クレタ島の冒険
平成十五年度 甲府昭和高校 山梨県高等学校演劇大会 上演台本


キャスト

女1(山中)
女2(小野)
女3



  机。椅子。ソファ。
  机の上に電話。


  学校。相談室。


  幕開き。
  音楽。



  机に伏せている女1。
  ソファに座っている女3。
  女3、女1に近づき、やがて離れる。
  去っていく女3。

  SE 電話。

  女1、起きあがり電話に出る。

女1 もしもし。
先生。
何もしてない。
勉強してました。
はい。
たまには顔出してくださいよ。きのうも電話ですませたじゃないですか。
いえいえ。別に来なくてもいいです。
授業?授業ですか。すごい。働き者ですね。いいじゃん、行かなくても。一回ぐらい。
だれも来てませんけど。
やっぱりだれか来ちゃまずいんですか。
退屈ですよ。そりゃ。
はいはい。はい、じゃまた。


  女1、電話を切る。
  女1、机に伏せる。
  女2、入ってきてソファにかける。

  女1、すぐ起きあがり、電話をかける。

女1 もしもし保健室ですか。山中です。
今、行ってもいい。
あ、だれか来てるの?だれ?
あ、ダメ。キライ。じゃ、いい。また今度ね。
最近忙しいの?ベッド三つじゃ足りないんじゃないの?
はい。
はいはい。
じゃまた。


  女1、電話を切り、すぐかける。

女1 もしもし。山中です。
先生、行っていい?
あ、お客さんですか。だれ?
あ、PTAの人?
校長先生って忙しいんだ。
じゃね。また行きますね。
え?授業?ちょっとまだ無理。
はい。じゃまた。


  電話を切り、すぐかける。

女1 先生。あたし。あのさあ、このクレタ島のパラドクス、ってあるじゃん。えーと、38ページ。これ、どういう意味?
「クレタ人は嘘つきだとクレタ人は言った」
クレタ人が嘘つきなら自分で正直に嘘つきだと言ってるわけでしょう。嘘ついてないじゃん。矛盾してない?
あ、パラドクスってそういう意味なの。おかしいね。矛盾してていいんだ。
え?なに?ノートに書けばいいの?
「ここに書いたことみんな嘘」
これがホントなら、嘘じゃなくなるし、嘘なら、ホントだし。
へえ。こういうの、また教えてくれる?
そうだよ。勉強してるんだよ。真面目に。


  女1、電話を切る。
  女2、立ち上がり椅子に座る。

女2 来ました。
女1 どうしたの。
女2 久しぶり。
女1 うん。
女2 ここにいたんだ。来てないと思ってた。
女1 来てるよ。
女2 登校したらすぐここに来るの?
女1 うん。
女2 よかった。
女1 よかったって。
女2 うん。とりあえず。
女1 うん。とりあえずね。
女2 メールしたら返事ちょうだいよ。
女1 なんか、なんて返せばいいか分かんなくてさあ。
女2 気にしてたの?
女1 別に。
女2 けっこうこっちは気にした。
女1 小野になんにも言わなかったね。聞いたでしょ。こないだのこと。こないだって言ってももう一月も前だけど。
女2 うん。でもみんな言うこと違うし、山中は教えてくれないし、なんだか本当のことはよく分かんないんだよ。
女1 みんなが言ってるとおりだよ。
女2 だって山中がそんなことするわけないでしょ。
女1 そんなことって?
女2 うん。
女1 みんななんて言ってた?
女2 それはさあ。
女1 いいよ。言わなくて。
女2 わたしはさあ、山中が話してくれると思ったから。
女1 いいよ。もう。


  二人、黙り込む。

女1 授業は。
女2 やってるみたい。
女1 今何?
女2 選択だよ。ひとりくらいいなくても分かんないから。
女1 分かるよ。
女2 大丈夫だよ。
女1 出なきゃダメだよ。
女2 何言ってるかな。
女1 小野はわたしと違うんだから。
女2 そんなことないよ。
女1 授業、出てよ。
女2 うん。でもさあ途中から行ったらまずいから。
女1 ここ、よく分かったね。
女2 いつもここ何の部屋かなあ、って思っててさあ。なんかカーテン揺れたような気がして、ちょっとのぞいたら、山中いるじゃん。すごい勘だよね。偶然。
女1 びっくりしたよ。
女2 来たんだ。
女1 うん。
女2 よかった。
女1 うん。
女2 教室には行かないの。
女1 うん。もうちょっと。


  女2、あたりを見回し、

女2 ここ、初めて入った。
女1 うん。
女2 こんなところあるの知らなかったよ。
女1 うん。
女2 ここ何?
女1 相談室。
女2 へえ。何の?
女1 え?
女2 何の相談?
女1 え?
女2 何の相談するの?
女1 さあ。
女2 なんか相談するためにあるんでしょ。
女1 うん。
女2 相談する人来るんだ。
女1 うん。
女2 来た?
女1 え?
女2 相談する人、来た?
女1 来てないよ。
女2 ずっといるんでしょ。
女1 うん。
女2 だれも来なかったの?
女1 ここ先生もいないし。
女2 そうだね。
女1 相談なんかするのかな。
女2 相談てしないよね。
女1 うん。なんか、わたし相談てしたことない。
女2 山中、そうだよね。相談しないよね。
女1 小野は?
女2 え?
女1 相談する?
女2 相談ねえ。


  女2、電話の受話器を取って。

女1 どこかけるの。
女2 どこもかけないよ。


  女2、立ち上がり、ソファに座る。

女2 ここ、いいね。
女1 そうでもないよ。
女2 そう?
女1 そうだよ。
女2 あのね。相談してみたい。
女1 相談するの?
女2 相談室だし。
女1 いいよ。別に。
女2 何を相談しようかな。
女1 相談したいことないんならしなくていいじゃん。
女2 だってしたいじゃん。相談室だし。
女1 相談室で相談する人なんかいないよ。
女2 えーとねえ。
女1 早くしてよ。相談するんなら。
女2 じゃ、やっぱあれにしよう。あのね、こないだね、ヨーカドーの前でね、帰る時ね、呼び止められたの。
女1 え、なんかおかしな人とか?電波の人?
女2 違うよ。2年だよ。8組かな。男子。
女1 だれ?
女2 坂本っていうの。知らない?
女1 何部?
女2 天文部だって。
女1 なんて言われたの?
女2 「あの、スパナ持ってませんか?」
女1 なに持ってませんか?
女2 スパナ。
女1 スパナ?あの、こういうやつ?
女2 スパナだよ、スパナ。女子高生にスパナ持ってませんか、って訊く?ふつう。
女1 変だね。
女2 ねえ、変だよね。
女1 なぜスパナ?
女2 自転車壊れてたの。直そうと思ったらしいんだけど。おかしいよねえ。いきなりスパナだよ。
女1 なんか話したの?
女2 うん。ちょっと。自転車屋までいっしょに行った。
女1 えー。
女2 いいじゃん。
女1 それで?
女2 え?
女1 相談は?
女2 あ、相談か。あのね、それからね、会ったらちょっと話すんだけどね。
女1 うん。
女2 それだけ。
女1 スパナ、好きなんじゃないの?
女2 え?
女1 小野のこと。
女2 なにそれ。
女1 きっとそうだよ。好きなんだよ。
女2 えー、好きなのかな。
女1 うん。
女2 でもなあ、出会いがスパナじゃなあ。
女1 それ、相談じゃないよ。


  電話がなる。

女1 あ。


  女1、電話に出る。

女2 え?電話?
女1 もしもし。ごはんですか。今日、ないです。パン買ってきていいですか。
はい。はいはい。
え?
校長先生?
かけたけど。
まずかったですか。
いい人ですよね。校長先生。
はい。じゃまた。


  女1、電話を切る。

女2 今、なった?
女1 うん。
女2 担任?
女1 うん。
女2 ごはんないんだ。
女1 うん。
女2 買ってきてあげようか。
女1 いい?
女2 うん。今日、わたしもパン買うから。
女1 ありがとう。
女2 ここで食べようかな。
女1 え?
女2 いいよね。
女1 あたしはいいけど。
女2 まずいかな。
女1 いいんじゃない。
女2 なにがいい?
女1 焼きそばパン。
女2 一個でいいの?
女1 二個。
女2 焼きそばパン二個食うか?
女1 いいじゃん。
女2 お金。
女1 はいはい。


  女2、お金を受け取る。

女2 じゃ、行ってくる。
女1 授業中じゃん。
女2 もうパン屋さん来てるから。


  女2、去る。
  女1、ソファに座る。

女1 スパナ。


  ソファに横たわる女1。

  音楽

  女3、現れる。
  椅子に座る女3。
  女3、女1を見ている。
  女1、女3に気づく。

女1 あ、来てたんだ。いつの間に入ってきたの。
女3 うん。
女1 びっくりしたよ。
女3 うん。
女1 いつ来たの。
女3 さっき。
女1 うん。
女3 だれか、来たんだ。
女1 うん。小野。
女3 へえ。
女1 まずかったかな。
女3 いいんじゃない。別に。
女1 ねえ、こないださあ、あ、いい?聞いてくれる。
女3 いいよ。
女1 あのね、ヨーカドーの前でね。二年の男子がね、自転車引いてて。
女3 うん。
女1 通りかかったら、いきなり、「あのスパナ持ってませんか」って。変だよねえ、いきなり。スパナだよ。スパナ。学校行くのにスパナ持ってく人いないよね。
女3 おかしい、それ。
女1 なんか、自転車こわれて。直そうと思ったらしいんだけど。おかしいよね、スパナだよ。女子高生がスパナ持って登校する?
女3 おかしい。
女1 それでね。それから、帰り道とか、よく会うのね。あいさつくらいはするんだけど。
女3 なんか話した?
女1 うん。天文部だって。
女3 話したんだ。
女1 うん。
女3 話せるんだ。
女1 うん、なんか、出会いがスパナだから。
女3 好きなんじゃないの。
女1 え!あたしが?
女3 違うよ、スパナが。
女1 びっくりした。あたしがスパナのこと好きなのかと思って。スパナ、あたしのこと好きかな。
女3 きっとそうだよ。
女1 でもなあ、人に聞かれたとき、きっかけは、とか言われて、スパナ持ってませんか、って話しかけられたんです、とか言いにくい。
女3 いいじゃん。
女1 スパナ、あたしのこと好きかな。
女3 なんかいい人そう。
女1 ここ、よく分かったね。
女3 うん。
女1 久しぶり。
女3 そうでもないよ。
女1 また、会えたね。
女3 学校だから。
女1 そうだ、学校だからだ。
女3 学校だからね。
女1 前も学校だったね。
女3 うん。
女1 ありがとう。来てくれて。
女3 うん。
女1 来てくれると思った。


  女2、入ってくる。

女2 なにしゃべってたの?
女1 早いね。
女2 そうでもないよ。パンのおばちゃんとしゃべってた。
女1 おばちゃん、病気だって聞いたけど。
女2 ねえ、なんかしゃべってた?
女1 別に。
女2 買ってきたよ。紅茶でいい?
女1 うん。


  女1、女3を見る。

女1 いい?
女2 え?
女3 わたし、また来るよ。
女1 ごめん。
女2 え、いいよ。そんな。
女3 じゃね。
女1 うん。


  女3、去る。
  見送る女1。
  女2、女3の去った方を見る。

女2 電話してたの?
女1 え?してないよ。


  女2、机の上を見て。

女2 勉強してるんだ。


  女2、机の上の本をとる。

女2 なんかほこりっぽい。
女1 そう?


  女2、机の上を払って。

女2 掃除しなよ。ほこりたまってる。
女1 うん。
女2 世界史?倫理だ。
女1 うん。
女2 クレタ島?なんか南の島?
女1 うん。
女2 いいよねえ。行きたいよね。南の島。
女1 そうだね。
女2 ジュゴンがいてさ。
女1 なぜジュゴン。
女2 南の海って言ったらジュゴンでしょう。
女1 南の海って言ったらジュゴンなの?
女2 そうだよ。
女1 そう。
女2 ジュゴンはね、赤ちゃんできたら、腕で抱くんだよ。すごいと思わない?
女1 へえ。
女2 だから見たいじゃん。そういうの。
女1 なにがだからなのかわからない。
女2 それでね。
女1 なに。
女2 爆発するんだよ。ジュゴンが。
女1 えー!
女2 うん。
女1 ジュゴンて動物だよ。
女2 知ってるよ。ほ乳類だよ。
女1 どうして海に住むほ乳類が爆発するんだよ。
女2 するんだよ。
女1 どうして。
女2 するんだよ。あのね、ジュゴーンって。


  笑う女2。
  黙り込む女1。

女2 あーおかしい。なんで笑わないの?
女1 ジュゴンは爆発しないよね。
女2 しないよ。するわけないじゃん。
女1 だってするっていうから。
女2 しないよ。ほ乳類だし。
女1 ただ「ジュゴンが爆発したよ、ジュゴーン」ていうダジャレを言いたかっただけなの?
女2 うん。
女1 あのねえ、今頭のなか、赤ちゃん抱えたジュゴンが爆発してバラバラになって血だらけの肉片が海にプカプカ浮いてる映像しかないんですけど。
女2 あら。
女1 夢見るよ絶対。
女2 ごはんにするか。
女1 食べたくない。


  袋からパンを出す女2。

女2 ごめんねえ。焼きそばパンがなくてさあ。一個ジャムパン。


  パンを受け取り、袋から出す。

女1 ジャムパンなんて今時あるの。
女2 うまいよ、ジャムパン。


  二つに割る。

女2 こういう色だった?
女1 何が?
女2 ジュゴンの血。
女1 わー!


  ジャムパンを放り投げる。

女2 せっかく買ってきたのに。
女1 変なこと言わないで。


  女2、ジャムパンを拾いながら。

女2 え?
女1 え?って何、え?って。
女2 ああ。
女1 何?
女2 ジュゴン嫌いなんだ。
女1 そうじゃなくて。
女2 南の島かあ。いいなあ。
女1 よくそこでほのぼのできるね。
女2 顔色悪いよ。
女1 もう爆発したいよ、あたしも。ジュゴーンって言って。
女2 山中は爆発しないよ。ジュゴンじゃないから。
女1 じゃもしわたしがジュゴンならホントに爆発するのか?
女2 仮定の話には答えられないな。
女1 ちょっと待って。それおかしい。
女2 どうして?
女1 じゃ、ジュゴンは爆発するときジュゴーンて言うのか?
女2 ジュゴンは滅多に爆発しないよ。自分からは。
女1 あたしだってしないよ。
女2 だってしたいって言ったじゃん。
女1 したいのとするのは違うよ。比喩だよ比喩。
女2 山中がジュゴンのようだってこと?
女1 けんか売ってんのか。あたしのどこがジュゴン!
女2 だって比喩って「なになにのようななになに」ってことでしょ。
女1 あたしが言った比喩は「爆発したい」っていうことだよ。
女2 「爆発したい」は比喩?
女1 そうだよ。
女2 「ようだ」がなくても比喩?
女1 そうだよ。
女2 じゃ、ジュゴンのような山中…
女1 なんだよ!
女2 待って。「ジュゴンのような山中」みたいにその比喩を直すとどうなる?
女1 どういうこと?
女2 「ジュゴンのような山中」は「なになにのようななになに」でしょ。比喩ってそうでしょ。ね、そうでしょ。
女1 うん。
女2 じゃ、直すと、「爆発したい」のような山中?
女1 わたしはジュゴンでも「爆発したい」でもない!
女2 なに怒ってるの?
女1 もういいから少し休もう。
女2 ジュゴンの話って盛り上がるよね。
女1 盛り上がってないよ、全然。


  机に伏せる女1

女2 あのね、けっこう面白かったね。


  女1、顔を上げない。

女1 面白くないよ。


  女1、顔を上げ、女2を見るがまた顔を伏せる。

女1 面白いことなんてないよ。
女2 えーとね。


  女2、わざとらしくせきばらい。

女2 ジュゴンが爆発…
女1 もうジュゴンはいいよ。
女2 ジュゴ…
女1 いいなあ、毎日が楽しそうで。
女2 ごめん。
女1 なにが。
女2 なんか。
女1 そう?
女2 うん。
女1 また、相談?
女2 相談していい?
女1 いいよ。でも答えないよ。
女2 いい、相談したいだけだから。聞いてればいいから。
女1 だからなに。
女2 学校、やだ。
女1 小学生じゃないんだから。
女2 山中もいなかったし。
女1 うん。
女2 わたし、山中しか話す人いないし。
女1 うん。
女2 ここ、だめだ。山中、いつまでここにいるの。
女1 さあ。
女2 だって中学じゃないんだから、そんなにいつまでもいられないよ。
女1 分かってるよ。
女2 試験だって受けてないし。
女1 分かってるよ!
女2 ごめん。怒らないでよ。
女1 しょうがないんだよ。
女2 わかるけどさあ。
女1 もうちょっといる。
女2 ごめん。
女1 あたしだって分かんないよ。いつまでいるかなんて。
女2 でもさあ。このままじゃさあ。
女1 いいよ。小野がこんなこと言うなんて、よっぽどだよね。
女2 ごめん。
女2 結局、小野の相談じゃないじゃん。
女1 ホントだ。


  SE 電話。

  女1、電話に出る。

女2 なに?
女1 ちょっと。
女2 電話鳴った?
女1 はい。勉強してましたよ。倫理。
え?誰もいませんよ。
いないですって。ほんといないですよ。


  女2あわてる。

女2 わたし?わたし?
女1 はい。はいはい。
えーと、3時に帰っていいですよね。はい。
クレタ島のとこ読んでました。
先生、クレタ島って、結局、自分のこと、なんか言えば全部そうなるみたい。
あたしは、って言うとなんか、全部嘘みたいです。
あたしは嘘つきだ、とあたしは言った。あたしは嘘つきですか?
女2 さっちゃん。
女1 あたしはいつまでここにいればいいんですか。あたしはここにいてもいいんですか。
女2 さっちゃん。
女1 いいんです。気にしないで。あたしの言うことみんな嘘だから。


  女1、電話を切る。

女2 さっちゃん。
女1 なに。
女2 だれ?
女1 いいじゃん。だれでも。
女2 担任。
女1 さあ。
女2 だって。
女1 さっちゃんて呼んでる。
女2 あ。
女1 なつかしいね。
女2 うん。
女1 バスケやりたい。
女2 うん。
女1 クラブ見学行ったよねえ。入学式のあと。
女2 行ったね。
女1 なんじゃこりゃ、と。
女2 ははは。
女1 これはなんだ、と。
女2 速攻のさあ、走り方も知らないのね。先輩たち。
女1 うん。なんかストレッチもだめ、フットワークもしないし。
女2 信じられなかった。
女1 高校でバスケットやりたかった。
女2 え?
女1 ホントだよ。
女2 嘘。あんなチームで?
女1 楽しかったかもしれない。
女2 そうかなあ。だってわたしたちが入学してから一回も勝ってないよ。
女1 きっと楽しかったよ。
女2 正直に先輩ずけずけ言ってさあ。
女1 だってあの人たちうるさいから。
女2 わたしたち、中学でやりすぎたかもしれないね。
女1 うん。厳しかったからね。


  女2、歩き出す。

女2 ドリブルの音聞くとのぞきたくなる。関東大会、すごいとこでやったよね。なんとかってとこ。栃木?茨城か。
女1 栃木って群馬?


  女2、フットワークを始める。

女1 冷静に考えると変な部族の踊りだよね。槍とか持ってさあ。


  女2、ソファに座る。

女2 あたし十五歳が人生のピークだったかもしれない。
女1 そんなこと言わないでよ。
女2 部活もしてないし、授業はさぼるし、成績も悪いし、遊んでもいないし。
女1 ようちゃんがそんなこといわないでよ。
女2 なんかがんばることしたい。でももうできない。がんばりかた忘れちゃった。
女1 うん。
女2 さっちゃんの方ががんばってる、とかいって。
女1 あはは。
女2 ごめん。
女1 いいよ。
女2 ごめん。ひどいこと言った。
女1 いいって。


  女2、ソファに座り、背もたれに顔を伏せる。

女1 あたし、がんばってるのかな。がんばってないよ。聞いてみる。


  女1、電話をかける。

女1 もしもし。あ、あたしです。あたし、がんばってる?うん。
がんばってないよねえ。
そうだよね。がんばってないよね。
なんかねえ、がんばると死んじゃうような気がするんだ。
でもね、ようちゃんが、あたしがんばってる、って。
違うよね。
がんばってないよね。 うん。
うん。
ありがとう。じゃまた。


  受話器を置く。

女1 あたし、がんばってないって。
女2 どこにかけたの?
女1 どこでもいいじゃん。
女2 ねえ、どこにかけた?
女1 知らない。


  女2、机に近づく。

女2 ちょっと貸して。
女1 何?
女2 いいから。
女1 使うの?
女2 うん。
女1 どこへ?
女2 どこでもいいじゃん。
女1 番号知らないでしょ。
女2 いいから。


  女3、入ってくる。

女3 さっちゃん。
女1 あ。
女2 何?
女1 ちょっと。
女2 なにいったい。
女3 来たよ。
女2 いいから貸して。
女1 どうぞ。番号知らなきゃかけられないよ。内線だから。


  女2、受話器を取る。
  女1、ソファに座る。

女1 (女3に)どこに行ってたの?
女3 うん。
女1 (女3に)先生に呼ばれてた?ここに来てるの知られたんじゃない?
女2 そんなことないよ。だれにも言ってないから。ねえ。これ、プーって言わないよ。
女1 そんなことないよ。
女2 おかしいよ。
女1 (女3に)もうさあ、来ないかと思った。
女2 え!
女3 いいんだよ。
女2 どういうこと?
女1 先生さあ、ここに来ないようにって、言ってるんじゃない?
女2 先生は何も言ってないよ。さっちゃんのこと。一言も。ねえ、さっちゃん、この電話使えるの?
女3 あたし。
女1 え?いいよ。いなよ。気にしないで。
女2 何言ってるの!
女1 いいから!
女2 何言ってるの!
女3 あたしさあ。きっとあたしいない方がいいんだよ。
女1 そんなことないよ。いないとダメなんだよ。
女2 さっちゃん、おかしいよ。さっちゃん!


  女1の手をつかむ女2。

女1 何必死になってるの?ようちゃん、おかしい。


  女2の手をふりほどき、歩き出す女1。

女1 じゃあね。
女2 さっちゃん!出るの?ここから。
女1 出るよ。出るに決まってるじゃん。
女2 いいの?
女1 いいさ。なんでこんなとこにいなきゃいけないんだよ!(女3に)行こう。


  女3、女1の手を取る。

女1 ねえ。
女3 だめだよ。
女1 もう、いいんだ。
女3 だめだよ。
女1 だって。
女3 違うよ。
女1 だって。
女3 座ろう。
女3 わたし、いない方がいいよ。
女1 そんなことないよ。
女3 わたし、だれ?言ってみて。
女2 さっちゃん!
女1 黙ってて!
女2 なんだよ。おかしいよ。


  受話器を取る。番号を押す。

女2 もしもし、もしもし。さっちゃんがね、おかしいんです。あたし、さっちゃんの友達なんですけど。あたし、さっちゃんしか話す人いないんですけど。さっちゃんいなくなるとあたし困るんですけど。なんてな。


  受話器を乱暴に戻す。外れる受話器。
  戻そうとして、電話のコードに気づく。
  どこにもつながっていないコード。

女2 なに?


  コードの先を持って。

女2 なにこれ?いったいこれはなに?
女1 小野さあ。
女2 さっちゃん。これ、なに。
女1 知らないよ。
女2 だって、これ。
女1 なんだよ。
女2 電話だよ。
女1 そうだよ。
女2 つながってないじゃん。
女1 知らないよ。
女2 話してたじゃん。なんなの、あれ。
女1 話してたよ。
女2 話せるわけないじゃん。
女1 話してたよ。
女2 どうして嘘つくんだよ。
女1 嘘ついてないよ。
女2 なんだよ。先生とかいって。
女1 先生にかけたんだよ。
女2 誰だよそれ。出るわけないじゃん。どこにもつながってないんだから。
女1 何が。
女2 コードが。
女1 そんなこと知らないよ。コードがどうだってあたしが話したって言ったら話したんだよ。


   女2、机に伏せる。

女2 おかしいよ。
女1 おかしくないよ。
女2 さっちゃん。どうしたんだよ。
女1 電話、あったんだよ。ほんとだよ。
女2 嘘だ。
女1 ほんとだよ。
女2 変なこと言ってる。まるでわたし以外にも誰かいるみたいに。
女1 いるよ。よく分かったね。
女2 だれが。
女1 友達だよ。
女2 どこ。
女1 見えないよね。
女2 さっちゃん。
女1 あたしのこと、どうかなったと思ってる。(女3に)そうだよね。みんなそう思うよね。作り物だから。
女2
女1 嘘だから。
女2
女1 わたし、作り物なんだよ。わたし嘘なんだよ。わたし、わたしのこと思ったり、言ったりさあ。


  顔を伏せる女1

女1 思ったり、言ったり、なんかわたしのこと、あ、なんかよく分かんない。わたしっていうだけで苦しい。
女2 わたし。
女1 みんな嘘ついた。あいつとあいつとあいつ。
女2 さっちゃん。
女1 だれも信じてくれなくてさあ。
女2 さっちゃん。
女1 ようちゃんもさあ。
女2 信じてたよ。
女1 嘘だ。
女2 信じてたよ。
女1 嘘だ。
女2 ほんとだよ。
女1 ほんとってなんだよ。わかんないよ。
女2
女1 いいよ。わたしだってわたし、信じてなかった。
女2 どうして。
女1 わたし、嘘つきだから。いるのにいないって言ったり、いないのにいるって言ったり。
女2 さっちゃん。
女3 ねえ、聞いて。


  振り向く女1。

女3 もう、来ないよ。ううん。来れないよ。
だってようちゃんもいるし。
わたし、いない方がいいよ。
やっていけるよ。


  首を振る女1

女3 わたし、いないんだよ。知ってるでしょ。
いない人には会えないよね。


  顔を伏せる女1

女3 さっちゃん。さっちゃんて呼ぶの初めてだね。
さよなら。楽しかった。
さよなら。がんばらないさっちゃん。
女1 違うよ!
女2 さっちゃん。
女1 行かないでほしい。
女2 さっちゃん。
女1 (女2に)ねえ、見えるよね。
女2 え?
女1 ここにさあ。


  女1、声を詰まらせる。

女2 さっちゃん。
女1 見えるよ。いるんだもん。
女3 もういいよ。いないの知ってるでしょ。
女1 いるよ。行かないでよ。
女3 さよなら。


  女3、去る。

女2 だれか、いたんだね。


  ソファに行く女1。

女1 いないよ。
女2 いたよ。
女1 いないよ。
女2 行っちゃった。
女1 もう、いないんだよ。
女2 もう、いないんだ。


  立ち上がってドアまで歩く。
  振り返って。

女2 ごめん。
女1 どうして?
女2 大事な人だったんでしょ。
女1 いない人だよ。いなかったんだ。最初から。わたし、知ってた。


  女1、立ち上がる。

女1 わたし、バスケしたい。
女2 うん。
女1 出るよ、ここ。
女2 うん。
女1 だれもわたしに気づかなかったんだよ。もう三日も来てたのに。ここ、だれも来ないんだ。変な場所だよ。ここ。
女2 ここ、何?
女1 相談室だったみたい。
女2 今は使ってないんだ。
女1 だれも知らなかった。気がついたの、ようちゃんだけ。
女2 相談する人はどこに行くんだろう。


  女2、教科書をめくって。

女2 クレタ島ってなに?
女1 わたし、行ったことあるよ。
女2 え?ギリシャに行ったの?
女1 知ってたのか。
女2 うん。
女1 わたし、クレタ島の人みたい。
女2 住んでるんだ。
女1 クレタ人は嘘つきだとクレタ人は言った。さてクレタ人は嘘つきですか?正直者ですか?
女2 さっちゃんは嘘つきだとさっちゃんは言った。さっちゃんは嘘つき?正直者?
女1 両方。嘘つきで正直。


  女1、鞄に教科書をしまう。

女1 ようちゃん。
女2 なに?
女1 ジュゴン。
女2 え?
女1 ジュゴン、少し面白かった。
女2 でしょ。
女1 ありがとう。
女2 行こうよ、もう。


  二人、歩き出す。
  SE 電話
  振り向く女1
  立ち止まる。

女2 どうしたの?
女1 なんでもない。


  二人、去る。
  幕。




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