トラウマの日


キャスト

長女おーちゃん
次女ちーちゃん
三女まーちゃん



  段ボールの箱を重ねた柱が数本。きれいに積んでいないので誰かがさわれば崩れそうだ。
  中央に段ボールの箱が数個。
  その中の一つがゴトゴトと動き出す。初めは小さく。次第に大きく。
  倒れそうになるほど大きく動いたあと、また動きが小さくなり、やがて静かになる。
  しばらくして箱から三女が首を出す。

三女 こんなことする子じゃなかったんです!素直でいい子なんです!


  三女、首を引っ込め、ふたを閉める。
  しばらくしてまたゴトゴトと動き出す箱。すぐに治まる。
  三女、箱から出てくる。

三女   電話を知らない人に電話の使い方を教えるのは難しい。
  なんで電話を知らないのよ!と怒っても仕方がない。
  自分が電話を知ってるからと言って他人が知ってるとは思わない方がいい。
  …わたしはわたしの物語を作る。


  三女、箱に入っている荷物を放り出す。
  次々と荷物を放り出し、箱の中身をぶちまける。
  荷物の真ん中に座り込む。

三女 誰だ!こんなことをしたのは?


  荷物の中に倒れ込む。

三女 明日までにできるわけないじゃん!


  照明
  三人姉妹の末っ子の部屋。
  ベッドが一つ。
  三女が段ボールに荷物を入れている。
  雑誌を読み始めたり、写真を見たり、なかなか片づかない。

三女 (雑誌を読んで)なにこれ?なに?なに?わー!バカじゃない?バカよバカバカ!バカ?やめろもう。××××!
(写真を見て)おーちゃんだ!バカみたい!なにこのかっこ!(笑う)こっちは、と。出ました!出た!ちーちゃんです!ちーちゃん!やっぱりバカです。
次女 (出てきて)誰がバカよ。
三女 ちーちゃん!あ。
次女 何があ。よ!もう!いつまでたっても片づかないじゃない。もう何時間やってるのよ。
三女 あのさー。
次女 何よ。
三女 あーのーさー。
次女 なーにーよー。
三女 あのさ!
次女 付き合ってらんないよもう。
三女 わたし。どうしても行かなきゃいけないかな。
次女 今更何言ってんのよ。
三女 行きたくない。
次女 はいはい。
三女 行きたくない!(駄々をこねる)
次女 いい加減にしなさいよ。
三女 やだ!あんなとこ!
次女 もう!おーちゃん!ねえ、おーちゃん。
三女 おーちゃん呼んでも嫌なものは嫌!
長女 (出てきて)何騒いでるのよ。
次女 何とかしてよ。
長女 何よ。
次女 行きたくないって。
長女 今更何言ってんのよ。
三女 おんなじ反応だ。
次女 あんたねえ。
長女 いいから早く片づけちゃいなさいよ。
三女 ハーイ。
次女 どっちなのよ。
三女 何?
次女 行きたくないんじゃなかったの?
三女 ねえねえねえ。なんかさあ。なんかしようよ。
次女 あのねえ。おーちゃんもわたしも明日、忙しいのよ。
三女 いいじゃん。最後の夜じゃん。
長女 まー!
三女 はい!
長女 最後なんて言わないでよ!
三女 だって。
長女 だって、何よ。
三女 ちーちゃん、忙しいっていうけどさ。わたしはもうずっと病院でさ。
次女 そんなつもりじゃないわよ。
長女 まあいいわよ。遊ぼう。ちょっとだけ。
次女 おーちゃん、まーに甘いよ。
長女 今日は、あれだし。
次女 あれ?
長女 最後だから?
次女 まあちゃん!
長女 そういうわけじゃないけど。
三女 冗談よ。
長女 いいよ、遊ぼう!何する?
三女 うーん、ちーちゃん決めて。
次女 そのくらい自分で決めなよ。
三女 何しよっかなあ。
次女 決まらないんならやめるよ。
三女 あ、あれしようあれ。(はじめから決めていたように)
長女 あれ?
三女 おーちゃん、好きじゃない。今でもやってる。
次女 何?
三女 昔よくやったじゃん。
長女 何だっけ?
三女 劇。家族劇。
次女 ああ。
長女 ああ。
三女 やったねえ。
次女 よく覚えてるね。
三女 覚えてるよお。楽しかったあ。
次女 お父さんが台本書いてね。
三女 そうだよねえ、あれ、やっぱりお父さんが書いてたんだよねえ。
次女 何言ってんの?あたりまえじゃん。
三女 だって……
長女 あんた、ちっちゃかったからね。
次女 あ、そうか。
三女 あのさ、あの衣裳さ、すごかったよね。あれさ、あれ…
長女 お母さんが作ってたの。
三女 だって、三人分あったし、きれいだったし。すごーい!お母さん、すごいね!すごかったんだね、お母さんって。
次女 クリスマスの時だよね。お芝居。
長女 そう。お父さん、張り切ってさあ。
次女 すごい準備して。
三女 うん。なんか、すごい楽しかったよね。
長女 何覚えてる?
三女 うーん。
次女 トントン、トントン。
三女 お入り。
次女 パンと葡萄酒を持ってきたわ。病気はどう?
三女 おお、よく来たよく来た。
次女 おばあさん、おばあさんの耳はどうして大きいの?
三女 それはおまえの話がよく聞こえるためだよ。
次女 おばあさんの口はどうしてそんなに大きいの?
三女 それはおまえを食べるためだあ!


  三女、次女に飛びついて頭をかじる。

次女 痛い痛い。痛いってば!
長女 そんなことまで再現しなくていいよ!
三女 あたし、よくかんでたよね。
三女 口が回らないから、台詞はかむわ、人をかむわ。ちーちゃん泣いちゃって劇めちくちゃになっちゃってさあ。ん。ちょっと待って。


  長女、出ていく。

三女 何?
次女 なんかさあ、おとうさんだんだん、凝りだしてきてさあ。
三女 変なのもやったよね。なんか覚えてる。
次女 なーんかお父さんの趣味に走ってさあ。
三女 父さん芝居なんかやってたの?昔。
次女 ワセダの劇研にいたって。
三女 劇研って何?
次女 演劇研究会だって。
三女 お父さん理工学部でしょ?よく自慢してるじゃない。理工と政経は難しいって。
次女 おーちゃんの前で言わない方がいいよ。一文、二文、教育と落ちまくったから。お父さんもさあ、演劇やったおかげで三年留年したけどね。
三女 なーんだ。


  長女入ってくる。

長女 何の話?
次女 いや、おかまいなく。
長女 なにそれ?
三女 何持ってきたの?
三女 まずねえ、これ。
次女 なに?名刺?
三女 お父さんのじゃない。
長女 そうよ。
次女 うそ!
三女 なに?
次女 これ!
三女 劇作家協会…会員…うそ!
次女 お父さん、すごいじゃない!
長女 これさあ、すごくないの。
次女 だって劇作家じゃないと入れないんでしょ?
長女 入会資格は劇作家であること。
三女 お父さん、劇作家なの?
次女 だって劇作家協会入ってるんだから。自己申告で自分が劇作家である、って思ったら誰でも入れるの。
三女 えー、どんな脚本書いてるの?
長女 だから、家族劇よ。
三女 あの家族劇?
長女 お父さん調子に乗ってさあ、劇作家協会に入会申し込んだのよ。そしたら許可されて。
次女 何考えてんだ劇作家協会!
長女 お父さん、喜んじゃって名刺に刷ってんの。これこれ。
三女 (株)スチャンガ代表取締役。代表取締役って何?
次女 社長。
三女 あの町工場が(株)スチャンガ。株式会社だったの?
長女 私たち社長令嬢なのよね。
次女 おーちゃん、ボキャブラリイが古いよ。社長令嬢なんて言う人今時いないよ。
三女 工学博士。お父さんは博士なの!
次女 見えないでしょ。
三女 絶対見えない。博士って誰でもなれるの?
長女 勉強できたらしいよ。
次女 私たちだれも引き継いでないよ。
三女 劇作家協会会員。どうして社長より博士より劇作家の活字の方が大きいの?
長女 よっぽどうれしかったんじゃない?
三女 でもさあ、家族劇なくなったのさあ。
次女 おーちゃんのせいだよ。
三女 やっぱり。
次女 おーちゃんがどうしてもクリスマスイブに友達のうちのパーティーに行くってさあ。
三女 なんか、思い出してきた。
次女 おーちゃん、中一よ。耕一君が行くからって言ってさあ。
三女 おーちゃん、好きだったんだ。
次女 どうしようもないよ、この女。
長女 行きたかったんだよ。そのときは。どうしても。
三女 次の年はもうなかったもんね。
次女 次の年の夏よ。お母さん。
三女 ああ。
次女 日本にいなきゃ続いてたかな。クリスマスみんなうちでやってたし。
長女 いいじゃん。行きたかったんだから。
次女 おとうさん、おーちゃんがどうしても行くって言ったら、寂しそうだったよ。
長女 なんか反発したい時期だったのよ。
次女 お父さんの脚本だんだんマニアックになってきてさあ。
長女 なんか、お父さんの脚本のまま、子供たちはいろいろさせられてさあ、外出て遊びたい盛りだから、やんなっちゃったんだよ。
次女 そう言えば何かわけ分からずやってたもんねえ。
三女 でも、楽しかったことしか覚えてない。
次女 あんた、練習も本番もよく泣いたんだよ。
三女 ほんと?
次女 うん。
長女 一番おかしかったのが「シンデレラ」かなあ。
三女 わたしシンデレラだったでしょ。主役できてうれしかったことしか覚えてないよ。
長女 それがめちゃくちゃ。
三女 それ、覚えてるよ。お父さんがこーんな大きなカボチャ探してきてさあ、馬車だって。
長女 それ、くり抜いてさあ、まだぬちゃぬちゃしてるとこに、びーびー泣いてるまーちゃん上から無理矢理押し込めてさあ、馬車だから我慢しろって。
次女 おまえシンデレラだろうって。
長女 その後のまーちゃんのくさいことくさいこと。
次女 それさ、私たちも泣いたよね。
長女 シンデレラはみんな泣いた。お母さんが意地悪な継母役でさあ、王子様が持ってきたガラスの靴を履くために足を切るって。
次女 グリムの本物はこう書いてあるって。
長女 よせばいいのに斧作って。こーんなの。
次女 おーちゃん、泣いたねえ。お母さんが斧振りかぶったとき。
長女 嘘だって分かってるの。分かってるけどさあ。
次女 おーちゃん、テレビ見て人が死んでも、あれ、ほんとは死んでないよね、ねえ、ってよく訊いてたもんね。あたし子供心に変な人だなあって思ってたよ。
長女 分かってるんだけど、だめなの。斧は作り物だって分かってるんだけど。
次女 長女は靴に合わせてつま先を切られました。
三女 えい!
長女 ぎゃー!
三女 次女はかかとを切られました。えい!
次女 ぎゃー!
長女 シンデレラがガラスの靴を履いてみると、なんとぴったりではありませんか。
三女 ガラスの靴はどうしたの?
次女 (吹き出して)それが…(笑う)
長女 ビールの、ビール飲む、(笑いをこらえながら)こんな長靴の形したジョッキあるじゃん。
三女 うん。
長女 あれまーに履かせたら…(笑って言葉が出ない)
次女 …苦しいー!
長女 抜けなくなって。まー、カボチャのにおいぷんぷんさせながら、片足にビールのジョッキ履いて、歩くたびにカタカタ落とさせてさあ。
次女 お父さん抜けないから、やけになって割ろうとして。
長女 思い切ったことというか、無茶なことするじゃん、今でも。
次女 で、まーが「あしをきらないでー!」って。
長女 私たち泣いてるの見てるから。
次女 びーびー泣いて。
長女 お父さんあせって、「このまま大人になってもいいのか!」
次女 「この靴で保育園行けないだろう!」
長女 お母さんはお母さんで 笑い転げてて、「中国の纏足みたいだからこのまま育てましょう。」
次女 あせったよ。そのくらいのことこの人ならやるだろうと思った。
三女 いいなあ。
次女 え?
三女 覚えてて。いいなあ。わたし、ほとんど忘れてる。
長女 しょうがないよ。まー、ちいちゃかったから。
三女 いいよなあ。


  段ボール箱に入る三女。

三女 (首だけ出して)いいよ。お姉ちゃんたちは。覚えてて。
次女 屈折した感情表現ねえ。
三女 馬車です。
長女 いいじゃん、楽しかったことだけ覚えてて。
三女 よくないよ。いろんなこと覚えてた方がいいよ。
次女 そうかなあ。悲しいこととか忘れた方がいいじゃん。
三女 覚えてたいよ。お母さんのいろんなこと。
長女 まーちゃん。
三女 お母さんってどんな人だったの?
次女 どんな人って…
いいじゃん。まーが覚えてる人がお母さんだよ。
三女 でも、おーちゃんやちーちゃんの言ってるお母さんとわたしの覚えてるお母さんと違うんだよ。
長女 うーん。
三女 お母さん、笑い転げてるとこなんか想像できないよ。
次女 そうかなあ。
三女 もっとお母さんのこと聞かせてよ。
次女 たとえばどんなこと?
長女 じゃ、お芝居の話。シンデレラの次の年。
次女 リア王か。
三女 リア王?
長女 シェークスピアなの。
三女 シェークスピア?できたの?
次女 主役はまたまーちゃんでさあ。
長女 また台詞むりやり覚えさせらて。
三女 やったような気もするなあ。どんな話だっけ?
長女 に入られようとするわけ。遺産をたくさんもらおうとして。でも三女は正直だから、ずけずけものを言うの。でも結局長女と次女に裏切られるの。
三女 あ、それ知ってる。で、矢を折ってみろ。一本なら折れるけど、三本なら折れないだろう、って言うの。
長女 それちょっと違うんだけど。
長女 どうしてもさ、まーは「王様」って言うとこ、「殿様」って言ってさあ。何を思ったのか、お父さんはほらああいう人だから調子に乗って。
次女 思い出した!あのときだ!
長女 志村けんのバカ殿のメイクして帰ってきてさあ。「まーが殿様、殿様というので殿様になってしまった。」それ聞いたまーがまた泣いてさあ。
次女 お父さんが殿様になっちゃったー!
長女 お母さんはまた笑い転げてるし。玄関の横んとこでメイクしてやったの自分なのに。
次女 よかったねえ、まー。お父さん殿様になったわよ。これでまーはお姫様よ。
長女 で、まーはびーびー泣いてるし、私たちは笑えないし、お母さんはそれ見て大喜びで。
次女 電話かけて近所の人たち呼ばなかった?
長女 呼んだ呼んだ。面白いから来いって。
次女 でもさ、近所の人たち、志村けんもバカ殿も知らないのね。
三女 どうして?
次女 そりゃそうよ。
三女 エー、分かんない。
次女 だって私たちシアトルにいたのよ!
長女 でもアメリカ人はそういうのすごく好きだから。そのあとビデオ見せろってさあ。わざわざ日本から送ってもらって。それから毎晩うちで「大丈夫だあ」の上映会よ。
次女 アメリカ人志村けん好きなんだよね。分かりやすいから。
長女 あれ、お父さんの同時通訳がおかしかったのかもね。
次女 いま志村けんなんて全然見ないけど、あのお父さんが英語で吹き替えしてるの今でも思い出すね。
長女 女の人の役はお母さんで。
次女 石野陽子とか。
三女 だれ、それ?
次女 この辺にギャップがあるね。出てたんだよ。当時。
長女 もう何年前?ちょうど一〇年?
次女 え?一〇年?違うよ。まだだよ。九年だよ。
三女 なんかさあ。なんか、楽しそうだね。楽しかったんだね、うち。
次女 うん。なつかしいよね。
長女 それがあったからわたしもなんか人生狂ったというか。
次女 それって?
長女 家族劇。
三女 あと、受験の失敗ね。
長女 まー!
三女 いいや、劇やろう劇。劇ごっこやって遊ぼう。決めた!今日このあとずっと劇だからね!
長女 劇ごっこって言ってもねえ。何やればいいの?
次女 台本ないじゃない。
三女 ないの?何でもいいよ。劇やりたい。
次女 あんた劇なんか嫌いじゃない。
三女 今日は特別だよ。
次女 おーちゃん、なんとかしてよ。
長女 台本なくてもできるのは、エチュードって言うのがあるけどね。
三女 やる。そのエチュードって劇。
長女 エチュードは劇じゃないよ。
三女 劇やるって言ってるじゃん!
長女 エチュードは劇だよ。
三女 どっちなのよ!
長女 状況と役柄だけ決めといて即興でやるのよ。
三女 わかんないよ。言ったでしょ。漢字で話すのやめてよ。
長女 たとえば、三人姉妹の話。わたしが長女で、ちーちゃんが次女。まーが三女の役で、今日は三女が入院する前の晩。入院の準備をする三女。優しく見守る姉。
三女 優しくないじゃん。
長女 だから、そういう劇。台本はないけど。
三女 ああ。
次女 やっと分かった。
三女 しょうがないよ、学校行ってないんだから。バカでも。
次女 そういう意味じゃないよ。
長女 いいよ、やってみよ。いい?いくよ!よーい、ハイ!
全員
次女 (小声で)おーちゃん。
長女 (小声で)なに。
次女 (小声で)おーちゃんから始めてよ。わたしたち分かんないから。
長女 (小声で)そんなこと言ったってやりにくいんだよ、家族の前じゃ。
次女 (小声で)長女でしょ!
長女 (いかにも芝居の口調)まーちゃん。いよいよ明日入院してしまうのね。
三女 (普通に)そうだよ。何を今更そんなこと言ってるの。
次女 (ぎこちなく)寂しくなるわ。おーちゃんがいなくなると。
三女 (ごく普通に)どうかしたんじゃない?
長女 (芝居口調・胸に手を当てて)ほんとに寂しくなるわ。おーちゃんがいなくなると。
三女 その手は何?
次女 …ほんとに寂しくなるわ。おーちゃんがいなくなると。
三女 繰り返さないでよ。
長女 …お母様が亡くなって、わたしたちが今まで面倒をみてきたけれど、とうとう入院することになって。…ほんとに寂しくなるわ。おーちゃんがいなくなると。
三女 だからそれは分かったって。二人ともなんかおかしいよ。当たり前のことばっか言って。しゃべり方もおかしいし。
長女 …だって。
三女 それより早くさ、そのエチュードっていうの?始めようよ。
次女 は?
三女 早く!
長女 あの、よーい、ハイって。
三女 そう。そのよーい、ハイって。それで始まるかと思ったのに。
次女 あのさ。今さ。
長女 やってたんだよ。一所懸命。
三女 え?
長女 芝居をさ。
三女 え?今の劇だったの?
長女 喜んでいいのかな、こういう場合。自然な演技だったって。
次女 あんた、ほんとに分かんなかった?
三女 うん、全然。
長女 なんか、自信もっていいのかな。やっぱりさあ、長い修行があってさあ。こう自然な感じ?ね?今度さあ、いい役ついてるの。見てる人は見てるんだなあ。
三女 …そう。
次女 いい役って?
長女 今度の公演。主役なの。
三女 …よかったね。(吹き出す)
次女 なによ。
三女 なにが自然な演技だよ。「お母様が亡くなって、」だって。
長女 分かってたの?
三女 分かるに決まってるよ。(芝居口調・胸に手を当てて)「ほんとに寂しくなるわ。おーちゃんがいなくなると。」今どきどこのドラマだってこんなことやらないよ。「ガラスの仮面」でもやらない。
次女 しょうがないじゃん。緊張してたんだから。
長女 まー!だましたね!
三女 (大笑い)おーちゃん、芝居くさいよ。
長女 まったく!(吹き出して怒れない)
三女 見てる人は見てるってだれのこと?


  笑い続ける三女。つられて二人も笑う。
  しばらく笑い続ける。三女はいつの間にか泣き笑いに。

三女 バカみたい。バカみたい。
次女 あーおかしい。気が済んだでしょ。ほら、片づけよう。
三女 やだ。
次女 もう遊ばないよ。遅いから。
三女 行きたくない。
次女 何言ってんの。
長女 しょうがないよ、まーちゃん。一見元気だけどさあ、あんた普通に…普通って言ったらあれだけど、家にいたら直らないんだから。また重い発作出たら、わたしたちじゃどうしようもないんだから。
次女 もう、何回も話したじゃない。
三女 わかってる!わかってるけどさあ。
次女 寂しくないよ。
三女 お芝居したい。
次女 退院したら。
三女 今したい。
次女 病院で相手見つければいいじゃない。
三女 3人でしたい。
次女 どこで?
三女 病院で。
次女 無理よ。
三女 無理でもしたい。
次女 わかった。毎日…は無理だな、どうしても。行くからさ、なるべく。わたしも。おーちゃんも。ね。
長女 うん。
三女 おとうさんも。
うん。なるべく。さ、洗い物済んだら手伝ってあげるから早く荷物まとめなさい。
三女 うん。
次女 おとうさん、遅いね。今日くらい早く帰れないかなあ。
長女 残業だって。
次女 社長が残業か。
長女 しょうがないよ、中小企業だから。
次女 前の会社やめるべきじゃなかったね、やっぱり。
長女 前の方がずーっと忙しかったのよ。(立ち上がる)じゃ、まーちゃん。ね。
三女 うん。


  長女退場
  しばらく無言で荷作りをする

次女 ほら自分のことなんだから自分でやりなさいよ。あの部屋見たでしょ。こんな小    さなロッカーしかないんだから。そんなに持っていけるわけないじゃない。
三女 でもさあ。一つずつ詰めてくとみんな持ってきたくなっちゃってさあ。
次女 いいんだよ。全部持ってかなくても。必要な物はあたしが届けてあげるから。
三女 ホント?
次女 うん。
三女 ホントに届けてくれる?
次女 うん。
三女 きてくれる?
次女 行くよ!だから!めそめそするなって!
三女 うん。
次女 ほら、教科書だって持ってかなきゃダメでしょ。
三女 病院の中の学校ってどんなかなあ。
次女 中学二年はあんただけ。一年に二人、三年に三人。近くの養護学校の先生が交替できてくれる。あんただって説明聞いたでしょ。
三女 どんなっていうのはさあ。そういうことじゃなくてさあ。
次女 じゃあどんなどんななのよ。
三女 どんなどんな?
次女 どんなどんな。
三女 どんなどんなかっていうと…
次女 どんなどんな?
三女 うーん。
次女 どんなどんな、どんなどんな…♪ドナドナドナドナ…
三女 はいはい。
次女 ちーちゃんにぴったりのうたでした。
三女 どこが。
次女 ♪こうしをのーせーてー荷馬車がゆーくーよー。あ、子牛と言うよりこぶたか!


  三女、いきなり頭に教科書をぶつける。
  次女、無言でぶつけ返す。
  とっくみあいになる。
  咳き込む三女。

次女 あ!発作?ねえ、発作?
三女 大丈夫そう。(そういいながら咳き込む)
次女 入院の前の日にこんなことやめようよ。
三女 だってちーちゃんが…子豚とか言うから…
次女 ごめんごめん悪かったって。吸入器持ってこようか?
三女 なんか大丈夫そう。
次女 水いる?
三女 ジュース。
次女 もう。待ってて。


  教科書をカバンにつめる三女。

三女 いいよなあ。ちーちゃんは丈夫で。ちーちゃんもおーちゃんもお父さんも三階から落としても壊れそうもないからなあ。


  カバンから便せんとペンを出し、手紙を書き出す。

次女 (手紙を書きながら)おーちゃん、ちーちゃん、お元気ですか。あれから早いもので二十年が…長いか。五年が過ぎてしまいました。ジュース、みんなすぐ退院できるって口をそろえて言ってましたましたね。私ももちろんそのつもりでした。嘘みたい!五年ですよ五年。ジュース!(袖に)ちーちゃん。五年かあ。受験しないですむな。(手紙を書く)どうして私だけ弱くできがっちゃたんでしょう。あの入院する前の晩、私が泣いてぐずったこと覚えてますか?あの時お姉ちゃんたちをずいぶん困らせてしまいましたね。(涙ぐむ)ごめんねおーちゃん、ちーちゃん。わたし、わがままばかり言って…(泣く)


  次女登場

次女 はいジュース。
三女 遅いよ!ずっと待ってたんだよ!
次女 ごめん。
三女 どうしてこんなに時間かかるの!3DKだよ!昔住んでたお屋敷じゃないんだから。何これ、グレープフルーツジュースなかったの?
次女 あんたねえ!持ってきてもらってその態度何!
三女 ちーちゃんが持ってくるって言ったんじゃない。
次女 わがまま。あんたみたいなわがままいないわね。
三女 ちーちゃん。
次女 なによ。
三女 すごかったんでしょ。昔の家。
次女 うん。あんた覚えてないの?
三女 覚えてるわけないじゃん。
次女 アメリカの家?そりゃあ、すごかったよ。
三女 ほんと?
次女 らしいよ。
三女 おーちゃん呼ぼうおーちゃん。おーちゃん!おーちゃん。


  長女登場

長女 何騒いでるの?早くしなさいって言ってるでしょ!
三女 おーちゃん。おとうさんまだ帰らないの?
長女 いつものことでしょ。
三女 おーちゃん、お父さん冷たいと思わない?もうさあ、明日入院したらいつ帰れるか分からないんだよ。
次女 しょうがないじゃん!
三女 どうひいき目に見ても三人の中で一番あたしがかわいいと思うのね。
次女 何言ってんだ?こいつ。
三女 そのかわいい娘とさあ、会えなくなるんだよ。死んだらどうするの?
長女 だれが?
三女 あたしが。
次女 バカなこと言ってるんじゃないよ!
三女 だってさあ。
長女 まー。
三女 うん。
長女 どうしたの?今日。なんかおかしい。
三女 いいよ。
長女 なにが?
三女 お母さんと同じならいいよ。
長女 まー!
次女 どういうこと?
三女 わたし、怖くないんだ。お母さんもそうだったって思うと。
長女 そんなこと言わないでよ!
三女 よしてよ、そんなの簡単に死ぬわけないよ。
長女 冗談でもやめてよ。
三女 ほんとだよ。
三女 違うよ。わたしはおーちゃんたちより年下だし。
次女 当たり前じゃん。妹なんだから。
三女 そうじゃなくてさあ。つまり…
次女 まーが「つまり」だって?あんた、なんか説明する気?
長女 ちー!
次女
長女 いいよ、まー。言ってみて。
三女 …いいよ。
長女 途中でやめないで。
三女 …あのさあ。アメリカの家も、インドネシアの家も、よく覚えてないんだよ。
次女 ちっちゃかったからね。
三女 うん。
次女 しょうがないじゃん。
三女 だから、知りたいんだよ。
長女 おとうさん、あれで結構えらくてさあ。今は漬物屋の社長だけど、昔エリートだったのね。インドネシアもおとうさんの発案で工場作るから。で、気候がお母さんの病気に合わないってことだったんだけど、家族が離れるのはよくないって、おかあさんが。
三女 おかあさんの病気って、わたしと…
次女 違うよ。あんたはまだそこまでいってない。
長女 まだってなに、まだって。
次女 ごめん。
三女 インドネシアってどんなとこ?
次女 強烈なとこだった。
長女 うん。スチャンガ。すごかったね。
三女 スチャンガって何?
次女 スチャンガって島よ。
三女 そんなこと、今まで話してくれなかったじゃない。スチャンガなんて初耳だよ。
次女 あのね。
三女 あ!あのさあ。どうしてアメリカからインドネシアなんて行ったの?
長女 あ、ああ、お父さんの転勤。本社が工場作るからって。ODAとかなんとか。
次女 アメリカにいればなあ、あのまま。
長女 おとうさん、ヘッドハンティングされたのよね。アメリカの企業に。
次女 なにそれ。知らない。
長女 断らなければ今頃重役よ。
次女 そうしたらずっとアメリカだったのか。
三女 かっこいい。
次女 でも、スチャンガのほうがよかった。
長女 よかったって!まあ、そうね。よく覚えてる。
次女 うん。よかったって変だけど強烈だった。
三女 そのさあ、スチャンガっていうの、さっきから言ってる。
次女 あんた、ほんとに覚えてないの?
三女 うん。
次女 それが田舎も田舎。
三女 ここより?
次女 もちろん。
三女 島にいたの?わたしたち。
次女 うん。
長女 島って言っても結構広くて。わたしたちがいたのは山の上の方。
次女 スチャンガ通りっていうのあってね。
三女
長女 そうそう。
次女 だんだん思い出してきた。スチャンガ通りをまっすぐ行くと、スチャチャンガ通りに出るのよ。
長女 そう。スチャチャンガ通りに出てをずっと行くとスチャチャチャンガ湖っていう湖に出てそこがスチャチャチャチャンガ村。
次女 そこからスチャチャチャチャチャンガ山に登ってそこに家があったの。
三女 お姉ちゃんたち、嘘ついてない?
次女 まさか。
長女 どうして嘘つかなきゃいけないの。
三女 そんな冗談みたいなとこに住んでたの?
長女 そういう地名なの。
三女 おとうさん、そんなとこで何してたの?そのスチャチャチャチャンガ山で
長女 違う。スチャチャチャチャチャンガ山。
三女 とにかく、その山で。
長女 いも。
三女 いも?
長女 いも。
次女 何それ?わたしも知らない。
三女 いも…いも作ってたわけじゃないでしょ?
長女 作ってたのよ、それが。
次女 どうしてエリートがいも作るのよ。
長女 正確に言えばいも作らせてたんだけど。
三女 どういうこと?
長女 キャラメルの原料。砂糖で甘みを付けるより、スチャンガのいもで付ける方がやすくておいしいのよ。そのいもから糖分を抽出する方法、おとうさんが開発したの。
三女 どんないも?
長女 スチャチャチャチャチャンガ山でしかとれないから。
三女 わかった!スチャチャチャチャチャンガいも。
長女 惜しい。スチャチャチャチャチャチャンガいも。
三女 お姉ちゃんたち、わたしに嘘ついてない?
長女 ホントだからしょうがないじゃない。で、おとうさんしかできないからって、スチャンガに行ってね。いも作って工場も作って。
次女 そうだったのか。毎日おとうさん、麦わら帽子かぶって、手ぬぐい首に巻いて帰ってくるから、何かなって思ってたけど。
三女 わたし全然覚えてない。シアトルの後ここに来たんじゃないの?
次女 あんた、ホントに忘れたの?
三女 うん。
次女 だってあそこでお母さん…
長女 ちー!


  急に芝居がかってくる三人。

次女
三女 …おかあさん、その島にいるとき、いたの?
長女
三女 わたしたち、まだおかあさんと一緒だったの?生きてたの?おかあさん。
長女 …うん。
次女 まーちゃん。覚えてないの?全然?
長女 ちーちゃん。
次女 どうして忘れてるの?変よ。絶対変だって。
三女 だってお姉ちゃんたちも、おとうさんも今までそんなこと言わなかったじゃない!どうして教えてくれなかったの!
次女 わたしは…わたしはまーちゃん知ってると思ってたのよ。
三女 おーちゃん!
長女
三女 教えて。おかあさんはそこで死んだの?
長女 うん。
三女 病気で?
長女 うん…いいでしょ、もう。早く荷作りしなさい。もう、遅いから。
三女 教えて!もっと。おかあさんのこと教えてよ!
長女 まーちゃん…
三女 わたし、このままじゃ、病院行けない!
長女 おとうさんだって、わたしだって、みんなまーちゃんのこと思って言ってるのよ!
三女 教えて!お母さんはどうして死んだの?


  火曜サスペンスのBGのような音楽をかけてください。
  ポルダーガイストのSE・照明の変化

長女 ある日、おとうさんの工場を広げることになって、工事が始まると、そこからたくさんの人骨が…
次女 島にいる黒魔術を使う…
長女 呪いをかけて…
次女 ある台風の夜…
長女 …を取り囲んで…
次女 …が動き出して…
長女 …飛び出したおかあさんは…
次女 ギャー!
三女 ギャー!
長女 やめよう、もう。


  照明戻る。

次女 教えてって、あんた知ってるじゃない。
三女 うん。
次女 どうかしたの?
三女 何か流れで。
次女 お母さん死んだの、日本の病院じゃん。
三女 サスペンスもいいな、と。
長女 まー、劇ごっこはやめよう。早くしなよ、準備。わたしはいくよ。


  長女退場

三女 冷たいよ、おーちゃんは。
次女 公演前で忙しいらしいよ。
三女 むりだよ。がんばったって。顔が顔だよ。
次女 じゃ、目の前で言いなよ。
三女 言えるわけないよ。
次女 困った進路にしちゃったねえ。
三女 ちーちゃんはさあ、どうするの、進学。
次女 どうしようかねえ。あたしさあ、心理学っていうの興味あるんだよね。
三女 心理学ってさあ、よく聞くけどどんなことやるの?相性とか?
次女 それは占い!人の心を探るのよ。
三女 探ってどうするの?
次女 …ああ、この人はこんなこと考えてるのかって。
三女 でも、知らない方がいい時ってあるよね。
次女 …うん。
三女 いいじゃん。知らなくて。
次女 …うん。あ、心理学って、夢のこととか分かるって。
三女 正夢とか?
次女 …うん。
三女 やっぱり占いみたいだよなあ。最近多いんでしょ。心理学行きたい人。
次女 あの、夢ってそれだけじゃなくて。
三女 なに?教えて。
次女 わたしもよく知らないんだけど。
三女 教えてください。教授。ちー教授!
次女 何だね?まー学生。
三女 夢の役割って何ですか?
次女 うん。それはだね。
三女 教授、そのてはなんですか?
次女 うん、これはパイプだよ。
三女 なるほど。
次女 教授はやっぱりパイプだよ。君。
三女 教授、教えてください!


  次女と三女、教授と学生になる。

教授 夢の機能の一つとして。
学生 夢に昨日があるんですか?
教授 もちろん。昨日もあれば明日もある。まあ聞きなさい。夢の役割の一つとして。
学生 はい。
教授 睡眠を継続させる、というのがある。
学生 嘘。
教授 嘘なものか。
学生 だって。
教授 だって、何だ。
学生 恐い夢を見てはっと目を覚ますこともあるでしょう。
教授 それもある。
学生 睡眠、継続しないじゃないですか。
教授 だから一つとして、だ。
学生 例外もあるんですね。
教授 一つとして。
学生 はい。
教授 睡眠を継続。
学生 はい。
教授 水におぼれる夢を見る人がいる。
学生 いるそうですね。
教授 子供に多い。
学生 はあ。
教授 なぜ子供か。
学生 なぜ子供ですか。
教授 おねしょ。
学生 おねしょ。
教授 子供はおねしょをする。
学生 おねしょをする。
教授 濡れて気持ち悪いので起きるよな。
学生 普通。
教授 でも、寝ていたいよな。
学生 はい。
教授 せっかく寝てるんだから。
学生 はい。でも、濡れてるんだから、起きるでしょう。
教授 そこで、夢だ。
学生 はい?
教授 溺れてたら?
学生 は?
教授 溺れてたら、周りは何だ?
学生 へ?
教授 溺れたことないのか?
学生 はい。
教授 仕方ない。しかし、そこが想像力だ。溺れたことがなくても、そのおぼれた人間になってだな、周りに何があるか考えてみろ。
学生 溺れているとき周りに何があるか……絶望?
教授 ペシミストだなあ。
学生 何ですか?ペシミストって。
教授 悲観主義者だ。もっと勉強しろ。そういう抽象的なことではなくてだな。もっと具体的に答えろ。
学生 具体的に……ああ、水。
教授 そうだ。
学生 ところで教授。
教授 話の腰を折るな。何だ
学生 教授は何の教授ですか?
教授 おまえ、そんなことも知らずに私のゼミに入ったのか。
学生 これ、ゼミだったんですか?
教授 そうだ。私のゼミに入ったのはきみが28年ぶりだ。
学生 すいません。雑談だとばかり思ってました。
教授 失敬な。
学生 夢の話をしてるくらいだから心理学ですか。
教授 今人気の心理学のゼミにおまえが入れると思うか?
学生 思いません。
教授 それにしてもなぜみんな心理学に行きたいんだろう。
学生 なぜでしょう。
教授 心理学をやったからといって悩みが解決できるわけでも、人の心が分かるわけでもない。
学生 そうなんですか?
教授 人生相談に投稿する方がまだましだ。
学生 教授。教授は何の教授ですか。
教授 私の専門は考古学である。
学生 そうすると発掘なんかするんですか。
教授 そうだ。
学生 何を発掘するんですか。
教授 わからんか?夢だ。
学生 さむ。
教授 いけないか。
学生 今の時代に合わないのではないかと。
教授 こういうのだめか。今。
学生 さっきの話ですけど。
教授 つまりな。おねしょして当然このへん濡れるから気持ち悪い。起きる。しかしせっかく寝てるのだから起きたくない。そこで、今溺れてるのだから濡れててもしかたないと。
学生 自分をだますのですか。
教授 これを夢の合理化と言うな。
学生 今、濡れてるのは溺れて水の中にいるから当たり前だ、と。
教授 そうだ。
学生 なあんだ。
教授 なあんだ、とは何だ。
学生 心理学ってこんなもんですか?
教授 あと一日中ネズミ観察するていうのもある。
学生 先生、突然ですが雨です。
教授 なに?外は雨か?
学生 いいえ。ほら?
教授 なんだ?ここは研究室だろ?
学生 いいえ、外ですよ。
教授 ああ、そうか。雨か。まあ、濡れても大したことはない。
学生 先生!洪水です!
教授 うわあ!
学生 先生!鉄砲水です。
教授 ここはどこなんだ!
学生 先生!高潮です。
教授 うわあ!
学生 先生!あそこに逃げましょう!
教授 どこだ!
学生 あの、露天風呂です!
教授 なに?混浴か?
学生 いやですか?
教授 いいや!どぼーん!
学生 どぼーん!
教授 ああー、いい気持ちだ。
学生 いい気持ちですね。
教授 びしょぬれだな。
学生 びしょぬれですね。
教授 仕方がないな。
学生 仕方がないですね。
教授 ちょっとぬるいな。
学生 ちょっとぬるいですね。
教授 おい、やけに冷たくないか?これじゃ風邪を引くかもしれん。
学生 風邪を引くかもしれませんね。
教授 風邪を引くかも…
三女 風邪引くよ!ちーちゃん!
次女 教授だ。
三女 教授じゃないよ。何寝ぼけてるの?
次女 え?わたし、寝てた?
三女 荷造り大変なんだから寝ないでよね。
次女 大変ってあんたの荷造りじゃない!あんたが心理学の話しろなんて言うから。
三女 何の話?
次女 だから心理学の話。
三女 何よそれ?難しい話はしないでって言ってるでしょ!
次女 あの進路の話。
三女 もう起きたんだから寝ぼけないでよ。
次女 う?


  次女、様子がおかしい。

三女 どうしたの?
次女 なんか、なんかこぼさなかった?
三女 別に。
次女 うそ。
三女 うそじゃないよ。
次女 (唐突に)さあ、お風呂にでも入ってこよっかなあ。
三女 ちーちゃん、さっき入ったじゃん。
次女 うん。もう一回入ろうかなって。


  おかしな歩き方で去る次女。

三女 なんだろ?一人で寝ちゃってさあ。


  長女登場。

長女 まだできてないの?
三女 はいはいはいはい。
長女 ちーちゃんは?
三女 お風呂だって。
長女 さっき入ったじゃん。
三女 知らない。
長女 もう遅いから、はやくしよう。手伝うから。
三女 おーちゃん、やることあるんでしょ。
長女 うん。
三女 いいよなあ、おーちゃんたちは。やることあって。


  三女、段ボールに入る。

長女 あんただってあるでしょ。
三女 あたしのはおーちゃんたちと違うよ。
長女 大事なことじゃない。
三女 おーちゃんたちはおかあさんのことよく知っててさあ。
長女 だからさあ!それはしょうがないじゃん!
三女 しょうがないよ。分かってるよ。でもさあ、この、病気さあ。
長女 だから、直そうよ。入院すれば大丈夫よ。
三女 うん…おかあさんもさあ、そう言われてたよね。
長女 まー!
三女 いいの。おかあさんと同じだから。わたしだけ、おかあさんに似ちゃったね。いいんだ、おかあさんと同じなら。
長女 まーちゃん…
三女 おかあさん、よく覚えてないけど、わたしに、わたしの中におかあさんがいるって。
長女 やめて!
三女 (軽いせき)こうしてさあ、せきが出ると、知らないおかあさんがいるみたいでさあ。


  せきこむ。

長女 ちょっとやめて!
三女 わざとじゃないよ。
長女 吸入器、持ってくる!


  長女退場。

三女 …おーちゃん、発作かも…おーちゃん…
おかあさん…わたしの中のおかあさん…
わたしのせき…わたしの微熱… 
わたしの痛み…
わたしの中のおかあさん…


  段ボールの中でぐったりする三女。
  いつの間にか長女が座っている。

長女 おーちゃん、おーちゃん、寝ちゃった?
三女 おーちゃん?おーちゃん、どうしたの?
長女 何言ってんの。おーちゃんはあなたでしょ。
三女 おーちゃん、どうしたの?
長女 また、ふざけて!早くそんなところから出なさい。
三女 おーちゃん!わたし!
長女 ほら、ちーちゃんが起きちゃうでしょ。
三女 ちーちゃん…
長女 おかあさん、忙しいんだから。ふざけないで。
三女 おかあさん?
長女 おーちゃんは、ちーちゃんが産まれてからまた赤ちゃんみたいになっちゃったわね。
三女 …おかあさん?おかあさんなの?
長女 ねえ、おーちゃん。こっち来てごらん。
三女 …おかあさん。


  三女、長女の側に座り、ひざに抱きつく。

長女 おかあさんね。
三女 どうしたの?寝ぼけてるの?
長女 ううん。おかあさんがいて…うれしい。
三女 おーちゃん。ほら、聞こえる?


  自分のお腹に耳をあてさせる。

長女 ね?
三女 (音に気づいて)何?
長女 ドキドキいってない?
三女 うん。あ!大きいドキドキと…
長女 小さいドキドキ。
三女 赤ちゃん!
長女 二人目の妹よ。
三女 妹?
長女 うん。ホントは産まれてからでないと分からないんだけど。妹よ。きっと。おかあさんにそっくりな妹よ。
三女 ちーちゃんには似てないの?


  次女寝言。

長女 うーん、似てないかな?
三女 おかあさん。
長女 何?
三女 もうちょっと、聞いてていい?
長女 うん。
三女 おかあさん…これ、おかあさん…
これ…わたし…わたしなの?
わたしがおかあさんの中にいる…
長女 おーちゃん、妹たちのこと頼むわね。産まれてくる子もきっといい子よ。
三女 …いい子かな?
長女 うん、きっといい子。
三女 ねえ!この子とおーちゃん、どっちが好き?
長女 どっちも好き?
三女 どっちもじゃダメ!
長女 どっちも。
三女 この子、いい子かな。
長女 うん。とても、いい子。おかあさんには分かるの。
三女 そうかあ、いい子かあ。
長女 おかあさんね。
三女 何?
長女 おかあさん、行かなきゃ。
三女 どこへ?
長女 おーちゃん!いい子にしててね。この子たちのことお願いね。
三女 いや、行かないで!
長女 おーちゃん!元気でね…


  長女退場

三女 いや、おかあさん!おかあさん!


  次女登場。

次女 うるさいわねえ。なによ。
三女 おかあさんは?
次女 何ねぼけてんのよ。起きてて寝ぼけないでよね。
三女 夢か。
次女 あー、いい風呂だった。おねしょもしてみるもんだね。
三女 え?
次女 気にしないで。荷作り終わったの?
三女 うん、まだ。
次女 しょうがないわねえ。おーちゃん呼ぼう、おーちゃん。ねえ、おーちゃん!
三女 …おーちゃん…
次女 何よ、うるさいわねえ。荷作りできた?


  長女「三人姉妹」のオーリガの衣裳で登場。(無理ならいいです。)

次女 何?その格好。
長女 今度やる劇だよ。
次女 その衣裳作ってたんだ。
長女 うん。
三女 おーちゃん。なんか…
長女 なんか、なに?
三女 なんか、いいよ。とても。
長女 そう?
次女 まーちゃんの荷作り終わってない。
長女 まだ終わってないの?
三女 …ごめん。
長女 あたしもねえ、本番間近で忙しいのよ。
次女 短大の演劇科なんか行くからよ!女優になんかなれるわけないじゃん。
次女 次は主役よ主役。
三女 なんていう劇?
次女 チェーホフ。『三人姉妹』
三女 あ!
次女 大きい声ねえ、さっきからおかしいよ。
長女 どうしたの?まーちゃん。
三女 あの、わたしたちと同じだって思って。
次女 何が?
長女 『三人姉妹』か。
次女 …あの、できなかった最後の…
長女 うん。
次女 偶然だね。
長女 いつかやれると思ってた。
次女 よかった。
三女 ねえ、どんな感じ?練習してるんでしょ?やってみて!
長女 あんた、早く荷作りしなよ。あしたすぐ行くよ。
三女 いいじゃん、最後の…ごめん、最後って言っちゃいけないよね。
長女 …じゃ、少しね。わたしは長女のオーリガっていうの。ラストシーンをやるからね。えーと。
次女 どうしたの?
長女 ちょっと手伝って。
三女 なに?
長女 このシーンねえ、二人の妹を抱きしめるっていうところなの。ちょっと妹役やって。
次女 ええ?なんかはずかしいなあ。
三女 うん。
長女 いいじゃん。こうしないと台詞出てこないのよ。
次女 こういうふうでいいの?
三女 いつの話?
長女 一九〇〇年頃。
三女 そのころは姉妹でこういうことやってたのかな?
長女 じゃいくよ!
次女 よーいハイ!
長女 楽隊の音は、あんなに楽しそうに、力強く鳴っている。あれを聞いていると、生きていきたいと思うわ!やがて、時がたつと、わたしたちも永久にこの世に別れて、忘れられてしまう。わたしたちの顔も、声も、何人姉妹だったかということも、みんなわすれられてしまう。
次女 やっぱり暗い話ね。
三女 でも、わたしたちの苦しみは、あとに生きる人たちの悦びに変わって、幸福と平和がこの地上に訪れるだろう。ああ、かわいい妹たち、わたしたちの生活は、まだおしまいじゃないわ。生きていきましょうよ!楽隊の音は、あんなに楽しそうに、あんなに嬉しそうに鳴っている。あれを聞いていると、もう少ししたら、なんのためにわたしたちが生きているのか、なんのために苦しんでいるのか、分かるような気がするわ。…それが分かったら…それが分かったら…


  いつの間にか音楽が鳴っている。ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」
  しばらく抱き合っている三人。

長女 まーちゃん。
三女 うん。
長女 元気でね。
三女 うん。


  照明落ちる。
  幕。


引用は神西清訳チェーホフ「三人姉妹」新潮文庫
トラウマの日第二稿


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