天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?
『Gift番外編』
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ギフト番外編63話『退屈しのぎを届ける』
「前回はすんません」
前回は、韓国に行く前日でした。そして無事戻ってこれてほんとによかったです。今回、韓国で夢中になった「オーディション」ってマンガネタにしようかと思ったんですが、おまえそんなに好きか!?と思われるのもなんなんで、やめてみました(笑)でも好きなんですけどね(笑)K」
腰越奈緒美は退屈していた。
彼女のようなタイプが嫌うのは退屈だ。彼女は自分のデスクに座り、ぬぅ、と眉間に皺を寄せている。
が、退屈しているのは奈緒美だけで、彼女の部下たちはばたばたしている。
「ひろちゃーん!ごめん!これもコピーお願いできるかなぁ〜!」
「えっ!?はいはいっ!っとー、これは、何部ですかっ?」
「5部!」
「ただいまぁ〜」
「兄ちゃんお帰りっ!」
「お帰りなさーい!」
「つーぎーはぁ〜・・・」
「あっ!由紀夫ちゃん、こっちこっちですっ」
「兄ちゃん、なんか飲む?」
「いい、いい、勝手に飲む」
「由紀夫さん、冷蔵庫にグレープフルーツジュース入ってますけど」
「サンキュ」
「きゃー!なんで用紙切れてんのよ、FAX〜!」
「あぁっ!FAX来ないと思ったら!」
「ほい、A4?」
「あ、ありがとーございますぅ〜」
職場に活気があるのはいいことだ。
ほら、こんなにみんなイキイキと働いているというのに、奈緒美は退屈なのだ。
だって、彼女の携帯はさっきから全然鳴りやしないし、ようやく使えるようになったメールも入りゃしない。
あぁ、退屈。
「奈緒美!電話!」
「えっ!?」
「違う!」
デスクの、つまりオフィスの電話が鳴っていて、全員手があいてなくて取れない状態だった。
「はい、腰越人材派遣センターでございます」
奈緒美は上品な声で電話に出たが、
「・・・少々お待ちください」
冷静な声で保留にした奈緒美は、一転尖った声を上げる。
「野長瀬!」
「はっ、はいっ?」
「電話っ!」
「はいっ」
なんてことのない事務的な電話であり、奈緒美の退屈はさっぱり解消されない。
あー、どこか行こうかなぁ〜。
しかしそれもできないのだ。
だって、車がないんだもぉ〜ん。
歩いて出かけるなんてイヤなんだもぉ〜ん。
そもそも、腰越人材派遣センターの社用車たるベンツが今ないのは奈緒美のせいだった。接待の後、ほろ酔い気分で運転していて、電柱にぶつけたのだ。
その時、由紀夫から飲酒運転するようなヤツに免許は必要ない!と免許を取り上げられた。電車に乗れ、電車に!と叱られ、しかも早坂法による無期限免停。
こんなことなら素直に警察につかまっていた方がマシだったと思う(えっ!?事故をシカトして来たんすかっ!?)。
当然、由紀夫のと同じに偽造することはできるけれど、頼む相手はジュリエット星川だから、どんな法外なことをふっかけられるか解ったもんじゃないので我慢しているところだ。
だから、奈緒美は大変退屈している。
運転手の野長瀬がいるにせよ、今はまだ車がない。
あぁ・・・。
この倦んだ日常・・・。
このまま、ただあたしは腐っていくしかないのかしら・・・。
あの輝いていた時代を取り戻すことはかなわず、生きた屍として、ただ腐っていくのみ・・・!
「奈緒美!ぼんやりしてねーでこれ!」
どん!と奈緒美の前に置かれたのは、ホッチキス止めされた冊子の山。
「三つ折りにして、封筒詰め」
「えっ?あたしがなんでそんなこと!」
「おまえしか手ぇ空いてんのがいねんだろうが!」
何おっ!?とフロアを見ると、確かに全員ばたばたしている。
日頃の能率が悪いから土壇場になって慌てるのよ!と思ったが、今目の前に山積み去れているのは、昨日の朝、奈緒美自身が新規の登録者を増やしましょう、と勧誘用に作ってちょうだいと言ったパンフレット。
ふ、さすがに仕事が速いわね・・・!
さすがあたしの部下たちよ!!
無理やり自分を鼓舞する。
人材派遣は、かかえてる登録社員の質が命!その登録社員を集めるという、まことに事業の根幹に関わる大切な仕事なのよ!これは!!
なんて思えたのは最初の3冊くらいで、後はもう、なんで三つ折りよ、なんで二つとか、四つ折りじゃダメなのよ。面倒じゃないのよ、三つ折りって、と不平不満が蓄積。
違う!
確かにこれは事業の根幹に関わる大切な仕事だけど、これはあたしの仕事じゃない!
手だけは几帳面に三つ折りを続けながら奈緒美は思う。
あぁ!
こんなことじゃあ、ほんとに腐ってしまう!
指先から、つま先からドロドロ腐っていって、ここに残るのは、かつて腰越奈緒美と呼ばれ、華やかに生きた女の残骸だけにぃ〜〜〜!!
すっく!と奈緒美は立ちあがった。
が、由紀夫に睨まれてすぐ座った。
「由紀夫ちゃん、それじゃあ、これが届け物です」
「OK。おまえらあいつ見張ってろよ」
「了解っ!」
にこっと笑いながら正広が敬礼をし、いってらっしゃーいと兄に手を振る。
そう。奈緒美は、無期限免停にプラスし、一週間の事務所謹慎なのだ。
早坂法とは、かくも厳しい法なのである。
「奈緒美さん、何か飲みます?」
そのにこっ、のまま正広に言われても、奈緒美はいらない、とぶすっと答える。朝から動きもせずにお茶ばっかり飲んでては、水腹になってしまう。
けれど、そうですかぁ?と哀しげな正広の顔を見て、奈緒美は反省した。
いけない。
人の上に立つものがこんなことでは・・・・・・!
そして、突如奈緒美はあみだくじを作り始めた。
「えーっと、あ、野長瀬」
「はい?」
奈緒美作、特製あみだくじはまさに特製の名にふさわしいものだった。
全長およそ、1m。複雑に入り組ん色とりどりの線は、芸術的とも言える。
「どれがいい?」
そんな長く複雑なあみだくじだったが、結局のところ4本しか本線はない。呼ばれた野長瀬は首を捻った。捻って捻って、捻って考えた。
「もういいわよ、先にひろちゃんに」
「いやっ!いや、決めます!決めますからっ!」
吉野屋にいっても注文に3分以上かかる、日本一決断力のない男、野長瀬定幸。どうしてこいつを1番に選んでしまったんだ、あたし・・・!
謹慎生活が脳まで汚染していることを強く感じる奈緒美だった。
ちなみに、野長瀬をミスタードーナツに連れていくと、どれを注文していいかわからず、結局あるものをすべて1個ずつ買ってしまう。
これを利用して、おなか減ったなー、という時には、野長瀬をミスタードーナツに連れていく、というのが正広や、典子、千明たちのお約束となっていた。
が、それはさておき、どうにかこうにか野長瀬ば自分の場所を決めた。
「ここです!」
奈緒美から見て、右から2つ目の列。
「じゃ、ここね。後、1本、線追加して?」
「え?どこにですか?」
ピンクの蛍光ボールペンを渡された野長瀬は、その1mにもなるながーーいあみだくじをじぃっと見つめる。
しまった。
思った時にはもう遅い。
「野長瀬、長考入りました」
典子の声が静かに聞こえてくる腰越人材派遣センターだった。
「ねぇ、これなんのくじなんですか?」
野長瀬の後、正広と典子は、それぞれ15秒で場所選びと1本線の追加を終了させ、興味津々といった様子。その正広から尋ねられ、うふふふ、と奈緒美はちょっと不気味な笑顔を見せ、一人そのくじを辿っていく。
1mかと思われたそれは、下の方が巻かれていて見えなかっただけで、まだまだ先はありそうだ。
普通紙FAXに替えたために余っていたFAXロール紙を使っているらしい。
ふんふ〜ん♪と鼻歌まじりに辿っていた奈緒美は、ぶぶっ!と吹き出す。吹き出してテーブルに突っ伏し、ばたばたと暴れた。
「しゃ、社長っ!?」
「奈緒美さんっ!?」
「あははははははっ!さいっこー!!」
ころげまわりながら笑った奈緒美は、笑いながら受話器を取り、どこへだが電話をし始めた。
細々した仕事を何件かまとめて終わらせた由紀夫は、事務所のドアを開けて絶句した。
「・・・おまえどしたの・・・」
「えっ。まろは、平安朝からきた雅なお子様、坂の上おじゃる丸じゃあ〜♪」
デスクにいたのは、確かに弟である溝口正広だったが、着ているものは、平安貴族のような衣装。
「何やってんの。うわ!典子まで」
「色合いは地味だけど、この渋いところがカッコいいかなって思いません?」
典子の衣装も男性ものらしい。そでをジャマそうにしながらワープロを打ってる姿がいとおかし。
「あら!やっと帰ってきたのね!?」
びしっ!と決めたスーツを脱ぎ、ブラウスの袖をまくりあげ、額を汗で濡らした奈緒美が奥の倉庫から出てくる。
「じゃ、あんたもこっち」
「あんたもって、あんた何やってんだよ!」
「ひな祭り」
「ひな祭りぃ〜!?」
「やってなかったもの、まだ」
「まだって、別にいつもやってねぇじゃん!」
「いいから、こっち!」
引きずられて給湯室に連れてこられた由紀夫は、そこに巫女さん風の衣装を見つけ、くらっと脳貧血を起こす。
「何・・・。俺って、三人官女・・・?」
「そう。厳選なる抽選の結果ね。着せてあげるから、ほら服ぬいで」
「だーれーかー、セークーハーラーさーれーるぅー」
「いいからほら脱げ!」
「たーすーけーてー」
しかし助けなど来るわけもなく、10分後、綺麗な、一人三人官女が完成。
「うわ!」
「きゃー!さすが由紀夫さん!綺麗ぃ〜!」
おじゃる丸こと、お内裏様正広も、五人囃子典子も手を叩いて喜び、奈緒美は誇らしげな笑顔でその声に答えた。
「ちょ、ちょっと。俺が官女で、正広がお内裏様で、典子が五人囃子ってことは・・・」
「そうよ」
うふふ。
奈緒美は半笑いになる。
「それはもう素敵なお雛様の完成よ・・・!」
そして倉庫から登場したお雛様野長瀬は。
不細工な白塗りが不気味さを強調、貸衣装の十二単が、無駄にゴージャスで、どこから見ても立派なドラッグクィーン。
ぎゃはははははは!!!
奈緒美と由紀夫は大声で笑ったが、正広と典子はあまりのことに目が釘漬け。
「すっげー!!野長瀬、すげぇ笑える!」
「さっすが!さっすがね!主役を引き当てるなんて!」
「やだ野長瀬さん・・・。本物くさい・・・」
「の、典子ちゃん、本物って・・・」
「お内裏様とお雛様で写真取りましょ!写真!ほら由紀夫!ポラロイド、ポラロイド!」
最初はお内裏様とお雛様で。
机とソファで無理やりひな壇を作ってコスプレ4人で。
「なんか、ひろちゃんが入ると、顔が小さいもんだから縮尺が怪しくなっちゃうわねぇ」
できあがったポラロイドを見て奈緒美は呟き。
「だから面白いのよね!」
と笑顔で写真を撮りつづけた。
「兄ちゃん」
「由紀夫ちゃん・・・」
「由紀夫さん」
その夜、スターバックスに集まった同僚たちから、奈緒美の謹慎を即刻解き、免許も返すようにと早坂法の六法、いや、早坂法そのものである由紀夫が懇願されたことは言うまでもない。