映像作家 慎吾
2008年、SMAPのライブは、急遽やることに決まった。
メンバーからの強い意向により始まったライブで、慎吾が担当することになったのは、映像全般。毎回のライブで、色々な映像が使われて、それぞれに慎吾は好きだった。しかし、今回自分がやるとなったら、自らの好みと、客席の好みを百バーセントに近く、いや、それ以上に満足させるものが作りたいと思った。
まず必要なのは、カッコいいSMAPだろう。
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その森は、かつてとても美しい森だった。
木漏れ日の中、ピクニックをする恋人たち。子供たちは、小川で水をきらめかせてはしゃぐ。季節ごとに美しい花が咲き、雪の季節でさえ、純白の森は美しい。
けれど、それも昔のこと。
今、その森は昼間でも薄暗い。
子供たちは、決して森に入らないように厳しく言われている。枯れた木々が道を塞ぎ、うっそうと茂った葉によって光が入らない。気軽なお散歩コースだったはずの道が、複雑な迷路となり、いなくなったと言われる子供もいるからだ。
ただし。
危ないから行くな、と言われて行かないような子供がどのくらいいるだろうか。
その夜、森のすぐそばのお屋敷でパーティーが開かれた。
そこに招かれていた兄と妹が、退屈したため、パーティー会場を抜け出してしまったのだ。
美しく手入れされた庭のすぐ外に、その森がある。
「お兄ちゃん」
綺麗なもの、整ったものより、子供はごちゃごちゃしたものの方が好きだ。
「行ってみようよ」
「うーん、でも、なぁ…」
多少なりとも年上の兄は、少し及び腰。
「だって、面白いよ、きっと」
妹に手を引っ張られ、兄は、賑やかな屋敷を振り返る。
「ねぇ、お兄ちゃん、怖いの?」
「怖くなんかないよ!」
こうやって、子供は間違った道に足を踏み入れてしまうのだ。
森の中は薄暗かった。
けれど、最初から夜だから、子供たちは気にしない。逆に月明かりで、昼間よりよく見えるかもしれなかった。
枯れた草の上を、はしゃぎながら子供たちは走る。
その足元で、ふいに赤い薔薇が咲き始めた。
「あれ、お兄ちゃん…」
はしゃいでいた妹が、足を止める。
「お花」
「綺麗だね」
けれど、その花は、簡単に手を手折れないように見えた。くっきりと赤い、茎にはトゲの目立つ薔薇。
「…怖い…」
急に妹が言う。今まで気にしていなかった周囲の様子がようやく目に入って来ていた。
枯れた草。茶色い折れ枝。その中に一輪だけ咲く赤い薔薇。
「お兄ちゃん…」
兄の手をつかむ。兄も、妹の手をぎゅっと握り締めて、体を抱き寄せた。自分も、不安だったのだ。
振り返っても、どこから来たのか解らない。
迷った…?でも、迷ったと言ったら、妹はどうなる?
「お兄ちゃぁん…」
「大丈夫だよ…!」
本当は、自分が全然大丈夫じゃないが、そんなことはいえない。真っ直ぐ歩けば、きっとどこかに辿り着ける。
思い切って。
勇気を出して一歩を踏み出した兄の前に、何かが降ってきた。
「わっ!」
「きゃあっ!」
二人揃ってひっくり返る。
「お兄ちゃん!」
「だだだ、大丈夫…っ!」
ぎゅっと抱き合う二人の前に、一人の男が立っている。黒いマント、黒いタキシード。マスクをつけた姿は、見るんじゃなかった…!と兄をさらにびびらせた。
怖い〜…!
怖いよぉ〜…っ!
兄妹が声もなく、ひしっ!と抱き合っていると、さらに一人が木の上から軽やかに飛び降りてくる。
木々を揺らして降りてくるのに、降りてきた彼らのマントや、タキシードには、まったく汚れがついていない。二人が、三人になり、四人、そして五人目が降りてきた。
シルクハットを被った五人目は、一番小柄なのに、なんだか一番怖い。
その彼の前に、一番最初に降りてきた一人が進み出る。一番大きいけれど、マスクの下に見えている大きな口が笑っていた。
彼はひらっと両手を広げて、その手を子供たちの前に差し出した。
大きな手の中に、白い名刺。
綺麗な箔押しをされた名刺に、ひらがなで、『しんご』と書いてある。
「め、名刺…」
父親がやりとししているのを見ているから、子供たちもそれが何であるかを知っていた。
「くれる、の…?」
子供だから、名刺なんてもらったことはない。その兄の手の中に、白い名刺が一枚渡された。
その次に出てきた名刺が、『つよし』、それから『ごろう』
少し大きめな名刺は、三枚でいっぱいになった。
『たくや』は妹の手に。
そして最後に『まさひろ』の名刺が渡されて、二人の小さな手は、五枚の名刺でいっぱいになった。
「しんご、つよし、ごろう、たくや、まさひろ」
妹も、ひらがなは読める。顔を見ながら、名刺に書いてある名前を読むと、しんごが大きな口で笑った。
「すごいね。ちゃんと読める」
「読めるよ?」
おしゃま盛りの妹は、当たり前でしょう?と顎を上げる。兄が、いつも生意気〜と思っている顔だ。
「どこから来たの?こんな時間に」
二人の前に、つよしがしゃがむ。
「子供だけで、ダメじゃない」
優しい口調で言われて、ホっとするのと同時に、心配も増してくる。
「あの…」
兄は、うっそうと茂った森を振り返る。今、そこからやってきたはずなのに、もう道が解らなくなっていた。
「あそこのお屋敷じゃない?」
ごろうが、建物の外観を妹に向かって問いかけた。
「赤い、綺麗な屋根で。庭に噴水もあるでしょ?」
「そこ!」
「ずいぶん遠いな」
不機嫌そうにたくやが言い、ごろうが笑う。
「子供ってそういうもんでしょ」
「早く帰んな」
最後に口を開いたのはまさひろで、とても無表情な声だった。
『怖い…』
また、妹が兄にしがみつく。その妹の頭を、ごろうが優しく撫でた。
「怖いねぇ。ちょっと中居くん」
「何だよ」
「まだ小さい子供なんだから、優しくしてあげなよ。帰れっていって帰れるなら、もう帰ってるよねぇ」
こくんと、二人はうなずく。
「面倒くせぇなぁ」
なお、無表情な声でまさひろが言い、ついに妹が泣き始めた。
「あぁ、もう」
ごろうが、綺麗なハンカチを妹に渡す。そして、たくやが、妹を抱き起こした。
「泣くんじゃない。いいもん見せてやるから」
「木村?」
「ちょうどリハにいいじゃん」
何だろう、と思っていたら、五人は歌を歌ってくれた。
It’s Show time Showが始まる♪
It’s Show time Showが始まる♪
Super Modernで artisticな Showが始まる♪
可愛い、面白い歌で、子供たちはすぐに楽しくなる。
歌い終わった後、二人は一生懸命拍手した。
「もっと聞きたい!」
「ねぇ、もっと!」
「だーめ」
そうたくやが言った。
「もう、大人の時間だから。送ってくから、とっとと帰って、さっさと寝る」
そして兄の頭に手をおいた。
「でっかくならねーぞ」
それは、男子にとっては大変なことなので、ぴっ!と兄の背筋が伸びた。
「送っていくって?」
「おまえら行ってこいよ」
「えぇ〜?もうさぁ、古いよ、そんなしんつよいいパターン」
ぶつぶつ言いながら、しんごが兄の手を。つよしが、妹の手を取る。
「目ぇつぶって」
「え?」
「あっと言う間に帰れるよ」
早く帰りたかったから、二人はぎゅっ!と目をつぶる。そうすると、ふわっと体が宙に浮いた。
抱っこされるのかと思ったら、そのままどんどん高くなる。ぱしぱしと体に当たるのは、葉っぱのよう。
「飛んでる…っ?」
「目は閉じといて。怖いよ?」
しんごの声が、さっきまでと違ってなんだか怖い。閉じとかなきゃ!と、さらに強く強く兄は眼をつぶり、あの口から生まれたような妹が生意気を言っていないか気になった。
そして、兄の思った通り、妹は薄目を開けていた。
森の上に自分たちはいて、軽やかに飛んでいる。
すごいすごい…!
ずっと飛んでいたかったけれど、すぐにお屋敷についてしまった。
とん、と、庭の真ん中に降ろされて振り向いたら、もうそこには誰もいなかった。
「お兄ちゃん…?」
「あれ…?」
あたりには、全然人気がない。噴水の向こうで、お屋敷は賑やかなままだ。
「あなたたち!」
母親の声がする。
「いないと思ったら。そんなところにいたのね?」
こら、と、二人は抱きしめられる。
「冷えちゃってるじゃない。何してたの、お庭で」
「…」
「お兄ちゃん?」
母親に聞かれ、兄は答えた。
「噴水で、遊んでたんだ。ね」
「うん!ここで遊んでたの」
この頃の女の子は、大抵の男の子より賢い。妹は、兄の考えを正確に察知した。
「何が面白いのかしらねぇ。さ、早く中に入りましょう。デザートがあるのよ」
「はぁい!」
二人は、それぞれ母親と手をつないでお屋敷に帰った。
また、あの森に行こう、と二人は決めていた。
「なかなかのリハだったな」
子供たちが強制的に帰らせた後、木村は中居に言った。
「んーー、でもなぁ〜。もうちょっと、こうフリが人形っぽい方が…」
「こんな風に?」
吾郎がフリをやってみて、二人から冷たい視線を送られた。
「こんなにぎこちないのに、人形ぽくはないっていうのが意味解んねぇ」
「あれだ、あれだ。吾郎の踊りは、人形は人形でも、子供が作った紙人形だ」
「折り紙半分に折れないタイプの子供が作るやつな!」
「本人目の前に随分なこと言うよねー?」
「送って来たよー」
慎吾と剛が帰って来た。
「困るよね、子供とか入ってくると」
「困るなぁ」
慎吾の言葉に、中居もしみじみうなずく。
「子供なんかにうろちょろされたんじゃあ、イメージに関わるんだよなあ」
「あ。そろそろオープンの時間だよ」
とんとん、と、吾郎が腕時計を叩く。アンティーク丸出しの、高価丸出しの腕時計だ。
「やべ。急げ急げ。今日予約多いんだから!」
ばさり!とマントを翻すと、五人はふわりと宙に浮いた。
深い森の奥には、古いお城がある。
夜な夜な、そのお城ではショウが行われていた。
お客様は、もうすべての娯楽を味わってしまった後の奥様、お嬢様たち。
暇とお金を持て余した彼女たちに、クールで、モダンでアーティスティックなショウを見せるのが彼らの仕事だった。
限りなく浮世離れした、不思議な空間でなくてはいけない。
生活感を感じさせるものは、何もいらない。
そんな場所なので、子供にうろうろされる訳にはいかなかった。
「吾郎、おまえほんと頼むぞ」
「僕は、このたどたどしいのを含めての人気だから、いいんだよ」
「よかねーよ!」
「後、一回だけ振り合せしよう」
時間がないため、新しい振りを一度だけ通す。そしてやっぱり吾郎おかしい!という結論になり、予約のお客さんを危うく待たせることになりそうだった。
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しかし、ほんの数日後、子供たちは、また森の中に入り込んだ。
前と同じ場所に行けるとは限らないのに、またもや無謀に飛び込んだ。
それこそが、子供の本質であるとも言える。
それに、木村たちはすぐに気付いた。
「どーすんだよ。また来てんじゃん、子供」
「連れて帰るのがさー、派手すぎたんじゃねぇのー?」
自分で連れて帰れと言っておいて、時々木村は適当なことを言う。
「大丈夫だよ、ここまで来れないって」
簡単に慎吾は言ったが、言った後、ん?と木村に向き直った。
「ここまで、来れなかったら?」
「来れなかったほうが、困るんだよ」
「うわーー、そっかーー。大勢探しに来られても雰囲気壊れるし、うちはほら、知る人ぞ知るが売りだから」
「面倒くせぇなぁ〜。どーする中居」
「どーするもこーするも。二度と森の中に入ってこないように脅し上げりゃいんだろ?」
前回、甘い顔をしたのがよくなかった。
彼らは苦虫を噛み潰した顔で、まったく見当ハズレな場所でウロウロしている子供たちの下へひとっとびした。
子供たちは、もうつくかなと思いながら、親の目を盗んで飛び込んだ森の中をきゃっきゃっきゃっきゃと走り回っている。
城からもどんどん遠くなり、彼らもよく知らない奥の方へと、ほぼ迷わず突き進んでいるのが怖いほどだった。
中居は、その二人の前にばさり、と大きな音と共に舞い降りた。
「あっ!」
やっぱり会えた!と、子供たちの顔が輝く。けれど、中居は冷たい表情のまま、黙って見下ろす。
五人の中では一番背は低いが、やたらと迫力を出せるタイプなので、子供たちも思わず足を止める。
前に会った時も、中居はほとんど喋らなかった。喋った声も、無表情で怖いものだったし。
その中居の後ろにいると、優しかったはずの四人も怖く見える。
「あの…」
でも、また遊んで欲しくて、兄は妹と手をぎゅっとつないで、一歩前に出た。
そうしたら、中居は笑った。
あ…!
その笑顔に力づけられてもう一歩行こうとしたら、笑った口元から、ありえないものが見えたのだ。
「え…っ」
夜だし、森の中は月明かりに照らされているだけだけど、冗談みたいに白い歯が見えた。きらーん☆と輝いている。そして、一瞬八重歯?と思えたものは。
「…牙…?」
かすかな声は中居の耳に届き、もっと笑顔になる。笑っている形の口なのに、くっきりと日本の牙が見える。
空を飛んで連れて帰ってもらったというのに、怖い方の想像は何一つしていなかった。
空を飛べて、牙が、ある。
「お兄ちゃんたち…」
「吸血鬼って、知ってる?」
中居は笑った表情のまま、冷たい声で言った。
子供たちは、声を失った。
カキーン、と固まったまま、中居の後ろの四人を見る。みんな笑っているけれど、みんな、牙がある。
「吸血鬼…」
子供たちは、絵本や、物語で知っている。吸血鬼はその鋭い牙で人間の血を吸うのだ。
「どうしても、この森で遊びたいんだったら、仲間になる?」
なお、笑顔で中居は言う。
「きっと、小さい子供なんて、肉も柔らかくて、噛み易いんだろうね」
「お兄ちゃんっ!」
ひしっ!と、妹は兄の背中にしがみつく。
「か、噛むの…っ?」
「噛むだけじゃないよ。吸血鬼っていうのは、血を吸うんだから。あぁ、でも…」
中居は後ろを振り返る。
「俺たちは五人いて、ここには子供二人。特にあいつは大食いだから」
そういいながら、慎吾を指差す。
子供たちの恐怖の視線を感じながら、慎吾は大きく口をあけた。自分の拳をいれられるほど大きい口は、子供たちからすればそのまま頭から飲み込まれるかのように見える。
このまま頭から食べられるのか。
血を吸われてカラカラになっちゃうのか。
夏の暑い日、打ち上げられた魚がカラカラに乾いているのを見たことがある。
あんな風になった自分を想像して、妹はしくしく泣き出した。
いつもなら、ぎゃんぎゃん泣く。
お母さんにはなかなか効かないが、お父さんは、それでなんでも言うことを聞いてくれた。
けれど、そんな計算できなくて、自然に泣けてくる。もう、そんな優しいお父さんにも、時々怒るけど、大好きなお母さんにも会えなくなるかもしれない。
いつもうるさい妹がそんな風に泣くものだから、兄は、急に兄らしさを発揮した。
「妹は、帰して下さい…っ」
「お兄ちゃん!」
「僕はいいから、妹だけは」
「やだ!お兄ちゃん!」
ひしっ!抱き合っておいおい泣く兄弟を見て。
中居たちは、困惑していた。
まさか、覚悟を決められるとは…。
どうする、と、中居が振り向くと、四人が小さく首を振っている。
『無理だよな…?』
『無理無理!』
目と目で会話をして、中居はどーしたものかと額を押さえた。
そんな五人の様子にいはまったく気付かず、子供たちは泣き続けている。
仕方なく、木村が近寄って、可能な限りの明るい声で言った。
「ウソウソ!冗談冗談だって!」
「え…っ?」
ぱーん!と張りのある声で言われ、ぼろぼろ泣いていた兄が顔を上げる。
「冗談だから!ほらこれ!取れるし!」
青みを帯びた白さだった牙を、木村はぱかっと取り外して子供たちに見せる。
「パーティーグッズだから!ね!ねっ?」
と、後ろを見て、外せ外せ!と合図。
「ほらほら。ね?」
顔中、涙と鼻水でどろっどろにした子供たちが見ると、中居が、取り外した牙を手のひらでころころ転がしている。
「ほら。ね?ね?」
「…うん」
こくんとうなずいて、妹は、こしこしと顔を拭った。女の子としての本能が、動き出してきていた。
木村も中居も、剛も、慎吾も牙を取っている。なんだぁ…と、ほっとした妹は、最後、吾郎を見て、また、ぶわっ!と泣き出す。
「ど、どしたっ?」
よしよしよし!と木村が宥めにかかり、中居が吾郎の頭を引っぱたく。
「外せ…っ!」
まだ、吾郎だけが牙をつけたままだった。
「ほら、こういうパーティーグッズね。ちょっと、ふざけすぎた。ごめんねぇ〜」
慎吾も剛も、せっせせっせと宥めているのに、吾郎は牙をつけたまま、微笑んでいるだけだ。
「ありがとう」
そして、優しい声で言い、そのまま子供たちの前にと進んだ。
「みんな、人間だよ、安心してね。僕以外は…」
「え…っ」
「僕は、吸血鬼。知ってるかな。吸血鬼ってね、死なないんだ」
子供たちは目を丸くした。
「すごい!ずっと生きてるの?」
「すごーいすごーい!いいなぁ!」
「そうかなぁ」
その子供たちに、なお優しく吾郎は言う。
「ずーっとだよ。もし、君たちが吸血鬼になったら、お父さんも、お母さんも、お友達も、みーんないなくなっても、一人でいなきゃいけないんだよ?」
「どういう、こと?」
「だって、周りの人がみーーーんな死んでいなくなっても、自分は死なないんだから。おうちの中も、一人だけになっちゃうね」
子供たちは、まだ身近な人の死を知らない。
「みんなでなったら、いいと、思う…」
「そうかなぁ。僕はね、ずーっと生きてるのって、大変だなぁって思ってるよ。だから、この四人は僕の友達でね、一緒にいてくれてるけど、人間のままでいて欲しいんだ」
「吾郎…」
木村が声に哀しみを漂わせる。
「僕は、この四人がいてくれる間は、一緒にいてもらって、一人になったら、ずーっと一人で、この森にいようと思ってる」
「そんな哀しいこと言わないでよ…っ」
慎吾は涙声だ。
「だからね」
吾郎は、哀しみに透明な微笑を子供たちに向ける。
「この森は、ずっとこのままでいて欲しいんだ」
暗い森。うっそうと茂った木々。明るいものなんて何もない。
「でも、この森…、寂しいよ…」
「寂しくないよ。だって、ずーっとここで暮らしてるんだもん。君たちも、自分のおうちが無くなったらいやでしょう?」
「やだ…」
「でも、確かに暗いよね。この森」
「うん…」
「だからね、ここに君たちみたいな子供が入ってきて、迷子になったりすると、木を切ろうかってことになっちゃう。吸血鬼ってねぇ、死なないんだけど、光に当たったら溶けちゃうんだよね。でも、死なないんだよ」
「と、溶けてもっ?」
「きっと苦しいだろうなぁ〜」
「そんなことさせないよ!」
剛が吾郎にしがみつく。
「この森は守ってみせる!」
「剛…!」
吾郎が微笑みながら、目には涙を浮かべる。
「ど、どしたらいいの…っ!」
子供たちも、吾郎の手を握り締めた。
「何も」
「何も?」
「ここは、僕たちの森だから、ここに入ってきてくれなければ、それでいいんだ。この森はね、手付かずのままが、とても美しい森なんだよ。君たちのいるお屋敷のお庭は確かに綺麗かもしれない。でも、あの庭は、造った庭だよ。この森は生きている。とても美しい、大きな、一つの生物なんだ。こんな小さな草から」
吾郎は、足元の草をつつく。
「あの、木々の、その先まで」
完全に上を向かなければ天辺が見えないほどの高い木も見上げる。
「すべて別々の命であって、そして全部で、一つの命でもある」
立ち上がった吾郎は、子供たちの手を引いた。
「この森に、もう足りないものはない。君たちは、この森と一つにはなれない。どうしてもこの森の中に入りたいなら。その時は」
吾郎が控えめにあけた口からは、するどく青白い牙が見える。
「仲間にするしか、ないからね」
こくこくこく!
子供たちは、首が折れるほどうなずいた。
「僕を助けてくれるね」
「うん」
「はい!」
「いい子たちだね」
吾郎が二人の頭を撫でた。そして、その手から、ふわふわとした煙が出てくる。
甘い匂いがする、と子供たちが思った時には、もう、二人とも意識を失っていた。
「…寝た?」
「寝た」
五人は、子供たちの様子をしばらく見守り、完全に眠ったことを確認し。
「吾郎すげーーっ!」
「ごろちゃん、カッコいー!」
と、吾郎を絶賛した。
「どう!僕、どう!」
「すげえ!吾郎すげーわ。普段、あんまりすごいと思わないけど、今日すごかった」
「微妙に失礼なこと言わないでくれるかな」
中居に言い返しながら、吾郎も牙を外す。
「脅かした後で泣かせに走るっていいな」
木村も大変感心した様子で何度もうなずいた。
「吾郎、そのネタ鉄板だよなー」
実は、マダムや、ご令嬢に対して、しばしば吾郎が使うネタだった。
「どーして女の子っちって、あんなに吸血鬼が好きなんだろうな」
「まぁ、解る気はするけど」
五人の中で、ダントツに、というか、ほぼ唯一女心が解る男、吾郎が言う。
「やっぱり、噛まれるっていうことね。そこから、血を吸われて、仲間になるという感じ。後、マントや、こういう衣装、しつらえ。女性は絶対好きだよね」
「まぁ、この衣装も、吾郎と慎吾のプロデュースだもんなー」
長いマントそのものは嫌いじゃない中居は、すそをひらひらとさせる。
「あ、で、こいつらどーする」
「また、つよぽんと僕で、今度は部屋の中に寝かせておくよ」
慎吾が立候補した。
「全部夢だった、という体で」
「ほんと、次きたら、どっか、全然違う場所まで運んでやるからな!」
色々忙しいのに面倒かけやがって!中居はぷりぷりしながら、仕事場へ戻った。
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<つづく>