甲府昭和高校 平成十四年度山梨県高等学校演劇大会上演台本 中村勉
どうしておなかがへるのかな


キャスト

女1・妹
女2・姉



  幕開け。音楽。

  一本の木が立っている。
  家の庭先
  ベンチ
  郵便受け
  外灯
  女2、少女が木の下に座っている。

  女1、出てくる。

女1 ねえ。もう帰った方がいいよ。
女2 いやです。
女1 怒ってるの?
女2 怒ってます。
女1 怒らなくていいと思う。
女2 うるさいよ。
女1 怒らなくてもいいと思う。
女2 あんたには分からないよ。
女1 そうかな。
女2 みんな勝手だよ。
女1 晩ご飯だけど。
女2 いらない。
女1 カレーだけど。
女2 カレーでもいらない。
女1 そうですか。
女2 …何カレー?
女1 いらないんでしょ。
女2 いらないけど何カレー?
女1 いいじゃん食べないんだから。
女2 食べないけどカレーの具くらい教えてくれてもいいでしょう。
女1 エビです。
女2 エビ!
女1 シュリンプカレーです。
女2 どうしてさあ、あたしがさあ、こういうときにさあ、エビカレーにするかなあ。
女1 じゃ帰ろう。
女2 だから帰りません。
女1 エビだよ。
女2 エビでも帰りません。
女1 なんかさあ。
女2 なに。
女1 エビに心動かすんだったらさあ。
女2 なに。
女1 はじめから家なんか飛び出さなきゃさあ。
女2 だれが心動かしましたか。
女1 しかも家の敷地の中じゃん。
女2 中でも外でもいいじゃんよ。
女1 いつもここなんだよね。
女2 だからあ。
女1 カレーに魚介類は合わないと思うのね。
女2 そういうことじゃないでしょう。
女1 カレーは肉でしょう。
女2 カレーの中で一番うまいのはシュリンプカレー。
女1 おねえちゃんが出ていくからエビになったのね。
女2 どういうこと。
女1 エビにしたら帰ることはわかってるから。
女2 違うよ、それ間違ってる。
女1 どこが間違ってるの。
女2 エビだから帰るなんて言ってないじゃん。
女1 なんだ、帰るの。
女2 帰らないよ。
女1 だってエビだから帰る訳じゃないって。
女2 帰らないって。エビだから帰るってわけじゃないけど帰るわけじゃない。
女1 なに言ってるかわかんない。
女2 だから帰りません。
女1 エビだよ。
女2 あのねえ、もうお父さん怒ってないとか、おかあさん心配してるとか、お父さんに内緒にしとけばいいとか、なんか言い方あるでしょう。
女1 迷惑なんだよ。正直。
女2 なにが迷惑よ。
女1 こうやって呼びに来なきゃいけないじゃん。
女2 呼びに来いなんて頼んでない。
女1 顔に書いてあります。
女2 書いてないよ。
女1 書いてないよ。
女2 当たり前だよ。
女1 そうだよ。
女2 なに言ってるの?
女1 なにも言ってないよ。
女2 言ってるよ。
女1 言ってるよ。
女2 なに言ってるの。
女1 あのさあエビに心動かす自分に腹立ててるんでしょう。
女2 だから心動いてないって。
女1 だってエビだよ。シュリンプカレーだよ。食べたくないの?
女2 怒るよ。
女1 エビ。こういうやつ。
女2 それはカニ。
女1 分かってるよ。
女2 なに言ってるの。
女1 あのねえ、結局帰るんだったらさあ、早くしようよ。なんかあたしが呼びに来てさあ、こう、なんか言い合ってさあ、なだめてさあ、そういうなんか手続きふまないと帰らないじゃん。いつも。そういうのもうやめようよ。おねえちゃん手かかりすぎ。
女2 そういうことは隠しておくんじゃないの。ふつう。
女1 面倒。
女2 手続きなの?心配で来てくれてるんじゃないの?
女1 心配だよ。だから手続きしてるんじゃない。
女2 本心から言ってくれてるんじゃないんだ。
女1 本心ってなに?
女2 あたしに帰ってほしいから言ってくれてるんじゃないの?
女1 だから心配だって言ってるじゃん。
女2 嘘。
女1 あのねえ、どうせ帰るんなら早く帰って。
女2 だから帰りません。
女1 どうして?エビだよ。エビ。
女2 エビって、エビだって手続きなんでしょ
女1 そうだよ。エビなら帰るでしょ。すぐ。
女2 手続きのエビなら食べたくありません。
女1 手続きのエビでもエビはエビでしょ。
女2 手続きのエビはいや。
女1 手続きじゃないエビってどんなエビよ。
女2 ふつうのエビだよ。
女1 今日のエビもふつうのエビだよ。冷凍だけど。
女2 ふつうのエビっていうのは、手続きじゃなくて、素直な気持ちでさあ。
女1 素直なエビ?
女2 素直なエビ?ひねくれたエビもいるの?
女1 わけわかんないよ。
女2 わけわかんないよ、わたしは。
女1 早く帰ってエビ食おうよ。
女2 手続きだわ、冷凍だわ、わたしになに食わせる気。
女1 帰った方がカレーも食えるし楽だしさあ、どうせ時間たてば帰るんでしょ。行くとこないし。泊めてくれる友達はいないし。それほど無計画でもないし。帰るんでしょ。
女2 うん。
女1 じゃ早くカレー食べた方がいいじゃん。エビだし。これでもう少し時間たって帰ればこんなに怒ってるんだぞって見せすぎになって逆効果だと思うのね。ちょうど帰りごろだと思うんだよね。
女2 そんな計算してないよ。おかあさんが悪いんだよね。そう思わない?
女1 あのねえ、カレーがエビになったところでおかあさんかなり気遣ってるのね。ここでカレーに間に合うように帰ればけっこうおかあさんも気悪くないと思うのね。
女2 はあ。
女1 あのねえ、おねえちゃん間違ってるよ。エビ食おうよ。
女2 分かりました。帰ります。
女1 うん。
女2 あのね。
女1 なに。
女2 エビで帰るんじゃないからね。
女1 分かってます。カレーにエビ使うほどおねえちゃんのこと心配してます。
女2 なんか引っかかるなあ。エビはどうでもいいんだって。


  女1、女2家の中に入る。

  音楽。

  飛び出してくる女2。泣く。
  女2、追ってくる。

女1 おねえちゃん!
女2 エビじゃないじゃん。肉じゃん。
女1 あらあ。おかあさん、エビむいてたさあ。
女2 エビカレーはどうしたのよ!
女1 いいじゃんビーフカレーでも。エビがテーマじゃないでしょ。
女2 エビが問題じゃなくて!
女1 だってエビじゃないから怒ってるんでしょ!
女2 だってエビ言うから!あたしが心配だからエビなんでしょ!エビじゃないってことはあたしのこと心配してないってことじゃん。おかあさん何とも思ってないんだ。
女1 いいからさあ、とりあえず食べてからすねてよ。今ならさあ、なんとかごまかせるし。
女2 なにをごまかすわけ!
女1 あのねえ文句があるならみんなの前で言えばいいじゃん。カレー食いながら。
女2 文句?どんな文句?なんでカレーがエビじゃなくて牛なのかって文句?
女1 それならそれでいいよ。
女2 だからエビはどうでもいいわけ。
女1 エビじゃないから怒ってるんでしょ?
女2 だから!わざわざエビにしたのはおかあさんがわたしのためにしたってあんたが言うからさあ。
女1 あのねえ。だれが聞いてもエビカレー食いたいのに食えなかったからすねてるとしか思えないよ。
女2 分かっててくれてると思ったのに。
女1 あのねえ。カレーとサラダと、エビフライ。なんか文句あるわけ?食べ物で争うのはやめようよ。
女2 食べ物がテーマじゃない!
女1 そうとしか見えない!エビカレーじゃないから怒ってる!
女2 ちがう!
女1 いいじゃん、エビフライはあるんだから。
女2 違うって言ってるでしょ!
女1 エビカレーじゃなきゃいやなの?
女2 違うって。
女1 エビカレーにどうして固執するかな?
女2 小学生のくせに固執とか言うな!
女1 固執くらい言うよ。受験もあるんだから。
女2 なにそれ。
女1 え?
女2 受験?
女1 うん。
女2 小学生でしょ。受験ってなに。
女1 中学受験だよ。
女2 なんで受験するの。
女1 したいからだよ。
女2 どこ受けるのよ。
女1 どこって聖和学院しかないじゃん。
女2 聖和学院?なんで受けるのよ。
女1 行きたいからだよ。
女2 だってそんなこと少しも言ってなかったじゃん。
女1 受験のことはいいからさあ、カレー食おうよ。
女2 カレーはどうでもいいんだよ。それより…
女1 エビ?
女2 エビもどうでもいいんだよ!
女1 エビがテーマでしょ。
女2 なんで小学生が受験なの!
女1 だから行きたいんだって。
女2 聖和学院でしょ?落ちるに決まってるじゃん!
女1 そうかなあ。
女2 落ちます。姉として言います。やめた方がいい。
女1 制服いいよね。聖和。
女2 いいとか悪いとかじゃなくて。わたしの時は受験なんて一言も言わなかったのに!なんであんたは受験なの!
女1 行きたかったの?私立。
女2 うんにゃ。中学から私立なんていいよ。
女1 じゃ、いいじゃん。
女2 いいよ。いいさ。でもわたしには勧めなかった。
女1 あたしは行きたいんだから。誰も勧めてないよ。
女2 だから中学から私立なんてさあ。
女1 はいはい。
女2 やめなさい。
女1 分かった。
女2 え!
女1 分かった。
女2 ねえ受験なんて大事なことわたしにちょっと言われてやめないでよ!
女1 お姉ちゃんがカレー食ったらやめよう。
女2 そんなこと言われて食えるわけないじゃん!
女1 じゃあお姉ちゃんがカレー食ったら受験する。
女2 なんだそれ。
女1 いいじゃん、エビじゃなくても。
女2 エビにこだわるなって。
女1 もう、エビエビエビエビ、エビから離れられないの?
女2 どうしてエビなの!エビにこだわるなって言ってるじゃん。
女1 だからエビじゃないでしょ!
女2 もうエビはやらないから。
女1 エビってさあ、なんかイメージ悪いよね。
女2 昔からエビって悪かったんだって。
女1 エビって前科あるらしいよ。
女2 エビ持ってると捕まるって。
女1 エビってグラム三千円だって。
女2 歌舞伎町で売ってるって。
女1 注射?
女2 エビってキクらしいよ。
女1 エビ中毒で入院。
女2 ちがーう!エビはもういい!
女1 そうだ!エビはもういい!
女2 エビの話はするな!
女1 エビはキライだ!
女2 エビは出て行け!
女1 エビは反対!
女2 エビは…わるい!
女1 エビはやめろー!
女2 エビー!エビー!
女1 どうしてエビから離れられないんだろ。
女2 もう絶対絶対エビって言ったらダメだからね。
女1 エビのこと考えたらダメだからね。
女2 エビのこと思ってもダメだからね。
女1 エビのことかすってもダメだからね。
女2 エビのこと書いてもダメ。
女1 エビのこと読んでもダメ。
女2 エビのこと触ってもダメ。
女1 エビのこと食べてもダメ。
女2 エビのこと着てもダメ。
女1 エビのことかぶってもダメ。
女2 わー!エビエビ言うなー!


  間

女1 のど、痛い。
女2 うん。
女1 なんかもう、寒いね。
女2 うん。
女1 もう、家の中入ろう。
女2 うん。
女1 ビーフカレーでいいでしょ。
女2 うん。


  行こうとする女1。

女1 行こう。
女2 うん。


  女2、木に触る。

女2 あのさあ。
女1 え?
女2 受験、するんでしょ。
女1 うん。
女2 聖和っていいよね。
女1 うん。
女2 がんばってね。


  歩き出す。

女1 あ、外灯消してくる。先に行って。
女2 ごめん。


  女1、外灯を消しに行く。
  女2、家に向かう。
  女1、咳き込む。
  咳き込みながら外灯を消す。
  溶暗。

  音楽。

  一年後。

  女1、制服姿で出てくる。
  木に抱きついて。
  しばらくして離れる。

女1 嘘だあ。


  女1、木をたたいて。

女1 嘘だあ。


  女1、木をたたき続ける。

女1 どうして?


  女1、木にしがみつく。
  女2、制服姿で出てくる。

女2 さっちゃん。


  女1、答えない。

女2 あのね、長野のおじちゃん、来た。
女1 うん。
女2 行こうか。
女1 うん。
女2 行きたくないよね。
女1 うん。
女2 どうしてさあ。
女1 え。
女2 どうしてカレーすぐ食べなかったのかな。
女1 え?
女2 去年だったね。
女1 エビカレー。
女2 うん。
女1 エビカレーじゃなかったけど。
女2 もうエビカレーもさあ。(言葉に詰まる)


  女2、木に抱きつく。

女1 やめてよ。


  女2、泣いている。

女1 やめて。


  女2、ゆっくり木から顔を離す。

女2 ごめん。
女1 おねえちゃん、おかしかったね、あのとき。
女2 うん。
女1 やたらすねててさあ。
女2 すねてたんじゃなくて。なんて言えばいいのかな。
女1 すねてたんでしょ。
女2 うん。なんかあんただけ大事にされてるような気がしたさ。
女1 すねてたんでしょ。
女2 うん。
女1 わたしも。
女2 え?
女1 わたしも、おねえちゃんだけ大事にされてると思ってた。
女2 嘘。
女1 ホントだよ。


  女2、木から離れる。

女2 なんか知らない人が後から後から来てさあ。
女1 うん。
女2 顔、覚えてないんだよ。子供の時以来で。
女1 うん。
女2 名前分からないからだれでもおじちゃん、とかおばちゃん、とか呼んでるの。
女1 うん。
女2 みんな黒着てるしさあ。
女1 あの狭い家いっぱいに黒い服着たおじちゃんたちとおばちゃんたちがぎっちり座って、ちょっとシュール。
女2 なんであんたシュールなんて知ってるの。
女1 中学生ですし。
女2 聖和学院ですし。
女1 聖和学院。
女2 うん。
女1 へへ。
女2 なに。
女1 へへへへ。
女2 どうしたの。


  女1、木に抱きついて。

女1 この木はわたしがもらうよ。
女2 どういうこと。
女1 この木に触らないで。
女2 なんだよ。
女1 わたしがいいと言うまで。
女2 なんのこと?
女1 おねえちゃんもおとうさんも触っちゃダメだよ。
女2 なんでよ。
女1 わたしのだから。
女2 変だよ。
女1 変だよ、変にもなるよ。おかあさん、いないんだよ。変にならなきゃおかしいよ。
女2 うん。
女1 エビカレーがどうした!
女2 エビがテーマじゃないんだよ。
女1 分かってるよ。
女2 突然、だったね。


  女1、声をふるわせて。

女1 わたしたち、なんかできなかったのかなあ。


  女1、木に抱きついて泣く。
  女2涙ぐむ。

女1 急に、苦しいって。
女2 うん。
女1 なんか、できなかったのかなあ。


  女2、女1の肩に手を置く。

女2 さっちゃん。
女1 なんにもできなかった。


  女2、なにかいいかけて。

女2 わたし、すごいこと言おうとした。慰めようと思って。


  女1、顔を上げる。

女1 「しょうがないよ。」って。
女2 ごめん。ひどいね。
女1 いいよ。
女2 なんか、わたし。
女1 うん。
女2 ダメだあ。
女1 うん。
女2 どうなるんだろう、わたし。
女1 わたしも。
女2 その木はあげるよ。
女1 ごめん。
女2 でも、もう一回触っていい。
女1 うん。


  女1、木から離れる。
  女2、木に触る。
  女1、後ろから女2の腰に手を回し、抱きつく。

女1 ごめん。
女2 ごめん。


  女1、女2の背中に顔をうずめる。

女2 もう、また同じ日がさあ。


  女2、顔を伏せ、顔を上げる。

女2 もう前と同じ日が来るとか。
女1 うん。
女2 思えないよ。
女1 うん。


  女1、顔を離す。

女1 あれ?
女2 あれ。
女1 おねえちゃん、おなか鳴った。
女2 うん。
女1 ぐううとかいって。
女2 おなかへるんだねえ。
女1 わたしも。
女2 なに。
女1 さっきから鳴ってる。
女2 なんか、こんなときもおなかへるんだ。
女1 どうしておなかがへるのかな。
女2 けんかをするとへるのかな。
女1 なかよくしててもへるもんな。
女2 かあちゃんかあちゃん。


  女1、女2と顔を見合わせて。

女1 かあちゃんかあちゃん。
女2 おなかとせなかがくっつくぞ。
女1 くっつくぞ。


  女1、女2のおなかに触る。
  女2、体をよじって逃げようとする。
  女2、女1のおなかに触ろうとする。


女2 行こうか。
女1 あいさつとかするの?
女2 うん。おじちゃんおばちゃん、いっぱい。
女1 おじちゃんおばちゃんおじちゃんおばちゃん。
女2 シュール?
女1 シュール。
女2 行こうか。
女1 うん。


  二人、歩き出す。

女1 ちょっと。
女2 え。


  女1、咳き込む。

女2 さっちゃん!


  女1、しばらく咳をする。

女2 さっちゃん、さっちゃん。


  咳、しだいにおさまる。

女2 さっちゃん。
女1 大丈夫。
女2 苦しい?
女1 大丈夫だよ。
女2 ホント?
女1 なんか、これだけおかあさんといっしょ。
女2 ぜんそく?
女1 うん。
女2 びっくりした。
女1 ごめん。
女2 吸入器使う?
女1 うん。
女2 中へ入ろう。
女1 うん。


  歩き出す。

女1 ねえ。「さよなら」って歌、覚えてる?
女2 え?
女1 「さよなら」
女2 分かんない。
女1 そうかあ。分かんないかあ。
女2 どうして?
女1 分かんない。
女2 うん。


  出ていく二人。

  音楽。

  一年後。

  女1、鞄を持って出てくる。
  木の下に座り、鞄から封筒を出す。
  封筒から一枚の紙を出して読む。

  女2、ゴム長靴、ゴム手袋、帽子、マスク姿で出てくる。

女2 さっちゃん。
女1 ただいま。


  紙を封筒に入れ、鞄にしまう。

女2 病院行ったの?どうだった?
女1 別に。ふつう。
女2 ふうん。
女1 でもね。
女2 なに。
女1 うん。あの、おとうさんに言うよ。
女2 なんだよ。
女1 おとうさんは?
女2 漬け物売りに行った。
女1 大変だ。
女2 売れないし。
女1 手伝ってるの?
女2 うん。
女1 さぼりに来たんだ。
女2 まあね。
女1 サラリーマンの方がよかった。
女2 しょうがないでしょ。
女1 転勤断らなきゃよかったんだよ。
女2 いろいろあったんだよ。
女1 あのねえ、おとうさん博士号持ってんだよ。博士だよ。
女2 博士っていまいち分かんないんだよね。
女1 博士がさあ、なんで漬け物屋なの。
女2 いいじゃん、社長だよ。
女1 社長って言ってもさあ、うちでやってるんだよ。毎日毎日大根洗ってさあ。
女2 そりゃ洗うよ。
女1 名刺見た?
女2 見た!
女1 農学博士・有限会社漬け物のさっちゃん代表取締役。人の名前使わないでほしいよね。
女2 うらやましいわ。
女1 怒るよ。
女2 すごいよね。大根を三〇分でたくわんにする。特許取れるかな。
女1 でもまずいんだよね。
女2 さち!
女1 だってまずいよ。
女2 おとうさんだって一所懸命なんだから。
女1 大根漬けるのに液体酸素使わないでほしいよね。
女2 だから三〇分でできるんじゃない。
女1 三〇分でもまずけりゃしかたないじゃん。
女2 まあねえ。
女1 おねえちゃんだってまずいと思ってるでしょ。
女2 売れないよねえ。
女1 あの機械!
女2 まあねえ。
女1 すごいよね。どう考えても漬け物作ってるようには見えないよね。まるで原子炉だね。
女2 新しい機械、できた。
女1 なに!
女2 あのね、納豆を甘納豆にする。
女1 おーい!
女2 それでね。
女1 うん。
女2 できた。甘納豆。
女1 嘘!
女2 それでね。
女1 うん。
女2 まずいの。
女1 あーあ。
女2 あれからなんだよね。
女1 なに?
女2 おとうさん、食品会社にいたでしょ。
女1 そうなの?
女2 知ってろよ。
女1 へいへい。
女2 キャラメル作ってたのね。で、あるとき芋から砂糖作る方法見つけちゃったのね
女1 へえ。
女2 で、会社に採用されて。値段砂糖の十分の一だから。ただ、その芋暑いとこでないとできない芋だったのね。
女1 うん。
女2 子供の頃インドネシアに住んでたの覚えてる?島。
女1 うん。
女2 おとうさん、芋作りにいったの。
女1 博士なんてなるもんじゃないね。
女2 まあ、そうだね。あの気候、おかあさんにはよくなかったね。
女1 うん。
女2 スチャンガっていうのその島。
女1 知ってるよ。
女2 うちはさあ、スチャチャンガっていう町にあって。
女1 え?
女2 家の前がスチャチャチャンガ通り。まっすぐ行くとスチャチャチャチャンガ山。
女1 ふざけてんの?
女2 ホント。取れる芋がスチャチャチャチャチャンガ芋。
女1 嘘でしょ!
女2 しょうがないでしょ、ホントなんだから。おとうさん毎日毎日芋畑。博士なのに。おかあさん喜んでたけどね。研究所にこもってるおとうさん好きじゃないおとうさんもなんか体動かしてる方が好きなんだよ。今だってすごいうれしそうに大根洗ってる。
女1 こっち帰ってきてつまらなそうだったもんね。
女2 うん。
女1 劇、覚えてる。
女2 うん。
女1 毎年やったね。
女2 うん。おとうさんもおかあさんもそういうの好きだから。イベント。家族劇ね。クリスマスに。
女1 シンデレラとか。
女2 お母さん衣装作って。おとうさん台本書いて。さち、シンデレラでさあ、カボチャの馬車乗って。おとうさん、バカみたいに大きいカボチャ見つけてきてさあ、アメリカのハロウィンみたいに中くりぬいて、そん中にさち、入れられてさあ。泣いちゃって。くさいんだまた。カボチャが。びーびー泣いてさあ。くさいわうるさいわ、劇めちゃくちゃ。
女1 そうだっけ。
女2 そうだよ。しかもガラスの長靴の形したビールジョッキ覚えてる?
女1 分かんない。
女2 あれにさあ、ガラスの靴とか言って、さちの足つっこんだら、抜けなくなってさあ、泣いちゃってさあ。
女1 覚えてないよ。いくつの時?
女2 いくつだっけ。
女1 全然記憶にない。
女2 おとうさん、こりゃ割るしかないかなって。トンカチ持ってきたら、さち、泣いてさあ。
女1 うん。
女2 お父さんあせって、「このまま大人になってもいいのか!」「この靴で保育園行けないだろう!」ほら、よく無茶なことするじゃん。あの人。さちは「足を切らないで!」って。カタカタカタカタ逃げ回って。おかあさんはおかあさんで「おもしろいからこのまま育てましょう。」って。
女1 へえ、そんなことあったんだ。
女2 家族劇、やろうか。また。
女1 え?
女2 クリスマスに。
女1 ちょっと待ってよ。恥ずかしいよ。
女2 いいじゃん。
女1 だいたい家族劇やめたのおねえちゃんのせいじゃん。ひろし君の家に行くって。
女2 クリスマス会ね。つまんなかった。中学になっても家でクリスマスやるのなんか恥ずかしくてさあ。ひろし君の家にみんな集まるからって。でも、つまんなかった。
女1 勝手だなあ。
女2 カラオケ、あってね。
女1 家に?
女2 うん。SMAPの「シェイク」歌ったの。みんなで。
女1 時代だなあ。
女2 わたし、そんなの知らないじゃん。
女1 テレビなかったからね。
女2 歌って言えば「サッちゃん」とか。
女1 うん。
女2 「シェイクシェイク、ウキーな胸騒ぎ」って聞こえたの。
女1 ウキー。
女2 ウキー。
女1 パーマン2号だ。ウキッキー。
女2 大笑いされてさあ。
女1 ウキー。
女2 ひろし君の家飛び出した。
女1 おとうさんとおおげんかしてまで行ったのに。
女2 ウキー。
女1 家族劇なくなった。
女2 そのあげくにウキー。
女1 ウキー。
女2 ウキー。
女1 でも、いいなあ。
女2 ウキー。なにが?
女1 ウキー。いろいろ覚えてて。
女2 え?
女1 昔のこと。ウキー。
女2 ウキー。英単語は忘れるけど。
女1 おかあさんのこと、いろいろ覚えてて。ウキー。
女2 ウキー。
女1 三年分、多いんだよね。ウキー。
女2 ウキー。
女1 カレーも、月に二回として、三十六回多いんだよ。ウキー。
女2 3年分ってわたしだって赤ちゃんの時からカレー食ってるわけじゃないんだから。
女1 当たり前だよ。わたしだって赤ちゃんのときは食ってないから同じだよ。
女2 ああ。
女1 ばかじゃないの。やっぱり三十六回お姉ちゃんの方が多いよ。ウキー。
女2 でも、シュリンプカレーはそのうち七回だよ。ウキー。
女1 ウキー。でも、うらやましいよ。ウッキキー。
女2 でも、回数じゃないよ。ウキー。
女1 うらやましいんだ!ウキー!


  女1、木の周りを回り出す。

女1 ウキー!


  女1、サルのように木の周りを回る。女2も後を追う。

女2 ウキー。あんまり気の回り回ってるとバターになるよ。
女1 それはトラだよ。ウキー。


  息を切らす二人。

女2 家族劇、やろうか!
女1 えー!
女2 なにやる?
女1 やるの?
女2 やろう!
女1 ウキー!
女2 ウッキキー!
女1 あたしお姫様。おねえちゃん王子様。
女2 ウキー。


  ウキーで劇を始める二人。
  女1、お姫様。女2、王子様。

女1 ウキー。(まあ、きれいなお花。)


  花を摘む。
  女2、現れる。

女2 ウキー。(なんて美しい人だ!)
女1 ウキキー。(あなたは。)
女2 ウキー。ウキウキー。(隣の国の王子でリチャードと申します。)


  うやうやしく礼をする。

女1 ウキー。(エリザベスと申します。)
女2 ウキキキー。(わたしはあなたを一目見て恋に落ちてしまいました。)
女1 ウキ。(まあ。)


  女2、女1の手を取って。

女2 ウキキキー。(わたしのお城に来ていただけませんか。)
女1 ウキ。ウッキー。(いけませんわ。わたしは、わたしは…)


  逃げていく女1、退場。

女2 ウッキー!(エリザベース!)


  追いかけていく女2。

  女2、飛び出してくる。

女2 ウキーじゃないよ!おとうさん、おとうさん!


  女2、振り返って。

女2 さち!大丈夫?さち!おーいホントかよ!さち!


  女2、走って去る。

  一月後。

  女1、本を抱えている。
  木の下に座る。

女1 サッちゃんはね
さちこっていうんだ
ほんとはね


  本を開く。

女1 さよなら さよなら さよなら
かぜも おうちのほうに かけていく
うれしいさよならまたまたあした


  女2、そばに立つ。

女2 さち。
女1 どうしてかな。
女2 うん。
女1 なんかダメだ。
女2 荷造りしよう。
女1 うん。なんかやってもやっても終わらないんだよ。
女2 ロッカーさ、こんなちっちゃいんだから。必要なものだけでいいんだよ。
女1 うん。
女2 部屋、あんなに散らかして。
女1 この木、おねえちゃんにあずけとくよ。
女2 そんなこといいからさあ。家の中入ろうよ。
女1 学校てどんなかな。養護学校。
女2 中学は四人。二年生はさち一人だよ。
女1 病院の中に学校あるんだね。知らなかったよ。
女2 うん。
女1 行きたくないなあ。
女2 だって、しょうがないじゃん。
女1 聖和、合わなかったし、いいか。
女2 せっかく入ったのにね。
女1 いいよ。
女2 また発作あったら困るし。入院して直すのが一番だよ。
女1 こんなところだけおかあさんといっしょだ。
女2 さち。
女1 さっちゃんがね。
女2 え。
女1 遠くへ行っちゃうてホントかな。
女2 さち。
女1 だけどちっちゃいから。
女2 やめようよ。
女1 ぼくのこと。
女2 やめて。
女1 いいさ。
女2 なにが。
女1 おかあさんといっしょならいいさ。
女2 やめておねがいだから。
女1 退屈だろうね。病院。学校も四校時までしかないし。
女2 ねえ。毎日行くからね。
女1 ホント?
女2 うん。
女1 嘘。
女2 うん。毎日は無理かな。
女1 工場も大変だし、大丈夫だよ。
女2 ごめんね。
女1 おとうさん、遅いね。
女2 もうすぐ帰ると思うけど。
女1 白菜を五分でキムチにするって、ホントにできるのかな。
女2 できた。
女1 ホント!
女2 でもなあ。
女1 まずいんでしょ。
女2 うん。
女1 またバカみたいにでかい機械作ってさあ。
女2 寒くない?入ろうよ。
女1 うん。ご飯は?
女2 カレー。
女1 ビーフ?
女2 ごめん。
女1 なんだ。え?まさかさあ。
女2 悪い。
女1 エビ?
女2 うん。
女1 今日、エビにするかな。明日からいないんだよ、わたし。
女2 なんかエビあったから。
女1 あったって、自分で買ったんでしょ!
女2 いいじゃんエビで!
女1 カレーは肉だよ!
女2 ないんだよ。肉。
女1 買っといてよ。
女2 今日はエビで、ということで。
女1 カレーは肉。自分が食べたいからエビにしたんでしょ。
女2 じゃ今度。今度肉。
女1 今度っていつだよ。
女2 次カレー作るときは。
女1 わたしいないじゃん。
女2 こんど帰ってきたとき帰れないわけじゃないんだから。外出届出して。
女1 なんでカレー食べるのにいちいち届を出さなきゃいけないの。そんな決まり聖和学院にもないよ。
女2 カレーの届じゃなくて、外出届。
女1 分かってるよ。
女2 もう食べられないわけじゃないんだから。
女1 食べられないかもしれない。
女2 そんなことないよ。
女1 マジで否定しないで。
女2 え?
女1 そんなにマジで否定されるともうカレー食べられない可能性あるみたいじゃん。
女2 そんなことないよ。
女1 ほら、それがマジ。
女2 だから、違うって。
女1 なんかさあ、もっと気軽に、ポップにやってほしいなあ。
女2 どうすればいいのよ。
女1 おねえちゃん、重いんだよ。
女2 そうかな。
女1 それが重い。
女2 うん。
女1 「うん」だって。「うん」。違うなあ。なんかかるーく、かるーく。「またカレー食いに帰ってくれば?」とか。
女2 また、カレー食いに戻ってくれば?
女1 なんかそれだと戻ってこれないよ。一生病院から出られない感じ。
女2 また、カレー食いに戻ってくれば?
女1 病気、直りそうもない。
女2 どうすればいいの。
女1 少しは気を遣ってさあ、気を遣わないようにしてて。
女2 なんだかわかんないよ。
女1 ビーフカレーが食べたかった。
女2 いいからエビ食え。エビ。
女1 よかったね。念願のエビだよ。
女2 ごめん。
女1 だからあ。
女2 あ、重かった?
女1 もう。
女2 いちいちうるさいよ。早く荷作りしな。
女1 なに持ってったらいいかさあ。
女2 あんたホントにだらしなくなったよねえ。
女1 なにする気力もわかない。
女2 体力なくなったせいもあるよ。
女1 いい子だったのに。
女2 聖和学院ですし。
女1 ホントに失敗した。
女2 合わなかったねえ。
女1 あの暑苦しいスカートはかなくていいと思うとホッとする。
女2 もったいないね。
女1 いいよ。中学は公立にすべきだった。公立すっ飛ばして国立になったけど。
女2 国立?ああ、国立病院付属か。
女1 病院の中に学校あるとは知らなかったよ。
女2 病院の中に学校あるとは知らなかったよ。
女1 戻れるかなあ、とか言って。
女2 さち!
女1 気を遣ってよ。マジで怒るとホントに戻れなくなるみたいじゃん
女2 ごめん、あ!
女1 マジで謝るとホントみたいじゃん。
女2 おまえ、からかってるだろ。
女1 やっと気がついたか。
女2 いいかげんにしろよ。
女1 行きたくないよ。おねえちゃん。
女2 早くカレー食って荷作りしろよ。あたしは皿洗ったあと白菜と大根洗うんだから。
女1 洗ってばっかり。
女2 そうだよ。
女1 いいなあ、やることあって。
女2 そうじゃないだろ。あんたも荷造りがある。
女1 あたしのはおねえちゃんと違うよ。
女2 同じだよ。
女1 おねえちゃんはおかあさんのこともよく覚えてるしさあ。カレーも食べたし。
女2 だからさあ!それはしょうがないでしょ。
女1 しょうがないよ。分かってるよ。でもさあ、この、病気さあ。
女2 だから、直そうよ。入院すれば大丈夫よ。
女1 うん。おかあさんもさあ、そう言われてたよね。
女2 さち!
女1 いいんだ。おかあさんと同じだから。わたしだけ、おかあさんに似ちゃったね。いいんだ、おかあさんと同じなら。
女2 さち…
女1 わたしに、わたしの中におかあさんがいるって。
女2 (軽いせき)こうしてさあ、せきが出ると、おかあさんがいるみたいでさあ


  咳き込む。

女2 ちょっとやめて!
女1 わざとじゃないよ。
女2 吸入器、持ってくる!
女1 わざとだよ。
女2 さち!
女1 少し、苦しい。
女2 中に入ろうよ。
女1 大丈夫。
女2 行きたくない?
女1 行きたくないよ。
女2 ダメだよ。
女1 じゃ訊かないでよ。
女2 ごめん。
女1 優しいんだね。病気だから?
女2 さち。
女1 ごめん。
女2 いいよ。
女1 ダメだ。わたしダメだ。
女2 そんなこと言わないで。
女1 おねえちゃんと違う。おとうさん手伝って、家のことみんなやって。どうして?どうしてわたしはちゃんとできないんだろ。
女2 つまんないこと言わないでよ。さちそんなこと気にしてたの。
女1 つまんないよ。つまんないことだよ。


  女2、ベンチに座る。

女2 座ろう。


  女1、座る。

女2 わたし、がんばってる?
女1 がんばってるよ。
女2 さち。いい子だった。
女1 がんばってるよ。
女2 さち。いい子だった。
女1 うん。いい子だった。
女2 わたしと違って。
女1 うん。
女2 ここですねてたの、わたしだった。
女1 そうだね。おねえちゃん、あ、そうだ。エビカレー。
女2 うん。エビカレー。
女1 わたし、分かってる。
女2 え?
女1 分かってる。おかあさんにほめられたかったんだ。


  女1、女2の膝に頭を乗せる。

女2 さち。


  音楽。

女1 さっちゃんはね。
女2 どこへも行かないよ。
女1 うん。


  ゆっくり立ち上がる。
  ふたり、木を挟んで立って。

女1 おなかへった。
女2 エビカレーだけど。
女1 うん。食べよう。


  行きかける女2。

女1 わたし。
女2 え?
女1 わたし、がんばるよ。
女2 うん。
女1 ありがとう。


  手を挙げて応える女2。退場。
  女1、木にほおをつけて。

女1 おかあさん。


  照明F.O
  女1、2ベンチに座る。
  照明F.I
  立ち上がって礼。
  照明ゆっくりF.O
  二人、手をつないで退場。

  幕

阪田寛夫「さっちゃん」「さよなら」「どうしておなかがへるのかな」を引用しました。


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