天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?

Gift番外編』

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このページの画像は、すべてyen様の作品です♪

第9話『花を届ける』

めっちゃ短い前回までの話。

「秋と言えば?食欲の秋!芸術の秋!スポーツの秋!紅葉の山へ行くはずだった早坂兄弟の明日はどっちだ!」

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今日の由紀夫ちゃんのお仕事

その1.届け物「花」届け先「永井」

その朝。溝口正広は滅多に見せない険しい顔で、腰越人材派遣センターを睨み上げていた。小作りで整った、目ばかりが目立つ顔は、やけに疲れの色が見える。
ふっ、と、口元に当てた丸めた手に息を吹きかける。気合をいれる時の兄のクセが移ってしまってる仕種。
「よしっ…!」
小さく気合をいれて、今度は階段を上がりきったところにある事務所の入り口を見上げる。
「元気だそ!とにかく、千明ちゃんには知られないように…」
「なぁにをー?」
「ちっ!千明ちゃんっ!」

珍しく午前中から出て来ていた千明に背中から飛びつかれ、正広は崩れ落ちた。

「ネェ、ネェ、ネェー」
『何でもないですっ!!』と振り切って、いかにも忙しそうに事務所中をあっちへ行き、こっちへ行きする正広の後ろを、椅子に乗ったままゴロゴロついて行く千明。
「ねぇってばぁー!ねぇ、ねぇ、何があたしに知られちゃいけないのぉー?」
「だから、聞き間違いだってばぁ!」
「ウソっ!ねぇってばぁ!教えてよぉ!」
奈緒美が外出してなかったら、とうの昔につまみ出されていただろう千明は、たまたま二人しかいないのをいい事に我が物顔で事務所中を駆けずり回り、正広の腕をつかむ。
「何でもないですー」
「…クリスマス…」
「ちっ、千明ちゃんっ!?」
「ひろちゃんが教えてくれないんだったらぁ、あたしだって約束守ること、ないと思わないぃ〜?」
ぷっと頬を膨らませ、唇を尖らした千明を、じっと正広は見詰める。どっちが年上だから解らないような子供っぽい表情。

「…だって…」
「何、何っ?」
「知らない方がいいと思ったんだもん…」
「え…?」
普段、ニコニコ笑ってる正広が表情を曇らせるのを見て、千明もちょっと黙る。
「ど…したの…?」
「昨日…」
「うん…?」
「兄ちゃんに、知らない女の人から電話かかってきた」
「えーっ!?由紀夫にぃーっ?」
「そんで…、兄ちゃん、今日はお休みするって…」
「うそぉーっ!!」

前夜。基本的に夜更かしの正広は、秋の改変で見る番組が増えた深夜番組をあちこちはしごしながら見ていた。電話がかかってきたのは、由紀夫がシャワールームから出て来た瞬間。
「はいはーい」
と立ち上がり、正広は受話器を取る。腰越奈緒美か、千明か、野長瀬か。このうちに電話をかけてくる人間はそんなに多くない。誰かなと、それぞれの顔を思い浮かべながら、名乗った。
「はっやさっかでぇーす」
『え…?』
ふざけて名乗った正広の体が硬直する。綺麗な、女性の声。自分たちの周りにはない、落ち着いた声は、正広の記憶の中にはなかった。
『あ、すみません。溝口さんのお宅じゃあ…?』
「あ、そ、そうです。み、溝口、です」
このうちにいるのは、早坂由紀夫と、溝口正広。けれど、正広は電話の相手を知らない。
『武弘さん、おられますか?』
柔らかなトーンでその名前を出され、一瞬正広は黙った。
溝口武弘の頃の兄を知ってる女性。それで、今の電話番号を知ってる、女性。
『あの…』
「…あ!あ、はい、しょ、少々お待ちください」

子機を持って、何飲もうかなー、と冷蔵庫を覗いてる由紀夫の背中をつつく。
「んー?」
「兄ちゃん、電話」
「誰ぇ」
ビールにしーよおっと缶を取り出した由紀夫に、正広は電話を渡す。
「…女の人」
それだけ言って正広はソファに戻った。

「もしもし?」
電話に出た由紀夫の表情が、パっと変わった。にっこり笑った口元が、細められた目が、正広の目に入る。
「あぁ!何、久しぶりぃ」
明るい声で言いながら、由紀夫はシャワールームに入る。基本的にワンルームのこの部屋で、閉じこもろうと思ったら、そこしかないのは事実だった。

そのまま彼にしては珍しい長電話をした由紀夫は、明日会社休んででかけると正広に告げた。

「な、なぁに?それぇー!!」
「ほら…、だから知らない方がいいって言ったじゃん」
「誰誰ぇ!?溝口武弘を知っててぇ?」
キーっ!と椅子に乗って、部屋中を転げまわる。

「あんた、何やってんのっ!!」
やっと出社した奈緒美に首根っこをつかまれ、放り出されそうになるまで。

「由紀夫がひろちゃんの知らない女と?」
「どぉしよう、奈緒美さぁーん!!」
千明に訴えられ、どうしようったって、別に…。と思った奈緒美だったが、続く千明の言葉に、ピクっとこめかみをひきつらせる。
「溝口武弘を知ってるんだよぉー!?」
「…そんな古い知り合いっ?」
ギっ!と二人の視線を受けて、正広はビクっと脅える。
「…俺は、知らない…人だと思います」
武弘時代の兄の友達で知ってるのは、幼なじみの永井だけ。その永井がもうこの世にいない事を、正広は知らなかった。小学校時代に、女の子からの兄あての電話を取ったことはあったけど、そういったきゃぴついた声とは全然違う、落ち着いた、本当に綺麗な声を、正広は思い出す。

「それで、今日休むって!?」
「はぁ…」
「ったく…。今、家?」
ううん、と正広が首を振る。
「もう、出かけちゃいました」
「奈緒美さんっ!!」
千明がギュっ!!と奈緒美の手を握り締めた。
「探しましょう…!」

「やめましょうよー!」
それなら!というので、ただちに田村に連絡。通話記録がとれないかだの、由紀夫の携帯はどうなってるだの、手早く指示が出される。野長瀬も心当たりを当たらされる。
「ねぇー、やめましょうってばぁー!」
やたらと盛り上がってる一同に、正広は言い続ける。
「だぁって、ひろちゃんだって気になるでしょーっ?」
「なるけど!なるけど、だって、兄ちゃんだってお年頃なんだしさぁー!」
「ダメっっ!由紀夫はあたしのなんだからぁー!」
何の根拠で?とみんなが思う中、千明は珍しく早口で田村と喋っている。

この田村の探索能力と、奈緒美の情報収集力は大したもので、その日の午後2時、大方の行き先が判明した。
「行くわよ!」
「だぁかぁらぁ、奈緒美さぁーん」
「何してんの!ひろちゃんっ!」
野長瀬が運転するベンツに、奈緒美、正広、千明が乗り込み(典子は留守番)、由紀夫が出かけたと思われる方面に向かう。

その車の中で、正広は考えた。
由紀夫は、恋人がいないのが不思議なほどの、正広自慢の兄。結婚したっておかしくない年齢で、そう考えると、その時期が今であってもいい訳で…。
でもなぁ…。正広は思う。
例えば、千明みたいに自分もよく知ってる人が相手なら、いいんだけど…。
全然知らない人だったら。
自分は、出ていった方がいいんだろうなぁー…。

車はどんどん田舎方面に向かっていた。

「こぉんな山の中ぁー?」
「多分ね。ちょっと解らないだけど、広いから手分けするわよ。ひろちゃん、いらっしゃい」
「ここ…?」
止めよう、止めようと言っていた正広は、由紀夫がどこにいるのか聞いていなかった。
「お墓…」
お彼岸から一週間。お花やお供えがまだ残っている霊園に、四人はいた。

待ち合わせの場所についたのは、由紀夫の方が少し早かった。待ち合わせした駅前の噴水の周囲に配置されてるペンチに座る。膝の上に、小さ目の花束を置いて秋の風が長い髪をなびかせるのに任せていると、ポンと肩を叩かれる。
「美樹」
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
「いや、今来たとこ」
年は変わらないはずなのに、随分と落ち着いた雰囲気の美樹は、にっこり笑った。
「あら、綺麗ね」
由紀夫の膝にある花束を指して言う。白を基調にした、上品な花束。
「ごめんなさい、急に」
「いいや。誘ってもらって…、うん」
どういっていいのか解らないように、立ち上がった由紀夫は言葉を捜す。
「…ありがと」
「やだ、何言ってるの」

お彼岸をすぎること1週間。
由紀夫はかつての恋人、美樹に誘われて、美樹の恋人で自分の幼なじみだった永井の墓参りに向かっていた。

「武弘…、じゃないのよね?もう」
「あぁ、そう。早坂由紀夫っての」
「昨日、電話に出たのは?」
「弟」
「弟―?」
「正広ってんだ」
電車に並んで座って、そんな話をする。
「正広くん。なんか、私、びっくりさせちゃったみたいね」
「そうか?あぁ…、うちあんまり電話かからないし、うるさいのばっかりだから、驚いたんじゃないかな」
優しい表情で話すのを、美樹はどこかうっとりした気持ちで眺めていた。
元々整った顔立ちだったけど、出会った頃の武弘を見て、こんな気持ちになった事はなかったなと思う。引っ張られないように距離をおいて、どうにか逃げ出すのに精一杯だったような気がする。

ナイフの上を渡ってるようだった。短い時間だったけど、いつまでも忘れられない時間。
でも、美樹にとってずっと大切な記憶は、その後出会った永井とのものだった。
「それ…、してんだ」
左手の薬指に、ダイヤの指輪。永井が死ぬ前に美樹に渡そうとして、渡せなかったその指輪は、3年遅れて由紀夫から手渡された。
「そーよ。綺麗でしょ」
芸能人の婚約記者会見のように、指を揃えて由紀夫に見せる。
「大事にしてるの」
ニコっと微笑んで、その指輪触れた。

乗り換えの駅で、二人はホームに降りる。他愛もない話は、途切れることなく続いた。
由紀夫の周囲は、とにかくやかましい人間が多い。こうやって、物静かに、物静かな会話が続く事はあんまりなかった。
「お墓ね、すごく綺麗なところにあるの」
「うん」
「お彼岸の時は、家族の人とかたくさんおいでになるから、ちょっと私、ジャマかなって思って…。それに、武弘…じゃなくって、由紀夫、も、行きたいんじゃないかなって思ったんだけど」
由紀夫は黙ってうなずく。

自分のせいで、永井は死んだ。
3年間、記憶を失う事になった原因。忘れてはいけない記憶。
「行きたかった」
謝って永井が帰ってくる訳じゃないけど。それでも。謝りたかった。

永井の墓は高台にあって、目の下に一面の紅葉が見下ろせる。
ずっと持っていた花を備え、それぞれに長い時間手を合わせ、立ち上がる。
「美樹」
「ん?」
「永井の事…、まだ、ずっと?」
んー…、目線を宙に泳がせて、最後に、指輪の上に止める。そして、小さく笑って、由紀夫を見た。
「心配してる?」
「うん」
素直にうなずいた。
「幸せにしてやろうとかって、思ってる?」

言われた由紀夫は、美紀の優しい綺麗な顔を見つめる。その揺るぎない強さに憧れた。幸せになって欲しいと、心の底から思う。
でも、それは。自分がどうこうすることじゃなくって。
「心配していただくなくても大丈夫よー」
クスリと美紀は笑った。
「幸せじゃないと、せっかくの美貌が曇るから」
「せっかくの美貌?」
由紀夫も笑う。
「だって、私、永井さんよりも相当長生きする予定なのね。今はいいけど、70・80になって死んだ時に、うわ、汚くなったなーとは思われたくないじゃない?だから」
ふわんと微笑んだ。
「幸せでいようと思って」
強い、綺麗な笑顔は、由紀夫が憧れたままのもの。

「由紀夫は?」
指差して、美紀は尋ねる。
「俺?」
「由紀夫は…、幸せ?」
思いっきり、由紀夫は首を振った。
「小うるさい上司と、能無しの同僚と、細かい小姑と、対人恐怖症の犯罪マニアと、頭の気の毒なバカ女と、いんちき占い師と」
指を折ってあげていく由紀夫を、おだやかに微笑みながら美樹は見つめる。
「幸せなんだぁ」
「聞いてるか?そういううるさい連中に囲まれてんだぞ、俺は」
「だって、声が全然違うー。顔もー」
指差してくすくす笑った。
「全然、悪口に聞こえないもの」
ニっと由紀夫も笑う。
「ほんっとに、しょーがねぇ連中でさぁ」
「でも、楽しそう。司書って仕事は楽しいんだけど、静かすぎる職場で」
「そう?いいと思うけどなぁ、ホントにうるせぇし、とんでもない事するし」
「とんでもない事?」
「例えば」
由紀夫は足元にあった小石を拾い上げ、永井の墓の奥にある植え込みに投げ込んだ。

「イターっ!!」
「何やってんだよっ!!」
飛び出してきた野長瀬に向かって怒鳴る。美紀が目を丸くしてる中、残りの3人が現れた。
「こういう連中。こんなのに囲まれて、幸せだと思うか?」
「ひどい、ひどぉいー!だって、由紀夫がお休みでっ、どこ行ったか解らないってひろちゃん、言うからぁー」
「ちがっ…!俺、そんなこと言ってないっ!千明ちゃんが探そうって言ったんじゃん!」
「正広くん?」
「そ。あれが細かい小姑」
それで、うるさいのが能無しの同僚で、派手なのが小うるさい上司。どこから見てもバカなのが、頭の気の毒なヤツ、と紹介する由紀夫のセリフに、いちいち美樹は笑った。
「やっぱり、幸せそうよ、由紀夫」
「すっげぇ、不本意」
プっとむくれた由紀夫と、ずっと笑いっぱなしの美樹を加えてベンツは都内に戻る。由紀夫になってからの話を聞いて、笑いすぎた美樹は涙を流す。

「またぜひいらして下さいねっ!」
ギュっと美樹の手を握って野長瀬が言う。
「またぜひって、ここ彼女のうちなんだけど」
冷静に奈緒美はつっこみ、丁重に頭を下げる。まぁ、多少なりともわだかまりがありそうだけど、礼儀にはうるさい奈緒美である。千明は何度引き剥がされても由紀夫にくっついて行っていて、今も、腕にくっつこうとして、ぐぐぐぐ…!と額を向こうに押しやられていた。
「あの、ごめんなさい、でした」
正広は美樹に頭を下げる。
「え?」
千明と由紀夫を見て、また笑っていた美樹は、優しい笑顔を正広に向けた。
「あの、つけてったりして…、ジャマして…」
「あら、いいのよ。永井さん、知ってるんでしょう?」
「知ってます。小さい頃だけど」
「じゃあ、あの人、あれで賑やかなのが好きなのも?」
「あー…、そでしたねぇ」
「あれくらい大勢で行ってあげた方が、永井さん嬉しいと思うわ」

そういう意味じゃなかったんだけど…、と正広が思ってる間に、美樹はみなに手を振ってマンションに入って行き、腰越人材派遣センターの面々も事務所に戻った。

「兄ちゃん」
その夜、やっぱりソファで深夜番組を見ていた正広は、由紀夫に行った。
「何だ?」
「今度、美樹さん、呼んだらいいのに。食事、とか…」
「あいつ?何、気に入った?」
ニっと笑った由紀夫が正広の隣に座る。
「まぁ、普段、奈緒美だの、千明だの、星川だの見てりゃあなぁ、美樹がとてつもない美人に見えるだろ」
いや、美人じゃないわけじゃないけど、とケラケラ笑う兄に、ちょっとキツい目線を向ける。
「そじゃなくってぇ、兄ちゃんの、彼女、ってゆーか、そーゆー人でぇ!俺、ジャマだったらどっか行くし」
「ジャマ?だって、おまえもう美樹の事知ってんじゃん」
「いや、だぁかぁらぁ!!」
「何気ぃつかってんの」
「だって…」
うつむいて正広は言う。
「昨日さぁ、電話、かかってきた時、あっち入っちゃったから、俺、ジャマかなーって」
「昨日?あぁ、おまえテレビ見てやたら盛り上がってたから、ジャマかなって」

「俺、またいじけた?」
「そーだねぇ」
俺って、バカかも…。そう思った正広は、フォローにならないフォローを入れた。
「兄ちゃんには、でも、美樹さんとかより、千明ちゃんや奈緒美さんの方がいいと思うなっ。だって面白いもんっ!夫婦どつき漫才みたいで」

「ごーめぇんなさぁーい!だーしーてぇーっ!!」
もう二度と言いません!!と、シャワールームに閉じ込められた正広はわめき続けた。

<つづく>

黒ラブ様よりのリクエストから、3%ほど使わせていただきまして…。いかん、なんかもーちょっとどーかしたいんで、また気がむいたら手直しだ!!ちなみにどの辺りが黒ラブ様のリクエストかっちゅーと、「美樹」が出てる。これでございやす(笑)

次回、来週の水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!

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