天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?
ギフト番外編34話前編『おみやげを届ける』
前回までのあらすじ
「稲垣医師が商店街の福引きであてたハワイ旅行。これを大量のおみやげと引き替えに手にいれた早坂兄弟であったが・・・!」
しかし・・・。
それからわずか十日。すでに機上の人と化した由紀夫は、それがどうにも信じられず周囲を見回す。
「正広?」
と、隣の席の正広が硬直しているのが見えた。
「おまえ、どした?」
「・・・兄ちゃん」
「ん?」
「なんで、飛行機は飛ぶの・・・?」
「は?」
座ったと同時に、きっちりとシートベルトをした正広は、真剣な顔で窓の外を睨んでいた。
「なんでって、言われても・・・」
そんな理屈をまともに学校にも行ってない自分に聞かれたって困る。
「だって、KONISHIKIは飛ぶ・・・?」
「ジェットエンジンついてねぇから飛ばねぇだろ」
「ジェットエンジンついてたら、なんでも飛ぶ・・・?」
「飛ぶんじゃねぇの?」
じぃーっと窓の外に並んでいる他の飛行機を睨みつけていた正広は、ようやく小さく息をついた。
「そうだよ、ね・・・」
白い顔は飛行機の照明の中でも青ざめて見える。
「正広」
ポンと頭に手を置いて由紀夫は笑った。
「飛行機事故で死ぬヤツと、交通事故で死ぬヤツだったら、交通事故の方が断然多いんだってよ」
「えっ!?」
安心させようと思って言った言葉に、正広はぱっ!と由紀夫の方を向き直った。
「ひ、ひろ・・・?」
「じゃあ、にいちゃんが危ないってことじゃん!」
真剣な顔で言われ、笑ったらいけないっ、と由紀夫も表情を引き締める。
「俺は、ちゃんと気をつけて走ってっから大丈夫」
ようやく正広はホッと息をつく。生まれて初めての飛行機に相当緊張しているらしい。
稲垣医師から渡されたツアーは、いかにも商店街の福引きにふさわしいチープなもので、3泊5日の強行軍。飛行機も日系の航空会社ならよかったものを、ノースウェスト航空なものだから、機内からすでにそこは海外。
ハワイに英語はいらない!と奈緒美は高らかに宣言したけれど、そんな訳ないだろ!という由紀夫は大変現実的でまっとうだった。
こういう時に自分の記憶力を使わなくてどうするよ、と、英会話のテープを部屋で流しっぱなしにした結果、基本的な英会話はすでにばっちり。なんならこのままビジネス英会話まで行ってやるか!との勢い。
「そんな正広くんは勉強したのか」
「え?俺は、ほら、兄ちゃんと一緒にテープ聞いてたっしょ?」
「覚えられたのか」
「うるっさいなぁ!俺は荷造りとか、忙しかったのぉっ!」
早坂兄弟の荷物は、手荷物一つに、預けたもの一つという大人しいものだった。
が。
サイズが違う。
3泊だろ?国内旅行と変わんねーじゃん!という由紀夫はごく小さなバッグ。しかし正広は奈緒美から押し付けられた巨大なトランクを持たされていた。正広が入りそうなヴィトンのトランク。
まぁ、それにはおみやげを入れて帰るんだから、中身はすかすかのはず、だったのだが・・・。
出発前にトランクの中身を確認して、由紀夫はめまいを覚えた。
「おまえは家出でもする気かぁーっ!」
「だって、だってぇーっ!」
4日分を遥かに上回る服に、レトルトパックのごはん、梅干し、おかし、カップラーメン、ウーロン茶、タオル・・・。
「いらねぇっ!」
「だって日本食ぅ!」
「おまえ、これからどこ行くんだよ!」
「海外ぃ〜っ」
「ハワイは48番目の日本の都道府県だ」
てきぱきてきぱきっと荷物を放り出し、半分以上スペースを空けた由紀夫だった。
「ほら、もう大丈夫だから・・・」
離陸から、ぎゅっと目を閉じていた正広に、合図をしてやる。
「・・・ついた・・・?」
「つくか!」
ようやく水平飛行になるかならないかのところ。
「兄ちゃん」
「何?」
「ジェットエンジンが止まったらどうなるの・・・?」
「へ?えー・・・、不時着、かなぁ」
「ううん、落ちるよね・・・」
「え?」
「だって、こうやって飛んでるのは、ジェットエンジンの力なんでしょ?」
手のひらで飛行機が飛んでる様子を表わす。
「それで、ジェットエンジンが止まったら、ひゅんっ!って」
手のひらは、一直線に膝に落ちた。
「いや、一直線には落ちないだろ!」
「だってジェットエンジンで飛んでるのに!」
「いいから寝ろ」
毛布を頭から被せて自分も寝る体勢に入る。ハワイ到着はハワイ時間の早朝。それから1日動かなくちゃいけないのだから。
そしてワイハ到着。
現地時間、7時。日本時間でいえばなんと午前2時。
勘弁しろ・・・と由紀夫は思ったが、正広は爆睡。緊張して寝られなかったらいけないからと典子からもらった薬を飲ませたのが成功したらしいが、それにしても。
「正広!もう着いたってのに!こら!」
「ぐー・・・」
「ぐーじゃねぇだろ、ぐーじゃあ!」
うりゃ!と正広を小脇に抱え、二人分の手荷物を持って飛行機を出る由紀夫を、白人スチューワーデス、スチュワードが楽しげな顔で見送ってくれる。
どうにかこうにか正広を叩き起こし、入国審査まで済ませて荷物を取る。取ったからには、もう二人は自由だった。
そう。商店街の福引きについているものは、航空券とホテルだけなのだ。
「来てやったぜハワイ・・・!」
どうみても偽者にしか見えない巨大なヴィトンを持ったTシャツ、ジーンズの日本人二人連れは、何かに挑戦するようにハワイに向かって高らかに笑ったのだった。
そこからホテルに移動し、荷物を預け、由紀夫がまずしたのは、自転車を借りる事だった。
ホテル自体が、メインストリートであるカラカウア通りから、ワイキキ一のホテルといわれるハレクラニに向かって入る通りにあって、買い物をするには便利にいい場所だったし、遠出をする予定もない。
「日本人の欲望を集約したようなリストだな・・・」
奈緒美たちから渡された買い物リストを見て由紀夫は呟く。
グッチの財布、プラダのバッグ、ヴィトンのヴェルニシリーズ、マックスマーラのスーツ、フェラガモの靴、バーバリーのコート、STTUSYのキャップ、ボビーブラウンの新色、エスティ・ローダーの美容液、などなどなどなど。
「それでおまえ。これの金は後からもらえるんだろうな」
「え?これお土産じゃ、いてっ!」
「てめぇ!ヴィトンのヴェルニシリーズがいくらくらいするとか知ってんのか!」
「えっ、いくらくらいっ?」
「財布とかでも400、500は当たり前なんだよぉぉ!」
ぎゅうぎゅうと首を締められそうになり、きゃあきゃあ逃げながら正広は、すちゃっ!と取り出した電卓で、たたたっ!と日本円に換算した。
「54000円!!(1ドル120円換算で450ドル)」
ぶんぶん首を振って正広は兄に同意した。
「買えません!」
「だから、これはカードで買うけど、後から金はもらう」
「くれる、かなぁ・・・」
「ま、野長瀬は楽勝だろ。よこさねぇヤツには商品渡さねぇで叩き売っちゃえばいいんだし」
「そっか」
とにかく、これだけの買い物を一日で済ませて、後は遊ぶぞ!
そう由紀夫は計画を立てていた。
ホテルの1階にあったデニーズで朝食を取りつつ、買い物計画を立てる。アラモアナと、カラカウア通りと、デューティーフリーでこのリストは完結できるはずなのだから。
「できればアラモアナで済ませたいな・・・」
「ジュリエットさんは、ワイケレに行けって」
「遠いんだよ!チャリでいけるか」
「それじゃあ、定価で買うことに、なっちゃうよぅ・・・?」
「おまえバーゲン好きだもんなぁ〜・・・」
定価で買うのはやだよう、やだよう、と言う顔をする正広と、長いリストを見比べる。
「正広」
「はいっ」
「このリストは、休むための宿題みたいなもんだ。しかもこれに関して金を払うのは俺たちじゃない」
正広も、目の前にぶら下げられたリストをじっと見詰める。
「俺らの買い物する時に、いろいろ考えたらいいだろ?」
こくん。
素直に正広はうなずいた。
「よっしゃ!まずは近場から行くぜ!」
由紀夫が自転車を漕ぎ、正広が後ろに乗ってカラカウア通りを走る。
開店直後のヴィトンで、入ったばかりのヴェルニのベビーブルーの財布をGETし、正広に渡す。プラダでは、1階のメンズに目もくれず2階のレディースにあがり、抹茶色のバッグを買う。
由紀夫の買い物に迷いはないので、正広は荷物を持って店の前で待っているだけ。どんどん、有名ブランドのショッピングバッグで正広の姿が見えなくなっていく。
「えーっと、これでそろそろ・・・、正広っ?」
1月とはいえハワイ。天気はよく、雲一つない空の下を自転車で走りまわっていたため、正広はいつの間にやらぐったりとしていた。
「うわ、ごめん!ちょっとすぐホテル帰るわ!」
時間はまだお昼を過ぎたころで、どこかで昼食をと思っていた由紀夫は、すべてのブランドバッグを自分の両腕にひっかけ、正広にしっかりつかまってろよ!と声をかける。
「すごー・・・」
見知らぬ日本人も呟くほどのブランドショッピングバッグの固まりが、カラカウア通りを駆け抜けていった。
「兄ちゃん・・・?」
ぽかん、と目を開けると、正広はベッドの中だった。
うつ伏せになっていて、首筋に冷たいタオルが置いてあるのが気持ちいい。
「あれ・・・?」
「おぉ、起きた?」
開いたドアから由紀夫が顔を出す。
「ごめん、俺、寝てた?」
「寝てた、寝てた。軽い日射病みたいだから、まだ寝てろ」
「日射病!?キャップかぶってたのにぃ?」
驚いて目を見開くと、由紀夫が自分の首の後ろを触る。
「ここ」
「ここ?」
正広もタオルの上から首を押さえる。
「頭より、首の方がやばかったりするんだって。そっちむき出しだったもんな」
ハワイに行く前日、バカンスだもん、さっぱりするっ!と正広は髪を切っていた。
「それでかぁ〜・・・」
「でも、熱もないみたいだし。夜になったら出られるよ。今日ちょっと日差しキツイし」
「でも、でもぉ〜・・・」
ハワイまで来てベッドで寝ている事に納得がいかない正広はぶーぶー文句を言う。
とりえあず着替えのTシャツでも出してやるか、とヴィトンをあけたのだが。
「正広ー!!」
半分空にしたはずのヴィトンは、由紀夫が放り出したはずのもので、8割近く埋まってしまっていた。
夕食はすぐ近くのホテルにある、ショアバードというホテルで、自分たちで肉を焼いて食べた。正広は面白がって大変で、でも、一瞬にして風向きが変わるため、煙にまかれてえらい目にも合う。
「兄ちゃん、熱いー!」
「俺だって熱ぃんだよぉっ!」
日本人にしてはかなり食べる二人でも、食べきれないんじゃないかと思ってしまうほどの量の肉と格闘し、合間合間にサラダバーとも小競り合いして、満腹で店を出る。
その夜は、残りの買い物をデューティーフリーですべて済ませ、なんと初日にして義務達成!
「すげぇ!俺らってがんばってんじゃん!」
「がんばってるよ、兄ちゃん!」
ビーチに出て、波の音と、空の星を眺めながら、明日っからはフリーだな・・・の思いを深くする早坂兄弟であった。
翌朝、ホテルのフロントに、あんなFAXさえ入らなければ。
つづく
無事にハワイから帰ってこれてホントによかった!でも、あれね。年寄りっていやね。もう、眠くて眠くって。はぁ〜。由紀夫もひろちゃんも、全然平気なんだわ!なんて羨ましいのっ!次回更新は、来週水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!