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半透明


誰かに飲み干された君は
埃っぽい街をぼんやり透かして
仄かな緑色で薄笑いしていた
濁り切れずに立ち尽くしていた

可憐ながらんどうの君は
微かにアップルタイザーの匂いがして
僕は言葉を選べなかった
仕方なく太陽に君をかざした

破れかけた君のラベルには
甘さ抑えめの天然果汁だと
飲み終えたらゴミ箱へと
つまらないゴシック体で書かれていた

生半可に透き通っていたら
たぶん痛いだけだよね
思わず漏らした気泡すら
すぐに見透かされてしまうから
複雑に混ざり合った成分も
ただ爽やかに見通されてしまうから

するっと

薄っぺらな優しさに緩んだ
僕の指先から逃れた君は
コンクリートの歩道の上に
何のためらいもなく落下した

可憐な悲鳴をあげて
粉々に砕け散った君の欠片は
それでも半透明に薄笑いしながら
午後のぼんやりとした雑踏の中で
きらきらと尖っていた


2015.4.11


春の航海


華々しく出航したはずの
船の羅針盤は
いつの間にか壊れて

勿体つけて差し出された
六つ折の海図は
ほとんどが嘘っぱちで

最初は威勢が良かった
スクリューには
得体の知れないものが
幾重にも巻きついて

今日も昨日も明日も
義理と人情と夢のままに
空と海のあてどない狭間で
未来に船首を向けるふりをする

自由と勝手をはき違えたのは
何処の港だっただろう
難しい言葉で得意気に交信したのは
誰の船だっただろう

目的地など無いということを
彷徨うことが航海だということを
思い知ったのは最近だった

同じような波に弄ばれて
同じような島に縋りついて
何度も塩辛い水を飲まされた
迂闊な航海士に
それでも季節は何度も巡った

今年も途方に暮れた背中に
春が降り注ぐ
凍えていた素っ気ない指先に
血潮が満ちていく

はしゃぐ光に
ことさら顔をしかめながら
お節介な温もりに
大袈裟な溜息をつきながら
ついうっかり
何かを始めようとしてしまう

そんな迂闊な

春の航海


2015.3.29


見学者



正義と正義のせ
めぎ合い 置き
去りにされる血
と涙 見え透い
た手口のイカサ
マ 手札は不条
理のフルハウス
パンドラの箱の
隅を 爪楊枝で
つついているの
は いったい誰



悲しみは波のように
幾度も打ち寄せるけれど
突然の不運に足をすくわれた君に
手を差し伸べることはできない

僕は僅か5.5インチの
世界の窓のこちら側

歯痒さと情けなさを
鼻腔の奥に感じながら
「可哀想」と言いかけた唇のままで
もう次の世界の窓を開いている

ほんの指一本で


自然からの無慈
悲な返答 ただ
狼狽えるばかり
の不自然 夕焼
け色のプロパガ
ンダ ならされ
ていく目と耳と
心 知り過ぎる
ことは未来では
ない 溶けかけ
たイカロスの翼



スクランブル交差点を渡りながら
次から次へと窓を開いては
次から次へと慣れてしまう

プラットホームから落ちそうになりながら
次から次へと窓を開いては
次から次へと忘れてしまう

どうしても倒せないラスボスの背後から
突然の不運に襲われて
悲しみに足をすくわれて

僅か5.5インチの
世界の窓の向こう側に行ってしまうまでは

僕は
少しだけ憂鬱で少しだけ退屈な
見学者


2015.2.21


ひなた


目を閉じると
緋色珊瑚色菜の花色
まぶたの裏に
現れては消える明るい斑

風の無い中庭は
緩やかな分子で満たされて
枯れ枝から枯れ枝へ
見知らぬ鳥が声を探している

鎖骨のあたりを
温かい何かが伝い落ちていく
産毛が逆立とうとする気配
鼻がこそばゆい

見飽きた日常に
想い出が寄せては返す
湯気の向こうの大きくて丸い背中
膝にそっと置かれた掌の温もり

街のあらゆる背後を迂回した
音がぼんやりと届いて
コンクリートの上で柔らかく弾んだ
光がほのかに匂う

溶けかけた金平糖の夢を見ながら
猫はほんわりと膨らみ
冬のひなたの蛇行した時間の中で
私はただただ惚ける


2015,2.11


記憶


鏡に向かって
眠気と髭を剃り落していた朝
くたびれた自分の顔に重なるように
ふっと浮かんだ父の輪郭
丸くて憎めない
目の記憶

電車の中吊りは
気の早い春の旅への誘い
オーデコロンと加齢臭に混じって
ほのかに漂った雪解けの匂い
若すぎる土と水の
鼻の記憶

自転車のベルに
急き立てられて歩道の端に避けた
誰かが私を叱ったような気がする
懐かしい方言まじりの祖母の声
未だに「のめしこき」の
耳の記憶

紙コップのコーヒーで
うっかり火傷してしまった午後
言いかけた言葉を塞き止めているうちに
遠ざかっていった小さな背中
幼すぎてヒリヒリする
唇の記憶

眠れない夜の
座礁した意識に絡みついてくる
決してこそぎ落とせない罪の藻屑
最後に恐る恐る触った母の頬
申し訳ないほど柔らかい
指の記憶

暮らしの九十九折に散らばった
色とりどりの記憶を
きれいに並べ替えたら
隙間だらけの私の人生になるのだろう

長い間暗がりだった
記憶と記憶の得体のしれない隙間を
今はあなたの
飾らない笑顔が照らしてくれている


2015.2.4


ふっ、しあわせ


ふしあわせは
雨のように降ってくる
不穏な空から予定通りに
稲妻をともなって突然に

傘も持たずに
ぼんやり歩いている時に限って
ふしあわせ予報ははずれて
私の思考と良心はずぶ濡れになる

まあそんなものだ

しあわせは
雑草のように発芽する
今日でも昨日でも明日でも
ここであそこで至る所で

あまりにもさりげなく
見慣れた風景に溶け込んでいるから
雨上がりの虹に見惚れて
うっかり踏みにじったりすることもある

まあそんなものだ

今朝
玄関のタマツゲの下で
しあわせが蕾をつけているのを
久しぶりに見つけた

自分の何処かの結び目が解けて
ふっ、と
温かい色の吐息が漏れて
世界が少しだけ懐かしく潤んだけれど

それも束の間
握力が低下した私は
そんなことはすぐに忘れて
傘も持たずに
また曇り空の下へ歩き出していた

まあそんなものだ


2015.1.30


冬 午前11時30分 快晴


雲ひとつない高笑い
真っ青な永久歯で
空は
高層ビルに喰らいついている

控えめな思い出し笑い
押しつけがましくない暖気で
光は
目抜き通りを撫でている

束の間の微笑み返し
風が居眠りしている間に
人は
意識の端を少しだけ拡げようとする

午前11時30分
百貨店のショーウインドーの前
冬が
うっかりまどろんでいるから

口角をわずかに上げて
震えるスマホをそのままにして
もうしばらく待たされるのも
悪くない


2015.1.24


SISAKU



何かが見えたような気になる



空は空の色
水は水の色
あの花はあの花の色
その人はその人の色

青と透明と赤と頑固者
決めてしまえば
安心だし便利だ

でもそうは思わない
絶滅危惧種もいる

素敵に歪んだ水晶体をもった
天の邪鬼もいる



出口から入って入口から出ようとする



一行にすればただのデータでしかない
それっぽく見せるために
改行する
行間をつくる

「枯木立の」と「指先が」の行間に
思わせぶりの季節風を吹かせる

「青を」と「掴み損ねる」の行間に
これ見よがしの白い息を漂わせる

二行あけた隙間に風花を舞わせてから
「冬の午後」

分かるなんて嘘だよね?



見えるのは始まりと終わり



簡単な事を簡単に書くのは
無難

難しい事を難しく書くのは
無理

簡単な事を難しく書くのは
無粋

難しいことを簡単に書くのは
無茶

無茶苦茶に試作を散らかしても
詩作は終わらない

悶絶しながら
アドレナリンを垂れ流す



思索するには不向きな
カボチャ頭を上手く調理するには
スパイスは入れ過ぎないように
正体が無くなるほど煮詰めても駄目

やっぱり
面倒臭い



2014.12.11





久しぶりに息継ぎしたら
歯磨き粉みたいな
ノスタルジイが
喉に染み渡った

垣間見た空は遠すぎて
その場限りの
センチメンタルなんて
届きそうになかった

きっぱりと反転して
水の下に沈み込む
過剰な硬さの鱗を
鈍く光らせながら

鰓呼吸をし始めたのは
いつ頃だったろう

翼だと思い込んでいた
背中の突起物が
実は貧弱な背鰭だったことに
気がついた時からだろうか

揺れる水藻に身をひそめて
休日の雑踏に消えた
掌の温もりを
鰓で思う
記憶を鰓呼吸する

気紛れな水流をかわしながら
呆気なく煙になった
広い背中を
鰓で思う
時間を鰓呼吸する

ときおり夢やら希望やら
青臭い肺呼吸の
ささやかな痕跡を
鰓で思ってしまい
むせ返ってしまうけれど

鰓呼吸できなかった
溜息は気泡となって
ゆらゆら立ち上り
いずれ水面で弾ける

ぱちんと弾けてしまえば
歪んだ空で弾けてしまえば
綺麗に忘れることができる
鰓で忘れることができる


2014.11.22


うたたね


ヒヨドリがうるさくて
SOMETHINGが聞こえない
途切れ途切れの物思い
読みかけの本の頁を
誰かが拾い読みしている

ほつれた約束事に
SOMETHINGが降り注ぐ
うつらうつらと蛇行する航路
ソファの上の低空飛行を
うずまき猫が眺めている

大気圏の最下層を浮遊する
何かをいじくり回しながら
何も伝えようとしないことが
何よりも心地好いのなら

名前なんかどうでもいい

潜在意識の波打際を徘徊する
何かを追い回しながら
何も表そうとしないことが
何よりも満たされるのなら

意味なんかなくてもいい

ヒヨドリが鳴きやんで
SOMETHINGが不時着する
知らんぷりしてそのまま
やり過ごす

やり過ごす

やり過ごすつもりだったが
虫捕り網を構えた格好で
眠りの螺旋階段を下りていく


2014.11.6


トラウマ



「吐」


薔薇色の二酸化炭素
パッチワークの嘘
賑やかな流動体
ビタースウィートな溜め息

悩ましい亀裂から
漏れ出す黒い臭素
歪に膨れ上がる
柔らかすぎる容器

吐き出さなければ
明日を吸い込めない
アヒル口の安全弁は
疲れ果てている




「裸」


脱いでも脱いでも
まだまだ着ている
本当は私って
厚着のストリッパー

リン酸カルシウムの枝に
タンパク質のスーツを掛けて
コンタクトレンズを探す姿勢で
裸の自分を探し回る

CT でも
MRI でも
見つからない裸の自分は
もはや細胞の床の間に飾られた
二重螺旋の中にしかいないと

毛皮の上に裸を着た飼猫が
教えてくれた。




「憂」


雨の3連休明け
決まらない前髪
星占いは最下位
乗り遅れた区間急行
凹みに負の水溜り
低温のオハヨウ
取ったのはクレーム電話
冷め切ったコーヒー
重力を感じる
束の間のランチタイム
後悔のようなカレーうどんのシミ
砂を噛みながらのルーティン
致命的な誤変換
進む時計の長針
進まない時計の短針
帰れそうもない
でも何処に帰るの?
盗み見るスマホ
トラウマが口癖の友人
幸せそうだ
15画の溜息を飲み込んだら
夕焼けの味がした




「魔」


プライドの木陰に吹く
臆病風
コンプレックスの裏地に潜む
独裁者
スピリチュアルの海を彷徨う
豪華客船
ダイエットの踊り場で待つ
スイート・トラップ

人の心の
いちばん柔らかなところに寄生して
人の心の
あらゆる欲を嘗め尽くそうとする



魔はしょっちゅう差し
人の弱さとともに生き続ける
好事魔多すぎて
人の甘さを際限なく伝播していく

途方もなく長く緩やかな
パンデミックのはずなのだが
自覚症状はほとんどなく
重篤化する傾向もないので
有効なワクチンが開発されたこともない
(というか治す気がないのだろう)



おそらく
うまく手懐けて飼い殺すことが
生きていく
ということなのかもしれない



2014.11.1


おもいのおと


日々の暮らしの
吹き溜まりから
洒落た記号を
掘り出して
綺麗に並べても
何処にも響かない

吹き溜まりに
手をつっこみ
すくった想いを
雪玉にして
無防備な背中に
ぶつけてみたら
微かに響いた

おもいのおと

振り向きざまに
笑顔を投げ返してくれた
あなた





溜息と一緒に
床に落ちた

おもいのおと

冷たい指先で
拾い上げて
包装紙に包み直す

「仕方がないさ」

差し障りのない
言葉の包装紙に包まれた
重たい音符の
哀しい生温かさは
誰にも

伝わりっこないから
そのまま飴玉みたいに
ポケットに押し込んだ


2014.10.14


生きるためになんか生きられない


強烈な風雨を受けて
折れてしまった月下美人の葉を
何気なく水に差しておいたら

根が出た

その後も根は伸び続け
葉のくぼみに蕾をふたつつけた

さすがに花を咲かせることはなく
蕾は呆気なく落ちてしまったが
新鮮な観察の日々に
心は心地よく波立った

切断された昨日から
明日の根っこが出て
明後日の蕾がついた

などと書いてはみたが

可能性とか奇跡とか
そんな言葉では表せない
驚きとか感動とか
そんな言葉では追いつけない

ささやかな鼓動の変化を
かすかな血潮の満ち引きを
言葉に出来たことなどあっただろうか

言葉を持たないいきもの達は
すべての今日を受け止め
すべての明日を想わず
ただ生きるために生きる

心が折れたらしばらく立ち直れない
社会の幹から離れたら生きていけない
言葉とのいたちごっこに明け暮れて
つまらない意味と名前にこだわり過ぎて
いつも大切なものを見落としてしまう
とても駄目な私は

生きるために生きようとする
真っ直ぐで豊かな命の川面だけをを
小綺麗に体裁良くスケッチして
また誰かに伝えようとしている

駄目だ
嫌な言い回しだ
生きるために生きることなんて
とても出来ない私は
どこまでも不自然ないきものだ


2014.9.27


彼岸


ほどよく素っ気ない風が
袖をめくり上げたシャツを
透過していく

さらさらと粉っぽい光が
釣鐘堂の屋根を滑り
落下していく

手桶と柄杓と
線香と花と
いくばくかの懐かしさをぶら下げて
よちよち歩く

真っ赤な噴水を避けながら
躓かぬように
転ばぬように
やがて
見覚えのある御影石

石を洗い
線香と花を供え
数珠を絡ませた手を合わせる

こういう時
みんな何を思うのだろう
願いなのか報告なのか
誓いなのか謝罪なのか
まさか愚痴などではあるまい

束の間の暗闇と沈黙の底で
他愛ない想い出だけが駆け回る

御先祖様は
こんな出来損ないの子孫のことを
不憫に思ってくれるだろうか

ゆっくりと目を開けて
きまり悪そうに見上げる空には
軽やかになった肺呼吸の痕跡が
いつまでも残っていた


2014.9.22


モドキ


なかなか膨らんでくれない風船に
飽きもせず息を吹き込み続ける
何処かに穴が開いているのを知りながら
滑稽な独り遊びを止めることが出来ない

春には妄想を咲かせて散らして
夏には傷痕を弄んで痛がって
秋には郷愁を嘲笑って抱き締めて
冬には孤独を気取って飼い慣らせず

なかなか膨らんでくれない風船は
未だに空の素っ気なさを知らず
明け透けな虹の嘘っぱちを見抜けず
浮力のない言葉の欠片を漏らすばかり

それでも
雲のように眺められたくて
光のように弾んでみたくて
膨らまない風船に息を吹き込み続ける

あくまでも
耳ではなく目から忍び込むため
声ではなく文字を響かせるため
萎んだ風船モドキに想いを吹き込み続ける

開いた穴なんて探さずに
いつまでもモドキのまま
おそらく息と想いが続く限り


2014.8.17


八月の欠片



GIRAGIRA

あの頃の僕の瞳は
油の浮んだ水溜り
空も街も人も季節も
虹色に濁って見えた

今にも分解しそうな心を
繋ぎ止めていたのは
少し哀しい臭いのする
ギラギラ



KURONEKO

柔らかな曲線で閉じられた
暖かい真っ暗やみ
密やかな身のこなしで
人の時間に潜り込み
ふたつの小さな月で
人の暮らしを涼やかに眺める



WADACHI

去年の夏の戯言の
文字を入れ替えるだけで
今年の夏の戯言になるという
わたしの薄っぺらな現実

綺麗に足跡を残そうと
格好つければつけるほど
泥濘にはまってしまうという
わたしの安っぽい真実

浮き足立った今日を
いくら繰り返しても辿り着けない
わたしのあした

遠ざからない昨日を
いくら眺め返しても見つからない
わたしのわだち



UTSUWA

小さすぎて
すぐに溢れてしまう器
ヒビが入っていて
いつも漏れてしまう器
そんな出来損ないの器を
人と呼ぶのなら
際限なく注がれるのは時で
底に辛うじて残るのは
滓のような後悔



RASEN

何かに熱中している時の
ちょっと尖った唇の形も
好きだったけれど

見た目ほど器用ではない
細くて長い指の形も
好きだったけれど

本当に欲しかったのは
君の中の螺旋
君の中の柔らかな設計図



MOUSHOBI

あらゆる雲を排除して
空が真夏を熱唱する
草花は項垂れて
鳥の囀りは蒸散して
聴衆は身動ぎもしない影だけ

あらゆる朝を排除して
夜明けは真昼に接続された
炎天下の庭に水を撒く
君の溶けかけた肩越しに
架かった小さな虹だけが

略奪された朝への
ささやかな抗議



2014.8.9


蝉時雨


蝉時雨が
それほど新しくない記憶を
影縫いするものだから
そのまま置き去りにもできず
立ち止まる

吹き出す汗
ハンカチを忘れたことに気づく
いつもそうだった
肝心な時に何かが欠けているから
想い出がみんな傷痕になってしまう

遠ざかる淡い背中
はしゃぎ過ぎるノウゼンカズラ
押し黙るクロアゲハ
急に想い出した
言わなければいけなかった言葉に
火傷しそうになる

すうっと風が渡って
一瞬 蝉時雨が止む
濃密な結界が解けたように
そろそろ歩き出す

手の甲で拭うものは何?
拭い切れないものは何?

誰も裁いてくれない過ちを
全身にまといつかせたまま
雑踏に逃げ込もうとする背中に
容赦なく突き刺さる
ふたたびの蝉時雨


2014.7.29


かたおもい


華がなければ
覚えてもらえない

名前がなければ
呼んでもらえない

色がなければ
背景にもなれない

嫌ってもらわなければ
記憶にもなれない

でも
生きている

あなたが見ているのと
まったく違った世界で
悠々と生き長らえている

そして
あなたが
見たこともないような指使いで

あなたが
見ることもないであろう風景を
飽きもせず描き続けている

わたしが
誰だかわかる?

まるで
雑草に話しかけられたような顔だね

でも
それでいいんだよ

わたしを知らないことが
あなたのプライドになるのなら
それでいい


2014.7.20


聞こえた


読み人知らずの
ささやかな空気の振動を
耳たぶでそっと掬って
外耳道へ流し込む

外耳道の突きあたりの
気弱すぎる鼓膜のときめきを
耳小骨は丁寧に拾い集め
蝸牛の殻に押し込める

蝸牛の殻の中の
悩ましいリンパ液の対流に
苛立った有毛細胞の
貧乏ゆすりは電気信号になる

電気信号フリークの
自意識過剰なラセン神経節細胞は
嬉々としてそれをツイートし
お節介な内耳神経が
さらにそれをリツイートするものだから
すぐさまそれは大脳庁の知るところとなる

大脳庁の直轄機関である
大脳聴覚皮質のラボに送り込まれた
読み人知らずの
ささやかな空気の振動は
ただちにつぶさに解析され
またたくまに正体が解き明かされる


すなわち


聞こえた


声と君が


2014.6.21


ハーモニカ


>吹いて
<吸って
<吸って
>吹いて

あたたかい息が
リードをふるわせると
やわらかい音符があらわれる

>吹いて
>吹いて
<吸って
>吹いて

さみしい唇を
吹き口ですべらせると
やさしいメロディがつながる

音符を落としながらあるいた
ひとりぽっちの帰り道で
メロディを懸命においかけた
ごじかんめの音楽室で

いつも身近にあった
ひとなつっこい楽器は
記憶のきざはしの一番下で
ぼんやり錆びついたまま

>吹いて
<吸って
>吹いて
<吸って

日々のリードを
かすかにふるわせながら
暮しのハーモニーに
かろうじてくわわりながら

想い出してくれるのを
ずっと待っている


2014.6.14


傘が行く


傘が行く
三叉路の紫陽花を横目に

靴がついてくる
水溜りをかろうじて避けて

身体は押し黙る
雨音の朗読を聴くともなしに

思考は潜り続ける
内側の後方の下部の
定位置に落ち着こうとする

発火の心配がない湿気った不満が
坂道に貼りついた新装開店のチラシを
極めてさりげなく踏み躙る

苛立ちが諦めに変わる速度で
ズボンの折り目は消えていくから
もう大根役者の真似をしなくてもいい

雨が嫌いじゃなくなったなんて
何処かのポエマーのあわぶくが
思考の水底から上がってくるけれど
決して口元で弾けることはない

梅雨の入り口に
柔らかな石になった思考と
湿った皮袋になった身体を
置き去りにしたまま
傘が行く

傘だけが
水の境界線を越えていく
従順な靴を引き摺りながら


2014.6.6


五月の欠片





光と風の音楽隊の
ゆるやかな旋律が
コンクリートの迷路に
色の音符を落としていく

緑はさざめき
花はときめき
道はほくそえみ
人の睫毛はほほえむ





渋滞したジェットコースターは
緩やかに急勾配を下って
行列を巻き込んだまま
メリーゴーランドは回り続けた

フリーフォールがためらいがちに
黄金週間の裾を引っ張ると
見慣れた夕暮れを背に
観覧車が軋みながら翳った





ハナミズキは散って
ツツジは燃え盛る
まだ幼いアゲハのダンスを
窓辺の猫の目が追い駆ける

こちらにおいでと
そよぐ風の速度に
追いつけない自分がもどかしくて
温くなった炭酸水を飲み干した

いつも五月に置いていかれる
心地好さに埋もれてしまう
伏し目がちの不純物のような
まだまだ透き通ることができない私を

五月の風はお構いなく
夏に向かって吹き流す





南風の心地よい圧力が
シャツの胸を凹ませた
舗道に散らばった光の鋲を
しかめっ面で踏み潰した

僅かに夏の体臭を漂わせながら
控え目にスキップする五月と
スクランブル交差点の真ん中で
すれ違ったような気がした





今日一日を

空や
風や
光や
鳥や
花や
あなたや
わたしや

そんな言葉を使わずに
表わすことが出来たなら

わたしは詩の言葉をすべて
五月に預けて

初めて見たような顔をして
季節を眺めることができるのに



2014.5.18


地図


いつだっただろう
眉間の裏側の暗闇に
地図が置かれているのに
気づいたのは

等高線もない
記号もない
縮尺も方位も分からない
その地図は

日々の出来事に
カサコソとなびいては
意識の天窓を開けて
妄想の尻を叩いた

眉間の裏側にある
地図を辿って僕は
心象を拾い集め
文脈を探し当てた

記憶の欠片で描かれた
地図の正しい読み方は
心の水平線を眺めるように
眉を柔らかく開いて
少し遠い目をして

柔らかくて遠くて
遠くて遠い

目をして

ああ

そんなに眉間に皺を寄せたら
地図がくしゃくしゃに丸まって
見えるものしか
見えなくなるじゃないか


2014.5.10


三日月の国


漠然とした不安に
暑苦しいくらい重ね着させて
頼りない平気に
大袈裟な添え木をして
大丈夫という
お題目を唱えながら
見て見ぬふりの
巡礼の列は果てしなく続く

弓なりに反りかえった
三日月の国に生まれた僕等は
諦め方と紛らわし方を
ずいぶん長い間学んできた

空気を速読するプロフェッショナル
フリック入力のスペシャリスト
匿名の陰で照準を合わせるスナイパー
自分だけをこよなく愛するモンスター

諦め顔で笑って誤魔化しても
じわじわと落伍者は追い詰められる
極めて品の良い村八分
無視という名の終身刑

今日も正義を振りかざそうとした親父が
街中で嘲笑の集中砲火を浴びていた
気がつけば僕も塩辛くない涙を流しながら
引き金を引いていた

弓なりに反りかえった
三日月の国の一員として


2014.5。9


一粒


日々を複雑にしているのは
自分自身

定規で線をひいて
はみ出さないように色をつけて
出来あがった図形に名札をはって
似通った図形をひとくくりにして

複雑にせずにはいられない
自分自身

おとなしく受け止め続けることも
身の丈を思い知ることも
生きるためにただ生きることも
出来るわけがない

本当は
色とりどりにひしめき合って
賑やかに掻き回されて
いつかは気軽につまみ出されて
いとも簡単に暗闇へ放り込まれる

薄ら青いポットの中の
たかがキャンディの一粒
みたいな

自分自身


2014.5.8


21℃ 31% 4m/s


鳩尾を透過していく
風のライオン
たてがみの感触に
背中が粟立つ

睫毛を蹴って逃げ出す
光のインパラ
ボンネットを飛び移る
逃げ足が眩しい

舗道に投げ出された
影のアミメキリン
潤んだ首の輪郭が
滑らかに伸びていく

次から次へと飛び立つ
声のフラミンゴ
楽しげなア行の羽音が
語らいの五線譜を彩る

さざめく季節の真ん中を
目を細くして
頬を柔らかくして
こっそり祝福しながら

舟のホモサピエンスは
のったりと流されていく
なすすべもなく流されていく

おそらく
未来の西側へ向かって


2014.4.23


多面体


誕生日
私の多面体の面が
またひとつ増えた

生まれた瞬間は
まんまるだったはずなのに
歳を重ねるごとに
ひとつずつ面が増えて

今では寄せ木細工にも似た
得体の知れない多面体に
成り果ててしまった

眩しく照り返している面
どんよりと曇っている面
何かがこびりついている面
哀しいくらい磨かれた面

今となってはどの面も
なつかしくいとおしい

十五面体の頃は
まだうまく転がれなくて
二十五面体になっても
いろんなものを傷つけて
三十五面体あたりから
ようやく一人前の多面体になって
そこから先は
ひたすら球体に近づいていった

人は丸く生まれて
面を作りながら角ばって
面を作りすぎてまた丸くなって
転がるように消えていく

そんな直感を
多面体をゆらゆらさせながら
今日できたばかりの一面に
こっそり綴ってみた


2014.4.7


影の春


ショーウィンドウの前から
ふわりと剥がれた影は
軽やかにステップを踏んで
もうひとつの影にくっついた

大きな紙袋をぶら下げて
せかせかと動き回る影は
スマホを耳に押し当てたまま
量販店の影に取り込まれた

膨らむ好奇心を抑え切れずに
ぽんぽんとよく弾む影は
繋いだ手をいきなり離して
毛むくじゃらの影に吸いついた

約束を持たない影は
街の迷路から抜け出せずに
それでも口元を緩めながら
ふらりふらりと舗道を漂う

行先を持たない影は
十字路に吸い寄せられてくる
賑やかな影と影の波間で
こっそりと息継ぎをしている

スクランブルの水門が開いて
忙しなく交わった影と影が
それぞれの春に向かって
あっという間に解けてしまえば

私の形をした影はまた
途方に暮れるに決まっている


2014.3.27


FR/PR/BR


フラフラと
朧月の生温い宵に
プラプラと
妄想の尻尾をぶら下げて
ブラブラと
調子っぱずれの自律神経をナビにして

此岸の縁をそぞろ歩く

フラスコの中の
フラストレーション
フラフラと
フラダンスを始める

フラミンゴの群れの
フラッシュバック
フラフラと
フラボノイドが揺れる

プランターの内の
プラトニック
プラプラと
プラモデルを愛でる

プライドの端の
プラットホーム
プラプラと
プラシーボが通過する

ブラインドの向こうの
ブラキオサウルス
ブラブラと
ブランドを漁り回る

ブランデー越しの
ブラックジョーク
ブラブラと
無頼派を気取るが

フラフラと
プラプラと
ブラブラと

気がつけば
いつの間にか
また自分に辿り着いている


2014.3.20


IP


クロレッツを二粒
鼻腔を流線形が疾走する
春よ来いの大合唱
彼女は鼻腔に猫を飼っている

空には翼を持った豚
犬と羊が阿呆面で見上げる
五輪は四輪より速い
すべては風の前の塵に同じ

15,16,17の頃
オートマティックな白昼夢
行き先も分からずに
刹那主義のトラベリング

カシミールって何処?
父さんは伝説の酔っぱらい
誰も尊敬しないけど
リスペクトなら毎日してるよ

脳下垂体に内蔵されたiPodは
音楽以外のものを垂れ流す
いつまでも賢くなれないんだから
明日のことに耳を塞いだっていいんだ

昨日に引きこもったまま
後ろ向きに匍匐前進
ついでにクロレッツをもう一粒
爽やか過ぎて涙も出やしない


2014.3.16


スイッチ


いつ
スイッチが入るのか
分からない

それが
ONなのかOFFなのか
分からない

そもそも
何処にスイッチがあるのか
分からない

行方不明のUSBメモリを探そうと
机の下を這いずり回っている時に

頑固過ぎる寝ぐせを気にしつつ
約束の場所に急いでいる時に

お昼のランチで迷いに迷った挙句
いつものB定食を食べている時に

そいつは唐突に切り替わる

古い家具に積もった
暮らしの塵が
取り払われるように
意識の行く手が明確になる

色と材質が
音と感触が
流れるように翻訳される

光と心象が
風と言葉が
街のあらゆる路地を闊歩し始める

夜明けだ!
反転だ!
覚醒だ!
錯覚か?

まあいいや

さあ詩を書こう!


2014.3.9


冷たい雨


雨を轢く車の音が
電話の呼び出し音の行間に
打ち寄せてくる

湿り気を帯びたルーチンワークは
未だ真綿に包まれた意識の中

縋りつくように盗み見る
スマホには温度の無い文字列と
笑えないスタンプ

窓の外に見えるはずの
雨雲に拉致さらた電波塔は
こんな日にも生真面目に仕事をこなす

昼休みまであと30分
買い置きのカップ麺をすする自分の姿が
電話の呼び出し音の行間に
打ち上げられて嫌になる

外は冷たい雨
情け容赦ない季節の足踏み

新しい季節はまだ
百貨店のディスプレイの向こう側で
パステルカラーの洋服を着せられて
うらめしげに空を見上げていることだろう


2014.3.5


チイさい春


春がいる

駐車場の奥の
ハイブリッド車伝いに
ブロック塀の上に飛び乗った時
チイ子はそう思った

春がいる

朝の見回りで
ナワバリ荒らしのクロに
やられた三角耳がまだ痛むけれど
るんっと尻尾を立てて
チイ子は歩いた

やっぱり春がいる

とあるお宅の玄関前は
お気に入りの休憩スポット
ここの丸顔の奥さんには
「ミイちゃん」と呼ばれているが
チイ子はチイ子

ぜったい春がいる

放り出されたスコップの先から
ほんのりと若い土の匂い
鉢植えの上に残された雪の
照り返しは思いのほか眩しい

薄汚れた冬の毛並みを
丹念に毛づくろいした後
きっちりと前脚をそろえて
チイ子は目を細めた


2014.2.22


ループ


ほぼ等間隔に置かれた
不安のハードル
倒さないようにしながら
生真面目に歩く

決して抜け出せない
ループの回廊
天気はいつも晴れのち曇り
ところにより雨

ほぼ等間隔に現れる
既読のサイン
条件反射を繰り返す
まるでパブロフの小型犬

何よりも欲しいのは
折り畳み式螺旋階段
何時でも何処でも誰でも彼でも
見下すことができるから

ほぼ等間隔に聞こえてくる
ポエムの言葉
悪寒は気のせいだから
自分の頭で考えてはいけない

ついうっかり食べてしまう
お茶漬けの中の仲間意識
君も僕も誰でも彼でも
ひとりなんかじゃないのだから

決して抜け出せない
ループの回廊
日付はいつも今日のち今日
ところにより昨日

逃げ出そうとしなければ
とっても優しい世界
得体の知れない未来の暗闇から
ほんのひとときだけ

君を守ってくれる


2014.2.15


わたしは買わない


あなたはそれを
必然だと言う
わたしはそれを
偶然だと思いたい

あなたはそれを
どうしても運命にしたいらしい
わたしはそれが
無数の枝分かれの末端にしか見えない

この世界では
不思議なんていくらでも売っている
好奇心の耳が
やたらとピクピクして困るけれど

わたしは買わない

誰かが
小綺麗な魂の試着をしている間に
誰かが
明日のスマートな歩き方を教わっている間に

あえて胸を張ることもなく
他人を着こなすこともなく
今日の未舗装の細道を
わたしはわたしの足で歩く

たとえ突然の雨に打たれても
たとえ酷い日差しに焙られても
たとえ吹雪に視界を遮られても
たまに雲ひとつなく晴れ渡っていても

わたしは買わずに
わたしなりに歩いていく


2014.2.13


降り積もるもの


雪が降り積もる
形の上に
形のままに

雪が降り積もる
同じ重さで
同じ冷たさで

人の想いは
あまねく
くまなく
降り積もることはない

人の想いは
違った重さで
違った温かさで
あるいは降ることもなく
ときどき積もったままで

温もりの真ん中に
もどかしさを
やるせなさを
隠し持ったまま人は

雪を眺める


2014.2.8


空を探す


あなたは空を探す
世間体の要塞に閉じ込められて
強固な偏見の鍵をかけられても
逃げ出す知恵を巡らせる前に
小さな明かり取りの窓を見上げて
あなたは空を探そうとする

あなたは空を探す
執拗な悪意の霧に惑わされて
しがらみの深い森に迷い込んでも
出口を求めてさまよい歩く前に
幾重にも折り重なった枝を見上げて
あなたは空を探そうとする

あなたの好奇心は空へ向かって吹き抜ける
笑顔で梯子を編んで空に近づこうとする
暮らしの何処かから転がり出た
つまらない石ころを何気なく空にかざして
可愛らしくて温かい出来事に変えてしまう
あなたは少しだけ天然色を帯びた錬金術師

空を探すあなたのひたむきな後ろ姿を
ハラハラしながら眩しそうに見守る
そんな日課がわたしは好きだ


2014.2.5


35 41 22 N 139 41 30 E 2014


選択肢がない街の
未来図は完成しない

更新されることが前提だから
豊かさは新しさに両替される

> 懐かしさは噛み終えたら
> 紙に包んで捨てましょう
> それほど遠くない将来に
> 祭りはやってくるのだから

勝者が決まっている街の
建物はとても素敵な整形美人

何処へ行っても同じ楽しみ方ができる
思考停止の至れり尽くせり

> いったい何が不満なのですか
> 夢を見る権利は与えてあげたはずです

> ただし
> 夢をあらかた見終えたら
> 紙に包んで捨てましょう


2014.1.30