天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?

『Gift番外編』

yukio

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ギフト番外編83話『パセリを届ける』

「兄ちゃん!兄ちゃんっ!」
「どした?」
「久しぶりだよ!久しぶりっ!みなさーーん!元気ですかーー!!」
「落ちつけよ・・・(笑)」

yukio
 

おなかすいた・・・。
溝口正広は、とぼとぼと帰途についていた。
寝起きが悪い正広は、朝ご飯を食べないことが多い。その分、事務所についてからお菓子やら、おやつやら、お十時やら、まぁ、色々と食べるのだが。

「いらっしゃいませっ」
「どうぞ、こちらです」
その日の腰越人材派遣センターは、ちょうど人材派遣登録キャンペーン中で、大勢の派遣希望者が押し寄せていた。
今、腰越人材派遣センターに登録すると、この携帯時代にどうよ、というオリジナルテレフォンカードが。そして最初の派遣先が決まった時に記念品がもらえる。
今時、その程度の特典で、と由紀夫ははっきりと口にしたし、正広もどうかなぁ、と思っていたのだが、どうしてどうして、続々と集まってくるではないか。
テレカに由紀夫の写真を使ったのがよかったのかもしれない。
「こちらに記入、お願いできますか?」
「履歴書、お預かりします」
「少々お待ち下さい」
正広、野長瀬、典子はてんてこ舞い。そして、全員と面接をする奈緒美もてんてこ舞い。

腰越人材派遣センターは、その日一日、てんてこ、てんてこと踊り狂った。

そのため。
おやつどころか、お昼も食べ損ねてしまった正広は、とぼとぼとぼとぼ歩いている。
お昼には、こんなとこに来ていいのかなぁ、と思う制服のOLさんが。夕方からも、たくさんの女性がやってきて、野長瀬たちはまだ残っている。
正広も手伝うつもりだったのだが、血糖値の低下は、正広の顔色を正直に青くしていたため、強制的に帰された。
「今日は、兄ちゃんもいないしなー・・・」
もう、冬のお届け物シーズン。由紀夫が、見目麗しい配達人込み、という仕事に忙殺される時期がやってきていた。
この時期になると、由紀夫は、朝から晩まで事務所にいないことの方が多くなる。
そうなると、正広の家事へのやる気、特に、料理へのやる気は、一気に減るのだ。自分一人なら、ご飯につけものでいいもんねー、となる。
しかし、今の正広には、ご飯を炊く時間すら耐えられそうもなかった。
何か食べなくては・・・!
でも、何を・・・!?

人間、あんまりおなかがすくと、何を食べていいのか解らなくなるもので、頭の中もぼーっとしてくる。
チョ、チョコレート・・・。チョコレート食べたい・・・!ナッツとか入ってなくって、できれば、ブラックの、板チョコが、いいや・・・。口当たりのいいヤツ・・・。

そんなことを考えながら歩いていた正広だったが、ふいに足を止めた。

「どこ・・・!?」
キョロキョロと辺りを見まわす。
「どこだ・・・」
ふらりと、右足が斜め前に出て、体がそれについていく。
正広の嗅覚は、あるにおいをがっちりつかまえていた。
「オムライス・・・!食べたい・・・!」
香り高い、デミグラスソースが正広の全身を絡めとる。今の正広を誘拐するのは、子猫をミルクで釣るよりも簡単だろう。
しかし。
どのデミグラスソースの匂いは、途中で途切れてしまう。
確かに、食べ物屋がある場所ではないし、それにしても、こんないい匂いがしてるのに、どうして食べられないのかーー!!
住宅街の中を行きつ、戻りつしていた正広のぼんやりとした脳は、ようやく一つの結論にたどり着いた。

・・・どこかのうちの晩御飯だ・・・・

ということに。
こんなにっ!こんなに美味しそうなのにっ!
それを正広は食べることができないのだ。
もう、頭の中はオムライス一色。このソースのかかったオムライスしかイヤだぁぁ!って思っているのに!
お財布の中には、どんなに高いオムライスだって食べられる!ってくらいお金もあるのに!
人のうちのご飯じゃ食べられないよぅ!

なんだか、泣きそう・・・。
空腹のあまり、訳解らなくなっている正広は、知らないうちの塀にもたれてしゃがみ込む。
どこからともなく、まだデミグラスソースの匂いがしていた。
ごはんだけ買ってきて、ここで食べようかしら・・・。
そこまで錯乱していた時、PHSが鳴った。着メロは、「いきてゆく物語」by武田鉄矢&水前寺清子。
「・・・はぁい」
『正広?』
由紀夫の声だった。
「はぁい」
『あれ?おまえ、今どこ?事務所は出たって聞いたけど』
「帰り道ー」
『ちょっと持ってきて欲しいものがあったんだけど・・・。どうした?大丈夫か?』
「・・・どして・・・?」
『今にも死にそうだけど・・・』
「死ぬかも・・・」
あんまりにもおなかがすいて、欲しいものはあるのに手に入らず、このままひっそり死んでしまうのかも・・・!
住宅街でしゃがみこみ、世界中にたった一人・・・!気分に浸っている正広を、近所の奥さんらしき人が、どぉしたのかしら、と遠巻きに眺めていたりするが、もちろん正広は気がつかない。
『はぁっ!?』
驚いたのは由紀夫だ。
『おまえどしたんだよ!事故でもあったのか!?』
「事故・・・みたいなもんかなぁ・・・」
あの、美味しそうなデミグラスソースの匂い。
出会い頭にぶつかった、あのソース・・・!
『事故って!正広!?』
遠くに兄の声が聞こえ、そして、ふわりと、全身をデミグラスソースの匂いが包まれた。

マッチ売りの少女のように、このまま幻のデミグラスソースと召されてしまうの・・・?と思った時、正広!!と頭上から声がした。

「え?」
「何やってんの!おまえは!」
「ん?あれ?何?兄ちゃん??」
「兄ちゃんじゃねぇだろ!」
どうして?どうして?と辺りを見ると、自分がもたれていた壁の一部が内側から開いていた。
「あ。勝手口」
「事故って、どこだ?動けるのか?」
由紀夫は正広の前に膝をついて、触っていいものか、どうか、というように、目で正広の様子を確認する。
「・・・ぴかちゅう」
「あ?いいだろーがよ、仕事中なんだよっ」
髪は、後ろで一つに結ばれ、上着はなく、上等のシャツは袖までまくりあげられていて、ぴかちゅうのエプロンをしている。
「・・・届け屋さんなのに、なんでエプロン??」
「いいから、ごちゃごちゃ行ってんな!どこが痛いって?」
「痛い・・・?言うなれば・・・・・・心、かな・・・」

べしっ

「いてっ!」
「冗談言ってる元気があるんだったら、パセリ買ってこい、パセリ!」
「パセリぃ?」
腕をつかんで立ちあがらされた正広は、叩かれた後頭部をなでながら首を傾げる。
「乾燥パセリ。ほらこれ持って。はい、行った行った」
「え?え、ぱ、パセリ?」

ほらほら、と追いたてられ、空腹のあまり、ホントはもう自分を意識を失ってるんじゃないかと正広は疑う。
だって、突然白い壁の中から、兄が出てきて、自分を叩いて、パセリを買ってこいって言われるなんて、超シュールでおかしい。
この手にいれられたお札は、本当にお札なんだろうか。
本当は子供銀行しかも2000円札なんじゃあないだろうか。
ぎゅ、っと握り締めていた手を見ると、どうやらそれは、1000円札のようだ。1000円札が2枚。
2000円のパセリ・・・2000円のパセリ・・・・・・・・
あれ。乾燥パセリって言われたっけ。
パセリ、パセリ、パセリ・・・・・・・ぱせりぱせりぱせりぱせり・・・・・・・

せりぱ、って何?

同じ言葉を繰り返していると、それはただの音になり、意味が欠落する。せりぱ、を求めて正広はスーパーに行き、長い時間をかけて、せりぱが乾燥パセリのことだと思い出し、それを買う。
2000円分買うこともなく、無事にスーパーを出ることができた正広は、夢で見た、あの壁に戻っていく。
夢なら夢でいい。
夢の中でも、あのデミグラスソースを食べてみたい。
兄ならきっと探してくっるはず!と正広は信じていた。

「兄ちゃん・・・?」
元にいた(と思う)場所に戻ってみると、兄の姿はなかった。
長く続く白い壁があるばかりで、内側から開いたのがどこだったかも解りにくい。
「正広」
そのとまどいが伝わったのか、白い壁は開き、中からやっぱりポケモンのエプロンをしている由紀夫が顔を出し手招きした。
「こっちこっち」
「はい、これ、乾燥・・・・せりぱ?」
「パセリ!」
兄に怒られた瞬間、また正広の体をデミグラスソースの匂いが包んだ。
「あ、これ・・・!」
「え?そんな匂いする?」
由紀夫は服を腕を匂おうとしたが、正広が一つにくくられた髪を、ぐわし!と掴んだ。
「いて!」
「これだ・・・!」
その髪に鼻をつっこんで、正広は満足そうにつぶやく。
「な、なにが!」
「この匂いーー!!ごはん食べたぁぁーーい!!」
由紀夫の髪からは、今までで一番強烈に、デミグラスソースの匂いがしていたのだった。

「ま、美味しそうな匂い〜♪」
「す、すみません・・・、なんか、俺、まで・・・」
「いいのよぉ。ねぇ、ユカリもお兄ちゃんと一緒に食べたいわよねぇ」
正広の膝の上には、2歳の女の子がいて、その子は、正広の膝から動こうとしない。きゃあきゃあと笑いながら、テーブルや、正広を叩いている。
「お待たせしました」
そこに、ぴっしりスーツに身をつつみ、髪もストイックにまとめなおした由紀夫が登場。
「どうぞ。お母様のオムライスです」
「あーーー!これこれー!!」
「ユカリちゃんには、こちらを」
サイズの小さなオムライスには、ケチャップでハートマークが書いてある。ユカリちゃんのお母さんには、デミグラスソースたっぷりと、その上に、乾燥パセリ。
ユカリちゃんのおばあちゃんから、ユカリちゃんファミリーへのお届けものが、このオムライスだった。
ユカリちゃんのパパとママは、共働きで忙しい。
食事の準備も大変だろうと、おばあちゃんが、デミグラスソースを大量に作り、届けてきたのだ。
その時に、オムライスを作ってくれと依頼された由紀夫は、午前中おばあちゃんのうちで練習までしている。
「パセリが乗ってたよのねぇ〜」
お母さんは嬉しそうだ。そしてお母さんと一緒に保育園から帰ってきたユカリちゃんのハートをGETした男、正広も、ちょっと涙だ出るんじゃないかというほど嬉しかった。
「お、美味しい・・・!」
ふるふると小刻みに震えながら、ユカリちゃんにも食べさせてあげることを忘れない。

黄色いふわふわ卵の下に、ケチャップライス。デミグラスソースでも、ケチャップでも、美味しいソースがかかってて、スプーンですくうと幸せのぬくもりと香りがして・・・!

あぁオムライス!ビバオムライス!!

「それじゃあね、ユカリちゃん、またね!また遊ぼうね!」
すっかり正気を取り戻した正広は、ユカリちゃんが疲れて寝るまで遊び続けた。
「あー、美味しかったぁ〜・・・」
出会い頭の事故のようにぶつかったデミグラスソースを、自分の胃に収めることができたことで、正広は非常に満足している。
俺の鼻も捨てたもんじゃないじゃんとも思っている。
「ね、美味しかったね、兄ちゃんっ」
無言の兄に同意を求めると。
「食ってない」
という返事が返ってきた。
「え?なんで?」
「俺の分は正広が食ったから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うそ・・・・・・・・・・・・・・」

「ホント」
由紀夫は静かに微笑んでいた。
その微笑は、帰ってきたお父さんも含め、なぜか正広まで入って、受け取りの写真を撮ったときとまるで変わらない微笑だった。
「い、急ごう!兄ちゃん!えっと、えっと!うちには、えーーっと!あ!あれ食べよがある!まずはそれで!」
「あれ食べよ、かぁ〜・・・」

早坂兄弟。
おなかがすきすぎると、誰がみてもわかりやすくおかしくなる兄弟であった。

がんばれ正広!急いで食べさせないと、兄は、自転車で電柱に突っ込んでいくぞ!急げ正広ーー!!


昨日、私もデミグラスソースの匂いにやられました。でも、なぜ商店街のど真中でそんな匂いがするんでしょう。店もなにもないようなところで!なーぜーーー!!

次回更新は、来週水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!

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