天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?

『Gift番外編』

yukio

このページの画像は、すべてyen様の作品です♪

第20話『春の膳を届ける』

今までの簡単なあらすじ。

「早坂由紀夫の職業は届け屋で、家族は弟の正広が一人。そして所属している会社には、社長の腰越奈緒美、同僚の野長瀬、事務の典子、よく解らない田村などがいて、派遣登録されてんだか、されてないんだか解らない千明がいて、多分、社長の親友、か、何かのジュリエット星川と、その部下の菊江がいて、まあ、そんな感じで、さざえさんのような十年一日な生活を送っていた。多分、明日もそうだろう」

yukio

「ひろちゃん」
真剣な声で野長瀬に言われ、正広は顔を上げた。
「はい?」
「お昼、何にしようか」
「あ、そっか。えっと・・・」
腰越人材派遣センターでは、第一水曜日は、ランチ手作りの日。なんとなーく、野長瀬と正広がその担当、という感じになってしまっている。
正広は、一応早坂家の家事担当だし、野長瀬の一人暮らし暦は正広の年齢とそんなに変わらないぐらいだし。
「春ですからねぇー・・・」
「春だからねぇー・・・」
「たけのこごはんとか、いいですねぇー」
「あっ!いいねぇー。はまぐりのお吸い物とか!」

経済新聞に目を通しながら、10時半からお昼ごはんの話すんの、やめて欲しいわぁー・・・と奈緒美は思っていた。

「そんで、俺にはねぇ訳ね」
昼をまたいで仕事に出ていた由紀夫が帰ってきた3時には、そんなお昼ごはんは影も形もなかった。
「んっと、今日は、なんか、たくさん人がきちゃって・・・」
しょんぼり、と、正広は首を垂れる。
なかなか純和風の、素敵な春の御膳だった。何せ、つくしの卵とじまであったのだから。
しかし、すでに腰越人材派遣センター、第一水曜日の手作りランチは、知る人ぞ知る名物になってしまっており、意味なくやってくる人間も多い。
JエットH川とか、T明とか・・・。嬉しいけど、でも、食べ尽くしていかなくても・・・。ひっそり正広は思った。
「あーあ、兄ちゃん、正広のごはんが食べたくって、なぁーんも食わずに帰って来たのになぁー」
仰向けでソファに長々と寝そべって、泣きそうな顔を作る由紀夫に、正広はおたおたとキッチンにダッシュし。
「何でここでまで食ってんですぅーっ!」
常備菜にしようと思っていた金時豆は、おやつがわりに、頭の黒いねずみの兄弟こと、野長瀬と奈緒美に平らげられてしまったのを見た。

ふっざけんなよぉー!俺ぁ、もう、帰るっ!
と、届け物がなければ、用のない由紀夫がこれ幸いと帰ろうとして、ほんのついでに、正広も連れて行く。

由紀夫が食事してないというは、嘘ではなかった。
けれど、別に正広がランチを作ってるから、という訳ではなく、バタバタしてて食べられなかったのと、もう、かぁ〜えろっ!と心に決めていたから。
相変わらず、奈緒美は由紀夫に甘い。
基本的に大食いではあっても、食べないとなれば、一日や二日は食べなくても死にはしない由紀夫は、さっさと帰って寝ぇ〜よぉっ、とウキウキと自転車をこいでいたのだが。
荷台の正広は、うな垂れたまま。

ここのところ、多少は料理もできるようになったかなぁー・・・、と思っていて、今日のお昼だって、結構美味しかったのに・・・。
どうして自分はちゃんと兄ちゃんの分を残しておかなかったんだろう・・・!なんで、お代わりまでして・・・っ!

美味しかったからじゃねぇの?
O型の由紀夫だったらけろっと言っただろうが、正広はA型もA型、典型的なA型。生真面目で神経質。
兄ちゃんごめんね!うちに帰ったら、一杯、一杯作るからぁっ!
「ぐ、ぐるじ・・・っ」
ウェストにしがみつかれ、転びそうになる体を、必死でもたせた由紀夫だった。

「兄ちゃん!何、食いたいっ!?」
「え?」
うちの前についた途端、飛び降りた正広から言われ、由紀夫はぱちくりと目を丸くする。
「お昼!まだ食べてないって!」
「あぁ。んー、いや、でも、いいや。それより、眠いから、ちょっと寝る」
「あ、そう・・・」
由紀夫が眠いのは本当。今日の仕事は結構ハードで、自転車で20kmほど駆けずり回っていたから。
部屋に入って、歩きながらグッチ春の新作スーツをソファに放り投げ、シャツと、ボクサーパンツのおねむ体制に入った由紀夫は、そのまま、ぽすん、とベッドに倒れ込んだ。
「あた・・・」
高い鼻がむぎゅっとつぶれて、いてて、と手のひらでくにくにと押さえ、その押さえた姿勢のまんま、くー・・・・・・・・・・・、と子供みたいな顔で眠りに入ってしまう。

脱ぎ捨てられたスーツをかき集めて、ブラシまでかけてハンガーにかけながら、正広は哀しくなってしまった。
こんなに、疲れて・・・。
人間、エネルギーが切れたら、こんな風になっちゃうんだ。俺知ってるもん。典子ちゃんの友達の話も聞いたもん。

典子の高校時代の女友達は、朝食抜きでバスケ部の朝練に出て、そのまま授業を受け、土曜日だったので、お昼も食べずに、午後からはバーゲンに行った。けれど、バーゲン会場までは、30kmはあるのに、自転車で行った。
バーゲン会場で友達とそのお母さんに会い、自転車ごと送ってあげましょうと言われたにも関わらず、ううん、大丈夫っ!と自転車で帰った、その、帰り道。
その友達は、死にそうなほどの眠気に襲われた。
眠くて、眠くて、このままじゃあ倒れる!と思った彼女は、自転車を田舎の道端に放り出し、道端で寝た。幸い、人目につくところではなかったらしく、一度目を覚ました彼女は、自分を叱咤激励し、もう一度自転車に乗ったが、再び訪れた眠気に、人様のうちの玄関先でうずくまって寝てしまう。
玄関先で制服姿の女子高生に寝られる。・・・玄関を出た家族の驚きはいかばかりであったろう(←オール実話)

あんたバカじゃないのっ!?と典子に言われた友達は、ニコニコとノンキに言ったらしい。人間、エネルギーが切れると眠くなる、と。

だから、兄ちゃんもエネルギーが切れてるんだ・・・。食べる元気もないんだ。
それもこれも!俺がちゃんと兄ちゃんのお昼を用意してなかったからなんだぁーっ!!

作る!今日は作るぞっ!
こういう時は、ちまちまと小鉢ものより、一気にガっ!と食べられる焼き肉とか、すき焼きとか・・・、あ、カレー!唐突な方向転換ではあったが、早坂家の主夫正広が見ていたスーパーのチラシの目玉商品が、カレー用牛肉なのでしょうがない。
正広はmy自転車、ママチャリ正広号を出動させ、スーパーにて、カレーの材料を買い込んでくる。
テキパキ、テキパキ!と材料を切り、けれど、玉ねぎのところで、少し泣けた。包丁は結構切れるヤツだし、みじんにしてる訳じゃないから平気なはずなのに。
ぐすん、と、一度、鼻をすすりあげて、こしこしっ!と目をこすったら、その手に玉ねぎの成分がついていたらしく、イテテテテ!と真剣に涙を流してしまった。
慌てて顔を洗うために、洗面所で顔を下に向けた途端、ウ、と口元を押さえる。
な、何でっ!?
長く入院していて、吐き気がする事は珍しくはなかったけれど、これは理由が解らない。
何、何っ!?
・・・誰の子・・・っ!?
って、バカな事言ってる場合じゃあー!!

とりあえず、じっと凍っているうちに吐き気は治まり、正広は大きく息をつく。
何だろう・・・。体調は悪くないはずだし・・・。
手を額に当てても、別に熱がある風でもないし・・・。そして、ふと、気がついた。
俺って・・・、なんでこう、小心者なんだろ・・・。きっと、そのせいだ。神経性胃炎は、正広の持病の一つである。
けれど、その後は別段変わった事もなく、正広はカレーの準備を着々と進めた。

由紀夫が思いっきり伸びをして目を覚ました時、部屋にはもう明かりがついていた。ぺったり横になったまま、うさぎのようにふんふんと鼻をうごめかす。
「カレー・・・」
いかにもスパイスの効いてそうな香りが、朝から食べてない由紀夫の食欲を刺激する。
「カレぇー・・・」
半分眠ってる状態で起き上がり、とてとてとソファまでたどりつき、コロンと、横になった由紀夫は、慌てて飛び起きた。
「な・・・っ!正広っ?」
そのソファには、先客がいて、由紀夫はソファの隅で丸くなっている正広を枕にするところだった。
けれど正広が動かないので、ん?と、顔を覗き込むと、ギュっと目を閉じたまま眠っている。
うつむいているから、顔色がどうなってるか解らず、床に座った由紀夫は、表情から正広の状態を把握しようとして、眉をひそめた。
「やべぇ・・・?」
眉間に皺を寄せ、ギュっと唇を結んでいる正広の寝顔は、普段のものとはずいぶん違う。
「正広・・・?」
できるだけ優しい声をかけ、正広の額に触れる。
「・・・熱ぃじゃん・・・」

さて、どうするか。1.本人を起こして、事情を聞く。2.本人を起こして、とりあえず薬を飲ませる。3.本人を起こして、ベッドに移動させる。4.このまま様子を見る。
・・・。むぅ・・・。とりあえず、由紀夫は毛布を丸まってる正広の上にかける。
そこで正広が目を覚ました。
「兄ちゃ・・・ん」
「・・・おまえ、熱、あるぞ。どうした・・・?」
「う・・・」
苦しそうにギュっと閉じられた目尻に涙。哀しいのか、苦しいのかの判別はつきにくい。
「正広?」
「俺・・・、ごめん、ね・・・」
「え?」
「お昼・・・」
「はぁ?」
熱が高くて錯乱か??と思った由紀夫は、はっ!とA型の典型である正広の性格を思い出した。
「昼?んなもん、あんなの冗談だからな?解ってると思うけど」
「う・・・ん」
「ちょっと。おまえ、ホントに解ってんの??」

顔を上げさせようと体に手をかけたのが悪かった。
治まっていた吐き気がいきなり復活、慌てて口元を押さえる正広に、由紀夫は迅速に対応した。
こんな事は、もう慣れっこ。
慣れっこだったけど。

吐いても、吐いても、吐き気がおさまらないらしく、トイレに閉じこもったままの正広に、いくらなんでも神経性胃炎じゃねぇだろーっ!!と由紀夫も焦る。
「正広?森先生呼ぶか??」
ドアを叩いて呼びかけても返事がない。
「正広!?」
じっと耳をすませても、動いてる気配もない。
おいおいおいーっ!!と慌ててドアを開けると、そのドアにもたれていた正広がゆっくり倒れてきた。
立っている由紀夫の膝に後頭部がぶつかりそうになって、すかさずしゃがんだ由紀夫が正広を支え、転がっていたコードレス電話を拾い上げる。

「もしもし!森先生!?」

はいはい、すぐ行きまーす、とあくまでもフットワークの軽い森を待つ間、ほとんど意識のない正広を毛布でくるんで、由紀夫はその場から動かなかった。動かすのも、体を冷やすのよくない気がして。
熱は高い。
かすかに震える体。
神経の細い、どうしたって丈夫にはならない弟が苦しんでいるのが辛かった。
「早く来い、っつってんだよ・・・っ!」
森に聞かれたら失礼だろう、って言葉を呟いた時、正広の主治医は登場した。

 

「食中毒ぅー!?」
「はい。何だろう。もう吐いちゃってるから、原因ははっきりしないんですけど、お兄さん大丈夫です?」
大きな瞳で、森医師に問い掛けられ、由紀夫は黙ってうなずく。
何せ、朝食から以降、何も食べてないのだから、食中毒にだけはなりようがない。
「・・・って事は、昼メシだ」
「ですねぇ。お店だったら、やばいなぁ。他のお客さんとか・・・」
「あっ!!!」
「えっ!!!?」
「他の連中もやばい!」

面倒見のいい森医師は、手下の慎吾と手分けして、腰越人材派遣センター第1水曜日ランチを食べた人物宅を訪問し、100%の割合で具合を悪くしていた人々を救った。

「・・・何食ったんだよ」
「んっと・・・。なんだろ・・・。何?何がいけなかった、の・・・?」
「ま、森先生が調べてくれてるだろうけど。どう考えても、昼だろ。何かやばいものあったのかよ」
「つくしの、卵とじとか・・・、たけのこ、ごはんとか、お吸い物、とか・・・。えっと、はまぐり・・・」
「えらい贅沢な・・・」
くったりとベッドに伸びている正広は、苦しそうな息の下で、ぽつぽつ喋る。
「・・・美味しかった、ん、だ・・・よ・・・」
「何でも、腐りかけは美味いらしいよ」
「兄ちゃん、おなかすいたでしょ・・・?カレー、作った、し・・・」
「あぁ、俺はいいから。ちょっと黙って、寝な?」
「俺・・・も、おかな、へったぁー・・・」
「食えないだろぉー?」
エヘヘ、と、気弱に笑った正広は、少しだけ嬉しそうな顔をする。
「ん?」
「兄ちゃんが、お昼食べなくって、よかったなぁー・・・って」

そんな事言ってねぇでさっさと寝ろーっ!!!

という気持ちと、ちょっと、ヘニャっとなってしまいそうな顔を押しとどめ、
「でも、美味かったんだろ?ま、そんないい事ばっかじゃないって事だよな」
などと、訳の解らない事を、由紀夫は言った。

結局。
食中毒で苦しんでいる正広の側で何か食べるのもはばかられ、由紀夫はその日は何も食べないままだったし、翌朝は、正広に付き合って、限りなく重湯に近いおかゆを食べただけだった。
その由紀夫の空腹による怒りが爆発したのは、事務所に出てからの森医師の電話で、どうやら卵が原因のようだと聞いてから。

「野長瀬ぇっ!!」
「へ?」
正広の52倍は体力のある野長瀬は、そこそこ平気だったようで、事務所に出てきていた。
「昨日の卵って冷蔵庫に入ってたヤツか!?」
「・・・そうです、け、ど・・・。あぁっ!!!」
「思い出したか、今ごろ思い出したか!」
「あれ・・・、由紀夫ちゃんが、捨てといてってゆった・・・!」
いつか解らないくらい前にガソリンスタンドで貰っていた卵があって、いくらなんでも賞味期限切れてるだろうと野長瀬に捨てるように頼んだ卵があった。
そして、野長瀬は、じゃあ、燃えるゴミの日に、と冷蔵庫にいれ・・・。

野長瀬が、食中毒にやられた全員の快気祝にと、高級料亭にて、期間限定春の膳をごちそうしたことは言うまでもない。

<つづく>

美味しいものが食べたいですねぇー・・・。今、物理的におなかすいてんです。私は朝からめちゃめちゃ食べられる人なんです!朝食抜きなんて絶えられないんですぅ!
おなかすいたよぉー!

次回、来週の水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!

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