天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?

Gift番外編』

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ギフト番外編163話『絶体絶命が届いた』



「はい!」
突如、弟の正広が手を挙げた。
「は、はい?」
「はい!」
びしっ!ともう一度手を挙げる。
「何」
「兄ちゃん、はいっ!」
腕は耳の横につけて!の挙手をして、正広は徐々に兄に接近してくる。
「なんなの一体」
「はい!ってゆってんだから!」
「は、はい・・・、溝口正広くん・・・?」
こちらもつられて片手を挙げながら、由紀夫は正広を指差す。
「はいっ!」
この最後の『はい』小柳凛ちゃんばりの、良い子の『はい』だった。そして良い子の溝口正広はこう言った。

「アイスホッケーがしたいですっ!いたーー!」

『あいすほ』まで言ったところで、無意識に挙げられていた由紀夫の右手が正広の頭にヒット。
「何ー!痛いー!」
「おまえは!どこまで!影響されやすいんだ!」
「だって今はアイスホッケーでしょー!?」
「そんなはずないだろうが!」
冬場の正広は風邪を引きやすいため、慎重に生活をしている。暑さ寒さを把握して、ふさわしい服装ででかけるし、外出そのものを控え気味にする。
しかしもう3月なのだ。
もう春なのだ。いいじゃん、でかけたって。冬篭りしていた正広がそう思うのは仕方がないことだといえないこともないかもしれない。
「そんなことあるんだよ。なんかね、アイスホッケー人気は明らかに出てるんだよ!ってどっかに書いてあった!」
事実、実際の試合にくる観客の数も増えているらしい。
「だからっておまえにアイスホッケーができるか!」
「なんで!」
「アイスホッケーって、実際の試合だと連続何分も出てられないくらいハードなんだろ?」
「・・・そうなの?」
「・・・らしいぞ」
これは由紀夫の聞きかじり知識だった。
「大体おまえ、滑れんの?」
そういわれ、正広はちょっと目を細めた。そしてあらぬ方向を見た。
「滑ったことないんじゃねぇの?」
「さぁ?」
「さあって」
「あ!はい!」
呆れたような兄の顔から目をそらしていた正広は、再び手を挙げた。
「じゃあ、スケート場に行きましょう!」
「スケート場にいかずにアイスホッケーするつもりだったのかよ!」

そんな訳で、とある3月の休日に、早坂兄弟はアイススケートリンクにやってきた。
「わあ・・・」
ひんやりした空気や、氷が削れる音に、正広が目を輝かせる。
「すごーい」
何がすごいのかは解らないがわくわくした様子で正広は兄を振り返り、そして言った。
「兄ちゃん、滑れるの?」


・・・。
いつか。いつかこんな日がやってくるのではないかと、由紀夫は思っていた。
それが、今日だった、ただそれだけのことだ。

「兄ちゃん?」

あぁそうさ。
俺はスケートを滑ったことがないさ。だからどうだって言うのさ!
と、堀田大和的に心で叫んだ後。
「じゃ、靴借りに行くか」
と由紀夫は言った。

早坂兄弟には、父親が半分いる。正広の父はすでにおらず、由紀夫の父は生きているが、どこにいるか解らない。
息子はいつか父を超えるものだが、超えたいとも、超えたくないとも思っている。いつかは越えたいが超えられない、大きな壁でいてほしいと思っている。
そして由紀夫は、正広にとって、その大きな壁でいたかった。
そこで。

「はい、いってらっしゃーい」
「えぇっ?兄ちゃんは!?」
「別に滑りたい気分じゃねぇもん」
「うそん!」
24.5cmのスケート靴を1組だけ借りて、由紀夫は優しい目で正広を氷上に送り出そうとした。
「だって俺初めてなのに!」
「アイスホッケーまでやりたいってゆったのおまえじゃねぇか!」
獅子は、子を千尋の谷に突き落とすという。
由紀夫は親獅子の気分で、ぺいっ!と正広を氷の上に放り出した。
「あがってこい。あがってこい正広!」
「何ごっこなんだよ、兄ちゃん!」
そして氷の上にほうり出された正広は、当然滑って転んだ状態な訳で、これはいかんとどうにか立ち上がろうと壁に向かって這っていく。
「冷たい?」
「冷たいよ!」
「じゃ、長時間はダメだな」
ちらりと時計に目をやり、
「じゃ、5分で」
「5分で何が出来るって言うのかなぁ!」
と文句を言った正広だったが。

「・・・はー、疲れた」
「何メートルも進んでませんが?」
アイススケートの初心者といえばこれ、の、手すり掃除すらままならず、早々にリンクを出てしまっていた。
「だって滑るんだもん」
「だもんって」
「兄ちゃん滑ってきなよ」
「だからそういう気分じゃねえの」
「えー!だからって靴も借りないってどゆことよー!解った。じゃあ、滑るのがつまらなかったら、兄ちゃん、あれに挑戦して、あれに」
「あれって?」
「挑戦してもらうからね!」
がっこん、がっこん、間延びした音をさせながら、正広は靴レンタルカウンターまで行き、兄のサイズの靴を借り出してくる。
「はい!これ履いて!」
スケート靴を履いた記憶もとんとない。この重みが足にどのような影響を及ぼすのか、由紀夫には解らなかった。
「なんだよ、挑戦って」
しかし、いかにも慣れた風に履きこなし、弟を見る。
「フィギュア」
「フィギュアぁ〜?って、あの人形の?」
「そうそうそう。可愛い女の子キャラクターのフィギュアを作って、オークションで何千万って値段をつけてもらうって、それはフィギュア!」
「・・・フィギュア」
「・・・あれ、どっちもフィギュア?」
「ん?」
「ふぃぎあ?あれ?どっち?スケートがつくのはなに?」
「フィギュアだろ」
「じゃあ人形作るのは?」
「フィギュアじゃねぇの?」
「一緒ー!?人形とスケート一緒ー?」
どうやら、元々同じ言葉らしいが、正広を混乱させておくため詳しい話はしなかった。
しかし、それすら無駄だったのだ。
「あー!どっちでもいい!いいから兄ちゃんは、四回転ジャンプに挑戦して!」
「なんで!」
「人生は挑戦の連続だよ」
「どこで聞きかじった言葉だ!」
「超えていくんだ、一つ一つの山を!俺がスケートを滑るという山に挑戦する時、兄ちゃんは四回転ジャンプに挑戦するんだね!」
「『だね』ってなんで念押しすんだよ!」
「四回転ジャンプー」
「しません!」
「しませんって言ったら、その気になったら出来るけど、今はやる気がないみたいに聞こえるじゃん!」
そういって正広は兄を睨んだ。
由紀夫はその強い目線を、真っ向から受け止めた。
由紀夫の目力は大変なものだ。だから、つい正広は思ってしまった。
ま、まさか。
まさかほんとにできるんじゃあ・・・!?と。
「・・・ちょっと、いってきまーす・・・」
本当にできたらどうしよう。いや、どうしようってことはないけどどうしよう。そんな余計なことを考えていたせいで、正広は氷に足を置くなり、また見事にすっころんだ。
『這い上がってこい・・・!』
そんな転がる子獅子、正広を見つめながら、由紀夫は心でつぶやくのだった。

さて、転がる子獅子だった正広だが、運動神経は悪くない。すぐに手すり掃除から脱却し、それなりに滑れるようになった。
なってしまった。
これに憮然とするのは由紀夫だ。
すでに弟に追い越されてしまっている。
こうなると、やはり四回転ジャンプに挑戦するしかないじゃないか。滑ったこともないのに四回転ジャンプ?出来たらフィギュアの選手に失礼だろ!
そんなことをぐるんぐるんと考えていると、リンクから悲鳴が聞こえた。
「えっ?」
「だ、大丈夫ですか!?」
そのスケートリンクでは、初心者はリンクの外を同じ方向に回っていた。フィギュア的なことができる人たちが、真ん中あたりで滑っていた。
正広は、挑戦してしまったのだ。
手すりから離れて、何もない場所でも自分は滑れるのかと。反対側の手すりめがけてリンクを横断しようとして、フィギュアの練習をしていた女の子(推定10歳)と激突。さすがに慣れてるだけあって上手に転んだ女の子とは対照的に、転んではいけない!とつっぱったあげく、頭から氷にぶつかったようで!

「正広!」
スケートシューズを履かされていたことを忘れ、由紀夫はいきなりダッシュした。数段の段差を駆け抜け、氷の上をひた走る。
つまり、いきなり走れていた。
自転車の練習をする場合もそうだが、スピードが出ている方が安定するのだ。いきなりのトップスピードで、図らずも安定を得た由紀夫は、あっと言うまに正広が転んでいる場所まで到達しそうになったが、さあ大変。
止まり方が解らない。
おっとー!?
そこで、ついに由紀夫コンピューターが作動した。

解説しよう。由紀夫コンピューターとは、映像的な記憶が特にすごい由紀夫だからこそ使うことができる脅威のシステムだ。ピンチに陥った時、その場で必要と思われる映像を頭に浮かべ、そこから何かを会得することができるというのだ!
そして由紀夫コンピューターが思い浮かべた映像は、『プライド』『里中ハル』だった。

ザシュ!

鋭い音をたて由紀夫は見事に停止した。由紀夫のエッジによって削られた氷は、見事に正広の顔にかかっていた。
「冷たい!ひどい!兄ちゃんひどすぎる!」
「あ!生きてた!」
「生きてるよ!もぉ!」
氷の上に横になったまま、正広はぷりぷりと怒った。
「悪い悪い。ほらおきて。邪魔だから」
「邪魔って!」
ぷりーー。
膨れたまま、起きない!と体を突っ張らせる正広をどうにか引っ張り起こそうとしたら、正広が急に真顔になった。
「待って待って。やばいかもっ」
「やばい?」
「俺、脚やっちゃってるかも・・・」
「はぁっ?」
右足痛い!といわれ、スケート靴を脱がせる。その最中にも痛い〜・・・!と眉間にしわを寄せる。
「お兄ちゃん、大丈夫・・・?」
正広とぶつかった女の子が心配そうな顔で滑りよってくる。彼女の止まり方はスムーズだ。氷を撒き散らすこともない。
「「うん、大丈夫」」
にっこりと早坂兄弟は微笑み、由紀夫はどうにか正広を立ち上がらせた。
「もっかい靴を履くのは無理そうだから・・・」
靴下だけになった右足を見ながらつぶやいた時、正広が楽しそうに言った。
「こんなシーンあったよ」
「こんなシーン?」
「お姫様抱っこだね。あ、俺は男なので、王子様抱っこだね!」
スケートリンクで、女の子をお姫様抱っこして滑る主人公。
そんなドラマがあったっけ・・・。

・・・。
いつか。いつかこんな日がやってくるのではないかと、由紀夫は思っていた。
それが、今日だった、ただそれだけのことだ。

今、まぐれで滑れたスケート。
ここで、お姫様抱っこだの、王子様だっこだのはともかく、おんぶなりなんなりして、弟を連れて帰らなくてはならない。
そしてここは見事にリンクのど真ん中。
もしかして今。
人生でもめったにない苦境に立たされているのかも。
「兄ちゃん、あんなに滑れんだね。4回転ジャンプ、ほんとにできるんじゃないの?ちょっと練習したら」
あぁ。
この期待に満ちた目。
絶体絶命の由紀夫。
由紀夫の明日はどっちだ!


終わり!
終わるんです(笑)余韻を残しつつ(笑)ちょっと世にも奇妙な風に。違うか!違うのか(笑)!

次回更新は、来週水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!

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