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ゆんゆんの誕生日は過ぎてしまったのですが、
とりあえず「お誕生日おめでとう企画」な遊ゆやSSなのでした。
目標は、ゆんゆんにゆやたんをあげちゃおう♪ってコトでvv



†† 緋恋 †

納戸で発見したものを、ゆやはしみじみと見つめていた。
一匹だけの、鯉のぼり。しかも何故か真鯉ではなく、緋鯉だった。屋敷の主が、どうしてこんな物を所有しているのかも気になるが、一匹だけの緋鯉は、別のことを思い出させる。意地を張って、素直になれなかった自分を。
「こんなトコで、何してんだ?」
屋敷の主が、納戸の入り口にいた。自分を、この屋敷に連れてきて閉じこめた張本人だった。
「納戸の整理です」
振り向きもせずに答えれば、主は憮然とした声をだす。
「…俺は、女中が欲しかった訳じゃないんだが」
「だって、暇なのよ」
つんと、むくれた素振りをすると、主は自分の髪をがしがしとかき乱す。腕が動くたびに、ひらひらと長い目隠しの布の端が視界の片隅で踊っていた。
「一日中、することもなくぼーっとしてるよりは、納戸の整理をしてる方がマシだわ」
「……退屈させて、すまん」
突然の謝罪に、思わず振り向いた。
ゆやの視線の先には、困った表情を浮かべた漢──遊庵の姿があった。
「どうして、あやまるの?」
内心の戸惑いを押し隠し、怒った表情で問いかければ、遊庵は神妙に答えていた。
「退屈が、つまんねーって事は、俺にも解るしな」
だからといって、自由を与えることはできない。動かしようのない現実。遊庵は、そちらを謝りたかったのかもしれない。けれども、決して言葉を綴りはしない。認めたくないのかもしれない。素直じゃない漢の不器用な台詞を、ゆやは複雑な思いで聞いていた。
ほの暗い納戸に、しばしの沈黙がおちる。小窓と開かれた戸から差し込む光が、ふわふわと空気中に漂うほこりのために綺麗な輪郭をみせていた。どうして光の輪郭は、澄んだ空気の中で見ることができないのだろう。
ゆやは、手元においた緋鯉の布をぎゅっと握りしめていた。遊庵もまた、緋鯉に気づいていた。
「──また、懐かしいモンをひっぱりだしたなぁ?」
ほとんど気配を感じさせることなく、傍らにしゃがむと緋鯉に手をのばしてくる。ゆやは発された遊庵の声音の軽さに、救われる思いがした。袋小路に陥る前に、ふと道をそらされた感触があった。
「これは、あなたの物?」
握りしめたためについた緋鯉のしわを伸ばしながら問いかければ、遊庵は口元を緩めながら首を振っていた。
「どっかから貰ったんだ…螢惑がいたころだったか…」
むーっと眉をひそめながら記憶を辿る姿に、問いを重ねた。
「端午の節句に飾るなら、真鯉じゃないの?」
すると遊庵は、さも当然というようにあっさりと顔を上げて言い切る。
「赤い方が、カッコいいだろ?」
けろりとした答えに、ゆやは、緋鯉を見つけてからずっと脳裏をめぐる思い出をたどって口にしていた。
「…私の知ってる人は、赤いほうが可愛いって言ったわ」
過去を懐かしむ響きの声音に、遊庵は黙って耳を傾ける。
「ゆやは女の子だから、赤いのを貰ってきたって」
手の中の緋鯉を、ゆやは見つめた。貧しい家にやってきた緋鯉は、こんなに手触りは良くなかったけれど、やっぱり同じような緋い色をしていた。
「ホントは、嬉しかったけど…今月の家計は厳しいのに、って憎まれ口を聞いたりしたの」
妹にそう言われて、しょんぼりと肩を落とした姿を思い出すと胸が痛い。口元には、我知らず自嘲の笑みが浮かんでいた。もう、取り返しのつかない過去の出来事だというのに。
「なかなか手強い子供だったな」
遊庵の言葉は、どこか感心しているようにも聞こえた。たぶん、彼はそういう自我のはっきりした子供が嫌いではないのだろう。でも、ゆやにしてみればかわいげのない衝動的な子供としか思えない。後悔と、過去へのもどかしさがない交ぜになって、幼い自分を評する声は平坦になる。
「生意気だったのよ」
すると近くにあった遊庵の顔が、ニヤリと笑っていた。
「今でも生意気だぜ?」
「………」
余裕と確信をもって告げられた言葉に、二の句が出てこない。精一杯の抵抗でもって、ぷいっと視線をそらせた。わずかに染まった頬に、気づかれないよう願いながら。
さらなるからかいの言葉がふってくるかと思い、ゆやは身構えていた。だが遊庵は、意外なことを口にした。
「泳がせるか?」
「え?」
ゆやの膝の上にあった緋鯉が、するりと動いて遊庵の元へと移動する。発せられた言葉の意味が理解できず、ゆやは目を瞬かせていた。その間にも遊庵は、がさごそと緋鯉の布を引きずり出している。
「鯉のぼりだからな。一回くらいは、泳がせてやってもいーだろ」
悪戯を思いついたガキ大将の表情でもって、いい年をした漢が笑った。
初めて目にした邪気のない笑顔に毒気を抜かれながらも、思わずゆやは問うていた。
「…あげたこと、なかったの?」
「螢惑が喜んで、あげたとでも?」
反対に問い返されて、沈黙する。
脳裏にうかんだのは螢惑こと、ほたるの無表情な顔。鯉のぼりをあげて喜ぶ姿は…想像できなかった。
「ま、昔から、あーゆーヤツだったからなぁ」
しみじみとした口調で遊庵はつぶやく。ぼーっとしていた被保護者は、端午の節句になぜか雛人形をひっぱりだしていた記憶がある。筋金入りのボケボケだったのだ。とりあえず、そんな感慨は横に置いといて。目先の楽しみに遊庵は全神経を注ぎはじめる。
「よし!コイツを泳がせるぞ!」
緋鯉をまるめたモノを手に、握り拳でもって漢が立ち上がる。
「で、でも、どうやって…」
どこか異様な迫力に押されながらも、ゆやは口にせずにはいられなかった。鯉のぼりには、竿が必要不可欠なのだ。この整備された壬生の地に、鯉のぼりをあげることができる竿なんて、存在するのだろうか。
「まかせろ。俺に心当たりがある」
ゆやの問いに、遊庵はふふふ…と余裕の笑顔でもって答えていた。


壬生の地には、高層建築が多い。
そんな建物の一つに、吹雪の執務室はあった。窓から見える風景には、中層、低層建築の瓦の屋根がつらなっている。そして多重構造の塔も、尖った相輪を陽光にきらめかせていた。
「なんだ、あれは」
窓の外に広がる見慣れた風景の中に、謎の物体を認識して思わず吹雪は声にだしていた。同じ執務室にいたひしぎも窓の外をみると、物体の名前を平然と口にする。
「緋鯉ですね」
一際高い塔の相輪になぜか鯉のぼり(緋鯉)がくくりつけられ、ばっさばっさと風に泳いでいる。今まで一度も目にしたことのないシュールな風景だった。
「見れば、解る。そうではなく…」
額を抑える吹雪に、ひしぎは淡々と告げた。
「端午の節句ですから」
「私が言いたいのは、別のことだなんだが」
わずかに肩をふるわせながらも平静を保とうとする吹雪に、ひしぎはゆっくりとシュールな風景を生み出した漢の名前を口にする。
「──今日は、遊庵の誕生日です」
「…だから、何だと?」
「大目にみてやってください」
「………まったく。しょうがないヤツだ」
ため息をつきながら吹雪は、あまり見たくない風景から視線をそらすのだった。


そんなお目こぼしを貰ったことなどつゆ知らず。
塔の相輪に鯉のぼりを括り付けるという暴挙をしでかした漢は、根元の屋根の上でふんぞりかえっていた。
「我ながら、いい場所を思いついたモンだぜ!」
わはは、と胸をはる漢の傍らの屋根に座ってゆやは後ろめたい気分を隠しきれない。
「…そ、そうかしら…」
「細かいことは気にするな。甍の波と雲の波!高く泳ぐや鯉のぼりってな〜!」
遊庵に誘われるままに、こんなトコまで登ってしまった。場所にさえ目をつぶれば空に泳ぐ緋鯉を見れたことは、素直に嬉しいとおもうのだが…。まさか屋根の上に自分も登るだなんて想像もしていなかった。
「風も、凄いんだけど…」
乱れそうになる着物の裾をおさえて呟けば、傍らの漢はからからと笑っていた。
「見晴らしが良くって、気持ちいーだろ?」
さらりと言われて、どう答えていいのか解らなくなった。確かに久々の風を感じて、胸は高鳴っている。そうして、気づいてしまった。不器用な漢の、心遣いに。
風を感じるのは、どれくらいぶりなのだろう。いつもいつも閉ざされた空間から、空を恨めしげに眺めていたような気がする。こんな風に、何処までも広がる空間があることを忘れそうになっていた。
憎まれ口を叩く方が、簡単だった。思ったことを、そのまま口にしてしまえばいい。
けれど。空に泳ぐ緋鯉が、過去を思い出させる。
風をいっぱいに孕んで、初めての空を泳ぐ緋い鯉。自由にはなれないけれど、それでも風に遊んでいる。そっと視線を緋鯉から外し、傍らの緋い漢を見上げた。遊庵は、どこか不思議そうにわずかに首をかしげていた。強い風が、目隠しの布をゆらしている。自分の髪も、同じように風にゆれていた。
風が運んでいく、ひとときだけの自由時間だから。
意地を捨てる自分を許しても、構わないかもしれない。
ゆやは、風の流れに素直に身をまかせていた。
「…ありがとう」
真摯な眼差しで告げた言葉が、遊庵の鼓膜をふるわせる。
素直な言葉に、返される言葉はない。わずかに漢の口元がほころび、腕が伸ばされる。抱きよせられたとき、嫌悪感はなかった。ただ、つなぎとめられているという確信と安心感だけがあった。
束縛感が何処にも見あたらなかったのは、風の中だったからかもしれない。
こんな事は、間違っていると心の何処かが叫んでいる──それでも、ゆやは自分を抱きしめる遊庵の腕から逃れたいとは思わなかった。


えーっと。ゆんゆんお誕生日おめでとう!SSでした……ラブラブバカップルな遊ゆや話の予定だったのですが…何だかヘンな方向に(涙)ども、まとまりがなくてスイマセン…。で、でも当初の目的だった「ゆやたんを、あげちゃおう!」計画は、なんとか達成できた…ような気がするのですが。き、気のせいだったりして…。
SSの背景ですが…たぶん、ゆやたんはゆんゆんに攫われて壬生在住なのではないかと思います。はい。そんでもって軟禁生活を送ってるっぽいです。ゆやたん、ストックホルム症候群なのか…ってツッコミはなしな方向でお願いします…。てゆーか、屋根の上でこの二人はナニをしてるんですかね?