天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?
ギフト番外編1周年記念特別企画!大ゲスト大会!
『新宿Fallen−Angel ―――野長瀬の恋―――』後編
ご挨拶
「ギフト番外編が1周年を迎え、ありがたくももったいなく、ゲスト様においでを願う事ができました。第1回のゲストは、野長瀬智子おねいさまこと、『
TripleT』の、木村智子おねいさまでございます!きゃーーー!!すごぉーい!!しかも、野長瀬でございます!クールで、シリアスな、かっちょいい野長瀬!今回で最終回!お楽しみ下さい!」
野島留美子は詐欺罪で起訴されていた。
借り入れがかさみ、返済不能の状況に陥って、彼女が選んだのは(おそらく予定通り)自己破産の道であったが、返済できないと当然判ってしかるべき時点からあとの、借入額が大きすぎた。
彼女を訴えたのは友人たちだった。普通、いわゆる業者であれば、債務者が破産を申請した時点で『泣く』。滞留債権として長期間焦げつくよりも、貸倒引当金から経理処理してしまった方が、法人の場合いいこともあるのだ。が、個人の債権者はそうはいかない。留美子は友人知人に合わせて300万を借り入れていた。どこの業者もさすがに、彼女には貸さなくなったあとのことだった。
「定幸、ちょっと。」
ぼんやり文面を眺めていた彼を、珍しく出勤してきた伯父が呼んだ。
「この、お前扱いになってる700万な。貸付後一度も返済がなくて3か月過ぎてるだろう。回収の目処はたってるのか? 法的措置に出た方が早いと思うが。」
「・・・・」
野長瀬は黙って数字を見ていた。最初から、責任は自分がとるつもりで振り出した小切手だ。担保・保証人はおろか留美子直筆の契約書さえ取っていない。
「お前には言わなかったがな。」
重い息を吐いて伯父は続けた。
「うちも、合併することになりそうなんだ。お茶の水にある『セントラルローンズ神田』の社長と、いろいろ話を進めてる。資本がな、うち1社じゃきつくなってきた。だからこういう不透明な債権は、神田社長に隠すわけにもいかんだろう。そう、今後はいわば共同敬営になるんだからな。」
初めて聞く話だったが野長瀬は驚かなかった。資本をきつくしたのは伯父さん自身でしょうと、言ってやろうとしてやめた。
「向こうはな、神田社長だけじゃなくどうやらスポンサーが付いてるらしいんだ。えらく腕ききの女実業家らしい。実際にはその女が、セントラルローンズを動かしてるんだろうがな。」
伯父はどっこいしょと立ち上がり、
「とにかく、早急に回収計画をたてろ。神田社長に説明できるようにな。いいな。」
ぴしりと命じて部屋を出ていった。
回収など、できる訳がない。野長瀬は自分の退職金を頭の中で勘定した。700万円の10分の1あれば万々歳だろう。残りは働いて返すしかなかった。ならばこの会社でタダ働きしても同じことのようだが、他の社員の手前がある。社長の甥だからといって、横領に目をつぶるわけにはいくまい。
野島留美子にどれだけの被害を受けたか申し述べたいならば、一週間後に出廷しろと文書にはあった。これが届いたということは、留美子は野長瀬の700万を裁判所に隠さなかったのだ。彼は当日、裁判所には行かなかった。金を貸したことが何か仏の行為であるかのように偉そうな得意顔をして、債権者たちは留美子を責め立てるだろう。それを思うと胸が痛んだが、守ってやれる力は彼にはなかった。
さらにある日、別の封書が届いた。
あけてみると、国選の市倉という弁護士からで、野島留美子の件について詳しい話が聞きたいとあった。弁護士ならば彼女を助ける立場の人間だ。野長瀬は呼び出しに応じ、事務所のドアを叩いた。
部屋の中には、図書館じみた本の匂いがこもっていた。ついたてで仕切られただけの応接スペースに通され、彼は、部屋の隅にいる派手なスーツの女に気づいた。美人ではないが不思議な貫禄と迫力がある。30代、いや40代だろうか、よくわからない。
「あのぅ・・・・あちら、は?」
小声で尋ねると市倉は言った。
「ああ、この件の、まぁ関係者といえば関係者でして、私の古い友人なんですよ。あの人には聞かれても大丈夫なんで、まぁ、お気になさらずに。」
「はぁ。」
女は、野長瀬のことなど全く気にも止めず、椅子に座り足を組んで窓の外を見て煙草を吸っている。彼は気にしないことにした。
留美子に渡した700万については、返してもらおうとは思っていないと、野長瀬は言った。貸してくれとは一言も言われておらず、自分から彼女に渡しただけだと。―――実際これは嘘ではなかった。留美子の巧みな誘導ではない。彼の意志による700万だった。少なくとも野長瀬はそう信じていた。市倉はなぜか感心したらしく、
「いかがでしょう、こちら側の特別証人としてご出廷願えませんか。」
強く乞われたが野長瀬は辞退した。留美子はそれを望むまい。彼にはよく判っていた。
「むしろ、もう・・・・そっとしといてあげたいと、僕は思うんです。彼女には何か、人に言えない理由があったんだと思います。彼女が言いたくないなら、聞きません。僕がしてあげられるのは、本当にもう、それだけですから。」
本心を市倉に告げ、彼は事務所を出た。留美子が何のために、総額2600万円もの借金を作ったのか、最後まで野長瀬は尋ねなかった。
次に届いたのは検察側からの呼び出し書類であった。
一人の女を裁くのに大の男が寄ってたかって、些細な事実をほじくり返している。野長瀬は担当者に電話して、被害を受けたとは思っていないから、そちらで勝手にやってくれと言った。がキンキン声の検事は、それでは困るとまくしたて、どうしてもそれが希望なら一筆書類に書けと言って、検事局に彼を呼びつけた。
「あなた本当にそれでいいんですか?」
若い検事は、野長瀬の出した名刺を小馬鹿にしたように横目で見つつ、
「計画犯ですよおそらくは。全て計算しての犯行です。あなたもつまり騙されたんだ。当然の権利として正当に責めを求めるべきです。」
じろり、と野長瀬は彼を睨んだ。
「そんなもん、こっちの勝手だろが。」
口ほどにもなく若僧はひるんだ。金貸しの灰汁(あく)と頭でっかちの秀才。サシで向かいあったなら、醸し出す凄みには歴然の差がある。サインした書類をデスクに置いて、野長瀬は廊下に出た。こんな嫌らしいお役所、一刻も早くずらかりたかった。
――――と、その時であった。
係官に左右を挟まれて、留美子がこちらへ歩いて来た。野長瀬は立ち止まった。凍りついたように動けなかった。留美子の、しっとりときめ細やかだった肌は青褪めて乾き、しなやかな髪にも艶はなかった。何より表情に生気がなく、足のない幽霊が歩いているようなものだった。彼女は目を動かした。視線が彼と出あった。
だが、それだけだった。彼女はふいと顔をそむけた。
野長瀬は、歩き去ろうとする留美子の姿に、果てしない寂しさの奈落を悟って慄然とした。体を重ねあった者だけに伝わる、声なき言葉を彼は聞いた。
誰に対しても、何の感情も持たない。今の留美子はそうやって自分を支えている。涙も慙愧も後悔も、彼女を狂気に追いたてるだろう。心の扉を閉ざすことで留美子は、赤剥けて血を流している孤独な魂を、必死に、かろうじて、守り得ているのだ・・・・。
彼は両腕を伸ばした。そうしろと心が命じた。留美子の両肩を正面からつかんだ。細い。折れそうに痩せた肩だった。
「何をするんだ!」
左側の係官が彼を押しのけようとしたのを、野長瀬は片手で振り払った。
「・・・・留美子さん。」
彼女は顔を伏せた。髪が頬を隠した。彼は言った。言葉が勝手に流れ出た。
「負けないで、下さい。みんな、おんなじです人間なんて。誰も偉くなんかないんだ。僕はそう思います。」
何人もがあなたの前で、あなたを悪しざまに言うだろう。この係官。あの嫌味な検事。平気で友達を訴える輩。でも、ひとかわ剥けばそいつらだって、いつ同じことにならないとも限らない。『絶対』なんて保証は世の中にない。人を裁く権利など、本当は誰も持っていない。だから・・・・
―――負けるな、と言いたかったのだが、果たして彼女には伝わっただろうか。係官は留美子を促し、3人は野長瀬を置いて歩き始めた。彼は背中を見送った。小さな彼女の後ろ姿が、わずかにまっすぐ、伸びたような気がした。
野島留美子は有罪となったが、実刑にはならず執行猶予がついた。
持ち出した700万を、野長瀬は埋め合わせることができなかった。伯父は彼を解雇した。懲戒免職の形は、取られざるをえなかった。新宿シティファイナンスはセントラルローンズ神田に吸収される形で合併し、伯父に残されたのは名前ばかりの代表権で、実権は全て神田の背後にいる、女実業家の手に握られた。
野長瀬はその日も、職を求めてサラ金各社を回ったが、どこでも門前払いをくらった。失意の面持ちでとぼとぼと大ガードをくぐり抜けた時、背後でクラクションが彼を呼んだ。
「ねぇ、ちょっとあんた。話があんのよ。乗んなさいな。」
権高く顎をしゃくった女を、どこかで見たなと思い、すぐに彼は思い出した。市倉弁護士の事務所にいた派手なスーツの女であった。
「どう。あんた、あたしの下で働かない?」
腰越奈緒美、と名乗った女は、荒っぽくハンドルを操りながら言った。
「あんたの伯父さんの会社。あれ、悪いけどあたしがもらったから。これからはね、中小のサラ金は駄目でしょ。所得隠しにはちょうどいいわ。」
ふふ、と笑ったその迫力は、この女の持つ実力を証明している。野長瀬は答えに迷った。女はズケズケと、
「どうせあんたみたいな男、ろくな仕事に就けやしないわよ。だったらあたしんとこ来なさい。安月給でコキ使ってあげるから。」
「安月給って・・・・ずいぶんハッキリ言いますね。それって僕を馬鹿にしてません?」
「偉そうに言うんじゃないわよぉ、700万女に貢いでドロンされた男がぁ!」
グサッと来ることを平気で言ってのけ、奈緒美は笑った。野長瀬は助手席で女の方を向き、
「そんなら聞きますけどね。そんな男、どうして雇おうとするんですか。あなたね、言ってることめちゃくちゃですよ。」
「だから安月給でコキ使えるからだって言ったでしょう。あんた頭だけじゃなく耳まで悪いの?」
「あたま、って・・・・ も、いっちいちムカつくなこのひとはぁ!」
野長瀬の反論など奈緒美は歯牙にもかけず、
「ちょうどいいのよあんたくらいが。動きはよさそうだしテキトーに馬鹿だしね? 第一、金の匂いがもう体に染みついてるわ。そういう奴って手っとり早いのよ。まぁあんたに付いてる金の匂いじゃあ、しょせんは小金(こがね)でしょうけどね。」
「ああああ悪うございました。ええどうせ俺は小金虫です。」
「・・・・だけどね?」
ちら、と奇妙な流し目を奈緒美はした。
「あの弁護士事務所であんたが、もし女のことボロクソに言ってたら・・・・あたしもあんたに声なんか、かけなかったけどね。」
ぽかん、と彼は口をあいた。こういう女に、野長瀬は頭が上がらない。人生ずっとそうだった。ベンツの助手席で脊髄の急所に、くるっとロープをかけられた気がした。
「・・・・なにしてる人なんですか、あなた。」
精一杯ムスッとして彼は聞いた。奈緒美はニヤッと笑い、
「おもて向きは店を2軒と、事務所を2つ経営してるわ。でも近々整理してね、人材派遣会社やろうと思うの。」
「人材派遣会社・・・・」
「そう。・・・・ま、あんたの仕事ぶり見て、おいおい聞かせてあげるわよ。いろいろ。」
「いろいろって・・・・なんかとんでもない人とかかわりました? 俺・・・・」
「あら、嫌ならここで下りる? 別に止めないわよ?」
「おりるって、ここ首都高じゃないですかぁっ! カンベンして下さいよぉっ!」
「だったら余計なことほざくんじゃないの!」
奈緒美のベンツは野長瀬を乗せ、猛スピードで走っていった。
――――こうして彼は奈緒美の部下となり、彼女のしもべあるいは協力者として、これからの道を歩むことになる。
留美子は二度と、彼の前には現れなかった。
野長瀬定幸、29歳。生涯ただ一度の、劇的な恋であった。
――― 完 ―――
きゃあ!か、かぁっちょいいぃー!野長瀬ったら、かっちょよかったんやぁ(笑)!(←失礼極まりない(笑))
智子おねいさま、ほんま、かっちょいい野長瀬をありがとうございましたー!嬉しい、嬉しい・・・!
次回、来週の水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!来週もゲストはいるのか!?