ACT!〜クレタ島の謎〜


キャスト

男1
男2
男3
男4
女1
女2(二役)



  無人の教室。どこからか聞こえる安来節。
  練習着姿の女1、男1、男2上手より踊りながら登場。男2の背中にはカセットデッキがくくりつけられ、安来節はそこから聞こえてくるようだ。

男1 先輩、恥ずかしいです。(踊りながら)
女1 これを克服しなきゃ大会に出られないのよ!ほら!もっと楽しそうに踊りなさいよ!(踊りながら)
男2 あのー。(踊りながら)
女1 何よ!(踊りながら)
男2 別に、いやってわけじゃないんですけど・・・
女1 もごもご言ってないではっきりしなさいよ。
男2 これが演劇とどういう関係があるんでしょうか。


  音楽にまぎれてよく聞こえない。

女1 何?聞こえないわよ。
男1 だから、阿波踊りと演劇とどういう関係があるんでしょうか。
女1 ばかね、演劇やるんならね、この辺(自分の頭を指して)どっか一本切れてなきゃできないのよ。
男1 そういうもんですかね。
女1 あんた一年もやっててまだわかんないの?だから毎年予選落ちなの!
男1 だからって踊りながら体育館の真ん中横切ることはないじゃないですか!バスケ部怒ってましたよ。
女1 注目されるのはいいことよ。
男1 こういう注目のされかたいやだよ、おれ。
女1 ぶつぶつ言ってないで!ほら!
男1 あ、先輩どっち行くんですか!そっちは・・・
女1 つべこべ言ってないで!ほら!行くわよ!
男1 そっちは人が大勢……あ、玲子ちゃん、あのこれクラブの練習でね……あー行っちゃった。


  踊り続ける三人。
  音楽徐々にF.O
  照明シルエットに変わる。女1踊りをやめる。音楽のないまま踊り続ける二人

女1 クレタ島人は嘘つきだとクレタ島人は言った。果してクレタ島人は嘘つきなんでしょうか。正直なんでしょうか?ところでクレタ島ってどこにあるんでしょう?たとえば今こうして話していることが全てお芝居の台詞だったら?私は嘘つき?それとも正直者?……私は……私の口から出ることばはみーんな台詞なの。お母さん、おはよう。大丈夫よ。まだ早いじゃない。あ、あさごはんパンでなきゃやだっていってるじゃない。あー!おとうさん新聞持ってトイレに入ったらだめって言ってるでしょ!え?今日?早くら。え、言わなかったっけ。わたし、演劇部に入ったのよ。遊びなんかじゃないって。ちゃんとした部活よ。大丈夫。勉強のじゃまになんかならないから。じゃね、いってきます。
いってきます。(言い方を変えて)
いってきます。(言い方を変えて)
いってきます。(言い方を変えて)
いってきます。
なんて……言ったらいいのかしら。脚本があればいいのに……ト書きのたくさん書いてある脚本があればいいのに……私の一日がみんな書いてある脚本があればいいのに……全部台詞だったらいいのに・・
…………
私の手……
手が動く……どうして?


  女1体の前で手を動かす。

私の声……私の嫌いな私の声……


  男1、2、踊りを止めて「外郎売り」を始める。

拙者親方と申すは(続ける)


  女1、「外郎売り」を始める。

男1 松本さん。
男2 松本さん。


  二人、呼びつづけ、次第に声を落とす。

女1 台詞でないと……話ができない!


  女1、踊りに戻る。照明C.I 音楽C.I

女1 さあ、行くわよ!
男1 先輩!そっちはまずいよ、先輩、先輩……


  女1、下手に去る。

男2 先輩。
男1 何だ。
男2 そう言いながらも踊るのやめないんですね。
男1 そうなんだよな。


  男1・2下手に退場。音楽F.O
  照明変わり、制服姿の女1登場。

女1 あのー、すいませーん。ここで練習してるって聞いたのになあ。演劇部かあ。私が演劇部に入ったって言ったらみんな驚くかなあ。あの……入部したいんですけど……(言い方を変えて)入部したいんですけど。なんて言えばいいのかしら。普通に、かるく言えばいいのよ。あー、入部したいんですけど。あー、あー、ああ。どうして自然に言えないんだろう。この「どうして自然に言えないんだろう」っていうのも全然自然じゃない。入部、よね。入部入部。第一印象が大切なのよね。あのー入部したいんですけど……あっ、来た!


  男3登場。
  女1、とっさに物陰に隠れる。

女1 (小声で自分に)なんで隠れるのよ!
男3 また、断られたよ。今年の一年ガードが固いわ。いいや、練習しよ、練習って、おい、帰っちゃったの?みんな?やる気あんのかよ。だめ、あいつらあてになんない。どこかにいないかなあ。パアっと明るくて、口跡がよくて、後から後から言葉が出てくるような子。せっかく演劇同好会が5年ぶりに活動再開したっていうのになあ。新入部員入れないと部になる前に廃部になっちゃいますよー。


  女1あわてて

女1 あの。
男3 はい。
女1 わたし……
男3 なに?
女1 にゅうううう……
男3 にゅうううう?
女1 入信したいんですけど……
男3 宗教じゃないんだから。入部したいの?
女1 すいません……
男3 謝ることはないんだけど。新入部員、大歓迎だよ。本当にイメージ……ぴったり。
女1 すいません。
男3 一年生?
女1 はい。
男3 今日はこのとおり、みんな帰っちゃって。もう終わりにしようと思ってたんだけど。
女1 すいません。じゃ、また来ます。
男3 あ、また来ますって言って来ないつもりじゃないだろうな。
女1 ……
男3 いや、みんな「じゃ、また来ます」って言ってそれっきりなんだよ。
女1 ……
男3 疑ってるわけじゃないけどさあ。
女1 ……
男3 いや、君がそうだっていうわけじゃないんだけど……
女1 ……
男3 ずいぶん、おとなしいのね。
女1 ……
男3 どうして、演劇部に入ろうと思ったの?
女1 ……
男3 いや、ずいぶんおとなしいからさあ、あんまりおとなしくって人前で話すのが苦手って人、入って来ないからどうしたのかなって。
女1 ……
男3 そうかあ、そういう内気な性格をなんとかしようって。それで演劇部に入ろうと。よーしわかった。ここはお兄さんが一肌脱ぎましょう。
女1 あの……
男3 だいじょうぶ。一日で直してあげる。待ってて。


  男3、カセットデッキを取ってくる。

男3 さあ。これが君の内気を直す魔法の機械だ。
女1 ……
男3 何に見える?
女1 カセットデッキ。
男3 ほう。君はなかなか筋がいい。
女1 でも、どうしてこんな所にひもがあるんですか?
男3 これかい?これはね、こうして……


  男3、女1の背中にカセットデッキを背負わせる。

男3 これが出来ればもう明るい人生が君を待っているからね。


  スイッチを入れると阿波踊りの音楽。

女1 あの、これ……
男3 知らないの?阿波踊り。
女1 それは知ってますけど……
男3 ほら、こうしてね。


  二人で阿波踊りを踊りだす。

男3 面白いでしょう。
女1 ……
男3 じゃ、付いてきて。
女1 あの、外に出るんですか。
男3 うん。いいからいいから。
女1 あの、そっちは職員室が……
男3 いいからいいから。
女1 あの……


  踊りながら外に出ていく二人。
  音楽F.O
  男1、2うなだれて帰ってくる。泣いている男1。
  女1帰ってくる。普通に歩いて。女1は練習着姿。

男1 だからやめようって。(しゃくりあげながら)職員室だけはやめようって言ったじゃないか。
女1 しょうがないでしょ!度胸つける練習なんだから!演劇部の伝統よ。
男1 どうして今日に限ってあんなにたくさん先生がいたんだろう。
女1 つべこべ言ってないで次やるわよ。
男1 先輩はいいですよ。もう大学あきらめてんだから。ぼくは違うんだって何回言ったらわかってくれるんですか。ぼくは指定校推薦ねらってるんですからね、変な印象持たれたくないんですよ。
女1 ああ、ああ。私ねそういうの嫌いなの。(男2に向かって)知ってる?最近クラスの委員長とか、生徒会役員のなり手が増えてるんですって。みーんな指定校推薦ねらってるんですって。定期テストでいい点とって評定よくしたら次は調査書の内容ってわけよね。
男2 あのー調査書ってのは内申書のことですよね。評定ってなんですか?
女1 (男1に向かって)ほら、けがれを知らないこのころに戻りたくはないですか?(男2に向かって)評定っていうのはね、国語は4、英語は3ってあれよ。
男2 あ、わかります。
女1 みんなね、定期テストが返されると教科の先生の前で1点くれ2点くれってねばるのよねえ。ああ見苦しい。特に!六十四点とった人!七十九点取った人!ああ、思い出すだけで背中の毛が逆立つわ。気持ち悪いことのたとえよ。別に生えてないわよ。
男2 あのー、どうして六十四点と七十九点なんですか?
女1 いい質問だ、うん。それはね、六十五点から4で、八十点から5なんだな。
男1 その違いが大きいんだよなあ。
女1 あ、やってるね。やってるな、その言い方は。やだねえ。みにくいねえ。調査書の内容で少しでもいい順番もらって推薦の校内受付の日には早く来て進路室の前でずらっと並んでるの。あんたねえ、指定校は無理よ。
男1 どうしてですか!
女1 演劇部だからよ。
男2 いいじゃないですか。なんとかなりますよ、大学くらい。
男1 君は気楽に言うけどね。
男2 でも……
男1 なに?
男2 東大の指定校は何人あるんですか?


  一瞬、色を失う二人。男1説明しかけるが女1さえぎる。

女1 練習練習。始めよう。しゃべってる時間のほうが多いんだから、うちの部は。県大会どうする?時間ないのよ。
男2 えっ。だって十一月でしょ。まだまだ先のことだと思ってました。
男1 おまえ初舞台か。一週間や十日ってわけいかないでしょ。ふつうはね、2か月まえに台詞が入ってなきゃいけないって言うんだけどね。うちの去年のなんて……
女1 去年は去年よ。
男1 通しができたの、三日前だもんなあ。
女1 だから今年はこうやって大会の脚本みんなで考えてるんでしょう。なんか考えてきた?
男1 そうですねえ。やっぱり、創作がいいと思うんですよね。今年の全国大会だって、創作が多かったし。高校演劇は創作ですよ。
女1 そうね。
男1 ただ!
男2 わ。どうしたんですか。大声出して。
男1 つまらない創作は失敗すると思うんですよ。
女1 そうね。脚本で大こけっていうの、あるわね。
男1 特に、いつも思うんですけど、高校生の脚本ってよく人が死ぬでしょう。無意味に。
女1 そう!やたら死んじゃうの。必然性もなく。交通事故とか、病気とか。
男1 あと必ずあるのが教室のシーン。
女1 そうねえ。
男1 でね、めがねかけた女子が駆け込んで入ってきて、「ね、ねね、聞いた?大ニュース大ニュース!」って言うの。
男2 (うろたえて)そうですか?
女1 あるある。どういうわけか、めがねかけてるのよね。そういう騒がしいって。あと、「ホーホッホッホ」って笑う高飛車な女とか。
男2 (手に持った手書きの脚本らしきものを見直す。)そういうのも多いんですか。ははは。
女1 キャラクターはっきりさせたいからなんでしょうけどね。そんな人いるわけないじゃない。
男2 そうですよね。ははは。
男1 困りますよね。それから電話のシーン。上手と下手に単サス振って電話するの。
女1 あるある。こういうやつね。ちょっとやってみよう。


  サス上手下手。電話の代わりにバナナを持った女1と男1。

女1 トルルルルル。トルルルルル。
男1 はい、市川です。
女1 あ、市川君。ゆきえです。
男1 あ、ゆきえさん。どうしたの。こんな夜中に。
女1 わたし……市川君にどうしても伝えたいことがあって……
男1 なに?


  男1、女1 バナナの皮を剥いて食べながら。

女1 うん……ごめんなさい。なんでもないの。
男1 いいんだよ。言いなよ。
女1 ううん。本当にいいの。ごめんなさい。夜中に電話なんかしちゃって。でも……市川君の声が聞けてうれしかった。さよなら。ガチャ。
男1 さよなら。ガチャ。どうしたんだろう?


  照明戻る。

女1 なーんちゃって。ははははは。言えないんなら電話するなっつーの。
男1 男の方だって普通気がつきますよ。なあ。
男2 はは。はははは。そうですよねえ。(うつろな声)
男1 あ、まだあった。あと、やたら多いのは、異次元っていうんですか、違う世界ってのに行っちゃうの。
女1 あははははは。多いんだこれがまた。あーおかしい。
男2 あはははは。はあ。(ためいき)
男1 キャラメルの影響でしょうかね。とにかくぽんぽん次元を超えちゃうんですよね。
女1 あれ、どういうことかしらねえ。
男1 それで収拾つかなくなるといつの間にか戻ってきちゃうの。
女1 そうそう。それでその違う世界に行くと、「時の王」とか「白き人」とか、わけのわっかんないへんてこりんな奴がいてさあ。
男1 その世界を支配しちゃったりしててね。
女1 「三つの石を取ってこい」とか命令したりするの。
男1 ドラゴンボールじゃないんだから。(男2に)なあ。
男2 そうですよね。はは。はははは。ふええん。(泣き顔)
女1 しかし、あれだね。こんなこと言ってるといつか刺されるね。本当にこういう脚本書いてる人にこんなこと聞かれたら、土下座しなきゃならないね。
男1 本当ですね。あはは。
女1 まだまだ言い足りないけど、このへんでやめよう。自分たちの脚本考えなきゃ。わたしのは後で言うわ
男1 またあ。出し惜しみして。
女1 中島君。
男2 (びっくりして)はい!
女1 なんか考えた?
男2 いいえ!考えて来なかったであります。
女1 なにへんなしゃべりかたしてんのよ。


  男1、男2の脚本に気づく。

男1 あれ?これ中島の脚本じゃないの?おまえ書いてきたの?
男2 あー!それはちがーう!
女1 大きな声ねえ。大きな声よりもきれいな声。きれいな声よりも通る声。いつも言ってるでしょう。(男1に)どれどれ。(脚本を受け取る)
男2 (泣きながら)それは違うんですよお。
女1 (脚本を読みながら)えーと、なになに……白血病!
男1 え!(女1に近寄って脚本を覗く)


  男2、机につっぷして泣く。
  女1、男1顔を見合わせながら脚本を読みつづける。

女1 「大ニュース大ニュース」「ほーほっほっほ」
男1 「もしもし、わたし」
女1 「時間と空間を超えて」「時間の大王」「四つの宝石」
男1 「やっと元の世界に戻れたのね」
女1 「目が覚めたら夢だった」


  女1、男1無言で顔を見合せ、男2の側に行き、いきなり土下座。

男1、女1 申し訳ありませんでしたあ!


  女1、男1観客の方を向き、

女1 それから、ついでと言ってはなんですが。
男1、女1 申し訳ありませんでしたあ!
女1 わたくしたち、実力もないのに、おごりたかぶっておりましたあ!
男1 謙虚さというものを持とうと思います。
男2 (しゃくりあげながら)先輩たちだれに謝ってるんですか?そっち壁ですよ。
女1 いや、こうしないとなんか気が済まなくて。
男1 ごめんな。
男2 いや、いいです。どうせぼくにはセンスないですから。今回はもう脚本書きません。
女1 そんなこと言わないでえ。意見出して。
男2 そうですね。人が死ぬのはだめなんですね!
男1 すいません。
男2 「違う世界」もだめなんですね!
女1 ごめんなさい。
男2 じゃあ、えーとですね……あっミュージカルなんかどうですか?
女1 何?
男2 いや、ミュージカル……
女1 ミュージカルだって!


  校内放送が入った。

演劇部の松本ゆきえさん。松本ゆきえ。すぐに職員室に来るように。来なさい。来い!
女1 何だろう?
男1 阿波踊りで職員室に乱入したことじゃないですか。
女1 いけなかったかしら。
男1、男2 オー。(シュラッグ)
女1 じゃ、ちょっと行ってくるから。みんな次の脚本考えててよ。(行きかけて)あ、それから(男2に)ミュージカルの話はあとでゆっくりしましょうねえ。


  女1、下手に去る。

男2 どうして松本さん、ミュージカル嫌いなんですか。
男1 いや、ちょっとわけがあってな。
男2 市川さんだってこの間ミュージカルもいいなあって言ってたじゃないですか。
男1 個人的には好きなんだけどな。
男2 やりましょうよ、ミュージカル。
男1 ミュージカルと言えば歌と踊りだぞ。歌えるのか?
男2 歌くらいわけないですよ。
男1 じゃ、なにか歌ってみろよ。
男2 そういえばこのへんに楽譜がありましたよね。


  男2楽譜を探しにいく。

男2 探しておいたんですよ。「キャッツ」
男1 いいじゃない。どれどれ。


  ♪(メモリー)
  2人で歌いだす。
  猫の仮面を付けた女1覗いている。
  女1、すぐ顔をひっこめる。
  歌い続ける二人。
  女1、オペラ座の怪人の仮面を付けて覗く。
  ♪(オペラ座の怪人)
男2 (気がついて) ギャー!
女2 (仮面を取って)あんたたち!ようやくミュージカルやる気になったのね!
男1 先生!どうしたんですか、それ。
女1 作ったのよお。いいでしょ。あげないわよ。
男1 きょう、自習でしたね。
女1 これよお。
男1 今日来ないんじゃなかったんですか。
女2 会議が早く終わったのよ。やっぱりミュージカルよねえ。それ、私が持ってきた楽譜でしょ。あー写しといてよかったわあ。
男2 写すって?
男1 ああ、おまえは知らなかったよな。先生はミュージカルを観ながらなんでも写すんだ。台本も、楽譜も。
男2 一回で?
女2 そうよ。
男2 北島マヤ。
女2 私ね、きょう新入部員連れてきたの。そうかあ、ミュージカルやるのかあ。ちょうどよかったわ。藤岡君。あれ、そこまでいっしょに来たのに。藤岡君。
男1 おい、どうするよ。思い出したよ、松本さんがミュージカル嫌いなのはこの先生のせいだったんだよ。
男2 いいじゃないですか。新入部員も入るみたいだし。
男1 どんなのかわかんないよ。まだ。


  女2、男4を連れてくる。

女2 この人よ。
男1 案外まともそうだなあ。
女2 これがいいと思うのよね。はい!


  みんなに台本と楽譜を渡す。

男1 これですかあ。
男2 「ウエスト・サイド・ストーリー」……
女2 さ、やってみよ。


  ♪(クール〜トゥナイト)
  ソロの部分で男4歌いだす。男1、2おどろいてとびすさる。

男1 なんなんだあ。


  男4歌いおわる。拍手する女3。あわてて3人も拍手。

女2 ブラボー。(向き直り)どうかしら?
男2 先生……ここまでしなきゃいけないんですか?
女2 あたりまえよお。あたしが乗り出すんだからこのくらいはしてもらわなきゃ。じゃ、みんな練習しておくのよ。
先生、帰るんですか。
女2 そう、これから藤岡君と「コヨーテ」観にいくの。宮沢りえがドタキャンで空いてるのよ。じゃね、チャオ!
男1 何だったんだよ今のは?
男2 あの人何者ですか?
男1 知らん。船橋二和に市村正親が飛び入りしたようなもんだな。
男2 船橋二和ってなんですか。
男1 すまん、失言だった。
男2
男1 全国大会の常連校だよ。すごいミュージカルやるんだけど……歌がちょっとへた……よそう……すごすぎてそれくらいしかけちがつけられないんだ。
男2 大会って全国まであるんですね。
男1 あれ、知らなかったの?
男2 はい。
男1 それがなかなか大変でさあ。まず、予選があって、そこで選ばれて、県大会。
男2 はい。
男1 で、また2校選ばれて関東大会。で、全国大会と。
男2 去年うちが落ちたのは全国ですか、関東ですか?
男1 予選だよ!
男2 どんな芝居だったんですか?
男1 松本さんまだ帰ってこないよね。聞かれるとまずいんだよね。
男2 どうして?
男1 いや、まだ怒りが治まってないんだよね。
男2 落ちたんでしょ?
男1 うん。早く言えばそうなんだけど、受けたことは受けたんだよね。
男2 へえ。
男1 創作脚本でね。
男2 え、だれが書いたんですか。
男1 いろいろみんなで考えてさあ、松本さんがまとめたんだけど、笑いはとったんだよね。
男2 でも、落ちちゃったんですか。
男1 そう、出る前は予選突破なんてあまり考えなかったんだけど、いざ落ちたとなると、がっかりしちゃってさあ、特に松本さん。あの、大声で笑ってたあの人が、笑ってたのにあの人がわたしたちを落としたのよお!とか、よく言ってたもんねえ。
男2 だれですか、それ。
男1 審査員。高校演劇連盟の……よそう。見られてるような気がする。
男2 どんな劇だったんですか?
男1 ちょっとやってみるか。
男2 台本あるんですか。
男1 ああ。(台本を取りに行きながら)演劇部の話でね、今¥度どういう芝居作ろうか。これがいい、あれがいい、って悩みながらいろいろやってみるってよくあるパターンだ。おまえ、こっちな。
男2 はい。えーと……朝、目覚まし時計の音にあらがい、うとうととまどろんでいれば、窓の外を走る高速道路の騒音が私を襲う。
男1 名もなき夜のために錬金術師が踊った午後にそして二十世紀の終わりにアジアの果て、弓形の島にて時代とともに踊ろうとして。
男2 天使の瞳は宇宙で眠る!
男1 ハッシャ・トランス!ピルグリム。
男2 なんだかわけがわかんないよお。
男1 おれたちにはまだ無理だった。実力不足だ。
男2 ただ力んでただけでしたね。
男1 基礎訓練からやり直そう。昔。
男2 昔。
男1 ある。
男2 ところに。
男1 べたべただな、おい。じゃなくて、昔、ある女優が。
男2 はい。
男1 レストランのメニューを朗読しただけで、人々の涙を誘ったという。
男2 ううん。
男1 そこで、おれたちも台詞に頼らず、メニューを読んで、感情表現の練習だ!メニューもってこい!
男2 はい!どうぞ!
男1 いいか!くっぱ。ゆっけ!はらみ!
男2 みの。せんまい。さんちゅ!びびんば!
男1 きむち!おい……きむち!
男2 かるび!
男1 よーし!だいぶ感情が入ってきた。もう何をやっても大丈夫だ。それでは……
男2 はい!
男1 シェークスピアをやる!
男2 そこまでとびますか!
男1 おまえはこっちだ!
男2 はい!


  上手に男1、下を向いている。下手に男2、上を向いている。

男2 ジュリエット!
男1 ロミオ!
男2 おお、ジュリエット!
男1 おお、ロミオ!
男2 ジュリエット!
男1 ロミオ!
男2 おお、ジュリエット!君はなぜジュリエットなのだ……
男1 おお、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの……
男2 この月の光に紛れて君を連れ去ってしまいたい……
男1 ロミオ!登っていらして!
男2 え!ここを!
男1 そう。この280メートルのバルコニーを。
男2 もうすぐ夜が明ける。私は帰らなければ。
男1 ロミオ!登っていらして!私を連れ去って!
男2 えーと……もうすぐ夜が明ける。私は帰らなければ。
男1 ロミオ!登っていらしてってばあ!
男2 私は帰らなければ!
男1 おい!ロミオ!くそー!くせものじゃ。出会え出会え!モンタギュー家の手の者じゃ!……逃げたか。


  女1、いつの間にかかえって来ている。

女1 だめだめ!ロミオ!あなたは本当にジュリエットを好きだって思わなきゃ。
男1 お、松本さん。
女1 続けて続けて。
男2 思えないよ、こんな生き物。だいたいどうしてバルコニーが280メートルもあるのよ。ああ首痛い。


  吹き出す3人。しばらく笑う。

男2 おもしろいです。なーんだ、演劇ってこんなにおもしろいんですね。イメージがすっかり変わりました。
男1 こうしてみると去年の芝居もいいですねえ。またやりましょうか。落ちるの覚悟で。
女1 去年!去年のことはもういいわよ。過去は振り返らないのが私の主義なの。去年のこと?気にしてないわよ。いいじゃない。落ちたものはしかたがないわ。
男1 気にしてないって言いながらだいぶこだわってるな。
女1 ぜんぜん気にしてないわよ。(すごむ)
男1 先輩、一年がこわがってるよ。
女1 しかし!悔しいことは悔しい!そこで私は考えた。
男1 なんですか。
女1 去年の芝居は、高校の演劇部が次のお芝居どうするかって話でしょ。
女1 私、いろいろ考えたのよ。
男1、2 ……
女1 これよ。
男2 高校演劇40年史……
男1 こんなもん持ってる高校生いないよ。
女1 そこで……
男2 何ですか?
女1 大会で賞を取れる演劇とは何か?傾向と対策を考えてみたの。
男1 先輩。地道にやろうよ。いいじゃない、落ちたって。
女1 みんなそう言うけどね。わざわざ落ちに来る人いないんだから。
男1 さっきは推薦とるのにあれこれするのは見苦しいって……
女1 こういうことなの。聞いてなさい。ちょっと、用意して。
男1 またですかあ。
男2 何ですか?


  演台、椅子を用意。垂れ幕落ちる。

  「大会を勝ち抜く演劇作り〜三島への道 講師 松本ゆきえ先生」と書いてある。

二人 おー。(拍手)
女1 演劇にコンクールは必要か?静岡県はいまだに悩んでおります。しかし現実にコンクールが開催される以上、いい舞台をつくって認められたいというのが人情であります。県大会で、あるいは関東で、「最優秀」などということになったら、これは感激などという生易しいものではないでしょう。そこで賞を取るために芝居をつくろう、などといった不純な動機で演じるものもいるやもしれません。私たちです。無謀でしょうか?あくまで先程申しました人情のなせるわざであります。成せば成る、成さねば成らぬ何事も。ナセルはアラブの大統領などと申します。あーはっはっは。
二人 ……
女1 (せきばらい)ともかく、傾向と対策を考えるのはやむを得ない…むしろ当然と言えましょう。不純な動機、というところが気になった者もおります。しかしですね今までの自分たちを振り返った時にですね。不純でない動機で事を起こしたことが果してあったか。いいえありません。すべて不純でした。かくしてこういう結論に至ったわけであります。動機というものは不純である、と。理由はだって動機だからであります。(向き直って)わかった?
男2 なるほど……
男1 いつもごまかされちゃうんだよなあ、これで。
とにかくねえ。わたしは三島に行きたいのよ!文句ある!
男1 今年の関東は三島でしたねえ。
男2 どうして静岡が関東なんですか?
女1 よそう。その話題は。山梨だってそれ言われると弱いんだ。
男1 三島ねえ。先輩はあったかい所にあこがれてますからねえ。
女1 う。
男2 そういえば、もうお山は雪ですってねえ。
女1 あんたねえ、ちょっとお町に住んでるからってばかにしないでよ。
男2 だって、学校までバイクで二八キロ通う間に信号一個しかないじゃないですか。
女1 あんたんとこだって三っつでしょ。市川君なんて学校まで信号ないのよ。わたしんとこはまだ近所は五軒固まってるけど、市川君なんて隣まで2キロあるのよ。
男1 そんなにありません。1キロです。先輩のうちだってコンビニまで車で三十分かかるじゃないですか。それはコンビニじゃないですよ。
女1 あんたたちねえ、大事なこと忘れてるわね。私のうちは七五〇メートル。中島君のところは八二〇メートル。
男2 何が?
女1 標高よ!
男1 低けりゃえらいってもんじゃないですよ。
女1 一〇〇〇メートル超えてるもんねえ。あんた猫舌だったわね。
男1 そうですけど。
女1 あんたんとこ、気圧が低いから、お湯わかしても八五度くらいで沸騰しちゃうんだってね。だから猫舌なんだあ。
男1 関係ないですよ。標高と猫舌とは。
女1 ご飯たいても普通のおかまじゃ芯が残っちゃうでしょ。
男1 ちゃんと圧力がま使ってます。
女1 ほーら、みなさいよ。だいたいねえ、たぬきの餌づけはやめたほうがいいわよ。
男1 うちは八ヶ岳山麓ですからね、出る動物も品があるんです。りすとかきつねとかてんとか。先輩のとこの南アルプスとは違うんですよ。先輩のとこはいたちとかいのししとか猿とか熊じゃないですか。小学校に行くときランドセルに鈴付けてたそうじゃないですか。
女1 うるさいよ。あんたこないだバイクで鹿はねたそうね。原付にアニマルガードするのみっともないわよ。
男2 あの。いなかの話はやめましょうよ。いくらでもネタが出てくるんだから。本題に戻りましょう。
女1 失礼しました。つい盛り上がってしまいました。とにかく!わたしは三島に行きたいの。富士山の裏側を見たいのよお。
男2 また問題発言だ。先輩。それもし三島に行けても言っちゃだめですよ。
女1 なによ。
男1 そうですよ。富士山はどっちが表かってことでなぐりあいになった人多いらしいですよ。
女1 なによ。山梨が表に決まってるじゃないの。八ヶ岳の三合目に住んでる人は黙っててよ。
男2 だからその話はやめましょう。富士山の話もやめましょう。
女1 分かりました。続けます。何が必要か?何が私たちを「最優秀賞」の甘美な四文字へと導くのか?
男1 はい!必要なのはやっぱりテーマですよ。
女1 そう!今の私たちの抱える問題、現代高校生の息づかいが聞こえてくるような、胸がしめつけられるような、切なくなるような、問題よ!悩みよ!テーマよ!
男1 テーマねえ。テーマがない、感動がないって言われましたもんねえ。これじゃ漫才だ、とかね。
女1 そう、感動!しみじみとした余韻の残る、観おわってああよかったと、今夜布団に入るまで、いいえ、せめて帰りにコンビニ寄るまで後を引くような感動が必要なの!それにはテーマよ!ああ、この胸が焼けるような、体のなかからこみ上げてくるものは何?ゲロ?
男1 ぼくたちにはお笑いしかできないのかもしれない。
女1 すいません。
男1 また二日酔いですか。
女1 ごめんなさい。
男2 市川さん、松本さんも謝ってるんだから。
男1 真面目にやってくださいね。
女1 気をつけます。
男2 でも、難しいなあ。テーマかあ。
男1 テーマねえ。エイズ……オウム……核……
男2 高齢化……過疎化……金融自由化……
男1 テーマテーマ……
女1 テーマテーマ……


  男1、女1顔を見合わせる。

女1 中島君、テーマって十回言ってごらん。
男2 え、なんですか。テーマテーマテーマ……マテーマテーマテー……
男1、女1 待てー!


  男2、思わず逃げだす。追いかける男1、女1。

男2 何するんですか!
男1 いや、なんだか追いかけたくなっちゃって。
男2 まじめにやりましょうよ!市川さん、読書好きなんでしょ。小説のテーマでいいのを借りたらいいじゃないですか。
女1 小説のテーマねえ。国語の授業みたいねえ。作者の言いたいことは?そんなもん本人に聞けばいいのよ。
男1 まあ、ぼくくらいになれば、どんな小説でも簡単にテーマはみつけられますけどねえ。
女1 やめなさいよ、恥かくから。
男1 大丈夫ですよ。
女1 じゃあ、言ってみなさいよ。漱石「坊ちゃん」
男1 校長先生をなぐってはいけない。
女1 芥川「羅生門」
男1 年寄りを大切に。
女1 堀立雄「風立ちぬ」
男1 健康第一。
女1 三島由紀夫「金閣寺」
男1 火の用心。
女1 漱石「こころ」
男1 図書館では静かにしよう。
女1 「源氏物語」
男1 性教育の大切さ。
女1 「ハムレット」
男1 お線香あげとけば成仏したのに。
女1 高村光太郎「レモン哀歌」
男1 皮に農薬ついてるよ
女1 芥川「鼻」
男1 熱かっただろうな。
女1 それはテーマじゃない!(男2に)あんたも早く止めなさいよ!つい全部聞いちゃったじゃないの!
男2 途中から頭がくらくらしてきて……
女1 麻薬よね、これ。
男1 小説ってあまり面白くないですね。
女1 あんたがつまんなくしてるのよ!もういい!ただねえ、テーマを出せ!と言われると非常にむずかしい。私たちの身近なものを考えればいいのよ。
男1 たとえば?
女1 実はお姉さん考えてあります。去年の芝居です。
男2 こだわってるなあ。
女1 演劇部員がどうしようこうしようと芝居を考える芝居。つまり演劇のなかで演劇を考えるって芝居。
男1 テーマは演劇かあ。演劇とは何か。
男2 そういえば、ぼくたちにはいちばん身近なテーマですよね。
女1 そうよ、自慢じゃないけど私なんか生活のほとんどが演劇部で占められてますからね。
男2 そういえば友達少ないですものね。
女1 余計なことは言わない。
男2 はい。すいません。
女1 ところが、調べてみると、このテーマは高校演劇の定番だったわけであります。
男1 たとえば?
女1 カリタス女子の「創作劇の作り方」八戸北の「演劇とは何か……」ちょっと毛色は違うけど「シスター・シスター・シスター」だって見方を変えれば演劇論です。「男たちのサバイバル」っていうのも演劇部の話。共愛学園!「バナナフィッシュのために・」今度の劇なにやろうか?こういうのは?そうねえ。こういうのは?このパターンどこかで見たわよね。ま、いっか。というわけで、高校演劇の王道、本流、「演劇に関する演劇」というのを今年もまたやってみたいとこう考える所存でございます。ご静聴ありがとうございました。


  垂れ幕落ちる。みんなで片付け。

男1 (片づけながら)この人おかしいよ。前からどこか違ってるとは思ってたけど。
男2 高校演劇おたくですね。
女1 これでいくわよ!いい!
男1 「演劇に関する演劇」ってことですね。
女1 そう。
男1 ちょっと待ってください。
女1 なに?
男1 今、こうやって「演劇に関する演劇」について考えてるんだから、それが演劇になれば「演劇に関する演劇に関する演劇」ってことになるな。
男2 いや、もっとひねって「演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇」って言うのはどうですか。
男1 へーんだ。おれだって「演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する……」っていうのを考えてたんだからな。
男2 ぼくだって「演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する……


  際限もなく続く。熱中する二人。

女1 小学生みたいなことやめようよ。どうしてあんたたちは……・わたしのまわりバカばっかり。(泣く)
男1 おい、始まっちゃったよ。どうしよう。
男2 松本さん、どうしたんですか。
男1 一度こうなるとしばらくだめなんだよね。
男2 ぼくがやってみましょう。ゆきえ、そんなに悲しむんじゃない。ほら君には涙は似合わないよ。(バチッ!)
男2 何するんですか!
女1 悩んだ私がバカだった。次あんなことしたら殴るわよ。
男2 殴ってから言わないでくださいよ。
男1 とりあえず元には戻ったみたいだな。
男2 でも、演劇って難しいんですね。ぼく、イメージがすっかり変わりました。
女1 とりあえず、エチュードでつくっていきましょう。即興でいくわよ。わたしが部長役。市川君は二年生で副部長。中島君は一年生。
男1 つまり現実と同じですね。
女1 そう。えーと、みんな次の大会のための芝居はどんなものがいいか、考えてるところ。次々にいろんな案が出てきて、みんなそれぞれちょっとやってみようかってことになる。そのうちにみんなの演劇に対する思いてっいうか、考え方がはっきりしてくるっていう風にしたいのよ。
男1 なるほど。
男2 今までやってたことと変わらないような……


  下手寄りに男1、2。中央に女1。椅子を持ち出して座る。

女1 じゃ、いくよ。よーい、はい。
全員 ………………
女1 えーと……どう、みんな。いいアイデアないの?
男1 そうですねえ……
男2 あ?あのー……
女1 なに?中島君。なにか思いついた?
男2 もう、お芝居に入ったんですか?
女1 そうよ。あのね、「お芝居に入ったんですか?」ってのも台詞になっちゃってるからね。
男2 えっ、本当ですか?
男1 その「えっ、本当ですか?」もね。
男2 じゃ、その「その「えっ、本当ですか?」もね。」っていうのも台詞なんですよね。
男1 そう、その「その「その「えっ、本当ですか?」もね。」っていうのも台詞なんですよね。」っていうのも……
女1 よそう!きりがない。だいたいそのパターンさっき使った。
男1 この繰り返し好きなんだけどなあ。
男2 あまり受けないんですよねえ。
女1 じゃ、もう一回初めから。よーい、はい!
全員 ……
女1 えーと……どう、みんな。いいアイデアないの?
男1 そうですねえ……
男2 うーん……
女1 あ。
男1 何?松本さん。なにか思いついた?
女1 こういう情景どこかで見たっていうか……ああ、前と同じだなって気がふっと……
男2 ああ、そういうことありますよね。来たことないはずのところで、ああ、ここはいつか来たことがあるなあって。
男1 それはデ・ジャ・ヴってやつです。
男2 なんですか?それ。
男1 既視現象とも言うんですけど。心理学の用語です。よくあることらしいですよ。
男2 松本さん、前にもこういうエチュードしたことあるんじゃないですか?
女1 そうだったっけ……ないはずだけど……
男1 それがデ・ジャ・ヴの場合、経験したことなくても経験したような感覚だけあるんだよなあ。
男2 ふうん。ふしぎですね。でも……
男1 何?
男2 経験したことがなくても経験したような感覚だけある、だなんて演劇とちょっと似てますね。
男1 そうだなあ。演技って感覚の再現だなんていうもんなあ。
男2 自分は経験したことがなくても、いつの間にかほんとうにやったことあるような気になっちゃうんですよねえ。
男1、2 ……
男1 なーんて。どう、おれの「ちょっと物知り、なにげなく知識をひけらかしても厭味にならない好青年」っていう演技
男2 ね、 ぼくは?「真面目に演劇を語る、演技派を目指す有望な新入部員」なかなかよかったでしょ。
男1 松本さんは?急に口数少なくなって、「物思いにふける無口な演劇少女」ってかあ。
男2 だめだよ。そりゃあ。いくら演技がうまくったってかけ離れすぎてて。


  笑い転げる二人。

男1 ああ、おかしい。あれ?


  男1、2、辺りを見回す。

男2 あれ?どこに行ったかな。
男1 出ていく気配なかったですよ。
男1 松本さん?
男2 二人であんなに笑ったから気を悪くしたんじゃないですか?
男1 松本さん。笑ったのも芝居ですよお。「先輩をからかって楽しむお茶目な後輩。でも憎めないの」そんな感じでやってみたんですけど。
男2 「実は部長の松本さんがいないとなんにも出来ない気が弱い二人であった」なんですう。
男1 「うろたえながら部長を探す二人の後輩」ですよお。
男2 先輩。おれ、わけわかんなくなった。
男1 おれも。おまえ、今、演技?
男2 いや自分でもよく……
男1 おれも。
男2 なんか怖くなってきたよお。松本さあん。
男1 おい、ちょっと待て。おれを一人にしないでくれえ。


  下手の明かりC.O 上手F.I

  男3椅子に座っている。

女1 先輩。
男3 何?
女1 みんな……台詞なんですよね。これ。
男3 うん。いちおうそういうきめでやってる。即興のエチュードだけど。初めてだからちょっと難しかったかな?
女1 いいえ。……・じゃ、今こうしてしゃべってるわたしは……わたしですか?
男3 どういうこと?
女1 役の上のわたしでしょうか,ほんとうのわたしでしょうか……なんだかわからなくなって……
男3 ジェームス・ディーンって知ってる?
女1 はい。映画俳優の?
男3 マリリン・モンローは?
女1 知ってます。
男3 あと、マーロン・ブランドとかダスティン・ホフマンとかが通ってた学校で、ニューヨークにアクターズスタジオってのがあってね。生徒を前に出して、「さあ、演じなさい」って。
女1 何を?
男3 それだけ。「さあ、演じなさい」仕方ないから、自分のこと、身の上話みたいなことしゃべるんだけど、それがさ、だんだん真剣になって、泣きだしちゃったりするんだって。
女1 ……
男3 先生が言うのさ、「諸君。これが演技だ。これがリアルというものだ」
女1 ……
男3 おれも、よくわからないんだけどね、だんだんその人の知らずに身につけてきた殻みたいなものがとれてきて、なんていうか、自由になったところから、演技って始まるんじゃないかなあ。かっこよすぎるか。だからさ、演技してるときの本当と嘘ってわからないもんだよ。
女1 でも。(間)わたし、なにか不安になってしまって。先輩がさっき、こう、よーい、はいって、手を打ったでしょう。
男3 うん。始めの合図。
女1 何を言ってもいいんだって言われても、言葉が全然出てこないんです。
男3 緊張した?
女1 はい。
男3 おれも、最初は全然できなかった。なにしゃべってもいいって言われるとかえって出てこないよね。
女1 はい。
男3 でも、その緊張が楽しいんだよなあ。だいじょうぶ、そのうち楽しめるようになるよ。
女1 先輩。先輩はなぜ演劇を始めたんですか?
男3 何だろうね。松本さんは?
女1 ……
男3 さっきは早合点して、内気な性格を直したいからだなんて、決めつけちゃったけど。
女1 確かに内気なんですけど……たぶん、わたしを知ってる人がわたしが演劇部に入ったって聞いたら驚くと思います。でもそんなことじゃなくて……わたしが入部したのは……
男3 どうしたの?
女1 うまく言葉が出てこなくて。
男3 じゃあ、それをエチュードにしてみよう。
女1 えっ!
男3 さあ、お芝居だ。アクターズ・スタジオ気取るわけじゃないけど。君は自分で考えた「台詞」をしゃべるんだ。やってみよう。じゃ、ここに立って。


  男3、女1を中央に連れていく。

男3 よーい、はい!(手を打つ)
女1 わたしは……(思い切ったように)わたしは、小さいころから、お話を聞いたり、絵本を読むのが、好きでした。いつまでも飽きずに、頭のなかでお話をつくったり、友達と遊ぶより、そうしているほうが好きでした。そのうちに……
男3 続けて。
女1 はい。そのうちに学校に行っても、本当はこういう先生だったらいいのにな、こういう友達だったら、こういうわたしだったら……現実に生きているこの自分より、空想の世界の自分のほうが、本当の自分のような気になってきました。今のこれは嘘のことで、本当のことは別にあるんだって。……先輩、もうできません。
男3 ……
女1 いいえ、続けます。……先輩。クレタ島のパラドクスって知ってますか?
男3 いいや、知らない。パラドクスっていうのは逆説のことだろ?
女1 こういうのです。クレタ島人は嘘つきだと、クレタ島人は言った。
男3 クレタトウジン……クレタ島っていう島の人か。
女1 クレタ島人は嘘つきですか?
男3 そりゃあ、嘘つきでしょう。自分でそう言ってるんだから。正直に。あれ?
女1 ね。
男3 そうか、矛盾してるな。だからパラドクスなのか。あ、いつか国語の先生が言ってたのと似てるな。黒板に「ここに書いてあることみんな嘘」って書いたらそれは本当か、嘘かって。
女1 わたしはその、クレタ島に住んでるみたいです。
男3 なんか、どこかの南の無人島みたいでいいなあ。
女1 そう、無人島なんです。……わたし、家族とか、友達とか、回りの人とうまくいかなくって。
男3 どういうふうに?
女1 なんにも考えずに気軽に話せばいいんでしょうけど……話しかけられてもうまく言葉が返せないんです。いつまでも返事がないから、そのうち気まずくなってしまって。自然に言葉が出てこないんです。
男3 なぜかな?
女1 そういう時、いつも、頭のなかで言葉を考えて、でも違う、これは本当のことじゃない、これはわたしが言いたかったことじゃない、これはわたしの本当のきもちじゃない、これは嘘だ、これは……なにを言おうとしても、言えなくなってしまうんです。何を言っても嘘にしかならないんです。
男3 そうか、それで、自分のしゃべってることが嘘か本当かわからなくなっちゃったんだな。
女1 というより……さっきのアクターズスタジオの話、わたし……本当がないんです。わたしには本当がないんです。
男3 でも、本当がなければ嘘もないんじゃない?
女1 きっと、そうだと思います。わたしにはなんにもないんです。でも……この間テレビで劇場中継を観たんです。お芝居って不思議ですね。人が書いた台詞をしゃべってるのに、ああこれ本当のことだ、本当にこの人の心の底から出てきた言葉だって思いました。わたしもこんなふうに話すことができたらって思いました。わたし、お芝居をやってみたい。本当の言葉をみつけてみたい。
男3 はい、やめ!(手を打つ)エチュード終わり。
女1 あ……みんな台詞だったんですね。これ。
男3 うん。でも、今しゃべったのも本当の気持ちじゃないって気がした?
女1 いいえ。
男3 今のが君の本当の言葉だ。
女1 はい!
男3 ちょっとかっこよすぎるか。ま、演劇部の先輩としてはこれくらいのこと言ってもいいかな。それで演劇部に入ろうと思ったんだね。じゃ、いきなり阿波踊りなんかに付き合わせちゃって悪かったかな。
女1 いいえ。楽しかったです。……わたし、初めて話す人とこんなに意識せずに話せたことありませんでした。
男3 行動を起こしたことがよかったんだよ。
女1 先輩の、こう、手を打った音を聞いて、最初は緊張したけど、そのうちにすうーと言葉に入っていけたような気がします。
男3 これから今までの反動ですごくおしゃべりになったりしてさ。
女1 ありがとうございます。こんなつまらない話ながながと聞いてもらって。
男3 いいんだよ。面白いエチュードだった。いや、面白いなんて言ったら悪いけど。
女1 いいえ。
男3 演劇を続けてみる?
女1 はい。
男3 よかった。
女1 でも、先輩の前だから、できたのかもしれません。
男3 松本君……
女1 あ、すいません。へんなこと言ってしまって。


  二人みつめあう。
  男2、現れる。

男2 先輩。探しましたよ。こんな所にいたんですか。
女1 あ、中島君!どうやって「こっち」に来たの!
男2 急にいなくなるから。びっくりしたじゃないですか。
男3 松本君。この人は?
女1 (男3に)いえ、関係ないんです。
男3 先輩、なにをしおらしい声出してるんですか。
女1 あんたは黙っててよ!(男3に)あ……
男3 松本君、先輩って君、一年生だろ。
男2 え?ぼくは一年生ですけど。
男3 え、君も一年?君、留年してるの?
女1 ああ、どうしてシリアスに終わらしてくれないの。
男2 危なかったって話は聞きましたけど。よかったですね、三年に上がれて。
男3 三年?
女1 だからあんたは「こっち」に来ちゃだめなんだったら。あ、すいません、この人ちょっとおかしいみたいで。


  男1、現れる。

男1 中島。松本さん、いた?
女1 あんたまで来ちゃったの?
男1 あれ、先輩。いるじゃないの。どこ行ってたの。
女1 いいから早く「あっち」に帰ってよ。これはわたしの大事な大事な……
男2 (男1に)松本さん、おかしいんですよ。
男3 松本くん。この人たち……
女1 なんでもないんです。
男1 先輩。この人は?
女1 なんでもないったら!(男3に)あ、いえ。


  混乱する女1

女1 (男1、2に)気にしないでください。(男3に)「向こう」へ行っててよ!(気がついて)あー、ごめんなさい。
男2 エチュードの続きどうするんですか?脚本考えないと、大会に間に合いませんよ。
男3 エチュードって。君、演劇初めてだって言ってたじゃないか。(男2に)演劇部でもないのにどうしてエチュードやるんだ?
男2 ぼくたち、演劇部ですよ。
男3 知らないよ。君たちなんて。いったいどういうこと。松本さん。
女1 ああ、なんて説明すればいいか……
男1 ははあ。松本さん。これは「あれ」ですね。
女1 ギク。
男1 演劇部の部長がそんなありきたりの驚きの表現しちゃいけません。しょうがないですね。この人にはちょっと消えててもらいましょう。
女1 あ、待って。
男3 なんだよ。その消えててもらうっていうのは。
男1 こういうことです。
女1 やめて!


  男1、手を打って合図。   上手の照明C.O

女1 ああ、行っちゃった。(男1に)なんてことするのよ!
男1 あのままじゃ収拾つかないじゃないですか。まったくのめりこむとわけわかんなくなるんだから。
男2 ……いったい、何が起こったんですか?
男1 ああ、まだ慣れてないから無理ないな。あの人松本さんのエチュードの中の人物だよ。
男2 へ?
男1 登場人物。
男2 は?
男1 つまり。
男2 はい。
男1 松本さんの想像上の人物。だから、おれが手を打ったら消えただろう。あれ、終わりの合図だよ。
女1 せっかくいい所だったのに。
男2 じゃ、ぼくたち松本さんの想像の中に入っちゃったんですか?
男1 そういうことになるな。
男1 演劇って怖いもんなんですねえ。ぼく、すっかりイメージが変わりました。
女1 なによ。あんなこと普通よ。ああ、もうちょっと余韻にひたっていたかった。
男2 普通ですかあ。……・あれ?
女1 何よ。
男2 わー!もっと怖いこと思いついちゃった!
男1 なに?
女1 今度はなによ。うるさいわねえ。
男2 さっきは市川さんが手を打って合図したからあの人消えちゃったんですよねえ。
男1 うん。あ、もしかして、おまえ恐ろしいこと考えてるな。
男2 じゃ、あの時あの人が合図してたら……
男1 「向こう」でもエチュードやってたんだし……ひええ。早く気がついてよかった。


  男1、2自分のてのひらをみつめる。

女1 じゃ、わたしがこうしたら……(手を打つまね)
男1 やめてください!消えたらどうするんですか!
女1 なによ!自分に自信が持てないの?
男1 ぼくは謙虚になったんですよお!
女1 いいじゃないの。試してみましょうよ。
男1 わー、やめてください。


  女1手を打つ。一瞬の暗転。
  照明C.I

男2 (体のあちこちを触り)よかったあ。生きてたあ。
男1 まさかとは思ったけど、ひやひやしましたよ。
女1 さあ、遊んでるひまないわよ。大会まで時間ないんだから。


  鐘の音。

男1 あ、もうこんな時間か。
女1 今日はなんにもしないうちに終わっちゃったわね。
男2 そうですか。かなりいろんなことあった気がしますけど。
男1 おまえ、そんなこと言ってるとこの先もたないぞ。
女1 じゃ、各自脚本は考えてくることにして、おしまい。お疲れさまでした。
男1、2 お疲れさまでした。
女1 じゃね。わたし更衣室行くから。気をつけてね。さよなら。
男1 さよなら。
男2 さよなら。
男1 帰るか。
男2 疲れましたね。でも……
男1 なに。
男2 面白かったですね。
男1 ああ。
男2 こうやって……(手を打つ真似)
男1 ああ。消えると困るぞ。
男2 まさか。


  男2手を打つ。暗転。
  上手、センター、下手にスポット。音楽F.I

男3 さあ、お芝居だ。アクターズ・スタジオ気取るわけじゃないけど。君は自分で考えた「台詞」をしゃべるんだ。やってみよう。
男2 演劇ってこんなに面白いもんなんですねえ。ぼく、イメージがすっかり変わりました。
男1 演劇部の話でね、今度どういう芝居作ろうか。これがいい、あれがいい、って悩みながらいろいろやってみるってよくあるパターンだ。おまえ、こっちな。
女1 お芝居って不思議ですね。人が書いた台詞をしゃべってるのに、ああ、これ本当のことだ、本当にこの人の心の底から出てきた言葉だって、思いました。わたしもこんなふうに話すことができたらって思いました。


  幕。音楽F.O

ACT!〜クレタ島の謎〜(関東大会)
1995,10,27


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