同人PBM『隔離戦区・獣心神都』第5回 〜 北海道西部:北亜米利加


NA5『 The nest of the angel 』

 幻想的に揺らめく蝋の灯の中で、書面をめくる紙擦れと捺印の音が耳をくすぐる。時折、筆を走らせる音が入るものの、朝から晩まで変わらない。
「……漣様。少しはお休みになられては?」
 見かねて、藤森・葵(ふじもり・あおい)二等陸士が声を掛けると、ようやく神州結界維持部隊北部方面隊・第11師団第11後方支援連隊補給隊所属のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)、宇津保・小波[うつほ・さざなみ]准陸尉は書面から目を放して大きく伸びをした。
「……そうね。休憩に入ろうかしら。悪いけれども、葵。お茶をお願い出来る?」
 はいと穏やかな笑顔で返事をすると、葵は隣接する部屋を改装した給湯室で、ハーブ茶を注いだ。
「良い精油が入荷されましたから、オイルマッサージというのもありますが……」
「ソレ、仕事用じゃない?」
 葵の冗談に、2人とも声を弾ませて笑った。両腕を挙げて背筋を伸ばし、大きく伸びをする。
 表向きは小波も葵も需品科隊員となっているが、実態は戦闘員の慰安と同時に戦闘を拒否する者の捌け口とされている性的サービスを施す要員である。これは性犯罪の抑止と同時に、人的諜報(ヒューミント)の役割を持つ。そして昔より酒保(兵站)の一端を営むのは娼婦の仕事である。娼婦と口に出せば、今の世の中、聞こえは悪かろうが、強い職業意識と高い矜持を抱いていた者も少なからずいる。
( 少なくとも……何だかんだ言っても漣様はその1人ですよね )
 葵自身は生育と身体的理由から、今の境遇に色々と思う悩むところはあるが、上官にして教官でもある小波は性に奔放とまではいかないが、それでも自らの役割について肯定の言をはばからない。まさに――全ての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン。そんな小波に対して、私は……。
「……悩み過ぎると、髪が薄くなるわよ」
 心を読んだかのような小波の言葉に、葵は冷水を浴びせられた。我に帰ると、無理にでも話を変えようと視線を書面に移しながら、
「……ところで、島松は解放されたのですよね? でも未だに札幌――『すすきの』に支援隊本部が移ったままなのは何故ですか?」
 先日の旧・北海道大演習場において、総力戦ともいえる迎撃で魔群(※ヘブライ堕天使群)の進攻を抑えるばかりか、大きく退ける事に成功。敵の群れに置き去りにされて孤立状態にあった島松駐屯地もまた解放された。島松は補給処本処と方面後方支援隊本部が置かれており、北部方面の兵站の要。当然、解放されてすぐにとは行かないまでも、札幌に一時的に委譲されていた権限が戻ると思われていたが……
「んー。まぁ、ね。報告によると、リヒターが行方をくらましたそうだから、そろそろ光の柱が立ちそうなのよね。念の為に、最前線になりそうな千歳より札幌に残したままの方が良いと思って」
「……札幌も安全とは言い切れないと思いますけれども。真駒内の第18普通科連隊の大半は、千歳からの要請に応じて南下していますし、北方普連も帯広から八雲分屯地に移動したと……。大物主様が封印から解放され、また総領事館が引き払われるとはいえ、札幌には最低限の守りしかありませんよ?」
「そうなのよね。……で、大物主の方はどうなっているの? キヒヒ★」
 突然に、小波が長椅子へと視線を移した。つられた葵も視線を移すと、先程まで無人だったはずの席に座る影を見て、驚きの余り、思わず息を呑む。葵の様子に、神崎・零(かんざき・れい)二等陸士は頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「……いつもながらぁ、自分、そんなにも影が薄いんでしょうかぁ? でもぉ宇津保准尉が驚いた顔は見た事が〜ありませんよぉ?」
 小首を傾げる零に、小波はキヒヒと笑うと、
「隠密諜報、気配察知とか、その手の才は乏しいけれども……アタシ、一応、諜報部隊の長よ?」
 ローティーンのような可愛らしい容姿で表情豊かであっても、小波の内面は冷徹といったところか。ならば、まだ葵の方が裏表のない人間らしい。
「で、葵の話に関連して、何か相談事かしら? あ、葵の事は気にしなくても良いから」
 小波に促されて、零は一瞬迷ったものの、質問を口にした。質問というよりも、確認。自分の出している答に、正解の認印を戴こうというものだったが、
「……自ら出した答に迷いがある――他人の意見に頼ろうとするうちは、効果は薄いわよ。魔王に致命傷どころか、傷すら負わせる事も怪しいわね」
 辛辣な評価が返ってきた。
「アナタは蛇巫よ。まぁ、色々な解釈や位置付けはあるだろうけれども、大物主の力を引き出して、支配する役割を担っているの。狙いや威力、アナタが然りと願えば、望むままに大物主は力を振るってくれたわ。他者の意見を聞くのは大事。でも最後には己の意思で決定せねばならないの。そこが弱い。だから――」
 大物主の力を撃ち放っても、蛇巫の迷いを受けて、効果は減衰する。
「教えてあげるわ。結局のところ、ヒトであれカミであれ、マであれ、殺すのに必要なものは、銃弾でも、拳でも、刃でもない。それは……」
「――殺意だ。殺すという意志があれば、ペン一本や紙切れ一枚でも充分に殺せる。……あっちで耳にタコが出来るほど聞かされてきたぜ」
 小波の言葉を続けたのは、第1113中隊第1小隊長の 殻島・暁[からしま・あかつき]准陸尉だった。入室したものの、長椅子に座る事なく壁に寄りかかった殻島を、小波は一瞥すると、
「――暁。零とは別に、千歳に向かって頂戴。先行している蛭子や三月達と合流してね。キヒヒ★」
「ファースト・ネームで呼ぶな。……俺、今度こそ函館に行くつもりだったんだが。――北方普連が展開中だって? 出遅れたじゃねぇか」
 唇を曲げる殻島へと、零が補足説明。ハストゥールが顕現した函館――渡島半島は厳重な警戒監視下にある。帯広から帰還したNAiR(Northern Army infantry Regiment:北部方面普通科連隊)は、休むまもなく北部方面総監の 酒山・弘隆[さかやま・ひろたか]陸将の厳命を受けて、八雲分屯地に展開した。ハストゥールの脅威が渡島半島を越えてきた際に、何らかの抑止力になればと思ってのものだ。
「……函館のハストゥールを直接叩かないのかよ」
「不幸中の幸いにも、函館にまだ生存者がいる事が確認されたわ。岩部准尉率いる第7師団第11普通科連隊・第7011班と、その他数名。ナイ神父――“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”の化身を討った精鋭よ」
「その他の戦力投入は?」
「……田中の小父様が言うには、西行寺准尉が函館に単身乗り込んで、岩部准尉達と合流するらしいけれどもね。あとは第5からの救急飛行小隊が弾薬や物資を運ぶぐらいかしら?」
「――あの、人切り妖忌のジジイかよ。年寄りの冷や水じゃねぇか?」
 悪態を吐きながら殻島は、頭を掻く。
「函館の人手が多いんならば、俺が加わったところで意味ねぇか。それよりもチキン野郎共と戦えと?」
「魔群の次は、天使共よ。“大罪者(ギルティ)”として皆の支援宜しくね。キヒヒ★」
 耳に障るような小波独特の笑いに、渋面を造りながらも殻島は返事をする。殻島の後を追うように、零も敬礼をしてから退室した。
「……ここもすっかり人がいなくなりましたね」
 再び2人っきりになった室内で、葵が呟く。
「葵も何か悩み事? 吐き出すのならどうぞ。相談相手には向かないけれどもね。キヒヒ★」
 小波の笑いに、葵は呆れの混じった微笑みで返す。
「結構、漣様って突き放すタイプですものね。……でも、まぁ、何とか私自身で頑張ります」
「そう? ともあれ悩め、悩め。――『人は考える葦である』。By.ブレーズ・パスカル」
「……ニュアンスは解かりますけれども、それって本来は違う意味では?」

*        *        *

 千歳航空基地の一室にて、上申に対して第2航空団長(空将補)は難色を示していた。書類から顔を上げて、第201飛行隊・第2013組長、山田・映姫(やまだ・えいき)准空尉を見遣る。そして書面を不可の枠に選り分ける。
「……何故ですの?」
「言わずとも解かっていると思ったが――先日に魔群の大攻勢を大きく退けるのに成功した今、陸からの爆撃支援要請はない。航空優勢の確保とあるが、ソレをする必要性すらも無いのが現状だ。……先の戦いで炙り出しを狙って爆撃したものの、天使の群れが確認されていないではないか」
 第2航空団長の言に、映姫は詰まる。先日の迎撃戦で映姫は天使への警戒を主張。魔群の攻勢が濃い旧・大演習場の中央から東よりにでなく、薄い西側――恵庭方面への爆撃を敢行した。幸いにして、その時は第7師団長の 久保川・克美[くぼかわ・かつみ]陸将からの理解を得られたが、戦果らしいものは現れずに肩透かしという形に終わる。上層部としては、天使は魔群の攻勢によって壊滅状態に陥り、脅威ではないという楽観的な考えが横たわっている。事実、この春から受けた天使による被害は、第5師団第5対舟艇対戦車中隊・第2小隊の策敵及び観測班のみである。映姫としては、それだけに止まっているのが、むしろ怪しいと感じるのだが、航空偵察を続けるのが難しいのも事実だ。第一の理由は……
「航空燃料も只ではないし、総量的にも限りがある。広範囲、長時間に渡って飛ばす事は出来ない」
 続けて、苦言を並べていく第2航空団長。
「また単純爆弾であっても同じ事だ。炙り出す為というが、作戦目標が提示されていない以上、無差別爆撃となるだろう。そのような無駄遣いが許されると思うか? せめて、ここが怪しいという目標や、区画を提示しろ。ただ天使側というだけで目標には足りえん」
 そして、大きく溜め息を吐く。
「……なぁ、山田准尉。お前とは空自時代からの付き合いだが、俺でもフォロー出来ない事もある。大空という現場一筋のお前と道を違えて、俺は20年間でバックアップする立場になっていったが……。お前も、もう少し現実とか周りを良く見てくれ。飛んで、爆撃すればソレで済むっていうものじゃないんだぞ?」
「……ソレぐらい、解かっていますわ。しかし、今は確かに“偽”天使の脅威度は低いかも知れませんけれども、いざ動き出した時に手遅れになったら如何しますの?」
「だったら、もっと戦略目標を狭めて、具体的かつ明確的に提示しろ。えにわ湖周辺とか、紋別とか、そういうのを明示するのとしないのとでは全然違うだろ。また何故にそこを爆撃目標と提示するのか、納得出来る説明を付けろ。――こんな曖昧な上申書で飛行や爆撃の許可が出せるか!」
 怒鳴る旧友と睨み合う映姫。そのまま掴み合いを始めてもおかしくない状況の中に、第2航空団長秘書官が迂闊にも入ってきた。
「――団長大変です……って失礼しました!」
「「何事だ!?」ですの!?」
 慌てて逃げるように退室し掛けた秘書官を、だが2人の視線が足止めする。役目を思い出した秘書官は視線に促されて、報告を上げる。
「――支笏湖北西、恵庭岳にて発光現象を確認。遠望の観測によれば、エンジェルズと思われるとの事。第7偵察隊並びに特科の前進観測班が詳細を調べに向かっていますが、久保川陸将は第2飛行隊にも離陸準備を進めておいてくれと」
 報告に、ソレ見た事かと映姫は視線を移す。苦虫を潰して、無理矢理、煮え湯で飲み込んだような顔をして、第2航空団長は不可に分けていた書類を手元に戻した。そして認可印を押す。
「――マッドヘンの護衛ではないが、イーグルの出動も付ける。エンジェルは低位だが油断するなよ」
 映姫は敬礼すると、悠然とだが足早に退室した。

 恵庭岳に天使の群れが出現したとの報告に、地図や神社等の所在地を確認していた蛭子・心太(えびす・しんた)二等陸士が顔を上げた。
「恵庭岳か……確かに活火山ですけれども」
 千歳市と恵庭市の境界にある恵庭岳は、後カルデラ火山である。溶岩ドームを有し、同じく支笏カルデラである樽前山よりも古いとされている。
「恵庭岳は、容疑者がよく遠征していた場所に合致するわね? もしかして燭台のアタリじゃ」
 淡島・蛍[あわしま・ほたる]二等陸士の言葉に、だが蛭子は唸った。マルヒ――超常体側の疑いがある者達、第1特殊作戦部隊分遣隊――通称『デルタ』の第2作戦中隊長の アルバート・リヒター[―・―]大尉と、その子飼いの部隊は今もなお消息不明である。またリヒターが目を掛けていた メリエル・アレクサンダー(―・―)一等軍曹が率いるチームが恵庭岳や支笏湖といった旧・大演習場の西側――天使との交戦領域で部隊展開していた記録もある。
「活火山はパワースポットって、心太が言っていた通りじゃない。すすきのの『女王様』が言っていた燭台の場所は、恵庭岳で決まりじゃないの?」
「確かに合致しているんだけれども……」
 だが警務科隊員としての勘だろうか。蛭子には納得し難いものを感じる。再び図面に視線を落とし、
「確かに――山自体が信仰の対象となる事も多く、その中でも活火山となれば、より大きなエナジーを秘めている可能性もあります。ですが……」
 顔を上げて周囲を見渡す。青葉公園内にある千歳神社。リヒター個人が足繁く通っていたという話に加えて、先日に軽く調べていた蛍が訴える違和感。
「……古来より神社というものも、ある種のパワースポットに設置されています。それに蛍ちゃんの言う通り、私の憑魔核も妙な疼きを感じていますし……」
 何か抑えられている窮屈感。憑魔が別の超常体の存在を感知した時に示す様々な反応――活性化に近い。この状態になると、小型の超常体と化してしまい、身体能力が激しく強化される。ただし相手が小型の超常体の場合は、活性化が起きない場合の方が多い。同様に、戦友の憑魔に反応して活性化するような事はなく、ある程度の大きさがある相手でないと近くに潜んでいても判らない……はずだ。
「半身異化して〈探氣〉したけれども……やっぱり、何か目隠しされて、鼻を抓まされて、耳を塞がれているような感じ」
「……ソレは幾ら何でもおかし過ぎますよ」
「でも具体的にどう?と訊ねられると、あたしにも良く判んないんだけど」
 リヒターが撹乱するような仕掛けをしていったという事か? しかし確たる証拠が見出せなくては、足止めされるだけだ。本命は、やはり別の場所?
「……活火山と神社の組合せを考えますと、恵庭岳よりも、燭台として最適な場所があるのも問題です」
 蛭子の呟きに、どこ?と問い質す眼差し。蛭子は軽く笑うと、地図を指し示す。恵庭岳を南下し、支笏湖の更に南――樽前山。
 支笏洞爺国立公園跡地に属する、樽前山は溶岩ドーム(※樽前山熔岩円頂丘)を有する世界的に珍しい三重式火山である。4万年前に爆発を起こした支笏カルデラの南縁部に形成された後カルデラ火山だ。
 山頂にはコンクリート造の樽前山神社奥宮があり、明治初年、樽前山周辺の原野を開拓するに当たり、山麓に大山津見を祀ったのに始まる。だが、往古より秀麗なる尊容から山そのものを神体と仰ぎ、あるいは山嶺を神が居る崇高なる霊域と仰ぎ、祭祀を厳修してきたという。
「……でも、大山津見は瀬戸内の大三島にある大山祇神社に封じられているという話ですし」
 居心地の悪い千歳神社の境内で、蛭子と蛍は頭を捻り続ける。と何かを察知してか、蛍が手にした斧槍を構えた。振りかざそうとする蛍に対して、
「――ちょっ、ちょっと待て! 俺である。影が薄いからとはいえ、いきなり攻撃して確かめようとするのはあんまりではなかろうか?」
「すみません。半身異化しているから、周囲の気配に敏感になっちゃって……」
 抗議に、蛍は舌を出して笑って誤魔化そうとするのに対し、蛭子は慌てて敬礼。第11師団第18普通科連隊・第1164班長の 三月・武人(みつき・たけひと)三等陸曹が答礼を返した。
「遅れ馳せながら参じた。宜しく」
「こちらこそ、助かります。――大きく退けたとはいえ、魔群への警戒に第18普通科連隊が旧・大演習場に残っているとは聞いていましたが……三月三曹は、やはり燭台の件で?」
「うむ。『女王様』の言もあるが、やはり天使の動きに備える必要があると思ってな。聞いているだろうが、総領事館警備の米兵も千歳に集められている。根拠がある事と想定される為――俺の方でも超常体の化けた者や信奉者を内偵し、これ以上の状況の混乱が発生しない様に先手を打とうと行動を開始した」
 小声の三月に、自然と蛭子と蛍は寄り集まる。三月は視線だけで周囲を見渡し、ハンドシグナルらしき仕草をしてみせた。蛍の美しい顔が怪訝な表情で歪む。三月は唇に指を当てて、沈黙のサイン。そのまま、素知らぬ振りして、
「――で現在、超常体の“器”としては能力が高い者、地位の高い者がなると当たりを付けて……千歳における該当する人物の行動を監視し、頻繁に横の連携を執る者、状況に反した命令を発する者等をキーに集団を監視しているのであるが……」
「……リヒター大尉とアレクサンダー軍曹、鈴元准尉の他に、誰か?」
 問い掛けの視線に、三月は苦笑すると、
「俺が調べたところ“器”としての該当者は、貴殿が挙げた他に、山田准尉に、斉藤士長、久保川陸将もだな。そして当然ながら蛭子二士も入っているし、俺もらしい。いや、何とも不可思議な気持ちである」
 感慨深げに頷く三月に、蛭子が苦笑。
「私もです……か?」
「まぁ、貴殿が敵に回る事は無いと判っている。単純に“器”足り得る人物を挙げただけだ」
「あたしは該当しないんだ……ちょっとショック」
 うなだれる蛍を、蛭子が慰める。そんなカップルを温かく見守りながら、三月は苦笑すると、
「まぁ……古くからの知り合いでもなければ、青葉公園に踏み込んだ事態で疑われる可能性もあったであるがな。――油断大敵であるぞ!」
 指を鳴らして三月は発砲を命じる。と周辺に静かに展開していた第1164班が突如として89式5.56mm小銃BUDDYを射ち放った。周辺の木々や草叢にバラ撒かれた5.56mmNATO弾は、隠れ潜んでいたものを暴き出す。
「――なっ!」
 蛍が悲鳴を上げる。銃弾によって曝け出されたのはエンジェルやアルカンジェルの群れ。今度こそ、蛭子の憑魔核が明確に活性化を引き起こした。
「――祝祷系のエンジェルによる光学迷彩と、操氣系のアルカンジェルの〈消氣〉の組合せによる潜伏であるな。……何かが起こるまで人知れず待機していたのであろう」
 青葉公園跡地は千歳キャンプに近く、また東千歳駐屯地・北千歳駐屯地・千歳航空基地の間隙を埋めるように、維持部隊各駐屯地の中央に存在する要所だ。もしも蜂起した場合、奇襲は成功しただろう。
「――おかしいとは思っていましたが、こんな事とは。よくお気付きになりましたね」
「俺は野外活動や忍じゅ――もとい潜伏技術に一日の長があるからな」
「憑魔能力――氣に頼り過ぎると、こうやって誤魔化される事もあるのね。……勉強になったわ」
 蛍は斧槍を振り回してエンジェルズを叩き払いながら感心してみせる。蛭子も頷くと、愛銃のM1911A1コルトガバメントでアルカンジェルを撃ち抜いた。
「それに……」
 三月は2人に聞こえないように呟く。
「……忍術っていうのは種があってこそ……こいつらみたいに憑魔能力を直接用いて隠れ潜むとは――邪道の極みだよ」
 敵発見の報を受けて、駐屯地に警戒喇叭が鳴り響き、青葉公園内の掃討戦が開始された。

*        *        *

 旧・函館基地は、陸上自衛隊が前身・根幹とされる神州結界維持部隊が設立され、海上自衛隊が吸収・統合されるまでは、津軽海峡及び宗谷海峡の海峡警備の拠点として掃海部隊が駐留していた。
「――とはいえ、船舶及び飛行機の所有・運行は脱出阻止の為、国連並びに日本国政府によって著しく制限・管理されておるからのぅ。浅くて小さい河川を渡る手段としての舟艇はあるが、船舶の多くは超常体との戦闘で沈められたり、また脱出を阻止する者達の手で破壊されてしまったりしておるのは……岩部君達も知っての通りじゃ」
 函館駐屯地を失い、休止する場を失った第7師団第11普通科連隊・第7011班を中心とする強襲部隊は、かつての記憶を頼りに、函館港に所在していた旧・海自の函館基地を仮の宿に選んだ。そこで岩部達を迎えたのは――SBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)函館分遣隊(※註1)である。
「――儂等のような船舶を操縦出来る者は限られており、存在もまた秘匿されている。船を操縦する技術自体が喪失してしまったのではないかと笑えない冗談もあるぐらいじゃからな」
 SBU函館分遣隊を率いる一等海佐は、恐縮する 岩部・秀臣(いわべ・ひでおみ)准陸尉に対して申し訳なさそうに笑う。
「五稜郭の戦いと、函館駐屯地を失った事に対して、儂等が沈黙していた事を恨んでおるじゃろうて」
「……そんな事は」
「いや。本当に申し訳ない。表向き、存在しない部隊であるからのぅ。じゃが、何の力もないのも事実なのじゃよ」
 島嶼が複雑に存在する南西諸島や瀬戸内と違い、北海道における超常体との主戦場は山野という内陸部だ。聞けばSBU函館分遣隊の主要な役割は、露西亜からの密漁を目的として領海内に侵入する民間船を隔離戦区外に追い払う、或いは海棲超常体に襲われた彼等を救助する事である。……ちなみに太平洋戦争からソ連、そして後の露西亜との間で横たわっていた北方四島の主権を、隔離戦区構想によって日本が取り戻せた事は皮肉でしかない。
「休憩並びに装備・弾薬を点検出来る場所を間借りさせてもらっただけでも有難い事です」
「ハストゥールの力が増していけば、ここも放棄せざるを得んじゃろうがのぅ……。八雲分屯地では北方普連が警戒待機中との事じゃが……突入してハストゥールを討とうとする動きはないようじゃ。だから――」
 SBU函館分遣隊長は岩部を見上げると、
「――任せたぞ、岩部君」
「全力を尽くします!」
 岩部は敬礼すると、部下をはじめとする五稜郭突入部隊と作戦を打ち合わせるべく退室する。外では北部方面航空隊・第1対戦車ヘリコプター隊試験伊組の特殊作戦用輸送回転翼機MH-47Gを物珍しそうにSBU函館分遣隊から見守る中、降ろされる弾薬や装備を降ろす指示を 曽我・桜子(そが・さくらこ)陸士長が手際良く出している姿が映った。
「さすがに需品科だけあって……助かる」
 声を掛けられた桜子は敬礼しながら微笑むと、
「糸工准尉のチヌークや、ブラックホークのお蔭ですわ。駐屯地が消滅して備蓄を失い、陸路も遮断されたと同義の今、生命線は空輸に頼らざるを得ませんからね。――SBUの海路を利用する訳にはまいりませんもの」
 旧・函館海自基地に身を寄せる事が出来たとはいえ、食糧や弾薬といった補給もお願い出来る訳ではない。糸工・美鈴(いこ・みすず)准陸尉や 芦屋・正太郎(あしや・しょうたろう)二等陸士がヘリを用立ててくれなければ、遠からず日干しになっていただろう。
「――作戦の打ち合わせに入る。これより1時間の休憩後、会議室に皆を集めておいてくれ」
 桜子だけでなく、第7011班副長の 天野・忠征(あまの・ただまさ)陸士長も首肯した。と、
「――その前に着任の許可を戴くとしますかのう? なぁ岩部准尉」
 回転翼機MH-60Kブラックホークから荷物とともに降りたのは細身の御老体。洋装の戦闘服ではなく、着流しているのは和服としか言いようがない。桜子より2回り以上も歳をとった――恐らく現役最高齢の維持部隊員、札幌の北部方面警務隊本部付の 西行寺・ようき(さいぎょうじ・―)准陸尉は咽喉を鳴らして笑った。
「西行寺准尉――警務科の御老体が札幌から態々? 何か懲罰対象の案件でもあったか」
 珍しく狼狽する岩部の姿に、
「何、壱壱特務の問題児共を懲らしめるのは、私の仕事でしょうて。壬生に雪峰……やんちゃが過ぎた2人は、完全侵蝕魔人を通り越して、人に仇なす邪神となりましたか。――私の人生最後の敵として相応しい」
 含み笑う西行寺に、だが 雪峰・アンナ(ゆきみね・―)の名を聞いて桜子が美しい眉根を歪ませた。西行寺はすぐに姿勢を正すと、
「……曽我士長。話を聞いておりますが、あなたが悔やむ事はない。私もまた、ある意味同罪じゃて。そして、あの子等を救うのは――」
 腰に提げた日本刀を軽く叩く。桜子も天野も、己の愛刀を意識して然りと頷いた。そして剣士3人は声を揃えて決意を口に出す。
「「「――もはや斬るしかないでしょう」」」

 期待していた物は、だが「存在しない」と断られて芦屋は溜め息を吐いた。
「誰かが考え出して、そして開発予算が下りても可笑しくないと思ったんだけどな……」
 芦屋が期待していたのは、25mm対魔人用特殊徹甲弾狙撃仕様――障壁の反応速度より早いXM109専用弾を使用することで、如何なる障壁も突破しうるという理論に基づいた、色物武器。だが連絡を取った武器科の『お姉さん』でも苦笑交じりに否定した。そもそも銃撃より早い反応速度を持つ対象自体、ここ最近――3月末からの神州各地での超常体が異常活動を起こすまで顕れた事がなかったのだ。対象がいない以上、そういうものを開発する必要性がない。また炸薬量を減らす事で音速に達しない弾丸というのは存在するが、逆に速度を増す為に炸薬の量や成分を変えるという事は――幾らペイロードライフルとはいえ、そして撃ち手が魔人だとしても安全を保障出来ない。暴発で木端微塵に吹き飛ぶ危険性もある。そのような自殺武器を誰が理論立てて、しかも開発するのか。
「前回の判断ミスといい、痛いなぁ……」
 大きく溜め息を吐く芦屋。同じく肩を落としているのは、第5師団第5対舟艇対戦車中隊・第2小隊長の 月兎・うどん(げっと・―)准陸尉。
「……分隊支援火器と携帯ミサイルを要請してみましたが、回答は破片手榴弾ですか。更に火力を充実させたかったのですが……有線ミサイル一発、重MAT一発も決して安い物ではありませんから仕方ないところですかね……」
 気落ちしている2人に対して、根拠もなく浮かれているのは第73戦車連隊・第5中隊第9組長の 国木田・由加里(くにきだ・ゆかり)三等陸曹だ。岩部から拝借した89式装甲戦闘車ライトタイガーのスペックを確かめて有頂天。友人にして部下の 鈴木・まゆみ[すずき・―]一等陸士が眼鏡を拭きながら、
「履帯に釣られましたか……」
「でも、射撃統制システムあるから、対空射撃も出来るんだ、これ」
 だが仰天号の砲手を務めていた、加藤・佳子[かとう・かこ]一等陸士は主武装の90口径35mmKDE機関砲に興味津々。まゆみは裏切り者を見るような目で、佳子に振り返る。
「……朱に交われば赤くなる」
「そうは言うけれども、まゆみも、他所から見たら類友だよね。仰天号の操縦なんて、まさに」
 由加里の何気ないツッコミが、まゆみをゲシュタルト崩壊一歩寸前まで追い込み掛ける。が、入室した岩部の咳払いで押し止まった。姿勢を正して、作戦の打ち合わせに入る一同。
「――このまま五稜郭跡地に向かうのも選択肢ですが、此方も敵側の戦力集結が予想されていますからね。ある程度の戦力をまとめて運用出来る部隊の方が都合良いでしょう」
 うどんが口火を開くと、
「では、どうすると――?」
「大火力を有する部隊は引き続き石碑を破壊しに行くべきかと。ハストゥールが顕現したとはいえ、石碑を排除していく必要性が失われたと思えません」
 美鈴も挙手して同意する。
「石碑を破壊する事で敵側の活動が鈍くなるのであれば、潰しておきましょう。その可能性もまた拭いきれません。何よりも――神に逆らいし、全てのものに、滅びあれ」
「……96マルチに、対戦車ヘリならば申し分ない。前回に続いて、こちらから頼みたいくらいだ」
 岩部の言葉に、うどんと美鈴は快く応じた。では肝心の五稜郭―― “名状し難きモノハストゥール[――])”と“千の仔を孕みし森の黒山羊シュブ=ニグラス[――])”攻略に話を移すと、
「先ず敵を知り、己を知れば百戦危うきにしかずといいます。ハストゥールやシュブ=ニグラスの能力について知り得る限りの情報を集めようと、連絡を取ってみたのですが……」
 佐伯・正巳(さえき・まさみ)二等陸士の発言に、全員が注視する。
「ラヴクラフトの予言ともいうべき小説群から推測されるのは、ハストゥールについては氷水系と幻風系、そして異形系は確実。それから操氣系の可能性もありますが……」
 そして皆を見渡す。知らず、声を上擦らせると、
「――空間系という特殊な能力を有している危険性があると」
 耳慣れぬ能力系統に岩部達は眉間に皺を刻む。西行寺だけが唇の端を歪めて、
「空間系か――真駒内の殻島という男が使う特殊な憑魔能力じゃのう」
 文字通り、空間を左右する力とか。空間を“跳躍”して渡ったり、“湾曲”させて敵の攻撃を防いだりするという。また空間を“爆発”させる事もあるという。
「――壬生の強化された身体そのものも脅威だというのに、それらも併用されると厄介じゃのう」
「シュブ=ニグラスについては、雪峰個人の能力である氷水系に、異形系が加わっているものと思います。但し“黒い仔山羊(ブラックゴート)”といった眷属を召喚する力もあるかもしれませんので……」
 皆で敵の能力を推察しながら、対策を講じていく。岩部はふと 奥里・明日香[おくざと・あすか]陸士長――正体は七十二柱の魔界王侯貴族が1柱、星幽侯 オリアス[――]を盗み見た。真剣な表情で会議に加わる姿に、何ともいえない気持ちになる。
「……どうしたっスか?」
 視線に気付いた奥里が、対策の発案に熱中している皆の邪魔にならぬよう、小声で岩部に尋ねてくる。岩部は苦笑を浮かべると、
「何――魔王と肩を並べて戦う事になるとは、今も未だ信じられなくてな。……そういえば、こちらからも訊きたいのだが――やはりシュブ=ニグラス幼体さえ倒せばハストゥールが健在でも撤収するのか?」
 質問に、奥里は頭を掻くと、
「そのつもりでしたっスけれども……状況次第っスね。猊下は札幌の総領事館を引き払ってキティホークに移るというから、俺ッチもすぐに向かうつもりだったんスけど……」
 困ったような笑いを浮かべて、
「ぶっちゃけ、函館から脱出する手段がないっス。ハストゥールを倒して、函館が安全にならないと迎えのヘリが来てくれそうにないっスよ」
 芦屋の知り合いや、美鈴が親切にも運んでくれるとは思えない。奥里は情けないような溜め息を吐いた。
「確かに……そういえば、そうだな」
 合点すると同時に奥里の肩を乱暴に叩くと、岩部は笑いを隠せなかった。

*        *        *

 バスケットの中に手作りのお菓子を入れて、明るい色調の衣服に身を包む。国民総隊員時代とされる神州隔離政策において、戦闘迷彩服や作業服以外の洋装は、余程の心意気を持たなければ着られたものではない。周囲に浮いた感じは、やはり恥ずかしいものだからだ。それでも、個々人、その人なりの御洒落を施すものだが、その点、葵のような者達は限られた範囲内とはいえ着飾る事が出来るのは、ちょっとした役得なのか。
( それは、ちょっと違う気はしますけどね…… )
 溜め息を吐いて、でも軽く頬を叩いて、気を取り戻す。小波に言伝を頼んで、外出しようとした矢先に、
『 ――鈴音。仕事よ』
 その小波から連絡が来た。源氏名で呼ぶところから、『すすきの』の需品科としての仕事だ。だが前もって総領事館に出掛ける予定は伝えていたし、お客は断っていたはずだ。いぶかしむ葵に、だが有線電話の向こうから小波はキヒヒと笑うと、
『 ――葵が会いたい人よ。向こうから来てくれたみたいね?』

 数分後、部屋に通されたエミー・オークレイこと一角公 アムドゥシアス[――]に、葵は拗ねたような視線を送る。
「――こういう姿はお見せしたくなかったのですけれども……」
「それは失礼致しました。しかし時には自分から歩み寄るのも大事だと思いまして……」
「……踏み込み過ぎは、お互いの為にならない事もございますよ」
 アムドゥシアスへの非難と、そして自分の劣等意識が合い混ざって、顔を直視出来ない。視線を逸らしながら、だが手は職務のままにアムドゥシアスの腰に掛けたタオルの下へと潜り込んだ。
「――いや、あの、その」
 狼狽するアムドゥシアスの声の響きに、可愛いらしさを覚える。
「……仕事ですから。ありのままの私に触れていって下さい」
 暫し何かに耐えるかのように沈黙していたアムドゥシアスだったが、葵の言葉に覚悟を決めて、
「――はい」
 と身を任せる。そして葵はアムドゥシアスの衣服を脱がしながら、また自らも裸身を曝け出した。葵の持つ『特徴』に、アムドゥシアスの顔に驚きの色が走ったが、すぐに微笑むと、
「――綺麗ですよ」
 身を屈めると、葵のソレに軽くキスをした――。

 ……ヴァイオリンの音色が響き渡る。お互いの身を隠すところなく触れ合い、果てた後に軽く睡眠に委ねてから、ようやく、いつものヴァイオリンの手解きとなった。時間は流れるように過ぎていっているが、元々、総領事館に向かう為に一日中空かせていたのだ。問題は無い。
「――もう、私が教える事は無いと思います」
 演奏を終えた葵に、拍手で賞賛するアムドゥシアス。もうすぐ彼は、国家安全保障問題担当大統領補佐官の ルーク・フェラー[―・―]と共に総領事館から離れる。戦略的な後退をして再起に備えるという事だろうが……。
「――それって、神宮周辺の魔王等は地獄門を開く為の捨て駒でしかなかったという事になりますね」
 思わず内心に浮かんだ事を口にしてしまった葵に、アムドゥシアスは片眉を微かに動かした。
「――そうですね。お恨みもしていますが、それでも貴方達が攻め寄せて来たから盟友達が倒れたという事もお忘れなく。大物主が解放されなければ、そのまま力を万魔殿(パンデモニウム)建立に回していたのですから」
 意地悪く笑いながら、アムドゥシアスはウィンクしてみせた。
「つまり、魔王が倒されずに大物主様が解放されずとも、また魔王が倒されて大物主が解放された場合でも地獄門が開けるように罠を仕掛けていた――と?」
「……との事です。しかし善くも悪くも蛇巫の存在で、それは適わなかったのですが」
 苦笑する。そのまま葵を見詰め続けてくる。
「――猊下としては、自らだけに大物主の力が振るわれる事が最大の狙いだったそうです。蛇巫の支配力はそうした一点集中も可能にせしめるそうだったらしいのですが……」
「“傲慢”の力がなければ、どうなっていたのです?」
「間違いなく猊下は倒れ、私達は『遊戯』から下りざるを得ませんでした。解放してすぐの大物主は、それ程の威力を有していたらしいのです」
 だが蛇巫は力の発動に迷い、そして躊躇した事により、結果論ではあるがフェラーの思惑通りにはならなかった。魔群は貴重な戦力を減少しただけの敗戦を記録したのである。
「……そうですか」
 アムドゥシアスの言葉に、再び葵は思い悩む。だが、ついに口に出した。
「――こちら側に来ませんか?」
「いいえ。お言葉は嬉しいのですが、私の居場所は“ここ”にはないようです。恨みも少しは出来ましたが、それでも私の居場所は……」
「――『猊下と盟友達のところにある』のですね」
 葵の言葉に、アムドゥシアスは首肯した。迷いのない瞳の色だった。だから諦めた。手を差し出す。
「――御教授ありがとうございました。エミーの事を忘れません」
「私もです、葵さん。『黙示録の戦い』で生き残れば、またお会いに来ても宜しいでしょうか? いや、その、仕事抜きで」
 顔を赤らめるアムドゥシアスに、葵は微笑むと、
「はい――その日を楽しみにお待ちしています」
 再会の約束と握手を固く交わすのだった。

*        *        *

 古巣の北部方面航空隊・第1対戦車ヘリコプター隊がある帯広駐屯地へと派遣要請を出して数日。五稜郭突入部隊と作戦の歩調を合わせる為には、こちらが合流を果たすまでの間、出撃を遅らせてもらわなければならなかった。ようやく攻撃回転翼機AH-1Sコブラと観測用回転翼機OH-1ニンジャのエレメンツと合流を果たしたのは6月に入って上旬も半ば過ぎた頃だった。
「随分レディを待たせましたわね? これならば千歳の飛行隊に頼んだ方が宜しかったかしら」
『そうは言うが、糸工准尉。千歳の飛行隊は出現した天使の群れへの対応で大わらわだ。君からの要請でもなければ、誰も好んで帯広から函館の遠い距離をはるばる来る気は無いぞ?』
 コブラの航続距離は約460km、最高時速315km/h、そして巡航速度は約230km/h。ニンジャは巡航速度が約220km/h、航続距離は約540km。それでも帯広から函館は流石に遠い。距離も然る事ながら、襟裳のチャルチウィトリクエが倒されたとはいえ、移動中に飛行型超常体に襲われないとも限らない。急ぐ余り、襟裳から函館まで太平洋を突っ切るのは無茶が過ぎる。ましてや渡島半島は現在ハストゥールの影響下にある。航空優勢を確保する為の支援要請で、逆に危険な目に遭わせてしまったのでは本末転倒だろう。
『……まぁ、旧・函館空港まで消滅していなかったのが助かった』
 自分達の愛機MH-47Gも、旧・函館空港までもが消滅させられていたならば、整備や給油等に苦労していた事だろう。離着陸が容易い回転翼機とはいえ、やはりその手の施設は必要だ。合流を果たしたコブラは長旅における整備をし、乏しい貴重な燃料を給油した後で、ようやく作戦が開始された。五稜郭突入部隊を足止めさせた事で、美鈴は申し訳なく思う。これならばMH-47G単機で向った方が早かったのでは? また日が過ぎれば過ぎる程に、ハストゥールの影響もまた強くなってきている。当初、半径3kmだった狂風圏内が今では4km超にまで広がってきていた。旧・函館空港の西端も侵蝕され、また旧・函館海自基地にまで押し迫ってきている。最早、時間はない。
「……こうなれば、強襲になるのは覚悟の上。比較的目立つチヌークで敵を誘引します。コブラは作戦計画書通りの行動を。状況次第で臨機応変に対処しますが、優先するのは石碑の破壊です」
『――了解!』
 茂辺地川を溯るヘリの編隊は、すぐに雲霞のようなビヤーキーとモスマンの群れをニンジャの索敵装置で捕捉した。コブラが20mmM197ガトリングで吐き散らしながら、ニンジャとともに低空に潜り込んでの匍匐飛行。対してMH-47Gは大柄な機体で悠然と構え、群がってくる敵超常体を砲両弦のガンポートから突き出されたM134ミニガンやM240D機関銃で撃ち払っていった。中流の湯の沢水辺公園まで迫る。
『――目標を護るように立ちはだかる大型の超常体を確認。“卑猥なる双児”の片割れです!』
 ニンジャからの悲鳴に、だが美鈴は断然とした口調で裁きを宣誓する。
「――神に逆らいし、全てのものに、滅びあれ!」
 美鈴の言葉に、口笛を吹いたコブラ機長は搭載している70mm空対地ロケット弾を叩き込んでいく。ロケット弾の直撃を受けて肉塊を吹き飛ばされた“卑猥なる双児”ツァールは、だが耳障りな叫びを上げながらも触手を振り回してきた。
「空中浮遊に力を回さなければいけませんから、異形による回復蘇生は出来ないでしょうけれども……存外にタフですわね」
 巧みな操縦でモスマンとビヤーキーを引き付けながら、コブラへの邪魔を許さない美鈴。だが状況の推移に焦りがもたげてくる。空対地ロケット弾を浴びるように叩き込まれながらも、死力を尽くしてツァールは阻み続けているのだ。
『――切り札を叩き込む。後は任せた!』
「……切り札って、ちょっ、ちょっとぉー!」
 コブラ機長の叫びに、美鈴は悲鳴。ロケット弾38発全てを撃ち尽くしたコブラは、石碑破壊にとっておいたのだろうTOW対戦車ミサイルに手を出した。新たな触手を生やす事の出来ないツァールは、最後の攻撃手段としてバンザイアタックを敢行するつもりだ。コブラとしても切り札を出さざるを得まい。発射されたTOW対戦車ミサイル全弾はツァールの肉塊を粉微塵に吹き飛ばしていく。次第に高度を落としていくツァール。最期に伸ばされた触手が悔しそうに宙を掴んでいたのに、美鈴は憐れみを覚えた。
「――残るは黒い石碑ですけれども!」
 攻撃手段を使い果たしたコブラ機長を、些か責めるような声色になった実鈴だったが、
『――ニンジャだって、やる時はやるんですよ?』
 茶目っ気が込められた通信と同時に、黒い石碑の爆破音が響いた。ニンジャはただの偵察や観測用だけの機体ではない。固定武装はないものの、胴体両側の安定翼下のハードポイントを介して空対空ミサイルを装備する事が可能。ビヤーキーとモスマンの群れをMH-47Gが、ツァールをコブラが相手している間に、接近を果たしたニンジャは目的を達したのである。
「――急速離脱! 後は味方が敵を打倒してくれると信じて、凱旋致しましょう!」

*        *        *

 ――湯の沢水辺公園に置かれた黒の石碑破壊作戦が決行される数時間前。うどんは小隊本部を、96式多目的誘導弾の約10kmという最大射程を大いに活かして、釜谷駅跡地に布陣させた。
「……むやみに近寄らず、攻撃可能距離を利して長距離攻撃を目論みます。損害の発生率が高まる接近撃破は、次善の手段です」
 目標は、国道228号沿いに南下した先、木古内駅跡地にある黒の石碑。湯の沢水辺公園のと同じく、これが最後となるはずだ。
「……糸工准尉は作戦開始の遅れに申し訳なさそうな顔をしていらっしゃいましたが、部隊展開と観測時間には有難い事でしたわ」
 最大射程10kmとはいえ、目標物の確実な破壊には前進観測班からの報告を必要とする。ライトタイガーに乗車した護衛が付いているとはいえ、慎重に時間を掛けて損はない。
「――大演習場の哀しみを再び繰り返すつもりはありませんもの」
 それでも不安は残る。2輌の96マルチから射ち出されるミサイルの総数は12発。黒の石碑自体の硬度は黒曜石程しかないという記録はあるものの、万が一の事態も想定出来る。
「……ましてや“卑猥なる双児”が死守せんと立ちはだかっているでしょうし」
「――隊長! 前進観測班と護衛が、木古内小跡地まで到達。目標まで残り100m。ビヤーキーとモスマンとの交戦を開始しました!」
 82式指揮通信車コマンダーに詰めていた通信担当が悲鳴に似た報告を上げる。続いて、
「目標前方に大型超常体を確認――照合を終えました。“卑猥なる双児”だと思われます!」
 ビヤーキーとモスマンの群れに対して護衛班がBUDDYで薙ぎ払う中、ライトタイガーの35mm機関砲と79式対舟艇対戦車誘導弾が吹き荒れる光景が脳裏に浮かんだ。
「観測記録は未だなの!?」
 96マルチの最大の特徴は光ファイバTVM赤外線画像誘導方式だ。ミサイル先端部の赤外線シーカが捜索探知した目標の画像信号を光ファイバ経由で地上誘導装置に送り、射手はテレビ画像として確認して追尾の指示を行う。それでも事前に観測班からのデータがあるに越した事はない。
「――“卑猥なる双児”が邪魔に入って、混戦状態に陥っています」
 後に聞けば、湯の沢水辺公園において対空攻撃に出たツァールと違って、木古内のロイガーは地上戦として現れていた。空中浮遊へと能力の使用を回す必要がなく、無尽蔵とも錯覚するような異形系の回復蘇生を繰り返されては、小隊はジリ貧になる。最終的には前進観測班と護衛班の全滅――それを正確に認識していた訳ではなかったが、
「――攻撃順位を変更! 目標を“卑猥なる双児”に。2輌による全12弾発射!」
 うどんの指示に起こされていたコンテナからガス圧でミサイルが打ち上げられる。大まかに打ち込まれていたデータに基づいて目標へと向かっていった。後は射手が誘導する腕次第。
「着弾の予定時間を前線へ。着弾と同時に最大火力をぶつけなさい。出し惜しみは必要ありませんわ!」
 うどんの言葉は正しい。相手が異形系能力を有するならば回復量と速度を上回る火勢で以って攻撃しなければ無意味だ。
「黒の石碑へは……破片手榴弾による接近撃破に任せるしかありませんわね」
 そして――着弾。降り注ぐミサイルの雨の中、射手の巧みな誘導によって直撃されながらも、なお這いずり回るロイガー。だが怒声を上げて、前線の班員が火線を集中させた。石碑破壊用の1つを残して、Mk.2破片手榴弾も投擲する。
「――前線より報告! “卑猥なる双児”の動きを止めました!」
「速やかなる黒の石碑の破壊を敢行! そしてすぐに撤退を! 護衛第2班は、彼等の撤退を援護して! 本部各員はその間、自衛に努めなさい!」
 96マルチと本部の護衛に当たっていた第2班が、うどんの指示にライトタイガーを発進させる。車輌整備員までもがBUDDYを構えて周辺の警戒に当たった。
「――前線より報告。黒の石碑の破壊に成功。戦闘の損害はライトタイガー1輌小破……走行能力に問題はなし。被害は重軽傷者合わせて12名ですが、死者はゼロ! 繰り返して報告します。死者はゼロ!」
 歓声が上がる中、安堵の息を洩らすうどん。だが油断は禁物。赴いている部下と合流を果たして直接に戦果を労う事で、ようやく喜びを噛み締める事が出来るのだから。うどんは気を引き締めると、緩みがちな雰囲気を厳しく叱咤するのだった。

*        *        *

 ブラックホークと離陸すると同時に、国道279号線へと踏み出したライトタイガー。五稜郭突入部隊へと、第7011班の非魔人隊員が敬礼を以って送り出す。返礼で応じる岩部達。ライトタイガーの乗員数10名。其の内3名は操縦手と射手、そして車長であるから、下車戦闘を行う普通科隊員は7名。突入に志願したのは13名。定員オーバーに仕方なく分けて、ライトタイガーには、シュブ=ニグラスと眷族ブラック・ゴートを主要な相手とする対陸戦。ブラックホークには、芦屋をはじめ、空挺降下の経験のある西行寺、佐伯に岩部、他3名――つまりはハストゥール牽制ないしは撃破を目的とする高機動部隊だ。残った者達は旧・函館海自基地を守るように待機――後方を確保すると共に、岩部達の撤退時の支援を任せた。
「――わたし、この戦いが終わったら、前川原の幹部候補生学校に入校するんだ」
「……それ、死亡フラグではないですか?」
 敬礼しながら呟く芦屋に、頬を引きつらせながら佐伯が突っ込みを入れる。
 第4野戦特科連隊や第4高射特科連隊が在る久留米駐屯地に隣接する前川原駐屯地は、幹部候補生学校本校で知られている。
 前世紀には陸自幹部を教育する機関であった幹部候補生学校は、隔離された今、大きく様変わりをしている。幹部教育機関である事はそのままに、ただ年齢層が下方修正された。
 国民皆兵とも言える此の時代では、小・中の義務教育を経た少年少女の多くは武器を手にして戦線に投入される。一部は、専門性を高める為に高等教育機関に進学する。事務・技術・研究や支援面で戦いに貢献していくのだ。だが別の一部は、維持部隊幹部を目指して幹部候補生学校に進学していた。幹部候補生学校は、さらに上級幹部を目指して幹部学校や防衛大学校に進学すると言う訳だ。言わば神州世界における高等学校の位置付けなのが、幹部候補生学校である(※註2)。
 前川原を本校として各都道府県に分校を設立。以って幹部育成に励んでいるのだ。狙撃携帯火器による狙撃能力に秀でた芦屋は、富士学校からも熱烈な歓迎の声を受けているが、
「……岩部さんみたいな立派な指揮官を目指すのも良いかなと思って」
 ライトタイガー臨時車長を務める由加里と連絡を取り合っている岩部の後ろ姿に頼もしさを感じ取りながら、芦屋は笑った。が、西行寺の呟きで凍り付く。
「――残念じゃが、前川原ならば廃校になったぞ」
「……嘘ぉぉぉぉ!」
「真実じゃ。――零肆特務の阿呆共が暴走しての、教員や候補生に言い掛かりを付けての殺戮行為。生残った者も久留米に移籍させられて、そのまま事件は闇に伏せられたわ」
 陸自時代からの古強者であり、警務隊在籍であるが故に西行寺が知り得ていた真実に、芦屋が大きく肩を落とす。慰めるように肩を叩く佐伯。
「えっ……えーと。死亡フラグが立たなくて良かったですよ?」
 それは果たしてフォローなのか。判断に悩むところだったが、今まで笑いを噛み殺していただろうブラックホーク操縦士が打って変わって真面目な声で警告を発した事が、気を引き締めさせた。
「――ビヤーキーとモスマンの編隊が迎撃発進」
「地上でもMIB(※Men In Black)や……ブラック・ゴートと交戦を開始した! 芦屋二士、援護射撃を頼む。西行寺准尉、降下準備宜しいか?」
「――後進の為に道を切り開いてみせるのも、先達の役目ですじゃ。是非も無し」
 開いたキャビンから芦屋がMK48 Mod0カスタムで、死角を補うように 井口・尚人[いぐち・なおと]二等陸士が5.56mm機関銃MINIMIで薙ぎ払い、モスマンやビヤーキーを寄せ付けない。
 西行寺は和装じみた戦闘服が狂風にはためくのもものともせずに、リペリング降下を素早く行った。ロープの中途で手を放し、大地に降り立つと同時に腰に提げた大業物の憑魔刀を抜き払う。一刀の下に斬り伏せると寄生した憑魔核が歓喜に打ち震えて、MIBを傷口から腐らせ、溶解していった。続いて岩部達も降り立つ。モスマンやビヤーキーの大半を引き付けながらブラックホークが五稜郭から離れていった。
「――もう少し五稜郭に近寄れればと思ったが、仕方ない。状況を開始する! 各員の武運を祈る!」

 立ちはだかるMIBを跳ね飛ばしながら、ライトタイガーは突撃していく。MIBはBUDDYやMINIMI、11.4mm短機関銃M1A1トミーガンを手にしているものの、ライトタイガーの圧延防弾鋼板を易々と貫く事等出来やしない。また、かつての敵拠点であったハリストス正教会や展望台を制圧した現状、MIBの火器に弾薬補給は無い。残るは銃剣や憑魔能力を駆使しての抗戦のみ。
「――函館駐屯地の消滅が、飽く迄ハストゥール顕現の影響であり、MIBの襲撃でなく、つまりは略奪されていないのは不幸中の幸いかしらね?」
 由加里の言葉に、だが油断は出来ないと佳子が呟く。74式車載7.62mm機関銃で撃ち払いながら、
「パンツァーファウストやハチヨンを隠し持っているとも限らないわ」
「……わたし達もガンポートから側面の敵を撃ち払いましょうか?」
 桜子の申し出に、由加里と佳子は視線を交わしたが、
「部隊の戦力をなるべく温存した上で、敵地に乗り込む。これが第一であり、あたしの仕事なの。大丈夫! 仰天号ミニを止める敵は無し! 進めーっ!」
 狭い車内でも拳を振り上げて音頭を取る由加里に、天野が呆れた口調で思わず突っ込みを入れた。
「……ドサクサに紛れて、俺達のライトタイガーに自分の愛車名を付けるな」
 奥里もまた苦笑をしていたが、
「――どうやら到着したっスよ! たくさんの大物がお待ちかねっス」
「まゆみ、緊急停車! そして普通科隊員は降車して展開、戦闘を開始せよ!」
 由加里の号令を受けてライトタイガーは急制動。だが慣性の法則を無視するかのように、天野をはじめとする魔人達は身体を駆使して、ライトタイガーの後方扉から跳び出した。立ちはだかるのはブラック・ゴートと――
「……アンナちゃん!」
 桜子の叫びに、ツインテールの美少女は微笑を浮かべた。見る者の背に、薄ら寒いものを感じさせる笑みだった。アンナは鈴が転がるような音色で囁く。
「ああ、曽我士長。逢いたかった……来てくれたんだ。他の皆はどうでも良い……。けど……曽我士長は優しかったし、そんなに……ヤじゃない……」
 だから、と艶めかしい唇が続ける。
「そうだ! じゃあ、私が仲間にしてあげるね! ……壬生准尉のお手伝いが出来るんだ、よ……。とても素敵、でしょう…?」
 うっとりするような笑み。だが狂気に満ちたソレに対して、桜子は業物の憑魔刀を構える事で返事とした。二の太刀要らずの示現流――蜻蛉の構え。拒絶の意にアンナは不思議そうな表情を浮かべる。
「アレ? オカシイ、よね? ……壬生准尉に協力する事を、イヤがるはずなんて――無い!」
 狂気は哄笑となり、波動と化して無差別に襲いくる。図らずとも桜子が引き付けている間に、接近していた天野や奥村へと強制憑魔侵蝕現象の激痛が走る。第二世代の天野や、魔王である奥村といえども一瞬でも痛みで固まる。その刹那に、アンナは邪魔者を葬り去るべく鋭利な氷片を叩き込む。だが、小和田・ユカリ[おわだ・――]二等陸士の素早い手当てで復帰した 西井・順平[にしい・じゅんぺい]一等陸士が間に跳び込んだ。西井の纏う紫電の衣が、氷片を打ち砕く。
「――ど、うして? 邪魔するの? ……私の、壬生准尉の……邪魔をするなぁ!」
 アンナの叫びに、大地が唸りを上げて応える。
   いあ! しゅぶ=にぐらす!
      千の仔を孕みし 森の黒山羊よ!
 大地を割って2体目のブラック・ゴートが出現――1体目と共にアンナを護るように暴れ出す。
「……ちょっ! これは想定外だったス」
「だがハストゥールと決着をつける前に、厄介なシュブ=ニグラス――雪峰アンナと、その取り巻きを排除しなければならないのに変わりはない」
 視線を遠くに向ければ、岩部達が壬生=ハストゥールを相手に悪戦苦闘している様子が伺えられた。壬生=ハストゥールの攻撃力と、アンナ=シュブ=ニグラスの防御力を分断して各個撃破出来なければ、最早、決着の手立ては無い。
「――岩部隊長達がハストゥールを抑えている機会を逃がせば、次は無いと思え!」
『……ブラック・ゴートの1体だけでも、仰天号ミニが叩きのめして上げるわ!』
 周囲のMIBやビヤーキー、モスマンを排除していた由加里達の言葉に、突っ込みを忘れて頼もしさを感じる。そして狂気と悲哀が満ち溢れた死闘が展開されていった。

 アンナの支援と、刃向かう敵の殲滅をすべく、姿を現した壬生=ハストゥールへと、岩部が挨拶代わりに幻風系の弱点でもあり異形能力を阻害する火焔を叩き込んだ。火炎放射器を供給源として障壁を展開する。だが接近戦を阻むと見せ掛けて、その実は――
「……斬撃突破が来るぞ」
 岩部のサインを受けて、狙撃体勢に移っていた芦屋が咽喉を鳴らしながら頷いた。――斬撃で障壁に空いた部分から、壬生=ハストゥールは必殺を浴びせてくる。壬生=ハストゥールの神速に反応するのは普通ならば多分無理だが、そこから来る事が分かっているならば迎撃に成功する確率は上がる。高速弾頭はなくとも出会い頭のBarrett XM109 25mmペイロードライフルから発せられた狙撃を避け切る事は困難の極み。仮に弾頭そのものを避けたとしても衝撃波までは不可能。強化された身体能力で耐えるだろうが、刹那でも動きが止まるのは間違いない。――だが壬生=ハストゥールの反撃は岩部や芦屋の予測を遥か斜め上に行くものだった。障壁が空間と共に爆発して散じる。そして強制憑魔侵蝕の波動が発せられた。岩部と西行寺、そして井口等3名が激痛で崩れる。第二世代の芦屋や佐伯もまた身体を走る衝撃に、次の攻撃への手が遅れた。XM109から放たれた銃弾は、躍り出てきた壬生=ハストゥールを大きく外れる。芦屋の狙撃に、壬生=ハストゥールに驚きの表情が浮かんだのが、せめてもの報いか。
「――あの場に止まらなくて正解だったな。流石の空間湾曲でも、そこまでの大威力は弾けない」
 芦屋を真っ先に叩き潰す目標としたのか、壬生=ハストゥールは次弾を撃ち放つより早く、眼前に迫り来る。振り下ろされる刃は、だが佐伯が手にする操氣系憑魔武装のバルチザンによって回復した西行寺が受ける。受け止められた己の刀――和泉守兼定から異臭と悲鳴を感じ取って、壬生=ハストゥールは大きく離れる。己の血を吸わせて、和泉守兼定に寄生している憑魔核に滋養を与えた。
「――呪言系憑魔刀の大業物か。相変わらず物騒な得物を握っているな、“人斬り妖忌”。――御無沙汰している。札幌で、お前と寺岡の2人掛かりで捕まった時以来だったか?」
「本当に久しいですのぅ。……ハストゥールに意識を呑まれたと思っておったが、随分と意識がハッキリしておるじゃないですか、壬生の小僧」
「……今の俺はハストゥールでもあり、壬生志狼でもある。雪峰が――アンナが、俺を解放してくれん。達観したよ。俺は……アンナの愛に応えるしかないのだと。最早、自ら死を望む気も無い。だが――」
 隙なく構える壬生=ハストゥール。
「……俺を殺して、壬生志狼を完全に解放してくれるかな、“人斬り妖忌”?」
「ふん、相手が何者かなんてな、斬ってみれば解るものですじゃ。――是非もなし!」
 壬生=ハストゥールの神速で打ちかかろうとするのにも恐れず、西行寺が右足を踏み出して脇へと斬り付ける。その間も、神速の壬生=ハストゥールを見合い続ける。見合いとは、敵を凝視する事。操氣系でなくとも、覚悟を持った達人の気合は相手を圧する。見合いを以って間を制御する。間とは、時間を制する……つまりは機会を計り得る事であり、空間を御する……すなわち足場を測り得る事だ。速さではなく、そこにあるのは早さ。だが――
( 私の流れについてくるか! ……否! むしろ、これは!)
 刃を打ち合わせる事無く、ただ振るう衝撃で西行寺が手にする憑魔刀を弾く。呪言系が力を発揮するのは接触してからだ。ソレを壬生=ハストゥールは薄皮一枚、紙一重で合わせずに斬り込んで来る。速度は更に上がっていく。生じた熱は周囲の雪や氷を蒸発させ、そして神速が澱んでいた風を動かして吹き飛ばす。もはや佐伯の鋭敏な感覚を遥かに越え、芦屋の予測射撃すら捉えられない神風。
「――悪いが、黒の石碑が1柱でも立っている以上、“人斬り妖忌”といえども、俺には勝てん」
 壬生=ハストゥールの放つ斬撃は、本身より先に生じた真空刃が敵を断つ。受け切れぬ一撃に、呪言系憑魔刀の大業物が悲鳴を上げた。それでも怒号を上げて西行寺は膝を屈せず、少しでも壬生=ハストゥールに追いついて見せんと足掻く。強化された身体能力を酷使して、骨身が軋み出した。毛細血管が破裂しているのだろう。内出血で全身が赤く染まり、汗は紅と化していた。それでも……
「――それでも、まだ神には足りぬかっ!」
「終わりだ、“人斬り妖忌”」
 西行寺の大業物の太刀を掻い潜り、身を沈めて懐に跳び込んだ壬生=ハストゥールが和泉守兼定を斬り上げようとした……刹那、
「【――っ!!】」
 常人では気付かぬ刹那。達人でしか判らぬ刹那。だが確かに壬生=ハストゥールの動きが落ちた。無論、神速の域から脱落していない。それでも必死に追いすがらんとする西行寺の手が届く――そのような領域まで落ちた。皮や肉、そして骨まで断たれたが、和泉守兼定が刻もうとする致命傷を、間一髪で避ける。引く動作で大業物を振り下ろすと、避けようとする壬生=ハストゥールの左腕を切り落とした。呪いが身を蝕む前に、自ら肩から切り離す壬生=ハストゥール。
「――柱が、狂風の柱が……弱まりました?」
 佐伯の呟きに、我に帰った岩部が咆哮を上げる。
「――月兎准尉と糸工准尉がやってくれたのだ。このまま畳み込むぞ!」

 壬生=ハストゥールの動きが落ちた事に、アンナも気付いた。ハストゥールの力は、黒の石碑9柱全て破壊された事で、ついに1割まで落ちた。1柱が破壊される度にハストゥール本来の力から1割減されていく。そういう仕掛けだったのだ。
「本当の壬生准尉、ハストゥールならば顕現しただけで、貴方達――蛆虫共を消滅させられたのに……」
 アンナ自身も1柱を破壊していたのだが、最早、思い出す事すら出来ない。自分でない誰かが貝子沢化石公園跡地にあった黒の石碑を破壊し、壬生准尉の、ハストゥールの邪魔をした――それが今のアンナであり、シュブ=ニグラスである彼女にとっての事実。
「壬生准尉、ハストゥール! アイツラ……美味しく召し上がっちゃって……私も……手伝うから」
 アンナの言葉に、ブラック・ゴートが蠢いてその巨体で桜子達に襲い掛かる。だが天野達も易々と蹂躙される訳には行かない。アンナへと徒手格闘戦を仕掛けた 石上・陽介[いしがみ・ようすけ]一等陸士が隠し持っていたAN-M14焼夷手榴弾を増幅剤として、地脈系の能力を上げる。氷水系でもあるアンナにとって致命的な一撃を持つ拳に、だがブラック・ゴートが盾として割り込んで受けた。細胞を石化し、そして震動により分子結合を破壊――粉砕していく攻撃に、頑強な肉体と異形系の生命力を有するブラック・ゴートが揺らめいた。叫びながら再生しようとするブラック・ゴートに天野が愛刀での連撃。怒りにも似た轟きを上げながら触手を振り回すブラック・ゴートへと、挟撃すべく回り込んでいた奥里が掌拳を叩き込む。打ち込まれた箇所から細胞が壊死を開始し、瞬く間に朽ち果てていくブラック・ゴート。
「……どうして……邪魔するの!」
 両手それぞれに携えたコンバットナイフを振り回しつつ、アンナは叫びながら氷の礫を撒き散らす。だが西井が張った雷の網が氷雪を絡み取り、石上が大地を震動させながらアンナへと拳を振るって、ブラック・ゴートへの止めを邪魔させない。もう1体も、まゆみの巧みな操縦でアンナから引き離すように誘い出し、佳子がエリコン90口径35mmKDE機関砲を叩き込み続ける。そして、
「――喰らえ! 重MATバスター!」
 由加里の勇ましい叫びと共に、ライトタイガーの砲塔両側面に搭載されている79式対舟艇対戦車誘導弾が発射された。直撃を受けて身体を吹き飛ばされて沈みいくブラック・ゴートに、駄目押しとばかりに破片手榴弾を投擲するだけでなく、車内から引っ張り出してきた110mm個人携帯対戦車弾パンツァーファウストIIIを撃ち込んだ。
「よし、勝った! 通用する相手にならば強いのが近代兵器の大火力よ!」
「……当たり前と言えば、そうですけれどもね」
 まゆみが冷静に突っ込みしながら、素早く周囲の状況を確認していた。天野の斬撃と、奥里の掌拳を受けて、もう1つのブラック・ゴートもようやく沈んだ。
「――い……イヤ! 壬生准尉の邪魔をするなんて、皆みんなミンナ……嫌い、キライ、きらい!」
「でも……わたしはあなたの事が嫌いではなかったですよ――アンナちゃん」
 幾体かのMIBを勇猛果敢な激しい動きで打ち倒してもなお、たたずむ姿は荒い息を吐く事無く優雅という言葉が似合う。そして変形の上段――蜻蛉を構える桜子。
「……曽我士長なら、壬生准尉の、ハストゥールの力になって……くれる……よ……ね?」
「御免なさい――最早わたしが手向けられるのは、黄泉路のはなむけ。……さようなら」
 静かな華は、猿叫の掛け声をスイッチにして激しい動と変じる。『髪の毛一本でも早く打ち下ろせ』という雲耀の教えを体現する桜子の連撃は、アンナが咄嗟に張った氷壁を打ち砕きながら、更に詰め寄る。砕けた氷の破片が肌を傷付けるが、意にも介さず桜子は突き進む。だが闇雲ではない。逃げようとするアンナの視界を塞ぐようにM16A1閃光音響手榴弾を投擲しておくのも忘れない。眼を潰されたアンナへと桜子は無言で剣を振るう。シュブ=ニグラスの異形系能力を有する為に手足を打ち砕かれたり、斬り落とされたりしてもアンナは崩れない。
「曽我士長……痛いイタイいたい……でも、無駄なのに……何故?」
「――足止めには充分だからだ」
「そうっスね」
 ブラック・ゴートに止めを差して近寄ってくる2つの声に、アンナは氷壁を張って逃げようとした。だが桜子が許さない。そして踊り込んで来た天野の斬撃がアンナを両断。加えてユカリより憑魔核の位置を指示された奥里が掌拳を叩き込む。アンナの最期の言葉は、
「――壬生准尉、御免な……さい……」
 崩れ落ちるアンナ。掌拳を叩き込まれた箇所から細胞が壊死し、腐敗していくだろう。だが腐り落ちて無惨な姿を晒す前に、桜子は焼夷手榴弾でアンナを荼毘に付してやる。
「――悪い子ではなかったと、わたしは今も、そしてこれからも彼女を信じています」

 シュブ=ニグラス幼体が倒れ伏した瞬間に、壬生=ハストゥールが慟哭にも似た咆哮を上げた。シュブ=ニグラスを失ったハストゥールのものなのか、それともアンナを亡くした壬生のものであったのかは定かではない。だが質量を伴った波動が発せられ、憑魔核が恐怖で悲鳴を上げ、衝撃に西行寺は吹き飛ばされる。受け身を取って大事を回避したが、続いてくる壬生=ハストゥールの踏み込みを避けられない。
「――させるかっ!」
 結果として西行寺が離れた好機を逃がさずに、芦屋がXM109を連射。衝撃を伴う大質量弾に追撃を許されず、壬生=ハストゥールは大きく退いた。そこを岩部が再び火焔を放った。繰り返される空間爆発――だが、
「……わたし達が最大の脅威としていたのは、壬生が有する達人域の斬撃技巧と超人的な身体能力だ! 氷水や幻風、空間爆発、そして強制侵蝕現象に頼り始めた君の負けだ、ハストゥール!」
〈探氣〉で狙い済まし、暴れる砲身の反動を抑え込んで芦屋は焼け溶けるのを承知でXM109による残弾フルオート狙撃。25mm徹甲焼夷弾は猛火の壁を貫き、爆発する空間の勢いに逆らって、壬生=ハストゥールの身体を吹き飛ばす。心臓を握り潰さんかのような叫びが響き渡るが、湧き上がる本能的な恐怖を、奥歯を噛み締める事で堪えて芦屋は引鉄を絞り続ける。銃弾を撃ち尽くしても尚、指は引鉄に掛かったまま、眼は壬生=ハストゥールを睨んだまま、うわ言を呟き続けた。
「――ソレでも再生するか! させん!」
 芦屋と岩部が造り出した間合いと隙のお蔭で体勢を回復させた西行寺が、XM109の狙撃をたらふく喰って襤褸の壬生=ハストゥールへと詰め寄る。呪言系憑魔刀・大業物で両断――蘇生しようとする身体細胞を一気に壊死させた。腐り落ちながら崩れていく壬生=ハストゥールへと、止めとばかりに佐伯が持つ雷電系憑魔ナイフの力を受けて増幅させた火焔で、岩部が灰すら残さずに焼き尽くした。
「――目標、完全に沈黙。壬生の身体からハストゥール本体が出現する様相はなし」
 氣を張り巡らして探っていた芦屋がようやく息を吐いた。緊張が途切れた瞬間に倒れ伏すのを、慌てて佐伯が操氣系憑魔武装で回復を試みる。岩部は2人の少年を見遣りながら、尻を地面に付けると、
「……出てこられても、もう逃げるしか手立ては無いがな。天野達の方も同様らしい」
「同感ですじゃな。そろそろ刀が重くなってきやがったか……若い頃のように無茶は出来んなぁ……。私も歳を取ったかね?」
 緊張が途切れて、滝のような汗が吹き出てきた。そして老骨を鞭打った西行寺ももう指1つも動かせない程の疲労困憊だ。井口等の助けを借りないと移動するのも億劫だろう。
「――空を見て下さい!」
 佐伯が顔を上げて空を指差した。厚かった黒雲が流れ、間から陽の光が射し込んでくる。
「ようやく函館にも晴れ間が……」
「……ああ、そうだな」
 シュブ=ニグラスを討ち果たした天野達が疲れ切った様態ながらも合流し、互いの健闘を称え合う。中でも奥里と天野が互いに肩を貸し合っている光景に、岩部や西行寺、桜子といった隔離前育ちの面々としては何とも言えない表情にならざるを得ないが。
 それでも苦笑1つで収めると、岩部は皆の顔を見回して宣言する。
「――状況終了。皆、よくやった!」
 疲れを忘れて、歓声が湧き起こる。そして晴れ間から差し込む陽射しが氷雪を溶かし、さわやかな風が穢れを拭い去っていくのだった。

*        *        *

 祈りに応えて、札幌・北海道神宮の拝殿から発せられた攻勢波動は、始め蛇行し、次に紅い直線の光跡を描く一筋の力。天頂へと射ち出された朱塗りの矢は放物線を描いて、南西に向かう。
 ソレを見た結界維持部隊の者達は気を昂ぶらせ、戦意が高揚したというが、逆に超常体の多くは恐慌状態に陥り騒然となった。青葉公園跡地から襲い掛かってきたエンジェルズの攻撃に混乱していた維持部隊も波動の影響で落ち着きを取り戻し、果敢に応戦する事が出来た。懸念していたエンジェルズの強襲に便乗しての魔群の巻き返しだが、
「――攻勢対象を〜単一分類である魔群に絞り込んだ結果が〜これですかぁ」
 旧・大演習場の周辺に点在する多数のゴルフ施設跡地。其の内、北側の三別山に魔群の拠点があると推測されており、零は大物主の力を確認すべく訪れていた。荒野や森林に転がる無数のリザドマンやインプ、ガーゴイルの遺体。体液を噴出しながら悶死したのだろう凄惨な光景が広がっていた。先の戦いで多数撃退したというが、未だコレだけの数が棲息していたのだ。
「……怒りが薄まったとはいえ〜これがぁ大物主様の力――エンジェルズの襲撃がぁ予測出来ていましたならばぁ〜攻撃対象に組み込める事も出来ましたけれどもぉ〜」
 攻撃的な波動が無差別に放たれていれば、駐日米軍兵士にも致命傷を与えていたに違いない。また地域も限定する必要があった。札幌も含んでいれば、すなわちフェラーに向けられるというのも同義。些少な力でもフェラーは“傲慢”の力で捻じ曲げ、地獄門を開くのに利用しただろうから。
「――函館までぇ〜届けばぁ、一番良かったのですけれども〜」
 だから旧・大演習場の魔群に限定した。エンジェルズが対象に含まれなかったのは誤算である。それでも封印から解放された大物主の影響を受けて、魔群に限らず、また旧・大演習場だけに限らず、道西部(※渡島半島を除く)の超常体を弱体化させる事に成功した。
「……とはいえ〜攻勢波動でもぉ、高位超常体に〜致命傷を負わせる事はぁ難しいそうですしぃ〜」
 だから確認に来た。果たして、魔王級異形戦車はそこにいた。全身から湯気のような白煙を発しながらも、だが大物主の怒りの波動を浴びても未だ稼動状態にある。先の戦いで重傷を負わせたと聞くが、異形系ゆえに致命傷に至らず。地脈系憑魔武装のコンバットナイフ『地竜くん』1本で、単独で挑むには心許ない。それでも零は、魔王級異形戦車と睨み合う。両者に張られた、時が経つのを忘れる程の緊張を、だが最初に断ち切ったのは魔王級異形戦車。針鼠の様に全表面から砲身を生やすと、生成した弾を吐き出す。零は咄嗟に『地竜くん』を地面に突き刺して土壁を造り出すと、身構える。だが発せられた弾は空中で爆発し、煙を吐き出した。煙が晴れた後――魔王級異形戦車は姿を消し、零は安堵の息を吐くのだった。

*        *        *

 恵庭岳にエンジェルズの大群出現の報告と、派遣要請を受けて第453号線を南下、或いは道道117号線を西進していた第18普通科連隊は金山沢の山中にて交戦を開始した。操氣系能力を有するアルカンジェルの〈消氣〉と、祝祷系能力を有するエンジェルズの光学迷彩による待伏せ、更には皮肉を込めて〈安らぎの光〉と称された精神攻撃によって、第18普通科連隊は初戦で大損害を被った。九州――熊本の天草叛乱から受けた報告から戦術を予測出来ていたとはいえ、今年初めてのヘブライ神群――天御軍(あまつみいくさ)との大規模戦闘は少なからぬ混乱を維持部隊に生じさせた。中でも、より組織的に索敵と主力、そして遊撃に分担するヘブライ神群は、飛行という三次元的な戦いも出来る事もあって、圧倒的な威力を誇った。
 だが初戦の敗退からの反省と、天草叛乱での戦闘分析、そして大物主の解放による敵性超常体の弱体化により維持部隊は態勢を整えると、徐々にエンジェルの群れを圧迫していった。
『――青葉公園跡地の天使からの奇襲もあって、第11普通科連隊をはじめとする第7師団の主力の出撃が遅れている。俺達の任務は地上部隊が出揃うまでの航空優勢の確保だ』
 千歳航空基地もまた奇襲によって、幾つかの貴重な航空機体や人材、そして膨大な燃料を失ったが、それでも第201、第203飛行隊は離陸に成功。エンジェルズを撃ち払いながら、F-15Jイーグルは、恵庭上空を確保しようと飛び回った。だが、
「――機動性が違い過ぎますわ」
 速度や質量は圧倒的にイーグルや、映姫の駆るF-15Eストライク・イーグルが優る。接触しなくても側を通過する衝撃だけで吹き飛ばす事が可能だ。しかしエンジェルズやアルカンジェルは背の双翼による自由自在の飛翔で、小回りが利く。衝撃に吹き飛ばされても尚、必死に張り付く事に成功されれば、接近戦闘に対する自衛力の無い航空機が撃墜されるのは必然。
 更に――ヴァーチャーと変じた完全侵蝕魔人4羽と、
「――まさか高位上級の熾天使(セラフ)!?」
 背に広がる六翼を輝かせたメリエルが、長い金髪をなびかせて、映姫が駆るストライク・イーグルを見下ろしていた。
「――ビアンカ、力を回しなさい!」
 メリエルの指示に、ヴァーチャーと化した ビアンカ・マクスウェル[―・―](元)二等軍曹が空中に薄く霧を散布する。その水分を伝って、六翼から放出された電磁波が機器を破壊。電子機器を破壊されて航空管制を失った荒鷲へと、更に エレイン・カーライル[―・―](元)二等軍曹が風の刃を、バーナード・オグバーン[―・―](元)二等軍曹が接触による主翼を破壊して、オースティン・ヘイフォード[―・―](元)二等軍曹が炎の弾を、次々と墜としていく。
『――准尉、助け……』
「――っ!」
 悲鳴を残して、爆散する僚機。操縦席上空に張り付いたメリエルに対して、視線だけで射殺すように睨み付ける。
「――策を謀り、偽りを騙り、人を唆すモノを『神の使い』とは呼ばず。私は我等唯一絶対の“神”にこそ忠誠を誓う者なり。全ての者よ、目の前の天使を仰ぎ見よ、目前に立ち塞がるモノが、人の救い主であるのかを!」
 だがメリエルもまた反論を返す。
「――驕るな、ヒトよ! 汝等が語る“神”とは己が勝手な都合で生み出した紛い物――すなわち偽神に他なりません。ヒトは“主”の望みを思い図り、その為に邁進する事のみが勤めであり、救済なのです。“主”は自ら救わんとする者のみ救います。ただ我欲を満たすだけに働き、にも関わらず“主”へと救いだけを求め訴える痴れ者よ!」
 そして、神は唯一絶対にして“主”に他ならぬと解り切っているが故に、“兄弟姉妹同胞”は“主”を、態々『神』と呼ばない。偉大なる“主”、栄光なる“父”。メリエル達、“兄弟姉妹同胞”は“主”の想いを忠実に実行するモノ。“主”を愛し、“主”に愛されるモノ。
 すなわち“主”を『神』と呼び倣うは、それ自体が背信、冒涜の表れなのだ。まつろわぬ異教の邪霊や“堕ちし明星”に付き従い叛いた輩は、皮肉めいて“唯一絶対主”と呼ぶが、“主”の素晴らしさに対する嫉妬から来るものと解っている。
 メリエルは怒りを込めて、冒涜者への必殺の雷撃を放った。だが回避出来ない雷撃にストライク・イーグルが爆発する直前に――映姫は半身異化を果たして、メリエルへのカウンターを撃ち放った。それは鋭い風の刃。雷電系に属するメリエルの弱点を突く一撃を受けて、羽が舞い散った。重傷を負ったメリエルに部下達が慌ててカバーに入る。その隙に、映姫は爆発四散する愛機へと敬礼を送ると、風を操って脱出を図るのだった。

 航空優勢をヘブライ神群に奪われた事で、戦線は膠着状態に陥った。連続する十重二十重の波状攻撃に疲労が溜まっていく。中でも――
「……地上にも熾天使級が出現した!?」
 この日から、魔王級異形戦車に替わる、地上部隊の恐怖の代名詞となったのが――パワーとヴァーチャーに変じた2名の完全侵蝕魔人を引き連れた熾天使―― 熊野・五郎(くまの・ごろう)だった。
「……熊さん。“神の慈悲(ラミエル)”姉さんは何とか一命を取りとめたものの、大事を考えて一旦退かせると“同胞”から報告が」
 ヴァーチャーに変じた 島村・命[しまむら・みこと]からの伝達に、熊野は頷くと、
「ラミエル――メリエルとの連携が取れなくなったのは痛いが、止むを得んだろう。島村、念の為にメリエルの救護に向かってくれ」
「でも――熊さんと真美子が」
「戦略目的は充分に達せられている。なぁに……鈴木だけでなく“弟妹”達も居る事だし、余程の相手でもない限り、戦線は崩壊せんよ」
 屈託なく笑う熊野だったが、緊張の顔で、
「――熊しゃん、その、余程の相手が来たよ!」
 パワーに変じ、氣を張り巡らしてアルカンジェルと共に索敵を行っていた 鈴木・真美子[すずき・まみこ]が、泡を吹いたように叫ぶ。
「“堕ちしモノ”――魔王級か……!?」
「違う。……多分、それ以上! 大魔王!」
 言葉に、緊張が走る。素早く熊野はアルカンジェルに〈消氣〉とエンジェルズによる光学迷彩を指示して、自分達を隠蔽させる。だが来る攻撃は常識を遥かに上回る暴力的なものだった。空間が丸ごと掻き削られ、続いてきた爆発の衝撃で熊野達は吹き飛ぶ。
「――いよぅ。天敵が来たぜ?」
「“大罪者(ギルティ)”か!」
 BUDDYを左脇に構えて5.56mmNATO弾を撒き散らす、髪を斑に染めた男――殻島の姿を一目見るなり、熊野が叫ぶ。殻島に続いて第1113中隊第1小隊が周囲に展開、熊野隊と激しい攻防を繰り広げ始めた。
「鈴木、下がって防御に徹しろ。こいつだけはヤバい! 島村、援護――撹乱を頼む!」
「判ってんじゃねぇかよ!」
 空間を渡っての鋭いコンバットナイフの刺突。巧みなナイフ捌きは、ボディアーマーの薄い箇所を正確に、だが狙いを読まさないように繰り出されてくる。白兵戦では殻島に一日の長があると感じた熊野は、強化された身体能力に任せて距離を開けるように努める。だが、易々と許す殻島ではない。離れずに詰め寄る。
「――熊さん!」
 見かねた命がダネルMGLグレネードランチャーを発砲。回転式弾倉を有するアームスコー社製のグレネードランチャーは、ダブルアクションで次弾を装填すると、ガス弾を撒き散らす。
「――状況、ガス!」
 視界が塞がれても冷静に対応する敵に、熊野はよく訓練されていると歯噛みした。殻島単独でも厄介だが、率いている部隊も“弟妹”を阻害するように動く。プリンシパリティのカマイタチに損害を被りながらも、助け合って負傷者を後退させると、替わりに前に立った者が反撃を返し、周りも支援を忘れない。
( ……札幌はこれほどの刺客部隊を隠し持っていたのか。青葉公園の潜伏が見抜かれたのも、札幌からの部隊の仕業らしいし……油断は出来ん。しかし――俺達の時にも、こんな味方がいたならば、島村や鈴木だけでも助かったかも知れんな )
 脳裏に横切った想いを、だが直ぐに振り払って熊野は、殻島の猛攻撃を抑え込むのに専念する。メリエル隊との連携があれば撃破出来ただろうが、現戦力では心許ない。唯一の救いは、
「――熾天使が2羽も守っているっていう事は、燭台の在処は恵庭岳で当たりか?」
 殻島の問い掛けに、だが熊野は唇の端を歪めた。殻島が怪訝な表情を浮かべるが、
「――チッ! しまった、そういう事か!?」
「気付いたところで、もう遅い! ――燭台に灯は点された!」
 熊野の言葉をまるで待っていたかのように、遥か南に光の柱が立った。だが、それは恵庭岳ではない。支笏湖より更に南――樽前山の方角だ。

 同時……あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『――諸君』
 救援の大型輸送回転翼機に乗り込む岩部達が顔をしかめる。
『諸君』
 書類と睨めっこしていた小波が片眉を跳ね上げ、発せられた険しい雰囲気に葵の顔が蒼白になる。
『諸君――』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『――私は松塚朱鷺子、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]の声に、熊野は思わず聞き惚れるのに対して、殻島は唾を吐き捨てた。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは――』
 東千歳駐屯地の廊下を駆ける三月達が唇を噛んだ。
『――私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は……我こそは処罰の七天使が1柱“神の杖(フトリエル)”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“ 主 ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に、愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし――』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『――あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『――怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。――我は約束する! 戦いの末、“ 主 ”の栄光の下で、真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 ……聖約が、もたらされた――。

 そして燭台に灯が点された事で、千歳と恵庭周辺息の影響図が塗り替えられる。大物主の波動は相殺されて、エンジェルズは弱体化から解放された。
「――撤退だ! 各隊、互いに支援しながら後退して態勢を立て直せ! まんまと一杯食わされた! ここで戦ってもジリ貧するだけだ。ケツまくって、とっとと逃げるぞー」
 乱暴だが、負けを素直に認めて、次の機会に賭ける殻島の姿勢に、熊野は敵ながら賞賛する。だが、だからこそ逃がす気は無い。逃がせば、脅威となって襲い来る。熊野はU.S.AS12フルオート・ショットガンで散弾を撃ち放った。1970年代に開発されたAA12をベースに軍用として再設計された散弾銃で、韓国製。但しショットガン単体でありながら重量があり、大きく嵩張る為に使い勝手が悪く、軍での採用は見送られているピーキーな代物だ。だが憑魔で強化された肉体には支障もない。毎分360発の速度で放たれる散弾は、近接距離では脅威の破壊力を誇る。……しかし、
「――逃げるのにも充分な備えありってな!」
 手榴弾が放り投げられ、そして閃光と音響による衝撃が走った。熊野の眼が眩む。
「……駄目。熊しゃん、逃げられちゃったよ」
 真美子が悔しそうに呟く。
「……仕方ない。戦略目標は達した。自衛隊の撤退に合わせて、こちらも引き上げよう」

*        *        *

 エンジェルズの襲撃と同時に、小隊付の子飼いを除いて零漆特務の罪人共を誅殺した 鈴元・和信[すずもと・かずのぶ]は、駐屯地の要所や第7師団の幕僚幹部等を襲撃しながら、久保川陸将への歩みを止めなかった。
 背に力場が凝縮して具現化した3対の翼を広げ、〈錬氣〉で物質化させた手甲であり、鉤爪を兼ね備えた、両の腕具武器で決死の警衛等を薙ぎ払う。慇懃無礼に指令室の扉をノック――瞬間、内側に仕掛けられていた指向性対人用地雷M18クレイモアが爆発する。扉越しに爆風の衝撃と共に内蔵された無数の鉄球が鈴元へ襲い掛かるが――視界がクリアされた時に映ったのは、左の手甲を対爆防弾盾のように大きく展開させながら薄ら嗤う姿。右の爪剣が槍のように伸び、鞭のように曲がり、84mm無反動砲カール・グスタフを構えていた警衛を貫き殺す。感心した様に、
「――クレイモアといい、ハチヨンといい、狭い室内で使用なされるとは実に良い覚悟を決めていらっしゃる。流石は久保川陸将の教育の賜物でございますね」
「……世辞は良い。お前達の仕業で、私にはやる事が多くて忙しい。――打っ殺してやるから早くしろ」
 バリケード越しに久保川陸将が憎まれ口を吐くのを、胸元に血塗られたロザリオを揺らしながら鈴元が嬉しそうに笑いながら聞いた。
「――では、お言葉に甘えまして」
 鈴元の両腕に力が凝縮され、氣が砲弾のように発射された、その時、
「どっっっかぁぁーーんっっ!」
 擬音を発しながら、隣室から厚い壁を打ち抜いて、蛍が突入。そして氣弾は、同じく転がり込んできた蛭子が受け止めた。全身を覆っているとはいえ00式化学防護衣はゴム製。当然、ボディアーマーのように衝撃や損傷に対抗出来る物ではない。しかし蛭子は身体組織を半液状化させる事で衝撃を吸収した。
「――といっても、危険極まりありませんが」
「文句は言わないっ!」
 更に三月が閃光音響手榴弾とM18発煙手榴弾を躊躇なく放り込む。室内を満たす閃光と音響、そして充満する煙で視界が塞がれた間に、防護マスク4型着用の第1164班が突入し、救助活動に当たる。
「――中々、やりますね」
「……そうでもない。要注意人物としてマークしながら、出し抜かれてここまでの凶行を許してしまった。だが、これ以上の狼藉は俺が止める!」
 三月がBUDDYを乱射。鈴元は障壁として展開した手甲で弾くが、背後から 斉藤・明海(さいとう・あけみ)陸士長が率いる第7013班甲組と他部隊が押し迫っていた。挟撃という形になったが、
「――各員、斉藤士長に注意しろ!」
 三月の叫びに、明海は眉間に皺を刻む。突如として反転し、『戦鬼』の部下達と共にすぐ近くの人間を薙ぎ倒すが、三月からの警告を受けて反射的に身構えた他部隊はBUDDYで反撃。明海は部下に庇われながら、三月の方を青い瞳で睨み付ける。
「……どうして?」
「――魔王としての“器”の持ち主は、全て疑って掛かっていただけの事よ」
 札幌からの派遣組は厄介極まりますね、本当に! 内心で舌打ちすると明海は掌を頭上にかざして聖し御言を紡ぐ。
『 ―― Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus, Deus Sabaoth. Pleni sunt caeli et terra gloria tua.』
 ――光が生まれ、そして爆発が起こった。超常体が“この世界”に出現する際に生じる空間爆発現象。轟音と共に周囲の物体を吹き飛ばし、消失した空間と入れ替わるようにして忽然と姿を現したのは……。
「――プリンシパリティ! アルカンジェルも!」
 そしてプリンシパリティの出現で生じた混乱に乗じて、明海は独特の歩方で摺り抜けると、敵へと拳を突き出した。右の手甲『雷電』が発した稲妻を受けて、左の手甲『轟炎』が唸りを上げる。咄嗟に、またもや蛭子がカバーに入ろうとするものの、
「――いけない! 心太が焼き殺されちゃう!」
 明海とその部下の憑魔能力は強化系だが、手甲は憑魔武装だ。拳は装甲を貫き、そして増幅された炎は内部から対象を焼却する。蛍の叫びに、咄嗟に三月は強く足場を踏んだ。床が割れると蛭子達を飲み込んで階下へと脱出させる。
「……憑魔能力で忍術を行うのは邪道なのであるが」
「いや、でも助かりました。ありがとうございます」
「差し詰め、土遁の術ってところね」
 そのまま鈴元と明海は阻止を振り切って、そのまま脱走。恐らくは樽前山の燭台にいる本陣と合流を果たしたと思われた。
 ――エンジェルズの襲撃と鈴元達の叛乱により、東千歳をはじめとする多くの駐屯地とキャンプ千歳は、3割近い死傷者と設備破壊を被った。事実上、第7師団司令部は壊滅したのである。

 ……絶望と混乱に打ちひしがれる維持部隊員は、新たなノイズを耳にした。またも朱鷺子による煽動放送かと思いきや、
『――あーあーテステス。本日は晴天なり……って、もう道内全土に放送を流しているのか、セスナ君!?』
 一瞬、焦りで支離滅裂になりながらも、声の主は大きく息を吸って落ち着きを取り戻した。
『……あー。何だか叛乱者が放送した後で、実にタイミングが良いのか悪いのか判らん気もするが……聞いてくれ。俺は第一電子隊所属している二階堂というものだ。とりあえず俺の話を聞いてくれ』
 二階堂・弘昭(にかいどう・ひろあき)陸士長は咳払いをする。
『各地の状況は最悪で、一見、絶望的な状況に見えるだろう。だが、信じる者も多くないし、その上で知っている者は数少ないだろうが……この神州日本には超常体とは異なる――土着の神々が存在している』
 息を呑む。面を上げる。隣人と顔を見合わせる。
『彼等は封印されていたが……少しずつ解放されて復活を果たした。そして神々は加護を与えてくれ、なお且つ、共に闘ってくれている』
 エンジェルズと戦っていた時を思い出す。光の柱が立つまでの少しの間だったが、確かに何かを感じた。
『特に、道東では神威のサマイクル――アイヌの神だが、過去の歴史からして、本州人に対して罰を降してもおかしくないのに、慈悲と慈愛の心で自ら守護すべき対象であるアイヌと分け隔てなく加護を与えてくれた。つまり何が言いたいかというと――』
 困ったように言葉を選ぶ。本来、話術は得意な方だと思っていたが、いざという時は難しいものだ。だから二階堂は思い浮かんだ言葉をそのまま口に出した。
『アイヌも本州人も沖縄人も、そして帰化した方々も関係なく、すでに神州結界維持部隊は一つの大きな家族になっている事を自覚して貰いたい。……そして何よりも伝えたいのは……』
 確信を以って断言する。
『――信じるものとは何か? それは、君達の隣にいる者、身近にいる人々だろう?』

 

■選択肢
NAh−01)大演習場で天使どもを殲滅す
NAp−01)大演習場で涜神者どもを誅殺
NAg−01)大演習場で天使どもを弑逆す
NAh−02)樽前山の燭台の灯を吹き消す
NAp−02)樽前山で燭台の灯を守り抜く
NAg−02)樽前山の燭台の灯を破壊する
NAh−03)札幌にて支援活動に駆け回る
NAp−03)札幌にて粛清のために強襲す
NAg−03)札幌で我欲に従って暴走する
NA−FA)北海道西部の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に、当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 千歳方面では高位上級超常体による強制憑魔侵蝕現象の危険性もあるので注意する事。
 なお維持部隊に不信感を抱き、天御軍に呼応する場合はNAp選択肢を。人間社会を離れて独自に行動したい場合はNAg選択肢を。

 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・獣心神都』第7・第11師団( 北海道西部 = 北亜米利加 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!

※註1)Special Boarding Unit:特別警備隊……現実世界においては2000年に発足した海自の特殊部隊。不審な船舶に移乗し、制圧・武装解除し、積荷に武器や輸出入禁止物品が積載されていないか検査する。
 神州世界では2004年に発足され、沿岸部における特殊超常体殲滅活動に従事している、数少ない操船技術や水中作戦の専門家達として設定。哨戒回転翼機SH-60K等の航空機も配備。

※註2)入校の順序……現実世界では防衛大学校を卒業後に、幹部候補生学校や幹部学校等といった教育機関へと入校する。実際は順序が逆である。


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