまれ、おやすみちゅっちゅっをさせられた中居は、犯された乙女のように、枕を涙で濡らすのだった。ピンクの固まりに囲まれながら。

その76

「サーカス3」

日々は、比較的穏やかに過ぎていた。
最近あったちょっとしたニュースは、吾郎が、太郎に踏まれたことくらいだろうか。

「ちょっとしてないだろ!!」

「踏まれるか?普通。象に」
団長の中居は、あきれ果てたように言う。
イリュージョンの練習中に、近寄ってきた吾郎にびびった太郎が、あっ、と後ずさり、その足が、吾郎の長いマントを踏んづけて、倒れそうになった吾郎が、あれーー!と声を上げ、さらにその声で、びっくりした太郎が、思わず。
「いたかったよ・・・」
マントの背中には、愛らしい太郎の足型がくっきりついている。

「でもさ、象が踏んでも大丈夫ってごろちゃん、丈夫だよね」
「普通平気じゃないよね」
慎吾と剛がこそこそ言っているのを聞きつけて、「はっ!僕は筆箱以上さっ!」と若い年代には解らないネタで丈夫さと不快感をアピールした。
「今日は、太郎ダメだ」
太郎を檻に戻し、テントに戻ってきた木村はため息をつく。
「ショック受けちゃって」
「僕もだよ」
「いや、おまえは身体的ショックじゃん。太郎は、精神的なショックだから、すっかりナーバスに・・・」
「なんで、踏んだ象の方が、踏まれた人間よりナーバスになるんだよっ!」
「でも、吾郎平気じゃん」
中居があっさり言った。
「平気じゃないよ、背骨だよ?」
「あぁ、そうだな。おまえ、背骨まっすぐになっちゃったら、キャラ変わっちゃうもんな」
カカカカ!と中居は笑い、大事なマント、洗えば?と吾郎を追いやった。
「はー・・・」
「臆病だな、あの象〜」
「だって、吾郎だもん・・・」
「まぁな。あいつ、象受け悪いしな」
「自分でも言ってんだよ、自分は、大型動物向きじゃねぇって」
「ま、これを乗り切って、立派なイリュージョン象になってもらわねぇとな」
なんだよ、イリュージョン象って、って突っ込む間もなく、中居はその場を離れた。ブランコの訓練にいくのだろう。
中居の空中ブランコは、ブランコの方に訓練してるんじゃないかと思えるほど、不思議なものだった。
普通、何人かで組んでやることの多い空中ブランコを、中居は一人だけでやる。けれど、ブランコそのものがパートナーであるかのように自在に動いた。
簡単にやっているように見えるけれど、並大抵のテクニックではなかった。木村も、よくその訓練風景を見ていたりするのだが、今日はそれどころではない。
急いで太郎の元に戻った。

太郎。
お兄ちゃん・・・!

太郎は、檻の角で、しょんぼりと小さくなっていた。

お兄ちゃん、僕、僕、あのお兄ちゃんを・・・っ!
いいんだよ、太郎。あのお兄ちゃんの背骨は、もうちょっと真っ直ぐになってもいいくらいだから。後5回くらい踏んだって平気だぞ?
でも・・・!
大丈夫。あのお兄ちゃんは、アーム筆入れより頑丈なお兄ちゃんだ。ああ見えて。
お兄ちゃん、僕、お兄ちゃんがなんの話してるのか、解らないよ・・・。
あ、違う違うよ、太郎。いいんだ。それは気にしなくていいからな。
お兄ちゃん・・・!でも、僕は・・・!
いいんだ!太郎・・・。いいから、な・・・?

太郎にも解っているのだ。
将来自分が、その足の力で、悪者の命を奪う象になることを。
「今日は、練習いいからな。ちょっと遊ぼう?最近、サッカーもしてないし」
な?と肩を叩くと、太郎は、ゆっくり起きあがった。俯いた顔で、目に力はない。
「1ゴールで、リンゴ一個な。俺がいれたら、俺がもらうから。先行くぞー!」
えっ!?お兄ちゃん、そんなのないっ!
檻を駆け出した木村を追いかけて太郎も走り出す。そして、檻から出た太郎は、パオーーン!と一声鳴いた。
それは、「鍵かけないとダメだもんね!」の「パオーン」で、ちっ!と舌打ちした木村が戻ってくる間に、サッカー場へ急いだ。
「ずるいぞー!太郎ー!」
まだまだ子供の太郎だった。

踏む、ということがトラウマにならないだろうか。
木村はその夜考えた。
巌の背の上で。
そう。また赤いリボンが結ばれたのだ。
足がダメなら、鼻で持ち上げて投げるっていうのはどうだろうかと。
けれど、アルハンブラで、象を催眠状態にし、スモーク・オン・ザ・ウォーターで踏み潰させるのだから、鼻で持ち上げるためには、別の曲が必要になる。
例えば・・・。
ガンズとか?
あ、いや、ベンチャーズだろうか。

そして、ベンチャーズのテケテケサウンドに気を取られていた木村は、取り返しのつかないミスをしてしまう。

アルハンブラからスモーク・オン・ザ・ウォーターへの美しい流れの中、巌が悪者を踏み潰すところを、見られてしまったのだ。
それも、団長である、中居正広に。
「木村・・・?」
「中居・・・!」
当然、必殺仕掛人の時代から、殺しの現場を見られたら、見られた相手は殺さなくてはいけないのがお約束。
巌の背で、スモーク・オン・ザ・ウォーターをかき鳴らしていた木村は、赤いまふりゃ〜が風になびく音だけを、じっと聞いていた。

<つづく>

その77

「サーカス4」

「木村・・・?」
「中居・・・!」
あぁ、中居の目が落ちそうになっている。
木村は心を痛めた。

さすらいの象使いとして、全国(?)を渡り歩いていた木村が、初めて中居と出会ったのは3年前のことだった。
「いつまでもこの狭い日本で、それだけの象を連れてさすらってる訳にはいかないだろう」
中居はそう言った。
「うちのサーカスで一緒にやらないか?」
「・・・あなたは空中ブランコなんですね」
「なんで解った?」
「いや、だって・・・」
中居と出会ったのは、何頭もの象を連れて歩くために選ばざるを得なかった山道。その山奥で、ぴっちりしたタイツ姿の中居は、枝から枝に軽やかに飛びまわっていた。
枝が、中居の手を取ろうとしているように見えた。
あぁ、この人は、ピーターパン?なんて、乙女チック木村は思ったものだ。
「俺は、ブランコ乗りでもあるけれど、そもそも団長だ」
「え、だ、団長・・・!」
「うちのサーカスへようこそ」
中居と一緒に、木々の枝にまで握手を求められたような気がしたものだった。
あの瞬間から、木村は「うちのサーカス」の団員だ。
「それにしても、職業さすらいの象使いってのは、日本に一人だろ。いや、世界でも一人??」
中居はそう言って笑い、木村は、いや、世界なら、4人くらいはいると思うと、日本最高(なぜなら唯一だから)のさすらいの象使いとして笑い返した。

・・・しかし、それは表向きで、彼は、通称象の穴で育てられた必殺象使い人だったのだ。
団長の中居以下愉快な仲間たちと、本当に心を割っては話せない。
それでも、木村は愛想のよい態度をキープし続け、年下の団員たちからは兄貴ぃと慕われていた。それで自分は、殺伐とした本当の生活を忘れようとしていたのかもしれない。
中居とは、ケンカもした。
けれど、あのケンカの後、もっとよく解りあえるようになった気もする。
その中居と、こんな別れをすることになるなんて。

「中居・・・」
巌の背の上から、木村は搾り出すように呼びかけた。
「俺は・・・」
どうすればいいのだろう。
本当なら、もう一度スモーク・オン・ザ・ウォーターをかき鳴らし、巌に・・・!

いや、そんなことができるはずがなかった。
中居は、まるでピーターパンのように、自在に空を飛べるのだ。
あの軽やかな体が、地面の上でぺっちゃんこなんて、耐えられない。
大体、現場を中居に見られたのは、自分のミスだ。中居には関係ない。中居はただそこにいただけだ。自分が姿を消せばそれでいい。
そして、また、さすらえばいい・・・。
さようなら、中居。さようなら・・・、みんな・・・!
心の中で呟き、ぐっと涙をこらえたところで。

「おまえ、まーだこんなとこでグズグズしてたの?」
「へ?」
「もうみんな帰ったよ。帰って、とっくにグースカピーじゃねぇの?」
「はい?」
中居はイラつく!という顔をした。
「俺も一仕事終わって、眠いんだよ!言いたいことあるんなら、さっさと言えよ!」
「い、言いたいことって・・・」
「さっきから、『中居』『中居』って、なんだそれ。呼んでみただけか?」
「え、いや、ん?あれ?」
「その象も、足の裏、気持ちわりーって感じの顔になってるし」
「あ!巌!さ、こっちこっち・・・。って、中居ー!?」
巌を、踏み潰したブツから離していた木村は、とっとと行こうとしている中居を呼びとめる。
「何」
本当に眠いんだよ!という不機嫌さを丸出しにして、中居は振り向いた。
「あ、あの、俺、これ・・・」
「いいよいいよ、仕事が遅いくらい。なんせ、象なんだから」
「えぇ!?」
「なんだよ!さっきから、僕ちゃんなんにも解りまちぇん!みたいな、可愛い子ぶった態度とりやがって!」
と怒鳴った中居は、あれ?と首を傾げた。
「あれ。もしかして、俺、言い忘れてた?」
「え?」
「象使いじゃなくて、必殺象使い人として、うちのサーカスにようこそ、って言わなかったっけ」

「ゆってねぇーーーーーー!!!!!!!」

「うちのサーカス」は、つまりは必殺イリュージョニストとか、必殺雑技人とか、必殺ピエロとか、必殺空中ブランコ乗りで構成されている、そんなサーカスだった。

「でも、ほら、一人一人じゃあ、やっぱり、面白みにかけるってゆーか、つまんないじゃん。なんか。だから、象と吾郎とで、必殺象使いイリュージョンとかすごいだろうなぁーって思って。あいつの技すげーぞ?体生きてるけど、精神おかしくしちゃうからね。
「そ、そっか・・・」
「でも、おまえの衣装ってなかなかな」
「・・・そう?」
「最終的に、五人でやることになったら、そのまふりゃ〜、使わせてもらおっかな」
「そ、そぉ?」

そうして半年後。
色違いのまふりゃ〜をなびかせ、やたらうるさいギターをBGMにした必殺うちのサーカスが、悪人たちを脅かすようになるのだが、何せ、仕事に失敗がないため、これといって話題にならないのが、ちょっと残念な中居だった。

<おわり>
TY様ー!こんなになったのー!ホントの映画がどうなるか楽しみですねー(笑)

その78

「自習」

SMAP×SMAPの新コーナー「自習」。これは、有名高校の制服をSMAPが着るという意味でも、少々(!?)マニアックなコーナーだ。
記念すべき第1回は、今や珍しいストイックな黒の詰襟。金の襟章が眩しい。
そのストイックな詰襟を崩してきている木村が、これまた懐かしいねっ!という薄い、下敷きも入らないじゃあ?というカバンを持ち、教室に入ってきた。
教室は静かで、黒板には大きく、自習の文字が。
「なんだよ、自習かよ」
「しっ!うっ、うるさいよっ」
黒の詰襟とコーディネートされた、黒縁眼鏡を指先で持ち上げ持ち上げしながら吾郎が言う。そりゃあもちろん、きっちり詰められた、これぞ詰襟!姿だ。
「うるっせぇのはそっちだろぉ〜?」
がこん、と乱暴に最後列の椅子を蹴り、どっかりと座った木村は、肘をついて、教室の様子をうかがう。
慎吾が、寝ていた。
机に突っ伏して、ではない。
後ろの机に、頭がつくくらい仰け反って、慎吾が寝ていた。詰襟の前は全開で、色鮮やかなプリントのTシャツが丸見えだ。
後ろの机の剛は、異常に迷惑そうな顔をしながら、課題のプリントをやっている。ある意味我慢強い。彼もきちんと詰襟を着ているが、本当は、裏地にスカジャン風味の刺繍をすることを夢見ている。
慎吾の首は後ろにがっくり折れ、そろそろいびきも出そうな様子だ。
木村はポケットからフリスクを取り出し、離れた位置の慎吾に向かって投げた。
「いてっ」
最初の一発は、剛のホッペを直撃。
すまん、と手で謝りつつ、第2弾を投げる。
これは、慎吾には当たったものの、地球防衛郡のミサイルを受ける怪獣みたいなもので、ポリポリと耳をかく程度だ。
うーん、もっと大きくないと、と、辺りを見まわすと、木村の前に座っていた中居が、読んでいたマンガ雑誌のページを千切った。くしゃくしゃと丸めるのかと思ったら、神経質にこよりを作り始める。前はとめているけれど、襟のホックだけを外した制服姿の中居は、出来あがったこよりの美しさをまず眺め、こそっと立ちあがった。
安普請の校舎は、机の音や、歩く音が妙に響く。あまりうるさいと、授業をしてる別のクラスの教師に怒鳴られるかもしれない。
木村も、そっと立ちあがった。フリスクを握り締め、慎吾に近づいていく。
剛は、やってきた二人を見て、そっとプリントを非難させた。寝ている慎吾を左右から挟み、木村は口の真上にフリスク5粒を指先につまんで待機。中居は、美しきこよりを、そぉーっと慎吾の鼻にさしこんだ。
すぐにはくすぐらない。むしろ、鼻の内部に触れない様に、そっとそっと奥に差しこんで行き・・・。

「ぶえっくしょっ!んっっ!?」

鼻のくすぐったさにくしゃみとともに目を覚ました慎吾は、口の中に入ってきたフリスクに目を白黒させた。
「何っ!?」
「くくくく・・・・・・・・!」
机の側にしゃがんだ木村と中居、そして自分の机に突っ伏した剛は、肩を震わせて笑っている。
「もっ!ぐしゅっ!」
慌てて立ちあがったため、机も椅子もやたらと音をたててしまい。

「こら!!香取!!」

隣のクラスからやってきた教師に叱られた。

「もー・・・!」
くくく・・・!と笑いながらこっそりと席に戻る木村と中居を睨み、きっ!と後ろを振り返り、剛の頭をはたいた慎吾だった。
「・・・俺、かんけーないじゃん・・・っ!」

席に戻った中居は、もう一枚マンガ雑誌を千切り、今度は、ぎゅっと握り潰した。
それを芯に、次々、雑誌を千切っては丸めていく。
あ、と、木村もそれを手伝い、紙の割には結構固いボールが出来あがる。
中居は、また音もなく立ちあがり、何度か首を振った。
その姿は、まさしく、ピッチャーマウンドのエースだ。そして、中居の視界の中で、キャッチャーは、吾郎の向こうにいた。
全員に背中を向け、真面目に自習をしている吾郎の。
木村は、薄い副読本を丸めてマイクを作った。
「ピッチャー江夏・・・!振りかぶって・・・、第、一球・・・っ!」

「いたーーっ!」

「おーっと!デットボール!しかも頭だー!キケン球〜!」

「しーずーかーにーしーろぉーーー!!!!!」

自習時間は終わらない。

<次回、紺ブレ編をお楽しみに♪>

その79

「捕獲」

「きっ!木村博士っ!」
「なんだね、香取くん」
「見つけました!」
「何をだね、香取くん」
木村博士は、黒ブチ眼鏡をふきふきしているところで、その眼鏡を、すちゃ、とかける。分厚いレンズは、木村博士の目を小さく見せた。
「見つけたんですよ!」
「だから、何を、だね。君は、本当に落ちつきがないね。報告は5W1Hをはっきりと・・・」
「中居です!」
「何・・・!?」
きらん☆木村博士の目は一瞬輝いたが、次の瞬間、小さく首を振った。
「君、それは、あれだろう?養殖の中居だろう?今時、天然の中居は、野生の黒木瞳くらい少ないんだ」
「日本にはもういないといわれてましたよねぇ!」
「そう。だから、君が捕獲したのも、大方デパートの中居展で売られていた養殖が逃げ出した・・・!ぬ!?」
首を振りながら話していた木村博士だったが、その首が、一番端まできた時、さらに眼の端で、香取助手が持っていた、虫かごを捉えていた。
「そっ!それは!」
「そうなんです!中居です!」
緑色をしたプラッチック(関西風発音)の虫かごの中でぐったりしているのは!
「中居!!」
声は大きく、しかし、手は慎重に、木村は虫かごを受け取る。
「こ・・・、これは・・・!」
「私が、天然の中居を見たのは、大英博物館の秘宝館でのことでした・・・!あの時の感動と同じものを感じたんです、博士!」
香取助手は、優秀な助手だった。彼の感性を木村博士は信じていたし、中居研究28年の木村博士には解る。これこそ、今や貴重な、天然の中居であることが!
「・・・衰弱しているな・・・」
「はい・・・」
天然の中居は、その個体数の少なさから研究が進んでいない。一般的に、衰弱した中居に与えるといいと言われているものは。
「スカパーですね」
「うん、香取くん。それは、初級中居検定であれば○を上げられるが、最新の研究では、それだけではいけないという説も出ているんだ」
「あ、そうでした!先生の論文にあったのに・・・!私ときたら・・・っ!」
びしっ!と自らに張り手をかます香取助手は、真面目な研究者だ。
「とりあえず、中居をここに・・・」
ぐったりした中居の首根っこをつかんで虫かごから取り出す。作法的にも、生理的にも、その持ち運び方が一番だといわれている。もちろんこれも、研究途上だ。
そして、その中居を、木村博士特製中居飼育ケースにいれた。
中居飼育の基本、スカパーがいれてあるケースだ。
「スカパーのスイッチをいれてくれたまえ、香取くん」
「はい、木村博士」
ぷちっ。
小さなモニターにスイッチが入り、そこでスカパーのプログラムが流れる。ちらちらする明るい光、にぎやかな音。天然の中居は、そういったものに反応すると言われている。
「起きるでしょうか・・・」
「そしてな、香取くん」
じっと様子を見守る香取の前に、木村博士はあるものを取り出した。
「あっ、そ、それは・・・!」
「そう。最新の研究によると、中居を元気にさせるには、これがいいという説があるんだ」
「梅きゅう!」
「そして」
「焼酎ですね!?」
小さなシルバニアファミリーおままごと用の容器に入れられた、小さな、小さな、それを、同じく、シルバニアファミリーのこたつ(シルバニアファミリー柄のこたつ布団つき)の上に乗せ、木村博士は飼育ケースのに置く。
「ほら、早いだろう・・・?」
「ホントだ・・・!スカパーの時よりも、反応が早い!ってゆーか、もう食べてる!?」
梅きゅうと焼酎がいれられた途端、ぐったり寝ていた中居は、すさささっ!とこたつの前にきて、ちょこんとこたつの中に入り、んまんまと食べているではないか!
「すごいです!木村博士!」
「うんうん」
満足そうに頷いた木村博士は、あ、そうだ、と手を叩いた。
「どうされたんです?木村博士。それは?」
「うん。どうやら、中居はこたつを棲息場所にしているらしいということは解ったんだが、その時の寝床の作り方なんだな、問題は」
「寝床の・・・」
「つまり、こたつで棲息するのであれば、ベッドという訳にはいかないだろうから、さらに布団を引くか、はたまた寝袋か、もしくは、座椅子・・・」
うーん・・・。
二人は深く考え込み、中居が座っている場所を避け、こたつの3辺に、布団、寝袋、座椅子、と置いてみた。
「これで、また一つ論文がかけますね・・・!木村博士・・・!」
「違うよ、香取くん」
興奮する香取に、木村博士は静かに言った。
「私はただ・・・。中居の真実に近づきたい。・・・それだけなんだ・・・!」
「博士・・・っ!」
感激屋の香取助手が涙を浮かべ、いけない!俺ったらなんておセンチなんだっ!と白衣の袖で、その涙を拭う。
そんなことをしているうちに。
「おぉっ!」
「座椅子ですね!」
「座椅子だよ、香取くんっ!!」
中居は、座椅子を引っ張ってきて、そこで寝始めたではないか!
「よーし!座椅子だ!いや、まてよ?材質の問題やクッションの高さも関係あるかも・・・!香取くん!座椅子だ!座椅子を作るぞ!」
「はい、博士っ!私は、ギンガムチェックなんかいいと思います!」
「銀紙チェックかね!?」
そんな、ちょみっと世間知らずな木村博士の中居研究は続く。

<つづく。おそらくは>

その80

「捕獲2」

「きっ!木村博士っ!」
「なんだね、香取くん」
「見つけました!」
「何をだね、香取くん」
木村博士は、捕獲した天然中居の研究に余念がない。スカパーを見せていると、スポーツプログラムの食いつきがいいのは定説通りだ。しかし、サッカーより、野球の方が好きらしく、細かい検証をするまでもなく、巨人戦への食いつきは異常だった。
巨人戦であれば、スカパーだろうが、地上波だろうが、下手すりゃラジオでも構わないという勢いだ。
また、歌も歌い出した。定説では、中居の歌声は、自らをも破壊してしまうという最終兵器。マイクを持ち出した時は、木村博士、香取助手ともに、射撃場か!というヘッドホンをつけたのだが、マイクは正直にその衝撃を捉えており、破壊力は意外に低いということが判明した。

ということで。

「見つけたんですよ!」
「だから、何を、だね。君は、本当に落ちつきがないね。報告は5W1Hをはっきりと・・・」
「稲垣です!」
「・・・・・・・・・・・」
その言葉は、木村博士の脳髄の中にゆっくりと落ちていった。理解するまでは、その倍の時間がかかった。
「・・・何を言ってるんだ?」
「い、稲垣、なんです・・・!」
「香取く〜ん」
木村博士は外人のように肩をすくめた。
「君ね、軽々しく口にするんじゃないよ?稲垣だよ?稲垣」
「はい」
「稲垣は養殖にすら成功していないんだよ!?」
「はい!知ってます!だから・・・!だからこれは・・・っ!」
木村博士が敢えて見ないようにしていた香取助手の手の中の虫カゴ。チラリと見ると、中には、確かに稲垣らしいものが入っている。
いや、そんなバカなことが・・・!
「これは、ど、どこで・・・?」
捕獲された状況で、判別がつくかもしれないとおそるおそる木村博士は聞いた。
「裏の林です・・・!」
「君は、中居もそこで捕獲したと言っていたね?」
「はい。あの・・・、なんて言うんですかね、中居が出てくる童話とかがあるじゃないですか。それを読んでいて・・・。いや、研究者としてどうかと思ったのですが、それらの物語に共通点があるものですから・・・」
「ということは、焼酎とビールのブレンドに、醤油の香り漬けをした・・・?」
「はい。それを、松の木に塗っておくと、中居が現れるって言う・・・」
「じゃあ、まさか、稲垣は・・・!」
「はい!やってみました!」
「しかし、それだと・・・」
「・・・いや、こないだボーナスが出たから、思い切って・・・!」
香取は、辛そうな表情をしたが、その中に小さな自慢が見えた。
「シャトー・マルゴーと、シャトー・ペトリュスのブレンドです」
「うわー・・・!」
「しかもヴィンテージ」
木村シェフは、その市場価格を知っていた。ギンガムチェックはしらなくても、ワインの値段は知っている。なぜなら、幻の稲垣の主食と言われているからだ。そして、そのブレンド(しかもヴィンテージ)で捕獲されたということは。

おそるおそる木村シェフは虫かごを開けた。
中には、妙な形に体を投げ出している稲垣らしき生き物が入っている。
「・・・香取くん、あれを」
「あ、はい」
香取は、木村博士に絹のハンケチを差し出した。稲垣はシルクの肌触りを好む、と言われているのだ。
「・・・死、死んでるんじゃあ・・・?」
持ち上げても、ぴくりともしない個体に木村シェフの表情は曇る。
「いや、そんな・・・」
香取助手は、趣味で作っていた稲垣観察セットの蓋を取る。これまたシルクを敷き詰めてつくられている中にそっとそっと下ろすと、その繊細な動さでも驚いたように、稲垣は身動きした。
「・・・!」
木村博士と香取助手は固唾を飲んでその動きを見守った。
稲垣は、シルクだらけの中で、つるつる滑りながらどうにか座った。横座りだった。

そして。

「あぁ!これ!これやっぱり稲垣ですよ!」
「稲垣だ!!」

前髪を直したのだ。
二人は、これが天然の稲垣であることを確信した。
しかし、天然の稲垣の生体は、まだまだあまりにも謎が多い。
「とりあえず香取くん。ヴィンテージを持ってきなさい」
「え」
「食事を与えないと!」
「あの」
「どうした、香取くん」
木村博士の目は、真摯だ。学究の徒はこうでなくては、という熱さもあった。
そんな木村博士に、稲垣を捕獲しようとしたのは冗談で、残りのワインはすぐ様あけてしまったことなどとても言えない。
カード、使えるかな・・・。
泣きながら、再びヴィンテージを買いに行く香取助手だった。

「木村博士は、今まで稲垣を見たことが?」
「一度だけ。エルミタージュの秘宝館だった」
「え!それは、10年に1度だけ開かれるという!?」
木村博士は遠い目をした。
「厳寒の中だった。私は当時、いや、まぁ、今もだが、貧乏な学者でね。薄いコートでロシアの街を歩くのは、とても辛かったはずなんだが、不思議だねぇ。あの時の寒さは、まるで覚えていない」
稲垣観察セットには、ヒーリング系ミュージックを流している。中居のようにスカパーなどがある訳ではないが、稲垣はゆったりと横になっていた。
「あの時の稲垣も、こういう風だったな」
「エルミタージュの稲垣・・・」
「なにせ、規模が違う。稲垣が、そう、あれはまさに、鎮座まします、といってもいい感じだったね。稲垣は、けして入れられていたり、捕獲されていた訳じゃあなかったと思う。エルミタージュの、王といった風格だったよ」
豪華な調度品の中で、稲垣は同じようにゆったりとくつろいでいたという。
「でも、木村博士」
香取は言った。
「私は、それは少し違うのかもしれないと思います。豪華だから、じゃあ、なくって、ただ、居心地がよかったからなんじゃあ」
「なるほど」
木村シェフは、ポンと手を叩き、値段だけは高いが、趣味がいいとは言えない、金ピカの家具を用意してきた。
「18Kだ」
「え!本物ですか!!」
「そう。香港のどこかの店にあるという黄金のトイレ風・金無垢家具だよ、香取くん。値段は高い。金の重さ分があるからね。だが」
それを、稲垣観察セットにいれると、稲垣の眉間に皺がよった。見るのもイヤだというふうに背中を向けて、居心地悪そうに小さくなっている。
「博士!」
「香取くん!」
急いで金ピカ家具を片付けた木村博士は、香取助手の手をがっちりつかんだ。
「そうか!つまり、これを与えればいい、という決まりはないんだな!?」
「そうなんですよ!だから、色々試してみないと!」
「よし!」
そして、二人は、自分が思う、心地のいいもの。センスのいいもの。美しいものをかき集めた。これらの反応を確かめようとしたのだ。
「あ、そういえば・・・」
木村博士は、ふと、中居の歌声を思い出した。
「こないだのあの歌はよかったな、香取くん」
「あぁ、そうでしたね。中居といえば、自爆ローレライと言われていたのに、あれは、違ったんですかね」
「中居の歌は、どうだろうか」
「えっ、稲垣にですか?」
「うん・・・。危険かな」
「いや・・・。まず、十分距離を取って・・・」
「直接はまずいな。ケース同士をパイプで繋ぐことにして」
「フィルター、必要ですね」
「そうだな、パイプの入り口にフィルターをつけてくれたまえ。あ、例の」
「はい。例の新製品ですね」
こうして二人の学究の徒は、中居飼育ケースと、稲垣観察セットをフィルターつきパイプで接続した。お互い、まだ興味を示してはいなかったが、スカパーのスイッチをミュージックプログラムに変更すると、中居が歌い出そうとした。
「よし・・・!」
「いけっ!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちゅどんっ!

そのまま二人と、中居と、稲垣は、気絶したまま朝を迎えた。

<い、一体何が!?>

その81

「捕獲3」

「きっ!木村博士っ!」
「なんだね、香取くん」
この出だしに、木村博士は、もう慣れてしまっていた。この後、香取助手はこう言う。
『見つけました!』
と。そして、木村博士自身はこう答えるのだ。
『何をだね、香取くん』
と。
しかし、木村博士の、経験から推察した結果は外れた。香取助手はこう言ったのだ。

「違うと、言ってください」
「はい?」
木村博士は、中居と、稲垣の研究に余念がなかった。ちなみに、中居のスカパーからは、ミュージックプログラムは外された。
あの日。稲垣が捕獲されてきた日に中居が歌った歌は、『聖母たちのララバイ』
聖母というより、天使に召されるわ!というすざましい歌声。どうやら前回歌った『壊れかけのradio』は何かの間違いだったらしい。
この中居と稲垣だが、個体のサイズはそこそこ似ている。なので、広いケースに入れてみたところ、2個体とも、眉間に深い皺を刻んだ。
ん?と見ていると、見る見る中居がしおれて行き、稲垣は背中を向け壁にくっついてじっと一点を見つめている。
「あ、あっ」
木村博士は珍しく慌てて、右手で中居の首根っこを掴み、左手でシルクのハンケチを拾い、それで稲垣をすくいあげた。
解ったことは、この2個体を一緒にすることはできない、ということだ。縄張り意識が強いのだろうか。それとも、相性が悪い?

といったようなことを確認したところで。

「何がだね?」
「違いますよ、ね?」
「だから、何が」
「これは、違うんです!違います!!」
「だから、何が、だね。君は、本当に落ちつきがないね。報告は5W1Hをはっきりと・・・」
「草gじゃないですよね!?」
「くさなぎぃ!?」
木村博士は呆れかえった。
「君ねぇ、草gというのは」
「知ってます!」
「20世紀が置いていった最後の謎なんだぞ!雪男・つちのこ・草gは!」
「だから違います!違いますよ、これは草gなんかであるはずがない!」
香取助手は、完全に取り乱していた。
そして、彼の両手は、上下に重ね合わせられていた。
「・・・それは・・・?」
「いや、なんでも・・・」
「まさか、君は、その手の中に、草gがいるのだというんじゃあないんだろうね?」
「いえ、違います」
香取は首を振った。
「絶対、違います・・・!」
「じゃあ、その手の中に入っているのはなんだ?」
「違います、違います・・・!」
香取助手は、半泣き状態で首を振りつづける。
「草gは、想像上の生き物でしょう?つまり、その・・・。本来は別の生き物であるものが、こう、『草g』という名を与えられたっていう・・・、なんというか、妖怪と同じような。た、例えが悪いかな、んー・・・、人魚とジュゴンのような」
「そう、言われている。だが、そもそも、じゃあ、草gと呼ばれた本来の生き物がなんであるか、それについては定説すらない状態だ」
「そ、そうです、ね・・・」
「例えば、森の妖精ヤマネではないかという説を聞いたことがあるがね、憶測に過ぎない」
「ヤマネ・・・。いや、ヤマネ・・・じゃあ・・・」
香取助手は、首をひねった。ヤマネの姿なら、香取助手も知っている。しかし、手の中にいる『モノ』はヤマネに似ているとは言えなかった。
「また、クラモトソウのニングルとは、草gをモデルにしたものだとも言われているが、それもロマンティックな空想だろう」
「ニングルかぁ・・・」
それなら、人形だし、似ていないといえないこともないが、だが・・・。
「・・・いるんだな」
「違いますぅ!」
「香取くん!」
がしっ!と手首をつかまれる。香取助手は抵抗した。この手を開いてなるものか!と渾身の力で、手と手を合わせようとする。しかし、運動なんかはしたことないよぉ〜ん、な木村博士も、こと研究のことになるとものすごい力を発揮できるのだ。
「んんんーーーー!!」
「ぐぬぬぬぅぅーーーーーー!!!!!」
それは、激しい闘いだった。
二人の腕の筋肉は極限まで引き絞られ、今にもプチプチっ!って音とともに、切れるんじゃあ!という緊迫した状況の中。

「あっ!」
「えっ!?」

わずかに開いた香取助手の手の中から、何かが頭をのぞかせた。
「く、草gっ!?」
木村博士は、じっとそれを見つめた。見つめて、見つめて、ビーム出るわ!死ぬわ!というほどの強さでじぃぃぃぃーーーーっと見つめた。
香取助手の手から力が抜け、ついに、その全容が明らかになる。
「・・・草g?」
「・・・解らないでしょう?」
二人は、しげしげと、その草gらしき生き物を眺めた。手のひらの上に乗せて、上からも、下からも、斜めからも眺めた。
「うーん・・・」
木村博士の眉間には、深い、深い、皺が刻まれる。
「草g、かなぁ・・・」
「どう思います?草gですか?」
「中居、ではないな」
「えぇ、稲垣でもありません」
「だから、草g。とは、断言できない・・・」
「じゃあ、やっぱり・・・」
ほんの、ほんの少しだけ、香取は願っていた。これが、草gであったなら・・・!彼は、現代のシュリーマンになれたかもしれないのだ。
幼い頃の香取助手は、外遊びも好きだったが、家で本を読むことも好きな少年だった。彼が読んだ日本の古い物語の中に現れた草gたち。傘草g、浦島草g、舌きり草gに、花咲か草g・・・。その草gが、もしかしたら実在するのかもしれないと、香取助手は思っていた。
こっそりと、文献の研究もしていたのだ。
だけど、これは、草gとは言えない・・・・・!
手の中の草gから、そっと目を逸らした香取助手に、木村博士は言った。

「だが、草gじゃないとも、断言はできない」

「え・・・!」

「この生き物は、中居ではないし、稲垣でもない。雪男でも、つちのこでもない。犬でも、猫でもない。犬が犬であることを証明するのが難しいように、これが、草gである。もしくは、草gでない、と証明することは、一朝一夕でできることではない」
「木村博士・・・!」
「香取くん、君、研究テーマを決めかねていたが、本当は草gについてやりたかったんじゃあないのかね?」
「はっ・・・!博士・・・っ!」
先生には解っていたのか・・・!俺の気持ちが・・・!ぶわっ!と溢れた涙は、真珠というよりかちわり氷の大きさで、ぼたぼたと草g(かもしれない生き物)の上に落ち、非常に迷惑そうな顔をされていた。
「そして、その草g(かもしれない生き物)は一体どうしたんだね」
「はい。さっき森の中を歩いていたら、突然何かが飛んできて、顔にぶつかったんです。虫か!と思ってつかまえたら、これが・・・」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ、香取くん!『飛んで』?草g(かもしれない生き物)は飛ぶのかね!?」
「あっ!そ、そうですよね・・・!?あれっ!?」

草g(かもしれない生き物)は段ボールに入れられた。まだ、謎の生態であり、観察してもいいものか判別することすらできなかったからだ。
温かい方がいいのか、涼しい方がいいのか・・・。
何もかもがまだ解らない。
何を食べるのかも解らないまま、何種類もの食べ物がいれられた。
「閉所恐怖症だったら・・・!」
「安心したまえ香取くん」
「はっ!それはCCD!」
「こんなこともあろうかと、用意していたんだ」
「真田さん!?」
大昔のアニメのキャラクター風木村博士は、得意げにCCDカメラをダンボールにセットする。
暗視CCDの映像には、ふんわりつまれた綿の上で眠っている草g(かもしれない生き物)が映った。
「綿か・・・」
段ボールの4隅には、綿、わら、石、土、が置かれていて、どこが居心地がいいのかを調べるようになっていた。
「ふむ」
モニターから離れた木村博士は、香取助手の肩をぽんと叩いた。
「これから、忙しくなるな」
「はい!」

木村博士の研究所には、中居と、稲垣と、草g(かもしれない生き物)がいる。
二人の研究者は、これらの生き物の研究に生涯を捧げる覚悟だ。

その82

「捕獲それから」

「きっ!木村博士っ!」
「なんだね、香取くん」
「草g(かもしれない生き物)がっ!」
「えっ!?」
木村博士は、慌てて段ボールに近づいた。草g(かもしれない生き物)は、今も段ボール生活だ。もちろん、それまでにも、色々なケージにいれてみた。その中で、一番落ちついた様子を見せたのが、これだったのだ。
「草g(かもしれない生き物)がどうしたんだ!」
「・・・酒を飲んでいます・・・!」
「さっ、酒!君、アルコールを・・・?」
「微量です。ほら、稲垣は、ほとんど影響を受けないじゃないですか」
「主食といってもいいものだからな」
「だから、草g(かもしれない生き物)はどうなのかと、思って・・・」
「なるほど。様子はどうだ?」
CCDカメラの映像をのぞきこんだ木村博士は、特に変わった様子のない草gに、一瞬がっくりしたが、いや、アルコールの効き具合ほど個体差のあるものはないはず、とじっと見守ることにした。
これは、草g(かもしれない生き物)全体というより、今まさにここにいる、草g(かもしれない生き物)一個体の状況を知ることができるのだ。
「木村博士」
「なんだね、香取くん」
「私は、あの、えっと」
「ん?」
なんだか、ぐずぐずしている香取助手の方を、木村博士は振り向いた。
「どうしたのかね」
「いえ、あの、私は、ですね」
「うむ。なんだね?」
「私は、一人で飲むのは、あまり好きではないんです」
「そうかね」
何を急に、と、また草g(かもしれない生き物)の観察に戻る木村博士。
「あっ、あ、だから」
「だから、何だね。君は、本当に落ちつきがないね。言いたいことははっきりと・・・」
「いっ、一緒に飲ませてみてはどぉでしょう!」
「・・・え。それは、まさか、中居と、稲垣と、草g(かもしれない生き物)とをかね?」
「はい・・・!」
香取助手は思っていた。やはり、生き物として、他者との関わりを無視する訳にはいかないのだと。
「しかし・・・」
「解っています。中居と稲垣は相性が悪い」
「『相性』という言葉を使っているが、どの程度のものなのかについては、まだ解っていないのだ」
「あの時、1度だけでしたからね。だから、もう一度・・・!それに今度は、3個体いるんですし」
「三すくみか・・・」
「木村博士!」
「むっ!?」
「解ります。もちろん、生き物ですから、無理な実験はよくない!心配しているんでしょう?あのしおれっぷりを!」
「香取くん・・・」
そう。木村博士は心配していた。中居のしおれっぷりと、稲垣の深い眉間の皺を。またあれを見ることは、研究者としてではなく、人間、木村拓哉として、耐えられない。
それは、研究者としての弱さなのだろうか・・・。
「だから、待機しましょう」
「待機?」
「これを用意しました」
それは、単なる段ボール箱だった。浅めの段ボールの蓋を切りとってある。
「ここが稲垣のスペースです」
「確かに」
そこには、木村博士と、香取助手の手作りシルククッションが並べられている。
「香取くんのは、デザインが・・・」
「バリ風です」
「確かに・・・」
木村博士のクッションカバーは、素材の美しさをそのまま表したシンプルなものだが、香取助手は、こんな小さなものなのに!という凝りに凝ったデザインだ。彼はチャンスがあれば、手織したいとまで思っている。
「そして」
「お!それは!」
「月並みですが、シャンパンです。ヴーヴ・クリコで」
「香取くん・・・!」
「中居はここがいいでしょう」
「もちろんだな」
「可愛いですよ、この木村博士お手製の、このこたつ布団」
稲垣のクッションは、段ボールの角に置かれている。中居のこたつは、対角線上になる角におかれていた。
そして二人の間に、草gの綿を置いた。
「中居には、焼酎だな。あ、梅きゅうも、そうそう。言ったかな、中居は白ご飯が随分好きなようなんだ」
「稲垣とは違って、日本固有種、ってことですかね」
いそいそと、対中居宴会グッズを用意する木村博士は返事もせずにキッチンに向かい、一緒に稲垣のためのチーズを用意してきた。
「で、草g(かもしれない生き物)だ」
「で、草g(かもしれない生き物)ですね」
確かに、今、草g(かもしれない生き物)はビールを飲んでいる。しかし、つまみに何がいいのかは不明だ。
なので、多種類準備した。
柿ピー、ソーセージ、ポテチ、モツ煮、冷奴、枝豆、チーズ、韓国ノリ、白ご飯、漬物、ポッキー、プリッツ、などなどなど・・・。
「ありきたりですかね」
「いや、まずはこのあたりからだろう」

二人は協力し、せーの!と同時に3人を段ボールの中に投入した。
それぞれのお気に入りの場所に座った中居と稲垣は、なんだか居心地悪そうな様子を示したが、目の前には、お気に入りのお飲み物&おつまみがある。
相性が悪かった相手の姿が、草gがいるため、直接には見えないためか、それなりに落ちついているようだった。
草gは、ビールを飲みながら、側にあるおつまみを色々吟味している。
まず手を出したのは、韓国ノリだった。
「お、韓国ノリ・・・!」
メモメモ!香取助手の手はさっさと動く。
「満足そうだな」
木村博士もきちんと観察をしていた。
「どう思います?この3個体は・・・」
「うーん・・・、今のところは、たまたま、壁の無い空間に一緒にいるという程度だろう。お互いに認識しているとは思えない」
「そうですね」
結局、その日は、中居も、稲垣も、草gも、一人酒を楽しんでいるだけだった。

「まぁ、がっかりするな、香取くん」
「木村博士」
それぞれのケージに中居たちをおさめ、木村博士は言った。
「酒、というのは、人間の中でも、非常にパーソナルなものだ」
「え?」
「初対面から、すぐに酒を酌み交わせるようになるとは、思えない。今日は、まず顔合わせだ。アルコールがあれば、お互いの気まずさは、あまり感じられていないということは解ったじゃないか!」
「そうですよね!」
「香取くん!」
「木村博士!」

がしっ!!と手を取り合った二人は、次の日、再び、同じ観察をした時に、地獄を見ることになるが、まだそれを知らない。木村博士と、香取助手の、幸せな時代が終わりを告げようとしていた・・・。

その83

「捕獲それからそれから」

「木村博士」
「なんだね、香取くん」
最近の香取助手は、精神が安定している。なので、むやみに叫ぶことがなくなった。研究をするためには、静かな環境が必要だと思っている木村博士も機嫌がいい。
「もう一度、どうでしょう」
「ん?何かね」
木村博士は、中居の飼育ケースの中に、バターピーナッツを入れているところだ。
「そう、それです」
「それ?」
「バターピーナッツといえば、酒のつまみ!」
「そうかぁ?」
木村博士は首を傾げたが、香取助手の言いたいことはよく解った。
「例の、観察だね?」
「はい。そろそろいいんじゃないかと・・・」
あの観察から、1週間が過ぎていた。
3人にお好みのアルコールを持たせ、同じ空間にいれたのだが、その時は、お互いを意識することはなかった。かつて、何もない状態で、中居と稲垣を同じ空間に置いたら、お互いに、非常に居心地悪そうな様子を示したことがあったが、アルコールはそれを緩和させるようだった。ただし、前回の観察の際には、中居と、稲垣の間に草g(かもしれない生き物)を置き、直接姿が見えないようにしていたのだが。

「そろそろ、解ってきたんですよ。草g(かもしれない生き物)は、あんまり好き嫌いがないんです」
ほら、これ。と、差し出されたレポート用紙を受け取り、木村博士はざっと目を通す。
「バラエティに富んでるな。また、庶民的な・・・。ん?香取くん、君まさか」
「あ、いえっ!ち、違います・・・」
しかし香取助手の言葉は小さくなってしまう。
「君、今、お金がないね?」
「・・・博士・・・!」
「確かに、この研究所は、稲垣のために、財政は逼迫している。けれど、こればかりでは、いかにも草g(かもしれない生き物)が気の毒だ。いや、体にいいものばかりだがね?さ、これで、草g(かもしれない生き物)に、お刺身でも」
木村博士は、がま口を取りだし、中から几帳面に折りたたんだお札を取り出す。
「はい!」
受け取った香取助手は激しく驚愕したが、それを表情に出さないよう、必死に押しとどめる。

それは。

500円札だった。
今の若い子ちゃんは、もう、そんな存在を知らないかもしれない、500円札だった。

500円でお刺身は買えないこともない。体の小さい中居たちなので、香取助手は、自分の財布から出した新500円玉で「単身パックお刺身盛り合わせ」を買い、観察用ケージの中央に置く。
「食べますかね」
「うん。稲垣は、ウニとか好きだったな」
「あ、ウニは・・・」
「おぉ、そうかね」
500円の単身パックお刺身盛り合わせに、そのようなものは入っていない。でも、多種類のはいいところだ!と香取助手は必死に思った。
そして、前回は、それぞれのスペースをつくり、すぐ側にアルコールを置いたが、今回は、中央に色々取り揃えてみる。
この条件での3個体の様子をみようと言うのだ。
「それじゃあ、お願いします」
「うん」
スカパーで、清原肉体改造への道の再放送(実存しそうな、しなさそうな)を見ていた中居は、首根っこをつかまれ、結構暴れた。どうしても、清原の肉体改造が見たかったようだ。
稲垣は、シルクのハンカチで包まれても、特別暴れない。暴れはしないが、クッションの上に座ろうとして、失敗した。
転んだ。
あ。と思ったら、ふいっとそっぽを向いてしまった。
・・・見てはいけなかったか・・・と思いながら、中居を下ろす。
中居は、清原ー・・・とスカパーに未練を残しているようだったが、ん?と刺身盛り合わせに気付いた。
中居は、和食が好みのようだったが、焼き魚などの方が特に好みだ。しかし、もちろん刺身も好きなので、側まで行って、さっさと食べる。そうすると、後から入れられた草g(かもしれない生き物)も、寄っていく。
「あ、行きますね」
「そうだな」
二人は、それぞれにあまり関心がない様子だったが、とりあえず食べ始め、飲み始める。
そして、一言、二言、会話をした。
「あ!」
「んっ!」
もちろん、ビデオは回している。しかしまき戻しての確認はまだできない。撮影は始まったばっかりなのだ!
「喋りましたね、木村博士!」
「そうだな、香取くん!」
見ていると、中居の方がよく喋っているようで、草g(かもしれない生き物)は、時折返事をしながら話を聞いている。
そのうち、失敗を飼い主にみられた猫、の状態から復活した稲垣が近寄ってきた。
距離は微妙だ。
まず刺身をちょっと取り、二人と、少し離れた位置に座る。あれ、自分のワインは?という顔をしていると、草g(かもしれない生き物)が、持っていってやっている。
「・・・優しいですね、草g(かもしれない生き物)」
「そうだな。中居は、多分、これ、言いがかりじゃないか?」
3個体の声は小さく、録音は出来ているはずだが、まだ二人の研究者の耳には聞こえてこない。そもそもどういう言語なのかも解らなかった。
「精神年齢、といったものがあるとすれば、草g(かもしれない生き物)が一番高いのかも、しれないな」
「実年齢すら解らない段階ですが・・・」

「香取くん」
なんとも、穏やかな様子の3個体を見ていて、木村博士は言った。
「どうだろう。我々も」
「え!木村博士!」
香取助手は驚いた。木村博士が飲もうというなんて!
「まぁ、これで何か買ってきてくれたまえよ。好きなお酒でも」
再び登場したがま口から、畳まれたお札が出てくる。まさか、また500円札!?と思ったがもちろん違う。

千円札だ。

現行のものより、明かにサイズの大きい。

1000円で何が買えるだろう・・・。自分の財布から追加せずにはいられない状況に追い込まれた香取助手だった。

「どうですか!?」
その香取助手が、ディスカウントストアで、さらにディスカウントさせた料理酒とつまみを持って飛び込んでくる。
「特に目立った変化はない。あ、ほら、今、稲垣が」
「え?あ!近寄ってきている!」
3個体の距離は、明かに近づいており、驚くべきことに、稲垣が中居のグラスに日本酒を注ぐシーンまで撮影できた。
「すごい・・・!」
「これは・・・!」
よし、自分たちも!と料理酒を飲もうとした二人は、何かに呼ばれたような気がして、ふと、降り帰った。

『てゆーか!!もぉ!!聞いてってば!』

「え・・・?」
香取助手は、首を傾げ、ケージをじぃーっと見つめていたが、ん?と木村博士を見る。
「あの、今の・・・」
「・・・草g(かもしれない生き物)か・・・?」
さっきまで、和やかに飲んでいたはずの草g(かもしれない生き物)が立ちあがり、ケージの壁にへばりついている。
『酒!無くなっちゃったみたいなんだけどぉ!』
「・・・あ、ほんとだ・・・」

『そろそろ焼酎にしてくんなーい?』
「中居っ?」
体に見合った声のはずなのだが、えらくハキハキと聞こえてくる、この声は一体・・・!
二人は料理酒を放りだし、ケージを覗き込んだ。
『何つくってくれるのかなぁ』
その料理酒を見つけた稲垣も言う。

「木村博士・・・!」
「香取くん!」

人間の言葉が喋るなんて!
二人は感激した。これにより、もっと細かい研究ができるのだ!しかし。

『てゆっか、やっぱり、イカだよね。イカじゃない?イカイカ』
「い、イカ?」
『刺身盛り合わせって普通、イカ入ってるよね。普通』
「入ってたって思うんだけど・・・」
草g(かもしれない生き物)からの抗議を受け、覗いてみる香取だが、確かにイカがない。いや、確かあったはずだ・・・。と辺りを見ると、中居の口から、イカの切れ端が覗いている。
「・・・食べられてんじゃん」
『いや、てゆっか、こういうのってさ、盛り合わせって不公平じゃん?不公平だよね?一人分ずつにしてくれたらいいじゃない?』
「あぁ、まぁ・・・」

『あーー!もぉー!うっせぇなぁーー!!』
口の中をイカで一杯にしている中居が怒鳴る。
『ちょっと!ちょっとっ!』
ケージは、ガラス貼りになっていたが、そのガラスを、べしん、べしん、と平手で叩く。
果たしてこの行動は!?
驚愕しながら、それでも、研究を続けたい木村博士は、じっと中居を見つめている。べしんべしん叩いていた中居は、
『こっちだっ!つってんだろ!』
と怒鳴り上げる。
「こっちといわれても・・・」
出たいのか、とケージの中に手をいれると、これこれ、と中居はその手のひらに乗ってくる。
じゃあ、出そうとしたら、『ちっげーだろ!!』と怒る。
また手を下げて、どうしたらいいんだと思うと、中居は、木村博士の左手を、勝手に調整する。すなわち、手のひらを上にし、指だけだ床にぺったりつくような状態だ。
『これこれ』
「まさか、座椅子!?」
木村博士は、ものすごく不便な体勢で、その左手を中居の座椅子として、無理矢理供出させられる羽目に陥った。
運動不足の体にはこたえる、無理な姿勢だ。
おそらく、後35分後に、木村博士の腰痛は痛み始まるだろう。

『だから、その料理酒で何を作るのかな。 僕としては、まぁ、アサリのワイン蒸し程度でいいと思うんだけど。あ、ワインじゃないか』
『ワイン蒸し?ワイン蒸しも悪くないけど、何つくるのかな。あ、でも、俺、ごはんも欲しいかな』
『ワインも切れてるけど?』

あぁ。
どうして飲ませてしまったのか・・・・・・・・
香取助手は、遠くを見つめる。
『なー!なー!焼酎はー!焼酎はぁーー!』
身動き取れない木村博士のため、香取助手は走りまわった。

果たしてこれから、この研究室がどうなるのか。
それはまだ、誰も知らない。
そして、いつ、草g(かもしれない生き物)がマシンガン意味不明トークを終わりにするのか。
それもまだ、誰も知らない。

その84

「アトラクション」

「あれ、慎吾早ぇじゃん」
「中居くんに言われるとは思わなかったねぇ〜♪」
水曜日、スマスマの楽屋に一番に入っていたのは、信じがたいことに中居だったし、2番手は、慎吾だった。
サタスマの収録があったのだ。
納得いかねぇ、ぶすくれている中居に対し、慎吾は、今にも踊り出しそうだった。いや、実際踊っていた。
「・・・なんだよ・・・」
ぶすくれている中居は、そんな慎吾の、『聞いて、聞いて!ねぇ面白いことあったんだってば聞いてよ!』オーラは無視した。
無視したが、『ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!!!!!』オーラは、圧力を増していくばかりだ。
神様。
信じてもいない神様に、中居は訴えた。両手を胸の前で組み合わせ、天を見上げ、訴えた。
どぉして、こんな暑っ苦しい物体を、うちの末っ子にしたのですか。神様ぁーーー!!

「あーもいいよ!教えてあげる!」
「いらねぇ」
「いいって、いいって!あのねっ?」
「だから、いらねぇ!」
「面白かったんだぁ〜・・・!」
慎吾は、うっとりと宙を見上げる。
「そのね、深夜というには、まだ浅い時間。ものすごく面白い番組があったんだよ。アトラクションだな。アトラクション。ディズニーより、ユニバーサルジャパンにふさわしいアトラクションだと思うよ。いや、ジャパンじゃないな。本場のユニバーサルスタジオから問合せがくるね。多分。いや、すでに来るってことを想定して、手を打っといた方がいいんじゃないかな・・・!どう思う!?」

「隣ですか。はーい」

中居はとっとと隣のスタジオに向かっていた。

「んもー!中居くん!何やってんだよ!」
「仕事」
「ばっかじゃないの?そんなことやってる場合じゃないじゃん!」
「仕事だっつーの!仕事以外何やるっつんだよ!」
「あぁ、あぁ、解ってるよ、中居くんが金に汚いことは、だから、俺はあえて、金になる話をコガネムシ中居にもってきて上げたじゃん!」
「誰が金に汚ぇよ!」
びしぃ!!シャープな回し蹴りを背中に決められても、慎吾は平気だ。なぜってアトラクションに夢中だから。
「早くに権利を持っとくべきだと思うんだよ?そういうの詳しいんじゃないの?守銭奴中居は」
「だーれーがーしゅーせーんーどーだぁーーーーーー!!!!」

「中居さーん、香取さんの息の根がとまる前に辞めてくださーい。座ってくださーい」

ぎゅうぎゅうと慎吾の首を締める中居に、スタッフが声をかけた。よくあるサタスマの風景だった。

「なんで、解んないんだよ!あ!まさか昨日アトラクション見なかったんじゃないだろうねっ!」
収録を終え、慎吾はプリプリ文句を言う。
「なんだよ、アトラクションってよ・・・」
「うわー!ほんとに見てないんだ!中居くん、アトラクション見てないんだーーーー!!!」
「番組名か・・・?」
うわーー!!と逃げていく慎吾の背中を見ながら中居は呟く。ともかく、自力で去っていってくれて助かった。訳の解らないトークに付き合っているほどヒマじゃない。
さ、お仕事、お仕事、と、ワーカホリックらしく続いての仕事について、考えるため楽屋に戻ろうとしたところで。
「あ!中居さぁ、昨日見た?」
爽やかな黒い笑顔の男、木村拓哉に挨拶以前の話かけられ方をした。

人間関係の基本は挨拶とか、眠たいこと抜かしてんじゃねぇのか、おめぇは。
仕事モードの中居は、そーゆーぬるいことが嫌いだ。『あ、中居さぁ、今日のトリビュートなんだけど』的話かけられ方だったら、『うん、何?』と返事もできたが、『昨日見た?』って。『昨日見た?』って何だ!
ここは、学校か!!俺とおまえの席はお隣同士か!授業中には、お手紙回すか!!!
ぶすくれ度、180%アーップ!となった中居は、「アトラクションなら見てねぇ」と返事をした。
「アトラクション!」
木村は笑顔をさらに輝かす。
「それいい!アトラクションだよなー、あれなー」

「じゃあ、その話は、あっちで慎吾ちゃんとやってくれるかな、木村くん」

ヒヤリ。
首筋にナイフをつきつけられたような冷たさをほんの一瞬感じた木村だったが、え!アトラクションを見たヤツがいるなんて!と、ダッシュ!していくのだった。
中居のぶすくれ度、280%アーーップ!

「おはよう中居くん」
こめかみに、みっつほど怒りマークをつけながら、大好きな仕事をしていたところに、人として正しい挨拶をしながら吾郎が現れた。
そう。会ったらおはよう。芸能人として当たり前。
「はよ、あ、おまえ・・・」
「あぁ、昨日?見た見た」
おまえもかーーーー!!!!
なんなんだアトラクションって一体ーーー!!
「あれ、すごかったね、笑っちゃった」
くすり、と上品に笑う吾郎が気に入らなかったため、中居は、手元にあった烏龍茶をわざと零した。吾郎の方に向けて。
「うわ!何してんの!
湿気を嫌う吾郎が出ていったところで、鍵しめちゃれ、と楽屋の鍵を内側から閉める。
あぁ、仕事。
仕事って素晴らしい・・・!

がちゃがちゃがちゃ。

ドアノブをひねる音が聞こえてくるまで、中居は、あーでもない、こーでもない、MDやらCDやらを聞きまくっていた。
「あ?」
ようやくドアの音に気付いて、何をがちゃがちゃやってんだ、と思ったが、自分が鍵をかけたことはすっかり忘れている。
「何やってんだよー!」
木村の声がして、何って仕事だよ!おまえらがアトラクションだかなんだかに夢中になってる間に、俺様は、仕事をしていたのさ、仕事ぉぅーー!!!
と、心で叫び、鍵をあけた中居は、4人のメンバーを見た。
「お、アトラクション4人衆」
冷たく言うと、真ん中にいた剛が、テレっ、って顔をする。
「そんなぁ〜」
「違うよ、中居くん、4人衆なんて!アトラクションって言えばやっぱりつよぽんだよねー!」
「あれはおかしかった・・・!」
くくくく、と木村も、吾郎も楽しそうだ。
「夏コンにいいと思うんだよ!俺は!」
怒鳴り散らしてやろうか!と思っていた中居は、夏コンという言葉で、いきなり我に返った。
「え?夏コン?」
「そう!ユニバーサルスタジオなんかに取られる前に、SMAPでやろう!SMAPの夏コンでこのアトラクションやるべき!」
「何?え?」
「いいなぁ。俺、それ絶対やりたい。このアトラクション」
コンサートでの企画通り率、限りなく0に近い男、木村拓哉も力強く言った。
そんなに!?そんなにすごいの!?そのアトラクション!ライブでやりたいほど!?どんな!?それってどんな!?

仕事のモードの中居は、ものすごくものすごく、ものすごぉーーーく!集中して次の言葉を待った。
それが、どんなアトラクションなのかと!

「絶望のS字クランク、草g剛の横転ショー!!」

バシャン!

4人の前で、ドアが閉められ、鍵のかかる音がした。
「え!なんで!!」
慎吾がドアにすがりつく!
「いいじゃん!草g剛の横転ショー!!」
「座席と画面を連動させんだよ!横転すんの!そんで、座席が!!」
「剛が笑いながら横転していく映像なんだよ!?」
「絶対いいよなぁーー!!」
「オプションで、当然、ユースケさんと、土屋さんもつくのに!?」
木村、吾郎、慎吾がドアに向かって騒ぎ続ける間、剛はずっと笑顔だった。
それはもう、今まさに車が横転する時に見せて、素敵な、素敵な、笑顔だった。

(やってほしい・・・!草g剛の横転ショー・・・!大爆笑アトラクション・・・(笑)!)

その85

「ベスト」

「あ、メールの返事・・・」
木村がパソコンを覗いていると。

「ダウンロードしてマイベストをお作りですね!?」

「うぉっ!」
「私も作るんですよぅ〜!」
「何やってんの!」
あのCMとはまるで違う、たっぷり空間を取ったシンプルでスタイリッシュな部屋の中、木村はCM以上に仰け反っていた。
「いや、私は作らないだろう!」
「作るよ!ほら!」
「てゆーか、おまえ、ダウンロードとか知らないだろ!」
『マイベスト』と手書きされたカセットテープを差し出す中居は、ふるふると首を振る。
「『ダウンロード』=『下がる道』」
「いやいやいや、訳わかんねぇから!」
なおも、ぐい!と差し出されるカセットテープは、今時どこにいけば買えるんだ!?という懐かしいデザイン。カセットケースも、最大限に分厚いに違いない。
「どっから入ったの!」
「差し上げます」
「いらねぇよ!」
「差し上げます!」
「だから、いらねぇって!」
「さーしーあーげーまーすぅぅー・・・・・・・・・・」

「・・・いただきます」

これ以上逆らったら、刺されるかも。
中居の目の奥の光りはそれくらい剣呑なものだった。
おずおずとカセットテープを受け取るため、両手をそろえて差し出した、おちょうだいのポーズ。
中居は一転ご機嫌のよい顔で、にこにことそのカセットテープを木村の手に置いてやり、んじゃ、と自分の後ろに手をやる。

「聞くだろっ?」
「聞くんすか!?」
ひょっとしたら筆跡鑑定できる!?というほど見なれた『マイベスト』という文字をぼんやり眺めていた木村は驚愕した。
「聞くに決まってんだろ!テープは美術品じゃねんだよ!テープ鑑賞してどーすんだよ!」
「あ、えと、でも、カセットテープは・・・」
木村の部屋には、CD、MDなどデジタルメディアの再生機はあった。MP3プレイヤーもあった。しかし、カセットテープは、ないことはないけれど、それはしまいこんである。
「じゃん」
中居は、自分の背後から、何かを取り出してくる。
「ら、ラジカセ!」
それはもう、そのでかさは何?というステキなラジカセだった。色はもちろん、黒とシルバー。再生などのボタンは、『ガッチャン』と大きな音をさせる、重たいもの。パコン、と軽い音をさせてふたが開き、ほれ、とラジカセを押しやられた木村は、その中に、中居の『マイベスト』をいれる。上下をいれ間違えるところだった。
「懐かしすぎる・・・」
「さ、聞こ、聞こ!」

ガッチャン・・・!

再生ボタンが押され、10秒ほどの無音の後。

「タ、タイムゾーン・・・!」
「うぉううぉううぉううぉう!たいむぞぉーーんっっ!!」
そのカセットテープは、まさしく中居の『マイベスト』だった。おそるべしテープだった。オートリバースではないため、ぱこん、とあけては、入れ替えて、またがっちゃんと再生を押し・・・。
人力リバースはエンドレスで続くのだった。

(MP3って解らないんだよね・・・(笑)すごく遅れてるわ、私・・・。いいのっ、興味ないもんっ)

 

その86

「恋愛小説家」その1

中居正広は、人気の恋愛小説家だ。彼の描く透明で美しく、どこか哀しくもある物語は、多くの女性の涙を誘った。彼はクオリティを大事にする寡作な作家だ。単行本の著者近影は、有名カメラマンの手によるものだが、そのモノクロの写真を見て、憧れる女性読者数知れず。たまに、新刊が出ましたと、テレビなどでその写真が出たりするものだから、読んだこともないくせに「正広様・・・♪」と憧れている女性も多いらしい。
そんな中居正広は、人嫌いだった。
できれば、ずっと家に篭っていたい。
スタイリッシュなマンションの、スタイリッシュな部屋で、多くの本と、愛用の万年筆と一緒に。
そう。もちろん、中居正広の筆記用具は万年筆。
ネーム入り原稿用紙。
マホガニーの大きな机に、大きな椅子。
壁は作りつけの重厚な本棚で囲まれ、その中には、彼の作品を含め、珠玉の名作が並べられている。
落ちつく・・・。
美味しい日本茶を入れて、ずず、とすすりながら、中居は非常に満足していた。至福の瞬間だった。

ぴんぽーん。

む。
そんな静寂を破る、のんきなチャイムの音。このマンションの中で気に入ってないものがあるとすれば、あのチャイムだろうか。
しかし、お茶は美味しくはいっているし、今日のオヤツはばあちゃん手作りのおはぎ。こんな時にしょーもない来客と会ってる場合ではない。なにせ、人嫌いの上、中居は無頼でもあるのだ。前世で、無頼な医者だったことがあるのかもしれない。

ぴんぽー・・・・・・ん。

チャイムはも一度、少し控えめ押された。
しかし、中居は出ていかない。今日は誰も尋ねてくる予定などないのだ。編集部の人間だろうと、ファンだろうと、向かいの部屋にすむ能天気な若者鍋友だろうと、おばーちゃんのおはぎに勝てるはずがない!
みよ、このおばーちゃんのおはぎのフォルムの美しさを!輝くあんこ、控えめなきなこ!
うふ。
日頃無表情な中居が微笑む瞬間だ。
「いただきます」
手を合わせ、ぺこりとおはぎにお辞儀をした瞬間。

ピンポン!ピンポン!ピンポン!ピンポン!ピンポン!ピンポン!ピポピポピポピポピポピーーーーーーー!!!!!

「うるさぁーーーい!!!」
一声怒鳴った中居は、足音荒く玄関に向かう。ドアを開けようとして、あっ!とチェーンをかけるのは忘れない。
どういう訳か、この人嫌いにして孤高の恋愛小説家、中居正広の周囲の人間は、基本的にデリカシーに欠けるものが多く、ドアが開いたら入ってもいいと思っている節がある。
ドアチェーンをちゃんとかけて、誰だ!と開けたら。

「あ。いたんですかぁ」

おまえ、絶対日本人じゃないだろ、というどこかの島の現地人的肌色をした、ノンフィクション作家、木村拓哉がいた。
ノンフィクション作家、と一応分類はされているようだが、木村拓哉は、エッセイも、コラムも、時々小説もかき、テレビ番組のレギュラーも持っている人気作家だ。
「・・・何の用だ」
「四万十川に行ってたんですけどね」
木村は、これ、と、ドアチェーンの隙間から、袋を見せた。
「あっ!」
それは、カツオの佃煮だった。その店の、その佃煮が、中居は大好きだった。
「ちょっとありきたりなんですけど、カヌーで下ったんですよ。犬もね、ついでに乗っけて」
どこかで聞いたことのあるような話だったが、それは中居の左耳から入り、右耳に抜けていった。中居の心は、ユズ風味のカツオの佃煮で一杯だった。酒にも、ご飯にもあうんだ。
おばーちゃんに持っていってもいい。
どうでもいいから早くそれを寄越せ!

「中居先生?」
いつの間にか、中居はドアチェーンの隙間から、手を出していた。
「え?なんですか?」
そのカヌーから犬が落っこちそうになり、助けようとした自分が先に落ちて、あわあわしてるうちに、カヌーもひっくり返って、そのカヌーの上に、犬だけすばやく登った、という話をしている最中だった木村は、何々?と隙間から中居を見る。
「もしかしてこれですか・・・?」
カツオの佃煮が入った手提げ袋を中居の手にかける。中居はそれをするすると部屋にいれようとして。

ガツン。

ひっかかった。
「無理でしょ、この隙間じゃあ」
「あ!木村さんだぁ」
「お!鍋友くーん!」
中居の手から手提げを取り上げて、木村はドアから離れていく。
あああ、カツオ・・・!
さっきまで、この手の中にあったはずの、カツオ・・・!
ちょっと中居が泣きたい気分になったところで、カツオが、あ、いやいや、木村が戻ってきた。
あぁ!カツオ!とまた手を出そうとした瞬間、木村は言った。
「下のカフェにいますから」

なんだとぅーー!!!
俺のカツオを置いていけーーーー!!!!

むぅーー!!部屋に戻った中居は考えた。
このおばーちゃんのおはぎがあるというのに、下のカフェにいけるだろうか!確かに下のカフェは、なかなかコーヒーなんかも美味しい。
しかし、おばーちゃんのおはぎと、この美味しい日本茶が・・・!
おはぎを前に苦悩する中居だったが、あ!と顔を上げた。確かあの男は以前にも!
あわあわと、おはぎにラップをかけ、冷蔵庫にしまう。お茶は、このまま冷やして冷茶で・・・!
靴を履きながら、ドアをあけ、ちょっとつっころびそうになりながら、階段へ向かう。ここはマンションの二階だ。
カツオのことが心配だった。
以前にも、木村は、下のカフェで、買ってきたお土産を広げて食べていたことがあるのだ!持ち込みだなんて、なんて非常識な!いくら、形ばかりのオーナー鍋友がいるとはいえ!
憤りを感じてやまない中居だったが、カフェの入り口の手前で立ち止まって深呼吸する。
焦っていると思われるのは本意ではない。自分はただ、それなりに雰囲気のいいカフェで、コーヒーを飲もうと思っているだけなのだから。

「あ、中居先生。何飲みます?」
「コーヒーだ」
「はーい。中居先生にコーヒー!」
中居は、木村と鍋友が座っているテーブルの隣に座った。ちらりと目をやると、テーブルの上に手提げ袋が置かれている。開けられた様子は、まだ、ない。
ほ、っと胸をなでおろす

しかしその瞬間!

<つづく>(笑)

どうなる!中居先生のカツオの佃煮ユズ風味(笑)!

 

その87

「恋愛小説家」その2

木村がその手提げ袋の中から、箱を取り出したのだ。
あぁ!そのパッケージ!リアルなカツオが描かれたそのパッケージは!
中居は、背筋に冷たい汗がリットル単位で流れるのを感じた。まさか、またここでバクバク食べてしまうつもりでは!味わうというより、腹を満たすために!
そんなこと!そんなこと!カツオに対する冒涜だぁーーーーっ!
しかし、中居はそれを表情に表さなかった。ここで慌てるのは、中居の美意識が許さない。ただ、食い入るように、そのパッケージを見つめるだけだ。
「先生、コーヒーお待たせしましたー。あ!木村さん、それー!」
「うん、頼まれてたから」
た、頼まれてた!?
中居が目を見開いて見つめる中、そのパッケージは、木村の手から、鍋友の手に渡される。
「うわー、ありがとうございますー!」
お盆の上に、ぽん、とそれを乗せ、そのまま鍋友は中居のテーブルまでやってきて。
コーヒーだけを、丁寧に置いた。
コーヒーだけを。
「これ美味いんですよねー」
そして、くるっと背中を向け、木村に話しかける鍋友の声を聴きながら、中居は、すぐにはコーヒーに手を出せなかった。
手が震えていたからだ。
あのカツオは、鍋友への土産だったのだ・・・!
ふ。そうだ。木村は、そんなこと一言だって言わなかったじゃないか。
がっくりするな!がっくりするな俺!
俺には、おばーちゃんのおはぎがあるじゃないか!冷蔵庫の中で、待っててくれてるじゃないかっ!
「酒に合うよな」
「温かいご飯とかにも合うんですよー!」
そう。その通りだ。でも、鍋友に、本当にわかっているだろうか。あの繊細な味わいが。ほんのりとしたユズの風味が。ほんとに?ほんとにっ?
「今日さ、その店行ったら新製品出てて」
し、新製品!?
中居は、ぴくり、と指先を震わせた。まだコーヒーカップを手に取ることもできない。
高知の、その店の商品を中居は信じていた。また、何か素敵な商品に違いない・・・!
一体どんなものなのだろう。中居は、旅行なんてめったにしない。高知まで行ったこともない。思えば、あのカツオと出会えたのは、木村の土産があったからだ。
正確には、木村がこのカフェで、コーヒーのつまみにカツオの佃煮を食べてるのに遭遇し、なんて非常識なことを!と思ったのに、無理矢理食べさせられたからだ。
あぁ、あの旨み・・・!
それからは、それとなく担当編集の稲垣に取り寄せてもらったりしていたのだが、他の商品も美味しかった。

その店の新商品!

「美味しかった?」
「うん。試食させてくれたんだけど、美味かったよ。でも高くもなくってさぁ」

か、買ったのかぁーーー!!
手提げ袋の中には、まだ入っているのか!
どうにか手の震えを抑え、コーヒーを口元に運ぶ。解るのは、熱い、ということだけだった。
一体どんなものなのか。
どんな味がするのか・・・!

「でも、カヌーねー。俺乗ったことないんですよ」
「そう?ラフティングもいいけど、のんびり下るのもいいけどね。静かでさぁ」

誰がそんな話しろとゆったーーーー!!!
「あぢっ!」
怒りの余り、がっ!とコーヒーをあおってしまい、あぢぢっ!と口元を抑えると、大丈夫ですかっ?と鍋友と木村が飛んでくる。
「あぁ、あぁ、子供じゃないんだから」
「黒いシャツだから、目立たないけど・・・」
「やけどしてない?」
「いや、そこまでは・・・っ」
タオルで、ぱんぱん、顔やら、胸元やらを叩かれて、いだ、いだっと仰け反る。アウトドア派の二人は、やたらと力が強かった。
作家にとっても、イラストレータにとっても、その力の強さは、無駄だろう!
黙って叩かれていた中居は、椅子まで零れてるから、立って、立って、と立たされる。

その瞬間だった。
今しかない!
中居は、めったにない身のこなしで、例の手提げ袋をひっつかみ、カフェからダッシュした!

<つづく>
短いわー(笑)!


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