2001.7 ■【講談社と小学館】 このふたつの出版社のマンガ雑誌は、私の中で特に比較していきたい存在です。 このhpを定期的にチェックしてくれている人ならわかっていると思いますが、 私は基本的に小学館のマンガがあまり好きではありません。 そして講談社には、好きになるマンガが多いのです。 講談社と小学館を比較して、その理由を語っていきます。 まず、その特徴が明確な小学館から。 小学館のマンガは基本的に破綻しません。 特に週刊サンデーのマンガを思い浮かべてください。 新連載として始まった作品が、いきなり数週で打ち切りになったマンガは殆ど思い浮かばないでしょう。 単行本の巻数を見ても、大半が10巻以上はあります。 サンデーの方針は、連載を始めたら最後まできっちり面倒を見る、こんなところではないでしょうか。 ストーリー的に見ても「あそこで終わっていればイイ作品だったのに」などと一般的に言われる作品も思い浮かばないでしょう。 これらの事を考えれば「破綻しない」と言うのは理解できるはずです。 次にストーリー面などの特徴について。 ここからは週刊サンデーと、ビックコミック系の「売れる、評価が高い、大人の、マンガ」と評されるモノを含みます。 「売れる、評価が高い、大人の、マンガ」とは具体的に一番の例に挙げられるのは浦沢直樹のマンガでしょう。 浦沢直樹のマンガは基本設定がしっかりしていて、そこから大きく逸れてしまう事はありません。 複線を張り巡らし、それをほぼ完璧な形で消化していく、無駄の無いストーリー。 多くのマンガが取り扱う内容も、壮大だったり重々しかったり、ドラマチックになりやすいモノだと思います。 マンガ表現も、泣かせるシーンではきっちり泣かせる、感情の流れを大きく誘う表現を確立しています。 絵柄の傾向としては、頭身が低かったり、目が大きかったりする、ベタなギャル絵はまず少ないですね。 これらのことを総合すると、純粋に大人が「このマンガは面白い」と言っても恥ずかしくないモノを提供している。 よって「大人のマンガ」として評される事が多いのです。 だからこそTVドラマ化する作品が多いのだと思います。 小学館とは私的にまとめるなら「良いモノを作って良いモノとして提供する」出版社です。 (唯一ヤングサンデーだけがこの枠から少し離れている雑誌かもしれません) そしてここから講談社について。 講談社のマンガの特徴のひとつには「本当に多くのマンガを読んでいる人が、誉めるマンガが多い」です。 そのようなマンガを多く抱える雑誌は、アフタヌーンです。 アフタヌーンでは、主に売れている作品以外のサイドを支える作品も注目されています。 新人賞である四季賞作品はそのレベルの高さでも有名ですが、その内容も割と哲学的だったりする作品が多いです。 この内容が、小学館の売れる作品とは全く違った価値観で描かれているモノが多く、 我々は注目せずにはいられないのです。 なんというか感覚に訴えてくると云うか、なんと云うか。 淡々と語りつつ、こう割と社会に対して違和感を持つ若者の心を捉えるというか。 絵柄も、普通に見ればヘタな絵として認識されるような絵が多かったりしますが、 それでも面白く読めてしまうマンガが多いのも事実です。 アフタヌーンを読み始めた時、こんな新しい感覚と価値観を与えられて、とにかく面白いと感じた人も多いと思います。 (近年は少しオタク的な作家の連載が増えてきたような気がしますが) 週刊マガジンに関しても、はじめの一歩のような安定した作品を提供しつつ、 コミック数巻で終了してしまうような、実験的な作品を掲載しつづけるその姿勢に好感が持てます。 全方位的に現在で一番バランスの取れた週刊マンガ誌ではないでしょうか。 コータローもまかりとおってますし。 ヤングマガジンについても語るなら、工業哀歌バレーボーイズが有る意味看板で連載している貴重な雑誌。 カイジも生まれた雑誌ですし。 講談社は全方位的にバランスの取れている、そしてその意図しない作品の中から名作が生まれる、 マンガ読みの為の雑誌作りをする出版社と言えるでしょう。 講談社は出版業界全体としてもバランスが取れていると評判なのですけど。 と、ここまで両社の特徴を有る程度列挙してみました。 完全に小学館より講談社のほうが良い、と書いた感じになってしまいました。 では何故私がそう思っているかについて。 小学館の売れるマンガ、もしくはサンデーを読んでいる人、そしてそれをマンガの最高峰とする人は、 大抵それら以外のマンガを読んではいません。 サンデーは、私は昔から常々思っている事ですが、「オタクの登竜門」的雑誌です。 必ずオタクになる人は若い頃にサンデーのマンガを通り、そしてハマリます。 週刊マンガ誌として知名度を確立しているサンデーならその道を通るのは当たり前、と思う人もいるでしょうが、 ここから二通りの道があると思います。 そのままサンデー・小学館のマンガだけに留まってしまうタイプの人と、 そこに留まらず、さまざまなマンガを貪欲にむさぼって行くタイプの人です。 そしてそこに留まってしまう人は、それ以降特に意識せず話題に上る良いマンガだけを読んでいく傾向があります。 マンガ以外の娯楽があまりにも溢れている現状としては、マンガだけに留まっていく事は難しいでしょうが。 で、私が小学館のマンガがあまり好きでは無い原因のひとつとして、上記で語られた留まってしまう人の像があります。 こういう人達は、結局数多くのマンガを読んでいません。 故に他のメディアに関しても浅く、考え方が低俗になりがち。 一般的にあまり良いと思われていない価値感に対して、簡単に否定してしまいます。 これらの事もあり、私は「貴方が嫌いだからそれを読まない」的な感覚が強くなってしまいました。 まぁそんな人達が薦めるマンガより面白いものは沢山ありますし。 これはちょっと個人的な事ですけどね。 それと、これらの理屈を私が有る程度自信を持っている理由としては、 本当に多くマンガを読んでいる人達の話を、見たり読んだりしていると、 所々に「小学館のマンガは物足りない」という意見を感じるモノを見かけるからです。 そんな事を感じさせるようなモノを読んだ事、あるのではないでしょうか。 ここでの文章で、私が結論とする言葉としては、 「小学館のマンガは確かに良いモノでは有るが、マンガ表現としての革命を成し得るマンガは産まれない」 そんな事です。 |