空飛ぶクレタ島の冒険
平成十五年度甲府昭和高校演劇部自主公演


キャスト

女1窪田
教授
おばあちゃん
女2石川
学生



  裸舞台
  窪田が立っている

窪田 事件がない!
そそそ、そんなこと言ったって。
はいはい事件ね。事件事件。
事件出しゃいいんでしょう。出しゃ。
はいはい。見つけてきますよ。
あたしたちだってその気になれば事件のひとつやふたつ。
と、たんかを切ってはみたが、どこに事件があるのだろう。
山田奈緒子がうらやましい。


  石川登場
  石川、手紙を渡す。
  窪田広げる。

窪田 「なぜベストを尽くさないのか」
尽くしたよ。精一杯。でも落ちた。落ちた落ちたまた落ちた。
石川 落ちましたね。
窪田 思いっきり落ちたね。
石川 いいですよ、もう。
窪田 関東大会行きたかったねえ。
石川 行きたかったですねえ。
窪田 どうすれば行けるのかねえ。
石川 どうすれば行けるんですかねえ。
窪田 次の芝居どうする。
石川 自主公演ですか。
窪田 うん。
石川 部員いないですしねえ。
窪田 みんなはどうしたの。
石川 佐藤さんは早退です。
窪田 どうして。
石川 深爪が痛いそうです。
窪田 深爪で早退するなよ。
石川 飯田さんは法事です。
窪田 一年に何回法事があるんだあの家は。
石川 向山くんは分かりません。
窪田 何?
石川 連絡がつきません。携帯の電源も切ってあります。
窪田 あの男はいったい何を考えてるんだ!
石川 どうしてこんなことになっちゃったんでしょうね。
窪田 落ちたっつって泣いてた頃が懐かしいね。
石川 次の公演どうします。
窪田 わたしね。
石川 うん。
窪田 けっこう、おだてられるの好き。それからね、意外とちやほやされるの好き。ほめられるのも好き。賞賛されるのも好き。
石川 じゃあそうなるようにがんばりましょうよ。
窪田 だから。いいからほめて。私を。もうなんもかんも私のとこへ持ってきて!だれか変わってよ!部長を!
石川 先輩落ち着いて。
窪田 来ない人はなんなのよ!賞取れないよ。こんなんじゃ。
石川 賞にこだわりますね。
窪田 賞のためにやってるの。
石川 そうなんですか!
窪田 どうすればいい?
石川 はい?
窪田 どうすれば賞がとれるの?
石川 だから賞とかはいいじゃないですか!
窪田 言ったでしょう。ほめられたいの!賞が取りたいの!賞のためにやってるの!
石川 動機が不純だなあ。
窪田 じゃ訊くけどね。今まで不純でない動機ってあった?動機は不純なの。動機だから。
石川 それは確かにそうです。先輩ほどではありませんがわたしも不純です。
窪田 芝居の出来だよ問題は。
石川 はい!
窪田 昭和高校といえば!声が小さい。ドラマがない。間取りすぎ・台詞忘れたかと思った。
石川 事件がない。
窪田 きついよね。
石川 分からない。
窪田 分からないって言われるのきついね。
石川 どうしましょう。人数もいないし。
窪田 来ない人はもういい。三人いれば公演は打てる。練習練習。始めよう。
石川 また二人とか三人の芝居ですか。脚本がないんですよね。
窪田 創作だ。
石川 創作ですか。
窪田 だって二人の脚本がどこにある
石川 『モンタージュ』は?
窪田 何だと?
石川 いけませんか?
窪田 いけなくはない。しかし。
石川 二人だし。
窪田 ダメ。とにかくそれだけはダメ。そのことには触れないようにしよう。
石川 じゃ、しょうがないです。脚本書きましょう。
窪田 書くの?
石川 もう顧問に任せていると落ち続けるだけです。
窪田 それはそうだ。
石川 練習時間も短いし、早く取りかからないと間に合いません。
窪田 しょうがないでしょ。冬季は六時半までって決まってるんだから。
石川 だれが決めたんですか。
窪田 校長じゃない?
石川 校長め。
窪田 客席にいるんだぞ。
石川 すみません。
窪田 でも生徒創作はなあ。難しいからなあ。
石川 いつも思うんですけど、高校生の脚本ってよく人が死ぬでしょう。無意味に。
窪田 そう!やたら死んじゃうの。必然性もなく。交通事故とか、病気とか。
石川 あと必ずあるのが教室のシーン。
窪田 そう。
石川 めがねかけた女子が駆け込んで入ってきて、「ね、ねね、聞いた?大ニュース大ニュース!」って言うの。
窪田 あるある。どういうわけか、めがねかけてる。そういう騒がしい子って。あと、「ホーホッホッホ」って笑う高飛車な女とか。いるわけない。
石川 困りますよね。それから電話のシーン。上手と下手に単サス振って電話するの。
窪田 あるある。こういうやつ。トルルルルル。トルルルルル。
石川 はい、市川です。
窪田 あ、市川君。ゆきえです。
石川 あ、ゆきえさん。どうしたの。こんな夜中に。
窪田 わたし……市川君にどうしても伝えたいことがあって……
石川 なに?
窪田 うん……ごめんなさい。なんでもないの。
石川 いいんだよ。言いなよ。
窪田 ううん。本当にいいの。ごめんなさい。夜中に電話なんかしちゃって。でも……市川君の声が聞けてうれしかった。さよなら。ガチャ。
石川 ツーツーツー。どうしたんだろう?
窪田 言えないんなら電話するな。
石川 男の方だって普通気がつきますよ。あと、やたら多いのは、異次元っていうんですか、違う世界ってのに行っちゃうの。
窪田 あははははは。多いんだこれがまた。
石川 ぽんぽん次元を超えちゃうんですよね。
窪田 あれ、どういうことだろうね。
石川 それで収拾つかなくなるといつの間にか戻ってきちゃうの。
窪田 そうそう。それでその違う世界に行くと、「時の王」とか「白き人」とか、わけのわっかんないへんてこりんな奴がいてさあ。
石川 その世界を支配しちゃったりしててね。
窪田 「三つの石を取ってこい」とか命令したりするの。
石川 ドラゴンボールじゃないんだから。
窪田 どうする次の芝居。ホントに書く?
石川 書きましょう。
窪田 顧問は。
石川 いいじゃないですか。できましたって持ってったら。なんかああ、そうかとか言って。
窪田 いいのかなあ。
石川 いいですよ。
窪田 暗いんだよね。台本が。
石川 そうそう。
窪田 ストーリーないし。
石川 分かりにくいんですよ。
窪田 間が長い。
石川 脚本のせいじゃないですか。落ちたの。
窪田 そうだよねえ。
石川 スタイルを変えたらどうでしょう。
窪田 え!
石川 例えばですね。一人が舞台にいて後から一人入ってくる。
窪田 はい。
石川 入ってきたのに気づいて挨拶する。
窪田 うん。
石川 ある高校はこうなります。


  石川、袖に
  すぐ入ってくる。


石川 おはよう。
窪田 あ、繭子。おはよう。
石川 ねえ、どうしたの。
窪田 え。
石川 なんか変だよ。
窪田 あ。ううん、なんでもない。
石川 いいですか。
窪田 なるほど。こんなにためるのか。
石川 ある高校はこうです。


  石川袖に。
  すぐ入ってくる。

石川 おはよう。
窪田 おはよう。
石川 あ、佳奈、具合悪そう。
窪田 悪くないよう。
石川 嘘嘘嘘。なんか、今にも死にそう。
窪田 佳奈、死にそうじゃないよお。元気だよお。
石川 気持ち悪いです。先輩。
窪田 本当に死にそう。
石川 うちはこうです。


  石川袖に。
  入ってくる。
  あらぬ方を見つめる窪田
  石川、入ってくるが窪田は気づかない。

石川 ねえ。


  窪田、振り向かずに答える。

窪田 うん。
石川 来たよ。
窪田 うん。
石川 でも。
窪田 うん。
石川 ねえ。
窪田 何でもないよ!
石川 わ。
窪田 ねえこれ変?
石川 別に変じゃないですが。
窪田 楽しくないかもしれないよね。
石川 こんな場合もあります。うちが何かを渡す場合。手紙だとしましょう。こんな感じです。


  石川、手紙を出す。

窪田 うん。
石川 これ。
窪田 いいよ。
石川 だって。
窪田 分かってるよ!
石川 うん。


  窪田、手紙を開ける

窪田 「おまえたちのやっていることはすべてお見通しだ」すいません!
石川 わたしたちも分かってやってるんじゃないんです!
窪田 なんかこうすると意味ありげかなと思ってやってるだけです。
石川 先輩、だれに謝ってるんでしょう。
窪田 さあ。次いこう次。
石川 ある高校はこうです。


  石川、手紙を出す。

石川 佳奈ちゃん。これ、読んで。
窪田 え?どうしたの?
石川 いいから、読んで、お願い。
窪田 繭ちゃんがそんなに言うんなら。


  窪田、手紙を開く。

窪田 え!繭ちゃん、これいったい。
石川 そうなの!
窪田 あ、あなたは。
石川 そう、わたしは未来から来た、えーと異世界の、死に神で天使で妖精。
窪田 なんでもなればいいってもんじゃない。
石川 こんな感じです。
窪田 これも疲れるな。それにしても妖精好きだな。
石川 ある高校はこうです。
窪田 おい関係者観てないよな。


  石川、手紙を出す。

石川 佳奈ちゃん、受け取ってくれるかな。
窪田 大丈夫だよ!
石川 明るく元気に、「佳奈ちゃん!手紙だよ!」
窪田 笑顔でにっこり「佳奈ちゃん!手紙だよ!」
石川 佳奈ちゃんは自分です。
窪田 あ、そうか。分かってるよ。今年もまたダメだったんだ。オレ、ダメなんだよ。
石川 バカヤロー!


  石川、窪田を殴る。

石川 甘ったれるんじゃないよ!


  倒れる窪田。

窪田 繭ちゃん。
石川 いいから読むんだ。
窪田 分からない。セブンイレブンの特選肉まんが好きだったことが分からない。
石川 と、こういう感じです。
窪田 なるほど。ところで今なぜ殴った。
石川 なんか流れで。
窪田 流れで殴るなよ。
石川 あとで謝ります。こうしてみるとわたしたちだけ特別じゃありませんよ。
窪田 そうだね。
石川 どうしたらいいんでしょう。
窪田 いい顧問がいればいいんだけど。
石川 今の顧問じゃダメですか。
窪田 顧問の力って結構大事だよ。
石川 どんな顧問がいい顧問なんですか。
窪田 そうねえ。


  動きの止まる二人。

石川 あれ、もしかしてこの間はシーンが変わるきっかけですか。
窪田 言うなよ!
石川 音響とかないですか。ポワポワポワポワポワーンとか。
窪田 コントかよ。
石川 似たようなもんですよ。
窪田 コントにするの?
石川 コントです。
窪田 顧問の力って結構大事だよ。
石川 え?あのもう始まるんですか?
窪田 いいから!
石川 はい。
窪田 顧問の力って結構大事だよ。
石川 どんな顧問がいい顧問なんですか。
窪田 そうねえ。


  動きの止まる二人。

石川 ポワポワポワポワポワーン。
窪田 口かよ。
石川 先生、お願いします。
窪田 よろしく。あなたなの。わたしに演劇を教わりたいという人は。
石川 ハイ!
窪田 名前。
石川 石川です。
窪田 石川さん。ふーん。つまらない名前ね。
石川 はい。
窪田 演劇をやりたいの。
石川 はい。お芝居好きなんです。
窪田 演劇の経験あるの?
石川 いいえ。
窪田 あ、そうなの。じゃやってみて。見てあげる。
石川 えーと、何を……
窪田 これね、私が書いた台本。
石川 はい。
窪田 やってみて。すごく面白いの。
石川 (先生に向かって)私、坂本ひとみ。高校二年生の女の子。
窪田 何やってるの。
石川 はい。
窪田 ここは劇の始まりなんだから。
石川 はい。
窪田 ちゃんと前向いて言うのよ。
石川 は?
窪田 ここ、自己紹介だから。元気良く。
石川 はい。
窪田 こうよ。「私、坂本ひとみ!高校二年生の女の子!」
石川 なぜ客席に向かって言う!
先生 私は。演劇はね、遠くの方から見る人もいるんだから。声も演技ももっと大きく。
石川 だからって、こんなこと道の真ん中で言うやついない!
窪田 「え?ここで何をしているのかって?」
石川 おい、幻聴が聞こえるのか?だれもなにもしゃべってないぞ。
窪田 「私の大好きな隆志くんに今日こそこの手紙渡そうと思うの。」
石川 こんな説明的な台詞今まで聞いたことない。「エースをねらえ」より説明的。
窪田 「隆志君、私の気持ち分かってくれるかしら。」
石川 どうしてそんなに手を使う!ジェスチャーじゃないんだから。
窪田 「あ、隆志くんだ!」
石川 口に出して言うか!来たのは見れば分かる!
窪田 「やあ、だれかと思えば同じクラスの坂本くんじゃないか。」
石川 今時の高校生じゃない!「やあ、だれかと思えば」だいたい普通「同じクラスの」ってわざわざ言うか?
窪田 「どうしたの?こんなところで。だれか待ってるの?」
石川 なぜ台詞を言うとき一歩前へ出る?
窪田 「あ、あの。こ、この手紙、よ、読んで、ほ、欲しいんだけど」
石川 なぜ焦ったときに最初の一文字を繰り返す?
窪田 「隆志くん、受け取ってくれた。」暗転。


  暗転

石川 どうしてここで暗転がいるー!


  照明

窪田 場面変わって教室。「ねえ、ひとみ、どうしたの?なんか心ここにないって感じ。」
石川 人の気持ちをあえて説明するやつ。
窪田 「ううん、な、何でもないよ。隆志くん、返事くれるかしら」暗転。


  暗転

石川 また暗転かー!


  照明

窪田 場面変わって放課後。
石川 おい、もう変わったのか?さっきの場面台詞二行だぞ!しかしけっこうそういう台本ある。
窪田 「隆志くん、返事くれるかしら。」
石川 それはさっき言った!バラエティ番組のCM開けか!
窪田 「坂本くん。」 「隆志くん。」
石川 いいから早くしろー!しまった、なんかドキドキしてきた。
窪田 「今朝の手紙のことだけど」「はい。」「気持ちはうれしいんだけど」
石川 ほとんど予想通りの展開。
窪田 「ぼくには好きな人がいるんだ。」「え!バサ。」本を落とした音。


  窪田、架空の本を落とす。

石川 なぜ驚いたとき、本を落とすー!


  音楽C.I。

石川 あんまりと言えばあまりな音楽だ!
窪田 「そ、そうだったの。」「ごめんね。」「いいの。でも、全然知らなかった。わたし、バカみたいね。」「そ、そんな」「笑っていいのよ。」
石川 はははははは。
窪田 「じゃ、ぼくはこれで。」去る隆志。「こんなことになるなんて。」
石川 始まった!独り言。
窪田 「どうして、気付かなかったんだろう。」
石川 どうして、首振ってしゃべるんだろう。
窪田 「ああ、わたし、これからどうすればいいんだろう。」
石川 どうして悩むときに頭を抱える!
窪田 「ひとみ、どうしたの暗い顔して」
石川 傷口に沁みる友達の無邪気な言葉。
窪田 「そう言えばあなたの好きな隆志くん、あっちに歩いていったよ。チャンスだよ、告白する。」
石川 傷口を無理矢理こじ開ける友達の親切という名の暴力。
窪田 「いいの!私のことはほっといて!」
石川 かけ出すひとみ。
窪田 「あ!ひとみ!車が来る!」キキー!ガシャーン!「キャー!(倒れる)」
石川 おーっとこういう展開か!
窪田 ファンファンファンファン。
石川 ピーポーピーポーじゃないのか!
窪田 ピーポーピーポー。
石川 まさかそこに隆志来ないだろうな。
窪田 「坂本くん!」
石川 来たよー!
窪田 「隆志くん……」「大丈夫か!しっかりしろ!」
石川 それより救急車だろ。
窪田 「私……」
石川 先生。このあとどうなるんですか?
窪田 まだ書いてないのよ。でもね。
石川 先生!
窪田 これから演劇の道を歩むあなたに教えてあげるわ。演劇とは人の心を伝えること。
石川 はい!充分伝わりました!
窪田 そして、テーマは愛よ!
石川 愛よ愛よ愛よ……
窪田 いい……役者に……なるのよ……
石川 台詞に……が多い!


  窪田、倒れる

石川 先生!先生!どうしたんですか?先生!
窪田 私はもうダメ。不治の病に侵されているの。
石川 月影先生!
窪田 マヤ……


  窪田、起きあがる。

窪田 こんなことになったらどうしよう!
石川 こんなの今時あるんですか?
窪田 昔よくあったらしい。
石川 今やれば新鮮かもしれませんね。逆に。
窪田 何の逆?
石川 ドラマチックじゃないですか。
窪田 クサイのダメ!賞取れないの。
石川 演劇なのにコンテストっていうのも変ですね。
窪田 演劇のコンテストはまずいの?
石川 審査員の好き嫌いとかあるじゃないですか。
窪田 そうなんだよね。
石川 しょうがないですよ。自分たちがいいと思ったものやればいいじゃないですか。
窪田 それが難しいんだよね?
石川 え?
窪田 自分が何が好きなのか分からない。
石川 だって自分のことじゃないですか。
窪田 嫌いなのはいくらでもあるんだよね。
石川 やりたいことないんですか。
窪田 ないんだよね。
石川 え?
窪田 ほんとにやりたいことないんだよ。
石川 嘘。
窪田 そうそう。嘘みたい。
石川 ホントにないんですか。
窪田 ホントにないんだ。嘘みたいに。
石川 困りましたね。
窪田 どっかの学校みたいにさあ、どうしても天使やりたいとかさあ、ないんだよね。
石川 あらあ。
窪田 違う世界行くとかさあ。どうしてわたしはこんなところにいるの?あなたなちはいったいだれ?とか。興味ないんだよね。
石川 何に興味あるんですか?
窪田 恋愛もの?
石川 えー?
窪田 興味ないなあ。
石川 そうっすよね。
窪田 うん。
石川 なんかないですか?
窪田 興味のあるものねえ。あ。
石川 なんですか?
窪田 ヨハン・リーベルト。
石川 そんなもんに興味あってもしょうがないですよ。
窪田 「          」(何か入れてください)
石川 ダメです。
窪田 「          」(同じく)
石川 それもダメ。
窪田 「          」(さらに)
石川 いい加減にしてください。
窪田 「          」(まだまだ)
石川 怒りますよ。
窪田 だってないんだもん。
石川 先輩、進路どうするんですか?
窪田 え?
石川 いや、ちょっと興味あって。
窪田 ああ、進路で悩む話?
石川 いや、先輩の進路。
窪田 進路かあ。
石川 演劇ですか。
窪田 何が?進路が?まさか。
石川 卒業したら演劇やらないんですか?
窪田 だってさあ、卒業して、新しいとこで演劇やったら、もう先輩じゃないんだよ。
石川 当たり前ですよ。
窪田 やだよ。
石川 いばれませんからね。
窪田 そうそう。それにどうする?なんかさあミュージカルみたいなのやってるところにうっかり入ってさあ「どうしたんだい、エリザベス」「まあジョージじゃない、久しぶり」とかやらされたら。舌かんで死にたくなる。
石川 そういうもんですか。
窪田 進路ねえ。
石川 なんかやりたいことないんですか?
窪田 強いて言うなら心理学とか興味あるかなあ。
石川 へえ。心理学ってなにやるんですか。
窪田 え?
石川 よく聞くじゃないですか。心理学って。
窪田 さあ、よく知らない。
石川 興味あるんでしょ。あ、人の相性とか?
窪田 それは占い!人の心を探るのよ。
石川 探ってどうするんですか?
窪田 ああ、この人はこんなこと考えてるのかって。
石川 でも、知らない方がいい時ってありますよね。
窪田 うん。
石川 いいじゃないですか。知らなくて。
窪田 でもなあ。あ、心理学って、夢のこととか分かるって。
石川 正夢とか?
窪田 うん。
石川 やっぱり占いみたいですよね。最近多いらしいですね。心理学行きたい人。
窪田 あのね、夢ってそれだけじゃなくて。
石川 なんですか?
窪田 わたしもよく知らないんだけど。
石川 教えてください。教授。窪田教授!
窪田 何だね?石川学生。
石川 夢の役割って何ですか?
窪田 うん。それはだね。
石川 教授、その手はなんですか?
窪田 うん、これはパイプだよ。
石川 なるほど。
窪田 教授はやっぱりパイプだよ。君。
石川 教授、教えてください!


  石川と窪田、教授と学生になる。

教授 夢の機能の一つとして。
生徒 夢に昨日があるんですか?
教授 もちろん。昨日もあれば明日もある。まあ聞きなさい。夢の役割の一つとして。
生徒 はい。
教授 睡眠を継続させる、というのがある。
生徒 嘘。
教授 嘘なものか。
生徒 だって。
教授 だって、何だ。
生徒 恐い夢を見てはっと目を覚ますこともあるでしょう。
教授 それもある。
生徒 睡眠、継続しないじゃないですか。
教授 だから一つとして、だ。
生徒 例外もあるんですね。
教授 一つとして。
生徒 はい。
教授 睡眠を継続。
生徒 はい。
教授 水におぼれる夢を見る人がいる。
生徒 いるそうですね。
教授 子供に多い。
生徒 はあ。
教授 なぜ子供か。
生徒 なぜ子供ですか。
教授 おねしょだ。
生徒 おねしょですか。
教授 子供はおねしょをする。
生徒 おねしょをします。
教授 濡れて気持ち悪いので起きるよな。
生徒 はい。
教授 でも、寝ていたいよな。
生徒 はい。
教授 せっかく寝てるんだから。
生徒 はい。でも、濡れてるんだから、起きるでしょう。
教授 そこで、夢だ。
生徒 はい?
教授 もし溺れてたらどうだ?
生徒 は?
教授 溺れてたら、周りは何だ?
生徒 へ?
教授 溺れたことないのか?
生徒 はい。
教授 仕方ない。しかし、そこが想像力だ。溺れたことがなくても、そのおぼれた人間になってだな、周りに何があるか考えてみろ。
生徒 溺れているとき周りに何があるか……絶望?
教授 ペシミストだなあ。
生徒 何ですか?ペシミストって。
教授 悲観主義者だ。もっと勉強しろ。そういう抽象的なことではなくてだな。もっと具体的に答えろ。
生徒 具体的に……ああ、水。
教授 そうだ。
生徒 ところで教授。
教授 話の腰を折るな。何だ。
生徒 教授は何の教授ですか?
教授 おまえ、そんなことも知らずに私のゼミに入ったのか。
生徒 これ、ゼミだったんですか?
教授 そうだ。私のゼミに入ったのはきみが28年ぶりだ。
生徒 すいません。雑談だとばかり思ってました。
教授 失敬な。
生徒 夢の話をしてるくらいだから心理学ですか。
教授 今人気の心理学のゼミにおまえが入れると思うか?
生徒 思いません。
教授 それにしてもなぜみんな心理学に行きたいんだろう。
生徒 なぜでしょう。
教授 心理学をやったからといって悩みが解決できるわけでも、人の心が分かるわけでもない。
生徒 そうなんですか?
教授 人生相談に投稿する方がまだましだ。
生徒 教授。教授は何の教授ですか。
教授 私の専門は考古学である。
生徒 そうすると発掘なんかするんですか。
教授 そうだ。
生徒 何を発掘するんですか。
教授 わからんか?夢だ。
生徒 さむ。
教授 いけないか。
生徒 今の時代に合わないのではないかと。
教授 こういうのだめか。今。
生徒 さっきの話ですけど。
教授 つまりな。おねしょして当然このへん濡れるから気持ち悪い。起きる。しかしせっかく寝てるのだから起きたくない。そこで、今溺れてるのだから濡れててもしかたないと。
生徒 自分をだますのですか。
教授 これを夢の合理化と言うな。
生徒 今、濡れてるのは溺れて水の中にいるから当たり前だ、と。
教授 そうだ。
生徒 なあんだ。
教授 なあんだ、とは何だ。
生徒 心理学ってこんなもんですか?
教授 あと一日中ネズミ観察するていうのもある。
生徒 先生、突然ですが雨です。
教授 なに?外は雨か?
生徒 いいえ。ほら?
教授 なんだ?ここは研究室だろ?
生徒 いいえ、外ですよ。
教授 ああ、そうか。雨か。まあ、濡れても大したことはない。
生徒 先生!洪水です!
教授 うわあ!
生徒 先生!鉄砲水です。
教授 ここはどこなんだ!
生徒 先生!高潮です。
教授 うわあ!
生徒 先生!あそこに逃げましょう!
教授 どこだ!
生徒 あの、露天風呂です!
教授 なに?混浴か?
生徒 いやですか?
教授 いいや!どぼーん!
生徒 どぼーん!
教授 ああー、いい気持ちだ。
生徒 いい気持ちですね。
教授 びしょぬれだな。
生徒 びしょぬれですね。
教授 仕方がないな。
生徒 仕方がないですね。
教授 ちょっとぬるいな。
生徒 ちょっとぬるいですね。
教授 おい、やけに冷たくないか?これじゃ風邪を引くかもしれん。
生徒 風邪を引くかもしれませんね。
教授 風邪を引くかも…
石川 風邪引きますよ、先輩。
窪田 教授だ。
石川 教授じゃないですよ。寝ぼけてるんですか?
窪田 ああ。
石川 こんなところで寝ないでくださいよ。
窪田 露天風呂が。
石川 え?
窪田 洪水は?
石川 先輩!
窪田 夢の話で夢オチか。う!
石川 なんですか。
窪田 えーと。着替えてきていいかな。
石川 はあ?
窪田 ちょっと、なんかぬるーい感覚が下半身に。
石川 ちょっと先輩行かないでください。大丈夫です。
窪田 え?
石川 夢をテーマにしたらどんな感じになるだろうかなっていうお芝居です。
窪田 ああ。自分でもいきなり教授になっちゃったからどうしたのかと思った。
石川 こういうことをするから分からないと言われるんでしょうか。
窪田 頼みがある。
石川 何ですか。
窪田 台本書いてくれ。
石川 え!
窪田 あたしには無理だ。
石川 台本ですか。
窪田 あたしがやるとどうしても目的から離れていく。
石川 あたしも別に興味あることないですし。あ。
窪田 よし。うまい具合に「あ」が来た。
石川 何ですか?
窪田 なんか思い出した時の「あ」だろ。
石川 それはそうなんですけど。
窪田 早く「あ」の続きを言ってくれ。
石川 興味あることなんですけど。
窪田 何。
石川 もうちょっと興味深そうに訊いてもらえますか。
窪田 何何何?
石川 あのクレタ島のパラドクスなんですけど。
窪田 クレタ島って何。
石川 クレタ島っていうギリシャの島ですね。
窪田 何それ。
石川 クレタ人は嘘つきだとクレタ人は言った。果してクレタ人は嘘つきなんでしょうか。正直なんでしょうか?
窪田 え?なに?よく分からない。
石川 つまりですね、クレタ人が嘘つきなら、正直に嘘つきだと言っちゃったわけなので正直者になっちゃうじゃないですか。
窪田 うん。
石川 矛盾してますよね。
窪田 だってさあ、クレタ島の人が全部嘘つきとは限らないでしょう。
石川 先輩、それ大前提です。
窪田 何を言いたいの。
石川 つまりですね。
窪田 長い?
石川 何が?
窪田 その話、長い?
石川 少し。
窪田 あたし長い話キライなんだよね。
石川 夢の話えんえんとしてたじゃないですか。
窪田 長い話を聞くのがキライ。
石川 つまりね。
窪田 お、タメ口になった。
石川 すみません。
窪田 えらくなったな石川も。
石川 先輩、聞く気はあるんですか。
窪田 あ、怒った。
石川 怒ってないですよ。
窪田 石川の場合顔じゃ判断できないから。
石川 どういうことですか。
窪田 表情ないから。
石川 演劇部じゃ致命的じゃないですか。
窪田 これから君のことをストーンフェイスと呼ぼう。
石川 とにかくですね。クレタ島の話をしていいですか。
窪田 何だよ、クレタ島って。
石川 つまりですね、本当のこと言ってるようで結構嘘言っちゃったりしませんか。
窪田 ちょっと待って。本当のこと言ってるようで、あああるある。
石川 先輩結構あやふやなこと言ってることあるじゃないですか。
窪田 ねえ知ってた?
石川 なんですか?
窪田 あたし月は東にあるとき満月で、だんだん欠けてって、西に沈む時三日月になるんだと思ってた。
石川 それ嘘じゃなくてただの無知ですよ。
窪田 びっくりした。
石川 それからですね。
窪田 はい。
石川 嘘ついてるつもりでもまるっきりの嘘じゃなくてホントのこと言っちゃったりするじゃないですか。
窪田 まあね。
石川 じゃ台詞はどうですか?
窪田 え?
石川 台詞って嘘ですよね。
窪田 嘘っていうかフィクションだよね。
石川 先輩のホントの気持ちですか?
窪田 うーん。
石川 嘘ですか?
窪田 うーん。本気で言ってるけど。
石川 でも、誰かが書いた台詞じゃないですか。
窪田 おおー。
石川 何ですか。
窪田 なんかテーマらしいものが見えてきた。
石川 テーマ?
窪田 そう脚本にして二十四ページ目にしてやっとテーマが出てきた。
石川 なんですか。
窪田 テーマは演劇。
石川 うわあ。
窪田 何?
石川 なんかややこしくなりそうですよね。
窪田 どうして。
石川 だって演劇についてでしょう?
窪田 うん。
石川 演劇について演劇のこと考えれば、それは「演劇に関する演劇」ですよね。
窪田 うん。
石川 こうして「演劇に関する演劇」を考えると、「『演劇に関する演劇』に関する演劇」になりませんか。
窪田 なるほど。じゃ、もっと突っ込んで「演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇」にしようか?
石川 そうなると「演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇に関する演劇」はどうでしょう。
窪田 今一個多かったー。
石川 いいじゃないですか。そんな決まりあるんですか。
窪田 怒った?
石川 怒ってないですよ。
窪田 怒ったんだ。顔じゃわからないからさあ。
石川 いいから真面目にやりましょうよ。
窪田 ちょっとテーマらしいものが出てきてさあ、いきぐるしくなっちゃってさあ。ほらあたしふざけないと倒れるから。
石川 たちの悪い病気ですよね。
窪田 そうだよーん。
石川 じゃ、いいですね。演劇で。
窪田 演劇部だよ演劇するさ。演劇部がお花活けてどうするんだよ。
石川 演劇の話でいいですよね。
窪田 演劇の話さっきからしてるじゃん。
石川 演劇がテーマの芝居でいいですね。
窪田 だれが書くの。
石川 しょうがないからあたしが書きますよ。
窪田 書いてくれるんだ。よかった。頼む。
石川 まったく。
窪田 ダメだしあると思うから、あしたまでに書いてきて。
石川 え?
窪田 あしただよあした。
石川 それは無理ですよ。
窪田 無理じゃないよやればできるよ。無理と思うから無理なんだよ。初めからあきらめるなよ。なぜベストを尽くさないのか。
石川 そうじゃないですよ。台本書くのはいいんです。
窪田 じゃいいじゃん。
石川 ただなあ、あしたっていうのがなあ。
窪田 あしたがなぜダメ。
石川 ここまで暗転ないじゃないですか。
窪田 え?
石川 暗転知らないんですか?
窪田 ちょっと待て石川。
石川 演劇部の部長なのに。
窪田 暗転くらい知ってるよ。
石川 知ってるんならいいですよ。ほら暗転ないでしょ。ここまで。
窪田 えーと。困ったな。
石川 せっかくここまで暗転なしで来たんだから、最後までなしで行きたいじゃないですか。でもあしたっていうと、ほら、なんか暗転挟んで「おはよう」とかまた始めなきゃいけないんですか?
窪田 おまえ大胆だな。いいのかそんなこと言って。
石川 え?
窪田 それじゃあたしたちが芝居の途中だってこと知ってることになるじゃん!
石川 知ってますよ。当たり前じゃないですか。なんのために県立文学館借りたんですか。小屋付きのスタッフいないからあたしたちで全部仕込んだんでしょ?先輩一人で楽屋一つ占領して。
窪田 確かにそうだけど。
石川 いいんですか?ずっと暗転なしでやってきて、今さら。
窪田 あしたになればいいんだろ?
石川 そうですけど。暗転なしでやります?
窪田 あたしくらいになればいくらでもできるよ。
石川 えー。どうするんですか?
窪田 よし。なんとかしよう。いいか、本筋にもどるぞ。
石川 どこからですか?
窪田 あしたまでに書いてきて、から。
石川 はい。
窪田 いい?あしたまで書いてきて。
石川 はい。
窪田 じゃ、ちょっと。


  窪田、石川の手を取る。

石川 なんですか?
窪田 いい?
石川 え?
窪田 せーの。


  二人、しゃがんで。

窪田 ワープ!
石川 えー!
窪田 石川、おはよう。台本書いてきた?
石川 えー!
窪田 どうしたの?まさか書いてこなかったんじゃないでしょうね。
石川 先輩!
窪田 どうかした?
石川 荒技ですねえ。
窪田 一生に一度だよ。
石川 そりゃ何回も使えませんよね。
窪田 台本書いてきた?
石川 はい。
窪田 どれどれ。
石川 はい。
窪田 え?
石川 先輩、マイムでお願いします。
窪田 そんな練習普段してないじゃん。
石川 しょうがないじゃないですか。先輩のワープのせいですよ。
窪田 苦手なんだよね。どれどれ?


  窪田、架空の台本を受け取り、めくる。

石川 先輩、逆から読んでます。
窪田 だれがそんなこと気がつく!
石川 そういうひねくれたやつこの中に一人はいます。
窪田 そうなんだよ。いるんだ。木はもう少し上手にある方がいい、とかジュゴンのシーンが異質だとか。事件がないとか。
石川 審査員の話はよしましょう。早く読んでください。
窪田 めんどくさいなあ。お、独白じゃん。
石川 そうです。先輩からです。
窪田 独白ってしたこないんだよねえ。
石川 大丈夫です。じゃ、やってみますか。
窪田 心配だなあ。


  石川、離れる。

窪田  (思い切ったように)わたしは、小さいころから、お話を聞いたり、絵本を読むのが、好きでした。いつまでも飽きずに、頭のなかでお話をつくったり、友達と遊ぶより、そうしているほうが好きでした。そのうちに学校に行っても、本当はこういう先生だったらいいのにな、こういう友達だったら、こういうわたしだったら……現実に生きているこの自分より、空想の世界の自分の方が本当の自分のような気になってきました。今のこれは嘘のことで、本当のことは別にあるんだって。
クレタ人は嘘つきだとクレタ人は言った。
わたしはその、クレタ島に住んでるみたいです。
まるで無人島のようなクレタ島。
わたしは、友達や、先生や、家族にもことばが返せませんでした。いつも、頭のなかでことばを考えて、でも違う、これは本当のことじゃない、これはわたしの言いたかったことじゃない、わたしの本当の気持ちじゃない、これは嘘だ。何を言っても嘘にしかならなくて。
そのうちに自分のしゃべってることが嘘か本当か分からなくなってきました。
わたし、本当がないんです。
というよりわたしにはなんにもないんです。
石川、悲しいよ。これ。
石川 いいですよ先輩。
窪田 なんか切なくなってきた。
石川 だからいいんじゃないですか。
窪田 わたしにはなんにもないんです、とかさあ、どうやって思いついた?
石川 え?なんとなく。
窪田 石川、こんなこといつも考えてるの?これ自分のこと?
石川 先輩に当て書きですよ。
窪田 あたし、こんな感じに見える?
石川 先輩がやればいいなって思ったんですよ。
窪田 あたし、こんな感じかな。
石川 そういうわけじゃないんですけど。
窪田 これからなんか悲しいこと、起こるの?
石川 おっこりますよお。
窪田 なんかやだよ。
石川 なにがですか。
窪田 悲しいこと起こるんでしょ。
石川 いいすか、すっごい悲しいっすよ。やばいすよもう。
窪田 おまえ人格変わってないか?
石川 そうすかあ?
窪田 悲しいこと、起こるじゃん。
石川 はい。
窪田 劇よくなるの?
石川 なりますよ。
窪田 なんかわたしが悲しければいいの?
石川 なんのことですか。
窪田 わたしが悲しいことをみんな望んでるのかなと思って。
石川 望んでませんよ。
窪田 望んでるよ。事件が起きればいいなってみんな思ってるし。
石川 別に先輩に何か起こらなくてもいいですよ。
窪田 平穏に暮らしたいんだな。
石川 平穏に暮らせばいいじゃないですか。
窪田 暮らしてるよ。でもそれじゃいけないらしい。
石川 まるで先輩が劇の中の人物みたいじゃないですか。
窪田 うん。なんかそんな感じがしてきた。
石川 先輩は違いますよ。
窪田 うん。
石川 悲しいこと、とっちゃいますか?
窪田 いいの?
石川 飛ばしましょう。三〇ページ、開けてください。
窪田 もう終わりの方じゃん。
石川 いきますよ。
窪田 うん。
石川 音楽、かけましょう。
窪田 いいの?
石川 ここまでなかったですもんね。
窪田 ありがとう。
石川 準備してください。


  石川、車いすを持ってくる。
  窪田、めがねをかけ、ショールを羽織る。車いすに乗る。

  音楽
  石川、車いすを押す。

おばあちゃん!
おばあちゃん あら、いつの間にか眠っちゃったのかねえ。
まったくしょうがないなあ。
おばあちゃん 今日はいい天気だねえ。風もなくて。こんな日を小春日和と言うんだねえ。
え?今は秋だよ。
おばあちゃん 小春日和は秋に来るんだよ。
ふーん。
おばあちゃん あの、一つ残った柿の実も明日には落ちているかもねえ。


  間

ねえ。おばあちゃん。
おばあちゃん 何だい、繭子。
おばあちゃんは昔、演劇やってたって本当?
おばあちゃん そうだよ。
私も演劇部入ったんだ。でも、お芝居って難しいね。先輩たち優しいけど、私にはできそうもないからやめようかと思ってるんだ。
おばあちゃん そうかあ、難しいかあ。良枝はいくつになった?
繭子じゃないの?
おばあちゃん なんでもいいのよ。
そういうもんかなあ。
おばあちゃん で、弘美はいくつになった?
また変わった。十六歳。
おばあちゃん そうかあ、智子も大きくなったもんだねえ。ねえ、美幸。
おばあちゃん。やっぱり一つに決めようよ。
おばあちゃん そうかい。じゃあフランソワーズにしようかねえ。
おばあちゃん、それはあまりにもベタだよ。繭子でいいよ。
おばあちゃん 何の話だったかねえ。
演劇の話だよ!
おばあちゃん 演劇がどうしたんだい?
だからー、難しくってさあ、やめようかと思ってるんだ。
おばあちゃん 意地悪な先輩でもいるのかい?
違うよ。先輩は優しいんだ。
おばあちゃん もう、飽きたのかい。
違うよ。
おばあちゃん じゃあ、どうしてかねえ。おまえ、いくつになった?えーと、理香だったっけ?
私は繭子!十六歳!
おばあちゃん 十六といえばジャンヌ=ダルクなら槍もってフランス中を馬で走り回ってたころだねえ。
おばあちゃん、ボケが中途半端だよ。
おばあちゃん あたしも年を取ったねえ。
おばあちゃん、進行しようよ。
おばあちゃん 何の話だったかねえ。
私は繭子で、年は十六で、十六といえばジャンヌ・ダルクなら槍持ってフランス中を馬で走り回ってて、演劇部に入ったんだけど、やめようか悩んでるんだよ!
おばあちゃん おまえは誰に似たのか、せっかちでいけないねえ。
おばあちゃん、ここはいいシーンにしたいんだ。
おばあちゃん そうなるといいねえ。
他人事みたいに言わないでよ!
おばあちゃん あたしはどうしてここにいるんだい?
どうしてって訊かれてもなあ。
おばあちゃん なぜ教授が出てきたんだろうねえ。みんなあきれてるんじゃないかい?プロの女優さんも来てるんだよ。
おばあちゃん、時間もないし進行しようよ。
おばあちゃん 今日は時間オーバーを心配しないでいいからねえ。
片付けもあるから急ぐよ!
おばあちゃん おばあちゃんが高校のころの話だよ。
おばあちゃん、急に本題に入らないでよ。
おばあちゃん おばあちゃんは芝居の世界にいたんだ。
おばあちゃんはプロの女優だったの?
おばあちゃん いんや、ただ、演劇部だっただけだよ。
だって、芝居の世界にいたって。
おばあちゃん だから、芝居の世界にいたんだよ。それから六十年。あるいは三年。いまだにその世界にいるんだ。どうにかして出たいもんだけど、どうやって出たらいいか分からない。
それじゃ、芝居の世界って……
おばあちゃん 迷宮とも言うねえ。
迷宮ってどんなところ?
おばあちゃん ラビリンスってやつだねえ。
ラビリンス……でリンスした。
おばあちゃん 熱でもあるのかい?キレがないねえ。
おばあちゃん、私も……
おばあちゃん おまえももう入っちまったみたいだねえ。
嘘だ。
おばあちゃん 嘘が本当。本当が嘘。
ハイ!OK!


  窪田、立ち上がり、めがねとショールを取る。

窪田 何があったの。
石川 何ですか。
窪田 三〇ページの間に。
石川 いろいろ。
窪田 いろいろあったんだ。
石川 でも、いいんです。
窪田 いいよね。
石川 いろいろなくてもいいですよね。
窪田 いろいろなくてもいいんだよ。
石川 お芝居ってたいへんですよね。
窪田 お芝居でなくてもたいへんだよ。
石川 そうですね。


  石川、窪田の周りを大きく回る。

窪田 何してんの?
石川 こうやって、ゆっくり歩いたことないんですよ。
窪田 わたしも。


  窪田も歩き出す。

窪田 なんかここに来るといつもなんかしてないといけないような気がしてさあ。
石川 そうですね。
窪田 こうしてるのいいね。
石川 先輩。
窪田 何?
石川 そろそろ終わりましょうか。
窪田 うん。
石川 じゃ、終わり。


  音楽
  二人、歩きながら。


石川 先輩。
窪田 何?
石川 お別れです。
窪田 行くんだ。
石川 楽しかったです。
窪田 行くんだ。
石川 はい。
窪田 行かなくてもいいよ。
石川 だってそれじゃ終わらないじゃないですか。
窪田 いいよ。
石川 ダメですよ。もう終わりです。
窪田 だってさあ。
石川 ダメです。
窪田 だって行っちゃうんだろ。
石川 そうですよ。終わりだから。
窪田 行かないでほしい。
石川 だって終わるんだから。
窪田 行かないでほしい。
石川 一時間のつきあいでしたけど、先輩好きになりました。もう出会えないけど。
窪田 行くんだ。
石川 しょうがないですよ。
窪田 しょうがないね。
石川 じゃ。


  立ち止まる二人。

  溶暗

  照明
  二人、礼をする。

窪田 本日は甲府昭和高校自主公演「空飛ぶクレタ島の謎」にお越しいただき、あるがとうございます。
ここで皆様にお知らせします。甲府昭和高校演劇部は全国高等学校演劇連盟より推薦され、文化庁の助成をいただき、ロンドン公演を行うことが決定しました。今年の8月はロンドンの王立劇場で公演します。今顧問は一生懸命英語の台本を書いているところです。わたしたちも今から英語の特訓です。よろしければ皆様もロンドンまでお越し下さい。すみません。全部嘘です。
それではさようなら。


  礼

  溶暗



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