天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?
『Gift番外編』
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ギフト番外編97話後編『黒ラブを届ける』
前編と後編の間に別の話が入った珍しいもの(笑)黒いラブラドールはどうなった!
「さて」
「うん」
由紀夫と正広は、事務所を出た。
そこには、わふわふと嬉しそうな黒いラブラドールがくっついている。赤い、よく見れば高そうな首輪に、ビニールヒモって言うのがなんだか哀しいが、本人はまるで気にする様子がない。
「どうするかな」
「きゃーー!」
由紀夫としては、ここでなんらかの打ち合わせを正広とするつもりだったのだが、正広は黒ラブに引っ張られて走り去っていく。
「正広・・・」
「兄ちゃぁ〜ん!」
兄ちゃん、助けてぇ〜!でも、正広は死んでもヒモを離しませぇ〜んっ!
それほど高い気合をいれていた正広だったが、体力はかなり低い。すぐさまへばったところで、犬も足を止めた。
「正広!」
ぜいぜいとへばってしまい、しゃがみ込んでいる正広の元に、すぐ様由紀夫がやってきて、ビニールヒモを受け取る。
「大丈夫か?」
「だ、だいじょぶ・・・!」
だいじょうぶですか?
わふわふと黒ラブも正広の顔を舐めようとする。
「うわ、うわわわ」
へろへろになりながら、正広は両腕を伸ばしてその攻撃を阻止する。
「ほら」
腕を引っ張って正広を立たせた由紀夫は、とりあえず犬の背中を叩く。
「おまえ、なんでこう落ちつきないんだよ」
「女の子なのにねぇ・・・」
「女ってのは、こういうもんだろ・・・」
そう。実は、この落ちつきのない犬は女の子。お散歩大好きです!という顔をして尻尾を振っていた。
「・・・どうするぅ・・・?」
正広の声に、由紀夫は難しい顔をした。とても、とても、難しい顔をした。眉間に深いシワを刻んだ。
それは、生きるべきか、死ぬべきか、と悩んでいるハムレットのようでもあり、付き合い出して3ヶ月の大事な大好きな恋人を置いて海外赴任すべきが、断るべきか、と悩んでいるOLのようでもあり、おなかがすいて倒れそうなのに、目の前には大嫌いなドライフードかりかりしかない甘やかされた家猫のようでもあり、別々の国から正反対の要求をされて、あちらを立てればこちらが立たずと悩んでいる政治家のようでもあり、ともかく、ものすごい苦悩の表情だ。
「に、兄ちゃん・・・?」
正広がたじろぐほどのその苦悩。
果たして兄に何があったのか!
「兄ちゃんっ?具合悪いのっ?」
「・・・・・・・・・・行くか・・・・・・・」
「行くって、ま、まさか兄ちゃん!」
この犬を保健所に連れていったりするのじゃないでしょおねぇぇぇーーーーー!!!
「だっ、ダメだよっ!」
「いや、俺もイヤなんだけど・・・」
「そんなの、人として間違ってる!」
「間違ってるよなぁ」
「それくらいなら、俺が飼うよ!」
「えっ!?」
正広の言葉に由紀夫は驚いてその顔を覗きこむ。
「そんなのイヤな訳?あれ?そうなの?」
「そうだよ、イヤだよ」
「でもなぁ、うちで飼う訳にはいかないだろ、こんなの」
「・・・可愛いじゃん」
「・・・可愛いか?」
「あ」
由紀夫の靴はもちろんグッチ。
そのグッチに、嬉しそうに齧りついているのはその可愛い犬。
「こ、こら!ダメだよ!そんなの体に悪いよ!」
「体に悪いから齧ったらダメなのかー!だったらフェラガモでも買ってやろうか!?」
犬の健康面を気にしてる場合じゃないだろ!と由紀夫は怒る。ちなみに、フェラガモは、材料、製造過程から考えて、食べることができる靴だ。チャップリンの映画で、靴を食べるシーンがあったけれど、あれを現実的に作ろうと思ったら、フェラガモで製作可能。
辻調理師専門学校の林先生が探偵ナイトスクープで作ったのだから間違いない。
「あっ!いやいや、そゆことじゃなくって、えっと!あ!はいっ!」
正広はびしっ!と手を上げた。
はい、と指さされ、キビキビと答える。
「動物のことは動物病院!稲垣アニマルクリニックに行けばいいと思いますっ!」
はぁ・・・。
由紀夫は肩を落とし、重い溜息をついた。
「兄ちゃん・・・?」
「だから・・・、さっきから、そう・・・・・・・・・言ってたのに・・・」
「えっ!稲垣アニマルクリニックにいくのに、なんであんな死にそうに!?」
「あんなところにいったら、気がついたらこの犬を押しつけられているような気がして・・・」
そ、それはそうかも。
大丈夫だよ!とジーンズに穴をあけられながら稲垣アニマルクリニックにやってきた正広は、ちょっとためらいを覚えた。
これも何かの縁だから飼ってあげたら?くらいのことは言われそうだ。でも、この短い時間に、止めても止めてもじゃれ付いてジーンズに穴をあけちゃうような犬をずっと飼っていられるだろうか。
「・・・行くぞ」
由紀夫の方は、先に観念したようだ。
万が一、この犬を押しつけられたとしても、稲垣アニマルクリニックには、草g助手がいる!
だから、どうだ!という感じもするが、困ったらあの男がどうにかしてくれるだろう。
ってゆっか、させる。
俺様な由紀夫様は、思い切って稲垣アニマルクリニックのドアを開けた。
「あ、由紀夫様、って違う、由紀夫さん」
心の声が届いていたのか、すぐに目があった草g助手が笑った。
「何ー?『由紀夫様』って、草g先生どうしたんですか?」
「いやね、様って言うのが似合う人と、似合わない人がいるなぁって話をしていて」
ね、と看護婦と笑い合う草g助手。
「吾郎様って様だけど、剛様って、なんかちょっと・・・かなぁって」
「あぁ、吾郎様!吾郎様って感じ!」
「正広様・・・」
「由紀夫様・・・」
「奈緒美様、は文句なしかな。典子様・・・」
「正広様、どうすんの」
草g助手と、色んな名前に「様」をつけて楽しんでいた正広は、由紀夫から注意されて、はっ!と顔を上げた。
「あ、あの、草g先生、この」
建物の中に入る気分じゃないの、と、ドアの外で、建物の壁をかりかり削っていた黒ラブを玄関に引っ張り込む。
「あ!子犬だ、可愛いなー!」
サイズ的に大きくても、草g助手にはその犬が大人か子供かなんてすぐ解る。
「可愛いーー!」
と飛びかかってくるのをしゃがんで受けとめようとしたが、犬の勢いの方が強く。
「いたっ!」
後ろに倒れて、後頭部をぶつけてしまう。その上に犬がのしかかり、遊んで、遊んでっ!とわふわふ顔を舐めまくっている。
「げっ、元気な、っ、子だ、ねぇぇ〜〜」
言葉は楽しそうだが、声の響きは悲鳴だった。
「ウワ、何?」
『様』付けの似合う男、稲垣吾郎医師様が登場。床に転がっている助手をイヤそーな顔で見下ろす。
「正広くん、今度は犬飼うの?」
「あ、違うんです、これ、迷い犬で」
「「えっ!?」」
稲垣医師、草g助手が硬直した。
「この子、正広くんちの犬じゃないのっ?」
「あ、え、はい・・・」
「なんてことしてくれるんだ!」
「えっ?えっ、えぇっ?」
なんで稲垣医師に怒られるのぅ〜!?訳が解らず正広はびくびくしながら犬を押さえる。
「これって黒い疾風だろ!」
「黒い疾風ぅー?」
まさか、自分が感じたのと同じ名前だとは!驚きの由紀夫に、草g助手はさらに呟いた。のしかかられ、舐められながら。
「別名黒い悪魔・・・」
「く、黒い悪魔・・・!」
黒い悪魔と呼ばれた犬は、ご機嫌はしごくよいのです!と次なるターゲットを看護婦さんにして、白衣のスカートにじゃれ付いていった。
「なんなんですか?黒い疾風だの、黒い悪魔だの」
看護婦は犬フェチだった。犬が好きで、好きで、獣医に勤められるなんて、死ぬほど幸せ!なのに、このアニマルクリニックには、あんまり犬がこない!ってところがちょっぴり不満だった彼女は、ぼろぼろにされたってかまうもんか!という勢いで、黒い疾風兼悪魔と遊んでいる。
そのため、やっと落ちついた稲垣アニマルクリニックの医師と助手、そして早坂兄弟は診察室でお茶をしながら事情を聞いた。
「おそらく、あれは黒い疾風だと思うんだな」
稲垣医師は重々しく呟いた。
「あの犬、飼うのは辞めといた方がいい」
「あ、僕、稲垣先生は、もう飼ったらいいじゃないって言うかと思った」
「いや、あの犬は・・・」
重々しく首を振る稲垣医師の頭を占めているのは、もし早坂兄弟がこの犬を飼うことになったら、いざって時に面倒見るのはこの病院。
それはイヤー!
「この犬、飼い主解らないんですか?」
「うん」
草g助手はうなずいた。
「ただ、時々、この辺りでウロウロしてるのを、見られてるだけなんだ。あぁ、でも、ウロウロっていうレベルじゃないかな」
「え?」
「ものすっごく!遊んでるんだよね・・・」
「一匹で?」
「一匹で。人やらものやら、他の動物やらに」
「それから、スタートダッシュっての?」
稲垣医師の言葉に、正広は首を傾げる。
「遊ぶ相手がいなかったら、すんごいスピードで同じ道を往復して走ったりとか」
「訓練!?」
「危ないから捕まえようとするんだけど、異常に機敏でね」
「確かに・・・」
今も、稲垣アニマルクリニックの庭で、アクロバティックなジャンプを繰り返している。
「夕方くらいになったら、ふいっと帰っていくんだよ」
「だったら後ついていけばいいんじゃないのか?」
由紀夫は草g助手に言ったが、稲垣医師からちっちっちっ、と指を振られた。
「相手は黒い疾風って言われるほどの俊足を誇る犬だよ?道無き道でも平気で突っ込んでいくしね」
「でも、野放しにする訳にはいかねぇだろ」
すっく。
由紀夫は立ちあがった。
正広も立ちあがった。
犬が一匹だけでウロウロしてるのは、誰にとっても危ない。犬にしても危ない。いつ保健所にひっぱっていかれるかもしれないし、あの犬には遊んでるつもりでも、小さな子供にとっては恐怖だ。
絶対に飼い主を見つけて、厳重注意してもらわねば!
庭にいる犬は、看護婦さんが、本当に、もんのすごく遊んでくれるので、はしゃいではしゃいではしゃいで。
そして、ついに疲れたらしい。
建物の影になるところで横になって、はぁはぁと体の熱を逃がしていた。
「はー!遊んだぁー!」
白衣が、なんか・・・・。ある意味、やらしいですよ・・・・?という風情に汚され、乱れている、看護婦は、よっしゃ!と立ちあがる。これだけ犬と思う存分戯れられるなんて、大型犬って素晴らしい!
「水持ってきてあげるわね!」
肩で息をしながら、大きな水入れに水を汲んできた彼女は、あ、水遊びをまだしていない・・・!ということに小さく舌打ちする。水が好きな犬なら、ホースで水をまけば、大喜びしてくれるはずなのに・・・!
水を飲む犬を見て、また来てくれないかしら、なんて、黒い疾風にまけない元気ものは思っていたのだが。
「あっ!先生っ!大変です!」
「来たっ!」
看護婦の声に、草g助手が窓に飛びついた。
「大丈夫っ!?」
「わんちゃん、逃げちゃいましたー!」
「やった・・・!」
小さくガッツポーズの稲垣医師。
「なんでガッツポーズですか!」
正広の言葉を聞きながら、由紀夫は診察室を出た。穴の開きかけグッチの靴を履いてドアを開け、稲垣アニマルクリニックとロゴの描かれた自転車に飛び乗る。
「あっ!俺もっ!」
ママチャリの荷台はそれなりに大きい。
二人乗りなんてお手のもの!な由紀夫は、正広を乗せたまま、犬を追いかけてママチャリを走らせた。
「兄ちゃん、あっちいった!」
「ちっ!」
確かに相手は犬。生垣の下などにも突っ込んでいける。スピードもかなり早い。
「こっちか」
しかし、由紀夫の頭脳には、地図が入っているのだ。最短距離で走っているとすれば、次に出てくるであろう道くらい想像がつく。
「え!でも、方向・・・!」
「こっちの方が早いんだよ!」
長いスロープを降りることになる道を猛スピードで下っていると、平行して走る道に犬の姿が見えた。
「すご!」
「どっちいくか見てろよ!」
「OK!」
並走していると解るのだが、犬は、ものすごく楽しそうな顔で走っている。走るのが好きで好きでしょうがないといった顔だ。
「あれだな」
自転車をこぎながら由紀夫は言った。
「あの足を生かせる仕事ってのはないのかな」
「ホントだね」
早坂兄弟は笑っている。このスピードに負けてなるものかと、真っ向勝負を挑む。
「曲がったよ!」
「住宅地だな!」
昔からの家が並んでいるような住宅地に犬は入り、急にスピードを緩めた。
「っと!」
さすがにこういう街の細かい路地までは解らない由紀夫は、ここに入られると、と思っていただけに、慌ててブレーキをかける。
「疲れたのかな・・・」
正広も荷台から降りて歩き出す。つまり、犬のスピードはここまで下がっていた。
「あら、あいこちゃーん!」
近所の、ちょいとレトロな買い物篭を下げているおばさんが、犬の頭を撫でていく。
「あいこちゃんって言うんだ」
「・・・別犬か・・・?」
由紀夫は呆然とその姿を見る。アイコは、声をかけられた途端、大人しく座って、頭をなでられている。
「いいこね、あいこちゃん。でも、早く帰ってあげないと」
短い尻尾を振りながら、小さく、ワン、と鳴いてまた歩き出す。
由紀夫たちもついて歩いて、そして、小さな家にたどり着いた。
低い生垣で囲まれた庭があり、縁側がある、昔からの家。
あいこは引き戸の前まで来ると、ちょこんと座り、ワン!と一度鳴いた。
「あら、あいこちゃん」
引き戸を開けてくれたのは、さっきのおばさんと同年代の、まぁ、どこにでもいるようなおばさん。
「びっくりしちゃった。いつからいなかったの?迷子にならなくってよかった。大丈夫?」
よしよしと全身をなでられ、あいこの尻尾は千切れそうに振られていたけれど、やっぱり飛びかかるような真似はしない。
「お母さん、あいこちゃん、帰ってきましたよ」
あいこは庭にいれられ、縁側の障子があけられると、中には布団に横になった小柄なおばあさんがいるのが見えた。
「あいこちゃん」
彼女の呼びかけに、あいこは、上がりたいです!と縁側に前足をついた。けれど、無理に上がろうとは決してしない。
ドアをあけてくれたおばさんが雑巾で足を拭いてくれるのを大人しくまって、畳の上にあがっていった。
「あいこちゃん、遊んであげられなくてごめんなさいねぇ」
体を支えてもらい置きあがったおばあさんは、あいこの頭を何度も撫でて、あれこれ話し掛けている。
「あいこは、まだ子供なのに、ホントに大人しくって」
「時々迷子になっちゃうのが困りものだけど、ねぇ」
親子らしき二人は、優しい目であいこを見つめ、あいこもキラキラした目で二人を見返し、特におばあさんに甘える。
手を膝の上において、だっこして?みたいに目を見てみたり、布団の周りをくるくるっと回ってみたり、自分の尻尾を触ってもいいよ?みたいに差し出してみたり。
「・・・・・・・おそるべし」
「おそるべしだね・・・!」
あいこは、有り余るエネルギーで飼い主であるおばあさんたちに迷惑をかけないよう、自らエネルギーの発散に力を尽くす犬だった。しかも近所ではやらないほどの計算高さまである。
「兄ちゃん、帰ろ・・・?」
あんなに優しそうな人たちに、あいこはホントはこういう犬で、なんて言うことは正広にはできなかった。
もちろん、由紀夫にもできなかった。
そして。
「やっぱり夏は水でしょ、水!」
まだ5月だというのに、稲垣アニマルクリニックの庭には、水着姿の看護婦がいる。
水着姿だから看護婦とは解らなければいいのに、ナースキャップだけは被っているのが、変に淫靡だ。
ホースで水を撒き、その水滴にあいこが飛びつく。
「もー・・・。イメージってもんが・・・」
稲垣医師は頭痛いって顔をしているが、あいこは、こいつだ!と看護婦を見込んだのだ。
あたしを疲れさせてくれるのは、この看護婦さんよ!と。
黒い疾風は、今日も稲垣アニマルクリニックでエネルギーを発散し続けている。
草g助手は、あの一人と一匹のエネルギーは、発電には使えないのかな、なんて考えている。
スポーツ合宿ってのに参加したんですけどね、犬に触れ合いました。まさしく黒ラブの子犬!すべすべして気持ちよかったー!犬も、ネコも、短毛種の方が好きなんです。さわりてー!でも、毛の無い猫はいやざます・・・(笑)
次回更新は、来週水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!