天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?

『Gift番外編』

yukio

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ギフト番外編72話後編『そば職人を届ける』

もうキムラエースについて学んだあなたたちには、キムラエースの愛らしさはわかっていただけると思う。私は、キムラエースの更なる発展を祈ってやまないのだ!がんばれ!キムラエース!!そしてバジル様(笑)!

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早坂由紀夫、そして、マスターの運命の出会い。

その場に居合わせたものは、幸か不幸か、誰もいなかった。
それは、あたかも雷が落ちたかのような衝撃だったと、後の物語作家は、ありきたりなことを言うだろう。
由紀夫の、充血知らず、エネルギー常にフル充填のくっきりまなこが、泣きながらラセーヌの星を飛び出していったエースが置いていったクリームソーダをつついていたマスターを見た。
その視線は苛烈といってもいいほどだったので、マスターは振りかえり、その視線を真っ直ぐ受けとめた。
整った顔を、時として冷たくさえ見せる、キリっと大きな猫目。
その衝撃で、隣のおせんぺいやのゴマせんべいが2枚割れたという。
そして、そのお互いの視線の中、二人は思った。

『あれ、正広が大人っぽくなったみたいなヤツ』
『お?エースがしっかりしたらあんな感じ?』

運命の出会い、終了。

それはそれとして、由紀夫は厨房の様子をうかがった。
ちらりと見えたあれは、確かに麺棒・・・!白い上っ張りと言い、あれが職人じゃなかったら、何が職人なんだ!といういでたちだった。
しかし、麺棒と職人の組み合わせがイコール『蕎麦』とは限らない。
『うどん』ではダメなのだ・・・!ましてやパスタでは・・・!!

も、もしかしてクッキー!?
湿気たっぷりの空気の中を走り回らされたため、由紀夫の脳は、すっかり水を吸ってしまっている!

「あ、あの、あの」
ゴロコが新しいエプロンに着替えてやってきた。
「スーツ、汚れを取らないと」
「あぁ、でも・・・」
「ご遠慮なさらないでっ!」
なにせ、こう見えてゴロコは力が強い。由紀夫は、熟れ熟れの桃の皮を剥くよりも簡単にスーツの上着を脱がされた。ズボンが汚れてなくてよかった・・・!もしそんなことになっていたら・・・・と思うと恐ろしい。
「すぐにすみますから、待っててくださいね。あ、何か・・・」
「あぁ、じゃあ、コーヒー・・・」
「はい!・ラセーヌ・ブレンドですねっ」
ラ・セーヌ・ブレンドが、この店のオリジナルブレンドである。そして、そのラ・セーヌ・ブレンドを運んできたのが。

ことり。
静かにコーヒーを置いたのは、さすらいの蕎麦職人、ツヨシ。ゴロコが忙しい時にはお運びもする出来た蕎麦職人だ。
由紀夫は、ツヨシの指先にさっと視線を這わせ、その指先を汚しているものの正体が、果たして蕎麦粉なのかを見極めようとした。
したが、テレビチャンピオン全国蕎麦通選手権じゃあるまいし、見ただけで粉の種類の判別がつくはずもない。
これは、そのまま聞くしかあるまい。
にっこりと、営業スマイルを由紀夫が作ったその瞬間。

「マスターーーーー!!!!」
キムラエースが飛び込んできた。鳴り響くカウベル。
「なんだよエース!うるっさいなぁ!」
「こ、これ!これ見てくださいっ!」
エースがラ・セーヌの星に持ち込もうとしているものは、由紀夫の自転車だった。
「何おまえ、それどしたの!」
「これ、めちゃめちゃカッコいいじゃないですか!俺、自転車に乗るんなら、こんなのがいい!マスターはどうなかなって思って、見て欲しかったんです!」
ドアが閉まろうとしているところに、無理やり自転車を入れようとしているので、カウベルはひたすら鳴り響き、由紀夫の自転車もなんだか苦しそう。
「あの、それ、俺の・・・」
「エース!」
由紀夫が辞めてくれるように言おうとしたところで、マスターが驚愕の声をあげ、立ちあがった。
「マスター・・・?」
「それ・・・!俺の記憶に間違いがなければ、それは・・・!伝説の届け屋だけが使うことを許された、デリバリーマッシーン2号・・・!」
2号!?2号って何!?
「えっ!これが!?」
由紀夫がなぜ2号なのか考えているのに、エースとマスターは、これがデリバリーマッシーン2号か!と無事、店の中に入りこんだ由紀夫の自転車を観察しまくっている。
「いや、あの・・・、それは、俺の・・・」

「「えぇっ!?」」
マスターとエースは自転車の両側にしゃがんだままの姿勢で、由紀夫を見上げる。
「じゃあ・・・!」
「じゃあ、あなたが・・・?」
「「伝説の届け屋!?」」

・・・伝説の届け屋って、何・・・・・・・・・・・・

遠いお空を眺めながら、神様のバカ、小さくつぶやく由紀夫だった。

「ツヨシ!よかったな!」
マスターは、さすらいの蕎麦職人ツヨシの背中をバンバン叩く。
「伝説の届け屋が探してくれてたじゃないか!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたんだ?嬉しくないのか?」
「ツヨシさん!」
スーツの汚れを落とすには、まずブラシではたいてから、と、豚毛ブラシを片手に持ったゴロコが奥から現れた。
「まさか・・・。まさか、私の連れてきたこの人が、伝説の届け屋だなんて思わなかった。でも、運命は、遅かれ早かれ、ツヨシさんとこの人を会わせるようになっていたんだと思うの」
「ゴロコ・・・」
マスターもエースも、その通りだと思った。
「打って、ツヨシさん・・・!」
豚毛ブラシを握り締め、ゴロコはお祈りのポーズになる。
「ツヨシさんの蕎麦を・・・!あの蕎麦を打って!」

「え。ホントにそば職人!?」

まさか、本当に伝説の届け屋が来るなんて・・・!
ツヨシの胸の内は、波だっていた。
いつもと同じ。いつもと同じでいいんだ。落ちつけ。
輝く蕎麦粉が、『ツヨシさん、早く、私たちをこねて!』と誘っている。今日の蕎麦粉の質は、ちょっとないほど上質だ。
だからといっておごってはいけない。
いつもと同じ。
何故って、さすらいの蕎麦職人ツヨシは、いつだって、全身全霊を蕎麦に込めているのだから。

「・・・・・・」
ことん。
「綺麗・・・」
いまだに豚毛ブラシを手放していないゴロコがため息のような声でつぶやく。
さすらいの蕎麦職人ツヨシの手によって、全員の前にざる蕎麦(並)が置かれていた。
今日は、行く先、行く先で蕎麦を食べさせられていた由紀夫も、これは・・・!と箸を割る手にも力が入る。
ツヤツヤと誘うような輝き。蕎麦粉の香りも爽やかだ。ツヨシは美味しんぼを参考に研究した結果、そばつゆにわさびを投入させない。
「うまい・・・!」
最初の一口をすすった由紀夫は、喉越しすら快感だと感嘆する。
こいつだ・・・!こいつこそが・・・!

「あの・・・」
感動している由紀夫に、ゴロコが控えめに声をかける。
「スーツなんですけど、油の汚れがついちゃってて、やっぱりクリーニングの出さないと・・・」
「あ、いいんです、あんなスーツどうだって」

グッチなのに!?
「それより」
グッチなのに、どうでもいいの!?と驚くヨーロッパブランドにはうるさいゴロコに由紀夫は言った。
「この人を、お借りできませんか・・・?」
由紀夫の手は、間違い無くツヨシを指し示していた。

「ツヨシ!しっかりやってこい!」
「ツヨシ!ばんざーいばんざーい!」
「ツヨシさん!しっかりね!いつも通り!がんばって!」
「・・・・・・・・・・」(お辞儀)

こうしてさすらいの蕎麦職人ツヨシは、蕎麦打ちセット一式を背中に背負い、伝説の届け屋の愛車、デリバリーマッシーン2号に乗り、依頼者の元に届けられることとなった。

その頃。

多恵子はコピー機の前で、ひたすらコピーをしていた。午前中からやっているのにまだ終わらないのだ。鍋焼きうどんでヤケドした口の中の皮が中途半端にはがれ、どうに気持ちが悪い。
多恵子の会社は、会議が多い。
会議の内容がどうの、結論がどうの、ではなく、ただ、会議をしている、という会議ゴッコが好きな会社と言えた。
多恵子的には、今多恵子がコピーしている資料を、参加者に渡して、読んどいて、といえば済むようなもんだと思う。
しかも、表紙のデザインがどうだの、コピーがちょっと斜めになっているだの、それと同じくらい、内容にこだわれよ!と憤っていたりもする。
大体、今時コピーってのがおかしいのよ。そんなもん、パソコンで資料作って、プロジェクターで見せて、ってもんでしょうが!きぃっ!!

ぴーぴーぴー。

用紙ギレぇーーーー!!!!

用紙の前に私がキレるわ!!と思いながら、コピー用紙を取りに行っている最中。

「あ、あの、腰越人材派遣センターの方・・・?」
「はい。蕎麦職人、お連れしました」
廊下を堂々と歩く由紀夫と、淡々と歩くのさすらいの蕎麦職人ツヨシ。
あぁ、なんて素敵なのかしら・・・!うっとりとする多恵子はコピーを放りだし、二人を使われていない応接室に案内した。
「どうぞこちらをお使いください」
「あ。その前に受け取り、いいですか?」
もうすっかりお忘れのむきもあろうが、早坂由紀夫は、受け取りの代わりに写真を撮る男。ポラロイドを構え、多恵子とツヨシを撮ろうとして、ツヨシに恥ずかしがられ、多恵子に一緒に入りましょうといわれる。
「え?いや、そういう話じゃなくって」
ポラロイドを顔から離し、面倒くさそうに言うと、ツヨシが無言で近寄り、無言で手を出していた。
「・・・撮るの?」
「・・・・・・・・・・・・(こっくり)」
「あ、じゃあ、代理ってことで・・・。えーっと、麺棒でも持つか」
「きゃあ!嬉しい!嬉しい!」
片手に麺棒、片腕を多恵子に奪われた由紀夫は、ちみっとだけひきつった笑顔をカメラに向け。

「・・・・・・・・・・・(カメラをいじっている)」

向け・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・・(まだいじっている)」

向・・・け・・・・・・・・・・

「使い方しんねーんだろーー!!」
「・・・・・・(こっくり)」

どうにかこうにか受け取りの撮影が終わり、ツヨシに指示が出た。
会議の休憩が3時にあるので、その時に、蕎麦を出して欲しい、と。
「会議の休憩で、蕎麦・・・?」

「男の人ばかりですから、お菓子とコーヒーっていうのも芸がないなと思いまして、美味しいお蕎麦でもあれば、目も覚めるでしょう?」
「はあ・・・」
人数が20名近いということで、由紀夫も残って手伝うことにする。応接間は、たちまち、蕎麦屋の様相を呈し始めていた。

20人前が3時にちゃんとそろうように。しかし、なるべくギリギリ出来あがるように。
ツヨシは時間調節をしながら、蕎麦を打つ。
由紀夫は、給湯室からお歳暮で貰っていたミネラルウォーターを運び、湯を沸かす。蕎麦は水が命なのだ。
蕎麦を食べたいという人がいる限り。
自分の最高をいつだって食べて欲しい。
いつも通りが最高なのだと思っていたツヨシが、さらにその上を求めようとしていた。
さすらいの蕎麦職人ツヨシが、伝説の蕎麦職人へと変わったのは、まさにこの瞬間なのかもしれない。

ジャスト3時。
20枚目のざる蕎麦が完成した。
蕎麦粉の香りが、二人の胸をすがすがしくさせる。
「あの・・・!」
ノックの後、入ってきた多恵子も、思わず深呼吸をする。
「いい香り・・・!」
ツヨシは、小さくうなずいた。
そして、おもむろに、容器を積み上げていく。
「これは・・・!」
「え!まさか、それ・・・!」
積み上げられたざる蕎麦の容器は20枚。ツヨシは、楽々とそれを片手で持ち上げた。
「あぁ・・・!」
「すごい・・・っ」
おそらく、ツヨシはこのまま自転車にだって乗れるのだ。
だが、今日は自転車に乗るわけにいかない。20枚のざる蕎麦をかかえ、苦労しながらドアを通り、ツヨシは会議室に向かう。
由紀夫と多恵子もそばつゆなどを持ち、イソイソと後に続いた。

「えーー、以上が、営業2課からの週間報告でした。それでは、次が、えーと、営業3課、の前に、ちょっと休憩いたしましょうか」
その会社では、資料がとても大事にされている。
どの会議でも、表紙には、社長の無駄に福福しい写真が載せることが不文律。社長の顔が載ってるため、資料をめくるのは一苦労。ヘタに折ると、社長の顔が下敷きになってしまってふさわしくない。だから参加社は、いつも表紙を支えながらページをめくることになっていた。

総務課長の声で、多恵子は会議室のドアを開ける。
そのドアから、伝説の蕎麦職人ツヨシが20枚のざるを片手に現れたとき、計らずも拍手が起きた。
「蕎麦かね!」
「はい」
多恵子はにっこりと微笑む。
それぞれの前に、蕎麦と、そばつゆが置かれ、「ラ・セーヌの星」の文字が、ゴロコデザインでプリントされている箸袋に入っている割り箸も置かれた。
多恵子が最終的に注文したのは、そばつゆはそば猪口にたっぷり入れる、ということだけ。
由紀夫は、だから、ツヨシ特製そばつゆを、蕎麦があふれない程度になみなみと入れていた。

その結果。
「おっと!」
「あぁ!」
そばつゆをこぼしてしまう役員続出。
またそばつゆそのものをこぼさなくても、いなせに食べなきゃ!と蕎麦をすするたびに、そばつゆは飛び散り、そして資料を汚していく。

くす。
ほら、社長のハゲ頭に、茶色い染みが。
ぷ。懐かしい、ゴルビーみたい。ぷぷぅっ。
きゃっ、テーブルクロスも染みだらけっ。これって、専務夫人が私物にできないかって狙ってるベルギーレース。この染み取れるかしらねぇ。すぐ洗えば落ちるかもしれないけど、どうかしらねぇ・・・。ふふっ。
「美味いねぇ、この蕎麦は」
「恐れ入ります。伝説の蕎麦職人に作っていただきましたの」
「おぉ!君が伝説の!」
ツヨシはそっと目礼するだけだ。そんなことより、20人の食べっぷりの方が気にかかっている。
あぁ、一気に食べてくれていて嬉しい。
でも・・・。

「お代わりが欲しいね」
「そうだなぁ。君、お代わりは・・・」

そう、お代わりはないのだ。人数分しか蕎麦は打てなかった。何よりも大事な蕎麦粉がない。
ゴロコでなければ解らないほどの微かさで眉をしかめたツヨシだったが、多恵子は、にっこりと笑顔で言った。

「そろそろ休憩時間は終了でございますね!会議を続けないと、先のスケジュールもございますし!」
多恵子は聞く耳持たない!と、蕎麦と蕎麦つゆを引き上げはじめる。
「え!いや、会議は、その」
「いえ、お急ぎにならないと。会食の時間もありますでしょう?」
てきぱき!と片付け、由紀夫とツヨシを連れ、多恵子は会議室を後にした。

「すっきりした・・・!」
何が?
由紀夫にはさっぱり解らないことだが、OLはこのくらいでも、結構すっきりする(笑)
恐らく、多恵子の上司は、役員たちからこの伝説の蕎麦屋について聞かれるはずだ。でも、彼はその店を知らない。だって私も聞かないから。すでに、店の名前が入っていた箸袋はすべて回収してある。
ほんっとに、ちょっと想像以上においしいそばで、社長の顔を汚すだけで満足しようと思っていたのに、もっと素敵な嫌がらせになった。
「素敵」と「嫌がらせ」と当然のように組みあわせ、幸せそうに多恵子は笑った。
「本当にありごとうございました!えと、報酬の方は、いつものように・・・」
「はい。スイス銀行の口座にお願いします」

そう。腰越人材派遣センターの口座は、スイス銀行赤坂支店にもあるのだ。

ツヨシはすがすがしい気持ちだった。
いつも通りでは、まだ完全じゃない。
いや、完全なんてことは、きっと死ぬまでないのだろう。
蕎麦職人として、いつか、この蕎麦は満足できた、というものが打てればいい・・・。それは生涯に、何度もは訪れないだろう。

が。多恵子がほんっとーーに!ラ・セーヌの星を教えなかったため、ツヨシの日常はなんら変わることなく、評判の蕎麦ランチを作りつづけるだけなのだった。

そして、ラ・セーヌの星には、伝説の届け屋とその手下たち(キムラエース談)が常連としてくわわることになるのだが、それはまた別の話であり、おそらく語られることはない(笑)


スイス銀行赤坂支店はホントにあります。うちの会社の男の子の友達が勤めていたのです(笑)すごいな、腰越人材派遣センター(笑)!!

次回更新は、来週水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!

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