クレタ島の謎の謎
第三稿  平成一〇年度合同発表会上演台本


キャスト

女1 山中

審査員

おばあちゃん

女2 小野

先生

女3 清水

隆志

友達

先輩




  練習着姿の山中、小野、清水。大会前の演劇部。なお、登場人物の三人は時によって役柄が変わるが、そのきっかけは観客に示されたり示されなかったりする。役が変わるきっかけが示される場合は主に照明によってなされる。衣装は替わらない。また、基本的に演技そのものもあまり変わらない。演出の方針ではなく役者の能力の問題による。ただし、峡北高校の場合である。他の高校が上演する場合はこの限りではないが、上演される可能性は極めて低い。そんな物好きはあまりいない。

山中 発声練習!外郎売り!
小野 よーい、ハイ!


  山中、外郎売りを始める。
  照明シルエットに変わる。
  山中、外郎売りをやめる。

山中 クレタ人は嘘つきだとクレタ人は言った。果してクレタ人は嘘つきなんでしょうか。正直なんでしょうか?
ところでクレタ島ってどこにあるんでしょう?
たとえば今こうして話していることが全てお芝居の台詞だったら?私は嘘つき?それ とも正直者?
……
わたしは……私の口から出ることばはみーんな台詞なの。
お母さん、おはよう。
大丈夫よ。まだ早いじゃない。あ、あさごはんパンでなきゃやだっていってるじゃな い。あー!おとうさん新聞持ってトイレに入ったらだめって言ってるでしょ!
え?今日?早く帰れる……と思う。演劇部の練習終わったらすぐ帰るから。え、言わ なかったっけ。わたし、演劇部に入ったのよ。遊びなんかじゃないって。ちゃんとし た部活よ。大丈夫。勉強のじゃまになんかならないから。じゃね、いってきます。
いってきます。(言い方を変えて)
いってきます。(言い方を変えて)
いってきます。(言い方を変えて)
いってきます。
なんて……言ったらいいのかしら。
脚本があればいいのに……ト書きのたくさん書いてある脚本があればいいの……私の 一日がみんな書いてある脚本があればいいのに……全部台詞だったらいいのに……
私の手……
手が動く……どうして?
山中体の前で手を動かす。
私の声……
私の嫌いな私の声……


  山中、「外郎売り」を始める。

小野・清水 山中さん。


  二人、呼びつづけ、次第に声を落とす。

山中 台詞でないと……話ができない!


  照明C.I 音楽C.I

山中 さあ、行くわよ!セシリア!


  音楽、セシリア。三人、セシリア(ダンス)を始める。

山中 はい!10センチ!
二人 はい!(腰を落とす)
山中 はい!行くよ!
小野 先輩!そっちはまずいよ、先輩、先輩……


  山中、踊りながら歩いていく。
  二人も踊りながら後を付いていく。
  職員室に入る三人。先生が大勢こちらを見ている。

小野 先輩!どこに入るんですか!
山中 職員室!
小野 えー!


  無理に虚勢を張る山中、びくびくする小野。訳分からず付いていく清水。
  職員室を通り抜け、元のところに戻る。

小野 何で職員室に行くんですか!
山中 しょうがないでしょ!度胸つける練習なんだから!演劇部の伝統よ。
小野 どうして今日に限ってあんなにたくさん先生がいたんだろう。
山中 つべこべ言ってないで次やるわよ。
小野 先輩はいいですよ。もう大学あきらめてるんだから。私は違うんだって何回言ったら分かってくれるんですか。私は指定校推薦ねらってるんですからね。変な印象もたれたくないんですよ。
山中 指定校は無理よ。
小野 どうしてですか!
山中 演劇部だからよ。


  愕然とする小野。

清水 いいじゃないですか。なんとかなりますよ、大学くらい。
小野 君は気楽に言うけどね。
清水 でも……
小野 なに?
清水 指定校ってどうすればもらえるんですか?
小野 停学あるとダメね。
清水 職員室で踊ると停学でしょうか。
小野 さあ?


  ストレッチをしながら

小野 こんなことやってたら部員も来ないし新入部員も入りませんよ。
山中 今日はみんなどうしたの。
小野 今日も、でしょう。鈴木さんがかぜ。
山中 うん。
小野 佐藤さんは補講。進藤さんが法事です。
山中 また法事!一年に何回法事あるのあの家は!
小野 親戚が多いそうです。
山中 次の大会に何をやるかというより、次の大会に出られるか、が問題だ。
小野 どうしてこんなことになっちゃったんでしょうね。
山中 落ちたっつって泣いてた頃が懐かしいね。
小野 賞とかはともかく出ないと。
山中 わたしね。
小野 うん。
山中 けっこう、おだてられるの好き。それからね、意外とちやほやされるの好き。ほめられるのも好き。賞賛されるのも好き。
小野 じゃあそうなるようにがんばりましょうよ。
山中 だから。いいからほめて。私を。もうなんもかんも私のとこへ持ってきて!だれか変わってよ!部長を!
小野 先輩落ち着いて。
山中 来ない人はなんなのよ!
小野 一年生もたくさん入ったし。
清水 一年生ならやめました。
山中 聞いてないよ。
清水 やめるからあとよろしくって。
小野 こんなことするからやめるんですよ!大会どうするんですか。
山中 部員なんて言うのは三人もいれば出来る。練習練習。始めよう。
小野 また二人とか三人の芝居ですか。脚本がないんですよね。
山中 創作でいいじゃない。
小野 誰が書くんですか?
山中 誰か書ける人、いない?


  清水、ノートを取り出す。二人は気付かない。

小野 つまらない創作は失敗すると思うんですよ。
山中 そうね。脚本で大こけっていうの、あるわね。


  清水、出そうと思った台本を引っ込める。

小野 いつも思うんですけど、高校生の脚本ってよく人が死ぬでしょう。無意味に。
山中 そう!やたら死んじゃうの。必然性もなく。交通事故とか、病気とか。
小野 あと必ずあるのが教室のシーン。
山中 そうねえ。
小野 でね、めがねかけた女子が駆け込んで入ってきて、「ね、ねね、聞いた?大ニュース 大ニュース!」って言うの。
清水 (うろたえて)そうですか?
山中 あるある。どういうわけか、めがねかけてるのよね。そういう騒がしい子って。あと、「ホーホッホッホ」って笑う高飛車な女とか。
清水 (手に持ったノートを見直す)そういうのも多いんですか。ははは。
山中 キャラクターはっきりさせたいからなんでしょうけどね。そんな子いるわけないじゃ ない。
清水 そうですよね。ははは。
小野 困りますよね。それから電話のシーン。上手と下手に単サス振って電話するの。
山中 あるある。こういうやつね。ちょっとやってみよう。


  単サス上手下手。電話の代わりにバナナを持った山中と小野。

山中 トルルルルル。トルルルルル。
小野 はい、市川です。
山中 あ、市川君。ゆきえです。
小野 あ、ゆきえさん。どうしたの。こんな夜中に。
山中 わたし……市川君にどうしても伝えたいことがあって……
小野 なに?


  小野、山中 バナナの皮を剥いて食べながら。

山中 うん……ごめんなさい。なんでもないの。
小野 いいんだよ。言いなよ。
山中 ううん。本当にいいの。ごめんなさい。夜中に電話なんかしちゃって。でも……市川 君の声が聞けてうれしかった。さよなら。ガチャ。
小野 ツーツーツー。どうしたんだろう?


  照明戻る。

山中 なーんちゃって。言えないんなら電話するなっつーの。
小野 男の方だって普通気がつきますよ。なあ。
清水 はは。はははは。そうですよねえ。(うつろな声)
山中 あと、やたら多いのは、異次元っていうんですか、違う世界ってのに行っちゃうの。
小野 あははははは。多いんだこれがまた。
清水 あはははは。はあ。(ためいき)
小野 キャラメルの影響でしょうかね。とにかくぽんぽん次元を超えちゃうんですよね。
山中 あれ、どういうことかしらねえ。
小野 それで収拾つかなくなるといつの間にか戻ってきちゃうの。
山中 そうそう。それでその違う世界に行くと、「時の王」とか「白き人」とか、わけのわっかんないへんてこりんな奴がいてさあ。
小野 その世界を支配しちゃったりしててね。
山中 「三つの石を取ってこい」とか命令したりするの。
小野 ドラゴンボールじゃないんだから。(清水に)ねえ。
清水 そうですよね。はは。はははは。(泣き顔)
山中 しかし、あれだね。こんなこと言ってるといつか刺されるね。本当にこういう脚本書いてる人にこんなこと聞かれたら、土下座しなきゃならないね。
小野 本当ですね。
山中 まだまだ言い足りないけど、このへんでやめよう。自分たちの脚本考えなきゃ。清水。
清水 (びっくりして)はい!
山中 なんか考えた?
清水 いいえ!考えて来なかったであります。
山中 なにへんなしゃべりかたしてんのよ。


  小野、清水の脚本に気づく。

小野 あれ?これ清水の脚本じゃないの?書いてきたの?
清水 あー!それはちがーう!
山中 大きな声ねえ。大きな声よりもきれいな声。きれいな声よりも通る声。いつも言ってるでしょう。どれどれ。(脚本を受け取る)
清水 泣きながら)それは違うんですよお。
山中 (脚本を読みながら)えーと、なになに……白血病!
小野 え!(山中に近寄って脚本を覗く)


  清水、泣く。山中、小野顔を見合わせながら脚本を読みつづける。

山中 「大ニュース大ニュース」「ほーほっほっほ」
小野 「もしもし、わたし」
山中 「時間と空間を超えて」「時間の大王」「四つの宝石」
小野 「やっと元の世界に戻れたのね」
山中 「目が覚めたら夢だった」


  山中、小野無言で顔を見合せ、清水の方を向き、土下座。

小野・山中 ごめんなさい。
清水 どうしてこういうのだめなんですか?
山中 あんたもこういうのどこで覚えてきたの?
清水 顧問の先生に。
山中 あの人になんか教わったの!
小野 嘘だよね。ね、清水、嘘だって言っときな!
清水 どうして?
山中 あの女、また始めたか。
清水 どうしてそんなに嫌がるんですか。
山中 クサイんだ。とにかく。顧問の脚本は。あの人に教わるとみんな変になっちゃうの。
清水 変ってどういうふうにですか?
先生 あんた。新入部員って、あんた?
清水 はい。先生。
先生 名前。
清水 はい?
先生 名前言うの。
清水 あ、清水です。
先生 「あしみず」さん。どんな字書くの?輿水さんとか岩清水さんとかは知ってるけど「あしみず」さんていうのはめずらしいわね。
清水 あの、清水です。
先生 「あのしみず」さんなの?「あしみず」さんじゃなくて、「あのしみず」さんなのね。
清水 いいえ、そうじゃなくて。
先生 分かってるって。冗談よ。こういう冗談も言える面白い人、私は。
清水 はい。
先生 演劇の経験あるの?
清水 いいえ。
先生 あ、そうなの。じゃやってみて。見てあげる。
清水 えーと、何を……
先生 これね、私が書いた台本
清水 はい。
先生 やってみて。けっこう面白いの。こういう面白い台本も書ける人、私は。
清水 (先生に向かって)私、坂本ひとみ。高校二年生の女の子。
先生 何やってるの。
清水 はい。
先生 ここは劇の始まりなんだから。
清水 はい。
先生 客席のほう向いて、言うのよ。
清水 は?
先生 ここ、自己紹介だから。元気良く。
清水 はい。
先生 こうよ。「私、坂本ひとみ!高校二年生の女の子!」
山中 どうして観客に向かって言う!
先生 どう?こうやって大きい声できちんとした演技もできる人、私は。演劇はね、遠くの方から見る人もいるんだから。声も演技ももっと大きく。
山中 だからって、こんなこと道の真ん中で言うやついない!
坂本 「え?ここで何をしているのかって?」
清水 おい、幻聴が聞こえるのか?だれもなにもしゃべってないぞ。
坂本 「私の大好きな隆志くんに今日こそこの手紙渡そうと思うの。」
清水 こんな説明的な台詞今まで聞いたことない。「渡る世間」より説明的。
坂本 「隆志君、私の気持ち分かってくれるかしら。」
山中 どうしてそんなに手を使う!ジェスチャーじゃないんだから。
坂本 「あ、隆志くんだ!」
山中 口に出して言うか!来たのは見れば分かる!
隆志 「やあ、だれかと思えば同じクラスの坂本くんじゃないか。」
山中 今時の高校生じゃない!「やあ、だれかと思えば」父さんのコップかお前は!だいたい普通「同じクラスの」ってわざわざ言うか?
隆志 「どうしたの?こんなところで。だれか待ってるの?」
山中 なぜ台詞を言うとき一歩前へ出る?
坂本 「あ、あの。こ、この手紙、よ、読んで、ほ、欲しいんだけど」
山中 なぜ焦ったときに最初の一文字を繰り返す?
坂本 「隆志くん、受け取ってくれた。」暗転


  暗転

山中 どうしてここで暗転がいるー!


  照明

清水 場面変わって教室。「ねえ、ひとみ、どうしたの?なんか心ここにないって感じ。」
山中 人の気持ちをあえて説明するやつ。
坂本 「ううん、な、何でもないよ。隆志くん、返事くれるかしら」暗転。


  暗転

山中 また暗転かー!


  照明

清水 場面変わって放課後。
山中 おい、もう変わったのか?さっきの場面台詞二行だぞ!しかしけっこうそういう台本ある。
坂本 「隆志くん、返事くれるかしら。」
山中 それはさっき言った!バラエティ番組のCM開けか!
隆志 「坂本くん。」
坂本 「隆志くん。」
山中 いいから早くしろー!しまった、なんかドキドキしてきた。
清水 「今朝の手紙のことだけど」
隆志 「今朝の手紙のことだけど」
坂本 「はい。」
隆志 「気持ちはうれしいんだけど」
山中 ほとんど予想通りの展開。
隆志 「ぼくには好きな人がいるんだ。」
坂本 「え!バサ。」本を落とした音。


  小野、架空の本を落とす。

山中 なぜ驚いたとき、本を落とすー!


  音楽C.I。照明C.I

山中 あんまりと言えばあまりな音楽だ!しかもこの照明は何だ!
坂本 「そ、そうだったの。」
隆志 「ごめんね。」
坂本 「いいの。でも、全然知らなかった。わたし、バカみたいね。」
隆志 「そ、そんな」
坂本 「笑っていいのよ。」
山中 はははははは。
隆志 「じゃ、ぼくはこれで。」
坂本 「こんなことになるなんて。」
山中 始まった!独り言。
坂本 「どうして、気付かなかったんだろう。」
山中 どうして、首振ってしゃべるんだろう。
坂本 「ああ、わたし、これからどうすればいいんだろう。」
山中 どうして悩むときに頭を抱える!
友達 「ひとみ、どうしたの暗い顔して」
山中 傷口に沁みる友達の無邪気な言葉。
友達 「そう言えばあなたの好きな隆志くん、あっちに歩いていったよ。チャンスだよ、告白する。」
山中 傷口を無理矢理こじ開ける友達の親切という名の暴力。
坂本 「いいの!私のことはほっといて!」
山中 かけ出すひとみ。
友達 「あ!ひとみ!車が来る!」キキー!ガシャーン!
坂本 キャー!(倒れる)


  ホリゾント・赤、シルエットに

山中 おーっとこういう展開か!
清水 ファンファンファンファン。
山中 ピーポーピーポーじゃないのか!
清水 ピーポーピーポー。
山中 まさかそこに隆志来ないだろうな。
隆志 「坂本くん!」
山中 来たよー!
坂本 「隆志くん……」
隆志 「大丈夫か!しっかりしろ!」
山中 それより救急車だろ。
坂本 「私……」
清水 先生。このあとどうなるんですか?
先生 まだ書いてないのよ。でもね。
清水 先生!
先生 これから演劇の道を歩むあなたに教えてあげるわ。演劇とは人の心を伝えること。
山中 はい!充分伝わりました!
先生 そして、テーマは愛よ!
山中 愛よ愛よ愛よ……
清水 はい!
先生 いい……役者に……なるのよ……


  倒れる

清水 先生!先生!どうしたんですか?先生!
先生 私はもうダメ。不治の病に侵されているの。
清水 月影先生!
先生 マヤ……
山中 ガラスの仮面もいい加減に終われー!


  二人、立ち上がって

小野 いやあ、こういうのもいいですね。
山中 おい!本気か?
清水 えー!いけないんですかあ?
小野 先輩。素直になろうよ。いいじゃん、ドラマチックで。
山中 どこがいいのよ!ああいうクサイのイヤなの!賞取れないの。
清水 何ですか、賞って。
小野 大会よ。
清水 大会で賞もらえるんですか?
山中 コンテストだから。
清水 え?演劇なのにコンテストなんですか?
山中 演劇のコンテストはまずいの?
清水 誰が決めるんですか?
小野 審査員。
清水 だって好き嫌いとかあるじゃないですか。
山中 その通り!
清水 変ですよ。
小野 だってあるんだから。
山中 どうすればいい?
清水 はい?
山中 どうすれば賞がとれるの?
小野 だから賞とかはいいじゃないですか!
山中 言ったでしょう。ほめられたいの!
清水 いい子いい子。
山中 そうじゃなくて。賞が取りたいの!賞のためにやってるの!
清水 動機が不純だなあ。
山中
じゃ訊くけどね。今まで不純でない動機ってあった?動機は不純なの。動機だから。それはともかく芝居の出来だよ問題は。去年の大会、声聞こえなかったって言われたからね!
二人 はい!
山中 峡北高校といえば!声が小さい。
二人 はい!
山中 あとねえ、間が長い、ドラマがない、学園祭でできるの?いろいろ言われて参りました。まあねえ、静かでありゃいいってもんじゃないとは分かってるけどねえ。山中!声キコエナイヨ!元気出セ元気!腹カラ声出セ!
小野 間取りすぎ・台詞忘れたかと思った・昔はおもしろかった。
山中 「昔は」って言わないで。ファンも多いのよ。
小野 物好きな。
山中 おかげさまで。
清水 あの、発声は?
山中 あ、やってて。
清水 はい。あー。
小野 どうするんですか?次の大会。
山中 とにかく面白くしないとだめなの。
小野 最近笑いがないですもんね。
山中 なんでもいいから面白くしよう。
清水 (遠くから)こういうのどうですか?
山中 なに?
清水 のどが渇いた。ポカリぽかわり。
山中 (無視して)なんかない?面白いこと。
小野 そうですねえ。
清水 じゃ、こういうのは?


  清水、地獄の100連発。

清水 アルミ缶の上にあるみかん。
山中 今日は暑いわねえ。
清水 カレンダーを見ながらカレーを食べた。これがまたかれえんだ。
小野 そうですね。
清水 チアガールが立ち上がる。
山中 リング2見た?
清水 この紅茶おいてぃー。
小野 さだ子生きてたんですか?
清水 教科書、今日かそう。
山中 生きてるわけないでしょう。
清水 あっ、アンテナがある。なあんてな。
小野 怖いの、苦手なんですよ。
清水 動物シリーズ!
山中 日本シリーズはどこが勝つと思う?
小野 まだペナントも始まってません。
清水 カバをかばった。クマがくまった。ウマが埋まった。ネコが寝ころんだ。イルカがいるか?ハチとはち合わせ。イヌの心臓がドックドック。あのトナカイ大人かい?ジュゴンが爆発した!ジュゴーン!
山中 今年の紅白さあ。
小野 まだ三月です。
山中 練習しようか?
小野 はい。


  ウォーミングアップ(ステップ)を始める。
  ステップを踏みながら続ける清水。

清水 食べ物シリーズ!
山中 パンヤオいつゴールするかな?
小野 もうゴールしました。
清水 梅がうめえ。チョコをちょこっと食べる。ニラがにらんだ。カレーはかれえ。ネギを値切った。ミカンがみっかんない。シュウマイでおしゅうまい。ブドウひとつぶう?桃はピーチピチ。
山中 分かりました。もう勘弁して下さい。
小野 あんた、いつもそんなこと考えてるの。
清水 一日百個。自分へのノルマです。
山中 面白いってそういうことじゃなくてさあ。
小野 もっと観客の目を引くような。
山中 ダンスを入れよう!


  踊り出す山中。

小野 またダンスですか?
清水 私出来ないですよ。
山中 いいじゃん。もうそれくらいしか楽しみないんだから。
小野 ラジオ体操くらいしか出来ないんですけど。
清水 あ。いい。ラジオ体操。私ラジオ体操好きなんです。小学校の時夏休み、6年間皆勤で通ってました。中学校の時も通ってたんです。
山中 ラジオ体操ねえ?こんなんだっけ?
小野 先輩、なんか先輩のラジオ体操変。
山中 やっぱラジオ体操じゃだめだよ。ダンスしようよ。
清水 ダンスがすんだ?(済んだ?)
小野 でも劇の最中にいきなりダンスが入るのも変ですよ。
清水 ダンスすんだ?(するんだ?)
小野 あんたは黙っててよ!
山中 どうしてもダンス入れるんならダンスの練習中ってのはどうかな?
小野 どういうことですか?
山中 演劇部が次の劇にダンス入れようかって、練習してる。
小野 演劇部の話ですか?
山中 次の芝居どうしようかって、ダンス入れようか?どうしようか?そういう劇。
小野 あ、それでもいいですね。
山中 脚本を作る過程をドラマにするってこと。
小野 それ、昔やったのと同じですね。三年前の「クレタ島の謎」。
山中 うん。次の芝居どうしよっかあ。こういうのは?うーん、こういうのは?
小野 それいいですよ。(清水に)どう思う。
清水 ……
山中 黙っててって言われたから、黙ってんの?
清水 (うなずく)
山中 誰も気付かなかったらどうすんのよ!
小野 ……しゃべってよし。
清水 迷子になった。オーマイゴッ。
山中 部員不足でなかったら……やめさせてるのに。
清水 いいですね。それでがんばって、お芝居が成功するんですか。
山中 うーん。
清水 脚本考えてるうちに喧嘩になっちゃうけど、仲直りする、とか。
山中 それがクサイ。
小野 じゃあ、どうするんですか?次の芝居。
山中 エチュードで作っていきましょう。
小野 いいっすねえ。演劇らしくなってきた。
清水 エチュードってなんですか?
山中 そうやって質問に答えてると説明的な台詞になる。やれば分かる。


  小野、三枚の紙を出す。

山中 何でもいいから、この紙に台詞を書いて。
清水 なんて?
山中 何でもいい。
小野 何でもいいから好きな台詞を書いて。
清水 何でもいいんですね。


  三人、それぞれ紙に向かって書き始める。

小野 ピー。時間です。
山中 一人一人読んで下さい。
小野 「まあ、なんてきれいな景色。生まれ変わったような気分。」
山中 「一体どうしてこんなことになってしまったんだろう。」
清水 「あの、渋谷に行くにはどうすればいいんですか?東京初めてなもんで。」
小野 わー、やりにくいなあ。
山中 この二人のだけなら何とかなるけど、清水のがなあ。
清水 なんか、まずかったですか?
小野 イヤ、何書いてもいいからさあ、いいんだけど。
山中 難しいなあ。
清水 何するんですか?
山中 この三つの台詞を使って劇作るの。
清水 だって脈絡ないじゃないですか。
山中 芝居に脈絡は必要ない。
清水 ストーリーないですよ
山中 芝居にストーリーは必要ない。
清水 本当ですか?
山中 少なくともここまではない。
清水 確かに。
山中 いい?私がしゃべる。それがストーリー。
清水 テーマは?
山中 私がここにいる。それがテーマ。
清水 本当にこれでドラマができるんですか?
小野 先輩。今日のはちょっと。
清水 じゃ、やってみせてください。
山中 私?
清水 自信ないんですか?
山中 やればできる。
小野 いいですか?よーいハイ!
山中 (悩み)「一体どうしてこんなことになってしまったんだろう。」
(ハッと気がついて)「まあ、なんてきれいな景色。生まれ変わったような気分。」
(辺りを見回しおどおどしながら訛って)「あんのお、渋谷に行くにはどうすればいいんですか?東京初めてなもんで。」
清水 ドラマだ。
山中 ダメ!やっぱり「東京初めてだもんで」がネック。
清水 何でもできるって言ったじゃないですか。
小野 こんなことしてるからうちにはストーリーがないのかなあ。
山中 他の台詞でやろ、他ので。
小野 せめてテーマ決めたらどうですか?
山中 テーマねえ。……テーマは演劇!どうだ!
小野 あ。いいかも。次の芝居に使える。
山中 脚本に使えるかもしれない。よーし、紙だ!
小野 はい。


  紙を配る。

山中 テーマは演劇。そうそう、だいたい毎日演劇漬けなんだから、一番身近なテーマだよ。演劇演劇っと。いい、なんかどうか演劇に関することね。
小野 演劇がテーマ。改めて言われると難しいですね。
清水 何でもいいですよね。演劇に関係あったら。
山中 うん。


  しばらく考え込む三人。

山中 よーし、いいかな?
小野 はい。
清水 今度のはちょっといいですよ。
山中 せーの!ハイ!


  山中、紙を集める。

山中 発表します。
「ねえ、次のお芝居どうしようかあ。」次、小野?
小野 「エチュードで作ってみよう!」
山中 奇跡だ!でも、ちょっとくっつき過ぎかな?清水行くよ。
清水 「クレタ人は嘘つきだとクレタ人は言った。果たしてクレタ人は嘘つきでしょうか」?
山中 何これ?
小野 どこが演劇なの?だいたい意味が分からない。
清水 こんなに演劇っぽい台詞無いですよ。
山中 できるの?
清水 はい。先輩なら!
山中 私やるの?
清水 先輩が言ったらどうなるかって考えたんです。
山中 「ねえ、次のお芝居どうしようかあ。」
「エチュードで作ってみよう!」
「クレタ人は嘘つきだとクレタ人は言った。果たしてクレタ人は嘘つきでしょうか?」
清水 ドラマですよ!
山中 分からない。
清水 やってみましょう。手伝います。
山中 できるかな?
清水 大丈夫です!
小野 どうしたの?清水。なんか変。
清水 次の芝居、「今度の芝居どうしよっか。」ってお芝居ですよね、さっき言ってた。
山中 うん。
清水 じゃ、やっぱり、演劇とは何かっていうテーマになると思うんです。
小野 清水。「ナイスな椅子」って言ってた清水だよな。
清水 そんなこと言ってません。私ならこう言います。「その椅子いいっすねえ。」
小野 急にどうしたの。難しいこと言い出して。
清水 やってみましょう。先輩。
山中 ……ちょっと、時間くれる?
清水 用意、しておきます。音楽!


  音楽
照明変わる。
清水、椅子をセットする。

清水 いいっすよ。
山中 座って……いいっすか?
清水 いいっす。
小野 私も……いいっすか?
清水 いいっす!
山中 よし、いこう。
清水 先輩、合図してください。
小野 エチュード行きます。よーい、ハイ!
三人 ……


  照明、変わる。
  音楽、F.O

山中 テーマは演劇か。演劇の中で演劇を考える演劇。
小野 「演劇に関する演劇」ってことですね。
山中 そう。
小野 ちょっと待ってください。
山中 なに?
小野 今、こうやって「演劇に関する演劇」について考えてるんだから、それが演劇になれば「演劇に関する演劇に関する演劇」ってことになるな。
清水 いや、もっとひねって「演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇」って言うのはどうですか。
小野 へーんだ。私だって「演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する……」っていうのを考えてたんだからな。
清水 私だって「演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する……


  際限もなく続く。熱中する二人。

山中 小学生みたいなことやめようよ。どうしてあんたたちは……・わたしのまわりバカばっかり。(泣く)
小野 始まっちゃったよ。どうしよう。
小野 一度こうなるとしばらくだめなんだよね。
清水 まかせて下さい。(山中の耳元で)タクシーに乗ったワタクシ。
山中 悩んだ私がバカだった。さあ、続けよう。
小野 元に戻った。
清水 でも、演劇って難しいんですね。
山中 とりあえず、エチュードでつくっていきましょう。
清水 エチュードって何ですか?
山中 そうやって質問に答えると説明的な台詞になる。
清水 何言ってるんですか?
山中 やれば分かる。即興でいくよ。わたしが部長役。小野は二年生で副部長。清水は一年生。
小野 つまり現実と同じですね。
山中 そう。えーと、みんな次の大会のための芝居はどんなものがいいか、考えてるところ。次々にいろんな案が出てきて、みんなそれぞれちょっとやってみようかってことになる。そのうちにみんなの演劇に対する思いてっいうか、考え方がはっきりしてくるっていう風にしたいのよ。
小野 なるほど。


  下手寄りに小野、2。中央に山中 。椅子を持ち出して座る。

山中 じゃ、いくよ。自由に演じて。
小野 エチュード行きます。よーい、はい。
全員 ………………
山中 えーと……次の芝居どうしようか?どう、みんな。いいアイデアないの?
小野 そうですねえ……
清水 あ?あのー……
山中 なに?なにか思いついた?
清水 もう、お芝居に入ったんですか?
山中 そうよ。あのね、「お芝居に入ったんですか?」ってのも台詞になっちゃってるからね。
清水 えっ、本当ですか?
小野 その「えっ、本当ですか?」もね。
清水 じゃ、その「その「えっ、本当ですか?」もね。」っていうのも台詞なんですよね。
小野 そう、その「その「その「えっ、本当ですか?」もね。」っていうのも台詞なんですよね。」っていうのも……
山中 よそう!きりがない。じゃ、もう一回初めから。
小野 エチュード行きます。よーい、はい!
全員 ……
山中 えーと……どう、みんな。いいアイデアないの?
小野 そうですねえ……
清水 うーん……
山中 あ。
小野 何?松本さん。なにか思いついた?
山中 こういう情景どこかで見たっていうか……ああ、前と同じだなって気がふっと……
清水 ああ、そういうことありますよね。来たことないはずのところで、ああ、ここはいつか来たことがあるなあって。
小野 それはデ・ジャ・ヴってやつです。
清水 なんですか?それ。
小野 既視現象とも言うんですけど。心理学の用語です。よくあることらしいですよ。
清水 山中さん、前にもこういうエチュードしたことあるんじゃないですか?
山中 そうだったっけ……ないはずだけど……
小野 それがデ・ジャ・ヴの場合、経験したことなくても経験したような感覚だけあるんだよなあ。
清水 ふうん。ふしぎですね。でも……
小野 何?
清水 経験したことがなくても経験したような感覚だけある、だなんて演劇とちょっと似てますね。
小野 そうだなあ。演技って感覚の再現だなんていうもんなあ。
清水 自分は経験したことがなくても、いつの間にかほんとうにやったことあるような気になっちゃうんですよねえ。
小野、清水 ……
小野 なーんて。どう、「ちょっと物知り、なにげなく知識をひけらかしても厭味にならない読書好きの少女」っていう演技。
清水 ね、私は?「真面目に演劇を語る、演技派を目指す有望な新入部員」なかなかよかったでしょ。
小野 山中さんは?急に口数少なくなって、「物思いにふける無口な演劇少女」ってか?
清水 先輩。今、私、演技?
小野 さあ?
清水 山中さんは?
山中 ……
小野 あ。入った。
清水 何ですか?
小野 入っちゃうのよ。時々。
清水 どこへ?
小野 どこっていうか、中へ。
清水 どこの中……あ、中か。すごいですねえ。
小野 「先輩。先輩、そろそろ帰ってきてください。」先輩思いのやさしい後輩。の演技。
清水 「ここまで演劇に打ち込めるなんて」先輩を尊敬する新入部員。
小野 「何を白々しい」内心で思う演技。
清水 「ちょっと眉毛描きすぎじゃないの」内心の不満が目の光に出る演技。
小野 「おおボケかましてりゃいいと思ってんの」と眉をあげることで怒りを表現。
清水 「いつか靴隠してやる」暗い過去が少し影を落とす。
小野 「今夜無言電話してやる」実はもう三回ほどしている。
清水 やめよう。先輩。
小野 ん?何の演技?
清水 素(す)だと思います。
小野 あんたねえ、まだ分かんないの!素(す)なんてモノはないの!ちょっと山中さん、泣いてるよ。
清水 え!先輩が泣く?
小野 涙が……


  照明変わる。

小野 エチュード行きます。よーい、ハイ。
山中 (思い切ったように)わたしは、小さいころから、お話を聞いたり、絵本を読むのが、好きでした。いつまでも飽きずに、頭のなかでお話をつくったり、友達と遊ぶより、そうしているほうが好きでした。そのうちに……
先輩 続けて。
山中 はい。そのうちに学校に行っても、本当はこういう先生だったらいいのにな、こういう友達だったら、こういうわたしだったら……現実に生きているこの自分より、空想な気になってきました。今のこれは嘘のことで、本当のことは別にあるんだって。……先輩、もうできません。
先輩 ……
山中 いいえ、続けます。……先輩。クレタ島のパラドクスって知ってますか?
先輩 いいや、知らない。パラドクスっていうのは逆説のことだろ?
山中 こういうのです。クレタ人は嘘つきだと、クレタ人は言った。
先輩 クレタジン……クレタ島っていう島の人か。
山中 クレタ人は嘘つきですか?
先輩 そりゃあ、嘘つきでしょう。自分でそう言ってるんだから。正直に。あれ?
山中 ね。
先輩 そうか、矛盾してるな。だからパラドクスなのか。あ、いつか国語の先生が言ってたのと似てるな。黒板に「ここに書いてあることみんな嘘」って書いたらそれは本当か、嘘かって。
山中 わたしはその、クレタ島に住んでるみたいです。
先輩 なんか、どこかの南の無人島みたいでいいなあ。
山中 そう、無人島なんです。……わたし、家族とか、友達とか、回りの人とうまくいかなくって。
先輩 どういうふうに?
山中 なんにも考えずに気軽に話せばいいんでしょうけど……話しかけられてもうまく言葉が返せないんです。いつまでも返事がないから、そのうち気まずくなってしまって。自然に言葉が出てこないんです。
先輩 なぜかな?
山中 そういう時、いつも、頭のなかで言葉を考えて、でも違う、これは本当のことじゃない、これはわたしが言いたかったことじゃない、これはわたしの本当のきもちじゃない、これは嘘だ、これは……なにを言おうとしても、言えなくなってしまうんです。何を言っても嘘にしかならないんです。
先輩 そうか、それで、自分のしゃべってることが嘘か本当かわからなくなっちゃったんだな。
山中 わたし……本当がないんです。わたしには本当がないんです。
先輩 でも、本当がなければ嘘もないんじゃない?
山中 きっと、そうだと思います。わたしにはなんにもないんです。でも……この間テレビで劇場中継を観たんです。お芝居って不思議ですね。人が書いた台詞をしゃべってるのに、ああこれ本当のことだ、本当にこの人の心の底から出てきた言葉だって思いました。わたしもこんなふうに話すことができたらって思いました。わたし、お芝居をやってみたい。本当の言葉をみつけてみたい。
先輩 はい、やめ!(手を打つ)エチュード終わり。
山中 あ……みんな台詞だったんですね。これ。
先輩 うん。でも、今しゃべったのも本当の気持ちじゃないって気がした?
山中 いいえ。
先輩 今のが君の本当の言葉だ。
山中 はい!
先輩 ごめんな。厳しいこと言って。
山中 いいえ。楽しかったです。……わたし、初めて話す人とこんなに意識せずに話せたことありませんでした。先輩の、こう、手を打った音を聞いて、最初は緊張したけど、そのうちにすうーと言葉に入っていけたような気がします。
先輩 これから今までの反動ですごくおしゃべりになったりしてさ。
山中 ありがとうございます。こんなつまらない話ながながと聞いてもらって。
先輩 いいんだよ。面白いエチュードだった。いや、面白いなんて言ったら悪いけど。
山中 いいえ。
先輩 演劇を続けてみる?
山中 はい。
先輩 よかった。
山中 先輩。
先輩 なに?
山中 ありがとう。


  音楽C.I
  緞帳降りる。
半分まで降りて。

清水 まだです!緞帳上げて!


  緞帳上がる。

清水 先輩。入りすぎ!緞帳まで下げちゃって!
小野 どうしたの?!
清水 先輩が先輩の緞帳下げちゃった!
小野 今のなに?
清水 分かりません。たぶん先輩の理想の過去。
小野 先輩!先輩!まったくクサいの嫌だとかいっときながら、自分はすぐはいっちゃうんだから。
清水 こういうことよくあるんですか?
小野 山梨では少ないけど、東京じゃ平均して毎年三人くらいは戻って来ないって。
清水 へえ。東京はレベル高いんですねえ。
小野 先輩。
清水 なに?
小野 ありがとう。だー!これで終わらせてたまるか!
清水 いいじゃないですか。本人が気持ちよくやってるんですから。
小野 許さん!待ってて!


  小野、車椅子を持ってくる。
二人で山中を車椅子に乗せ、おばあちゃんの格好をさせる

小野 エチュード行きます。よーい、ハイ。


  小野、はける。
  音楽。照明夕焼け。

おばあちゃん!
おばあちゃん あら、いつの間にか眠っちゃったのかねえ。
まったくしょうがないなあ。
おばあちゃん 今日はいい天気だねえ。風もなくて。こんな日を小春日和と言うんだねえ。
え?今は秋だよ。
おばあちゃん 小春日和は秋に来るんだよ。
ふーん。
おばあちゃん あの、一つ残った柿の実も明日には落ちているかもねえ。


  間。

ねえ。おばあちゃん。
おばあちゃん 何だい、明奈。
おばあちゃんは昔、演劇やってたって本当?
おばあちゃん そうだよ。
私も演劇部入ったんだ。でも、お芝居って難しいね。先輩たち優しいけど、私にはできそうもないからやめようかと思ってるんだ。
おばあちゃん そうかあ、難しいかあ。良枝はいくつになった?
明奈じゃないの?
おばあちゃん なんでもいいのよ。
そういうもんかなあ。
おばあちゃん で、弘美はいくつになった?
また変わった。十六歳。
おばあちゃん そうかあ、智子も大きくなったもんだねえ。ねえ、美幸。
おばあちゃん。やっぱり一つに決めようよ。
おばあちゃん そうかい。じゃあフランソワーズにしようかねえ。
おばあちゃん、それはあまりにもベタだよ。明奈でいいよ。
おばあちゃん 何の話だったかねえ。
演劇の話だよ!
おばあちゃん 演劇がどうしたんだい?
だからー、難しくってさあ、やめようかと思ってるんだ。
おばあちゃん 意地悪な先輩でもいるのかい?
違うよ。先輩は優しいんだ。
おばあちゃん もう、飽きたのかい。
違うよ。
おばあちゃん じゃあ、どうしてかねえ。おまえ、いくつになった?えーと、理香だったっけ?
私は明奈!十六歳!
おばあちゃん 十六といえばジャンヌ=ダルクなら槍もって馬で走り回ってたころだねえ。
おばあちゃん、ボケが中途半端だよ。
おばあちゃん あたしも年を取ったねえ。
おばあちゃん、進行しようよ。
おばあちゃん 何の話だったかねえ。
私は明奈で、年は十六で、十六といえばジャンヌ・ダルクなら槍持って馬で走り回ってて、演劇部に入ったんだけど、やめようか悩んでるんだよ!
おばあちゃん おまえは誰に似たのか、せっかちでいけないねえ。
おばあちゃん、ここはいいシーンにしたいんだ。
おばあちゃん そうなるといいねえ。
他人事みたいに言わないでよ!
おばあちゃん あたしはどうしてここにいるんだい?
どうしてって訊かれてもなあ。
おばあちゃん みんなあきれてるんじゃないかい?市村先生はなんて言うかねえ。
おばあちゃん、時間もないし進行しようよ。
おばあちゃん 今日は時間オーバーを心配しないでいいからねえ。
そんなことないよ。またクレームつくよ!
おばあちゃん おばあちゃんが高校のころの話だよ。
おばあちゃん、急に本題に入らないでよ。
おばあちゃん おばあちゃんは芝居の世界にいたんだ。
おばあちゃんはプロの女優だったの?
おばあちゃん いんや、ただ、演劇部だっただけだよ。
だって、芝居の世界にいたって。
おばあちゃん だから、芝居の世界にいたんだよ。それから六十年。あるいは三年。いまだにその世界にいるんだ。どうにかして出たいもんだけど、どうやって出たらいいか分からない。
それじゃ、芝居の世界って……
おばあちゃん 迷宮とも言うねえ。
迷宮ってどんなところ?
おばあちゃん ラビリンスってやつだねえ。
ラビリンス……でリンスした。
おばあちゃん 熱でもあるのかい?キレがないねえ。
おばあちゃん、私も…
おばあちゃん おまえももう入っちまったみたいだねえ。
嘘だ。
おばあちゃん 嘘が本当。本当が嘘。
ハイ!OK!


  おばあちゃん、立ち上がる。小野、車椅子を下げる。

山中 もう、下げてもいいかな?
清水 もう、いいと思いますけど。
山中 小野!下げよう!
清水 下げたら、私たち、どうなるんですか?
山中 こっち側下がるとね、今度、向こう側が開くの。
小野 何が開くんですか?
山中 緞帳。さあ始めようか。よーい、ハイ!


  三人、客席に背を向け、外郎売りを始める。
  幕。



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