ある日、忘れ物をとりに


キャスト

養護の先生(千葉)
3年1組田中
3年5組藤原
生徒



  保健室。田中、ほおを押さえながら入ってくる。

田中 あのー。


  カーテンの陰から先生が出てくる。

先生 うえー。
田中 どうしたんですか先生。
先生 気持ち悪い。
田中 大丈夫ですか。
先生 大丈夫じゃない。死にそう。
田中 休んだ方がいいんじゃないですか?
先生 そうもいかない。年休ももう使い切ってる。
田中 年休ってなんですか。
先生 休みのこと。
田中 休み?
先生 学校うえ休むこと。もうすぐテストでしょ。
田中 はい。
先生 テスト私には用事ないしでもテストっていうと生徒来るし休めないかなあ。
田中 わたし、休んでっていいですか?。
先生 え?
田中 あんたも?
先生 あんたも?
田中 なんか、こう、ね。
先生 よく来るね。
田中 いいじゃないですか。
先生 うえ。
田中 寝てたほうがいいですよ。
先生 なんかこう胸のあたりがもうこの、うえ。
田中 もしかしてまた二日酔いですか。


  先生コーヒーをカップに注ぐ。

先生 うえ。
田中 気持ち悪いのにコーヒー飲んでいいんですか?


  先生コーヒーを飲む。

先生 うえ。
田中 大丈夫ですか。
先生 わあ。


  飲み干す。

先生 うえ。
田中 気持ち悪いのにコーヒー飲んでいいんですか?


  飲み干す。

田中 ベッドで寝てたらどうですか。
先生 そうさせてもらうわ。あのさあ。
田中 はい。
先生 ちょっと見ててくれる。だれか具合が悪い人が来たら。
田中 呼べばいいんですね。
先生 そこのカードに名前書かせて薬出して。
田中 私がみるんですか。
先生 頼むうえ。


  先生カーテンの陰へ。

田中


  先生カーテンの奥から。

先生 熱あったら冷蔵庫に熱冷まし冷やしてあるから出して。
田中 …はい。コーヒー飲んでもいいですか。
先生 うえ。苦いよ。


  取り残される田中

田中 体温計って。これか。


  田中体温計を出す。

田中 体温計を探し、熱を計る。
田中 私もカードに書いた方がいいんですか?
先生 適当にうえ。
田中 3年1組と。あ、この人も結構来てる。


ピピピピ。

田中 早いな。


ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。

うるさいこれ。

  体温計を取り出す。

田中 35度2分。ホントかよ。

先生 おー!
田中 どうしたんですか!
先生 足が吊ったー!
田中 なんだ。
先生 痛ーい!
田中 先生、うるさいです。


  田中、見に行く。

田中 靴脱いで寝てくださいよ。
先生 うん。
田中 はい


  田中、出てくる。
  カードに書き込む。

田中 6月…


  冷蔵庫まで行く。
  冷蔵庫を開ける。開けたまま前に座り込む。

田中 おー!


  叫び出す。

田中 おー!


  藤原入ってくる。
  田中を見て、隣にしゃがむ。

田中 おー!
藤原 おー!
田中 うるさいよ。
藤原 何のつもり。
田中 何で「おー!」
藤原 自分こそ。
田中 いつ来たの。
藤原 授業はどうしたの。
田中 具合悪くて。
藤原 雨降ってる。
田中 え。
藤原 ずっと。
田中 もう雨とか気にしなくてもいいのに。雨って言われるとほっとする。
藤原 やめたんだって。
田中 うん。
藤原 惜しかったね。いい記録出てたのに。
田中 藤原に比べればたいしたことないよ。
藤原 800で負けたじゃん。
田中 去年か。記録会だっけ。
藤原 あとちょっとで関東だったのに。
田中 ちょっとじゃないよ。5秒もあるよ。
藤原 5秒くらい縮めれたよ。
田中 800はきついよ。600くらいでさあ、最初のフーッ。
藤原 そうそう、フーッ。
田中 フーッつーかスーッつーか。
藤原 そこから750くらいまではなんとか。
藤原 720だね。
田中 そこからまたフーッ。
藤原 フーッつーかスーッつーか。
田中 よくあんなことしてたよね。今思うと。
藤原 なんか、なんだろあの感じ。試合っていうと必ず雨降ってね。でも、800っていうと遅いじゃん、時間。もうだいたいやんでるから。アンツーカーが濡れてるくらいが好きだから。
田中 あたしも。
藤原 また、アンツーカーの上走りたいけど、もう一生ないかもね。
田中 うん。
藤原 800って好きだった。
田中 距離伸ばせ伸ばせって先生は言ってたけど。
藤原 あたし短距離行けって言われたけど。
田中 あの先生背で決めるから。低いと長距離。高いと短距離。
藤原 スタート、スタンディングだからそんなにシビアじゃないし。でも一周目のバックでもう集団の実力判っちゃうから、後はもう自分の感覚で。もう抜くとか抜かれるとかじゃなかった。
田中 400を2周ってすごいいい距離だと思う。
藤原 うん。ゴールして、空気、吸うだけ吸って。わあーって。
田中 うん。二人でわあーって言ってるから、他校の人なんか白い目で見ててさあ。
藤原 インハイ予選、出ればいいのに。
田中 もう無理。
藤原 引退したの。
田中 うん。
藤原 足?
田中 膝。今度右。
藤原 嘘。
田中 わたしの足、走るの向いてないみたい。
藤原 わたし、走ってるの。
田中 どこで?
藤原 近所。ジョギングだけど。
田中 もうそんなことしないと思ってた。いつ?
藤原 いつって?
田中 朝?
藤原 朝。最近早起きなんだ。6時半頃起きちゃってさあ。それから走る。4キロくらい。
田中 タイム計ってる?
藤原 まさか。だってジョギングだから。
田中 また始めればいいじゃん。
藤原 もうだめ。お菓子ばくばく食ってりゃ。
田中 私も。
藤原 すごいの、もう。馬鹿みたいに食ってる。
田中 コーヒー飲む?
藤原 ジュースがいい。冷蔵庫にあるから。
田中 開けていいの?
藤原 自分だって開けてたじゃん。
田中 アイスパック取ろうとしてたんだよ。
藤原 千葉ちゃんはまた二日酔い?
田中 うん。


   藤原、冷蔵庫を開けてジュースを取る。

藤原 飲まない?
田中 飲む。
藤原 おー。
田中 なに。
藤原 冷凍庫すごい。


  田中近寄ってのぞき込む。

田中 すげ。チョコレートはわかるけどさあ。
藤原 カントリーマァムまで凍ってる。
田中 千葉ちゃんの好み?
藤原 食おう。食う?
田中 食う。
藤原 千葉ちゃんとよく食った。ここで。
田中 通ってたからね。
藤原 チョコレートは少し溶かした方がいいかな。
田中 うわ。冷たい。チュッパチャップスは冷凍庫入れない方がいい。
藤原 凍ってないのあるかな。


   あたりを探し出す藤原

藤原 発見。
田中 何?
藤原 溶けかけのチョコレート。
田中 凍ってるか溶けてるかどっちかだね。普通のないの。
藤原 普通って何?
田中 ちょうどいいの。
藤原 食べよう食べよう。
田中 冷たい。
藤原 うまい。
田中 どれ。
藤原 凍ったカントリーマァムはうまい。
田中 嘘。
藤原 ホントだって。


  田中、凍ったカントリーマァムを食べる。

田中 これ、うまい?
藤原 おいしいじゃん。
田中 おいしくないよ。
藤原 サクッとして。
田中 モチってしてるからいいんじゃないの?カントリーマァムは。
藤原 あのモチっが嫌い。
田中 おかしいよそれ。
藤原 おかしいとかじゃなくて、いいじゃんわたしが好きなんだから。
田中 おいしくない。


  藤原、カードに何か書き込む。

藤原 ねえ。スプーン曲げれる?
田中 曲げれない。
藤原 へえ。
田中 曲げれるの?
藤原 曲げれない。
田中 なんだ。
藤原 曲げれたらさあ。
田中 え?
藤原 いいね。
田中 そう?
藤原 いいじゃん。
田中 わかんない。
藤原 ねえ。
田中 なに。
藤原 ここに来ちゃだめだよ。


  田中、カントリーマァムを割り出す。

藤原 カントリーマァムを割るなよ。
田中 いいじゃん。


  先生、起き出す。二人をじっと見る。

藤原 おはようございます。
先生 うう。


  先生、冷蔵庫から栄養ドリンク、たばこ、ライター、枕を出す。

田中 なに入れてんですか。
藤原 先生、保健室でたばこはちょっと。


  先生、たばことライターをしまい、冷蔵庫から書類入れを出す。

藤原 何すか、それ。
先生 …(ぼそぼそ)
藤原 え?
先生 貯金通帳。
田中 なんでそんなもん入ってるんですか。


   先生、書類入れを冷凍庫にしまう。

先生 …コーヒー。
田中 はい。


  田中、コーヒーを入れる。

田中 あの。
先生 なに。
田中 ミルクとか。
藤原 ブラックで。
田中 はい。


  田中、先生にコーヒーを出す。

藤原 先生。
先生 う。
藤原 昨夜はどこか行ったんですか。
先生 行ってない。
藤原 家で飲んだんですか。
先生 うん。
藤原 寂しくないですか。
先生 うん。
藤原 心が疲れていませんか?そんなあなたのための癒しグッズ。
田中 なに?
藤原 はい。


  クッキーの缶を出し、ふたを開ける。

藤原 プチプチシート。
先生 う。


  机に顔を伏せる。
  藤原、顔をのぞき込む。

藤原 バカじゃないの、とおっしゃっています。


  先生、コーヒーを飲み干す。

田中 苦くないですか?
先生


  先生、ドリンクのふたを開け、飲む。

藤原 液キャベ…
田中 苦くないですか?


  猫の鳴き声がする。

先生 あ、ミロだ。


  外へ出ていく先生。

藤原 最近信長姿を現さないから。
田中 モンブランえさ食べてるかなあ。


  先生、もどってくる。

藤原 先生、信長いた?
先生 いなかった。ミロじゃなかったのかなあ。
田中 雨の時とかどうしてるんですかね、モンブラン。
藤原 ああ見えて信長たくましいから。
先生 ミロに勝手に名前をつけないで。
藤原 信長は信長ですよ。
田中 だからモンブランですって。
先生 藤原。
藤原 はい。
先生 来てたの。
藤原 はいっ。
先生 今、いつ。
田中 三校時。
先生 田中。
田中 はい。
先生 なにしに来た。
田中 だから具合悪いんですよ。
先生 もうここにたまるのやめてくれないかなあ。こんなにお菓子食い散らかして。
藤原 田中も居場所がないんだから、居させてくださいよ。
田中 あんたじゃないんだから。わたしは具合が悪いんですよ。
先生 藤原はどうしているの。ここに。
藤原 ちょっと。
先生 なにがちょっと。
藤原 先生の顔が見たくて。
先生 来てもいいけどさあ。なんかまだ。
藤原 なんか心配?
先生 まあ。寝るから。


  先生、ベッドへ。

田中 休みすぎだよ。卒業できないよ。
藤原 あんたもだよ。
田中 私は計算してるから。
藤原 授業行きなよ。
田中 堅いこと言わないで、さっちゃん。
藤原 さっちゃんって言わないで。
田中 いいじゃん。
藤原 さっちゃんって言うの田中だけだよ。
田中 いいじゃん、さっちゃん。かわいくない?
藤原 さっちゃんってなんか怖いよね。
田中 なんで?
藤原 さっちゃんはね。
田中 さちこって言うんだホントはね。
藤原 バナナが大好きホントだよ。
田中 誰も嘘だって言ってないのに。
藤原 だけどちっちゃいからバナナを半分しか食べられないの。かわいそうねさっちゃん。
田中 バナナを半分しか食べられないの。さっちゃんっていくつ?
藤原 バナナを半分しか食べられないってどれくらいの小ささ?
田中 いくつだろう。
藤原 あたし、バナナ好きでね。
田中 うん。
藤原 物心ついたときにゃー。
田中 にゃー。
藤原 にゃーにゃー。
田中 あれ、モンブラン?
藤原 にゃーにゃー。バナナ二本ずつ食ってた。
田中 ホントっすか?自分バナナ嫌いなもんで、気持ちわかんないっすよ。バナナなんか食った日にゃー。
藤原 にゃー。
田中 にゃーにゃー。
藤原 あれ?信長来た?
田中 にゃーにゃー。
藤原 にゃー。
田中 口からバナナシェイク出てくるよ。
藤原 きたねー。
田中 シェイクシェイク。
藤原 シェイクシェイク。
田中 これ、小学校の時?
藤原 まだ森君いた?
田中 シェイクシェイクウキーな胸騒ぎ。って聞こえた。
藤原 ウキー?
田中 ウキー。
藤原 ウキー。
田中 だから、サルの歌かと思った。
藤原 ウキー。パーマン二号だ。
田中 ウキー。
藤原 さっちゃんなんだけどさあ。
田中 さっちゃん、まだ続くの?
藤原 さっちゃんって怖いよね。
田中 だからどこが。
藤原 バナナ半分しか食べられないって、ちっちゃかったからじゃなくて病気だからじゃない?
田中 どうしてそんなこと分かるの?
藤原 だって、なんかさっちゃんっていうと病院のベッドにちょこんと座っておかっぱの女の子思い浮かぶのね。
田中 そう?
藤原 だって、三番なんていうか知ってる?
田中 さっちゃんはね。
藤原 違う。さっちゃんがね。
田中 あ、そうか、さっちゃんがね。うわ。
藤原 そう。遠くへ行っちゃうってホントかな。
田中 遠くってどこ?
藤原 わかってるくせに。
田中 もしかして、あっち?
藤原 うん。
田中 怖い。
藤原 さびしいな、さっちゃん。
田中 さっちゃん、かわいそう。
藤原 うん。かわいそう。
田中 遠くかあ。
藤原 あのね、ぞうさんだけど。
田中 また怖い話?
藤原 あれいじめの歌。
田中 ホント?どこが。
藤原 ぞうさんぞうさん、お鼻が長いのね。これ無邪気な台詞じゃないのね。お鼻が長い人にお鼻が長いって言う?
田中 千葉ちゃんに色黒いね、って言うようなもんだね。
藤原 千葉ちゃん千葉ちゃんお鼻がお色が黒いのね。
田中 千葉ちゃん色黒ーい。とか言わないよね。
藤原 だけど、お鼻が長いことに誇りを持って、そうよ、かあさんも長いのよ!
田中 そうかあ。
藤原 あと、シャボン玉。
田中 怖い?
藤原 怖い。シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ、屋根まで飛んで壊れて消えた。
田中 怖い。
藤原 ぽっぽっぽ。ハトぽっぽ。
田中 怖い。
藤原 南の島の大王はその名も高きハメハメハ。
田中 怖い。
藤原 女王の名前もハメハメハ、だよ。
田中 子供の名前もハメハメハ。
藤原 誰でも彼でもハメハメハ。ハメハメハ、ハメハメハ、ハメハメハメハメハ。
田中 ハメハメハ、ハメハメハ、ハメハメハメハメハ。


  歌い出す。
  立ち上がりえんえんと歌う。
  踊り出す二人。
  先生、あまりのうるささに起き出す。
  しばらく見ている。

先生 保健室で歌って踊るな。


  動きの止まる二人。
  顔を見合わせて、再び始める。

先生 出てけー!


  再び動きを止める。

藤原 千葉ちゃんて色黒ーい。
先生 何だと!


  電話。先生がとる。

先生 はい。はいはい。あ、こないだのね。頼んでくれる。うん。9号!9号のわけないじゃん11号よ。でもアメリカのでしょ。サイズ9号とか11号とかでいいの?うん。え?来てるの?自分のやつ持ってきたんだ。見に行っていい?今、いい?行く行く。あ、大丈夫。留守番いるから。授業空いてるの?ふうん。いいね。


  受話器を置く。

先生 ちょっと急な仕事が入ったから。留守番してて。
藤原 仕事じゃないでしょ。
田中 9号とか。
先生 具合が悪い人が来たら早退させて。
田中 わたしも。具合悪いんですけど。
先生 あんたはだめ。
藤原 わたしも。
先生 あんたも。
藤原 そうだよね。
先生 あんたは早退できないじゃない。もう。
藤原 そうだね。
先生 じゃ、頼むよ。


  受話器を置く。

田中 早退できないって、なんか約束でもしたの。
藤原 約束?約束といえば約束。
田中 でも、これからちゃんと来れば間に合うから。
藤原 間に合うかな。
田中 間に合うよ。卒業はしといた方がいいよ。
藤原 うん。しといた方がいいね。藤原。
田中 なに。
藤原 授業、出なよ。
田中 うるさいな。
藤原 ここにいちゃだめだよ。
田中 さっきからさあ。
藤原 なに。
田中 わたしは!
藤原 なんだよ。
田中 自分だってさあ。
藤原 わたしはいいよ。
田中 ここにいたいの。


  電話。

田中 どうする。
藤原 さあ。
田中 出ちゃまずいよね。
藤原 いいんじゃない?
田中 出て。
藤原 わたしはダメ。
田中 わたし?
藤原 うん。
田中 じゃんけん。
藤原 ダメ。
田中 …出るよ。


  田中、電話に出る。

田中 はい。保健室です。千葉先生ちょっと、席を外してます。え、3年1組の田中です。具合が悪くて休んでたんですけど。ごほごほ。はい。お帰りになったら伝えます。ごほごほ。


  電話を切る。

藤原 ごほごほ。
田中 ごほごほ。
藤原 ごほっごほ。
田中 ごほごほごほ。


  生徒、具合悪そうに入ってくる。

生徒 あの。具合悪いんですか?
藤原 え?
田中 うん。
藤原 ごほごほ。
生徒 あの、先生は。
藤原 入らないで!
先生 どうしたんですか?
藤原 私たち隔離されてるの。
田中 え?
藤原 法定伝染病の疑いがあって、ここに入れられてるの。
生徒 伝染病!
田中 そう!伝染病なの。ごほごほ。
藤原 そこから一歩でも入るとあなたも感染するわ。
生徒 あの。先生は。
藤原 もうすぐ救急車が来るの。校門まで行ってる。
田中 う!
藤原 大丈夫!
田中 苦しい…
藤原 もう少しで助けが来るわ。がんばって。
先生 あの、わたし、なにかできることがあったら。
藤原 入っちゃダメ!
生徒 でも!
藤原 あなたの気持ちはありがたいわ。でもあなたまで感染してしまうのよ。
田中 早く。帰って。
生徒 はい。
藤原 お願い。このことはみんなに黙ってて。みんなに知られるとパニックが起きるわ。
生徒 はい。誰にも言いません。あの。
田中 なあに。
生徒 あの、がんばってください。絶対助かりますから。
藤原 うん。がんばるわ。
生徒 はい。
藤原 そうだ。大丈夫だと思うけど、もし、三日たって、咳が出始めたら。
生徒 はい。
藤原 誰にも言わないですぐに保健室に来て。
生徒 あい。


  出ていく生徒。

藤原 誰にも言わないですぐに保健室に来て。
田中 あい。


  笑い転げる二人。

藤原 あい。
田中 あいってなに!
藤原 あい。
田中 悪者!
藤原 自分こそ。
田中 かわいそうじゃん、具合悪いのに。
藤原 これから三日間気が気じゃないよね。
田中 泣きそうだったよ。
藤原 絶対助かりますから。とか言って。なんか根拠あるのかな。
田中 入っちゃダメ。あなたにまで感染してしまうのよ、とか言って。
藤原 なにが感染するのかな。バカ病。
田中 学校来たくない病。
藤原 保健室入り浸り病。
田中 保健室お菓子食いまくり病。
藤原 千葉ちゃん、遅いね。
田中 ねえ、保健室来て出席になってるの。
藤原 さあ。
田中 こればれたらすっごく怒られるよね。
藤原 一年騙して?
田中 もう逆に楽しみ。


  藤原、プチプチシートをつぶし出す。

田中 半分ちょうだい。
藤原 ダメ。
田中 すこしやらして。
藤原 やり始めたら全部やらないと気が済まないの。
田中 すこし。
藤原 ダメ。ああ癒される。
田中 貸して。わたしも癒されたいの。
藤原 ダメ。
田中 貸してよ、貸さないと…
藤原 貸さないと?
田中 あんたの携番削除する。
藤原 いいよ、それくらいなら。
田中 貸して!
藤原 はい終わりました。
田中 やるんならもっとじっくりやればいいでしょ!


  藤原、コーヒーをカップに注ぐ。

田中 苦くないの?
藤原 苦くないよ。
田中 ブラックだった?
藤原 最近。
田中 おかしいよ。
藤原 そう?おいしいよ。
田中 苦いよ。コーヒーは砂糖入れた方がいいよ。
藤原 これでいい。
田中 入れてあげるよ。
藤原 いいよ。
田中 入れてあげる。
藤原 いいって。
田中 砂糖入れなよ。
藤原 うるさいな!


  黙り込む二人。

藤原 ちょっと出かけてくる。
田中 どこへ。
藤原 ちょっと。忘れ物取りに行ってくる。
田中 なに、忘れ物って。
藤原 ちょっと。


  藤原、出ていく。

田中 何だろ。


  田中、藤原の飲みかけのカップを取り、一口。

田中 にが。苦いよ。やっぱ。


  田中、砂糖とミルクを出して入れる。

田中 甘いの好きなくせに。


  田中、砂糖を足す。カップからこぼれるほど砂糖を入れる。
  田中スプーンで砂糖を食べ出す。

田中 ほら、おいしい。


  先生、入ってきて田中を見ている。

先生 相変わらずだね。
田中 先生。
先生 やめなさい。
田中 はい。


  田中、カップを逆さにし、コーヒーを机に空ける。

先生 一年生が泣きながら走っていったけど。
田中 さあ、知りません。
先生 藤原は。
田中 忘れ物を取りに行きました。
先生 そう。
田中 藤原、なんかあったんですか。
先生 あんたも藤原みたいにここに通いたいの。
田中
先生 早く教室行けよ。
田中 いやです。
先生 行け。熱ないんだろ。
田中 ここにいさせてください。
先生 行きなよ。


  田中、机の上のお菓子を手で払って落とす。

田中 また来てもいいですか。
先生 いいよ。


  田中、出ていく。
  先生、CDをデッキにかけ、音楽を流す。
  先生、床のお菓子を片づける。

先生 保健室っと。


  冷蔵庫に次々にしまい出す。
  保健カードから一枚を取り出す。

先生 3年5組。


  先生、しばらくカードを見つめいる。

先生 まったく。


  机に顔を伏せる。

先生 うえ。


  藤原、傘と箱を持って入ってくる。
  しばらく先生を見ている。
  CDを止める。
  先生、顔を上げる。

藤原 千葉ちゃん。


  先生、藤原を見る。

藤原 スプーン曲げれる?
先生 曲げられないよ。
藤原 曲げれたらいいと思わない?
先生 思わないよ。
藤原 曲げれたらいいのに。


  藤原、箱を机の上に置く。
  先生の顔をのぞく。

藤原 泣いてたんだ。
先生 泣いてないよ。
藤原 いいよ、隠すなよ。
先生 藤原は泣かないのか。
藤原 泣かないよ。
先生 泣いたんだろ。
藤原 泣かないよ。
先生 やめてどうするんだよ。
藤原 ここにいたってしょうがないよ。来たって保健室からでれないんだ。
先生 ここにいりゃいいじゃん。
藤原 無理だよ。千葉ちゃん。
先生 千葉ちゃんて言うなよ。
藤原 先生はどうして養護の先生になろうとしたの?
先生 どうしてそんなこと聞くの?
藤原 どうしてって。
先生 今までそういう質問してまともな答え返ってきたことあった?
藤原 ないですねえ。
先生 藤原はこれからどうするんだよ。
藤原 どうしようか。
先生 また来ていいよ。来なよ。


  田中、入り口に立っている。

先生 田中。
田中 教室鍵かかってる。
先生 体育?
田中 うん。
先生 グラウンド行けばいいじゃん。
田中 また来ていいって。
先生 早すぎるよ。
田中 入っていい?
先生 いいよ。


  藤原、後ろを向いている。

田中 忘れ物あった?
藤原 あったよ。
田中 何だったの?それ?
藤原 へへ。
田中 傘?
藤原 いいじゃん。
田中 ねえ、なんかあったんじゃない?
藤原 それよりさあ、スパナと話したよ。
田中 うん。
藤原 スパナ、結構普通だった。話したら。
先生 なに?スパナって。
藤原 こないだ、帰り道にヨーカドーの前で、「すいません、スパナもってませんか」って。自転車壊れてて、直したいらしいんだけど。持ってるわけないじゃん。スパナなんて。それからスパナって。
先生 その彼のこと?
藤原 うん。
先生 変だね。
藤原 スパナさあ、本とか読むんだって。
先生 うん。
藤原 国立行くつもりだって。
先生 うん。
藤原 でも、推薦も考えてるから、定期試験もがんばるんだって。
先生 うん。
藤原 天文部でさあ、今度、引退する前に最後の観測会に出るんだって。
先生 うん。
藤原 いいね。
田中 …ねえ、そんなにしゃべったの。
藤原 なんか、しゃべれた。おかしいね。今になってさあ、普通にしゃべれるようになった。
先生 スパナ、いい人みたい。
藤原 変だよ。いきなりスパナだよ。
先生 ずっと話聞いてたんだ。
藤原 そうだよ。だってわたしには話すことないし。
先生 スパナ、藤原のこと、好きなんじゃない?
藤原 うん。そうかも。
田中 話、したんだ。
藤原 うん。千葉ちゃんと、田中だけだったじゃん。ずっと。なんか久しぶりに他の人と話した。できるんだ、わたし。話とか。
田中 ねえ。
藤原 ん。
田中 もしかして、やめる気?


  先生、コーヒーを注いで飲む。
  藤原、傘を開く。
  傘を差したまま椅子に座って。

藤原 忘れ物探しに行く途中で、傘見つけた。
先生 見つけたって、誰かが置いてった傘じゃないの。
藤原 この傘はわたしの傘になったの。ねえ、千葉ちゃん。お菓子ちょうだい。
先生 冷蔵庫。
藤原 凍ったカントリーマァムが好き。音楽かけていい?
先生 いいよ。授業中だから、小さく。
藤原 授業中に聞く音楽が好き。


  藤原、CDをセットする。
  音楽をかける。

藤原 CDデッキの一時停止ボタンの形が好き。
田中 ねえ。
藤原 ブラックで飲めるようになったコーヒーが好き。保健カードの空欄が好き。
田中 さっちゃん。
藤原 わたしのこと、さっちゃんて呼ぶ田中理沙が好き。じっと観察してる千葉真由子が好き。
先生 そう。


  藤原、立ち上がって、傘をくるくる回し出す。

藤原 伝染病を心配してくれる一年生が好き。保健室のこの回る椅子が好き。雨が降って渡り廊下でやる陸上部のダッシュ一〇本が好き。八〇〇メートルの七二〇メートルのフーッつーかスーッつーかが好き。曲げれないスプーンが好き。心を癒すプチプチシートが好き。信長でモンブランでホントはミロのミロが好き。
田中 さっちゃん。やめて。さっちゃん!
藤原 大丈夫だよ。
田中 何だよ。
藤原 もう、ここに来ない。
田中 どうして!
藤原 やめたから。
田中 なにを?
藤原 学校。


  田中、傘を奪い取り、投げる。

田中 どうして!
藤原 わたし、ここに、いない方がいい。
田中 いればいいじゃん。
藤原 もういい。ありがとう。
田中 なんだよ、ありがとうって。
藤原 先生、ありがとう。
田中 さっちゃん。
先生 帰るの?
藤原 うん。
先生 元気でね。
藤原 うん。


  藤原、かばんを取って帰る。

田中 さっちゃん。
藤原 なに?
田中 傘は?
藤原 あげるよ。
田中 あのさあ。
藤原 なに?
田中 忘れ物ってなんだったの?
藤原 なんでもないよ。
田中 大事なもの?
藤原 いいって。じゃ行くよ。


  藤原、田中の投げた傘を机に置く。
  出て行く藤原。

先生 行っちゃった。
田中 行っちゃったね。


  先生、傘を取り、差したまま椅子に座る。

田中 先生、知ってたの
先生 そりゃ、先生だから。
田中 先生は先生だったっけ。
先生 授業、行きなよ。
田中 藤原、どうするの。これから。
先生 どうするかな。
田中 どうするんだろう。
先生 ここで、半年も考えてたんだ。きっと正解だったんだよ。
田中 半年、わたしも考えてるよ。でもわかんない。
先生 教室にもどりなさい。
田中 はい。


  立ち上がる田中。
  生徒、中をのぞいている。
  田中、気づく。

田中 なんだ、さっきの子じゃん。どうしたの入れば。
生徒 あの、でも。
田中 なに。
生徒 救急車は?
田中 ま、細かいことは気にしないで。


  近寄って肩をたたく。

生徒 きゃー!
田中 なによ、失礼ね。


  逃げ帰る生徒。

先生 なにしたの。
田中 なんでもない。


  チャイム。

田中 じゃ、行くよ。
先生 待って。
田中 なに。
先生 カード、書いてって。
田中 えー、いいじゃん。
先生 決まりだから。


  田中、カードに記入。

田中 ありがとうございました。
先生 うん。


  出て行く田中。
  カードを戻す先生。

先生 うえ。


  先生、傘を机に置き、ベッドに戻る。   音楽



  終わり

平成十四年五月十七日


CopyRight©2003 シナイの王国