天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?

Gift番外編』

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ギフト番外編66話後編『洗車場を探す』

腰越人材派遣センターの洗車大臣は当然野長瀬定幸。彼は洗車大臣である自分に満足していた。彼は、洗車グッズマニアでもあり、深夜の海外テレショップで新しいグッズを見るたびに注文してしまう男なのだ!奈緒美のベンツはいつだってぴかぴかだぞ!

yukio
 

「うわぁ〜・・・、すごい雨〜・・・」
斜めに叩きつけてくるような雨を窓越しに眺めながら正広は呟いた。彼の兄、早坂由紀夫は雨具無しで仕事中。どうなっているのか心配になってくる。
電話してみようかなぁ、と思ったその時。

「兄ちゃん!」
「きゃ!由紀夫さん、すっごい!」
「あー!タオルタオル!ちょっと待ってねっ!」
正広と典子はタオルを取りに走り、野長瀬はただ立ちあがって、オロオロ。奈緒美はそれ以上入ってこないでー!とカーペットの心配をしている。
「うわ!何それむっかつく!」
そこで言うことを聞いてじっとしている由紀夫ではなく、濡れた長い髪をわざと振りながら事務所内に入ってきた。
「きゃー!辞めて辞めて!!あんた、犬っ!?」
「おぅ!俺のことはアフガンハウンドと呼んでくれっ!」
「綺麗だよねー!アフガンハウンド!」
バスタオル3枚を手にダッシュしてきた正広は、頭からそのタオルをかける。典子が温かいお茶を用意し、さぁさぁと椅子に座らせる。
まぁ、それは由紀夫の椅子なのだが。
「あれ?」
そして正広は思った。
「兄ちゃん、あの雨の中走った割には濡れてないね」
そうなのだ。
全体に湿ってはいるけれど、雨が落ちるほどの勢いではない。
「あぁ、さっき変な女拾ってさぁ。あ、奈緒美、駐車所借りてもいい?」

「えっ!?」

奈緒美は声をひっくり返らせ、立ちあがった。
正広、典子、野長瀬も奈緒美の元に駆け寄る。
「へ、変な女・・・!?」
「変な女を拾ったって!」
「拾った変な女を駐車場で!?」
「ちゅ、駐車場!」
「閉じられてもあり、開かれてもある空間、駐車場で!!」
「拾った変な女を!」
「駐車場でぇ!!」

「「「「ひ・・・っ、ひーとーでぇーなぁーしぃぃぃーーーーー!!!!!!!」」」」

「・・・・・・・頼むから待ってくれ・・・・・・・・・・・」

由紀夫は水泳100m自由型10本、ノンストップで泳がされたのに匹敵するぐったり感を覚えて椅子に持たれかかる。
けれど、社員たちは、近所のおばさんごっこを辞めるつもりなくきゃあきゃあ喋り続けた。

「どうするつもりかしら!駐車場で!」
「変な女と!駐車場よ!駐車場!」
「いやーーー!!!たーすーけーてぇーーー!!!」

「助けてじゃねぇ!!」

由紀夫が声をあげ、一瞬事務所中が静かになった瞬間、蚊のなくような救いを求める声がした。

「たーすーけーてぇ〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・何、今の声」
奈緒美が言い、由紀夫は駐車場を差す。腰越人材派遣センターは、半地下の駐車場からもフロアに上がれるようになっており、その声は駐車場へ続くドアから聞こえてきていた。

由紀夫が拾ってきた変な女に興味津々の一同、急いで階段を駆け下り、悲鳴の元を見下ろして。
あぁ、由紀夫の言葉に間違いがない、ということを知るのだ。

「・・・何してんの」
「あっ、あ、あのっ、た、たすけて、くだ、さい・・・っ」
「どーしてホースに絡まってんだよ!」
「えっ、あのっ、いえ、あ、あの・・・、汚れを、おとっ、落とそうとっ・・・」
「なんでそれだけのことでホースに絡まれるのかが解らない・・・」
由紀夫は首を捻りながら、一人SM状態に陥った女を助ける。
「あっ、あ、ありがとうっ、ご、ござい、ま、す・・・っ」
ぺこぺこと何度も頭を下げる彼女を親指で指差し、由紀夫は奈緒美に言った。
「車、洗車したいって言うから。駐車場貸してやって」
「そりゃいいけど・・・。なんでこんな豪雨の中で洗車よ」
「あっ、あのっ、あの、ですねっ?」
「今日、廃車にするから最後に一応洗ってやりたいんだって」
彼女の要領を得ない話を遮り、そして、ようやく、由紀夫は尋ねる。
「そう言えば、あんた、なんて名前?」
「え?あ、わ、私、私はですね、あ、麻生、と申します」
「麻生さん」
「あ、あの、あ、あなた・・・は・・・」

「由紀夫っ、でぇーーーすっ!」

階段の上から、まさにフライングボディアタック!という勢いで降ってきた千明が、がしっ!と由紀夫の背中にかじりつく。
「千明ちゃんのぉ、ゆ・き・お、なのっ!」
「うりゃ」
その千明に一本背負いをかけ、駐車場に叩きつける寸前で引き上げた由紀夫は、ただの早坂由紀夫、と言いなおす。
「ち、ちあきちゃんの・・・、ゆきお、さん・・・っ」
「あんたの脳は動いてんのか!?」
「えっ?ちっ、違う、んですっ、かっ・・・!?」
「違わないもぉーん!」
冷たいコンクリートの上から跳ね上がってきた千明を、腕一本で遠ざけながら、由紀夫は首を振る。
「じゃあ、好きなように洗車を」
「あ、待って待って。麻生さんも濡れてるし、ここ寒いから風邪引いちゃいますよ。上で乾かすだけ乾かしたらどうですか?」
親切な正広は言い、え・あ・でもっ、と口篭もる麻生を連れて、とっとと事務所フロアに上がっていった。

「・・・どーゆー人なのよ、あの人は」
奈緒美の言葉に由紀夫は首を傾げる。
「おかしいんだよね、あの人」
「おかしいわよ。どう見たって」
「あんなに美人なのにさぁ」

「「「「「えっ!?」」」」」

奈緒美、正広、野長瀬、典子、千明全員が驚いた。
「美人!?」
「美人じゃん。え?なんで?」
「由紀夫!そうなのっ?あの人が美人に見えるから、あたしになびかないのっ!?違うのよ!美人って言うのは、あたしのことを言うのよ!?」
「えぇ?千明より綺麗だって、全然」
真顔で言う由紀夫に、千明は泣きそうな顔をする。
「可哀想に・・・!あたしが、真実の美を!真実の美を教えてあげるぅ〜〜〜!!」
泣きながら突進する千明を、ひらり、とマタドールのようにかわし、由紀夫は野長瀬を見る。
「今、シャワー浴びてっけど、それで出てきたら、野長瀬駐車場直行だね」
「そんな。そんな訳が・・・」

はははは!と笑った野長瀬は。
「あ・・・あの、すみません・・・あっ、あの、タオル・・・」
と、おずおずと出てきた麻生に、古い言葉ながら、ゲッチューされた。
小柄な女性だったので、正広のTシャツと、下はジャージ。むっさい格好ながら、長い髪をほどき、まだ曇るからと眼鏡を外している。普段は、その分厚いレンズの下に隠されている瞳は、涼しげな切れ長。目の悪い人特有のぼんやりと潤んだ瞳は、伏目勝ちな彼女の憂いを余すところなく表現していた。
その時、麻生を除く全員が、とろとろに溶けていく野長瀬を見た。
「お・・・っ」
「お・・・?」
野長瀬の声に、え?と首を傾げる麻生。

あぁ・・・!
この世で一番愛らしい小鳩より、あなたの傾げた小首が天使のよう。
その瞳は黒曜石のよう。
そう、あなたはこの世の宝物なんだね。

<野長瀬定幸心のポエム>

「おっ・・・!」
「お・・・・・・・・・・?」
「おっ、綺麗ですっ、ねっ!!」
「えっ!?」
麻生は仰け反った。大きく仰け反って倒れそうになり、慌てて正広が支える。
「なっ!何っ、な、何をっ、おっしゃって・・・・・・っっ!」
「えっ、いえ、お綺麗だ、ってっ」
「えっ!?」
ぺたぺたと両手で顔を触り、鏡をじぃーーーっと見つめ、麻生は首を振った。
「も、やっ、やめてっ、く、くだ、さいっ」
「でも、お綺麗です!麻生さん!ワタクシ、野長瀬定幸と申します。さ、どうぞこちらへおすわり下さいっ」
しずしずとソファに案内し、Tシャツ、ジャージ姿の麻生を座らせた。そして自分は駐車場に繋がるドアを開き、そこで彼女を振り返る。
「あなたの大切なお車、この野長瀬定幸が、男、野長瀬が、きっちり洗車させていただきます!あ!いえいえご心配なさらず!この男野長瀬、将来は洗車業を営もうかと思っているほどの洗車通!1日一組のお客様のお車を、心をこめて洗車。そして、その時、控えめで美しい、そう、あなたのような女性が、そっとお客様にお茶を出してくれる・・・。そんなハートフルで、バリアフリーな(←用法間違い)洗車屋を!あなたのような・・・、いえ!あなたと・・・!あなたとやっていきたいと・・・っ!!」

「いいからとっとと洗車しろ」
「あーーれぇーーーーーーーー」

由紀夫に蹴り落とされた野長瀬の悲鳴が階段に響き渡った。

顔だちは美人ながら、美人ではない性格をしている麻生は突発事項に弱かった。
今何が起こっているかを把握できず、たっぷり3分ほど、憂いの美人顔を周囲にさらした後、はっ!と眼鏡をかける。そして濡れた髪をそのまま縛り、すくっと立ちあがった。
「あれ、あの、お茶・・・」
「あっ、あのっ、わ、私・・・っ、お、お手伝い、を・・・っ」
「いいのに。野長瀬さん、ほんと洗車おたくよ?」
「いえっ、でも、わ、わたしのっ、く、車、で、ですし・・・っ」

たたっ!とドアに駆け寄る麻生を見ながら、千明はフテくされた顔をする。
「どーしてあの人が美人だって解った訳っ?」
「え?」
「ねぇっ!どっかで眼鏡外したりっ、とかっ、したのっ?かっ!髪とかっ!!ほ、ほどいちゃった、のっ!?」
「おまえ、口調うつってんな」
「ごまかさないでよっ!ねっ!あたしってものがありながら!なんで浮気なんかぁーーー!!!」

「うりゃ」

椅子に座っていたところ、膝に乗ってこられそうだったので、足払いをかける。事務所フロアはカーペット敷きなので特にフォローもせずぶっ倒れるままにしていた。

「そんなもん見ただけで解るだろうが!」

解らないよ、兄ちゃん・・・。
正広は小さく首を振った。

さすが由紀夫さん・・・。見てる女の数が違う・・・。
典子は感心した。

あんなに美人だったとは驚いた。これは来週のエステの予定を今日に変更しなくては。
奈緒美の指は携帯に伸びる。
が、エステがどうこうという問題でもないようだ。

「ねぇ!じゃあ、あたしよりあの人の方を好きになったってことっ!?」
「最初っから別におまえのことは好きじゃねぇけど」
「きぃーー!!!!」
「それでも、あの人と、おまえと、どっちかって言われたら千明の方がマシかも」

「「「「え?」」」」

千明を含め、事務所フロアにいた全員が驚いた時、地下から鈍い振動が響いてきた。

「きゃーーー!!!!!!!」
「あーーー!!!ベンツがぁーーーーー!!!」

「べ、ベンツが!?」
駐車場に降りた一同は、ベンツの横っ腹に突っ込んでいる軽自動車を見た。
「の、の、野長瀬・・・・・・・!?」
怒りに震える奈緒美。バックさせるつもりが前進してしまったらしく、運転席で硬直している麻生。
「な?」
と正広に言う由紀夫。
「もっ!申し訳ありませんっ!!!」
誘導しようとしていたらしき野長瀬が、車の後ろから飛び出してきて土下座した。
「この人の失敗は、私の失敗!どうか修理代は私の給料から!!給料からぁーーー!!!」
「天引きするわよ!あんたもよかったわね!これで廃車にする手間も省けたってもんでしょっ!」
「すすすすっ、す、すみませんっっ、あぁーーー!!!」
謝ろうとドアを開け、車から降りた麻生は、自分がブレーキを踏んでいただけだったことを忘れていた。
主を失い、ドライブにギアが入ったままの車は、そのままぐいぐいとベンツを押す。
「・・・すごいもん、見てんのかな・・・、俺・・・」
正広の呟きは、全員の呟き。
軽自動車は、なおもベンツを押し続けた。

 

「それで、どうなったの」
怒りの余り、ハイヤーを呼んでエステに行った奈緒美は、後日正広に尋ねる。
「えっと。修理屋さんを呼んで、ベンツを運んでもらって、それで、麻生さんの車は、ちょっと前が潰れちゃったんですけど、ともかく洗車して」
「したの!?」
「しました。あの、洗車キングが・・・」
「バカキングね」
「えぇ、あの・・・。洗ったんですよ。それで、廃車してくれるとこまで運転して、行ったんです」
「バカキングも?」
「はい。心配だからって・・・。でも、運転は、麻生さんがしたんですって。最後だからって」
「させたの!?」
「そしたら、兄ちゃんでも酔うほどのすごい運転らしくって、野長瀬さん、帰ってきたらげっそり痩せちゃってて・・・。なんて言うんでしょう。嵐に巻きこまれた船員が一夜にして、白髪になってしまうよな・・・!」
「・・・そんなヤツに、なんで運転免許証もたせてるのよ、日本は・・・・・・・・」
「まぁ、結局、綺麗な花には毒がある、って自分を納得させてるみたいです」
「・・・さすがに、あの人だったら、千明の方がまだ、ってのは解るような気がするけど・・・」

「の、野長瀬さぁん!?」
と、なんの前触れもなく、ドアが開いた。
「あ、麻生さん・・・!」
野長瀬は立ちあがり、後ずさった。
「あの、こないだはありがとうございました、あの、あ、あの、これ、み、みなさんで・・・!」
今日の麻生は、頭にスカーフを巻き、サングラスをし、白い手袋なんぞもして、60年代風ドライブファッション。ずっしり重い、人を殺した後は、食べて証拠隠滅できそうな虎屋のようかん詰め合わせを正広に私、にっこりと微笑んだ。
サングラスのカッコよさで、美人度はアップしている。
「お礼に・・・、こ、れからドライブに行きませんっ?あの、新、新車が届いたんですっ」
「え!!!」

そして連行された、ベンツ修理代、82万の借金持ち、野長瀬定幸であった。

当然、あたしのこと好きなのね!!と迫られた由紀夫もいたのだが、彼は、すでに千明に、一本背負いを3回かけ、綺麗に遠ざけることに成功。
由紀夫と野長瀬の間には、やっぱり深くて暗くて広すぎる違いがあるようだった。


先週ほんとに私の車は廃車になり、そして今週、ホントに新車がやってきます!わーいわーいわーーーい!!!

てことで、次回は来週の水曜日!の予定は未定にして決定にあらずってことを人々はもう知りすぎている!